隣のお父さんの、見たこと、聞いたこと、感じたこと

季節を教えてくれる小鉢のミドリ、自然の風景、私の興味をそそる鬼瓦、コレクションの煙草の包装紙、文化etc‥‥、

義経、元服の地

2010-08-29 06:06:52 | その他 気のむくままに
国道8号線、中山道の竜王町、鏡地区に源義経が兄頼朝にその身を追はれて奥州に向う途中、この地で元服したと伝えられています。なだらかな8号線の坂道を昇りきった所、現在の道の駅がある地域です。源義経元服の地と記された数本の幟がはためいていますが、訪れる人は少ないように見受けます。

猛暑を好んで!

2010-08-28 06:11:33 | 自然 景色 風景 **
こよみの上では処暑とか、日増しに涼しくなるらしのですが、連日うだる様な猛暑が続き、秋の気配が待ち遠しい昨今です。さすがに田んぼの稲は、サンサンと陽光を浴びて稔りの頭をたれ、早い地方では新米の出荷も始まっているようです。田んぼの中は緑があふれ、稲作の生育には恵まれたました。稲穂の波の遥か彼方に新幹線の軌道がみえるのですが、新幹線に乗ってでも早くコイコイ秋の風。

駅ビルの天井

2010-08-25 05:41:38 | その他 気のむくままに
jrの京都駅ビルの正面出口改札をでますと頭上に幾何学模様のような天井がお出迎えです。広い吹き抜けの高い天井と広い空間に当初は驚かされていました。《谷の建築》と云はれる建築形式とかで、何もない無い空間を大きくとることで、駅そのものが大きく感じられるのだとかで、1997年の竣工当時にはその斬新さに目をみはりました。いまも素敵な駅舎だと訪れる度ごとに天井を眺めています。

官幣○社?と云うお宮

2010-08-21 06:02:36 | その他 気のむくままに
官幣と神社の名称にタイトルが付けば、何か立派と思はれていたのでしょうか。街なかで見かけた或る神社の名前入りの石柱に、元官幣中社と刻まれたものを見ました。今の時代に明治のころに神社の格を表したらしい、元官幣などと刻む必要はないとおもうのですが?逆に京都の平安神宮は、立派な名前いりの石柱に、以前、官幣○○と刻まれていたらしい部分に金色の飾り彫刻物をとりつけて、官幣○社と云う掘り込み文字を読めなくされています。平安神宮の石柱のほうに、今では共感を覚えます。

古銭のある 瓦

2010-08-18 05:49:40 | 楽しい鬼がわら
徳川家康が西日本の諸大名のけん制のために山陰の要塞地、篠山に築いた城跡に復元された大書院の大瓦です。鬼の面ではありませんので、鬼瓦とは言いがたいのですが、財力を誇示するかのように瓦に古銭の絵柄がありました。戦国の時代の城に財力を思わせる大瓦、これも外様大名を威嚇するための鬼瓦でしょうか。

第13回 ライオン大会

2010-08-15 05:27:04 | 煙草の包装紙と その時代
市販のハイライト煙草のデザインをそのままに地色の青を赤に変えての使用が、見た目の意外性で強烈な印象を与えています。ライオン302~w五地区の年次大会で、1967年 約43年まえに使用された特別包装の煙草包装紙です。おおさかで許可されていますので、関西地区のライオンクラブだと思はれます。鳩のマークと第13回年次大会として、金色で刷りこみがあります。

重文の能舞台

2010-08-14 06:19:02 | その他 気のむくままに
春日神社の境内に建つ能舞台。能好きとして知られた、江戸時代の老中大名であり、丹波篠山藩の第五代藩主の青山忠良が丹波の春日神社の境内に野外の能楽堂として建築寄進したものです。床下に床板を踏む足音を反響させるための大がめが配置されていて1861年当時、箱根より西では最も立派な能舞台とされていました。今では重要文化財になっています。雨戸に設けられた覗き窓から、屋内の舞台をパチリ!

醜女のメガネ

2010-08-11 05:47:57 | その他 気のむくままに
夏たけなわとなり女性の衣装も薄いカーテンのようなものを靡かせて歩く方を見受けます。素敵なファッションの衣装を纏われて黒メガネを用いている人。本人は、最高のお洒落と満足なさっているようです。全体的に採点すれば、黒メガネで50点引き。そして化粧をおとしたら多分最低ランクの教養とお顔の方だと思います。夏の黒メガネ、冬の大きな白マスク、これらはブスを自覚する人のレッテルだと思はれます。もう少し個人それぞれの個性を生かされて、見せられても、すがすがしい気分になる様な清楚で健全な雰囲気であって欲しいものです。

神社、ゴマ堂、と 鬼瓦

2010-08-08 06:13:07 | 楽しい鬼がわら
680年に創建された丹波篠山の古社、波波伯部神社は、本地薬師如来が勧請されたもので、成り立ちは神社とゆうよりも、寺院に近いもののようです。現在では京都八坂神社との関わりもあるようです。神社拝殿の横に仏式?のゴマ堂があり、その屋根に鬼瓦が座っていました。この鬼さん鼻が座って口は裂けていますが、額に角らしきものが無く、大きな歯がみえますが、牙には見えません。鬼瓦が始まった当初のころの形態の一過程でしょうか?