山紀建設な日々

その日の作業の内容からプライベートに至まですべてお見せします

災害支援 玉城水害

2019年04月23日 17時40分15秒 | 仕事

ども、お久しぶりです。久しぶりすぎてgooブログの管理用画面が見たこと無いデザインになっていて

若干とまどいを隠せないヤマキで御座います。

 

さて、2017年に発生した台風による水害の影響を受けた玉城町で、ヤマキもDRT-JAPANとして
災害支援活動を展開しておりましたが、そのときに相談を受けていろいろと調整を重ねていた
お寺の土塀のお片付けに先日行って参りました。

日程は4月21日22日、被害を受けた建物の解体が進み空き地が目立つようになってきましたが、
文化財級のこの土塀をどうするのか、地元の方々とも相談をしていただき、結果として全て撤去することに
なりました。

この水害以降、地元のボランティアさん達の熱意ある活動もあって復興を続けている
玉城町ですが、この現場においてもその威力を存分に発揮しておられました。ヤマキはまたDRT-JAPANとして
その活動に参加させていただきました。

 

これ発災当時。

 

 

ひとまず、2017年に応急作業を行ってそのままになっていました。

 

4月21日 作業開始です。

すぐ後ろにお寺のご先祖代々のお墓があるので養生をして。。。

 

見えてるゴロゴロしてるのは、この土塀の素材で出来た日干しレンガです。随所に昔の人の知恵が入っています。
重機で大まかに撤去を行い、地元のボランティアさんが綺麗に掃除してきてくれてます。

 

瓦も手作業で分別してダンプへ積み込みます。

あ、ご紹介遅くなりました。

広島から新井さんが応援に来てくれました。いつも彼には助けられます。

いつもありがとね。

 

私も遊んでないでノルマ達成します。

 

でもやっぱり最後は人の力です。

 

皆さんのご尽力のお陰で、次の日のお昼に作業は完了しました。

 

 

慣れ親しんだ風景がなくなってしまうのは非常に寂しいですが、
一歩ずつ進まれている被災地の皆さんの心に元気頂きました。

これからも応援していきます。

 

お疲れ様でした。

 

 

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新年のご挨拶

2019年01月01日 00時00分00秒 | 仕事

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鈴鹿・地域の杜整備事業 <<ちいさな森マルシェ高岡>>

2018年11月09日 21時59分23秒 | 仕事

どーもです。

やっぱりネタをため込んでしまうヤマキです。

 

さて、今回の現場紹介ですが、珍しく林業の世界に飛び込んで参りました。

熊野市に本拠を置く「熊野レストレーション」の代表理事・端無さんにラブコールを頂き
鈴鹿市のとある学校にある放置林を、子供達や地域の方々にふれあってもらえるような
森再生のプロジェクトに加わって参りました。
※この事業は三重県緑化推進協会「2018 森とのふれあい促進事業」により支援されています。

 

基本、海に囲まれて育ってますので海が大っ嫌いなヤマキでして、山遊びばっかりしてますが
さすがにお仕事で林業の方々と連携を組むというのは初めての体験でとても新鮮でした。

 

今回の現場はこの放置林です。

僕が行った頃には、ある程度の間伐が終了していました。

当社で請けたのは、この木々の処理、ならびに作業道・遊歩道を含めた遊び場の造成作業です。

熊野レストレーションの会員さんには、いつも災害現場で一緒になる長野のケンさんがおられまして、
ケンさんも重機持参にて作業に携わられていました。熊本地震の時ぶりにコンビ作業となりました。

ケンさんはいつも僕に絶大な信用を置いてくださりますし、僕もケンさんのチェーンソー技術や
アーボリストとしての腕前には惚れ惚れしてまして、そんな方とのコンビ作業は非常に楽しいです。
注)ケンさんの職業はガーデナーです。木こりではありません(笑)(←ここ重要らしい)

 

そんなこんなで、バケットの僕はせっせと作業道を取付ながら邁進します。

 

登り切るとそこには間伐して玉切りされた木々で埋め尽くされてます。これをまずは片付けていきます。



愛用のMS241も現場に♪

 

残念ながら、幹材などは場外での有価処分は見込めず、すべて現場内処理とします。
土留め材に使ったり、とにかく現場内循環で乗り切ります。

枝葉や直径が100mm程度までの物はすべてチッパシュレッダで粉砕します。
粉砕したチップは路盤材として敷き均します。

 

同時進行で、まだ樹間の問題があるところは熊野レストレーションの方々が伐採していきます。

 

薪として利用できそうな物はすべてクレーンとモッコで一箇所にまとめます。

それをまた薪のサイズへと玉切りしていきます。

見習いの方からベテランの方までおられましたが、手際よく作業が進んでました。

最終的には、ここの子供達のためのフィールドへと変化していました。

 

今回も僕の信頼を裏切らないユニックです。

 

ドローンも来てくれました。わざわざ大阪の山奥から(笑)

しかし、ドローンも日に日に製品が進化してますよねぇ。。。

 

予定されていた4日間の作業は荒天もあり、2.5日しか出来ませんでしたが、何とかここまで出来ました。

 

チップも敷き均しましたがもっと欲しいですね。

ケンさんの手に掛かると、荒れた山が新たな命が吹き込まれますね。

この森でツリーイングをしたり、森林セラピーが行われたり、木の実を集めたりして遊ぶ子供達の声や姿を
思い浮かべると、とてもワクワクしますね。こんなところでノビノビと育って欲しいと願ってしまいます。 

 

僕はその他にも、車輌の進入路の取付や、臨時の歩道階段の設置等々。

 

ひとまず、今回の作業はここまでとなりましたが、このプロジェクトは3年ほどを目処に
進められていくそうです。それまでに細かな作業やイベントなども行われつつ、
地域の皆さんにふれあっていただくそうです。

次回は来年の2月にまた重機作業の依頼を請けましたので、また行ってきたいと思います。

 

今回も楽しいお仕事でした♪

 

 

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西日本豪雨災害救援 岡山・倉敷真備

2018年08月19日 20時00分00秒 | 仕事

続きまして・・・

 

日程的には前後が逆のご紹介になりますが、岡山県倉敷市真備町に入ったのは7/13~7/16でした。

 

まだ被災して1週間ほどで、これからボランティアさんも沢山押しかけて支援活動が本格化していくであろう
大事な段階でした。

 

被害に遭われたお宅のニーズ対応も大事ですが、まずはボランティアを受け入れるサテライトの設置や
諸々の準備も並行して行いました。

 

 

隣り合わせたところに我々の拠点とボランティアサテライトが良い感じに設置されました。

 

途中で収まりきらずにブルーシートで即席屋根を設営、アンカーにうちの豆ユンボってことになったりしましたが。。

 

町内は停電。ほぼ1階の天井付近まで水没が殆どで、2階の中窓まで浸水したお宅も多々ある状況です。
店舗などもたくさんありましたが、淡々と駐車場に被災した商品が野積みされてました。

 

 

 

作業ニーズとしては、被災した家財の運び出しがメインになるんですが、とにかく道路が封鎖されていたり
流れてきた車などで家に近づけないなどの障害の撤去が主な作業でした。まだニーズが拾い切れていないので
今後どのようになっていくのか、若干の不安も感じながらの作業でした。

 

僕が一番馴染み深い立場の方です。
翌日の朝、新築工事現場に届ける予定の建材を積んで帰宅して、その日の晩に
被災したそうです。ユニックもまだ1年ほどの新車。お隣さんとの塀に車が乗り上がっています。

 

今回、結構困ったのがこの手の流れてきた車輌の移動。
持ち主が分からないので手が付けられないんですよね。勝手にやってしまうのも
ありなんでしょうけど、やはりご本人のご意向も伺いたいので。

 

おそらく、ご本人もご自身の車がどこに流れていったかわからない状況なので、困っておられるだろうと思うんですが、
こちらがナンバーなどから照会するも、どこに避難しているのかがわからないので、
作業が遅れてしまいます。

 

写真で分かるかと思いますが、このお家は2階の中窓まで水が来たことがわかります。
今回多かったのが屋根の上に打ち上げられた物などを降ろす作業ですね。
これ、中身満タンのプレハブ物置。中身も水を吸った状態で重いです。
中身を取り出したいですが危険ですので近づけません。クレーンで吊るにも距離もあるし、空中線あるし
お互いの屋根に引っ掛かってるし、この向こう側には右側のおたくの出窓が出ていて
まさに八方塞がり。

 

ユニックの荷台の荷物を丁寧に降ろして、ユニックとユンボの2台吊りで平面に降ろしました。

 

こちらも何とか玉掛けをして、ユニックとユンボ補助でどうにか吊り上げました。
底が抜けて中身が散らばらない様に気をつけながら。

結構手前まで持ってきてやっとこさブームが起きたってことは1トンは軽く越えてるってことになります。1トンくらいならこの車は
3段くらい伸ばしててもそこそこ動くんですが、これはそんな簡単に動いてくれませんでした。

ほんと、水害は難しいです。

あと多かったのがこれ。

工事現場などから流れてきた仮設トイレ。下敷きになっている車などの被害を最小限にするには
そのまま真上に持ち上げるしかないんですが、元々吊り上げる設計でない物なので玉掛けが難しいんです。
しかも中身が爆弾ですし(^_^;)なのでここでも重機との相吊り。
クレーンがラジコンで操作できるから出来る技です。

 

 

「災害ゴミ」と悲しい名前を付けられた家財は仮置き場に運び込まれますが、渋滞が凄く自然と
出来てしまう仮置き場がどこの水害でも見受けられます。

そこの管理は自衛隊さんがやってましたが
やっぱり重機やダンプの扱いに関しては申し訳ないですが見ていられない物があります。
装備は凄いんですが、技術が全く足りていません。

でも日に日に色々と調整や段取り替えを行いながら必死でやってくれている現場の皆さんに尊敬の気持ちは変わりません。
その現場の皆さんの努力が報われるようになって欲しい気持ちも変わりません。

ただその現場のことをホントに考えているのかな?と上層部に対しての疑問が毎回募ります。

 

今回、そんな自衛隊の方から仮置き場の片付けのお手伝いも依頼を受けたのでちょっとだけやってました。

重機の大きさでは完敗ですが、そこは技術で十分立ち向かいます。伊達にプロを名乗ってないので。

 

とにかく吊って運び出しは多かったです。

 

これ、「なんでそんなに傾いてるの?」って事なんですが、
通常ここでバランスが取れるって場所に玉掛けをしたんですが、水害の水が入っていてそれが
後方へ流れ始めたら重心が変わってしまいまして、こんな形に。。。こう言うのも経験ですね。

 

このサテライトが設置されている横はテレビでも報道されたまび記念病院なんですが、
この室内の掃除も急ピッチで行われてました。でも病院内は危険なので一般のボランティアが入れず
僕らがお手伝いさせていただきました。

 

あと、日に日に見えてくる道路障害。
とにかく運び出しにとって道路は絶対不可欠。こんな感じの啓開作業も多々ありました。

 

道路啓開作業(倉敷真備)



今回の真備町は決壊箇所がたくさんあって、どこに行っても堤防の復旧作業が行われ
そこは水で溢れてました。

 

こういった激甚災害になると国土交通省がTEC-FORCEと言う名前で協定業者を使って復旧作業にあたってますが、
何ともお役所仕事なので住民とのトラブルも絶えません。

 

もはや人力では手に負えない、ましてや地元の業者の重機だけでも手に負えない。役割分担や棲み分けをきちんと行いその隙間を埋めるべく
僕らのようなプロボノがいるとしても、それでも間に合わない。。。どうなっていくんでしょうか、これからの災害・・・。

年々被害は増すばかりで。

 

災害地の渋滞はこんな感じになります。

信号も消えているので交差点はぐっちゃぐちゃ。出て行ったダンプが帰ってこないと運び出しも終わらない。
悪循環ばかりです。

 

 

トラック仲間の西脇さんが立ち寄ってくれて物資を支援してくださいました。
現地に来て直接声を聞かせてくれることが何より励みになります。ありがとうございました。
このあとまた違う被災地へと向かわれました。お疲れ様です。

 

ベースでのひととき。

 

ボランティアセンターでの会議の様子。


 

今回、手配してくれた宿は真備からは車で1時間掛かりますが、瀬戸大橋を一望できるステキなホテルで
料金も相談に乗ってくれてありがたかったです。1人で寝るのは勿体ないお部屋で。

帰りはお土産一杯買って。これも被災地応援。

 

倉敷はこれから住宅の再建に向けて必死で歯車を回していきます。
その惨状や非情にも過ぎ去る時間、周りの環境などが手伝って、解体一択の空気が流れがちです。

確かに災害救助法が適用され、公費による解体をすれば撤去に関する住民の金銭的負担は軽くなります。

でも、その後新しい住まいを作るお金はどうなりますか?ずっとベニヤ板の仮設住宅ですか?
新たに家賃を積み重ねて賃貸に?

 

決して焦らず、今建っている住宅を丁寧に修繕して住むことが本当に出来ないのか?そこに仮に多大なお金がかかるとしても
それは選択肢として価値がない物なのか?仮にベニヤ板を張って住むなら、プレハブの仮設住宅よりも
今まで住み慣れた地の住み慣れた家にベニヤ板を張って住まうことも選択肢ではないのか?

 

被害に遭われた方に1つでも多くの選択肢を提供し、最終的には解体と言う決断になるとしても
そこまでの時間稼ぎが出来るようにお手伝いをし、考える時間を少しでも提供できるように
いまプロボノが頑張っています。仲間が必死に動いています。

 

 

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西日本豪雨災害救援 広島坂町

2018年08月19日 09時00分00秒 | 仕事

大阪北部地震に於いて、茨木市での活動をしている最中、ちょうど茨木におけるロジスティクス強化のために
その仮設設備を準備して設置している日、とんでもない豪雨に見舞われました。


幸いに滞在していた茨木市は大雨による被害は見受けられませんでしたが、まさかその雨が
西日本をこれほどまでに壊滅に追いやるとはそのときは思いもしませんでした。

 

茨木で活動を展開していた各団体はそれぞれ、岡山、広島、愛媛へと移動して救援活動を直ちに開始しました。

僕が所属するDRT-JAPANはまず岡山県倉敷市真備町での活動に入りましたが、その後広島・坂町へ移動して
現在救援活動を展開しています。

ここではまず広島・坂町での活動の報告をさせていただきます。

後日、岡山県倉敷市での活動の報告をさせていただきます。

 

 

広島には2014年の水害でもお邪魔してますが、今回は坂町小屋浦地区にお邪魔しました。
期間は8/7~8/12でした。

当初は前半を広島で、後半を倉敷での活動の予定となってましたが、広島の事態があまりにも深刻で
僕は広島に残ることになりました。

 

ベースは坂町のB&G海洋センターに設置されており、そこにキャンプを張ってました。
僕は当初はユニックの寝台で寝泊まりでしたが、市内でホテルが確保できたのでホテルに移動しました。
シャワーはB&Gプールのシャワーをお借りしてました。

 

まずは小屋浦地区の被災した保育所での土砂の撤去作業からでした。

 

乾くと埃が舞い上がり呼吸がしづらく、濡れれば足を取られ、水害独特の腐った強い臭い、連日の猛暑などなど
作業は過酷としか言いようがありません。これをボランティアさんが人力で撤去しようと
各現場で苦労されてましたが、プロボノとしては機械を有効活用して作業を進めることになります。

 

今回、大王町船越のお友達企業「やまもと石材」さんでいつも借りるキャリアダンプ「運ん太郎」をお借りしました。
ちょうどうちの現場で使いたいことがありお借りしてた所で不調になり、メンテをして預かっているところでしたが
今回改めてお願いして快諾を頂き現地で活躍してもらいました。

リフトアップも出来るので土山を高くすることも出来ますし、軽ダンプなら直接積み込みが出来ます。狭所での操作性も
良く、本当に助かりました。

 

キャリアダンプ稼働状況

 

土砂撤去作業状況

初日はこんな感じで頑張っていたのですが、頼れるこの男が翌日は来てくれました!!

まず横向きに無理やり積んできた(本人は余裕と言ってましたが)ユンボを吊って降ろして

 

前日にちょっとした段取りを相談しただけで全てを把握したかのように
準備してきっちり仕事を決めて帰ってくれました。てか、来てくれたっていうかここは広島なので
来てるのは僕で新井さんが地元県ですが(^^ゞ

おかげで保育所の室内の泥出しはすべて完了してくれました。助かりましたー!!

 

保育所の2階から前を見ると、まだまだ行方不明者の捜索が行われている状況です。

 

 

後半は小屋浦地区の3丁目での活動になりました。

ここではIVUSA(国際ボランティア学生協会)との連携(と言うか、使われ(笑))の活動となるため
前日に打ち合わせ等を行い、活動に入りました。IVUSAの威力は言わずもがな。

 

同じ雨による水害なんですが、地区が変わると全く被害の様相が変わります。
3丁目はすでに災害ゴミの回収がテキパキと委託業者によって行われてました。

 

そんな折り、持っていた無線で呼ばれた先へ行ってみると・・・

1ヶ月経つのにまだこんな状況の現場が手つかずで残っていることに愕然。。。

聞けば行政に相談するも全くの放置状態だったそうで、流れてきた山や家屋、車輌によって自宅に入れていないと言うことで
急いでこのお宅へアクセスできるように対応しました。

 

啓開作業状況

 

山滑りによって車も流され、撤去した家屋の中から車が出てくる始末。作業最中にこの車輌の持ち主の方からも
車輌の移動を依頼されたので、そのニーズも対応しました。

 

 

倒壊した家屋の部材が刺さっていたり泥で埋まっていたりなので、引き抜きにも相当な力が要りますし、
水害に遭った車輌、特にこの真砂土の被害にあってる車輌は、水とシルト分が車内の隙間という隙間に入り込んで
重量が一気に重くなるので、吊り上げはホント苦労します。あと、ここは空中線が多数あり、クレーン作業の障害にもなっていて
クレーンが支障なく動けるところまでは重機で牽引して、の繰り返しでした。

牽引するにも、最近のスマートキータイプはハンドルロックが外れないし、パーキングブレーキも
泥がドラムに入り込んで外れない、ペダルを踏むにも車内が泥で埋まっている、シフトロックも外れず
ニュートラルに出来ないなど、ホントに苦労します。

何とかユンボで吊りながらユニックをラジコンで操作して2台吊りで対応したりと工夫をして乗り切りました。
常総水害の時の車輌救出時に、ユンボのクレーンフックが簡単に曲がってしまった苦い経験があるので、今回は
バケットフックで作業しました。本来の現場では用途外作業となり禁止行為です。

ちなみにこの軽自動車で1800kgありました。

そんなこんなで何とか次の日にはトラックが入ることが出来まして、1ヶ月経ってようやく、家財の運び出しが出来るようになりました。

 

この日は新井さんの後輩で前回の広島でもお世話になった健太くんがこの2トンダンプで応援に来てくれました(てか、来てるのは僕の方だけど②)

仕事も忙しいでしょうに、1日フルに、また差し入れも持って頑張ってくれました。特にダンプもありがたかったですが、車輌の移動の際は
本業が車屋さんだけに、本当に助かりました。おかげで夕方には枯れ果てたような姿になってましたが(^_^;)

 

この地区では、既に床下の泥出しも本格化してて、道路は土嚢や土山で埋め尽くされてました。
空いてる時間はそちらを対応してました。
土嚢は処理に困るので極力使わないようにしてますが、出てくる泥が液状の場合も多く、その場合は土嚢でプールを造り
その中に泥を貯める方式を取っています。またコレの搬出でも、ダンプの荷台の底角に土嚢を並べて泥が
漏れ出さないように水密性を確保するためにも土嚢が活用されます。

泥だし状況

 

IVUSAが搬出した土(土嚢も含む)はこの地区のこの日だけで20tほどに達しました。
恐るべしIVUSAの威力です。

 

岡山から帰ってきた親方・黒さんに現場の報告と今後の打ち合わせ。

 

この被害をもたらした、山滑りの場所。

 

「マクリのトオル」の異名を持つ、岐阜のトオルさん。相変わらずのまくりっぷりです!


 

有名な城南交通さん。代替輸送で頑張っておられました。

 

 

 

さて、ベースキャンプに帰り夕食はテントでみんなと。
このタープやスタッフの寝泊まりで使っているテントはスノーピークさんやコールマンさんからの
支援物資です。いつもお世話になってます。

 

この日は麻婆丼とその他おかず色々。

 

あと、KEENさんが今回も我が団体を支援してくださってます。
「西日本豪雨災害支援」

僕らが履いてる作業靴やスタッフ・IVUSAが着ているTシャツなど全て支給されました。
KEENの安全靴はさすがの造りです。買うと3万くらいします・・・。


 

こういう後方支援をしてくれるので作業に集中できるので本当にありがたいです。

 

現地は凄い渋滞なのでユニックは現場留め置きで、日頃は軽ダンプで。

 

 

広島はまだまだ先が長いです。継続しての支援を予定しています。

 

 

以上が今回の広島での活動の内容です。


後日、岡山での活動の内容をご紹介します。

 

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大阪北部地震 災害支援

2018年06月29日 22時15分26秒 | 仕事

6月18日午前7時58分頃、大阪府北部を震源とする震度6弱を記録する地震が発生し多くの被害をもたらしました。

この地震に於いて亡くなられた4名の方々には心よりお悔やみ申し上げます。
また被害に遭われた方々にはお見舞い申し上げます。

 

地震が発生した翌日に、所属するDRT-JAPANやその他の連携団体も茨木市に入り
現地にベースを設置し活動を開始いたしました。やまきもその週の土曜に茨木市へ入り活動を開始しました。

 

到着するまでの道中は大雨でしたが、何とか茨木に着く頃には雨も上がり、現場のロケハンならびに会議や打ち合わせに参加しました。

 

 

翌日、朝のミーティングを行い

 

前日にロケハンしてあった現場2件に着手しました。

1件目は倒れたお庭の灯籠の片付けです。

 

阪神大震災の時にも倒れたらしく、そのときの傷も残ってましたが、
今回はその時よりも揺れも大きかったとのことで、やはり倒壊。
耐震対策を施すことをお薦めし、また倒壊のおそれのある灯籠は綺麗に片付け
心配なさそうな物は直しました。

 

何とか前面の道路の切り込みにユニックをねじ込み(この隙間に入ったからホントよかった)

 

 

クレーンのブームをシュルルルル~っと伸ばしまして

土建屋が寄っても灯籠の形がなかなかわからず苦労しまして、また庭師さんに見てもらってください(^^ゞ

 

2件目は報道でもよく流れていた、山門が倒壊したお寺でした。

 

ニーズとしてはこの道路に面した灯籠が傾いて危険なので対応して欲しいとのことでした。

元はこんな立派な山門だったのに。。。(以下2枚画像引用:ストリートビュー)

 

 

 

すぐにユニックをセットして場内へ片付けることにしました。

 

 

 

2件のニーズを完了したこの時点でまだお昼前。ご住職や総代さん達とお話しを進めるにつれて
この間口を塞いでいる山門も何とか片付けることになりました。
この中には保育所と霊園も併設されており、この崩れてしまった山門が全ての行く手を塞げており
復旧への足かせとなっていることがどうも気になり、他のメンバーとも相談して作業を始めました。

 

単なる解体であれば重機とチェーンソーであっという間ですが、残せる部材は残したいとのことで
丁寧にクレーンと人力で取り外していきます。

 

 

 

この辺りまでは順調だったのですが、やはりお宮さんの造りでホゾの抜き方が分からず、違う現場に出ていた
大工さんチームも全員集合して貰い、助けてもらいました。

 

ある程度片付いてきたところで、背中に積んでいたカニクレーンを場内へ。
これ、先日の現場で使ってたヤツですが、月曜朝一で帰り道で降ろす予定だったのでついでに積んできたものでした。

自重が1.5tあるので、何とかユニックが3段伸ばした辺りで降ろせるようになるまで片付けてようやく登場。

 

この頃には報道各社も集まり、一般の方々の携帯のカメラも含めて、
沢山の視線が集まる作業になりました。

 

カニクレーンと相吊りで大工さんの相判です。

 

 

暑い日でしたが、皆さん休憩取ることもなく必死に分解作業に徹してました。

てか、ほんと外れない抜けない。職人技って凄いと本当に感心しました。

そしてその継ぎ手を見て解析して作業をどんどん進めていく大工チームの
すばらしさにも感動しました。

 

大工さんが頑張ってくれてる間に、僕は歩道の障害になっている重量物を移動します。

 

助さんも頑張っています。てか、今回の災害に集まったメンバーがホント超豪華。

こんなフルメンバーなことって珍しいです。

 

夕方6時を回った辺りで何とか一通り、完了し通路が確保できました。

使える部材は全て取り外して保管し、破損が激しい木材は撤去、瓦や赤土はトンパックに入れるなどして
その後の業者さんの撤去作業がスムーズに進むよう対処しました。

 

メンバーの顔も晴れやかです。でも、これ、多分玉掛けをどうするかみんなで悩んでいて

答えがなかなか出なかった時だと思うんですが、もう暑いのと分からないのとで笑いが出てしまってたんですかね(^_^;)

 

最後に、DRT-JAPAN総帥黒さんが挨拶をし、ご住職からありがたい説法とお礼の言葉を頂戴しました。

 

その後、会社の方にもご住職からメールにて温かいお言葉を頂戴いたしました。
返信をしたのですが、フィルターに掛かったらしく跳ね返ってきました(T_T)

 

山門が新しくなった時には是非お祝いに伺いたいと思います。

 

現地での作業において、各種ニーズ調整等をとりまとめてくれていた
OPENJAPANのひーさんと、わが誇れる同い年・災害NGO結の代表トムくん!

いつもありがとう!!

 

これからも応援しています。

 

頑張ろう大阪!!

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先週のヤマキさん

2018年06月26日 21時22分30秒 | 仕事

さてさて、梅雨らしい1週間というか、土砂降り過ぎてで逆に災害もあったりした志摩ですが
大雨の中でも伐採をしてました。

元々はこんな感じの茂りまくりの森みたいに。

 

で、22mの高所作業車で上から順に落としていきます。

 

枝葉はチップにしてます。

今回来てもらったチッパシュレッダはゼノアのSR3000-2って機種。

 

木の直径が150mmくらいまでならこんな感じになります。

おかげで残った幹材はこれだけでした。

 

 

ツタの茂り方も凄く、チェーンソーで切っただけでは絡み合っていてビクともせず、
コンビツールのチェーンソーで遠くからそぎ落とすように切り落としていきます。

電柱もそう言う形の木みたいになってしまってます。

 

 

伐採作業が終わった状態。お施主様から伐採の程度についてオッケーをもらったので
これから掃除します。

 

大活躍してくれたチッパシュレッダも綺麗に洗浄し、

 

帰って行くのでした。

 

続きまして、井戸側修繕工事。

老朽化に伴い、損傷が大きくなってきた井戸側を新しい物に置き換えます。

が・・・。

 

こんなところに。。。

狭い間口の奥の下屋の中でしかも出窓の下・・・。

 

まずはこの間口に合わせて井戸側を作ってもらいました。

はい、なぜ運搬機に乗っているかと言いますとですね、
このお宅までの道がこんな感じ。

はい、カニクレーンさんの登場です。

 

まずは古い井戸側を撤去しまして、

 

新しい井戸側を吊ります。

 

でも吊ったまま差し込めないので、バタ角でスロープを造って
クレーンで補助をしながら転がして、一旦下屋の中へ送り込みます。

 

そしてブームを中に差込み、井戸側を横転させて現地へ吊り込みます。

 

あとはポンプを据え付けて配管をして間詰めモルタルを施工して完了です。

 

帰ってきた頃にはヘロヘロになっていました(^^ゞ

 

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クランクアップタワー移設

2018年06月22日 20時38分33秒 | 仕事

ども!

先日、愛知県半田市のお宅の庭に立っているクランクアップタワー(無線用の伸縮タワーです)を
青山高原の一角に移設する作業でした。

 

まずは地元のクレーン屋さんをチャーターして

 

タワーは格納時7m、伸長して18mのタイプです。

 

思いの外サクサクと作業は進みまして、
ここから一気に青山高原の建柱予定地へ。

 

青山の頂上付近なのでガスが通り越していきます。この土地が稜線になってまして
この土地の向こうはもう峠の向こう側。

 

晴れてれば伊勢平野なんかがぱーっと広がるんですけどねぇ。
あいにくの梅雨空、と言うかこの日は6月にもかかわらず台風・・・。

 

後日また出直して、基礎を造り建柱です。

 

 

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解体特集

2018年06月20日 18時39分41秒 | 仕事

ども、お久しぶりです!

もうヤマキさん、いっぱいいっぱいに混んでます。ありがとう御座います。
今のところ、最速で11月の着工となっております。お待たせしますが宜しくお願いします。

 

さて、ずーっと解体が続いてました。
和具が誇る有人離島の間崎島での解体がありまして、離島ですのでフェリーで
車輌を回送しないといけません。いつもの出馬重機さんに来ていただきまして、
運んでもらいました。

 

間崎ですので殆ど狭いですが、何とかコンマ1が入れたので間崎では好条件な方ですかね。

まずは屋根材を降ろして

 

土と瓦はトンパックに入れて

木材は上手に積み重ねて、場外搬出せずに敷地内で安置です。

職人は船外機で通勤でした。

 

続きまして、大手企業さんの保養所にあったプールの解体です。
まずは重機を搬入しまして、

解体開始です。

ドンドン大割りでカジッていきます。

それを今度は小割りでこなしていき、

コンガラと

鉄筋に分けます。

鉄筋は鉄筋団子にして

コンガラは8tダンプで搬出。道が狭くて4tダンプしか進入できませんでしたが
小西建材さんに8tダンプが増車されたとのことで速攻でラブコールでした。

 

床面はブレーカー(西日本で言うところのペッカー)で。
しかしバブル期に作られたプールなのでコンクリートが超リッチ。なかなか割れませんでした。。。

 

砕石を敷いて作業完了です。

 

最近の重機はお説教が多いですねぇ。。。

 

そんなこんなのヤマキでした。

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油濁土壌浄化工事を学んできました。

2018年04月02日 18時07分51秒 | 仕事

はい、調子に乗って連日のブログアップです。
ブログを始めた頃は毎日のように更新してたのに、facebookを始めてからホントに
久しい作業になってしまいましたが、やりますよぉ!

 

さて、このネタも実はちょっと過去のお話しになってしまうのですが、
ちょくちょく登場する広島の良き兄弟分、(株)あらいの新井専務からラブコールを頂きまして
香川県の工事現場にお邪魔しました。ま、オペレーターも不足してて困ってるところだったみたいですが、
僕はそれよりも、ここの現場で行われている土壌浄化工事の方が興味ありまして。

 

その名も フェントン反応

ご存じですか?

化学式に書きますとこんな感じ。
+Fe+C→HO+CO2


過酸化水素(オキシドールですね)と金属(この場合は鉄)と浄化したい物(この場合はベンゼン(油))を混ぜることによって
化学反応が起こり、水と二酸化炭素に置き換わると言うものです。土木もバカでは出来ない時代に突入してきました(笑)

 

それを作業にするとこんな感じ。

油で汚染された土に、上記の混合液を投入してひたすら重機で攪拌します。
表面が波打っているように見えるのが、化学反応によって泡が立っている様子です。

 

まぁ、こうやって書けば簡単に見えますが、実際の作業や手順はなかなかスリルありまして
実際の事故事例なども教わりながら、手取り足取りを教えてもらってきました。

この辺は、日頃から土壌調査や浄化工事を全国で展開しているからこそのノウハウを持った
新井さんの凄いところだと感心します。

とまぁ、結局の所はこき使われてホテルに帰って細々と過ごす日々(笑)

 

土壌改良をしてくと、中から過去の遺物も出てくるわけで、それらの除去も今回のミッションです。

 

この男が働くところはなかなか見られませんよ(笑)

そんなこんなを1週間やりまして、さて志摩へ帰ろうかと思ってたんですが、
新井さんの電話を盗み聞きしてると何やら軽い困りごとのようで。

 

聞けば、滋賀県の現場で使う材料を広島から運ぶにも1回で運びきれず、もう1台走る必要があって
新井さんが香川から滋賀へトラックを取りに行って広島へ積みに行って滋賀へ運んで降ろして、
で、香川の現場へ戻る、なぁんてウルトラC森末もビックリみたいな(←古い?)技を
決めようとしてまして。それなら僕もまだ当初の日程に余裕があるので、志摩へ直帰せず
広島へ回って材料を積んで、帰り道に滋賀へ降ろしていってあげよう大作戦、ってなことに
相成りました。

で、この男に僕の車のハンドルを任せまして

 

広島市と言えど、まだ雪が残る山奥に連れてこられまして

 

大人しゅう乗らんかい!と脅されて

 

朝からおひつご飯を出されて

 

で、材料を積んで

並んで写真撮って

 

いつものこの交差点を曲がって(ここから261号線ですが、志摩市は260号線なんですよね。繋がり感じる)

 

サービスエリアで何となく他人とは思えないトラックと並んで

 

滋賀で材料降ろして

 

ってことがありましたよー!ってお話しでした。

さ、次は何を書こうかな?

 

ではではー♪

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