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百選73事件 日本アイ・ビー・エム事件

2012年10月19日 | 労働百選答案

百選73事件 日本アイ・ビー・エム事件

平成20(受)1704 地位確認請求事件
最判平成22年7月12日
民集 第64巻5号1333頁
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=80428&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20100712111131.pdf

1 Xらとしては、本件会社分割に際しては商法等改正附則5条に定める5条協議及び労働契約承継法7条に定める7条措置が採られていないという手続上の瑕疵があるため、労働契約が設立会社に承継されるとの部分は無効である、Xらは会社分割による労働契約の承継を拒否する権利を有しており、これを行使したなどと主張して、Y会社に対して労働契約上の地位にあることの確認、及び上記違法な分割による不法行為に基づく損害賠償を求めることが考えられる。そこで、5条協議又は7条措置違反がある場合の新設分割に基づく承継の効力如何、及び、本件手続において5条協議又は7条措置違反があるかについて検討する。
2(1) 新設分割の方法による会社の分割は、会社がその営業の全部又は一部を設立する会社に承継させるものである(商法373条)。これは、営業を単位として行われる設立会社への権利義務の包括承継であるが、個々の労働者の労働契約の承継については、分割会社が作成する分割計画書への記載の有無によって基本的に定められる(商法374条)。そして、承継対象となる営業に主として従事する労働者が上記記載をされたときには当然に労働契約承継の効力が生じ(承継法3条)、当該労働者が上記記載をされないときには異議を申し出ることによって労働契約承継の効力が生じる(承継法4条)。また、上記営業に主として従事する労働者以外の労働者が上記記載をされたときには、異議を申し出ることによって労働契約の承継から免れるものとされている(承継法5条)。
(2) 法は、労働契約の承継につき以上のように定める一方で、5条協議として、会社の分割に伴う労働契約の承継に関し,分割計画書等を本店に備え置くべき日までに労働者と協議をすることを分割会社に求めている(商法等改正法附則5条1項)。これは、上記労働契約の承継のいかんが労働者の地位に重大な変更をもたらし得るものであることから、分割会社が分割計画書を作成して個々の労働者の労働契約の承継について決定するに先立ち、承継される営業に従事する個々の労働者との間で協議を行わせ、当該労働者の希望等をも踏まえつつ分割会社に承継の判断をさせることによって、労働者の保護を図ろうとする趣旨に出たものと解される。ところで、承継法3条所定の場合には労働者はその労働契約の承継に係る分割会社の決定に対して異議を申し出ることができない立場にあるが、上記のような5条協議の趣旨からすると、承継法3条は適正に5条協議が行われ当該労働者の保護が図られていることを当然の前提としているものと解される。この点に照らすと、上記立場にある特定の労働者との関係において5条協議が全く行われなかったときには、当該労働者は承継法3条の定める労働契約承継の効力を争うことができるものと解するのが相当である。また、5条協議が行われた場合であっても、その際の分割会社からの説明や協議の内容が著しく不十分であるため、法が5条協議を求めた趣旨に反することが明らかな場合には、分割会社に5条協議義務の違反があったと評価してよく、当該労働者は承継法3条の定める労働契約承継の効力を争うことができるというべきである。
(3) 他方、分割会社は、7条措置として、会社の分割に当たり、その雇用する労働者の理解と協力を得るよう努めるものとされているが(承継法7条)、これは分割会社に対して努力義務を課したものと解され、これに違反したこと自体は労働契約承継の効力を左右する事由になるものではない。7条措置において十分な情報提供等がされなかったがために5条協議がその実質を欠くことになったといった特段の事情がある場合に、5条協議義務違反の有無を判断する一事情として7条措置のいかんが問題になるにとどまるものというべきである。
(4) なお、7条措置や5条協議において分割会社が説明等をすべき内容等については、「分割会社及び承継会社等が講ずべき当該分割会社が締結している労働契約及び労働協約の承継に関する措置の適切な実施を図るための指針」が定めている。指針は、7条措置において労働者の理解と協力を得るべき事項として、会社の分割の背景及び理由並びに労働者が承継される営業に主として従事するか否かの判断基準等を挙げている。また5条協議においては、承継される営業に従事する労働者に対して、当該分割後に当該労働者が勤務する会社の概要や当該労働者が上記営業に主として従事する労働者に該当するか否かを説明し、その希望を聴取した上で、当該労働者に係る労働契約の承継の有無や就業形態等につき協議をすべきものと定めている。個別の事案において行われた7条措置や5条協議が法の求める趣旨を満たすか否かを判断するに当たっては、それが指針に沿って行われたものであるか否かも十分に考慮されるべきである。
3 これを本件について検討する。
(1) まず、7措置についてみると、Y社は、本件会社分割の目的と背景及び承継される労働契約の判断基準等について従業員代表者に説明等を行い、情報共有のためのデータベース等をイントラネット上に設置したほか、C社の中核となることが予定されるD事業所の従業員代表者と別途協議を行い、その要望書に対して書面での回答もしたというのである。これは、7条措置の対象事項を前記のとおり会社の分割の背景及び理由並びに労働者が承継される営業に主として従事するか否かの判断基準等と挙げた指針の趣旨にもかなうものというべきであり、Y社が行った7条措置が不十分であったとはいえない。
(2) 次に5条協議についてみると、Y社は、従業員代表者への上記説明に用いた資料等を使って、ライン専門職に各ライン従業員への説明や承継に納得しない従業員に対しての最低3回の協議を行わせ、多くの従業員が承継に同意する意向を示したのであり、また、Y社は、Xらに対する関係では、これを代理する支部との間で7回にわたり協議を持つとともに書面のやり取りも行うなどし、C社の概要やXらの労働契約が承継されるとの判別結果を伝え、在籍出向等の要求には応じられないと回答したというのである。そこでは、分割後に勤務するC社の概要やXらが承継対象営業に主として従事する者に該当することが説明されているが、これは5条協議における説明事項を前記のとおり、当該分割後に当該労働者が勤務する会社の概要や当該労働者が上記営業に主として従事する労働者に該当するか否かについてであると定めた指針の趣旨にかなうものというべきであり、他にY社の説明が不十分であったがためにXらが適切に意向等を述べることができなかったような事情もうかがわれない。なお、Y社は、C社の経営見通しなどにつきXらが求めた形での回答には応じず、Xらを在籍出向等にしてほしいという要求にも応じていないが、Y社が上記回答に応じなかったのはC社の将来の経営判断に係る事情等であるからであり、また、在籍出向等の要求に応じなかったことについては、本件会社分割の目的が合弁事業実施の一環として新設分割を行うことにあり、分割計画がこれを前提に従業員の労働契約をC社に承継させるというものであったことにかんがみると、相応の理由があったというべきである。そうすると、本件における5条協議に際してのY社からの説明や協議の内容が著しく不十分であるため、法が5条協議を求めた趣旨に反することが明らかであるとはいえない。以上によれば、Y社の5条協議が不十分であるとはいえず、XらのC社への労働契約承継の効力が生じないということはできない。また、5条協議等の不十分を理由とする不法行為が成立するともいえない。
4 よって、Xの上記各請求は認められない。