判官贔屓 14 亀田・ランダエタの世界戦における判官贔屓

 【倫理思想としての判官贔屓】 2006年8月2日に行われた亀田興毅の世界戦が内外で物議を醸している。一見日本人亀田興毅が、負けたかに見えた判定が勝ちとなって、日本中から「あの判定はどう見てもおかしい」との声が上がった。 そして驚くべきことは、敗れたファン・ランダエタ選手の母国ベネズエラの日本大使館に、日本から数千通にも及ぶ激励のメールが殺到したというのである。その内容は、「あなたの勝ちだった . . . 本文を読む
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判官贔屓 13 判官贔屓における民衆心理

【義経贔屓の芭蕉vs頼朝贔屓の家康の構図】 義経と頼朝という兄弟をみる時、民衆に愛される義経に対して権力者に愛される頼朝という図式がある。例えば、江戸時代で云えば、義経を愛した人間の代表格として松尾芭蕉を、頼朝の方は徳川家康を上げて見たい。芭蕉の奥の細道の旅を私は、義経への鎮魂の旅と考えているが、6年前菅原次男氏が、神奈川の藤沢白旗神社から宮城の栗駒判官森までを歩き通した旅に同行し、余りにも義経 . . . 本文を読む
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判官贔屓 12 判官贔屓の視点から視る「貴乃花の生涯」

 【日本人の潜在意識にある判官贔屓の視点】 判官贔屓論の視点から、故先代貴乃花の生涯を考えてみる。 貴乃花の人気の秘密は、どこにあったのか。それを列挙すればこんなことになるであろうか。 第一に若乃花という人気横綱の弟という毛並み(血統)の良さのようなもの。 第二に寡黙で憂いを含んだ端正なマスク。 第三に小兵ながらも、どうしても応援したくなるような必死の相撲。 第四に女優との結婚を決意し反対を . . . 本文を読む
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判官贔屓 11 「判官贔屓の深層心理」

今週は、大河ドラマ「義経」第19話を見ていないので、これについての論評は、来週以降になります。そこで今日は、「判官贔屓の深層心理」というテーマで次のようなことを書きます・・・。 【判官贔屓の深層心理】 ヨーロッパで北野武のドキュメンタリー映画「北野武 神出鬼没」が話題だという。フランスの映画監督ジャン=ピエール・リモザンという人物が作ったもので、1999年、映画評論家の蓮實重彦のインタビューを . . . 本文を読む
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判官贔屓 10 「判官贔屓再考」

日本人は、他人の不幸を見るのが好きだ。いや日本人だけではなく、そもそも人間というものは、他人の不幸を見るのが大好きであった。ギリシャ悲劇もシェークスピアの悲劇も、みんな高貴な人物の不幸物語だ。 どうも人間の心の奥には、悲劇に強く反応するセンサーのような感覚が眠っているかのようだ。日本の記紀神話の中にも、スサノオやヤマトタケルのように、拭いがたい悲劇的な不幸物語がちりばめられている。 日本人の . . . 本文を読む
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判官贔屓 9

【頼朝贔屓の人が判官贔屓を評すれば・・・1】 ある新刊本を読みながら、こんなことを感じました。 「判官贔屓とは、本来比較対象物があっての贔屓の心情ではない・・・か?」と。それはズバリと言えば、「義経が好きか、それとも頼朝が好きか?!」というアンチノミー(二律背反)な心境ではないかということです。二位(にい)に叙せられた頼朝を「二品」(にほん)と呼びことがあります。ですので、「判官贔屓」に対抗し . . . 本文を読む
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判官贔屓 8

【河合隼雄氏の「中空構造説」と義経が討たれた深層】 今日は何故、日本において、義経や聖徳太子、菅原道真のように出る杭は打たれる傾向となるのか?ということについて日本人の深層心理を踏まえて少し考えてみたいと思います。 もちろん「嫉妬」や「やっかみ」という感情は、日本に限らず世界中いたる所に存在します。しかし日本ほど、出る杭をバッシングする国はないと思います。中国には、「天子の思想」というものがあ . . . 本文を読む
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判官贔屓 7

【日本人のタテマエとしての判官贔屓】 源義経という人物にしろ、聖徳太子(574-622)にしろ、菅原道真(845-903)にしろ、日本では常人を遙かに凌ぐ才能をもって生まれてきた人間を、どうも叩いて叩いて、潰してしまう傾向があるのは否定できません。 聖徳太子の十七条の憲法の一条は、以下のようなものです。 「一日、以和爲貴、無忤爲宗、人皆有黨、亦少達者、是以、或不順君父、乍違于隣里、然上和下睦 . . . 本文を読む
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判官贔屓 6

 【聖徳太子のイメージの変容と判官贔屓】 源義経という人物は、非常に強い意志を持った人間です。人によっては、そんな義経を父義朝の復讐しか頭にない単純な男と切り捨てる傾向があります。彼の意志の強さと軍事の才能がなければ、源氏軍は、あのように華々しい勝利によって、鎌倉に独自の政権を打ち立てることは叶わなかったはずです。 この義経さんの意志の強さに比肩しうる歴史的人物は、聖徳太子という人物ではないで . . . 本文を読む
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判官贔屓 5

中尊寺の「伝源義経公肖像」考 平泉の中尊寺に源義経の肖像であるとして伝わる画があります。この画について、詳しいことは分かっていません。いずれにしても室町期から江戸中期に描かれたものと推測されます。室町期と言えば「義経記」がまとめられた時期ですし、江戸中期と言えば、江戸庶民が、判官物の芝居に熱狂していた時期です。芭蕉は、そんな悲劇の英雄を思いを馳せて、心の中で「ヨシツネ、ヨシツネ」とかけ声を掛けな . . . 本文を読む
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判官贔屓 4

 【「益荒男」から「手弱女」への義経像の変化】 歌舞伎の判官物を見てみると、判官物といわれる出し物でも、義経さんが中心になって、ガンガンと活躍するものはまずありません。いつも義経さんは脇役です。まあこれは「能」の流れを汲んでいると思うのですが、「舟弁慶」でも「勧進帳」でも、「義経千本桜」でもみな不遇を託(かこ)つ義経さんは、主役ではなく、あくまで物語を展開するための脇役に過ぎません。主役と言えば . . . 本文を読む
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判官贔屓 3

 【江戸庶民と贔屓】 何年か前、小笹寿司のオヤジさんに、「佐藤さんはオサムライだからな」と言われたことがありました。「オサムライ?」その時は、何の意味かと思いました。しみじみその言葉を噛みしめてみると、「江戸前寿司という文化を背負っている」という強いアイデンティティを持っているオヤジさんの言いたいことが段々と分かってきました。 江戸文化には、サムライ文化と町人文化のふたつの流れがあります。サム . . . 本文を読む
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判官贔屓 2

 【判官贔屓の歴史】  世や花に判官贔屓春の風  作者不知   という句が、「毛吹草」(けぶきぐさ:松江重頼著 岩波文庫 新村出校閲 竹内若校訂 黄200-1)という書物の巻第五「春」の部の「花」の項に見えます。この本は、その序文に寛永15年に書いたとありますから、1639年頃に書かれ、正保四年(1647年)に発刊された俳諧作法の書です。この松江さんという著者は、貞徳門下の異端者と解説にあり . . . 本文を読む
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判官贔屓 1

 【判官贔屓の本来の意味】 源義経は、奥州平泉にて31才の短い生涯を閉じました。平家追討の最大の功労者でありながら、何故このような悲劇的な人生を送らなければならなかったのか。考えてみたいと思います。 先日ある方にお会いして、「判官贔屓」(はんがんびいき)という言葉についてお話をしているうちに、その方が「『判官贔屓』という言葉の本当の意味は、能や浄瑠璃や歌舞伎で義経さんが登場する『判官物』を贔屓 . . . 本文を読む
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