大峯山周辺は昔から何回も歩いているが、茶店や宿坊が営業中に歩いたことはありませんでした。
今回初めて それらの営業中に歩き、奥駈ですれ違う人は「よう、御参り」と声を掛け合うことも
初めて知りました。日曜日だったので沢山の人が「西の覗き」で修行していました。もちろん
そんな光景も初めて見ました。
この界隈は ほとんど厳冬期の 氷と雪に閉ざされた中を歩いていたので 新緑と大勢の人はとても新鮮でした。
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五番関から大峯山 その1
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![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/53/9a/3ba01b0dc81361e30f029efbc4fe75af.jpg)
登山地図です。五番関から大峯山までが奥駈道です。
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![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/27/41/d686720be97fe61872f1eff0bf91c7ba.jpg)
五番関登山口駐車場です。正式な駐車場出はありませんが 道路が広いので10台以上楽に止めれます。
この道路は奈良県道で天川村と川上村を結ぶ道で 川上村杉の湯の信号へ出ます。
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![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2a/0a/47ca52a58da39ef838ffda7f49d3bd91.jpg)
この東屋の奥に登山口標識が見えています。
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![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7f/d6/93df225f55f0e86698344d159f783851.jpg)
道というより 踏跡を辿りますが はっきりしていて間違えません。
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![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/12/af/9bd4a5e419594792d44f8eae67515b20.jpg)
危険な箇所には ボランティアの方が ロープをフィックスしてくださっています。
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![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4b/e0/41102ad0bc1ae226b18ba63b497ccf4f.jpg)
歩き出して15分足らず、あっという間に奥駈道です。
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![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7d/c7/983334bccd9f2e86dd03d8fb2fc754d0.jpg)
五番関とは 女人禁制の大峰山への 女人結界門が各所にあり、清浄大橋、阿弥陀が森、蓮華辻、そしてこの五番関
ですが、もう一つは分かりません。廃道になった道の入口にでもあったのでしょう。
「女人」の女の字が壊されて、「人は入るべからず」になっていて笑わせます。何時まで女人禁制なんて
馬鹿なことをつづけるのでしょうか。日本中の山岳修験の山はすべて女人禁制でした。しかし徐々に開放されて
いまや この大峯山だけです。富士山も江戸時代に登山者(信仰者)の激減で 女性を取り込んで復活しました。
高野山も明治時代まで女人禁制で 空海のオカンも高野山に入れず 慈尊院で息子の帰りを待ちわびていました。
世界文化遺産に登録された今 未だに女人禁制なんて 日本の恥ですねえ。「紀伊山地の霊場と参詣道」は
世界遺産登録12年目です。沢山の外国人が 町石道、小辺路中辺路伊勢路や この奥駈道を歩いています。
女人禁制の理由をどう説明するのでしょう。
私が子供の頃は 女性は不浄だからと言う理由で 女性は神棚にも触れませんでした。私が会社へ入った頃
(1971年頃)もそうでした。神棚の掃除は男子新入社員の仕事でした。
今そんな事言えば 女性達や世間から ぼこぼこに叩かれますけどねえ。
女性は子供を造れるから 男より優れているのにねえ。
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![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5d/d6/dec1f7a83bfe91ef40d5e11d22f04a06.jpg)
道は直ぐに二手に分かれます。右は奥駈古道で 帰路に歩きます。
今は左の「巻道」とかいてある道へ行きます。この道は 合流地点では「在来道」と表示があり 今の奥駈道です。
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![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6a/78/03976fd917d3d07dd6c5c1bfacf06340.jpg)
巻道とはいえ ジグザグの急登です。
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![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4e/69/45b4fbb8e0d9b6346e3ba9ed3733d6ff.jpg)
鎖場もあります。
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![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/38/a5/595754d20b4d3d30f0fa21806cdf1a21.jpg)
ボランティアによるメンテナンスも素晴らしい。
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![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/79/28/d92285e2098b73301a0176b3043b62d6.jpg)
きれいな小紫陽花が可憐な花をつけて 急登の疲れを癒してくれます。
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![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/55/9f/6cd64c53338be869154f5b659a636dc5.jpg)
やがて尾根道に出た頃に
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![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0b/59/1ed11939f00f6aaba3bda1c7ee69d6e3.jpg)
奥駈古道が右から合流してきます。
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![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/31/4e/3e0c024716a99496cdd1c17de2f9b4a4.jpg)
鍋冠行者堂を過ぎます。この謂れは分かりません。奥駈の行場ー75靡きではありません。
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![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5d/03/62489913c290c8c3f1f445f6030f1d67.jpg)
このあたりまで来ると 植林帯も消えて やっと奥駈道らしくなります。
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![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/62/eb/5940a5bd9a637d533554eecaf9dcc39f.jpg)
足元には見事な苔の森が広がっていました。
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![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6a/41/70196e893e51f4f154dcd57de4f6ba1d.jpg)
石碑に「百六十丁」と書かれているのは この道を吉野に向い歩いてあと金峰山寺へ16キロと言う意味でしょう。
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![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/59/e0/fa3e42938e61feade1e5bdfd7263594e.jpg)
今宿跡を過ぎます。
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![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6a/a5/6af3231b598155165ed01d5a29147ade.jpg)
アップダウンを繰り返すうちに 遠くに大峯山が薄く見えてきました。
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![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7b/6f/cde8f6af85abb648b142ec9d312cdb3b.jpg)
見通しのよい場所に来ました。正面奥は 大台ケ原の日之出が岳でしょうか。
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![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3f/bc/e0bef9521f3d2f3b8e5051cfd2dd4af9.jpg)
板屋楓の若葉がきれいです。
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![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/21/eb/08f7ba3779ea6346c77d59ab1a5edb0e.jpg)
やがて この区間の最大の難所「鞍掛け岩」にきました。長い鎖場です。
厳冬期にここへ来て鎖は分厚い氷の下で ツルツルの氷壁に阻まれて引き返しました。
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![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0a/6c/7e4afc1185a2006a91577942bd6ca97f.jpg)
もう少しで抜けれそうです。慎重に登ります。
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五番関から大峯山 その2へつづく
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今回初めて それらの営業中に歩き、奥駈ですれ違う人は「よう、御参り」と声を掛け合うことも
初めて知りました。日曜日だったので沢山の人が「西の覗き」で修行していました。もちろん
そんな光景も初めて見ました。
この界隈は ほとんど厳冬期の 氷と雪に閉ざされた中を歩いていたので 新緑と大勢の人はとても新鮮でした。
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五番関から大峯山 その1
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![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/53/9a/3ba01b0dc81361e30f029efbc4fe75af.jpg)
登山地図です。五番関から大峯山までが奥駈道です。
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![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/27/41/d686720be97fe61872f1eff0bf91c7ba.jpg)
五番関登山口駐車場です。正式な駐車場出はありませんが 道路が広いので10台以上楽に止めれます。
この道路は奈良県道で天川村と川上村を結ぶ道で 川上村杉の湯の信号へ出ます。
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![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2a/0a/47ca52a58da39ef838ffda7f49d3bd91.jpg)
この東屋の奥に登山口標識が見えています。
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![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7f/d6/93df225f55f0e86698344d159f783851.jpg)
道というより 踏跡を辿りますが はっきりしていて間違えません。
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![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/12/af/9bd4a5e419594792d44f8eae67515b20.jpg)
危険な箇所には ボランティアの方が ロープをフィックスしてくださっています。
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![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4b/e0/41102ad0bc1ae226b18ba63b497ccf4f.jpg)
歩き出して15分足らず、あっという間に奥駈道です。
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![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7d/c7/983334bccd9f2e86dd03d8fb2fc754d0.jpg)
五番関とは 女人禁制の大峰山への 女人結界門が各所にあり、清浄大橋、阿弥陀が森、蓮華辻、そしてこの五番関
ですが、もう一つは分かりません。廃道になった道の入口にでもあったのでしょう。
「女人」の女の字が壊されて、「人は入るべからず」になっていて笑わせます。何時まで女人禁制なんて
馬鹿なことをつづけるのでしょうか。日本中の山岳修験の山はすべて女人禁制でした。しかし徐々に開放されて
いまや この大峯山だけです。富士山も江戸時代に登山者(信仰者)の激減で 女性を取り込んで復活しました。
高野山も明治時代まで女人禁制で 空海のオカンも高野山に入れず 慈尊院で息子の帰りを待ちわびていました。
世界文化遺産に登録された今 未だに女人禁制なんて 日本の恥ですねえ。「紀伊山地の霊場と参詣道」は
世界遺産登録12年目です。沢山の外国人が 町石道、小辺路中辺路伊勢路や この奥駈道を歩いています。
女人禁制の理由をどう説明するのでしょう。
私が子供の頃は 女性は不浄だからと言う理由で 女性は神棚にも触れませんでした。私が会社へ入った頃
(1971年頃)もそうでした。神棚の掃除は男子新入社員の仕事でした。
今そんな事言えば 女性達や世間から ぼこぼこに叩かれますけどねえ。
女性は子供を造れるから 男より優れているのにねえ。
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![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5d/d6/dec1f7a83bfe91ef40d5e11d22f04a06.jpg)
道は直ぐに二手に分かれます。右は奥駈古道で 帰路に歩きます。
今は左の「巻道」とかいてある道へ行きます。この道は 合流地点では「在来道」と表示があり 今の奥駈道です。
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![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6a/78/03976fd917d3d07dd6c5c1bfacf06340.jpg)
巻道とはいえ ジグザグの急登です。
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![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4e/69/45b4fbb8e0d9b6346e3ba9ed3733d6ff.jpg)
鎖場もあります。
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![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/38/a5/595754d20b4d3d30f0fa21806cdf1a21.jpg)
ボランティアによるメンテナンスも素晴らしい。
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![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/79/28/d92285e2098b73301a0176b3043b62d6.jpg)
きれいな小紫陽花が可憐な花をつけて 急登の疲れを癒してくれます。
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![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/55/9f/6cd64c53338be869154f5b659a636dc5.jpg)
やがて尾根道に出た頃に
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![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0b/59/1ed11939f00f6aaba3bda1c7ee69d6e3.jpg)
奥駈古道が右から合流してきます。
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![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/31/4e/3e0c024716a99496cdd1c17de2f9b4a4.jpg)
鍋冠行者堂を過ぎます。この謂れは分かりません。奥駈の行場ー75靡きではありません。
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![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5d/03/62489913c290c8c3f1f445f6030f1d67.jpg)
このあたりまで来ると 植林帯も消えて やっと奥駈道らしくなります。
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![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/62/eb/5940a5bd9a637d533554eecaf9dcc39f.jpg)
足元には見事な苔の森が広がっていました。
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![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6a/41/70196e893e51f4f154dcd57de4f6ba1d.jpg)
石碑に「百六十丁」と書かれているのは この道を吉野に向い歩いてあと金峰山寺へ16キロと言う意味でしょう。
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![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/59/e0/fa3e42938e61feade1e5bdfd7263594e.jpg)
今宿跡を過ぎます。
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![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6a/a5/6af3231b598155165ed01d5a29147ade.jpg)
アップダウンを繰り返すうちに 遠くに大峯山が薄く見えてきました。
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![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7b/6f/cde8f6af85abb648b142ec9d312cdb3b.jpg)
見通しのよい場所に来ました。正面奥は 大台ケ原の日之出が岳でしょうか。
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![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3f/bc/e0bef9521f3d2f3b8e5051cfd2dd4af9.jpg)
板屋楓の若葉がきれいです。
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![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/21/eb/08f7ba3779ea6346c77d59ab1a5edb0e.jpg)
やがて この区間の最大の難所「鞍掛け岩」にきました。長い鎖場です。
厳冬期にここへ来て鎖は分厚い氷の下で ツルツルの氷壁に阻まれて引き返しました。
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![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0a/6c/7e4afc1185a2006a91577942bd6ca97f.jpg)
もう少しで抜けれそうです。慎重に登ります。
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五番関から大峯山 その2へつづく
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