陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

「オフディ・スキャンダル」(七)

2011-01-04 | 感想・二次創作──神無月の巫女・京四郎と永遠の空・姫神の巫女

レーコはあたしの首に両腕ですがりついて、後ろから抱きしめた。
ねぇ、教えてよ、と。耳の後ろ側に声になる前の甘いそよ風をふかせて、あたしをなおも翻弄する。

「どうせネタにしたって、最後はお安いハッピーエンドにしちゃうんでしょ?」
「それは編集の胸先三寸しだい」

いつも電話の受話器から聞こえてくる、あのガラガラ蛇のような声の割れた男か。
直接会ったことはないが、漫画の編集者なんて、だいたいどんな人種だか想像できる。

「レーコさぁ、前の連載、人気のあるキャラをあっさり死なせたじゃない? あれ今度やったらマズいんじゃないの?」

しかも読者の意表を衝いてストーリーを面白く転がすためなんて、創作者らしい殊勝な理由じゃない。
服装とか髪型に凝りすぎて描くのがめんどくさくなったキャラを、手っとり早く始末したいだけなのだ。なんで、あたしがそれを知っているかといえば、レーコがデスクでさんざん叫んでいたからだ──「連載が長期化すれば、いずれ重荷になる。こいつの未来にはホワイトをかけとくべきだ」──おさらば候補が何人かいれば、壁に貼りつけたラフ画にGペンをダーツにして飛ばしながら、うすら笑いしつつ決めていたりする。熱烈なファンがこんな製作現場を知ったら、きっと卒倒するに違いない。

「人間が生んだものに寿命がないと考えてるほうがおかしい」
「ほんっと、ぜんっぜん読者の立場考えないのね。あんたってヤツは」
「あってもなくてもいいような趣味の悪い暇つぶしに、いちいち真剣に取り合っている連中の気が知れない」

その悪趣味な暇つぶしを描いて飯の種にしてんのが、あんたでしょーに。
こいつは期待に目を輝かせてにじり寄ってきた人間を、ある日、突然につき放してしまうのが大好きなのだ。
このテのタイプについていけるのは、さんざん、他人から突き落とされたことのある人間しかいない。つねに不安やコンプレックスに苛まれていて、たかだか作りごとめいた世界の吹き出しの文句にすら、感情を動かされてしまうような。

あたしはレーコの首に腕を回して、口元に唇を引き寄せた。
そのとたん、レーコはとんでもないことを言い出した。

「人間ってのは、おぞましい怪物を見るか、あまりにも不条理で不幸のどん底の人を見たときに、自分自身を知る。泥だらけの水たまりを覗きこむ顔がきれいなわけがない」

こいつはどうして、こういう甘いデザートにいざ口をつけんばかりという時になって、味を狂わせてしまうような辛らつなことを、顔いろひとつ変えずにざらりとのたまえるのだろう。こういうの、なんて言うんだっけ。こいつの描いてそうな漫画をひっくるめる用語で、ツンドラとかなんとか、それに近い言葉だった気がする。



【目次】神無月の巫女二次創作小説「ミス・レイン・レイン」




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