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北欧デンマークおばさんの独りごちブロ

「住み慣れた地域で最期まで」をテーマにデンマーク高齢者福祉を研究し、世界のこと・日本のことを独りごちっています。

J・P・ケネディも通ったパブ「J・ムーリガン」

2008-08-02 | 国際アイルランド
アイリッシュ・パブ「Johon Moulligan」の内部写真である。

ジョセフ・P・ケネディも通ったというパブである。

ジョセフ・P・ケネディって、誰やねん?

そう、第35代アメリカ大統領(1961年~)ジョン・F・ケネディのパパである。

ジョセフ・P・ケネディは、アイルランド系アメリカ人であり、
アメリカ人の中に4000万人いるというアイルランド系の一人であった。
当時のアメリカにおけるアイリッシュ・カトリックの星のような人で、
ボストン政財界の大物で、アイルランド系の票をにぎっていたという。

彼は、ローズベルト大統領の選挙戦で大いなる働きをして、
その褒章として、「英国大使」を願い出た。
アメリカでは、20世紀のある時期まで大統領選の功労者に外交官の
ポストを与えるという伝統があったらしい。

1937年~1940年の4年間で、世界中がヒトラーにふりまわされていた時代
である。

この情報は、司馬遼太郎の「街道を行く 31アイルランド紀行」によっているが、
J・P・ケネディは、親独家で反英主義者であった。

アイルランドにおけるイギリスの略奪を思えば、当然のことであるが、
「英国でいやしめられぬいてきたアイリッシュ・カトリックが、アメリカを代表して英国に乗り込むのである。劇的といえば、これ以上に劇的なことはない」と司馬遼をして言わしめるほどに、劇的な出来事である。

ジョセフ・P・ケネディは、反英であるがゆえに、
ナチスのユダヤ人狩りにもナチスのほうに同情的であったらしい。
とにかく、駐英大使の時には、英国がアメリカとともに戦わぬよう、
英国をアメリカから遠ざけることに心血を注いだらしい。

ローズベルトも、アイリッシュ・カトリックの大票田を失う事を恐れ、
反英そのものの大使を英国に送り込み、
その後どうすることもできなかったという。

そうした、ジョセフ・P・ケネディも通ったというアイルランドでも最も古い
パブ「John Mulligan」の写真である。
行くのが遅くて、(と言っても11:30くらい)
ビールにはありつけなかったが、アイルランドでも最も古い
というパブに15分は留まって、
ビールも飲まずに、その古風な佇まいに
「ああ、ここで飲みたかった!!」と、歯軋りした次第である。

こうしたパブは、日本の観光案内書には書いていない。いなかったと思う。
フランス人がフランス語版 ロンリー・プラネットのようなものを持っていて、
「今夜行こう」と誘われて、従った。

アイリッシュ・パブには数軒入ったが、これほど古いぱぶは他にはなかった。
「ほんまに、ここでGUINES 飲みたかった!」


アイルランドでは各戸のドアの色が違う

2008-07-07 | 国際アイルランド
アイルランドに来て驚くのは、
各家のドアの色が違うこと。

尋ねてみると、
「それは、自分のアイデンティティを表現したいから」
とのこと。
イギリスからの独立を1916年に勝ち取った国民ならではの、
自己主張なのだろう。

それぞれが自己を主張して、全体の景観を損ねているのではなく、
レンガ色で統一された景色に、いきいきとしたアクセントを
与えている。

これは、市の住宅局の人の話だから、間違いないと思う。
人間もとてもやさしい。
とくに若者のやさしさに導かれて、
今、UCD(University College of Dublin)にいるが、
ここに来るまで、途中でさまよっていた私を二人の学生が
拾ってくれて、最終目的地まで連れて行ってくれた。

やさしい若者が育っているというのは、宝ものだと思う。
働いても、働いても、学んでも、学んでも幸せになれないことの
多い日本では、心もすさんでくるのでは?
と、思ってしまった。

若者の未来に、乾杯!