2007年11月から1年半近く、奥駆道を歩いてきてその全てが「日帰り」でかつ
「出発地点の車に戻る」奥駆歩きでした。吉野から始まり、十津川の玉置神社
までほとんどを歩き、今日はいよいよ最終章「奈良県十津川村の玉置神社」
から「和歌山県田辺市本宮町の熊野本宮大社」までのコースです。
奥駆最後の記念すべき日は、「引き返し」は止めて、初めて「通しの歩き」で行
く事にし、本宮町のタクシーを予約して、十津川村玉置神社の出発点まで送っ
てもらう事にしました。
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玉置展望台に駐車して歩き出しました。五大尊岳まで予定では3時間35分です。赤いルートが、今回の予定ルートです。
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五大尊岳から七越し峰まで4時間10分、更に本宮大社まで1時間10分。
合計9時間、休憩を見て10時間の予定です。
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天気予報では「晴れ」でしたが、風が強く、今にも雨が降り出しそうな天気で
大変肌寒いスタートでした。午前6時50分です。
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歩き出してすぐの「奥駆道 かつえ坂」です。ときどき小雨がぱらついていました。
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玉置山山頂です。
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山頂広場の「沖見地蔵尊」です。玉置山は別名「沖見岳」というそうです。
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沖見というからには、熊野灘が見えるのでしょうか。この日はあいにく雲が飛ぶように流れて、熊野灘は見えませんでした。
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奥駆を下ると「玉置神社奥の院」で「玉石社」など三社があります。
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ここは本殿です。8時前で神社の人は「朝餉」の最中でした。お守りを買いすぐに出発します。
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参道と奥駆の分岐点です。左が奥駆です。
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林道と出会う「本宮辻」です。「平家一門の鎮魂塔」がありました。
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暫く下り、再び登ると「大森山1078メートル」です。眺望は全くききません。
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大森山を下り、「岸の宿」あたりへ来ると、熊野川の先に本宮町が見えてきます。山の斜面を削ったところがそうです。
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かなりの下りが続くと 今度は 再び登り道です。やがて五大尊岳です。
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五大尊岳山頂の不動尊です。時間は出発してから3時間55分経過しました。
20分ほど玉置神社でうろうろしたり、社務所の人とお話してロスしたようです。
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五大尊岳から1時間以上どんどん下ると、「金剛多和の役行者」です。南奥駆で久々に見る、役行者でした。
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今度は再び登りで「大黒岳593メートル」です。
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大黒岳から1時間ほど下ると、目の前が開け「田辺市大井地区」が眼前です。
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暫く下ると「山在峠宝筺印塔」広場です。
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この広場下の公園ベンチで、若者が大きなリュックを下において休憩していたので聞くと、「熊野本宮大社」を今日出発して、7泊8日の予定で「吉野」まで歩き通す計画だそうです。道の状況を聞かれたので「地蔵岳東直下の道のないところ」と「明星岳手前の大きく崩れたところ」の2箇所を注意するように言いました。
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山在峠(さんざいとうげ)から更に1時間ほど下ると、いよいよ目の前に熊野本宮大社が見えてきました。「大斎原(おおゆのはらー旧社殿跡)の大鳥居もはっきりと見えます。
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今度は暫く登りが続きます。「七越し峰」の広場です。公園になっていました。
五大尊岳から4時間30分、出発してから8時間30分です。途中15分の昼食タイムを取りました。
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暫く歩くと道の真ん中に誰かがイタズラで「ゴルフボール」を置いたのかと思いました。良く見ると「キノコ」でした。
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下りきったあと、備崎(そなえざき)経塚群へはきつい登りを2階繰り返しました。奥駆の登り道はやっと終わったと「終わりを喜んだ」後だけに、この2つのピークの登りは精神的に、疲れました。
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やっと河原に出ました。
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奥駆の始点(吉野からの終点)の道標です。
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この手作りの標識がなければ、何処から入ったら「奥駆」へ行けるのか、まるで分かりません。
もっと和歌山県や国は立派な標識と奥駆道を整備して欲しいものです。
「世界遺産」が泣きますよ。
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国道168号線にはこんな立派な看板があるのに。
歩く道の整備は、本当にお粗末な行政で呆れるばかりです。
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橋を渡り、行く手の本宮町の町と、越えてきた奥駆の山々です。
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大斎原(おおゆのはら)は明治22年の十津川大洪水で流された「旧社殿」のあった場所です。
右の赤い看板は 「勝手に写真を撮るな」 と書いてあり、意味が分かりません。
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いよいよ本宮大社の入り口に着きました。時間は4時45分。歩き出して約10時間でした。
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石段を登ると社殿はたくさんありますが、この二つは右が「天照大神」左が新羅から来たという、暴れ者の「スサノオの命」の姉弟です。
スサノオは出雲の「櫛灘姫」と結婚したので、「天つ神」から「国つ神」に降格されました。新羅にいればよかったのに。
またスサノオは京都八坂神社にも、祀られています。彼の背後仏の牛頭天王と共に。
熊野大社にスサノオが祭られているとは知りませんでした。
姉のアマテラスは、皇室の始祖として 「伊勢神宮」にも丁重に祭られています。
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熊野といえば、やはりこの「ヤタガラス」です。熊野本宮大社の紋でもあります。神武が熊野灘に上陸したあと、三本脚のヤタガラスに導かれて大和入りしたのは、有名ですねえ。
サッカー「日本代表チーム」の胸にもこのカラスがついています。
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長かった奥駆道を思うと、感無量でした。夏の雷に襲われて、閃光と豪雨の中を泣きながら逃げ回ったり、冬の氷の道をアイゼン付けて歩いたり、この一年の事がいろいろと脳裏をよぎりました。
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本宮大社入り口で待っていてくださった「熊野第一交通」のタクシーですぐに
十津川村玉置展望台駐車場へ引き返しました。
この運転手さんは、奥駆の登山口に詳しく、「前鬼口」「釈迦ヶ岳旭登山口」
「白谷トンネル登山口」などへ沢山の登山者を運んだそうです。
普通は本宮の「湯の峰温泉」に泊まった客を 朝3時頃の出発で「前鬼口」
その他の登山口へ送るケースが多いそうです。
本宮から玉置神社までは料金は1万円と決まっているそうで、タクシー
メーターを倒して貸切で走ってもらいました。
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