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通夜・告別式・親戚づきあい

2006-06-30 02:45:57 | ノンジャンル
今週はライブパーティーだ友達のライブだと浮かれているようでありましたが、実はオットの叔母(舅の弟の連れ合い)が日曜に亡くなって、この二日間、彼の出身の飯能に連ちゃんで通いました。
私と彼は法律婚に移行したのが4年前。
彼の実家は本家で、地域的にも昔ながらの決まりごとに厳しい土地柄。
結婚以来は、盆と正月の挨拶は出来る限り行くようにしていましたが、私達は結婚式をせずお披露目をしていないので、彼の親戚が一同に会するところに行ったのは今回が初めてで、色々と緊張、感慨深かった。
彼と一緒に骨上げをしたのも初めてで、しみじみでした。

親戚と一言にいっても、人ぞれぞれ家ごとに意味が違うものだと思います。
私の場合、両親が岡山と広島の出身で、両親とも末っ子であったり兄妹の下の方で、今は父を含め伯父たちはどちらもすべて他界し、3人の伯母を残すのみ。
なにしろほとんどの親戚が岡山方面に住んでいるので、会う機会がほとんどなかったし、過去に何人かの伯父の葬儀はあっても、こちらから家族全員では行くことがなかった。

飯能は半端に東京に近い分、もっと都会から離れた町と比べて親戚が分散しない傾向があって、従兄弟の連れ合いや子どもまで入れるとオット自身も把握しきれない数の親戚がことあれば勢ぞろい、彼のお父さんが長男なので下はまだそれなりに若く兄弟も多いので、かなりの人数です。

おまけに彼の地方は、組合という隣組の名残みたいなものが今でもあって、これは市の町会などとまた別の区分で冠婚葬祭では大切にしなければならない付き合いなのだそうで。
20数年前までは土葬だったので、穴を掘るのも埋葬後一晩番をするのも、組合の仕事だったそうな。
さすがに最近は葬儀社仕切りに移行しているので、「女手」という役割をせねばならない時代からは脱して、本家といっても彼は次男坊なので私に大きなプレッシャーはなくて助かったという気持ちも正直言ってありました。

相方の親戚付き合いって色々馴染めない部分もあるものだけど、しかし、オットの母親が早くに他界し、近くに住む親戚たちに本当に沢山の愛を持って助けてもらったこと、その方たちへの感謝の気持ちは私にもとても大きなものとしてあります。
そのことを、改めて実感するここ数日間ではありました。


70年代初期のロック、カウンターカルチャーに感化された人間にとって、遠い親戚との付き合いに象徴される風習は否定するべきものだった時代が長かったと思う。
親戚づきあいのことを考えると、頭脳警察の「いとこの結婚式」という曲を思い出す。

私自身、今でも基本的にその当時の考えを曲げたつもりはないけれど、20年前父が急死した時に父母の兄姉から無償の愛で支えてもらった恩は忘れることは出来ないし、一つの大きな転機ではありました。

大人になって、人の命が限りあるものであることを身近に実感する機会が増え、若い頃とはものの見方が少しずつ変わってきて、でも、本質は変わらないんだというところの、辻褄あわせを改めて考えたりしてます…。

goo | コメント ( 2 )
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コメント
 
 
 
Unknown (Lei)
2006-07-06 00:27:07
興味深い思考文章でありました
こんがらがりほどけるかんじです
 
 
 
Unknown (yotcha)
2006-07-06 00:41:56
Leiさま
レスありがとう。
「こんがらがりほどけるかんじ」ね、面白い表現だね。
 
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