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大河ドラマ「義経」 覚え書き 第三十九話 下5

「私が法皇様より、五位の尉に任命されましたのは、ひとり私だけではなく、兄君と源家の名誉を考えてのこと。私には野心など毛頭ございませんでした。にもかかわらず、このようにきついお叱りを受けるとは。これ以上、この義経の気持をどのようにお伝えしたなら、分かっていただけるのでしょうか。度々「神仏に誓って偽りを申しません」と、起請文を差し上げましたが、いまだお許しのご返事はいただいてはおりません。」 無断 . . . 本文を読む
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大河ドラマ「義経」 覚え書き 第三十九話 下4

「その時、兄君が旗揚げをなさったという心ときめく報に接し、矢も盾もたまらず馳せ参じたところ、宿敵平家を征伐せよとのご命令をいただき、まずその手始めに木曽義仲を倒し、次ぎに平家を攻めたてました。その後は、ありとあらゆる困難に堪えて、平家を亡ぼし、亡き父君の御霊を鎮めました。私には父君の汚名を晴らす以外、いかなる望みもありませんでした。」 ここで義経の気分は一変する。宿望だった平家打倒の光景を思い . . . 本文を読む
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大河ドラマ「義経」 覚え書き 第三十九話 下3

「再会した折り、あの黄瀬川の宿で申し上げました通り、私は、生みおとされると間もなく、既に父君はなく、母上に抱かれて、大和の山野をさまよい、それ以来、一日たりとも、安らかに過ごした日々はありませんでした。その当時、京の都は戦乱が続き、身の危険もありましたので、数多の里を流れ歩き、里の民百姓にも世話になり、何とかこれまで生き長らえてきました。 」 義経は文を書きながら回想を始める。兄頼朝との黄瀬川の . . . 本文を読む
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大河ドラマ「義経」 覚え書き 第三十九話 下2

「五月一七日、己亥、午前六時頃左典厩の一条能保殿が去る七日義経と同日、京都を出て、本日鎌倉に到着され、直ちに大蔵御所に入られた。昨日の暑さでいささか日射病になられた気配があったが、旅先でのことなどを話されたのであった。 その中に、能保殿の家来後藤新兵衛尉基清の部下と、判官義経の家来伊勢三郎能盛の部下が乱闘に及んだという話があった。事は、能盛が馬のかいばを部下に命じた時に起こった。基清の部下がその . . . 本文を読む
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大河ドラマ「義経」 覚え書き 第三十九話 下1

「言い分もお聞き下さらず、鎌倉にも入れず、私は、気持の置き場もないまま、この数日を腰越の地で虚しく過ごしております。兄君、どうか慈悲深き御顔をお見せください。誠の兄弟(きょうだい)としてお会いしたいのです。それが叶わぬのなら、兄弟(あにおとうと)に何の意味がありましょう。何故このような巡り合わせとなってしまったのでしょうか。亡くなった父君の御霊が再びこの世に出てきてくださらない限り、私は、どなたに . . . 本文を読む
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大河ドラマ「義経」 覚え書き 第三十九話 中

【1 腰越状を読み解く】 以下は、原本に新訂増補 国史大系 吾妻鏡第一(昭和七年八月二十日第一版発行 黒板勝美 吉川弘文館)を使用して、佐藤が意訳したものである。 義経は腰越状をこのように書き出す。 「左衛門少尉源義経、恐れながら申し上げます。この度、兄君のお代官の一人に撰ばれ、天子様のご命令をいただき、父君の汚名を晴らすことができました。私(わたくし)は、その勲功によって、ご褒美をいただけ . . . 本文を読む
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大河ドラマ「義経」 覚え書き 第三十九話 上

【腰越状とは何か?!】 1 39話を観た。素直に感じたことは、腰越の満福寺周辺のロケーションを心得ているためか、東西の方向やら、海の感じなど、よく分かって満福寺の雰囲気を再現していたと感じた。これは平泉や京都、福原の都では、まったくと言って良いほど感じられなかったので、制作者が現場に近いということはこんなメリットがあるものだと思った。 要は制作者は舞台になる地域というものをもっと知っていれば、 . . . 本文を読む
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大河ドラマ「義経」覚書 第三十八話

【「義経記」によって形成された哀れな義経のイメージ】 38話を観た。つくづくと源義経という人物のイメージに対し、「義経記」の果たした役割というものの大きさを痛感させられた。 というのは、大河をこれまで見てきて、ご承知の通り、義経の人物像は、一ノ谷、屋島、壇ノ浦でも、何かにつけて悩んでおり、少しも清々しい印象には描かれていなかった。早い話が本居宣長の「もののあわれ」かどうかは知らないが、カッコウ . . . 本文を読む
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大河ドラマ「義経」 覚え書き 第三十七話

【安徳天皇替え玉説の虚妄】 大河37話を観た。そのタイトルが「平家最後の秘密」とあった。「最後の秘密」とは、何のことかと思っていたが、見終わってはっきりした。それは大河の原作、宮尾登美子版「平家物語」にある安徳天皇身代わり説のことであった。つまり守貞親王と安徳帝が入れ替わって、安徳帝は生き残ったというものである。これはいくら虚構としても、あり得ないことで、最悪の筋立である。それは頼朝という人物の . . . 本文を読む
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大河ドラマ「義経」 覚え書き 第三十六話

【義経にとって壇ノ浦とは何だったのか?】 36話を観た。はっきり言って見るのがアホらしくなるようなまとまりのない散漫な回。論じるに値しない回であった。よくぞ、こんな無駄を作ったと言いたくなった。 こんなところで、なぜ総集編のような編集をしなければいけないのか。この時点での長々とした冗長過ぎる回想シーンは、まったくの「無駄尺」である。時間が足りないと、どなたか以前言っていた。こんな無駄をするから . . . 本文を読む
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大河ドラマ「義経」 覚え書き 第三十二話 上

32話をみた。台本がちゃちな小細工で史実が無視されている。すなわち那須与一の扇の的が先に来て、佐藤繼信は、何と志度合戦で戦死するという作りである。やってはならない掟破りのシナリオだ。 話がふたつにぶち切られている感じがした。ライターはおそらく佐藤繼信の討死と那須与一の名場面をそれぞれ独立して見せるために小細工したのだろう。まったくお話にならない。 しかも義経の弓流しのシーンはカットされている。 . . . 本文を読む
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大河ドラマ「義経」 覚え書き 第三十話

【義経屋島出陣までの真相を探る】 1 頼朝は情の人というセリフに一言 大河ドラマ「義経」第30話を観た。どっから見ても29話と同じテーマ。頼朝の義経に対する不当な差別待遇を見た後白河法皇が義経に対して、次々と官位を与え、ついには昇殿まで許すのであるが、その政治的背景こそ、もっと丹念に描くべきだった。法皇と丹後の局は、相変わらず際物のような存在で、どうも拍子抜けしてしまう。夏木マリはうまい女優だが . . . 本文を読む
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大河ドラマ「義経」 覚え書き 第二十九話

【義経への不平等な仕打ちの裏側】 大河ドラマ第29話を観る。史実とはかなり違うので、これを語るには、虚実関係の整理が必要となる。最近のブログなどをチラホラと見ていると、大河ドラマの台本の虚構と義経の誤ったイメージをそのまま信じて、まるで司馬遼太郎のように義経=政治音痴説を取って、義経を単純極まりない武将のように論じている見方が多い。実に残念なことである。 そもそも、頼朝は、自分が義仲追討と一ノ . . . 本文を読む
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大河ドラマ「義経」 覚え書き 第二十八話

【義経伝説に対して頼朝幻想というもの】 第28話を観た。冒頭のプロローグでの頼朝の紹介から、義経伝説に対する頼朝幻想という言葉を思いついた。 冒頭のナレーションで、平清盛が、公家(摂関家)の立場に取って代わろうとしたのに対し、頼朝はまったく新しい武家の体制を鎌倉に作ろうとした、というような言い方をした。 この見解は、ひとつの常識的な頼朝観ではあるけれども、厳密に言えば、これまで家康以来形成さ . . . 本文を読む
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大河ドラマ「義経」 覚え書き 第二十七話 

【一ノ谷で発揮された義経の直観力】 大河ドラマ第27話を観た。今回は、一ノ谷合戦ということで、義経の武功でもっとも特筆される戦さであるが、ドラマでの義経はあたかも三国志の天才軍師諸葛孔明のような存在として描かれていて、理詰めの策士に見えた。だが、義経の感性の特徴は、もっと直観的な部分にあったと思われる。今回のドラマで、峠越えの最中、義経が三草山に平家の陣があると「直感」するシーンがあった。はっき . . . 本文を読む
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