毎週小説

一週間ペースで小説を進めて行きたいと思います

東京の人 65

2010-08-09 20:09:29 | 残雪
かおりの職場にアルバイトは多くいるが、その中に藤代という25才の男性がいる。
おとなしく目立たないが、仕事はとてもよく出来て、遅刻も全くないので評判がよかった。
その藤代が、この頃何かにつけては、かおりの傍にきて話し込んでいく。
かおりは、はじめのうちは避けていたが、人柄のよさが感じられると共に打ち解けていった。
お盆休みの前に懇親会が開かれることになり、アルバイトもほぼ全員出席した。
寺井はトラブル処理に時間が掛かるため、今回は欠席になった。
社員の方は少なかったので、近くの居酒屋で気楽に飲む会となり、かおりの隣りに藤代が座った。
「藤代さんは、どこの出身なの?」
「僕は新潟の、十日町市なんです」
「あら、そう・・私は阿賀野市なんですけれど」
「高校を卒業するまでいました」
「それで、東京に出てきたの?」
「はい、大学を卒業して、それからいろいろ働いて、いまはまだアルバイトです」
やはり、就職難の厳しさが表れている。
かおりは、自分も資格を取る勉強を続けながら、寺井の配慮で何とか仕事もこなしているが、どちらも中途半端になりがちで、迷いも出始めたこの頃だ。

懇親会以降、藤代は積極的にかおりを誘い、昼食を一緒に行くことが多くなり、そうなると周りは遠慮してくるので、二人きりになる。
お似合いだ、と思われているらしい。
かおりは、同県人で話題や考え方が似ているので、いると楽しかったが、それ以上は望みたくなかった。
自分には、見せたくない部分が、普通に暮らしている人達よりは、少し多い気がする。
いや絶対に多い。
だから、若い世代を意識して避けてきた。家族の面倒をみているのが、一番安心できる逃げ道だったのだ。
でも藤代の出現で、感情だけで行動する、未経験の入り口に立ち止まって思案している、その行為自体に、後ろめたい心地よさがあった。

最新の画像もっと見る

コメントを投稿