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日本アイ・ビー・エム(組合員資格)事件 東京高判平成17年2月24日 全文2/2

2012年03月31日 | 労働百選

第3 当裁判所の判断
1 X1ら3 名の利益代表者性について
X1 ら3 名はいずれも労働組合法2 条ただし書1 号の利益代表者に該当しないというべ
きである。その理由は,原判決事実及び理由の「第3 争点に対する判断」の1 項に記載の
とおりであるから,これを引用する(ただし,原判決25 頁2 行目の「X1 は,」を「X2 は,」
に改める。)。
参加人は,仮にX1 ら3 名がこれまでかかる地位に基づいて,現実にライン専門職の人
事権行使を助言等したり,人事上の機密事項に接したことがなかったとしても,それはX1
ら3 名が置かれている地位を否定するものではない旨主張する。しかし,X1 ら3 名が現
実にライン専門職の人事権行使を助言等したり,人事上の機密事項に接したことがなかっ
たというだけでなく,参加人においては,X1 ら3 名が置かれているスタッフ専門職とし
ての地位そのものが,直接には人事評価を行ったり,人事情報等に接することができない
ものであり,X1 ら3 名が使用者の利益を代表する者に該当するということはできない。
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2 本件条項の効力について
(1)当裁判所が認定した事実は,次のとおり付加訂正するほか,原判決事実及び理由の「第3
争点に対する判断」の2 項(1)に記載のとおりであるから,これを引用する。
ア原判決29 頁10 行目の末尾に「当時被控訴人支部の中央執行委員は全員一般職であっ
た。」を加え,同頁11 行目の「(乙1 の1 ないし3)」を「(乙1 の1 ないし3,乙227)」
に改める。
イ同30 頁17 行目及び18 行目を「参加人が明らかにした参加人の社員についてのデー
タによって,昭和57 年12 月当時と平成4 年12 月当時を比較すると,全社員数は1 万3327
人から2 万5032 人へ約1.8 倍に,一般職・主任の数は1 万0497 人から1 万8479 人へ約
1.7 倍に,ライン専門職の数は1481 人から3001 人へ約2.0 倍に,全社員数に占めるライ
ン専門職の割合は11.1%から12.0%へ0.9%増に,専任以上のスタッフ専門職の数は1349
人から3552 人へ約2.6 倍に,全社員数に占める専任以上のスタッフ専門職の割合は10.1%
から14.2%へ4.1%増になっている(丙4)。(ライン専門職やスタッフ専門職の各階層毎の
内訳を明らかにする証拠は提出されていない。)」に改める。
ウ同36 頁21 行目の末尾に「そして,X3 が,ストライキに招集されておらず通常勤務
の予定である旨答えたところ,Y3 はそれ以上の言動をしなかった。」を加える。
(2)本件条項の法的性質について
ア本件確認書(原判決別紙5)(省略)は,使用者である参加人と労働組合である被控訴
人支部が労働条件その他に関して合意し,書面を作成して署名押印したものであるから,
労組法14 条の労働協約に該当する。また,その有効期間についての定めはされていない。
そして,前記認定の事実(原判決引用)によれば,本件確認書は,参加人が導入した新人事
制度の下で,中労委和解成立以降の労使関係の安定化を図るために,協議の結果合意に至
った事項を確認したものということができる。
イ本件条項は,「ライン専門職および専任×××部員以上のスタッフ専門職は非組合員
とする。」と定め,1 項全体からみてもその適用範囲について特別の限定はされておらず,
また,前記認定(原判決引用)の本件条項が設けられた経緯からみても,単に労働協約の適
用を受けるべき人的範囲を画したものと解することはできず,非組合員の範囲そのものに
ついて労使が合意したものというべきである。
ウところで,使用者の利益代表者の範囲は,企業の規模や組織,その中の特定の地位に
ある者の職務権限等によって千差万別であるから,各企業の実態を離れて一律,一義的に
これを定めることは困難である。したがって,各企業において,各企業の実態に即して労
使が労働協約をもって組合員となる資格を有しない使用者の利益代表者の範囲を具体的に
合意することは,組合員となる資格を有しない者の範囲をめぐる労使間の紛争を防止する
ものであり,意味のあることといえる。労働組合はその自主的判断に基づき組合員の範囲
を決定することができるのであるから,その判断に基づいで使用者との間で労働協約をも
って非組合員の範囲を定めることは,何ら妨げられるものではない。また,使用者にとっ
ても,非組合員の範囲は人事制度や労務管理にかかわることであり,これを定めるについ
て一定の利益を有していることは否定できない。
したがって,非組合員の範囲について労働協約が結結された以上,労使の合意として効
力を有するものである。
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しかし,使用者の利益代表者の範囲は,現実にはその判別が困難を伴うとしても,各企
業の実態に即して客観的に定まるものであって,労使の合意によって左右されるものでは
ない。しかも,組合員となる資格を有しない者の範囲の裏返しである組合員となる資格を
有する者の範囲は,本来,組合の自主的判断に委ねられるべきものであり,しかも,非組
合員の範囲を広いものとするか狭いものとするかは,組合員となり得る者の多少,組合員
のままで昇進したり就くことのできる職種の範囲に直接関係し,組合活動に及ぼす影響は
大きいものである。労働協約中の非組合員の範囲を定める条項の効力を考えるに当たって
は,このような事情は充分考慮すべきである。
(3)本件一部解約の効力
ア使用者と組合との間で,いったん労働協約が締結された場合であっても,労働協約の
解約の要件(労組法15 条3 項前段,4 項)を満たす場合には,一方当事者において,これ
を有効に解約をすることができる。
ところで,本件確認書の1 項は組合員の範囲に関するもの,2 項,及び3 項は組合員の
就業時間中の組合活動に関するもの,4 項は組合員の昇進問題の解決方法に関するもので
あり,一つの労働協約において複数の事項が協定されている。このような場合,各合意事
項は相互に関連を有し,又はある事項についての一方の譲歩と他の事項についての他方の
譲歩により全体の合意が成立するなど,労働協約全体が一体をなすものとして成立するの
が通例であるから,一方当事者が自己に不利な一部の条項のみを取り出して解約すること
は原則として許されないと解すべきである。ただ,その条項の労働協約の中での独立性の
程度,その条項が定める事項の性質をも考慮したとき,契約締結後の予期せぬ事情変更に
よりその条項を維持することができなくなり,又はこれを維持させることが客観的に著し
く妥当性を欠くに至っているか否か,その合意解約のための十分な交渉を経たが相手方の
同意が得られず,しかも協約全体の解約よりも労使関係上穏当な手段であるか否かを総合
的に考え合わせて,例外的に協約の一部の解約が許される場合があるとするのが相当であ
る。
イこれを本件について見ると,次のとおりである。
本件確認書は,全体としては,新人事制度下において中労委和解成立以降の労使関係の
安定化を図るために,協議の結果合意に至った事項を確認するものであるところ,1 項イ
と2 項は,スタッフ専門職である主任に組合員資格があることを確認した上で,その就業
時間内組合活動について一定の枠組みを定めるものであるから,相互に関連性を有するも
のである。
そして,ライン専門職および専任以上のスタッフ専門職を非組合員とする1 項ロの条項
(本件条項)は,組合員となり得る者の範囲を画するという点では同項イと関連性を有する
ものの,その部分のみの効力が失われ,協定が存在しない状態となっても,1 項イ及び2
項の効力に直接影響を及ぼすものではないから,独立性を有する条項と認めることができ
る。また,3 項及び4 項は,本件条項と直接関連するものではない。
もっとも,本件条項を含む本件確認書は,昭和57 年12 月に,それまで被控訴人支部等
と参加人との間で争われてきた複数の不当労働行為救済命令申立事件を全面的に解決する
ものとして成立した中労委和解,この和解成立と同日に被控訴人支部等と参加人との間で
作成された覚書と同日付けで作成されたものであり,覚書の3 項で「組合員の範囲および
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中央執行委員の就業時間中の組合活動に関する取扱い等については,会社,組合で別途協
議するものとする。」と定めたのを受けたものである。そして,覚書は,中労委和解で,
参加人は組合員38 名の内一定の人員を一定期間内に専門職への昇進の措置をとるものと
するとされたのを受けて,その職位を主任×××部員とすることなどの具体的措置や実施
の時期を具体的に定めた1 項,専門職に昇進した者の職務に臨む態度について定めた2 項,
前記3 項,中労委和解で参加人が被控訴人支部に支払うものとされた解決金金一封の金額
を具体的に定めると共に,関係者はその金額を公表しないことを定めた4 項からなってい
る。これらの事実によれば,本件確認書は,中労委和解及び覚書の内容と実質的に関連し
ていることは明らかであり,本件条項を含む本件確認書が合意に至ることを前提として,
参加人が一定数の組合員の専門職への昇進や解決金支払の合意に応ずる関係にあったもの
と推認される。
他方,本件確認書が締結された後約10 年を経る間,参加人が導入した組織機構再編成
によりライン専門職のポストが減少し,その反面として,必ずしもそのすべてが労組法2
条ただし書1 号の利益代表者に該当するとは認められない専任以上のスタッフ専門職はそ
の実数でも全社員に対する比率でも大きく増加しており,これは同時に,ファーストライ
ンに所属する専任の増加,ひいてはその現実の職責において主任と大差のない専任の増加
を容易に推認させるものである。そのような状況下においては,組合員資格を一般職及び
スタッフ専門職のうちの主任のみにとどめることの妥当性,合理性は一層低下している。
また,被控訴人支部においては,この間,組合員の半数近くが主任に昇進しており,本件
条項を前提とすると,これらの者が専任に昇進すると組合員資格を失うこととなる。これ
を被控訴人支部の側から見れば,組合員が被控訴人支部にとどまる限り,専任及びこれと
対応関係にある職群III への昇進ないし昇格は断念せざるを得ず,当然これに伴う労働条
件の向上も果たせないこととなって,労働組合としての組織維持に影響を及ぼしかねない
事態といえる。このような事態は,本件確認書締結の時点で,被控訴人支部としてもある
程度は予測可能であり,組織維持は一般職からの加入により果たすべきものともいえ,い
わゆる事情変更とは異なる側面を有する。しかし,先に述べたとおり,組合員の範囲をど
のように定めるかという問題について使用者側にも一定の利益はあるとはいえ,本来労働
組合が自主的に定めるべきものであること,加えて,本件条項を含む本件確認書の協定に
より,労使関係の安定という労使双方の意図は約10 年にわたって一応実現されたと考え
られること,以上を勘案すれば,本件確認書締結後,約10 年を経過してもなお,被控訴
人支部が本件条項を解約することを認めないとするのは,著しく妥当性を欠くといわなけ
ればならない。
さらに,本件一部解約に至る経緯をみると,前記引用の原判決事実及び理由の「第3 争
点に対する判断」の2 項(1)エに認定したとおり,被控訴人が平成3 年7 月以降本件条項
の見直しを求めて参加人に協議を申し入れたのに対し,参加人は,表現に多少の違いはあ
るにせよ,一貫して見直しはあり得ないとの態度を取っており,本件一部解約の前後を通
じて,実質的な協議に応じていないこと,被控訴人支部は,そのような状況下のままいた
ずらに時間が経過するという事態を打開するため,やむなく本件一部解約の予告に至った
ことが認められる。なるほど,本件確認書3 項の一般職組合員の時間内組合活動の正常化
問題に対する被控訴人支部の対応は,必ずしも誠実であったとはいえないが,前記認定の
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経過をみると,被控訴人支部が年間300 時間という対案を提案したこともあり,参加人の
提案する年間200 時間との間に隔たりがあったとはいえ,被控訴人支部としても並行して
この問題を協議することを拒否していたわけではなく,本件条項に関する協議が進まなか
った理由は,主として参加人側の強硬な態度にあったことは否めない。
また,労使関係に与える影響を考えれば,本件条項のみを白紙に戻す一部解約が協約全
体の解約より穏当な手段といえる。
ウ以上,イで摘記した事実関係に基づいて総合的に勘案すれば,本件確認書がその成立
の経緯からすると中労委和解や覚書と密接に関連するものであり,参加入が中労委和解及
び覚書で自らが行うべきものとされた事項を全て履行したことを考慮しても,なお,本件
一部解約が信義に反し,あるいは権利の濫用にあたるということはできず,本件条項は,
本件一部解約予告から90 日を経過した平成4 年8 月25 日に有効に解約されたというべき
である。
3 参加人の不当労働行為について
(1)労組法7 条3 号にいう支配介入の不当労働行為が成立するためには,使用者側に主観
的要件すなわち不当労働行為意思が存することを要するというべきであるが,この不当労
働行為意思とは,直接に組合弱体化ないし具体的反組合的行為に向けられた積極的意図で
あることを要せず,その行為が客観的に組合弱体化ないし反組合的な結果を生じ,又は生
じるおそれがあることの認識,認容があれば足りると解すべきである。そして,不当労働
行為に該当するか否かは,その行為自体の内容,程度,時期のみではなく,問題となる行
為が発生する前後の労使関係の実情,使用者,行為者,組合,労働者の認識等を総合して
判断すべきものである。
(2)本件行為②は,被控訴人支部の藤沢分会が,平成8 年7 月18 日付け書面でX1 を含む12
名の同分会役員就任を通知したところ,同日,参加人が藤沢分会に対し,藤沢事業所のY1
所長名で,X1 は専任部員であるため本件条項に基づき組合員資格がなく,分会執行委員
就任はあり得ないため「同氏の執行委員就任を直ちに撤回し,名簿を訂正することを求め
ます。」と記載した文書を発したものであり,前年7 月にも藤沢分会と参加人との間で同
様のやりとりがされたほか,X1 が組合役員として記載されている役員名簿の受領を拒否
し,X1 の上司が藤沢分会とX1 に対し,今後組合活動を行った場合は私的な職務外行為
とみなす旨強く注意するというような経緯の中で行われたものである。Y1 所長が本件行
為②の行為を行ったのは参加人の,本件確認書が締結された経緯に照らし本件条項のみの
一部解約は許されないとの従来からの見解に基づくものであることは藤沢分会やX1 にと
っても明らかであったものであり,本件条項の一部解約を主張する被控訴人支部とこれを
否定する参加人の意見が鋭く対立していた状況の中では,本件行為②は,本件条項の一部
解約を否定する参加人の意見を敷衍したにすぎないものと見ることができる。
また,本件行為③は,X2 の上司であったY2 が,X2 が関連会社であるGBS の非常勤
監査役の辞任を申し出ると共に被控訴人支部に加入したことを伝える書簡を同社の社長に
出したので,平成8 年1 月30 日付けの文書でX2 に対し辞任届の撤回を求めたが,この
文書には,非常勤監査役の職務をY2 に事前の相談なく独断で退任する手続を行うことは
重大な業務命令違反に該当するので,事の重大性を十分認識して対処すべきであるとした
上,職群Ⅱの上級管理者であるX2 は組合員にはなリ得ず,X2 が「使用者の利益を代表
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する上級管理者としての職務と責任に反するような活動を行った場合は,相応の処分を行
わざるを得ない。」旨の記載があったことと,X3 の被控訴人支部加入を知ったX3 の上司
であるY3 が,平成8 年2 月16 日,X3 に対し当日午後予定されていた被控訴人支部によ
るストライキへの参加の有無を尋ねた上,「管理職であるあなたには組合員の資格がな
い。」,「ストライキに参加すれば処分の対象になり得る。」などと口頭で通告したことで
ある。このうち,Y2 のX2 宛の文書は,GBS の非常勤監査役の辞任届の撤回を求めると
共に,上司に相談なく関連会社の非常勤監査役を退任する手続をしたことは重大な業務命
令違反であると警告することに重点があり,X2 には組合員資格がない旨や組合活動を指
すと解される「使用者の利益を代表する上級管理者としての職務と責任に反するような活
動」を行つた場合は,相応の処分を行わざるを得ない旨記載したのは,非常勤監査役の辞
任を申し出たX2 の書簡に被控訴人支部に加入した旨の記載があったことから,本件条項
に基づく組合員資格についての参加人の認識を表明したものと解され,Y3 のX3 に対す
る口頭の通告も,X3 がストライキに招集されていないことを答えるとY3 はそれ以上の
言動をしていないことからすれば,本件条項に基づく組合員資格についての参加人の認識
を表明したものと解され,本件行為③はいずれも,本件条項の一部解約を主張する被控訴
人支部とこれを否定する参加人の意見が鋭く対立していた状況の中で,本件条項の一部解
約を否定する参加人の意見を敷衍したにすぎないものと見るのが相当である。
そして,前記のとおり,当裁判所は本件一部解約は有効であると判断するもので,客観
的には本件条項は,本件一部解約から90 日を経過した平成4 年8 月25 日には効力を失っ
たのであるが,中労委和解に基づき覚書と本件条項を含む本件確認書が締結されるに至っ
た経緯,中労委和解及び覚書の内容と本件確認書は実質的に関連しており,本件条項を含
む本件確認書が合意に至ることを前提として,参加人が一定数の組合員の専門職への昇進
や解決金支払いの合意に応ずる関係にあったこと,参加人は,中労委和解や覚書で自らが
行うべきものとされた事項は全て履行しているのに,被控訴人支部は本件確認書3 項に定
められた一般職の組合員が中央執行委員として就業時間中組合活動する場合の取り扱いに
ついての協議に誠実に応じていないと感じている上に,被控訴人支部が本件条項のみの一
部解約を主張するのは不公正であると考えていたこと,労働協約の一部である組合員の範
囲を限定する条項のみの解約が認められるか否か,認められるとするとその要件は何かに
ついては最高裁判所の判例もなく,通説というまでの地位を占める学説もなかった状況の
下では,法律専門家にとっても,本件条項のみの一部解約が有効とされるかどうかの判断
は微妙であることを考えると,本件行為②,③の当時,参加人が本件条項の一部解約は認
められないと考えるのも無理からぬ事情があったというべきであるから,本件行為②,③
の当時,参加人が本件条項が有効で,専任以上のスタッフ専門職には組合員資格がないと
考えその自己の考えを意見を表明したり敷衍して説明したりすることを支配介入による不
当労働行為意思の表れと見るのは相当でない。
以上を総合すれば,本件行為②,③を支配介入による不当労働行為と認めるのは相当で
ない。
(3)次に本件行為①について検討する。
チェックオフは参加人による被控訴人支部に対する便宜供与であるところ,参加人と被
控訴人支部との間にチェックオフ協定が存していることが窺われものの,その内容,効力
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を明らかにする証拠はなく,被控訴人支部の組合員についてチェックオフが参加人におい
てどのような取扱いがされていたかはこれを認定するに足りる十分な証拠がない。本件行
為①は,X1 ら3 名についてこれまで実施していたチェックオフを中止したものではなく,
X1 ら3 名についてそれぞれ新たにチェックオフを開始することを求める申請を,X1 ら3
名はいずれも組合員ではないとして,拒否したものである。ところで,当時の被控訴人支
部の組合員約150 名中約20 名についてはチェックオフが実施されずに被控訴人支部が直
接組合費を徴収していたことが認められ,組合員であることとチェックオフ実施の関係は
明確でないのみか,X1 ら3 名について新たにチェックオフを開始することを拒否するこ
とが,被控訴人支部の活動に及ぼす悪影響はほとんどないものと推認される。このような,
被控訴人支部と参加人との間のチェックオフの実情に,前記のとおり本件条項のみの解約
は許されないと参加人が考えるのも無理からぬ事情があり,参加人がX1 ら3 名が組合員
であることに疑義を抱いていたことにはそれなりの理由があることをあわせ考えると,参
加人がX1 ら3 名にチェックオフという便宜供与を拒んだからといって,これが支配介入
による不当労働行為に該当するということはできないというべきである。
4 結論
以上のとおり本件各行為はいずれも不当労働行為である支配介入に当たらないから,本
件各行為について不当労働行為の救済を求める請求を棄却した控訴人の本件命令は正当で
あり,本件命令を取り消した原判決は誤りであるので,原判決を取り消し,本件請求をい
ずれも棄却することととして,主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第14 民事部


日本アイ・ビー・エム(組合員資格)事件 東京高判平成17年2月24日 全文1/2

2012年03月31日 | 労働百選

平成17 年2 月24 日判決言渡同日原本交付裁判所書記官
平成15 年(行コ)第275 号不当労働行為救済命令取消請求控訴事件(原審・東京地方裁判
所平成13 年(行ウ)第229 号)
平成16 年7 月8 日口頭弁論終結
判決
控訴人東京都労働委員会
披控訴人全日本金属情報機器労働組合
披控訴人全日本金属情報機器労働組合東京地方本部
披控訴人全日本金属情報機器労働組合日本アイビーエム支部
控訴人参加人日本アイ・ビー・エム株式会社
主文
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人らの請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は, 第1, 2 審とも被控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 控訴人
主文と同じ。
2 被控訴人ら
本件控訴を棄却する。
第2 事案の概要等
1 事案の概要
控訴人参加人日本アイ・ビー・エム株式会社(以下「参加人」という。)は,従業員であ
るX1,X2 及びX3 の3 名(以下「X1 ら3 名」といい,各人については姓のみで表示する。)
が被控訴人全日本金属情報機器労働組合日本アイビーエム支部(以下「被控訴人支部」と
いう。)に加入したのに対し,同人らの組合員資格を認めず,①同支部が申請したX1 ら3
名の組合費のチェックオフを拒否し,② X1 の分会執行委員就任の撤回と役員名簿の訂正
を求め,③ X2 に対し「上級管理職としての職務と責任に反するような活動を行った場合
は相応の処分を行う。」と通告し,X3 に対し,「ストライキに参加すると処分の対象とな
りうる。」と口頭で通告した。被控訴人らは,参加人のこれらの行為が不当労働行為に当
たるとして,X1 ら3 名とともに控訴人に救済を申し立てた(以下「本件救済申立て」とい
う。)ところ,控訴人は,上記各行為はいずれも不当労働行為には当たらないとして申立
てを棄却する命令(以下「本件命令」という。)を発した。本件は,被控訴人らが本件命令
の取消しを求めた事案である。
原審は,参加人の上記各行為が不当労働行為にあたると判断して本件命令を取り消し,
請求を認容した。
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このため控訴人が控訴をした。
2 本件における前提となる事実,争点及び争点に関する当事者の主張の骨子は,原判決
事実及び理由の「第2 事案の概要」の1 ないし3 項に記載のとおりであるから,これを引
用する。
3 当審における当事者の主張
(控訴人)
(1)本件条項の解約の効力について
ア期間の定めのない労働協約は,労働組合法15 条所定の手続を経ることによって解約
することができるが,労働協約は集団的及び継続的労使関係を規律する特性を有する約定
であるから,恣意的で労使関係を損なう解約には,権利濫用の問題が生じ得る。また,労
働協約は通常は一体的な契約であるから,当事者は自己に不利な部分のみを解約すること
は許されず,学説上一部解約は特別の事情がない限り否定的に考えられている。
イ本件では一部解約のための前提条件を満たしていないと思われる。
(ア)スタッフ専門職の増加というような事態は,本件確認書締結の時点で,被控訴人支部
としてもある程度予測可能であり,組織維持は一般職からの加入により果たすべきものと
もいえ,いわゆる事情変更とは異なる側面を有しており,特別の事情としての事情変更は
認められない。
また,一般職の組合員の組合活動(本件確認書3 項)については未解決のままであるから,
労使関係の安定という意図が実現されたとは考えられない。
このような状況下においては,被控訴人支部の受ける不利益のみを過大に考慮すべきで
はなく,被控訴人支部が本件条項に拘束されることが労組法の趣旨に反し,著しく妥当性
を欠くということにはならない。
(イ)合意解約のための十分な交渉を行ったかについては,被控訴人らと参加人は相互に利
害が相反する問題を抱えている状況下で,相互に自己に不利な事項について消極的に対応
していたのであって,本件条項に関する協議が進まなかった理由は主として参加人の強硬
な態度にあったと断じるのは一方的に過ぎ,合理性を欠いている。
(ウ)本件条項の独立性についても,そもそも本件確認書は,組合員の職位と就業時間内組
合活動時間とが連動する構成を採っており,スタッフ専門職である主任と一般職の就業時
間内組合活動時間が異なり,専任以上であれば,更に異なる就業時間内組合活動が合意さ
れることも考えられる。本件条項の一部解約を認めると,本件確認書は全体として当初の
確認書の意義が消減してしまうことになりかねない。本件確認書における組合員資格と就
業時間内組合活動時間との関係は,密接に関連している。
(エ)以上のとおり,期間の定めのない労働協約の一部解約は原則的に許されず,事情変更
等の特別の事情の存する場合に限って許されることに鑑みれば,本件確認書の本件条項の
解約には,事情変更その他特別の事情が存在するとはいえず,有効に解約されたとはいえ
ない。
(2)本件不当労働行為の成否について
ア不当労働行為制度上,不当労働行為意思の存否は,不当労働行為と目される当該行為
が発生する前後の事情を勘案して推認されるべきである。参加人が参加人の見解を主張す
ることが許されないわけではなく,不当労働行為意思を推認する事実にあたるか否かは,
- 3 -
その行為の内容,程度,時期などを考慮して総合的に判断する必要がある。不当労働行為
意思を基礎づける事実を吟味せず,本件各行為それ自体の存在が客観的に反組合的な行為
であると断定し,かつ,それのみで不当労働行為意思を認定するのは,誤っている。
イ控訴人は,本件命令において,本件各行為が発生した前後の労使関係の実情に即した
判断を行った。
すなわち,本件命令において,チェックオフ問題については,参加人が本件確認書につ
いて被控訴人支部の組織範囲ないし組合加入資格を定めたものと解して,チェックオフと
いう労使の合意に基づく便宜許与を拒んだとしても,本件労使関係上,公正さを欠いてい
るとまではいえない。また,参加人は,「部分解約」通告の効力を疑問視して,本件確認
書は1 項ロを含めて存続しており,X1 ら3 名のチェックオフ申請は,本件確認書に基づ
いてその取扱いを定めるべきであると主張しているのであるから,参加人がチェックオフ
申請に応じなかったとしても無理からぬものがある。また,他の本件各行為については,
参加人には不適切な対応も認められるが,チェックオフの判断と同様,本件確認書の一部
解約については双方の解釈に争いがあり,互いに自己の主張を維持し,正当であると主張
して,相手方を非難する態度を繰り返していた状況,及び上司の言動,文書の内容・程度
等を考察の上,参加人がX1 や同人の所属する分会に対し自己の見解を表明したことをも
って,直ちに被控訴人支部に対する支配介入にあたるとまではいえないと判断した。この
控訴人の判断に誤りはない。
前記のとおり,本件条項の解約は有効に成立したとはいえず,かつ,本件確認書の成立
は,中労委において労使の交渉や相互の譲歩の結果の和解と密接に関連するものであった。
また,本件条項の解約の前後,本件確認書に関して被控訴人支部と参加人との間では,本
件条項と一般職の就業時間内組合活動の問題で,相互に自己に不利となり得る懸案を抱え,
自己の主張を維持するため相手方を非難し合う状況にあった。上述の労使関係事情を考慮
すれば,不当労働行為が成立するとはいえない。
ウ仮に,本件条項の解約が有効と認められ得るとしても,本件確認書をめぐる被控訴人
らと参加人との労使関係の実情について,本件各行為が発生した前後においても,現実に
は被控訴人支部の一部解約の効力について,労使の見解が鋭く対立していた状況にあった。
したがって,本件支配介入の成否の判断は,支配介入の該当性を考慮するにあたって,本
件各行為の内容や程度,その時期などに加えて,本件条項の解約の法的な解釈の帰結は斟
酌されるとしても,上記の見解が鋭く対立していた状況を考慮して判断するのは当然であ
る。
本件条項の解約が私法上適法になされたか否か,また,その結果いかなる法的効果が生
ずるのかの問題にこだわり,当該労使関係の公正な形成維持を図るべく設けられた不当労
働行為制度の趣旨に反して,当該行為の外形や表面的,抽象的に観察するに止まり,本件
条項の解約が労使関係上不公正な形でなされたことを見落とし,その結果,不当労働行為
が成立すると判断するのは,当該労使関係の実情に配慮を欠くものである。
(参加人)
(1)本件条項の効力について
ア独立性の有無
(ア)専門職(主任×××部員以上)の組合員資格については,労使で見解を異にしているな
- 4 -
かにあって,被控訴人支部は,主任×××部員への昇進と解決金の獲得を最大の眼目とし
て,ライン専門職及び専任以上のスタッフ専門職は非組合員とすることに合意し,他方,
参加人は,組合員と非組合員の線引きについて労使合意することやそれまでの無秩序な中
央執行委員の時間内労働組合活動を一定程度是正(主任×××部員の中央執行委員の時間
内労働組合活動については本件中労委和解で合意)して労使関係秩序の確立を図ることの
見返りとして,真の業績評価等には目をつぶって主任×××部員への昇進(その表裏とし
て,組合員の主任×××部員へ昇進した場合の組合員資格)と解決金の支払について合意
したのである。このように,被控訴人支部は,主任×××部員への昇進と解決金とのギブ
アンドテイクで,組合員の範囲について参加人と合意し,かかる合意を含む本件中労委和
解を成立させたのである。
本件中労委和解における勧告,覚書及び確認書は不可分一体のものとして成立しており,
本件条項を規定した上記経緯からすれば,本件条項が本件中労委和解における他の条項と
の関係で,いわゆるギブアンドテイクの関係にあることは明白であって,他の条項から独
立しているとはいえない。
(イ)組合員の範囲の問題が組合自治の問題であるとすれば,一且労使で合意した以上は,
組合が自ら決めた組合員の範囲を遵守すべきことは当然であって,そのことと組合自治と
は何ら矛盾するものではない。また,労働協約中,組合員の範囲を定める条項は,労働組
合と使用者との間の団体的労使関係に関する基本的ルールを定めるものとして債務的効力
を有し,労使双方が協約当事者として,互いにかかる条項を遵守する義務を負うことは当
然であるから,この意味で使用者に固有の利益があることは明らかである。また,労使は
労働協約に組合員の範囲を定めることによって組合員の範囲に関する無用の争いを防止し
て労使関係の安定・確保を図り,かかる条項を労使関係の礎ないし前提として,組合員の
労働条件について団体交渉等を行うほか,使用者はかかる条項を基礎として人事上の諸制
度の制定・変更及び具体的な人員配置等の労務管理を行うといった点をみても,使用者に
も労働組合がその構成員である組合員の範囲を明確にすることについての法律上及び実際
上の利益があるというべきである。
本件条項はそもそも組合員の範囲を定める条項であって,原則として本件中労委和解を
含むすべての労働協約の人的適用範囲を定めるものでもあるから,客観的にも他の条項と
の関係で独立性を有するものでないことは明らかである。
(ウ)本件条項の存在を論理的前提にして,本件条項によって非組合員とした「専任××
×部員以上のスタッフ専門職」が中央執行委員となった場合の取扱いについては定めてい
ないのであるから,本件確認書が全体として一体をなすものとして成立していることは客
観的に明らかであり,本件条項が本件確認書において独立性を有していないことは明白で
ある。
イ事情変更の存否について
(ア)事情変更による労働協約の全部又は一部の解約は,当事者が協約締結時に全く予見し
得なかった異常な事態が発生し,当該協約(その規定)を維持するのが社会通念上著しく不
相当な場合にのみ例外的に認められるべきであるが,本件はそのような場合に当たらない。
(イ)スタッフ専門職の専任の数及び比率が本件中労委和解当時に比較して大きく増加した
事実はない。また,参加人においては,現行の専門職制度を導入した昭和56 年1 月の時
- 5 -
点から今日に至るまで,スタッフ専門職の専任以上の位置付けも職責も本件中労委和解当
時と何ら変更されていない。そもそも,職位に対応して権限と職責を付与することは参加
人の専権であるが,参加人は本件中労委和解によって定めた組合員の範囲を尊重して,職
位に対応した人事に関する権限と職責を明確に定め,これを変更していないのであるから,
組合員の範囲を変更すべき理由は全くない。
因みに,専任以上のスタッフ専門職の全社員に古める比率は,昭和57 年当時が約10.1%,
平成4 年当時は約14.2%であるが,他方で,その間,組合員の範囲に属する社員の人数は
約8000 名も増加(総数約1 万8000 名)していることを踏まえれば,専任以上のスタッフ専
門職の全社員に占める比率の上記程度の変化にことさら意味を持たせて,「これを維持さ
せることが客観的に著しく妥当性を欠く場合」に該当する事実であるなどということはで
きない。また,昭和57 年の本件中労委和解当時と本件一部解約予告当時を比較して,ラ
イン専門職のポストが減少したので,専任以上のスタッフ専門職の人数が増加したという
状況は全くない。
したがって,専任以上のスタッフ専門職の人数・比率を取り沙汰してみても,本件中労
委和解当時と本件一部解約予告当時を比較して大きな変化はなく,もとより専任以上のス
タッフ専門職の権限・職責に関して何らの意味も有しない。
(ウ)ファースト・ラインであるかセカンド・ラインであるかは,数え方の問題であって,
専門職の位置付け・権限・職責とは全く関係がない。
ウ労働協約を維持させることが客観的に著しく妥当性を欠くか
(ア)労働組合は,自ら定めた組合員の範囲において組合員を獲得すべきものであり,本件
においても,被控訴人支部は本件条項によって自ら定めた組合員の範囲において組合員を
獲得すべきである。被控訴人支部にとって本件条項に定める組合員の範囲を遵守したので
は被控訴人支部の組織維持に影響を及ぼしかねないなどという状況は存在しない。
(イ)中労委和解は,労使双方に条項の履行を求めるものであるにもかかわらず,被控訴人
支部のみがその履行に不誠実であるという状況において,事情変更と評価しうる事実がな
くとも一部解約が可能とする根拠は,論理的にも実質的にもない。
(ウ)労使双方とも,組合員の範囲に関して上記の合意をするについては,当時,専任以上
のスタッフ専門職の数・比率がどうであるかとか,主任や専任の職責がどうであるかとい
ったことについて議論したことはなく,もとより,本件中労委和解の締結後,比率が何%
になったら組合員の範囲を見直すといった話も一切していない。したがって,本件中労委
和解成立後,仮に専任以上のスタッフ専門職の数及び比率が増加していたとしても,その
ようなことがらは,本件中労委和解の成立過程及び成立時に何ら問題とされていない事項
であり,そのような事項が事情変更又は「これを維持させることが客観的に著しく妥当性
を欠く場合」に該当する事実とされる道理もなく,専任以上のスタッフ専門職の数及び比
率を取り沙汰すること自体,失当である。
エ一部解約に至るまでの交渉について
(ア)参加人は,本件中労委和解をすべて誠実に履行したが,これに反して,被控訴人支部
は本件中労委和解のうち被控訴人支部にとって利益なことのみを享受する一方で,被控訴
人支部にとって不利益な「一般職の中央執行委員の時間内組合活動の正常化」については,
参加人が再三にわたって申入れを行ったにもかかわらず,真面目に協議をしようとしなか
- 6 -
った。
(イ)本件中労委和解の当時,労使双方とも将来その一部解約など全く予期しておらず,そ
の後もおよそ事情変更に当たる事実など全く存しない上,被控訴人支部は本件確認書3 項
を未解決のままにしているのであるから,参加人が本件条項についてのみの一部解約に応
じなければならない理由はない。
(ウ)参加人は,平成5 年1 月30 日の時点で,被控訴人支部に対し,解約予告を撤回しな
い限り,組合員の範囲の線引きの話にはならないことを示しているのであって,組合員の
範囲の問題についての話合いがされなかったのは,被控訴人支部が解約予告を頑なに撤回
せず,話合いの機会を持とうとしなかったためである。
(エ)本件条項は,組合員の範囲を定めた労使合意として有効なものであるから,被控訴人
支部が本件条項を含む中労委和解をないがしろにするような主張を貫いたことのみに問題
があった。参加人の対応を強硬な態度などと断じるのは,論理性に欠け,著しく偏頗であ
る。
オ全部解約との比較について
(ア)本件中労委和解に至る前記経緯からすれば,被控訴人支部が本件中労委和解のうち,
自分たちが目的としていた主任×××部員への昇進(その表裏として,組合員の主任××
×部員へ昇進した場合の組合員資格)と多額の解決金を得ておきながら,一般職の中央執
行委員の時間内組合活動の取扱いを未解決のままとし,その上さらに本件条項のみを解約
することなど,まさしく「つまみ食い」であり,かつ,得るものだけ得たあとに合意を反
故にするという信義にもとる行為にほかならないのであって,到底許されるはずがない。
(イ)本件について,本件中労委和解の一部解約が許されるのであれば,労使が労働委員会
において和解をする意味など全くないといっても過言ではない。労使関係の安定を考えれ
ば,この点でも本件一部解約予告について穏当な手段という余地はない。
(2)参加人の不当労働行為意思について
本件各行為が客観的に不当労働行為に当たらない以上,参加人に不当労働行為意思がな
いことは明らかである。仮に本件一部解約予告が有効としても,不当労働行為意思の有無
は,当該行為が行われた時点に立って,その状況の下で判断されるべきものであって,事
後的に顧みて判断するものではない。本件各行為は,参加人が本件中労委和解を尊重・遵
守し,X1 ら3 名が組合員資格を有しないという認識に基づき,被控訴人支部らに対し,
本件中労委和解の誠実履行を求めた結果にほかならず,しかも,被控訴人支部の理不尽な
行為に対して筋を通した当たり前の対応をしたまでであって,参加人には,被控訴人支部
を弱体化させる意図はもとより,反組合的な結果を生じ,または生じさせるおそれがある
ことの認識・認容も全くなかった。
(3)X1 ら3 名の利益代表者性について
X1 ら3 名等専任以上のスタッフ専門職が「ライン専門職の人事権行使を助言等する立
場にあり,人事上の計画と方針に関する機密の事項に接する機会を有する」という地位に
あることは明白である。仮にX1 ら3 名がこれまでかかる地位に基づいて,現実にライン
専門職の人事権行使を助言等したり,人事上の機密事項に接したことがなかったとしても,
それはX1 ら3 名が置かれている地位を否定するものではない。
(被控訴人ら)
- 7 -
(1)組合員範囲条項の効力について
ア組合員の範囲について使用者に国有の利益が存在しないにもかかわらず,組合員の範
囲条項だけの一部解約は原則として認められないとすれば,使用者に固有の利益を認める
結果になる。組合員の範囲について使用者の固有の利益が認められないのであれば,当該
部分についての労働協約の一部解約に関して,一般の労働協約の一部解約と同様の厳格な
要件を課すことは不当である。組合員の範囲条項について,使用者の固有の利益がなく,
労働組合が自主的に決定できる以上,本件条項を解約しても,使用者の利益を侵害するこ
とはなく,許されると解すべきである。
イ組合員の範囲の問題は組合自治の問題であって,使用者の固有の利益が存在しないの
であるから,そのことを組合が使用者に対して約束して相互に拘束するという関係自体が
そもそも成り立ち得ない。また,憲法28 条,労働組合法2 条,7 条などの諸規定に鑑み
て,使用者がこの問題に容喙することは許されない。したがって,組合員の範囲を画した
文言の労働協約の解釈としては,その文面どおりの法的効力を認めることは妥当ではなく,
当該労働協約の適用を受けるべき組合員の範囲を画したものと解すべきである。したがっ
て,労働協約があっても,組合員の範囲について使用者が不当に介入することは,一部解
約を論じるまでもなく,不当労働行為にほかならない。
(2)一部解約の有効性について
ア組合員の範囲をどうするかということと,中央執行委員の就業時間内組合活動時間と
は実際には関連を有していないし,参加人も都労委や原審の審理の中でそのような主張は
してこなかった。また,組合員の範囲が専任以上か,主任までかによって,主任組合員の
就業時間内組合活動時間や別途協議することとした一般職の条項について取扱いが変わる
という関係ではなかった。したがって,本件条項は本件確認書において独立性を有してい
る。
イ10 年前においては予想できなかったが,今日では専任以上のスタッフ専門職に対し
て退職勧奨,退職強要が行われている。この専任以上のスタッフ専門職が労働組合に団結
することを阻止することは,労組法の趣旨に反して著しく妥当性を欠いている。
ウ被控訴人支部は,平成3 年12 月以降,参加人に対し,ねばり強く本件条項の見直しに
ついて交渉を申し入れ,協議をしてきた。また,一般職の組合活動時間についても協議を
拒否したことはない。これに対し,参加人は一貫して見直しはあり得ないとの態度をとっ
ており,本件一部解約の前後を通じて,実質的な協議に応じていない。
エそもそも組合員は一般職に限るとされていた参加人の取扱いを本件確認書で変更した
のであるから,将来,また変更される可能性があることは誰もが予測できる。また,主任
や専任などの会社の人事組織制度を前提として合意したものであるが,その前提となる人
事制度自体が5 年,10 年で変更される可能性は十分にある。したがって,本件条項が分
別して扱われることがあり得ることは当事者双方は十分に予想できたし,予想するのが合
理的である。
オ以上のとおり,本件の場合には一部解約を例外的に認める事情が備わっている。本件
条項については,確認書を定めて,組合が見直しを提案するまで約9 年が経過している。
この間は確認書どおり,主任までを組合員として組織してきた。しかし,この10 年間に
組織変更が行われて,専任以上のスタッフ専門職も増加し,また,役割も変わり,主任と
- 8 -
大差のない専任も増加している。10 年近く経過した場合には,本件条項の見直、しをす
るのは極めて当然である。それにもかかわらず,参加入は,確認書を締結したという一点
で頑なに見直しについての実質的協議を拒み,あくまで見直しを拒否している。このよう
な状態は労組法の趣旨に反したものにほかならず,一部解約は有効と認められるべきであ
る。
(3)不当労働行為意思に関する控訴人・参加人の主張に対する反論
ア支配介入が不当労働行為として成立するために要求される不当労働行為意思とは,直
接に組合弱体化ないし反組合的行為に向けられた積極的意図であることを要せず,その行
為が客観的に組合弱体化ないし反組合的な結果を生じ,または生じるおそれがあることの
認識,認容があれば足りると解すべきである。
イ本件各不当労働行為は,「行為の内容,程度,時期,場所,機会,動機,組合員に対
する影響力など,当該行為の前後の情況を総合して判断」したとしても,不当労働行為意
思に基づくものであることは明白である。参加人や管理職らのX1 ら3 名に対する本件各
言動等は,処分の威嚇や恫喝など組合員として行動した場合に加えられる不利益処分,制
裁を含むものであって,そうした内容からして単なる「見解」の表明などではあり得ない。
ウ組合員の範囲をどのようにするかという労働組合が自主的に決定すべき事柄に介入す
ること自体不当労働行為(支配介入)に他ならないのであって,参加人はそのような意思を
もって前記各行為に及んでいるのである。
被控訴人支部は,本件一部解約を通告する文書の中でも,本件条項は単に労働協約の適
用を受けるべき人的範囲についての合意にすぎない旨を明確に指摘し,その後都労委への
不当労働行為救済申立以前の労使交渉の中でも,このことを再三にわたって参加人に指摘
していた。したがって,この点につき参加入は法的解釈を十分認識していたのであり,本
件命令が擁護するような参加人が解釈した無理からぬ事情は,何ら存在しなかった。
さらに,本件命令の論理に従えば,使用者が何らかの「根拠」を持ってそれが不当労働
行為に該当しないと信じ込んでいる「振り」をすれば,如何に露骨な支配介入であっても,
「当時会社に不当労働行為の認識はなかった」として免責されることになるが,これが不
当な結果であることは論を待たない。


日本アイ・ビー・エム(組合員資格)事件 東京高判平成17年2月24日

2012年03月31日 | 労働百選

日本アイ・ビー・エム
http://www.ibm.com/jp/ja/
http://www-06.ibm.com/ibm/jp/about/index_g.html
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%83%BB%E3%83%93%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%A8%E3%83%A0
日本アイ・ビー・エム株式会社(にほんアイ・ビー・エム、日本IBM、英文表記:IBM Japan, Ltd.)は、米IBM(IBM Corporation)の日本法人。米IBMの100%子会社である有限会社アイ・ビー・エム・エーピー・ホールディングス(APH)の100%子会社であり、米IBMの孫会社にあたる。

日本アイ・ビー・エム株式会社
IBM Japan, Ltd.  
 IBM-Japan-Hakozaki-Facility.jpg
日本IBM本社(旧箱崎事業所)
種類 株式会社
略称 日本IBM
本社所在地  日本
〒103-8510
東京都中央区日本橋箱崎町十九番二十一号
北緯35度40分43.2秒 東経139度47分13.1秒 / 北緯35.678667度 東経139.786972度 / 35.678667; 139.786972
設立 1937年6月17日
業種 電気機器
事業内容 情報システムに関わるサービス、ソフトウェア、ハードウェア、ファイナンシングの提供
代表者 代表取締役 社長執行役員 橋本孝之
資本金 1,353億円
売上高 9,377億円(2010年)[1]
従業員数 2009年以降非公開 (2008年12月31日時点で16,111人)
主要株主 有限会社アイ・ビー・エム・エイ・ピー・ホルディングス(100%)


http://web.churoi.go.jp/han/h10004.html
全文:http://web.churoi.go.jp/han/pdf/h10004.pdf
事件名  日本アイビーエム 
事件番号  東京高裁平成15年(行コ)第275号
 控訴人  東京都労働委員会 
控訴人参加人  日本アイ・ビー・エム株式会社 
被控訴人  全日本金属情報機器労働組合日本アイビーエム支部 
被控訴人  全日本金属情報機器労働組合東京地方本部 
被控訴人  全日本金属情報機器労働組合 
判決年月日  平成17年 2月24日 
判決区分  一審判決の全部取消し 
  
事件概要  本件は、会社が、①支部のスタッフ専門職である組合員三名のチェックオフ申請を拒否したこと、②分会の執行員に就任した組合員X1の就任撤回と役員名簿の修正を要求したこと、③組合員X2、X3に対し、上級管理職の職務等に反する活動を行った場合の懲戒処分を示唆したことが不当労働行為であるとして争われた事件である。
 東京都労委は、いずれも不当労働行為に当たらないとして、申立てを棄却したが、これを不服として、組合が行政訴訟を提起した。
 東京地裁は、東京都労委の棄却命令を取り消し、組合の請求を認容した。
 本件は、東京都労委がこれを不服として、東京高裁に控訴したものであるが、同高裁は、会社の請求を認容し、原判決を取り消した。 
判決主文  1 原判決を取り消す。
2 被控訴人らの請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人らの負担とする。 
判決の要旨  5130 法2条但書との関係
X1ら3名が現実にライン専門職の人事権行使を助言したり、人事上の機密事項に接したことがなかったというだけでなく、参加人においては、X1ら3名が置かれているスタッフ専門職としての地位そのものが、直接には人事評価を行ったり、人事情報に接することができないものであり、X1ら3名が使用者の利益を代表する者に該当するということはできないとされた例。

5130 法2条但書との関係
労働組合は、その自主的判断に基づき組合員の範囲を決定することができるのであるから、その判断に基づいて使用者との間で、労働協約をもって非組合員の範囲を定めることを妨げられるものでなく、また、使用者にとっても、非組合員の範囲は人事制度や労務管理にかかわることであり、これを定めることについて一定の利益を有していることは否定できないから、非組合員の範囲について労働協約が締結された以上、労使の合意として効力を有するものであるが、使用者の利益代表者の範囲は、現実にはその判別が困難を伴うとしても、各企業の実態に即して客観的に定まるものであって、労使の合意によって左右されるものではなく、しかも、組合員となる資格を有しない者の範囲の裏返しである組合員となる資格を有する者の範囲は、本来組合の自主的判断に委ねられるべきものであり、非組合員の範囲を広いものとするか狭いものとするかは、組合員となり得る者の多少、組合員のままで昇進したり就くことのできる職種の範囲に直接関係し、組合活動に及ぼす影響は大きいものであるから、労働協約中の非組合員の範囲を定める条項の効力を考えるに当たっては、このような事情を十分考慮すべきであるとされた例。

2305 労働協約との関係
2249 その他使用者の態度
本件確認書の1項は組合員の範囲に関するもの、2項及び3項は組合員の就業時間中の組合活動に関するもの、4項は組合員の昇進問題の解決に関するものであり、このように一つの労働協約において複数の事項が協定されている場合、各合意事項は相互に関連を有し、又はある事項についての一方の譲歩と他の事項の他方の譲歩により全体の合意が成立するなど、労働協約全体が一体をなすものとして成立するのが通例であるから、一方当事者が自己に不利な条項のみを取り出して解約することは原則として許されないと解すべきであるが、その条項の労働協約の中での独立性の程度、その条項が定める事項の性質をも考慮したとき、契約締結後の予期せぬ事情変更によりその条項を維持することができなくなり、又はこれを維持させることが客観的に著しく妥当性を欠くに至っているか否か、その合意解約のための十分な交渉を経たが相手方の同意が得られず、しかも協約全体の解約よりも労使関係上穏当な手段であるか否かを総合的に考え合わせて、例外的に協約の一部解約が許される場合があるとするのが相当であり、本件の組合員の範囲に関する条項の解約が、信義に反し、あるいは権利の濫用に当たるということはできず、有効に解約されたというべきであるとされた例。

2610 職制上の地位にある者の言動
労働協約の条項の一部解約が認められるか否かの判断は微妙なものがあり、事業所の所長らによる組合員に対する本件言動の当時、参加人会社が本件条項の一部解約は認められないと考えるのも無理からぬ事情があったというべきであるから、参加人が本件条項が有効で、専任以上のスタッフ専門職には組合員資格がないと考えて、その自己の考えを意見として表明したり、敷衍して説明したりすることを支配介入の不当労働行為意思の表れとみるのは相当でなく、これら言動を不当労働行為と認めるのは相当でないとされた例。

2800 各種便宜供与の廃止・拒否
参加人会社はX1ら3名についてチェックオフを開始することを求める申請を、X1ら3名が組合員でないとして実施しなかったものであるところ、組合支部の組合員150名中20名についてはチェックオフが実施されずに組合支部が直接組合費を徴収していたことが認められ、組合員であることとチェックオフ実施の関係は明確でないのみか、X1ら3名について新たにチェックオフを開始することを拒否することが、組合支部の活動に及ぼす悪影響はほとんどないものと推認され、このような、組合支部と会社との間のチェックオフの実情に、本件条項のみの解約は許されないと会社が考えるのも無理からぬ事情があり、会社がX1ら3名が組合員であることに疑義を抱いていたことにはそれなりの理由があることを併せ考えると、会社がX1ら3名にチェックオフという便宜供与を拒んだからといって、これが支配介入による不当労働行為に該当するということはできないとされた例。

 
業種・規模  電気機械器具製造業 


平成19年度重要判例解説行政法

2012年03月29日 | 行政重判

1事件 騒音問題と都市計画事業の適法性―小田急訴訟上告審本案判決
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=33756&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20061102165402.pdf

2事件 在外被爆者に対する健康管理手当て不支給の適法性

①事件最高裁平成19年2月6日第三小法廷判決
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=34109&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070206114452.pdf
②事件最高裁平成19年11月1日第一小法廷判決
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=35349&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20071101151714.pdf

3事件 過少申告加算税免除自由としての「正当な理由」該当性
①事件最高裁平成19年7月6日第二小法廷
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=34909&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070706155314.pdf
②事件最高裁平成18年10月24日第三小法廷
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=33695&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20061024140701.pdf
③事件最高裁平成18年11月16日第一小法廷
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=33809&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20061116160134.pdf

4事件 住民基本台帳ネットワークシステムとプライバシー権の保護
②事件名古屋高裁金沢支部平成18年12月11日第1部判決
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=34009&hanreiKbn=04
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070118142128.pdf

5事件 非公開情報に当たる情報と共通する記載を含む情報に関する非公開処分の適法性
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=34541&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070417152739.pdf

6事件 いわゆる「偽名領収書」と警察情報の公開
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=34713&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070529145632.pdf

7事件 病院解説許可取消訴訟における付近医療施設解説者等の原告適格
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=35281&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20071019154943.pdf


平成18年度重要判例解説労働法4事件

2012年03月27日 | 労働重判

労働法4事件 時限ストに対するロックアウトの正当性―安威川生コンクリート工業事件

http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=32909&hanreiKbn=02
事件番号 平成15(受)723
事件名 賃金支払請求事件
裁判年月日 平成18年04月18日
法廷名 最高裁判所第三小法廷
裁判種別 判決
結果 破棄自判
判例集等巻・号・頁 民集 第60巻4号1548頁
原審裁判所名 大阪高等裁判所
原審事件番号 平成7(ネ)656
原審裁判年月日 平成14年12月27日
判示事項 時限ストライキ等の争議行為のため受注を返上せざるを得なくなったことなどにより損害を被った生コンクリート製造販売業者のしたロックアウトが使用者の正当な争議行為と認められた事例
裁判要旨 生コンクリート製造販売業者が時限ストライキ等の争議行為に対しロックアウトをした場合において,上記時限ストライキの態様から,上記業者は,取引慣行上,その日の受注の全部を返上するなどして,終日事実上休業の状態にせざるを得ず,時限ストライキが解除された後に従業員が提供した労務は,就労しなかった時間に係る減額がされた後の賃金にも到底見合わないものであったこと,上記業者は,上記争議行為が開始された後,受注が減少して資金繰りが著しく悪化し,納入先の信用も損なわれ,甚大な損害を被ったこと,上記争議行為における従業員らの要求は,同人ら全員が以前所属していた組合と上記業者との間に成立していた合意を,同人らが上記組合を脱退した直後に覆そうとするものであることなど判示の事情の下では,上記ロックアウトは,衡平の見地からみて,上記争議行為に対する対抗防衛手段として相当であり,使用者の正当な争議行為と認められる。
参照法条 労働組合法8条,労働関係調整法7条
全文 http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20061020160220.pdf

主文
原判決のうち上告人の敗訴部分を破棄する。
前項の部分につき被上告人らの控訴をいずれも棄却する。
控訴費用及び上告費用は被上告人らの負担とする。
理由
上告代理人池田俊,同奥村正道の上告受理申立て理由について
1 本件は,生コンクリートの製造等を営む上告人に雇用され,車両の運転等の
業務に従事してきた被上告人らが,上告人の行ったロックアウトにより就労するこ
とができなかった期間に係る賃金の支払等を求めている事案である。
2 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
(1) 上告人は,生コンクリート(以下「生コン」という。)の製造及び販売を
営む資本金1000万円の株式会社であり,A協同組合(以下「協同組合」とい
う。)に加入している。被上告人らは,上告人に雇用され,コンクリートミキサー
車の運転等の業務に従事してきた。上告人の従業員は,管理職を除けば,後記の本
件争議行為当時,被上告人らのほかにはいなかった。
(2) 上告人の従業員が加入していた労働組合(以下「旧組合」という。)は,
昭和58年10月10日,B労組(以下「B労組」という。)とC労組(以下「C
労組」という。)とに分かれた。この際,被上告人らは,いずれもC労組に加入し
た。
(3)ア上告人は,C労組所属の従業員に対する解雇をめぐるC労組との協議に
おいて,この解雇を無効と認めた上で,昭和57年に旧組合がした争議行為の責任
をC労組において追及すべきこと,同争議行為により上告人の被った損害を回復す
- 2 -
るための同62年3月までの賃上げの停止及び一時金の不支給を受け入れるべきこ
となどから成る6項目の要求をした。次いで,上告人は,上記要求に係る措置を実
施するとして,C労組及びB労組に対し,同59年10月29日付けで,労働条件
の切下げ(労働時間の延長,割増賃金の減額等),同62年3月までの賃上げの停
止及び一時金の不支給等を申し入れた。
イこれに対し,C労組は,昭和60年4月11日,上記要求について解決に努
力することなどを上告人との間で合意し,さらに,同年6月25日,上記の争議に
おける旧組合の行為のすべてが正しかったとは考えていない旨を表明した。もっと
も,上記の労働条件の切下げの実施に対しては,C労組所属の従業員(被上告人ら
を含む。)が,それまでの労働条件による割増賃金等の仮払の仮処分を申し立てて
争ったが,結局,上告人とC労組との間で,同61年5月17日,上告人からの金
員の支払と引換えに,C労組が,同62年3月20日まで,上記の労働条件の切下
げを受け入れ,賃上げの停止,一時金の不支給等にも応ずるとの合意が成立し,上
記仮処分申立ては取り下げられた。
ウB労組は,昭和59年12月13日,昭和59年度から同61年度までの3
年間企業再建に協力し,賃上げ及び一時金支給の凍結を受け入れることなどについ
ては上告人と合意したが,前記の労働条件の切下げの実施に対しては抗議した。
その後,上告人の従業員でB労組に所属するものは,全員が退職した。
(4) 上告人の従業員でC労組に所属するもの(被上告人らを含む。)は,昭和
62年9月16日,C労組を脱退し,その当時上告人の従業員で所属するものはい
なくなっていたB労組に加入した。B労組は,同日,上告人に対し,賃上げの凍結
を解除し,さかのぼって賃上げ及び一時金支給をし,かつ,切り下げられた労働条
- 3 -
件をさかのぼって旧に復し,賃金差額の全額及び一時金を支払うよう要求して団体
交渉を申し入れた。
団体交渉において,上告人は,前記の6項目の要求についての解決策を先に協議
すべきであるなどの主張をしたが,B労組及び被上告人らは,C労組が先にした同
61年5月17日付け合意には拘束されないとして交渉を決裂させた。
(5) 被上告人らは,昭和62年11月5日に24時間ストライキを行い,更に
同月13日,26日,同年12月2日,7日,14日,15日にもそれぞれ1時間
ないし8時間の時限ストライキを行ったほか(以下,これらのストライキを併せて
「本件ストライキ」という。),車両の運転速度を殊更に落とす,生コンの車両積
載量を減らす,納入先工事現場への輸送等の途中であるにもかかわらず休憩を取る
ため生コンを上告人の工場に持ち帰るなどの怠業的行為(以下,これらの行為と本
件ストライキとを併せて「本件争議行為」という。)にも及んだ。このため,上告
人は,管理職等を動員して持ち帰られた生コンを納入先に輸送するなどの対応をし
なければならず,納入先では工程に遅れが生じた。
(6)ア協同組合に加入している業者による生コンの製造及び販売に関しては,
需要者からD協同組合へ,更に協同組合へと順次注文がされ,これを受けて,協同
組合が加入業者に対し実績に基づきあらかじめ定めてある配分率に従って決めた量
を日々発注して売買契約を締結し,加入業者が受注した生コンを協同組合の指定し
た納入先に納入するという方式の取引が行われていた。上告人の売上げも,大半は
この方式によるものであった。
協同組合に加入している業者は,ストライキが行われた場合,それにより出荷不
能となった分の受注を協同組合に返上し,協同組合がその分を他の業者に割り替え
- 4 -
て発注し直すこととしていたが,ストライキの解除時期が不明な場合には,出荷不
能となる注文がどれほどであるかが判明しないため,業者は,その日に割り当てら
れた分の受注の全部を返上するほかなかった。
また,業者において争議が発生し,ストライキが予告なく行われることが見込ま
れる場合には,発注先業者を当日急きょ割り替えることにより対処するのが容易で
ないため,協同組合は,当該業者に割り当てる注文をあらかじめ定めてある配分率
による量よりも大幅に減らし,業者もそれを受け入れるのが慣例であった。
イ本件ストライキは,事前には通告しないか,又はせいぜい開始約3分前に通
告して開始し,解除時期の予告はせず,上告人が割り当てられたその日の受注を協
同組合に返上したころ合いを見計らって解除するという態様で繰り返された。その
ため,上告人は,その日の受注の全部を返上して,終日,事実上休業の状態にせざ
るを得ず,また,協同組合からの割当てそのものを大幅に減らされることも受け入
れざるを得なかった。
これにより,上告人は,昭和62年11月にはあらかじめ定められた配分率から
予定されていた量の23%,同年12月(同月1日から19日まで)には同じく1
3%しか受注及び出荷をすることができず,その結果,売上げが1億1000万円
以上減少し,資金繰りが著しく悪化した。
さらに,前記のとおり上告人の生コンの納入の遅れにより納入先の工程の遅延が
生じたため,上告人の取引上の信用は少なからず害された。
(7) そこで,上告人は,昭和62年12月20日,被上告人らに対しロックア
ウトを行う旨を通告してその工場への立入り及び就労を拒否した(以下,これによ
るロックアウトを「本件ロックアウト」という。)。このため,現場作業員として
- 5 -
就労する者が皆無となり,上告人の操業は全面的に停止した。上告人は,被上告人
らに対し,同月21日以降の分の賃金を支払っていない。
B労組及び被上告人らは,それぞれ,上告人に対し,本件ロックアウトは容認す
ることができないから,直ちにこれを解除し,B労組の要求について解決をするこ
とを求める旨の申入れをした。
上告人は,本件ロックアウト開始後も,被上告人らとの間では交渉を続け,同6
3年11月23日には,被上告人らが退職した上,会社を設立し,上告人から生コ
ンの輸送を請け負うこととすることでおおむね交渉がまとまったが,B労組の委員
長の反対により,結局合意の成立には至らなかった。
上告人は,平成元年1月ころ事業の継続を断念した。
3 原審は,上記事実関係の下において次のとおり判断し,本件ロックアウトに
正当性を認めることはできないとして,被上告人らの賃金請求を一部認容すべきも
のとした。
(1) 本件争議行為においては,上告人の被上告人らに対する賃金の負担は,被
上告人らの提供した労務に見合わないものとなっており,被上告人らの就労を受け
入れて賃金の支払を継続するのは,上告人の損害を拡大することになる。しかし,
本件争議行為は,暴力的態様のものではなく,また,上告人は,操業再開の努力を
全くといってよいほどしていない。そうすると,本件争議行為によって上告人が著
しく不利な圧力を受けたとまではいえない。
(2) 上告人とC労組との間に成立していた昭和61年5月17日付けの合意
は,同62年3月20日までの暫定的措置を約したにすぎず,権利放棄を明確に定
めたものではないから,これとの関係からみても,本件争議行為を労使間の信義に
- 6 -
反するものとはいえない。
(3) 上記の各点に加え,上告人が操業再開に向けた真しな努力をしているとは
評価し難いことを考慮すれば,本件ロックアウトは,被上告人らの要求に対して一
切妥協しないために強行されたものであり,防衛手段としての域を超え,攻撃的な
意図をもってされたものというべきであるから,正当性を認めることができない。
4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次
のとおりである。
(1) 個々の具体的な労働争議の場において,労働者の争議行為により使用者側
が著しく不利な圧力を受けることになるような場合には,衡平の原則に照らし,労
使間の勢力の均衡を回復するための対抗防衛手段として相当性を認められる限りに
おいては,使用者の争議行為も正当なものとして是認されると解すべきであり,使
用者のロックアウトが正当な争議行為として是認されるかどうかも,上記に述べた
ところに従い,個々の具体的な労働争議における労使間の交渉態度,経過,組合側
の争議行為の態様,それによって使用者側の受ける打撃の程度等に関する具体的諸
事情に照らし,衡平の見地からみて労働者側の争議行為に対する対抗防衛手段とし
て相当と認められるかどうかによってこれを決すべきである。このような相当性を
認めることができる場合には,使用者は,正当な争議行為をしたものとして,当該
ロックアウトの期間中における対象労働者に対する個別的労働契約上の賃金支払義
務を免れるものというべきである(最高裁昭和44年(オ)第1256号同50年
4月25日第三小法廷判決・民集29巻4号481頁,最高裁昭和51年(オ)第
541号同55年4月11日第二小法廷判決・民集34巻3号330頁,最高裁昭
和53年(行ツ)第29号同58年6月13日第二小法廷判決・民集37巻5号6
- 7 -
36頁参照)。
(2) 本件についてこれをみると,前記事実関係によれば,次のように解するの
が相当である。
ア本件争議行為のうちの時限ストライキは,事前には通告しないか,又は直前
に通告して開始し,上告人が割り当てられたその日の受注を協同組合に返上したこ
ろ合いを見計らって解除するという態様で6回にわたり繰り返された。そのため,
これらがいずれも比較的短時間の時限ストライキであったにもかかわらず,上告人
は,取引慣行上,その日の受注を全部返上するなどして,終日,事実上休業の状態
にせざるを得なかった。このような状況においては,被上告人らの提供した労務
は,ストライキにより就労しなかった時間に係る減額がされた後の賃金にも到底見
合わないものであり,かえって上告人に賃金負担による損害を被らせるだけのもの
であった。そして,上告人は,本件争議行為が開始された後は,受注が減少して資
金繰りが著しく悪化し,納入先の信用も損なわれたというのであるから,本件争議
行為によって上告人が被った損害は,その規模等からみて甚大なものであったとい
うべきである。
このような本件争議行為の態様及びこれによって上告人の被った打撃の程度に照
らすと,上告人が本件争議行為により著しく不利な圧力を受けたことは明らかであ
る。本件争議行為が暴力的態様のものではなかったことなどの原審の指摘する事情
は,上告人が上記のようにして著しく不利な圧力を受けたことを否定する理由にな
るものではない。
イ上告人とC労組との間に成立していた昭和61年5月17日付けの合意は,
確認書の文言やその締結に至る経緯を考慮すれば,① 同59年11月1日から同
- 8 -
62年3月20日までの期間については,上告人による申入れのとおり切り下げら
れた労働条件に従って賃金請求権が発生するものとし,C労組は,その期間の賃金
については引上げの要求をせず,同期間に係る一時金の支払も要求しない,② 同
月21日以降の労働条件は,従来の労働協約を基本として協議し,同日以降の期間
に係る賃金についての引上げ及び一時金の支払についても協議するという趣旨のも
のと解するのが相当である。一方,本件争議行為におけるB労組の要求は,そ及的
な賃上げ並びに一時金及び割増賃金の支払を求めるというものであり,上記合意を
覆すものであることが明らかである。そして,本件争議行為当時B労組に所属して
いた上告人の従業員は,被上告人らを含め,上記合意の当時は皆C労組に属してい
たのであるから,C労組との間に成立していた合意を覆すような要求を,しかも,
C労組を脱退した直後に持ち出すのは,労使間の信義の見地からみて相当な交渉態
度とはいい難い。
労使間のこのような交渉態度,経過からすると,本件争議行為に対し上告人が本
件ロックアウトをもって臨んだことも,やむを得ないところであったということが
できる。
ウ本件争議行為が開始される以前から上告人が事業を放棄する機をうかがって
いたというような事情は見当たらない。また,本件争議行為の態様及びそれによる
打撃の程度等からすると,上告人としては,操業再開を図るより先に,過重な賃金
の負担を免れるためまずはロックアウトによってこれに対抗しようとするのもやむ
を得ないものというべきである。したがって,本件ロックアウトをもって攻撃的な
意図でされたものとみるのは当たらない。
エ上記アないしウに説示したところその他前記事実関係によれば,本件ロック
- 9 -
アウトは,本件争議行為の態様,それによって上告人の受ける打撃の程度,争議に
おける上告人と被上告人ら及びB労組との交渉態度,経過に関する具体的事情に照
らし,衡平の見地からみて,本件争議行為に対する対抗防衛手段として相当と認め
られるものというべきである。
5 上記のとおり,原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の
違反がある。論旨は理由があり,原判決のうち上告人の敗訴部分は破棄を免れな
い。そして,以上説示したところによれば,被上告人らの賃金請求は全部理由がな
いから,これを棄却した第1審判決は正当であり,被上告人らの控訴をいずれも棄
却すべきである。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官濱田邦夫裁判官上田豊三裁判官藤田宙靖裁判官
堀籠幸男)


事例研究行政法[問題14]

2012年03月27日 | 行政百選

名古屋地方裁判所平成15年05月29日
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=7637&hanreiKbn=04
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/981AF697B91799E349256D6300266B5A.pdf

http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=36793&hanreiKbn=05
事件番号 平成19(行ウ)227
事件名 在留特別許可処分義務付け等請求事件
裁判年月日 平成20年02月29日
裁判所名 東京地方裁判所 
分野 行政
判示事項 
1 在留特別許可の義務付けを求める訴えの性質
2 日本国籍を有する女性と約16年間にわたる共同生活を続けたガーナ共和国国籍を有する男性がした,出入国管理及び難民認定法49条1項に基づく異議の申出に対し,法務大臣から権限の委任を受けた入国管理局長がした同申出には理由がない旨の裁決の取消し及び在留特別許可の義務付けを求めた各請求が,いずれも認容された事例
裁判要旨 
1 出入国管理及び難民認定法50条1項に基づく在留特別許可は,同法49条1項に基づく異議の申出があったときに初めて付与され得るものであるところ,法務大臣が同法50条1項の判断権限を発動し,その結果在留特別許可が付与されるか否かは,異議の申出をした容疑者にとって本邦への在留が認められるか否かの重大な利益にかかわる事柄であり,このような容疑者の重大な利益にかかわる判断権限を法務大臣の裁量で発動しないことが許されているとは到底解し得ないから,法務大臣は,異議の申出を受理し,同申出に理由がないと認める場合には,当該容疑者が同法50条1項各号に該当するか否かを審査する義務があり,その結果,その者に在留特別許可を付与すべきであると判断したときは,その旨の許可処分を,在留特別許可を付与すべきでないと判断したときは,異議の申出が理由がない旨の裁決をそれぞれ行うことによって,在留特別許可の許否についての判断の結果を当該容疑者に示す義務があると解するのが相当であるとした上,このような仕組みによれば,同法は,同法49条1項の異議の申出権を,法50条1項の在留特別許可を求める申請権としての性質を併せ有するものとして規定し,かつ,当該申請に対しては在留特別許可を付与するか否かの応答をすべき義務を法務大臣に課したものと解するのが自然であるから,在留特別許可の義務付けを求める訴えは,行政事件訴訟法3条6項2号に規定するいわゆる申請型義務付けの訴えと解するのが相当である。
2 日本国籍を有する女性と約16年間にわたり共同生活を続けたガーナ共和国国籍を有する男性がした,出入国管理及び難民認定法49条1項に基づく異議の申出に対し,法務大臣から権限の委任を受けた入国管理局長がした同申出には理由がない旨の裁決の取消し及び在留特別許可の義務付けを求めた各請求につき,本邦への在留を希望する外国人が,日本人との間に法律上又は事実上の婚姻関係がある旨を主張し,当該日本人も当該外国人の本邦への在留を希望する場合において,両者の関係が,両性が永続的な精神的及び肉体的結合を目的として真摯な意思をもって共同生活を営むという婚姻の本質に適合する実質を備えていると認められる場合には,当該外国人に在留特別許可を付与するか否かの判断に当たっても,そのような事実は重要な考慮要素としてしん酌されるべきであり,他に在留特別許可を不相当とするような特段の事情がない限り,当該外国人に在留特別許可を付与しないとする判断は,重要な事実に誤認があるために全く事実の基礎を欠く判断,又は事実に対する評価が明白に合理性を欠くために社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことが明らかな判断として,裁量権の逸脱,濫用となるものと解するのが相当であるとした上,前記ガーナ共和国国籍を有する男性は,日本国籍を有する女性と約16年間の長期にわたる共同生活を続けてきたものであり,この間の生活状況は,内縁関係と呼ぶにふさわしい実質を備えたものであったことがうかがわれ,前記裁決の翌日には婚姻の届出がされたことにより法律上の婚姻関係も成立していることなどに照らせば,前記入国管理局長は,前記裁決に当たり,前記男性と女性との関係が婚姻の本質に適合する実質を備えていると認められるにもかかわらず,これを誤認したか,又は,これを過小に評価することによって,前記男性に在留特別許可を付与しないとの判断をしたものということができ,他に在留特別許可を不相当とするような特段の事情が認められない以上,前記判断は裁量権の逸脱,濫用になるというべきであるとして,前記裁決の取消請求を認容し,在留特別許可の義務付けの請求については,在留資格及び在留期間等の条件を指定しないで認容した事例
全文 http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080911094915.pdf


小田急高架本案最判平成18年11月2日

2012年03月27日 | 労働百選

小田急本案
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=33756&hanreiKbn=02
事件番号 平成16(行ヒ)114
事件名 小田急線連続立体交差事業認可処分取消,事業認可処分取消請求事件
裁判年月日 平成18年11月02日
法廷名 最高裁判所第一小法廷
裁判種別 判決
結果 棄却
判例集等巻・号・頁 民集 第60巻9号3249頁
原審裁判所名 東京高等裁判所
原審事件番号 平成13(行コ)234
原審裁判年月日 平成15年12月18日
判示事項 
都知事が行った都市高速鉄道に係る都市計画の変更が鉄道の構造として高架式を採用した点において裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとして違法であるとはいえないとされた事例
裁判要旨 
都知事が都市高速鉄道に係る都市計画の変更を行うに際し鉄道の構造として高架式を採用した場合において,(1)都知事が,建設省の定めた連続立体交差事業調査要綱に基づく調査の結果を踏まえ,上記鉄道の構造について,高架式,高架式と地下式の併用,地下式の三つの方式を想定して事業費等の比較検討をした結果,高架式が優れていると評価し,周辺地域の環境に与える影響の点でも特段問題がないと判断したものであること,(2)上記の判断が,東京都環境影響評価条例(昭和55年東京都条例第96号。平成10年東京都条例第107号による改正前のもの)23条所定の環境影響評価書の内容に十分配慮し,環境の保全について適切な配慮をしたものであり,公害対策基本法19条に基づく公害防止計画にも適合するものであって,鉄道騒音に対して十分な考慮を欠くものであったとはいえないこと,(3)上記の比較検討において,取得済みの用地の取得費等を考慮せずに事業費を算定したことは,今後必要となる支出額を予測するものとして合理性を有するものであることなど判示の事情の下では,上記の都市計画の変更が鉄道の構造として高架式を採用した点において裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとして違法であるということはできない。
参照法条 都市計画法(平成4年法律第82号による改正前のもの)13条1項,都市計画法(平成4年法律第82号による改正前のもの)21条2項,都市計画法(平成11年法律第87号による改正前のもの)18条1項,公害対策基本法19条,東京都環境影響評価条例(昭和55年東京都条例第96号。平成10年東京都条例第107号による改正前のもの)23条
全文 http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20061102165402.pdf

主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
理由
上告代理人斉藤驍ほかの上告受理申立て理由(原告適格に係る所論に関する部分
を除く。)について
第1 事案の概要等
1 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
(1) 建設大臣は,昭和39年12月16日付けで,旧都市計画法(大正8年法
律第36号)3条に基づき,世田谷区喜多見町(喜多見駅付近)を起点とし,葛飾
区上千葉町(綾瀬駅付近)を終点とする東京都市計画高速鉄道第9号線(昭和45
年の都市計画の変更以降の名称は「東京都市計画都市高速鉄道第9号線」であ
る。)に係る都市計画(以下「9号線都市計画」という。)を決定した。
(2) 被上告参加人は,9号線都市計画について,都市計画法(平成4年法律第
82号による改正前のもの)21条2項において準用する同法18条1項に基づく
変更を行い,平成5年2月1日付けで告示した(以下,この都市計画の変更を「平
成5年決定」という。)。平成5年決定は,小田急小田原線(以下「小田急線」と
いう。)の喜多見駅付近から梅ヶ丘駅付近までの区間(以下「本件区間」とい
う。)について,成城学園前駅付近を掘割式とするほかは高架式を採用し,鉄道と
交差する道路とを連続的に立体交差化することを内容とするものであり,小田急線
の複々線化とあいまって,鉄道の利便性の向上及び混雑の緩和,踏切における渋滞
の解消,一体的な街づくりの実現を図ることを目的とするものである。
- 2 -
(3) 平成5年決定がされた経緯等は,次のとおりである。
ア東京都は,9号線都市計画に係る区間の一部である小田急線の喜多見駅から
東北沢駅までの区間において,踏切の遮断による交通渋滞や市街地の分断により日
常生活の快適性や安全性が阻害される一方,鉄道の車内混雑が深刻化しており,鉄
道の輸送力が限界に達しているとして,上記区間の複々線化及び連続立体交差化に
係る事業の必要性及び緊急性について検討するため,昭和62年度及び同63年度
にわたり,建設省の定めた連続立体交差事業調査要綱(以下「本件要綱」とい
う。)に基づく調査(以下「本件調査」という。)を実施した。
本件要綱は,連続立体交差事業調査において,鉄道等の基本設計に当たって数案
を作成して比較評価を行うものとし,その評価に当たっては,経済性,施工の難易
度,関連事業との整合性,事業効果,環境への影響等について比較するものとして
いる。
本件調査の結果,成城学園前駅付近については掘割式とする案が適切であるとさ
れるとともに,環状8号線と環状7号線の間については,高架式とする案が,一部
を地下式とする案に比べて,工期・工費の点で優れており,環境面では劣るもの
の,当該高架橋の高さが一般的なものであり,既存の側道の有効活用などでその影
響を最小限とすることができるので,適切な案であるとされた。
なお,本件調査の結果,本件区間の東側に当たる環状7号線と東北沢駅の間(以
下「下北沢区間」という。)の構造については,地表式,高架式,地下式のいずれ
の案にも問題があり,その決定に当たっては新たに検討する必要があるとされた
が,平成5年決定に係る9号線都市計画においては,従前どおり地表式とされた。
もっとも,その後,東京都の都市計画局長は,平成10年12月,都議会におい
- 3 -
て,下北沢区間の線路の増加部分を地下式で整備する案を関係者で構成する検討会
に提案して協議を進めている旨答弁し,東京都は,同13年4月,下北沢区間を地
下式とする内容の計画素案を発表した。
イ被上告参加人は,本件調査の結果を踏まえた上で,本件区間の構造につい
て,① 嵩上式(高架式。ただし,成城学園前駅付近を一部掘割式とするもの。以
下「本件高架式」という。),② 嵩上式(一部掘割式)と地下式の併用(成城学
園前駅付近から環状8号線付近までの間を嵩上式(一部掘割式)とし,環状8号線
付近より東側を地下式とするもの),③ 地下式の三つの方式を想定した上で,計
画的条件(踏切の除却の可否,駅の移動の有無等),地形的条件(自然の地形等と
鉄道の線形の関係)及び事業的条件(事業費の額)の三つの条件を設定して比較検
討を行った。その結果,上記③の地下式を採用した場合,当時の都市計画で地表式
とされていた下北沢区間に近接した本件区間の一部で踏切を解消することができな
くなるほか,河川の下部を通るため深度が大きくなること等の問題があり,上記②
の方式にも同様の問題があること,本件高架式の事業費が約1900億円と算定さ
れたのに対し,上記③の地下式の事業費は,地下を2層として各層に2線を設置す
る方式(以下「2線2層方式」という。)の場合に約3000億円,地下を1層と
して4線を並列させる方式の場合に約3600億円と算定されたこと等から,被上
告参加人は,本件高架式が上記の3条件のすべてにおいて他の方式よりも優れてい
ると評価し,環境への影響,鉄道敷地の空間利用等の要素を考慮しても特段問題が
ないと判断して,これを本件区間の構造の案として採用することとした。
なお,上記の事業費の算定に当たっては,昭和63年以前に取得済みの用地に係
る取得費は算入されておらず,高架下の利用等による鉄道事業者の受益分も考慮さ
- 4 -
れていない。また,2線2層方式による地下式の事業費の算定に当たっては,シー
ルド工法(トンネルの断面よりわずかに大きいシールドという強固な鋼製円筒状の
外殻を推進させ,そのひ護の下で掘削等の作業を行いトンネルを築造する工法)に
よる施工を本件区間全体にわたって行うことは前提とされていないが,被上告参加
人は,途中の経堂駅において準急線と緩行線との乗換えを可能とするために,1層
目にホーム2面及び線路数3線を有する駅部を設置することを想定しており,その
ために必要なトンネルの幅は約30mであったところ,平成5年当時,このような
幅のトンネルをシールド工法により施工することはできなかった。
ウ上記のように本件高架式が案として選定された本件区間の複々線化に係る事
業及び連続立体交差化に係る事業について,それぞれの事業の事業者であるA株式
会社及び東京都は,東京都環境影響評価条例(昭和55年東京都条例第96号。平
成10年東京都条例第107号による改正前のもの。以下「本件条例」という。)
に基づく環境影響評価に関する調査を行い,平成3年11月5日,環境影響評価書
案(以下「本件評価書案」という。)を被上告参加人に提出した。本件評価書案に
よれば,本件高架式を前提として工事完了後の鉄道騒音について予測を行ったとこ
ろ,地上1.2mの高さでの予測値は,高架橋端からの距離により現況値を上回る
箇所も見られるが,高架橋端から6.25mの地点で現況値が82から93ホンの
ところ予測値が75から77ホンとされるなど,おおむね現況とほぼ同程度かこれ
を下回っているとされている。
本件評価書案に対し,被上告参加人は,鉄道騒音の予測位置を騒音に係る問題を
最も生じやすい地点及び高さとすること,騒音防止対策の種類とその効果の程度を
明らかにすること等の意見を述べ,これを受けて,東京都及びA株式会社は,予測
- 5 -
地点の1箇所につき高架橋端から1.5mの地点における高さ別の鉄道騒音の予測
に関する記載を付加した環境影響評価書(以下「本件評価書」という。)を同4年
12月18日付けで作成し,被上告参加人に提出した。本件評価書によれば,上記
地点における鉄道騒音の予測値は,地上10mから30mの高さで88ホン以上,
地上15mの高さでは93ホンであるが,事業実施段階での騒音防止対策として,
構造物の重量化,バラストマットの敷設,60kg/mレールの使用,吸音効果の
ある防音壁の設置等の対策を講じるとともに,干渉型の防音装置の設置についても
検討し,騒音の低減に努めることとされ,これらによる騒音低減効果は,バラスト
マットの敷設により軌道中心から6.25mの地点で7ホン,60㎏/mレールの
使用により現在の50㎏/mレールと比べて軌道中心から23mの地点で5ホン,
吸音効果のある防音壁により防音壁だけの場合に比べ1ホン程度,防音壁に干渉型
防音装置を設置した場合3ないし4ホンであるとされている。
以上の環境影響評価は,東京都環境影響評価技術指針が定める環境影響評価の手
法を基本とし,一般に確立された科学的な評価方法に基づいて行われた。
なお,高架橋より高い地点での現実の騒音値は,線路部分において生じる騒音が
走行する列車の車体に遮られることから,上記予測値のような実験値よりも低くな
るとされている。また,平成5年決定当時の鉄道騒音に関する唯一の公的基準であ
った「新幹線鉄道騒音に係る環境基準について」(昭和50年環境庁告示第46
号)においては,騒音を測定する高さは地上1.2mとされていた。
一方,小田急線の沿線住民らは,小田急線による鉄道騒音等の被害について,平
成4年5月7日,公害等調整委員会に対し,公害紛争処理法42条の12に基づく
責任裁定を申請し,同委員会は,同10年7月24日,申請人の一部が受けた平成
- 6 -
5年決定以前の騒音被害が受忍限度を超えることを前提として,A株式会社の損害
賠償責任を認める旨の裁定をした。
エ被上告参加人は,本件調査及び上記の環境影響評価を踏まえ,本件高架式を
採用することが周辺地域の環境に与える影響の点でも特段問題がないと判断して,
本件高架式を内容とする平成5年決定をした。
オ東京都は,公害対策基本法19条に基づき,東京地域公害防止計画を定めて
いたところ,平成5年決定は,その目的,内容において同計画の妨げとなるもので
はなく,同計画に適合している。
(4) 建設大臣は,都市計画法(平成11年法律第160号による改正前のも
の)59条2項に基づき,平成6年5月19日付けで,東京都に対し,平成5年決
定により変更された9号線都市計画を基礎として,本件区間の連続立体交差化を内
容とする別紙事業認可目録1記載の都市計画事業(以下「本件鉄道事業」とい
う。)の認可(以下「本件鉄道事業認可」という。)をし,同6年6月3日付けで
これを告示した。
また,建設大臣は,世田谷区が同5年2月1日付けで告示した東京都市計画道路
・区画街路都市高速鉄道第9号線付属街路第9号線及び第10号線に係る各都市計
画を基礎として,同項に基づき,同6年5月19日付けで,東京都に対し,上記各
付属街路の設置を内容とする別紙事業認可目録2及び3記載の各都市計画事業の認
可(以下「本件各付属街路事業認可」という。)をし,同年6月3日付けでこれを
告示した。上記各付属街路は,本件区間の連続立体交差化に当たり,環境に配慮し
て沿線の日照への影響を軽減すること等を目的として設置することとされたもので
ある。
- 7 -
2 本件は,本件鉄道事業認可の前提となる都市計画に係る平成5年決定が,周
辺地域の環境に与える影響,事業費の多寡等の面で優れた代替案である地下式を理
由もなく不採用とし,いずれの面でも地下式に劣り,周辺住民に騒音等で多大の被
害を与える本件高架式を採用した点で違法であるなどとして,建設大臣の事務承継
者である被上告人に対し,上告人らが本件鉄道事業認可の,別紙上告人目録2記載
の上告人らが別紙事業認可目録2記載の認可の,別紙上告人目録3記載の上告人ら
が別紙事業認可目録3記載の認可の,各取消しを求めている事案である。
第2 本件鉄道事業認可の取消請求について
1 平成5年決定が本件高架式を採用したことによる本件鉄道事業認可の違法の
有無について
(1) 都市計画法(平成4年法律第82号による改正前のもの。以下同じ。)
は,都市計画事業認可の基準の一つとして,事業の内容が都市計画に適合すること
を掲げているから(61条),都市計画事業認可が適法であるためには,その前提
となる都市計画が適法であることが必要である。
(2) 都市計画法は,都市計画について,健康で文化的な都市生活及び機能的な
都市活動を確保すべきこと等の基本理念の下で(2条),都市施設の整備に関する
事項で当該都市の健全な発展と秩序ある整備を図るため必要なものを一体的かつ総
合的に定めなければならず,当該都市について公害防止計画が定められているとき
は当該公害防止計画に適合したものでなければならないとし(13条1項柱書
き),都市施設について,土地利用,交通等の現状及び将来の見通しを勘案して,
適切な規模で必要な位置に配置することにより,円滑な都市活動を確保し,良好な
都市環境を保持するように定めることとしているところ(同項5号),このような
- 8 -
基準に従って都市施設の規模,配置等に関する事項を定めるに当たっては,当該都
市施設に関する諸般の事情を総合的に考慮した上で,政策的,技術的な見地から判
断することが不可欠であるといわざるを得ない。そうすると,このような判断は,
これを決定する行政庁の広範な裁量にゆだねられているというべきであって,裁判
所が都市施設に関する都市計画の決定又は変更の内容の適否を審査するに当たって
は,当該決定又は変更が裁量権の行使としてされたことを前提として,その基礎と
された重要な事実に誤認があること等により重要な事実の基礎を欠くこととなる場
合,又は,事実に対する評価が明らかに合理性を欠くこと,判断の過程において考
慮すべき事情を考慮しないこと等によりその内容が社会通念に照らし著しく妥当性
を欠くものと認められる場合に限り,裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したも
のとして違法となるとすべきものと解するのが相当である。
(3) 以上の見地に立って検討するに,前記事実関係の下においては,平成5年
決定が本件高架式を採用した点において裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用した
ものとして違法となるとはいえないと解される。その理由は以下のとおりである。
ア被上告参加人は,本件調査の結果を踏まえ,計画的条件,地形的条件及び事
業的条件を設定し,本件区間の構造について三つの方式を比較検討した結果,本件
高架式がいずれの条件においても優れていると評価し,本件条例に基づく環境影響
評価の結果等を踏まえ,周辺地域の環境に与える影響の点でも特段問題がないとし
て,本件高架式を内容とする平成5年決定をしたものである。
イそこで,上記の判断における環境への影響に対する考慮について検討する。
(ア) 前記のとおり,都市計画法は,都市施設に関する都市計画について,健康
で文化的な都市生活の確保という基本理念の下で,公害防止計画に適合するととも
- 9 -
に,適切な規模で必要な位置に配置することにより良好な都市環境を保持するよう
に定めることとしている。公害防止計画は,環境基本法により廃止された公害対策
基本法の19条に基づき作成されるものであるが,相当範囲にわたる騒音,振動等
により人の健康又は生活環境に係る著しい被害が発生するおそれのある地域につい
て,その発生を防止するために総合的な施策を講ずることを目的とするものである
ということができる。また,本件条例は,環境に著しい影響を及ぼすおそれのある
一定の事業を実施しようとする事業者が,その実施に際し,公害の防止,自然環境
及び歴史的環境の保全,景観の保持等(以下「環境の保全」という。)について適
正な配慮をするため,当該事業に係る環境影響評価書を作成し,被上告参加人に提
出しなければならないとし(7条,23条),被上告参加人は,都市計画の決定又
は変更の権限を有する者にその写しを送付し(24条2項),当該事業に係る都市
計画の決定又は変更を行うに際してその内容について十分配慮するよう要請しなけ
ればならないとしている(25条)。そうすると,本件鉄道事業認可の前提となる
都市計画に係る平成5年決定を行うに当たっては,本件区間の連続立体交差化事業
に伴う騒音,振動等によって,事業地の周辺地域に居住する住民に健康又は生活環
境に係る著しい被害が発生することのないよう,被害の防止を図り,東京都におい
て定められていた公害防止計画である東京地域公害防止計画に適合させるととも
に,本件評価書の内容について十分配慮し,環境の保全について適正な配慮をする
ことが要請されると解される。本件の具体的な事情としても,公害等調整委員会
が,裁定自体は平成10年であるものの,同4年にされた裁定の申請に対して,小
田急線の沿線住民の一部につき平成5年決定以前の騒音被害が受忍限度を超えるも
のと判定しているのであるから,平成5年決定において本件区間の構造を定めるに
- 10 -
当たっては,鉄道騒音に対して十分な考慮をすることが要請されていたというべき
である。
(イ) この点に関し,前記事実関係によれば,① 本件区間の複々線化及び連続
立体交差化に係る事業について,本件調査において工期・工費の点とともに環境面
も考慮に入れた上で環状8号線と環状7号線の間を高架式とする案が適切とされた
こと,② 本件高架式を採用することによる環境への影響について,本件条例に基
づく環境影響評価が行われたこと,③ 上記の環境影響評価は,東京都環境影響評
価技術指針が定める環境影響評価の手法を基本とし,一般に確立された科学的な評
価方法に基づき行われたこと,④ 本件評価書においては,工事完了後における地
上1.2mの高さの鉄道騒音の予測値が一部を除いておおむね現況とほぼ同程度か
これを下回り,高架橋端から1.5mの地点における地上10mないし30mの高
さの鉄道騒音の予測値が88ホン以上などとされているものの,鉄道に極めて近接
した地点での値にすぎず,また,上記の高さにおける現実の騒音は,走行する列車
の車体に遮られ,その値は,上記予測値よりも低くなること,⑤ 本件評価書にお
いても,騒音防止対策として,構造物の重量化,バラストマットの敷設,60kg
/mレールの使用,吸音効果のある防音壁の設置等の対策を講じるとともに,干渉
型防音装置の設置も検討することとされ,現実の鉄道騒音の値は,これらの騒音対
策を講じること等により相当程度低減するものと見込まれるとされていること,⑥
平成5年決定当時の鉄道騒音に関する公的基準は地上1.2mの高さで騒音を測
定するものにとどまっていたこと,⑦ 被上告参加人は,本件調査及び上記の環境
影響評価を踏まえ,本件高架式を採用することが周辺地域の環境に与える影響の点
でも特段問題がないと判断して,平成5年決定をしたこと,⑧ 平成5年決定は,
- 11 -

東京地域公害防止計画に適合していること等の事実が認められる。
そうすると,平成5年決定は,本件区間の連続立体交差化事業に伴う騒音等によ
って事業地の周辺地域に居住する住民に健康又は生活環境に係る著しい被害が発生
することの防止を図るという観点から,本件評価書の内容にも十分配慮し,環境の
保全について適切な配慮をしたものであり,公害防止計画にも適合するものであっ
て,都市計画法等の要請に反するものではなく,鉄道騒音に対して十分な考慮を欠
くものであったということもできない。したがって,この点について,平成5年決
定が考慮すべき事情を考慮せずにされたものということはできず,また,その判断
内容に明らかに合理性を欠く点があるということもできない。
(ウ) なお,被上告参加人は,平成5年決定に至る検討の段階で,本件区間の構
造について三つの方式の比較検討をした際,計画的条件,地形的条件及び事業的条
件の3条件を考慮要素としており,環境への影響を比較しないまま,本件高架式が
優れていると評価している。しかしながら,この検討は,工期・工費,環境面等の
総合的考慮の上に立って高架式を適切とした本件調査の結果を踏まえて行われたも
のである。加えて,その後,本件高架式を採用した場合の環境への影響について,
本件条例に基づく環境影響評価が行われ,被上告参加人は,この環境影響評価の結
果を踏まえた上で,本件高架式を内容とする平成5年決定を行っているから,平成
5年決定が,その判断の過程において考慮すべき事情を考慮しなかったものという
ことはできない。
ウ次に,計画的条件,地形的条件及び事業的条件に係る考慮について検討す
る。
被上告参加人は,本件区間の構造について三つの方式の比較検討をした際,既に
- 12 -
取得した用地の取得費や鉄道事業者の受益分を考慮せずに事業費を算定していると
ころ,このような算定方法は,当該都市計画の実現のために今後必要となる支出額
を予測するものとして,合理性を有するというべきである。また,平成5年当時,
本件区間の一部で想定される工事をシールド工法により施工することができなかっ
たことに照らせば,被上告参加人が本件区間全体をシールド工法により施工した場
合における2線2層方式の地下式の事業費について検討しなかったことが不相当で
あるとはいえない。
さらに,被上告参加人は,下北沢区間が地表式とされることを前提に,本件区間
の構造につき本件高架式が優れていると判断したものと認められるところ,下北沢
区間の構造については,本件調査の結果,その決定に当たって新たに検討する必要
があるとされ,平成10年以降,東京都から地下式とする方針が表明されたが,一
方において,平成5年決定に係る9号線都市計画においては地表式とされていたこ
とや,本件区間の構造を地下式とした場合に河川の下部を通るため深度が大きくな
るなどの問題があったこと等に照らせば,上記の前提を基に本件区間の構造につき
本件高架式が優れていると判断したことのみをもって,合理性を欠くものであると
いうことはできない。
エ以上のほか,所論にかんがみ検討しても,前記アの判断について,重要な事
実の基礎を欠き又はその内容が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことを認める
に足りる事情は見当たらない。
(4) 以上のとおり,平成5年決定が本件高架式を採用した点において裁量権の
範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとして違法となるということはできないか
ら,これを基礎としてされた本件鉄道事業認可が違法となるということもできな
- 13 -
い。
2 本件鉄道事業認可に係るその余の違法の有無について
原審の適法に確定した事実関係の下においては,本件鉄道事業認可について,そ
の余の所論に係る違法は認められない。
3 なお,原判決は,本件鉄道事業認可の取消請求に係る訴えを却下すべきもの
としているが,本件各付属街路事業認可の取消請求に関して,前記第1の1の事実
関係に基づき,平成5年決定の適否を判断している。原審の判示には,上記説示と
異なる点もあるが,原審は,被上告参加人が,本件の環境影響評価の結果を踏ま
え,本件高架式の採用が周辺地域の環境に与える影響の点でも特段問題がないと判
断したことに不合理な点は認められず,最終的に本件高架式を内容とする平成5年
決定を行ったことに裁量権の範囲の逸脱又は濫用はなく,平成5年決定を前提とす
る本件鉄道事業認可がその他の上告人ら指摘の点を考慮しても適法であると判断し
ており,この判断は是認することができるものである。
4 以上によれば,上告人らによる本件鉄道事業認可の取消請求は棄却すべきこ
ととなるが,その結論は原判決よりも上告人らに不利益となり,民訴法313条,
304条により,原判決を上告人らに不利益に変更することは許されないので,当
裁判所は原判決の結論を維持して上告を棄却するにとどめるほかはない。
第3 本件各付属街路事業認可の取消請求について
原審の適法に確定した事実関係の下において,本件各付属街路事業認可に違法は
ないとした原審の判断は,是認することができ,原判決に所論の違法はない。
第4 結論
以上によれば,論旨はいずれも採用することができない。
- 14 -
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官泉徳治裁判官横尾和子裁判官甲斐中辰夫裁判官
島田仁郎)
- 15 -
事業認可目録
建設大臣がいずれも平成6年5月19日付けで東京都に対してした次の各事業の
認可
1(1) 施行者の名称
東京都
(2) 都市計画事業の種類及び名称
東京都市計画都市高速鉄道事業第9号線
(3) 事業計画の概要
第1審判決別紙事業目録1の「事業計画の概要」欄記載のとおり
2(1) 施行者の名称
東京都
(2) 都市計画事業の種類及び名称
東京都市計画道路事業都市高速鉄道事業第9号線付属街路第9号線
(3) 事業計画の概要
第1審判決別紙事業目録6の「事業計画の概要」欄記載のとおり
3(1) 施行者の名称
東京都
(2) 都市計画事業の種類及び名称
東京都市計画道路事業都市高速鉄道事業第9号線付属街路第10号線
(3) 事業計画の概要
第1審判決別紙事業目録7の「事業計画の概要」欄記載のとおり


平成18年度重要判例解説 行政法

2012年03月26日 | 行政重判

1事件 本来の納税義務者に対する課税処分と第2次納税義務者の不服申立権
最高裁平成18年1月19日第一小法廷判決
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=52416&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319120820576250.pdf

2事件 公立学校施設の目的外使用不許可処分と司法審査
最高裁平成18年2月7日第三小法廷判決
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=52387&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319120749593038.pdf

3事件 国民健康保険診療報酬明細書(レセプト)の訂正請求
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=32786&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20060329093717.pdf

4事件 住民監査請求における請求対象の特定
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=32924&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20061020170657.pdf

5事件 健康管理手当ての支給決定を受けた被爆者の国外移住と支給義務者
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=33192&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20061129142205.pdf

6事件 旧高根町簡易水道事業給水条例無効確認等請求事件
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=33325&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20060714170334.pdf

7事件 都市施設(公園)の区域決定にかかわる計画裁量の限界
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=33491&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20060905094755.pdf

8事件 退去強制をめぐる異議の申出に対する最決書作成義務の意義
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=33617&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20061006100809.pdf

9事件 指名競争入札における村外業者排除の適否
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=33712&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20061026161947.pdf

 


行政判例百選[第5版]1事件ー50事件 目次・リンク

2012年03月25日 | 行政百選目次・リンク

1事件 国民健康保険事業の保険者の地位
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=54185&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319122003052260.pdf
2事件 日本鉄道建設公団の地位
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=53235&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319121429876574.pdf
3事件 診療報酬支払事務の委託
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=51913&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319120403564236.pdf
4事件 商工会議所への自治体職員派遣
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=62765&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319130759627202.pdf
5事件 自治体関連団体による博覧会の開催
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=52313&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319120705502993.pdf
6事件 公務員の勤務関係
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=66781&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319131838554718.pdf
7事件 建築基準法65条と民法234条
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=52179&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319120544770891.pdf
8事件 農地買収処分と民法177条
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=57204&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319124201339488.pdf
9事件 租税滞納処分と民法177条
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=54872&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20110209112111.pdf
10事件 自治体の金員借入れと表見代理
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=56204&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319123129537472.pdf
11事件 取締法規違反の法律行為
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=54892&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319122414004628.pdf
12事件 統制法規違反の法律行為
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=56139&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319123112298927.pdf
13事件 独禁法違反の法律行為
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=53216&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319121407221196.pdf
14事件 普通保険約款の認可
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=53164&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319121343887185.pdf
15事件 法律行為の要件たる行政行為の欠缼
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=57692&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319124424217909.pdf
16事件 恩給権と担保
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=57504&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319124336989082.pdf
17事件 生活保護受給権と相続
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=54970&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319122434448444.pdf
18事件 公衆浴場経営者の地位
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=52934&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319121236285290.pdf
19事件 道路の自由使用
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=56244&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319123140632267.pdf
20事件 公水使用権の性質
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=57739&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319124436734473.pdf

21事件 未墾地売渡予約と名義変更
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=52657&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319121042469245.pdf
22事件 内閣総理大臣・各省大臣の職務権限
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=50355&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319115515702127.pdf
23事件 建築許可と消防長の同意
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=54807&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319122352013563.pdf
24事件 文部大臣と教育委員会の関係
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=57016&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319124028149857.pdf
25事件 専決による支出と賠償責任
137号事件
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=52473&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319120846955148.pdf
138号事件
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=52474&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319120847435613.pdf
26事件 租税関係と信義則
125号事件
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=70488&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319132522751591.pdf
27事件 工場誘致施策と信頼の保護
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=56325&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319123209759313.pdf
28事件 国家公務員に対する国の安全配慮義務
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=52111&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319120509292612.pdf
29事件 在留資格変更後の更新不許可処分
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=76122&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319133927205279.pdf
30事件 条例による新たな規制と配慮義務
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=52304&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319120701020049.pdf
31事件 行政権の濫用
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=53236&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319121430050754.pdf
原審
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=18048&hanreiKbn=05
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/4897FB98056D6C5449256D41000A77AF.pdf
32事件 選挙法上の住所
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=54933&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319122421093316.pdf
33事件 選挙法上の期間
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=54878&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319122411062237.pdf
34事件 給与の過払いと相殺
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=53172&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319121347083943.pdf
35事件 国に対する損害賠償請求と消滅時効
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=52111&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319120509292612.pdf
36事件 公共用財産と取得時効
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=53275&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319121446795966.pdf
37事件 行政上の不当利得
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=51917&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319120404776373.pdf
38事件 公務員の守秘義務
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=51065&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319115840703030.pdf
38事件参考判例 外務省機密漏洩事件
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=51114&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319115900600525.pdf
39事件 知事交際費と情報公開
交際費判決第一次上告審最判平成6年1月27日
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=52498&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319120856491598.pdf
交際費判決第二次上告審最判平成13年3月27日
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=52600&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319121004790451.pdf
水道部判決最判平成6年2月8日
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=52475&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319120848995096.pdf
40事件 審議検討に係る情報公開
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=62732&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319130750129184.pdf


【労働】医療法人財団青山会事件 東京高判平成14年2月27日

2012年03月25日 | 労働百選

事例演習労働法Unit21参照判例
医療法人財団青山会事件 東京高判平成14年2月27日

医療法人財団青山会 http://www.bmk.or.jp/
みくるべ病院 〒259‐1335 神奈川県秦野市三廻部948

http://www.bmk.or.jp/mikurube/index.html

http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=18703&hanreiKbn=06
事件番号 平成13(行コ)137
事件名 医療法人青山会救済命令取消
裁判年月日 平成14年02月27日
裁判所名 東京高等裁判所 
分野 労働
全文 http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/195666C5A86C38BF49256F390018DBF7.pdf
     主        文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は,控訴人の負担とする。
     事        実
第1 当事者が求めた裁判
1 控訴の趣旨
 (1) 原判決を取り消す。
 (2) 被控訴人が中労委平成8年(不再)第28号事件(初審・神奈川地方労働委
員会平成7年(不)第3号事件)について平成11年2月17日付けで発した命令
を取り消す。
 (3) 訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人の負担とする。
第2 事案の概要
1 本件は,医療法人社団仁和会(以下「仁和会」という。)が経営していた越川
記念病院が平成6年12月31日限りで閉鎖され,控訴人が平成7年1月1日から
同病院の施設,業務等を引き継いで青山会みくるべ病院(以下「みくるべ病院」と
いう。)を開設した際,越川記念病院に看護助手又は准看護婦として勤務していた
AとBの両名がみくるべ病院の職員として採用されなかったことから,越川記念病
院の唯一の労働組合であり,A及びBが組合員として所属していた被控訴人補助参
加人が上記両名の不採用は不当労働行為に当たるとして神奈川県地方労働委員会に
救済の申立てをし,これについて同労働委員会が両名の採用等を命ずる救済命令を
発したところ,これに対して控訴人が被控訴人に再審査を申し立てたが,被控訴人
が控訴人の再審査申立てを棄却する旨の命令(以下「本件命令」という。)を発し
たため,控訴人が本件命令の取消しを求めている事件であり,控訴人がA及びBの
両名をみくるべ病院の職員として採用しなかったこと(以下「本件不採用」とい
う。)が労働組合法7条1号,3号の不当労働行為に当たるか否かが争点となって
いる。
2 争いのない事実等(証拠によって容易に認定し得る事実を含む。),争点及び
争点に関する当事者の主張は,原判決の「第2 事案の概要」1ないし3に記載の
とおりであるから,これをここに引用する。
第3 証拠
 証拠関係は,本件記録中の書証目録に記載のとおりであるから,これをここに引
用する。
     理        由
1 事実関係
 本件の事実関係については,原判決12頁26行目の「平成2年3月」から同1
3頁1行目末尾までを「平成2年6月に上秦野病院が越川記念病院と名称を変更し
た後も同病院における唯一の労働組合であった。」と改め,同3行目の「その後」
の次に「組合員数が」を,同9行目の「同労働組合は,」の次に「後記(3)アの」を
それぞれ加え,同14頁25行目の各「参加人」及び同16頁3行目の「組合」を
いずれも「被控訴人補助参加人」と,同17頁4行目の「保険請求」を「保険診療
報酬等の」と,同6行目の「同年」を「平成6年」と,同19頁9行目の「係属」
を「継続」とそれぞれ改めるほかは,原判決12頁12行目から同25頁14行目
までに記載のとおりであるから,これをここに引用する。
2 本件不採用について
 (1) 上記1で認定したところによると,仁和会の経営していた越川記念病院は,
平成6年10月19日に健康保険法による保険医療機関の指定取消し及び生活保護
法による指定医療機関の取消しの各行政処分を受けたことから,保険診療報酬等の
収入が見込めなくなって,経営を続けることが不可能になり,同年11月末ころ,
仁和会と控訴人との間で,平成7年1月1日以降控訴人が越川記念病院の施設等を
使用して同病院に入院中の患者の治療を継続して行うことを含めて病院の経営を引
き継ぐことが合意され,平成6年12月13日付け覚書と同月16日付けの売買契
約書によってされた本件契約に基づき,控訴人は,仁和会から越川記念病院の施設
等の一切を譲り受け,平成7年1月1日,越川記念病院の施設等を使用してみくる
べ病院を開設し,以後これを経営するに至ったこと,本件契約においては,越川記
念病院の職員は全員解雇するものとし,控訴人が同病院の職員をみくるべ病院の職
員として採用するかどうかは控訴人の専権事項とされたが,控訴人は,同日付け
で,越川記念病院の全職員55名のうち32名をみくるべ病院の職員として採用し
ていること,このうち,医師の所属する医局科11名については,C理事長と関係
の深い医師5名について採用面接を行わず,採用面接をした残り6名については全
員を採用したこと,管理課その他の職員11名については,C理事長との関係など
を理由に4名について採用面接を行わず,採用面接をした残り7名のうち採用を希
望しなかった者など2名を除き5名を採用したこと,A及びBが属していた看護科
の職員33名については,A及びBのほか採用を希望していなかった3名の合計5
名(Dを加えれば6名)について採用面接を行わず,採用面接をした28名(Dを
除けば27名)のうち採用を希望しなかった者及び賃金等の条件面が折り合わなか
った者を除く21名を採用したこと,控訴人は,採用面接の際に採用を希望しなか
った看護科の職員の一部の者に対し,その後みくるべ病院開設までの間に,控訴人
に就職するよう改めて説得している反面,看護科に属していたA及びBの両名につ
いては,両名が採用を希望していたにもかかわらず,採用面接もせず,採用しなか
ったことが認められる。
 (2) 上記のとおり,控訴人は,みくるべ病院の開設に当たり,越川記念病院の職
員のうち半数以上の職員をみくるべ病院の職員として採用しているのであるが,採
用を希望していたA及びBを含む越川記念病院の職員の一部については採用面接も
せず,みくるべ病院の職員として採用しなかった。そこで,以下において,控訴人
がA及びBをみくるべ病院の職員として採用しなかったことについて,前記の本件
契約における越川記念病院の職員をみくるべ病院の職員として採用するかどうかは
控訴人の専権事項であるとの条項のほかに,その合理性を肯認するに足りる事由が
存するか否かについて検討する(なお,医局科及び管理課その他の職員の一部につ
いては,控訴人が採用面接を実施せず,採用しなかったことについて,その理由に
照らし,一応の合理性があるものといえる。)。
 (3) まず,上記1で認定したように,みくるべ病院は,越川記念病院の入院患者
を一部の退院者を除いてそのまま引き継ぎ,患者に対する治療を中断することなく
行うことになったのであるから,直接患者の世話に当たる看護科の職員について
は,患者の状況を知悉し,理解していた越川記念病院の職員が引き続きその業務に
当たることが望ましいことはいうまでもない。そして,控訴人は,現に,採用を希
望した越川記念病院の看護科の職員(なお,前記Dが控訴人への採用を希望してい
たことを認めるに足りる証拠はない。)については,A及びBの両名を除いて採用
面接をし,賃金等の条件が折り合う限り原則としてこれを採用したほか,採用を希
望しなかった看護科の職員の一部の者についても,改めて就職するよう説得してい
るのである。これらのことを合わせ考えると,控訴人は,みくるべ病院の看護科の
職員については,原則として,勤務条件が折り合う限りは越川記念病院の看護科の
職員をもって引き続き患者の看護業務に当たらせる方針でいたことは,明らかとい
える。
 そして,上記1で認定したところによれば,控訴人は,平成6年12月中旬ころ
と平成7年1月に,さらには,その後も看護職員等の公募を行っている上,みくる
べ病院開設当初は福井記念病院の看護職員を非常勤職員としてみくるべ病院の看護
業務に従事させているのであって,これらのことからすると,控訴人が採用した越
川記念病院の看護科の職員のみではみくるべ病院において必要とする看護科の職員
の人数に不足していたものと考えざるを得ない。
それにもかかわらず,越川記念病院の看護科に属していたA及びBの両名は,控訴
人への採用を希望しながら,採用面接も受けられず,採用されなかったのであるか
ら,控訴人は,A及びBの両名に対しては,看護科の職員については勤務条件が折
り合う限りは越川記念病院の看護科の職員をもって引き続き患者の看護業務に当た
らせるという前記方針とは異なる対応をしたものということができる。
 (4) 控訴人は,A及びBの両名を採用しなかったことについて,控訴人が越川記
念病院の職員をみくるべ病院の職員として採用するに当たっては,越川記念病院に
まつわるダーティーなイメージを払拭するため,当初から採用する意思のない者と
は面接せず,そうでない者とは面接の上,控訴人の提示した勤務条件を受け入れた
者を採用したのであり,主体的にその採否を決定したものであって,A及びBにつ
いては,その勤務態度,行状からして採用面接の対象としなかった旨主張する。そ
して,乙116ないし119によれば,控訴人のE常務は,被控訴人の再審査手続
における審問期日において,Aを採用しないことにしたのは,①精神衛生実態調査
の際に,患者を県庁に座り込みさせたり,政治的な集会に参加させたりしているこ
とが控訴人の方針と合わないこと,②夜勤当直の際,越川記念病院の不祥事につい
てカルテを写真で撮ったり,看護記録をコピーしてマスコミに流したり,政治活動
に熱心であること,③学生時代成田空港反対闘争に参加して逮捕され有罪判決を受
けたこと,④京浜学園に合格した越川記念病院の職員に関して,同職員を問題視す
る文書を同学園に提出したことなどを総合的に考慮した,Bを採用しないことにし
たのは,⑤医師の指示なく患者に薬を投与し,解雇されたこと,⑥患者に対して隔
離室で暴力を振るったこと,⑦初声荘病院時代の勤務状況が不良であったこと,⑧
プライベート面で問題があることなどを考慮したと供述している。
 (5) そこで,E常務の供述する上記①ないし⑧の事柄がA及びBの両名を不採用
としたことの合理的理由といえるか否かについて,検討することとする。
  ア Aについて
   (ア) E常務が供述する上記①についてみると,上記1で認定したように,
上秦野病院時代の昭和58年,県が厚生省の委託を受けて精神衛生実態調査をしよ
うとした際,被控訴人補助参加人が人権侵害であるとしてこれに反対し,Aも,患
者らと共に県庁前で集会を開催したり,座り込みをするなどの運動に参加したので
あるが,同調査の実施には上秦野病院自体も反対の態度をとっており,反対集会等
に参加する患者のために看護に当たる職員を配置するなどの協力をしていたという
のであるから,Aのとった上記行動は,同病院も容認し,支持していたものといえ
る。そうすると,上秦野病院も容認し支持していた10年以上も前の何ら問題視す
るに足りないことをあえて取り上げて不採用の理由とすることは,合理的とはいえ
ないし,このことを不採用の理由として挙げること自体が異常といえる。
   (イ) 次に,E常務が供述する②については,その裏付けとなる証拠はな
く,これを否定する乙120(被控訴人の審問期日におけるAの審問調書)に照ら
し,その事実があったことを認めることはできず,本件不採用の理由となし得ない
ものである。
   (ウ) また,E常務が供述する③については,その事実があったことは上記
1で認定したとおりであるが,この事実は,Aが上秦野病院に採用される5年ほど
前のことであり,本件不採用からすれば実に17年ほども前の事実であるし,その
後のAの行動に特に問題視すべきものがあったことはうかがえないから,Aを不採
用とした理由としては,薄弱にすぎるというべきである。
   (エ) E常務が供述する④についてみると,京浜学園に合格した越川記念病
院の職員に関して被控訴人補助参加人名で素行,履歴等の再調査を求める旨の要望
書が送付されたことは前記1(9)ア(ウ)で認定したとおりであるが,この文書をA又
は被控訴人補助参加人が送付したものと認めるに足りる証拠はない(上記1で認定
したところによれば,被控訴人補助参加人は,身に覚えがないとしてこれに抗議す
る内容の組合ニュースを発行し,東京労組及び被控訴人補助参加人は,京浜学園に
対して事実経過の確認を求める申入書を提出しているのである。)。
  イ Bについて
   (ア) E常務が供述する⑤についてみると,Bが仁和会をいったん解雇され
たことは上記1(9)イ(イ)で認定したとおりである。しかしながら,同人の解雇に関
する仮処分事件においては当該解雇が無効とされているのであり,その後仁和会と
被控訴人補助参加人との間で,Bの解雇撤回,同人の原職復帰等を内容とする和解
が成立しているのであって,これによれば,Bにつき解雇事由があったとはいえな
いから,上記解雇をもって同人の不採用の理由とすることは,合理的ではない。
   (イ) E常務が供述する⑥ないし⑧については,これを裏付けるに足りる具
体的な証拠はなく,昭和59年に上秦野病院に採用されて以来Bの勤務状況が特に
問題視された形跡はうかがえない。
  ウ 他方,上記1(7)ウで認定したところによると,控訴人は,越川記念病院当
時看護記録の書き直しを指示した看護主任や医療法違反の嫌疑で書類送検された事
務長については,その不祥事を承知しながらみくるべ病院の職員として採用してい
るのであり,これらの者が当該不祥事に主体的に関与したものでないとしても,控
訴人がこれらの者を採用しながらA及びBを不採用としたことについては,両措置
の間に均衡がとれているとは到底いえないし,越川記念病院にまつわるダーティー
なイメージを払拭するために採用面接対象者を振り分けたとする控訴人の主張とも
矛盾するものである。
そもそも,越川記念病院にダーティーなイメージがあったとすると,それは,上記
1(4)で認定したように,県による医療監視や立入調査などの結果明らかになった,
越川記念病院の医療従事者数についての虚偽の報告,精神保健指定医の診察によら
ない違法な患者の隔離及び身体的拘束,病院内における看護助手のピストル型エア
ガンの発射とこれに関する看護記録の書き直し,5700万余円に及ぶ診療報酬の
不正請求などの不祥事に起因するものというべきであるが,これらの不祥事は,被
控訴人補助参加人やA及びBの両名にかかわりのないことである。強いてかかわり
があるとすれば,被控訴人補助参加人が県に対して改善のために越川記念病院を指
導することを要請するなどし,このことが県による越川記念病院に対する医療監視
や立入調査などの一因となり,上記不祥事が発覚したと考えられることであるが,
それをもって被控訴人補助参加人やAらを非難するとしたら,それは「逆恨み」と
いうべきものである。
  エ 以上によれば,控訴人がA及びBについて採用面接もしないまま同人らを
不採用としたことには,合理的な理由があったとは到底いい難いものというほかな
い。
 (6) そして,以上のように控訴人がA及びBの両名について採用面接すらしない
で不採用としたことに合理的な理由があったといい難いことに加え,上記1で認定
した諸事実,とりわけ,控訴人は,初労とは対立状態にあったところ,仁和会から
越川記念病院の経営を引き継ぐことにした時点で,初労と被控訴人補助参加人とが
同一の上部団体である東京労組及び全労に属することやA及びBが被控訴人補助参
加人の組合員であることを知っていたこと,控訴人は,被控訴人補助参加人がA及
びBに就労の意思のあることを伝えるため控訴人に送付した文書の受領を一切拒否
し,A及びBの面会申入れにも応じていないこと,控訴人がみくるべ病院の開設に
際して関係者に送付したあいさつ状には,「告発のみに終始し,何ら生産的運動を
なしえなかった東京労働組合もその余韻すら残せず消え去りました。」との記載が
あること,越川記念病院が閉鎖のやむなきに至った行政処分に至る経緯には被控訴
人補助参加人の県に対する指導要請等が一因となったと考えられることなどを合わ
せ考えると,控訴人は,A及びBの両名が控訴人への採用を希望していることを知
りながら,この両名が被控訴人補助参加人に所属し,組合活動を行っていたことを
嫌悪し,そのため,当初から意図的に両名を採用しないこととし,採用面接を行わ
ず,不採用としたものと認めるのが相当である。
3 本件不採用の不当労働行為性について
そこで,控訴人が,上記のように,A及びBの両名が被控訴人補助参加人に所属
し,組合活動を行っていたことを嫌悪し,そのために当初から意図的に両名を採用
しないこととし,採用面接を行わず,不採用としたことが労働組合法7条1号,3
号に該当するか否かについて判断する。
 (1) まず,上記1(5)の認定事実によれば,控訴人は,仁和会から越川記念病院
の事業を引き継いでこれを運営していくため,本件契約によって,越川記念病院の
土地建物に関する権利及び病院運営に必要な一切の什器・備品を譲り受けていると
ころ,この行為(以下「本件譲渡」という。)は,病院経営という事業目的のため
組織化され,有機的一体として機能する仁和会の財産の譲渡を受け,これによって
仁和会が営んでいた事業を受け継いだものということができるから,商法上の営業
譲渡に類似するものということができる。そして,このように仁和会が越川記念病
院の経営を控訴人に引き継がせることになったのは,上記1で認定したところによ
ると,越川記念病院が健康保険法による保険医療機関の指定の取消し及び生活保護
法による指定医療機関の取消しを受けたため,保険診療報酬等の収入が見込めなく
なって病院経営を続けていけなくなったことによるものであるから,本件譲渡自体
が不当労働行為を目的としてされたものということはできない。
 (2) ところで,仁和会と控訴人との間で締結された本件契約では,仁和会はその
職員に対して解雇予告を行うとともに,その職員を控訴人が雇用するか否かは控訴
人の専権事項であるとされ,また,仁和会は平成6年12月31日までに生じた組
合員についての仁和会の債務を自己の責任で清算するとされていたのであるから,
本件契約においては,控訴人は仁和会の職員の雇用契約上の地位を承継しないとの
合意があったものというべきである。そして,営業譲渡の場合,譲渡人と被用者と
の間の雇用関係を譲受人が承継するかどうかは,原則として,当事者の合意により
自由に定め得るものと解される。
 (3) しかしながら,契約自由の原則とはいえ,当該契約の内容が我が国の法秩序
に照らして許容されないことがあり得るのは当然である。そこで,控訴人によるみ
くるべ病院の職員の採用の実態をみると,本件譲渡では,前記のように,越川記念
病院に入院中の患者については従前受けていたのと同一の治療行為を引き続きみく
るべ病院において行うこととしていたことから,本件契約においては,前記のとお
り,控訴人は越川記念病院における職員の雇用契約上の地位を承継しないとしてい
たにもかかわらず,控訴人は,同病院の職員,特に数も多数を占め,実際に患者の
看護に当たっていた看護科の職員については,A及びBの両名を除いて,採用を希
望する者全員について採用面接をし,採用を希望し,賃金等の条件面の折り合いが
付いた者全員を採用しているのであって,実質的には雇用者と被用者との雇用関係
も承継したに等しいものとなっている。そして,控訴人がA及びBの両名を殊更に
採用の対象から除外したのは,この両名が被控訴人補助参加人に所属し,組合活動
を行っていたことを控訴人が嫌悪したことによるものであることは,前記2で認定
判断したとおりである。また,本件譲渡の譲渡人である仁和会においても,本件譲
渡前,被控訴人補助参加人と激しく対立しており,かつ,越川記念病院が本件譲渡
を余儀なくされたのは,前記のように健康保険法による保険医療機関の指定の取消
し及び生活保護法による指定医療機関の取消しを受けたことにあるところ,それに
至った経緯として被控訴人補助参加人が県に対して越川記念病院の運営改善につき
指導要請をしたこと等も一因となったとみられることからすれば,仁和会が被控訴
人補助参加人並びにその構成員であるA及びBに対して強い悪感情を持っていたで
あろうことは,容易に推認できるところである。控訴人がみくるべ病院の開設に当
たって関係者に送付した前記あいさつ状には,「告発のみに終始し,何ら生産的運
動をなしえなかった東京労働組合もその余韻すら残せず消え去りました。」との記
載があるが,このことからも,控訴人と仁和会が被控訴人補助参加人の県に対する
要請行動と越川記念病院が保険医療機関の指定取消しなどの行政処分を受けたこと
とが関係あると認識し,このような要請行動を行った被控訴人補助参加人とその構
成員を嫌悪して,これを排除しようとしていたことをうかがうことができるのであ
る。
 このようにみてくると,控訴人による越川記念病院の職員のみくるべ病院の職員
への採用の実態は,新規採用というよりも,雇用関係の承継に等しいものであり,
労働組合法7条1号本文前段が雇入れについて適用があるか否かについて論ずるま
でもなく,本件不採用については同規定の適用があるものと解すべきである。本件
契約においては,控訴人は越川記念病院の職員の雇用契約上の地位を承継せず,同
病院の職員を控訴人が雇用するか否かは控訴人の専権事項とする旨が合意されてい
るが,上記採用の実態にかんがみれば,この合意は,仁和会と控訴人とが被控訴人
補助参加人並びにこれに属するA及びBを嫌悪した結果これを排除することを主た
る目的としていたものと推認されるのであり,かかる目的をもってされた合意は,
上記労働組合法の規定の適用を免れるための脱法の手段としてされたものとみるの
が相当である。したがって,控訴人は,上記のような合意があることをもって同法
7条1号本文前段の適用を免れることはできず,A及びBに対して本件不採用に及
んだのは,前記認定のようなみくるべ病院の職員の採用の実態に照らすと,同人ら
をその従来からの組合活動を嫌悪して解雇したに等しいものというべきであり,本
件不採用は,労働組合法7条1号本文前段の不利益取扱いに該当するものといわざ
るを得ない。
 また,本件不採用当時被控訴人補助参加人の組合員はA及びBの2名のみであっ
たことからすれば,本件不採用により,同時に被控訴人補助参加人が壊滅的打撃を
受けたことは明らかであるから,控訴人は,本件不採用により被控訴人補助参加人
へ壊滅的打撃を与えることを意図し,A及びBが被控訴人補助参加人を運営するこ
とを支配し,これに介入したものということができる。
したがって,控訴人がしたA及びBに対する本件不採用は,労働組合法7条1号本
文前段及び同条3号本文前段に該当し,不当労働行為に当たるというべきである。
4 結論
 以上によれば,当裁判所の上記判断と同旨の判断に基づいてA及びBの採用等を
命じた初審命令は相当であり,これを維持し,控訴人の再審査申立てを棄却した本
件命令も相当である。
 したがって,本件命令の取消しを求める控訴人の本件請求は理由がないものとし
た原判決は結論において正当であり,本件控訴は理由がないから,これを棄却する
こととして,主文のとおり判決する。
     東京高等裁判所第20民事部
        裁 判 長 裁 判 官   石   井   健   吾
  
               裁 判 官   大   橋       弘
               裁 判 官   植   垣   勝