毎週小説

一週間ペースで小説を進めて行きたいと思います

並木の丘 28

2007-07-29 20:38:38 | 並木の丘
「叔母さんにもお土産よ」
「あらさつきなの、白なのね、有難う、来年が楽しみね」
「叔母さん、忙しそうだったけど、何かあったの?」
「ええ、まあね・・・あなたはもう大体分かっているでしょうけど、私のお付き合いしている方の奥さんが病気になってしまったのよ」
「相当悪いの?」
「子宮癌で、手術は無事に終わったのだけれど、これからどうなるのかしらね」
「叔母さんには直接関係ない事ですものね」
「そう割り切れるものではないわ、本当は早く就職先を探して、もう終わりにしたいと思っていたこの頃だったの」
「いまがその機会じゃないの」
「そうね、そうなのかも知れないわね、だけどあんなに落ち込んだあの人を見ていると・・・」
「放っておけない」
「もう少し成り行きを見届けてからにしようかな、と」
「叔母さんは人が好いのよ、もっと自分のことを大事にした方がいいわ、結婚できない人といつまでも付き合っていられないでしょう」
「そうね」
「ごめんなさい、生意気なことを言って」
「いいのよ、その通りなんだから、きょうは今年一番の暑さだったから、冷房のよく効いたレストランに行って食事をしましょう」
「ご馳走になります」
もし前澤の妻が悪い結末を迎える様になったら、前澤は自分を頼ってくるのだろうか、久美子はそれを考えない事はなかったが、就職先を探しここから出て行く、その決心を鈍らせてはならない、と自分を戒めた。
ただここ1ヶ月は、うろたえている前澤の私設秘書的な動きをしていて、休日や夜に彼を車に乗せて送り迎えをしたり、病院に持っていく細かな買い物を揃えたりしている。
「お父さんはこの頃どうしてる、変らない?」
「少し元気がないかな、あまり電話も掛かってこないしね」
「その後の調査を頼んでいなかったのだけれど、こちらは落ち着いてきたから、また連絡してみようかしら」

並木の丘 27

2007-07-28 16:48:00 | 並木の丘
弥生は夏休みをどうするか、まだ迷っていた。父の再婚話は益々複雑になりそうだし、最もその方が自分にとっては願った通りの成り行きで、最初からどこか引っ掛かるものを感じていただけに、ほっとしているこの頃だ。
叔母の久美子は最近あまり会ってくれず、避けられているらしく、電話をしてもそっけない。きっと大事な人との問題で悩んでいるのだろう。
大人の世界は難しく、割り切れない事ばかり、なのだろうか。
そういう人の心の問題を考えるよりも、好きな花木を観賞したり、写真を撮ったりして過ごすのが一番と決め、小さな鉢植えに合う花木を探しに、埼玉県川口市安行を訪れた。
安行は、江戸時代から続く植木の里として知られ、園芸家の数では関東屈指の町である。
府中本町から東川口まで武蔵野線で40分と少し、そこで埼玉高速鉄道に乗り換え
都心方向に一つ目が戸塚安行駅で、地下鉄南北線に乗り入れている。
多摩地区からも行きやすいが、弥生には初めての町だった。
戸塚安行駅を出て、外環道を目標に10分も歩くと安行東の信号に着き、真上の外環道を通り抜けるとすぐ右にJA園芸センターが有る。
種類の多さは市最大と謳われているように、地植えにする植木から盆栽まで各業者の花木が豊富に揃えられ、選ぶのに時を忘れるほど数が多い。
来年の春を期待して、さつきを二つ選んだ。一つは白だが、もう一つは淡いピンクに白い絞りが入っている写真付きの説明書が針金で結んであり、白い方を叔母にプレゼントするつもりだ。
朝から30度を越えた7月最後の土曜の夕方、帰り道を歩きながら電話を入れてみると、すぐに久美子が出た。
「叔母さん、私今安行からの帰りなんだけれど、寄ってもいいですか?」
「もちろんよ、少しご無沙汰していたけれど、ちょっと忙しかったの、今日はゆっくり二人で美味しい夕飯を食べましょう」
弥生は叔母の言葉が嬉しかった。