二人分の舌で生あたたかくなった飴をもういちど舐めなおす。
それを上塗りするように、レーコが口をつける。さいしょ五百円玉の大きさだった飴は、一円玉くらいに減っていた。
飴は最近、菓子メーカーから大量に贈られたものだった。
あたしはCMでそれを食べるための演習をしている。CMといっても全国ネットじゃなくて関東・信州地方限定の放送。よく有名ブランド菓子が地方特産の味とミックスして地域限定で売り込むという、あれだった。ローカル局に限られているとはいえ憧れのテレビCMなんだから、気合いもはいろうというもの。あたしは、鏡の前で毎日チュッパチャプスを口にふくんで、どういうふうにすれば美しく飴を食べているように見えるか、自主レッスンしていたのだ。我ながらエラい!
しかし、研究をつづけるには飴は小さくなりすぎてしまった。
どこぞのいやしい猫背の漫画家のせいで。
「…もう、終わりだね」
一瞬、どきりとした。
無表情で言われたレーコの声が示してるのが、飴の残り時間ではないことにようやく気づいて、あたしは、現実のあたりさわりのない平日を迎えている自分に引き戻された。チタンフレームの丸いレンズが向かうほうへ促されて、投げやりな視線を転じた。「…もう、終わりだね」──その言葉は、床をどこまでも転がっていく毛糸玉みたいに、ほつれたあたしの記憶を六月のあの水曜日にすら連れ戻してくれたのだ。
飴のやりとりの意識を奪われていたせいで、いつの間にか猫型ディスプレイのなかでは、ワイドショーが終わりかけていた。
番組のエンディングテーマは、最盛期の雨音しずくが歌っていたポップ曲。
初登場でオリコンチャート首位にのぼりつめると、その後、一箇月は十位以内をキープしたロングランヒット曲だ。映像は破綻した夫婦が幸せの頂で結ばれて挙式して、ウェディングケーキに入刀するシーンで終わっていた。あの日から今日というこの日まで、この音楽界のビッグカップルにあやかって、全国至るところ、さらにはハワイの結婚式場でこの曲をかけながら挙式した新郎新婦はゴマンといたはずだ。そのうちのいったい何割が、いまだに幸せな家庭を保ってるんだろうか。
「二年前もいっしょに見たね、このふたり」
「…うん」
あたしはレーコを倣って言葉少なになった。
もう二年も前なのか。それとも、まだ二年後だったのか。二年という月日は胸に突き刺さってしまった棘を抜きとってしまうには、じゅうぶんな時間だったといえるんだろうか。オンナってばかだ。はじめて愛してくれた人のこといつまでも忘れらんないんだから。あいつを忘れるには、長い時間が必要だった。
「…もし、この二人、今度の連載の題材にしたら、コロナ読んでくれる?」
レーコは玉の小さくなった飴棒をマイクにして、あたしの唇に寄せた。
あたしは黙っていた。さっきのあたしの問いをそっくり返してきたのだ。答えたくないわけじゃない。答えを出すにはじゅうぶんなほど、甘い十数分をあたしたちは過ごしてきた。でも。どう答えたらいいんだろ。
【目次】神無月の巫女二次創作小説「ミス・レイン・レイン」