君の着たレイン・コートはぶ厚く、サイズはふたつばかり大きすぎた。僕はその上から君の肩を抱き、君の背中を抱いた。君の体には雨の匂いがした。君の髪にも、まぶたにも、耳の後にも、くすんだ雨の匂いがした。
何時間も抱き合ったあとで、僕は肩を寄せ合うように旧橋を渡った。
「これまでに何千回もこの橋を渡ったわ」と君は言う。
「そしてそのたびに、いつもこう思ったの。この橋を渡るたびに私という人間が新しい人間に取り替えられていくんじゃないだろうかってね。ちょうど、黒板に書かれた文字が黒板消しで消し去られていくみたいにね」
「錯覚さ」
「ええ、それはわかっているの。でもね、ただそう感じるのよ。理由なんてわからないわ」
「試してみよう」
僕たちは黙って橋の残りを歩き、対岸の歩道に立つ。そして僕はもう一度君を抱き、もう一度唇を重ねる。
「どう?」
「わからないわ」君は心もとなげに微笑み、片手で濡れた前髪を払う。「わからない」
旧橋はまるで長い廊下のように、対岸の暗闇へとまっすぐに吸い込まれている。そして秋の雨がその闇の中に音もなく降りつづいている。
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