毎週小説

一週間ペースで小説を進めて行きたいと思います

フクロウの街 14

2016-06-20 11:00:02 | ヒューマン

早いもので、啓子が行方不明になって1ヶ月が過ぎた。
元夫もまだ見つかっていない。
その間に警察が一度来たが、警視庁捜査一課の刑事だった。
丸一倉庫についてしつこく質問され、中国出張の話をすると非常に興味を持った様子だった。
曖昧なまま仕事に行くのもしんどいので、倉庫の所長に辞める旨を伝えると、案の定強く引き留められたが、強引に押しきった。
靖子も同時に断った為険悪な雰囲気になり、数人に囲まれ出入口を塞がれてしまった。
二人は動きかとれず迷っていたとき、表からドアを叩く音がして開かれ、男が二人入ってきた。
「税務署のものですが、責任者の方はいますか?」
「所長はいま出掛けています」
古株の男が嘘をついた。
「所長なら奥にいますよ」
山路は指差して叫んだ。
皆が動揺している間に、靖子の腕をつかんで足早に倉庫を離れた。
自分のアパートに戻ると、靖子がすぐにお茶を入れてくれた。
「危ない展開だったね」
「やはり普通じゃない、山路さんの言う通りね、怖かったわ」
靖子は思い出したのか、震える手で山路の腕を掴んだ。
その夜も靖子は帰らず、彼女はすがる様に山路の懐に飛び込んできた。

亀戸9町目から平井に掛かる橋の近くで、男の死体が発見された。
調査の結果、行方不明になっていた新井武志(36才)と断定された。
外傷はなく、検死の結果、アルコールのとりすぎによる急性中毒との結論に達した。
藤中啓子はまだ消息不明のままだ。
山路は背後に動いている黒い陰が、自分にも降りかかっているのを実感していた。
退職届けを丸一倉庫人事課に郵送しておいた。
靖子は派遣会社に事情を説明したが、拉致されかかった事は黙っていた。
山路はドライバーサ―ビスの仕事に戻り、靖子は虎ノ門にある外資系の貿易会社に勤務が決まった。
山路の職場から歩いていける近さだ。
しばらくいない間に新人が増えて、別の職場にきたようだ。


フクロウの街 13

2016-06-05 13:48:20 | ヒューマン
靖子はエプロンを用意してきて、持ってきた料理を手際よくテ―ブルに並べた。
こういう時期もあったな、と山路は彼女の背中を見ながら過去を振り返っていた。
いまの自分には家庭を築く力はないと諦めているが、万が一という希望は捨てきれるものではない。
「お待たせしました」
サラダとパスタが出てきた。殺風景な部屋が急に華やいでくる。
「沢山食べてくださいね、この後もいろいろ出てきますから」
「フルコースですね、こんなの久し振りです」
山路は安らぎを感じた。
啓子は仕事熱心だったが料理は殆どやらず、帰りに弁当を買って済ませていた。
食事を済ませ、借りてきたDVDをみていると夕方になったが、靖子はとくに帰る気配は見せない。
「あら、もうこんな時間」
「予定がなければゆっくりしていけば」
「そうねぇ、そうしようかしら」
彼女の顔が急に憂いを帯びてきた。
近くにいると、体全体は華奢に見えるが、胸や腰は形良く整って魅力がある。

靖子は自分で自分の大胆さに驚いていた。
秘書時代は上役からの誘いも多く、断ると無視され配置転換になり、人事課長に相談すると、夜時間を作って話を聞いてあげると言われ、その繰り返しが嫌になり正社員の仕事を諦め、派遣に切り替えた。
給料は比較にならない程安くなったが、こちらの希望先を探してくれて、合わなければまた探して貰える。
丸一倉庫の仕事は簡単すぎて面白くなかったが、山路がいてくれたおかげで退屈しなかった。
男性との付き合いも普通にあったが、下心や計算がみえみえで、こういうものかと醒めていたのだが、山路にはそういうところがまったく感じられなかった。
少し病弱そうに見えたが 、適度な距離で接してくれる優しさがあった。

夜も更けてきたが、山路は何も言えないでいた。
「あの、私先にお風呂に入っていいですか?」
「あ、どうぞ、僕は片付けていますから」
男の自分の方が狼狽えている。