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武蔵野物語 55

2009-01-03 10:46:22 | 武蔵野物語
田口はゆりこと共に調査を依頼されてからは、殆ど毎日国立に出社する様になったが、水野所長は黙認していた。田口は将来の幹部候補なので、気を使っているのだ。
調査そのものは、契約をしている探偵社を使うことができるので、営業にはあまり支障はなかった。電話での指示が主になる。
金曜日の夕方、新宿で仕事が一段落して、国立に戻らなくてよくなり、ゆりこが帰ろうとすると、田口が話しかけてきた。
「あのう、ゆりこさん、きょうは帰られるだけでしょう」
「ええ、父の夕食の用意でもしようかと」
「よろしかったら、私の実家に寄っていきませんか」
「あなたの実家に?」
「四谷で近いし、母にあなたのことを話したら、ぜひ一度連れていらっしゃい、と熱心に言うので」
「でも私、急にそう誘われても・・・」
「僕もゆりこさんの家に泊めて頂いたり、仕事もまた組む事になって、縁も感じるから、気楽にちょっと寄っていきましょう」
田口は実家に電話を入れると、半ば強引にゆりこを中央線に乗せた。
家は市谷に近く、一部私道になっている路地を上ると、つげの木が植えられている
玄関に、田口の表札が見えた。
塀で中は窺えないが、それ程広くはないらしい。ゆりこはいままでにない緊張感で足取りが重くなってきた。
「ゆり子さん、歩かせてしまってすいません、家の車もいま出ているものですから」
玄関を開けながら話していると、お手伝いさんが慌てて来た。
「気づくのが遅れてすいません、あの、タクシーではなかったのですか」
「うん、拾えなかったので歩いてきたよ」
「まあ、歩いてきたの、駅から」
すぐ後ろから母親が現れた。
「あ、お母さん、こちらが沢田さんです、沢田さん、母です」
「急にお邪魔してすいません、沢田ゆりこと申します」
「初めまして、よくいらして下さいました、結構歩いたでしょう、さ、どうぞ中へ」