毎週小説

一週間ペースで小説を進めて行きたいと思います

東京の人 61

2010-06-19 23:00:25 | 残雪
「そんな大金をいつも持ち歩いていたの?」
「そうみたいよ、いつも重そうにしていたから」
「なんでだろう」
「すぐに、どこへでも行けるからって事らしいわ」
「逃げる準備かな」
「でしょうね、でも無用心というか、キャバクラにいってる時、親しい店の子にお金を見せたりしたそうよ」
「じゃあ、たかられたんじゃないの」
「心細いから自分のアパートに泊めて、食事は勿論、使わない電化製品なんかもあげたりしたんだって」
「かおりさんも何か貰ったの」
「私は貰わないようにしているの」
「その方がいいね」
「品物にはあまり興味がないから」
そう言って、寺井を直視してきた彼女の意志の強さに、戸惑いと自分のいい加減さが浮き彫りになるだけだった。
「問題は、彼女の財産を親戚の人達が狙っているとしたら、本当の理由は何だろうってところだな」
「京子さんが隠しているというの?」
「或いは何も知らないか、だな」

今週は、堀切や小岩の菖蒲園を見に行く予定にしていたのだが、夜寺井が一人でいると、中村興産と名乗る男から電話が掛かってきた。
なにかのセールスかと思ったが、京子さんの件で直接お聞きしたいので、休みの日にお伺いしたいと言ってきた。
断るつもりだったが、ご迷惑はかけませんのでぜひ、と頼まれたので待つことにした。
土曜の昼前にその男はやって来て、手土産と総務部課長の肩書きが入った名刺を差し出した。
「実は、京子さんとあまり連絡を取れなくなった親戚が心配しまして、私も遠い親戚にあたるものですから、様子を見にきた次第です」
「よくここが分かりましたね」
「京子さんから連絡が会った時、こちらの電話番号を聞いたそうです、とてもお世話になっているそうで」
「その方は、叔母にあたる方ですか」
「そうです、京子さんの弟の面倒もみています」
押しつけがましい話し方だった。

東京の人 60

2010-06-13 11:10:17 | 残雪
京子は弟の分与の中から、月々叔母宛に仕送りをしているが、それでは納得していないそうだ。
「前に、知らない男が私の後をつけてきた事が何度かあったでしょう」
「ええ、それで一緒によく帰ったわね」
「多分、あれも親戚の仕業なんだわ」
「その根拠は?」
寺井は尋問調になってきた。
「暴走族あがりがいてね、いまは一応水商売やっているけど、殆どやくざ者なの、きっとそちらから手を回したに違いないわ、東京にも時々顔を出すって自慢してたから」
「それが本当だとしたら、ちょっと厄介だな」
「でも私、何も悪い事をした訳ではないし、父も特に借金はなかったから、問題はないと思います」
「お父さんとその人は、日頃からつき合いはあったのかな」
「法事の時に挨拶する程度だったから、皆敬遠してるでしょう」
裏で、何らかの貸し借りがあったかもしれない。
「気にしているせいか、昨日もずっと見張られているようで、それで、私の勝手で申し訳ないんですけど、またかおりさんと同じ職場で働かせて頂けないでしょうか」
「パートでしたら、いつでもOKですよ」
「よかった、知り合いもいないし、よろしくお願いします」
寺井は、きちんと連絡もしてこないで辞めて行った京子をあまり信用していなかったが、目の前で断りきれず、引き受けた。
でもそのせいで、自分達の上に暗雲たちこめる気配が、梅雨に向かう時期と重なり,憂鬱感も強まった。

京子は当分、夜の勤めには出ないつもりなので、かおりと一緒に帰ってきて、夕飯も一緒で、泊まっていく時もあり、かなり親戚を警戒している様子だ。
寺井は、かおりに京子について出来るだけ情報をくれ、と頼んでおいた。
「そおねえ、このまえの金曜日に彼女のアパートに寄ったんだけど、家具なんか高そうな物ばかりだったわ、いつも持っているバッグには、あれで500万円以上あったかしら」

東京の人 59 

2010-06-11 19:46:38 | 残雪
休日の朝からで悪いけど、これからすぐに訪ねていいですか、と言ってきた。
よほど急ぎの話があるらしく、船橋屋のみつ豆をお土産にやってきた。
かおりは、さっそくそれを開けて味見をしたが、甘すぎず、美味しかった。
「すいません、お休みのところ」
「とんでもない、このみつ豆、美味しいわ」
「創業は江戸時代らしいから、歴史の味ね」
寺井は、二人きりの方が話しやすいだろうと席を立とうとしたが、京子は一緒に聞いてくれと言うので座りなおした。
「私の母は10年前に病気で亡くなっているの、父は長岡でカラオケ店をやっていたのだけれど、私が高校を卒業した年に亡くなって・・お酒の飲みすぎなんだけれど、その後東京に出てきたの」
「そう、大変だったのね、京子さん、兄弟はいるの?」
「2才年下の弟がいるわ」
「長岡に一人で?」
「叔母と一緒に暮らしているわ、私と違っておとなしいから、母が亡くなってからはずっと可愛がられているの」
「あなたも、長岡の方が暮らしやすかったのじゃないの」
「実はね、その事で相談かな、聞いてくれるだけでも、と思って」
京子の話をまとめてみると、大体次の内容だった。

父の葬儀の後、すぐに遺産の話がでてきた。カラオケ店は駅から割と近く、土地の一部を持っていたので、それを売却して分けてくれないか、と親戚が頼んできたのだ。
叔母は時々店を手伝っており、弟の面倒もみてきたから当然、みたいな顔をしている。
他の人々も、いろいろな理由をつけては毎日やってくる。
京子は感情的になり、黙ってついてくる弟を言い含めて、小さな家とカラオケ店を売ってしまい、弟の分も自分で管理する事にして、東京に逃げてきたのだ。

「もう長岡には何も残っていないのですか」
寺井は若い娘の行動に、ただ驚くだけだった。
「ええ、全部処分しました、お蔭で大騒ぎになって」