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【答案】百選72事件 第一交通産業(佐野第一交通)事件

2012年10月17日 | 労働百選答案

百選72事件 第一交通産業(佐野第一交通)事件
大阪高裁平成19年10月26日判決

第1 Xらとしては、①会社の解散とそれを理由とするXらの解雇は、同社の親会社であるY1社が、Xら加入の組合を壊滅させる目的で行った不当労働行為であると主張して、Y1社に対し、労働契約上の地位確認及び未払い賃金の支払を求めること、及び②Y2社に対し、労働契約上の地位確認及び未払い賃金の支払を求めることが考えられる。
第2 Y1社に対する請求について
1 Xらとしては、A社の親会社であるY1社は、A社の従業員であるXらに対し、法人格否認の法理に基づき、雇用契約上の責任を負うと主張することが考えられる。
2 子会社とその親会社は、それぞれ別個の法人格を有する法人であるから、子会社が解散したとしても、親会社が、解散した子会社の従業員に対して雇用契約上の責任を負うことはないのが原則である。
 しかしながら、法形式上は別個の法人格を有する場合であっても、①法人格が全くの形骸に過ぎない場合(形骸事例)又は②それが法律の適用を回避するために濫用される場合(濫用事例)には、特定の法律関係につき、その法人格を否認して衡平な解決を図るべきであり、この法理は、本件のように親子会社における雇用契約の関係についても適用しうるものと解すべきである。
3 ①形骸化の主張について
(1) 法人とは名ばかりであって子会社が親会社の営業の一部門に過ぎないような場合、すなわち、株式の所有関係、役員派遣、営業財産の所有関係、専属的取引関係などを通じて親会社が子会社を支配し、両社間で業務や財産が継続的に混同され、その事業が実質上同一であると評価できる場合には、子会社の法人格は完全に形骸化しているということができ、この場合における子会社の解散は、親会社の一業部門の閉鎖にすぎないと評価することができる。したがって、子会社の法人格が完全に形骸化している場合、子会社の従業員は、解散を理由として解雇の意思表示を受けたとしても、これによって労働者としての地位を失うことはなく、直接親会社に対して、継続的、包括的な雇用契約上の権利を主張することができると解すべきである。
(2) これを本件についてみるに、①Y1社は、A社の全株式を保有しており、A社の業務全般を一般的に支配しうる立場にあったこと、②A社のタクシー従業員の賃金外形や福利制度等の労働条件について、Y1社において決定し、これをY1社が派遣した役員や管理職によって実現してきたこと、③日々の売り上げは、Y1社が保管する佐野第一名義の預金通帳によって管理し、給与の支払や公共料金等の日常経理業務、税務関係書類や計算書類の作成等の決算業務も、Y1社において行われていたため、A社の役員は、A社の財務状況を具体的に把握していなかったこと、④重要な試算に関する事項もY1社において行われていたことなどの事情に照らせば、Y1社は、A社を実質的・現実的に支配していたと認めることができる。
 しかし、A社は、もともとは南海電鉄グループの会社であり、Y1社とは全く別個独立の法人であったこと、買収後もA社の財産と収支は、Y1社のそれとは区別して管理され、混同されることはなかったことなどの事実に照らすと、A社に対する支配の程度は実質的・現実的なものであったとはいえるものの、未だA社がY1社の一営業部門とみられるような状態に至っていたとまでは認められず、A社の法人格は完全には形骸化していないというべきである。
 したがって、A社の形骸化を理由に法人格否認の法理を適用することはできず、これに基づくXらの請求は認められない。
4 ②法人格濫用の主張について
(1)ア 子会社の法人格が完全に形骸化しているとまではいえない場合であっても、親会社が、子会社の法人格を意のままに道具として実質的・現実的に支配し(支配の要件)、その支配力を利用することによって、子会社に対する労働組合を壊滅させる等の違法、不当な目的を達するため(目的の要件)、その手段として子会社を解散したなど、法人格が違法に濫用されその濫用の程度が顕著かつ明白であると認められる場合には、子会社の従業員は、直接親会社に対して、雇用契約上の権利を主張することができるというべきである。
イ もっとも、資本主義経済の下で、憲法22条1項は、職業選択の自由の一環として企業廃止の自由を保障しており、企業の存続を強制することはできない。したがって、たとえ労働組合を壊滅させる等の違法、不当な目的で子会社の解散決議がされたとしても、その決議が会社事業の存続を真に断念した結果なされ、従前行われてきた子会社の事業が真に廃止されてしまう場合(真実解散)には、その解散決議は有効であるといわざるをえず、当該子会社はもはや清算目的でしか存在しないこととなり、子会社の従業員は、親会社に対し、子会社解散後の継続的、包括的な雇用契約上の責任を追及することはできないというべきである。
 これに対し、親会社による子会社の実質的・現実的支配がなされている状況の下において、労働組合を壊滅させる等の違法・不当な目的で子会社の解散決議がなされ、かつ、子会社が真実解散されたのもではなく偽装解散であると認められる場合、すなわち、子会社の解散決議後、親会社が自ら同一の事業を再開継続したり、親会社の支配する別の子会社によって同一の事業が継続されているような場合には、子会社の従業員は、親会社による法人格の濫用の程度が顕著かつ明白であるとして、親会社に対して、子会社解散後も継続的、包括的な雇用契約上の責任を追及することができるというべきである。
(2) これを本件について検討する。
ア(ア) 支配の要件について
 前記のとおり、A社の法人格は形骸化しているとまではいえないものの、Y1社は、A社を実質的・現実的に支配していたものと認められる。
(イ) 目的の要件について
 Y1社は、平成14年5月ころX2組合が存在するA社で新賃金体系を導入することは困難であると判断し、X2組合の反対を受けずに新賃金体系を導入して泉州交通圏におけるタクシー事業を継続していくことを主たる目的として、また同時に、従前から構想していたY1グループの泉州交通圏におけるタクシー事業での増車を実現することも視野に入れながらこれをも一つの目的として、Y2社を泉州交通圏に進出させて、A社のタクシー事業を引き継がせることとしたものであるが、平成15年3月ころになると、A社に早急に新賃金体系を導入することがほとんど不可能な情勢となったことから、これを確定的に断念するに至ったもので、この段階においてなされたA社の解散は、新賃金体系の導入に反対していたXらを排斥するという不当な目的を決定的な動機として行われたものであるというべきである。
(ウ) 以上のとおり、Y1社は、泉州交通圏におけるタクシー事業を新賃金体系の下で早急に行っていくために、新賃金体系の導入に反対していたXらを排斥するという不当な目的を実現することを決定的な動機として、実質的・現実的に支配しているA社に対する影響力を利用してA社を解散したものであると認められるから、A社の解散は、Y1社がA社の法人格を違法に濫用して行ったものであるというのが相当である。
イ(ア) もっとも、本件解散がA社の法人格を違法に濫用してなされたものであるとしても、前述のように本件解散が真実解散であるとすればXらはY1社に対し、A社解散後の継続的、包括的な雇用契約上の責任を追及することはできないのに対し、偽装解散であるとすれば法人格の濫用の程度が顕著かつ明白であるとして、親会社に対して子会社解散後も継続的、包括的な雇用契約上の責任を追及することができることから、本件解散が真実解散か偽装解散かにつき検討する。
(イ) ①A社は泉州交通圏を事業区域としタクシー事業を行ってきたがY2社も同じ泉州交通圏を事業区域としタクシー事業を行っていること、②Y2社の開業当初のタクシー乗務員69名中、五十数名がA社からの移籍者であり、無線室の従業員も全員A社からの移籍者であること、③Y2社はA社が十全から使用していた無線タクシー呼出し番号を引き継いで使用していること、④A社はY2社が開業して程なく、営業車両の減車を始めただけでなく、Y2社の従業員募集のチラシを掲示するなどして積極的にこれに協力したこと、等の事情にかんがみれば、Y2社とA社とは、実質的におおむね同一の事業を営んでいると認めるのが相当である。
 そして、結果的に、A社とおおむね同一の事業を、親会社であるY1社が支配する子会社であるY2社が継続していることに加え、Y1社は、A社からX3らだけを排斥するという目的をもってA社を解散し、その事業をY2社に承継させたこともあわせ考えると、A社の解散は偽装解散であるといわざるをえない。
ウ そうすると、本件においては、A社の法人格が完全に形骸化しているとまではいえないけれども、親会社であるY1社による子会社であるA社の実質的・現実的支配がなされている状況の下において、X2組合を壊滅させる違法・不当な目的で子会社であるA社の解散決議がなされ、かつ、A社が真実解散されたものではなく偽装解散であると認められる場合に該当するので、X2組合の組合員であるX3らは、親会社であるY1社による法人格の濫用の程度が顕著かつ明白であるとして、Y1社に対して、A社解散後も継続的、包括的な雇用契約上の責任を追及することができるといわなければならない。
第3 Y2に対する請求
1 Xらとしては、本件のような偽装解散の事例においては、親会社であるY1社との関係とは別途に、事業を継続する別の子会社であるY2社との関係でも法人格濫用の法理の適用があると主張して、Y2社に対し継続的、包括的な雇用契約上の責任を追及することが考えられる。
2(1)確かに、一般的には、偽装解散した子会社とおおむね同一の事業を継続する別の子会社との間に高度の実質的同一性が認められるなど、別の子会社との関係でも支配と目的の要件を充足して法人格濫用の法理の適用が認められる等の場合には、子会社の従業員は、事業を継続する別の子会社に対しても、子会社解散後も継続的、包括的な雇用契約上の責任を追及することができる場合がありえないわけではない。
(2) しかしながら、本件においては、以下の理由から、Y2との関係で法人格濫用の法理は適用されないと解することが相当である。
 まず、①全株式を有する子会社であるA社に対して、実質的・現実的支配を及ぼしていたのはY2社ではなく親会社であるY1社であって、Y2社がA社に対して実質的・現実的支配を及ぼしていたとは認められず、また、A社への支配力を利用することによってA社に存する労働組合を壊滅させる等の違法、不当な目的を有していたのも、Y2社ではなくY1社である。
 次に、②法人格否認の法理が法人の背後にある実体を捉えて、正義・衡平の観念から、背後者に対する法的責任の追及を可能にする側面を有することは否定できないところ、法人格を濫用しそれによる利益を図ろうとした直接の当事者であるY1社が、まず第一にその責任を負担すべきであると考えるのが自然である。
 また、③両者の法人格の異別性を否認し得るかという側面から、A社とY2社の間に高度の実質的同一性が認められるか否かを検討すると、なるほど、A社とY2社との間にはおおむね同一の事業が引き継がれたとの評価は可能であるといえるが、A社とY2社との間においては、本社所在地、設立時期、設立経緯、営業内容、財産関係などは大きく異なっており、いずれもY1社の完全子会社という面があることを加味しても、両者の間に高度の実質的同一性があるとは言い難い。
 さらに、④親会社であるY1社に法人格否認の法理が適用される本件において、A社との関係がより希薄なY2社にまで法人格濫用の法理を適用する必要性はないし、Y2との関係でも法人格を否認しなければ正義・衡平の理念にもとることになるとは考えがたい。
3 したがって、Y2社に対して、法人格の濫用を理由としては、Xらは、A社解散後の継続的、包括的な雇用契約上の責任を追及することはできないというべきである。