散歩と俳句。ときどき料理と映画。

ホラー映画 その13 〈オカルト映画〉1

一旦〈ドラキュラ映画〉についてはここで終了になる。

ほかに触れたい〈ドラキュラ映画〉もあるにはある。
たとえば1994年に公開された『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』。
原作は1979年刊行のアン・ライスによる『夜明けのヴァンパイア』である。
映画も原作もおもしろかったが、これについては
スティーブン・キングの『呪われた町』(小説:1975年 1979年のテレビドラマ『死霊伝説』)
に触れるときに書くことにする。

便宜上この連載のタイトルを〈ホラー映画〉としている。
これまで読んだくれた人にはすぐわかることだが、
〈ホラー〉にあまり意味は持たせてはいない。

〈horror〉は辞書によれば以下のように説明される。

【名詞】
1恐怖、恐ろしい人、戦慄
 ・We need to teach the next generation about the horrors of war. 
  : 私たちは戦争の恐怖を次の世代に伝えていく必要がある。
2激しい不快感、嫌悪、憎悪

【形容詞】
1恐怖の、ゾッとさせる
 ・I heard lots of horror stories about people working for 
  that company getting fired for making trivial mistakes. 
  : あの会社で働いている人が、取るに足りないミスで首になったという酷な話を、散々耳にしている。
2〔映画などが〕ホラーの

恐怖と同時に不快感、嫌悪感、憎悪などマイナスな感情を
呼び起こすものをホラー映画と呼んでいいだろう。

であるなら前に触れた邦画『切腹』も
『武士道残酷物語』もホラー映画と呼んでいい。

ではオカルト映画の〈オカルトoccult〉とはなにを意味するのだろう。

〈オカルト映画〉についてみていくことにする。

〈オカルト映画〉の代表作であると同時に、
その後の映画史に〈オカルト映画〉というジャンルを定着させた作品といえば
1968年のロマン・ポランスキー監督による
『ローズマリーの赤ちゃん』ということになる。

原作者のアイラ・レヴィンは作品数は少ないが、
そのほとんどが映画化されている。
1976年の「ブラジルから来た少年」はフランクリン・J・シャフナー監督、
グレゴリー・ペック、ローレンス・オリヴィエの出演で
1978年に映画化されている。

 

 

ワタシがこの映画を観たのは1980年代のテレビ放映のときだった。
調べてみると国内では劇場未公開で、
テレビ放映されたさいに物議を醸した
ラストシーンは削除されているとのことである。

ワタシは『ローズマリーの赤ちゃん』を封切りのときに
福岡の映画館で観ている。
アメリカで公開された翌年の1969年のことだ。

原作は映画を観たずっとあとにハヤカワの文庫で読んだのだったか。

この映画を観る前にロマン・ポランスキー監督の
『タンスと二人の男』(18分の短編、1958年)、
『水の中のナイフ』(1962年)、『反撥』(1965年)などはすでに観ていた。

『水の中のナイフ』

 『反撥』のカトリーヌ・ドヌーブ。

じつはポランスキーには『ローズマリーの赤ちゃん』の前年、
1967年に『吸血鬼』という〈ドラキュラ映画〉がある。
トランシルヴァニアを舞台とする、
一見本格的な〈ドラキュラ映画〉のようだがじつは
パロディというか喜劇になっている。
それでもやはりポランスキーの映画的な魅力にあふれた
〈ドラキュラ映画〉だった。

この『吸血鬼』に出演し翌1968年にポランスキーの妻となる
シャロン・テートは1969年に狂信的カルト集団チャールズ・マンソンの
信奉者らによって惨殺されるという痛ましい事件が起きる。

〈続く〉

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