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百選73事件 日本アイ・ビー・エム事件

2012年10月19日 | 労働百選答案

百選73事件 日本アイ・ビー・エム事件

平成20(受)1704 地位確認請求事件
最判平成22年7月12日
民集 第64巻5号1333頁
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=80428&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20100712111131.pdf

1 Xらとしては、本件会社分割に際しては商法等改正附則5条に定める5条協議及び労働契約承継法7条に定める7条措置が採られていないという手続上の瑕疵があるため、労働契約が設立会社に承継されるとの部分は無効である、Xらは会社分割による労働契約の承継を拒否する権利を有しており、これを行使したなどと主張して、Y会社に対して労働契約上の地位にあることの確認、及び上記違法な分割による不法行為に基づく損害賠償を求めることが考えられる。そこで、5条協議又は7条措置違反がある場合の新設分割に基づく承継の効力如何、及び、本件手続において5条協議又は7条措置違反があるかについて検討する。
2(1) 新設分割の方法による会社の分割は、会社がその営業の全部又は一部を設立する会社に承継させるものである(商法373条)。これは、営業を単位として行われる設立会社への権利義務の包括承継であるが、個々の労働者の労働契約の承継については、分割会社が作成する分割計画書への記載の有無によって基本的に定められる(商法374条)。そして、承継対象となる営業に主として従事する労働者が上記記載をされたときには当然に労働契約承継の効力が生じ(承継法3条)、当該労働者が上記記載をされないときには異議を申し出ることによって労働契約承継の効力が生じる(承継法4条)。また、上記営業に主として従事する労働者以外の労働者が上記記載をされたときには、異議を申し出ることによって労働契約の承継から免れるものとされている(承継法5条)。
(2) 法は、労働契約の承継につき以上のように定める一方で、5条協議として、会社の分割に伴う労働契約の承継に関し,分割計画書等を本店に備え置くべき日までに労働者と協議をすることを分割会社に求めている(商法等改正法附則5条1項)。これは、上記労働契約の承継のいかんが労働者の地位に重大な変更をもたらし得るものであることから、分割会社が分割計画書を作成して個々の労働者の労働契約の承継について決定するに先立ち、承継される営業に従事する個々の労働者との間で協議を行わせ、当該労働者の希望等をも踏まえつつ分割会社に承継の判断をさせることによって、労働者の保護を図ろうとする趣旨に出たものと解される。ところで、承継法3条所定の場合には労働者はその労働契約の承継に係る分割会社の決定に対して異議を申し出ることができない立場にあるが、上記のような5条協議の趣旨からすると、承継法3条は適正に5条協議が行われ当該労働者の保護が図られていることを当然の前提としているものと解される。この点に照らすと、上記立場にある特定の労働者との関係において5条協議が全く行われなかったときには、当該労働者は承継法3条の定める労働契約承継の効力を争うことができるものと解するのが相当である。また、5条協議が行われた場合であっても、その際の分割会社からの説明や協議の内容が著しく不十分であるため、法が5条協議を求めた趣旨に反することが明らかな場合には、分割会社に5条協議義務の違反があったと評価してよく、当該労働者は承継法3条の定める労働契約承継の効力を争うことができるというべきである。
(3) 他方、分割会社は、7条措置として、会社の分割に当たり、その雇用する労働者の理解と協力を得るよう努めるものとされているが(承継法7条)、これは分割会社に対して努力義務を課したものと解され、これに違反したこと自体は労働契約承継の効力を左右する事由になるものではない。7条措置において十分な情報提供等がされなかったがために5条協議がその実質を欠くことになったといった特段の事情がある場合に、5条協議義務違反の有無を判断する一事情として7条措置のいかんが問題になるにとどまるものというべきである。
(4) なお、7条措置や5条協議において分割会社が説明等をすべき内容等については、「分割会社及び承継会社等が講ずべき当該分割会社が締結している労働契約及び労働協約の承継に関する措置の適切な実施を図るための指針」が定めている。指針は、7条措置において労働者の理解と協力を得るべき事項として、会社の分割の背景及び理由並びに労働者が承継される営業に主として従事するか否かの判断基準等を挙げている。また5条協議においては、承継される営業に従事する労働者に対して、当該分割後に当該労働者が勤務する会社の概要や当該労働者が上記営業に主として従事する労働者に該当するか否かを説明し、その希望を聴取した上で、当該労働者に係る労働契約の承継の有無や就業形態等につき協議をすべきものと定めている。個別の事案において行われた7条措置や5条協議が法の求める趣旨を満たすか否かを判断するに当たっては、それが指針に沿って行われたものであるか否かも十分に考慮されるべきである。
3 これを本件について検討する。
(1) まず、7措置についてみると、Y社は、本件会社分割の目的と背景及び承継される労働契約の判断基準等について従業員代表者に説明等を行い、情報共有のためのデータベース等をイントラネット上に設置したほか、C社の中核となることが予定されるD事業所の従業員代表者と別途協議を行い、その要望書に対して書面での回答もしたというのである。これは、7条措置の対象事項を前記のとおり会社の分割の背景及び理由並びに労働者が承継される営業に主として従事するか否かの判断基準等と挙げた指針の趣旨にもかなうものというべきであり、Y社が行った7条措置が不十分であったとはいえない。
(2) 次に5条協議についてみると、Y社は、従業員代表者への上記説明に用いた資料等を使って、ライン専門職に各ライン従業員への説明や承継に納得しない従業員に対しての最低3回の協議を行わせ、多くの従業員が承継に同意する意向を示したのであり、また、Y社は、Xらに対する関係では、これを代理する支部との間で7回にわたり協議を持つとともに書面のやり取りも行うなどし、C社の概要やXらの労働契約が承継されるとの判別結果を伝え、在籍出向等の要求には応じられないと回答したというのである。そこでは、分割後に勤務するC社の概要やXらが承継対象営業に主として従事する者に該当することが説明されているが、これは5条協議における説明事項を前記のとおり、当該分割後に当該労働者が勤務する会社の概要や当該労働者が上記営業に主として従事する労働者に該当するか否かについてであると定めた指針の趣旨にかなうものというべきであり、他にY社の説明が不十分であったがためにXらが適切に意向等を述べることができなかったような事情もうかがわれない。なお、Y社は、C社の経営見通しなどにつきXらが求めた形での回答には応じず、Xらを在籍出向等にしてほしいという要求にも応じていないが、Y社が上記回答に応じなかったのはC社の将来の経営判断に係る事情等であるからであり、また、在籍出向等の要求に応じなかったことについては、本件会社分割の目的が合弁事業実施の一環として新設分割を行うことにあり、分割計画がこれを前提に従業員の労働契約をC社に承継させるというものであったことにかんがみると、相応の理由があったというべきである。そうすると、本件における5条協議に際してのY社からの説明や協議の内容が著しく不十分であるため、法が5条協議を求めた趣旨に反することが明らかであるとはいえない。以上によれば、Y社の5条協議が不十分であるとはいえず、XらのC社への労働契約承継の効力が生じないということはできない。また、5条協議等の不十分を理由とする不法行為が成立するともいえない。
4 よって、Xの上記各請求は認められない。


【答案】百選72事件 第一交通産業(佐野第一交通)事件

2012年10月17日 | 労働百選答案

百選72事件 第一交通産業(佐野第一交通)事件
大阪高裁平成19年10月26日判決

第1 Xらとしては、①会社の解散とそれを理由とするXらの解雇は、同社の親会社であるY1社が、Xら加入の組合を壊滅させる目的で行った不当労働行為であると主張して、Y1社に対し、労働契約上の地位確認及び未払い賃金の支払を求めること、及び②Y2社に対し、労働契約上の地位確認及び未払い賃金の支払を求めることが考えられる。
第2 Y1社に対する請求について
1 Xらとしては、A社の親会社であるY1社は、A社の従業員であるXらに対し、法人格否認の法理に基づき、雇用契約上の責任を負うと主張することが考えられる。
2 子会社とその親会社は、それぞれ別個の法人格を有する法人であるから、子会社が解散したとしても、親会社が、解散した子会社の従業員に対して雇用契約上の責任を負うことはないのが原則である。
 しかしながら、法形式上は別個の法人格を有する場合であっても、①法人格が全くの形骸に過ぎない場合(形骸事例)又は②それが法律の適用を回避するために濫用される場合(濫用事例)には、特定の法律関係につき、その法人格を否認して衡平な解決を図るべきであり、この法理は、本件のように親子会社における雇用契約の関係についても適用しうるものと解すべきである。
3 ①形骸化の主張について
(1) 法人とは名ばかりであって子会社が親会社の営業の一部門に過ぎないような場合、すなわち、株式の所有関係、役員派遣、営業財産の所有関係、専属的取引関係などを通じて親会社が子会社を支配し、両社間で業務や財産が継続的に混同され、その事業が実質上同一であると評価できる場合には、子会社の法人格は完全に形骸化しているということができ、この場合における子会社の解散は、親会社の一業部門の閉鎖にすぎないと評価することができる。したがって、子会社の法人格が完全に形骸化している場合、子会社の従業員は、解散を理由として解雇の意思表示を受けたとしても、これによって労働者としての地位を失うことはなく、直接親会社に対して、継続的、包括的な雇用契約上の権利を主張することができると解すべきである。
(2) これを本件についてみるに、①Y1社は、A社の全株式を保有しており、A社の業務全般を一般的に支配しうる立場にあったこと、②A社のタクシー従業員の賃金外形や福利制度等の労働条件について、Y1社において決定し、これをY1社が派遣した役員や管理職によって実現してきたこと、③日々の売り上げは、Y1社が保管する佐野第一名義の預金通帳によって管理し、給与の支払や公共料金等の日常経理業務、税務関係書類や計算書類の作成等の決算業務も、Y1社において行われていたため、A社の役員は、A社の財務状況を具体的に把握していなかったこと、④重要な試算に関する事項もY1社において行われていたことなどの事情に照らせば、Y1社は、A社を実質的・現実的に支配していたと認めることができる。
 しかし、A社は、もともとは南海電鉄グループの会社であり、Y1社とは全く別個独立の法人であったこと、買収後もA社の財産と収支は、Y1社のそれとは区別して管理され、混同されることはなかったことなどの事実に照らすと、A社に対する支配の程度は実質的・現実的なものであったとはいえるものの、未だA社がY1社の一営業部門とみられるような状態に至っていたとまでは認められず、A社の法人格は完全には形骸化していないというべきである。
 したがって、A社の形骸化を理由に法人格否認の法理を適用することはできず、これに基づくXらの請求は認められない。
4 ②法人格濫用の主張について
(1)ア 子会社の法人格が完全に形骸化しているとまではいえない場合であっても、親会社が、子会社の法人格を意のままに道具として実質的・現実的に支配し(支配の要件)、その支配力を利用することによって、子会社に対する労働組合を壊滅させる等の違法、不当な目的を達するため(目的の要件)、その手段として子会社を解散したなど、法人格が違法に濫用されその濫用の程度が顕著かつ明白であると認められる場合には、子会社の従業員は、直接親会社に対して、雇用契約上の権利を主張することができるというべきである。
イ もっとも、資本主義経済の下で、憲法22条1項は、職業選択の自由の一環として企業廃止の自由を保障しており、企業の存続を強制することはできない。したがって、たとえ労働組合を壊滅させる等の違法、不当な目的で子会社の解散決議がされたとしても、その決議が会社事業の存続を真に断念した結果なされ、従前行われてきた子会社の事業が真に廃止されてしまう場合(真実解散)には、その解散決議は有効であるといわざるをえず、当該子会社はもはや清算目的でしか存在しないこととなり、子会社の従業員は、親会社に対し、子会社解散後の継続的、包括的な雇用契約上の責任を追及することはできないというべきである。
 これに対し、親会社による子会社の実質的・現実的支配がなされている状況の下において、労働組合を壊滅させる等の違法・不当な目的で子会社の解散決議がなされ、かつ、子会社が真実解散されたのもではなく偽装解散であると認められる場合、すなわち、子会社の解散決議後、親会社が自ら同一の事業を再開継続したり、親会社の支配する別の子会社によって同一の事業が継続されているような場合には、子会社の従業員は、親会社による法人格の濫用の程度が顕著かつ明白であるとして、親会社に対して、子会社解散後も継続的、包括的な雇用契約上の責任を追及することができるというべきである。
(2) これを本件について検討する。
ア(ア) 支配の要件について
 前記のとおり、A社の法人格は形骸化しているとまではいえないものの、Y1社は、A社を実質的・現実的に支配していたものと認められる。
(イ) 目的の要件について
 Y1社は、平成14年5月ころX2組合が存在するA社で新賃金体系を導入することは困難であると判断し、X2組合の反対を受けずに新賃金体系を導入して泉州交通圏におけるタクシー事業を継続していくことを主たる目的として、また同時に、従前から構想していたY1グループの泉州交通圏におけるタクシー事業での増車を実現することも視野に入れながらこれをも一つの目的として、Y2社を泉州交通圏に進出させて、A社のタクシー事業を引き継がせることとしたものであるが、平成15年3月ころになると、A社に早急に新賃金体系を導入することがほとんど不可能な情勢となったことから、これを確定的に断念するに至ったもので、この段階においてなされたA社の解散は、新賃金体系の導入に反対していたXらを排斥するという不当な目的を決定的な動機として行われたものであるというべきである。
(ウ) 以上のとおり、Y1社は、泉州交通圏におけるタクシー事業を新賃金体系の下で早急に行っていくために、新賃金体系の導入に反対していたXらを排斥するという不当な目的を実現することを決定的な動機として、実質的・現実的に支配しているA社に対する影響力を利用してA社を解散したものであると認められるから、A社の解散は、Y1社がA社の法人格を違法に濫用して行ったものであるというのが相当である。
イ(ア) もっとも、本件解散がA社の法人格を違法に濫用してなされたものであるとしても、前述のように本件解散が真実解散であるとすればXらはY1社に対し、A社解散後の継続的、包括的な雇用契約上の責任を追及することはできないのに対し、偽装解散であるとすれば法人格の濫用の程度が顕著かつ明白であるとして、親会社に対して子会社解散後も継続的、包括的な雇用契約上の責任を追及することができることから、本件解散が真実解散か偽装解散かにつき検討する。
(イ) ①A社は泉州交通圏を事業区域としタクシー事業を行ってきたがY2社も同じ泉州交通圏を事業区域としタクシー事業を行っていること、②Y2社の開業当初のタクシー乗務員69名中、五十数名がA社からの移籍者であり、無線室の従業員も全員A社からの移籍者であること、③Y2社はA社が十全から使用していた無線タクシー呼出し番号を引き継いで使用していること、④A社はY2社が開業して程なく、営業車両の減車を始めただけでなく、Y2社の従業員募集のチラシを掲示するなどして積極的にこれに協力したこと、等の事情にかんがみれば、Y2社とA社とは、実質的におおむね同一の事業を営んでいると認めるのが相当である。
 そして、結果的に、A社とおおむね同一の事業を、親会社であるY1社が支配する子会社であるY2社が継続していることに加え、Y1社は、A社からX3らだけを排斥するという目的をもってA社を解散し、その事業をY2社に承継させたこともあわせ考えると、A社の解散は偽装解散であるといわざるをえない。
ウ そうすると、本件においては、A社の法人格が完全に形骸化しているとまではいえないけれども、親会社であるY1社による子会社であるA社の実質的・現実的支配がなされている状況の下において、X2組合を壊滅させる違法・不当な目的で子会社であるA社の解散決議がなされ、かつ、A社が真実解散されたものではなく偽装解散であると認められる場合に該当するので、X2組合の組合員であるX3らは、親会社であるY1社による法人格の濫用の程度が顕著かつ明白であるとして、Y1社に対して、A社解散後も継続的、包括的な雇用契約上の責任を追及することができるといわなければならない。
第3 Y2に対する請求
1 Xらとしては、本件のような偽装解散の事例においては、親会社であるY1社との関係とは別途に、事業を継続する別の子会社であるY2社との関係でも法人格濫用の法理の適用があると主張して、Y2社に対し継続的、包括的な雇用契約上の責任を追及することが考えられる。
2(1)確かに、一般的には、偽装解散した子会社とおおむね同一の事業を継続する別の子会社との間に高度の実質的同一性が認められるなど、別の子会社との関係でも支配と目的の要件を充足して法人格濫用の法理の適用が認められる等の場合には、子会社の従業員は、事業を継続する別の子会社に対しても、子会社解散後も継続的、包括的な雇用契約上の責任を追及することができる場合がありえないわけではない。
(2) しかしながら、本件においては、以下の理由から、Y2との関係で法人格濫用の法理は適用されないと解することが相当である。
 まず、①全株式を有する子会社であるA社に対して、実質的・現実的支配を及ぼしていたのはY2社ではなく親会社であるY1社であって、Y2社がA社に対して実質的・現実的支配を及ぼしていたとは認められず、また、A社への支配力を利用することによってA社に存する労働組合を壊滅させる等の違法、不当な目的を有していたのも、Y2社ではなくY1社である。
 次に、②法人格否認の法理が法人の背後にある実体を捉えて、正義・衡平の観念から、背後者に対する法的責任の追及を可能にする側面を有することは否定できないところ、法人格を濫用しそれによる利益を図ろうとした直接の当事者であるY1社が、まず第一にその責任を負担すべきであると考えるのが自然である。
 また、③両者の法人格の異別性を否認し得るかという側面から、A社とY2社の間に高度の実質的同一性が認められるか否かを検討すると、なるほど、A社とY2社との間にはおおむね同一の事業が引き継がれたとの評価は可能であるといえるが、A社とY2社との間においては、本社所在地、設立時期、設立経緯、営業内容、財産関係などは大きく異なっており、いずれもY1社の完全子会社という面があることを加味しても、両者の間に高度の実質的同一性があるとは言い難い。
 さらに、④親会社であるY1社に法人格否認の法理が適用される本件において、A社との関係がより希薄なY2社にまで法人格濫用の法理を適用する必要性はないし、Y2との関係でも法人格を否認しなければ正義・衡平の理念にもとることになるとは考えがたい。
3 したがって、Y2社に対して、法人格の濫用を理由としては、Xらは、A社解散後の継続的、包括的な雇用契約上の責任を追及することはできないというべきである。


【答案】事業譲渡と労働関係―勝英自動車学校(大船自動車興業)事件

2012年10月17日 | 労働百選答案

勝英自動車学校(大船自動車興業)事件
横浜地裁平成15年12月16日判決

1 Xらとしては、本件解雇は、労基法を潜脱した脱法的な労働条件の切り下げ及び労働条件の切り下げに反発するであろう労働組合を排除することを目的としたものであって、本件A社(大船自動車興業)の解散は偽装解散であり、会社解散を理由とする解雇は無効であると主張し、①Y1社(勝英自動車)との間に労働契約関係が存在することの確認及び②解雇期間中の未払い賃金の支払を請求することが考えられる。
2 本件解雇の適否
(1)ア まず、Xらとしては、本件解雇は就業規則56条1項3号所定の「やむを得ない業務上の都合があるとき」に当たることを理由になされているが、本件解散は一方的かつ脱法的な労働条件の切り下げ及び労働組合の解体、排除を目的とするものであり、悪質な偽装解散であるから、無効である、したがって、本件解散を理由とする本件解雇は上記規則所定の解雇事由に当たらず無効であると主張することが考えられる。そこで、本件解雇が偽装解散か、真実解散かにつき検討する。
イ 大船自動車興業においては、平成8年以降、入校者数の減少傾向が続いたため売り上げが年々減少し、平成12年4月待つ時点での売り上げが年々減少し、平成12年4月末時店での売上高は4年前の約60パーセントにまで落ち込み、平成9年には収支が赤字に転落し、その後赤字幅は年々拡大し、平成12年4月末時点で1年間の赤字額は約1億1000万円、繰越損失は約1億4700万円に上り、剰余金も平成8年4月末時点で約4億円あったものが、平成12年4月末時点では約1億1000万円にまで減少していたこと、大船自動車興業の従業員は定年間近である57歳ないし59歳の者が多いこともあって、賃金額が高くなっていたところ、上記売り上げの減少により、売上高に対する人件費の割合は急激に上昇し、平成8年4月末日時点で約66パーセントであったものが、平成12年4月末時点で約88パーセントに達していた上、続く数年間は多数の定年退職者が出て多額の退職金債務が発生することが見込まれていた。以上のような状況に照らすと、本件解散当時、大船自動車興業の経営状態は全般的に見て悪化傾向にあり、近い将来倒産のおそれもあったものということができる。
 そして、Y1社が三丸興業から大船自動車興業の全株式を譲り受け(本件買収)、Y2がその代表取締役に就任するなどした同年10月31日以降、被告Yがの指示でM及びLが大船自動車興業に常駐して同会社の経営に当たるとともに、その財務内容等を詳しく調査していること、両名のうち、特にLは、長らく経理業務に従事した経歴を有し、経理方面の豊富な知識経験を持っていたこと、本件解散と同時に湘南センチュリーモータースクールの事業に関する事業の全部の被告会社への譲渡(本件事業譲渡)が実施されていること、などの事情を上記の事実と併せ考えると、本件解散は、Y2ら新経営陣が大船自動車興業の経営状態の悪化傾向に見切りをつけ、本件営業譲渡を通じて湘南センチュリーモータースクールの事業をY1社の一事業とすることによって新たな事業展開を図るという、一個の経営判断として実施されたものと位置づけることができるというべきである。
ウ そうすると、これを目して偽装解散ということはできず、本件解散は真実解散として行われた有効なものであることを否定することは困難というべきである。
(2)ア 上記のように、本件解散が真実解散として行われた有効なものであることを前提とすると、Xらに対する本件解雇は、会社解散により就業規則56条1項3号所定の解雇事由である「やむを得ない事業上の都合によるとき」が生じたものとして、原則として有効なものとなると考えられる。
 もっとも、形式的には就業規則所定の解雇事由に該当するとしても、当該解雇が客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして無効となる(労契法16条参照)。そこで、本件解雇が、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合であり、解雇権の濫用に当たるのではないかにつき以下検討する。
イ 大船自動車興業の新経営陣は、一方で、再雇用後の賃金等の労働条件が大船自動車興業を相当程度下回る水準になることを告知しながら、a 平成12年11月12日、同月14日及び同月15日、全従業員に対するヒアリングにおいて、「従業員全員に退職してもらい、再雇用するので、従業員全員に退職届を提出してもらいたい」旨、b 同月16日、就業時間後に全従業員を集めた機会において、退職届の提出を呼びかけると共に、「退職届を提出したものはY社の正社員として雇用するが、退職しないものは同年12月15日付けで解雇する」旨、c 同年11月27日にした事務所内の掲示において、従業員全員に対し、「同年12月15日までの予告期間を設けて従業員全員を解雇する、その後、直ちに大船自動車興業でなはくY社において再雇用する、ただし、退職届を提出したものは希望により正社員及び契約社員として再雇用する」、「同年11月30日までに態度を明らかにしない者は退職届なしの扱いとする。」旨、それぞれ説明したこと、再雇用後の賃金等の労働条件が大船自動車興業を相当程度下回る水準になることに反対であったことから退職届を提出しなかった者は、全員が同年12月15日付けで大船自動車興業から解雇される一方(本件解雇)、新経営陣の求めに従って退職届を大船自動車興業に提出した者は、全員が同年12月16日付けでY社から再雇用する旨の通知を受けたこと、が認められる。そして、以上の事実に、大船自動車興業とY1社は同月15日大船自動車興業がそれまで経営に当たっていたところの湘南センチュリーモータースクールの事業に関する営業の全部をY1社に譲渡すること(本件事業譲渡)を含む契約(本件事業譲渡契約)を締結していること、これら会社のいずれもY2が代表取締役の地位にあって、経営主体を共通にしており、大船自動車興業はY社の100パーセント子会社であったこと、等の事情を併せ考えると、大船自動車興業及びY社は、()大船自動車興業と従業員との労働契約を、本件事業譲渡に伴い当然必要となる湘南センチュリーモータースクールの事業にこれら従業員をそのまま従事させるため、Y1社との関係で移行させることを原則とする、ただし、()賃金等の労働条件が大船自動車興業を相当程度下回る水準に改訂されることに異議のある同会社の従業員については上記移行を個別に排除する、()この目的を達成する手段として大船自動車興業の従業員全員に退職届を提出させ、退職届けを提出したものをY社が再雇用するという形式を採るものとし、退職届を提出しない従業員に対しては、大船自動車興業において会社解散を理由とする解雇に付する、との内容の合意を、遅くとも本件譲渡契約の締結時までに形成したものと認めることができる。そして、本件事業譲渡契約には、4条として、「乙(Y社)は、事業譲渡日移行は、甲(大船自動車興業)の従業員の雇用を引き継がない。ただし、乙は、甲の従業員のうち平成12年11月30日までに乙に対し再就職を希望した者で、かつ同日までに甲が乙に通知したものについては、新たに雇用する。」との条項が付されているところ、この条項は、大船自動車興業の従業員全員に退職届を提出させ、退職届を提出したものをY社が再雇用するという形式を採ることによって、賃金等の労働条件が大船自動車興業を相当程度下回る水準に改訂されることに異議のある同会社の従業員を個別に排除するという、上記の目的に沿うように、これと符節を併せた定めを置いたものにほかならないというべきである。
ウ 以上によれば、Xらに対する本件解雇は、一応、会社解散を理由としているが、実際には、Y社の賃金等の労働条件が大船自動車興業を相当程度下回る水準に改訂されることに異議のある従業員を個別に排除する目的で行われたものということができる。このような目的で行われた解雇は、客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当として是認することができないことが明らかであるから、解雇権の濫用として無効になるというべきである。
3 XらとY1社との間の労働契約関係の存否
(1) 以上のように本件解雇が無効であることを前提として、Xらが、すでに解散された大船自動車興業の親会社であるY1との間に労働契約関係の存在を主張することができるか。
(2)ア まず、Xらとしては、Y1社と大船自動車興業との間に法人格の混同があるため、法人格否認の法理が適用され、Xらと大船自動車興業との間に存在した労働契約関係がY1社に承継される、と主張することが考えられる。
イ 法人格の濫用形態として法人格否認の法理が適用されるためには、①背後の実体である親会社が子会社を現実的統一的に支配することができる地位にあり、子会社と親会社が実質的に同一であること及び②背後の実体である親会社が会社形態を利用することについて違法又は不当な目的を有していることが必要である。
ウ これを本件についてみる。
 大船自動車興業は、本件解散当時、Y社の100パーセント子会社であり、自動車学校経営に必要な施設(本件土地及び本件建物等)をY社から賃借あるいは転借したものでY社に完全に依存していた等の事情があるのであるから、このような諸事情にかんがみると、Y社は大船自動車興業に対してある程度強力な影響力を有していたということができる。
 しかし、大船自動車興業は、本件買収以前の100パーセント親会社であった三丸興業との関係では、代表取締役が両会社ともNであり、三丸興業の代表取締役であるQも大船自動車興業の室長として労務を担当し、大船自動車興業が大船自動車学校を経営するために必要な施設を三丸興業から賃借し、三丸興業に対し約2億円もの貸付をするなどしていたにもかかわらず、三丸興業の一部門ではなく独立の法人格を持つ法人として独自性を保っていたものと認められるところ、Y社は、本件買収により三丸興業の親会社としての地位を引き継いだものである。
 また、Y社と大船自動車興業は、もともと全く無関係に設立した会社であり本件買収後も会計帳簿はそれぞれ別個に作成されるなど会計処理は独立して行われ、両会社の間でそれぞれの財産を使用したり所有権を移転したりするときは、本件土地及び本件建物等の賃貸借・転貸借契約、本件事業譲渡契約及びその後の財産処理等、個別の契約の締結によって対処しているものであって、両会社の財産がなし崩し的に混同あるいは一体化していたと評価することもできない。
 これらの諸事情にかんがみると、Y社と大船自動車興業が100パーセント親子会社という関係にあることから、前者が後者をある程度強力に支配する関係が認められるものの、それを超えて後者が前者の一部門にすぎないとか、両者の間に実質的同一性があるなどと見ることができないことは明らかである。したがって①実質的支配の要件は認められない。
 そうすると、法人格否認の法理の適用があるとするXらの主張はその余の転を検討するまでもなく採用することができないというべきである。
ア 上記のように、本件について法人格否認の法理の適用が否定されるとしても、Xらとしては、本件事業譲渡に伴いXらと大船自動車興業との間の労働契約関係はY1社に引き継がれたと主張し、XらとY1社間の労働契約関係の存在の確認を求めることが考えられる。そこで、事業譲渡に伴い労働契約関係が譲受会社に承継されるか否かについて検討する。
イ 事業譲渡における権利義務の移転は、譲渡人と譲受人の間の債権契約において承継すべき権利義務の範囲を設定し、それに従って権利義務移転の手続を行うことによって生じる承継であって、これは譲渡される事業に属する権利義務の個別的な承継である。したがって、事業譲渡契約に伴い譲渡人と従業員との間の労働契約が当然に譲受人に承継されるものではなく、これが承継されるか否かは、事業譲渡に当たり譲渡人と譲受人との間で承継を認める特別の合意が成立しているか否かにより決されると解するのが相当である。
ウ これを本件についてみる。
 前記2(2)のとおり、大船自動車興業及びY1社は、()大船自動車興業と従業員との労働契約を、本件事業譲渡に伴い当然必要となる湘南センチュリーモータースクールの事業にこれら従業員をそのまま従事させるため、Y1会社との関係で移行させることを原則とする、ただし()賃金等の労働条件が大船自動車興業を相当程度下回る水準に改訂されることに異議のある同会社の従業員については上記移行を個別に排除する、()この目的を達成する手段として大船自動車興業の従業員全員に退職届を提出させ、退職届を提出した者をY1会社が再雇用するという形式を採るものとし、退職届を提出しない従業員に対しては、大船自動車興業において会社解散を理由とする解雇に付する、との内容の合意を遅くとも本件譲渡契約の締結時までに形成したことが認められる。
 しかし、上記合意中、()賃金等の労働条件が大船自動車興業を相当程度下回る水準に改訂されることに異議のある同会社の従業員については上記移行を個別に排除する、()この目的を達成する手段として大船自動車興業の従業員全員に退職届を提出させ、退職届を提出した者をY1会社が再雇用するという形式を採るものとし、退職届を提出しない従業員に対しては、大船自動車興業において会社解散を理由とする解雇に付する、との合意部分は、民法90条に違反するものとして無効になることは前記2(2)のとおりであるから、結局、上記合意は、()大船自動車興業と従業員との労働契約を、本件事業譲渡に伴い当然必要となる湘南センチュリーモータースクールの事業にこれら従業員をそのまま従事させるため、Y1会社との関係で移行させるとの原則部分のみが有効なものとして残存することとなるものである。
 そして、本件事業譲渡契約には、4条として、「乙(Y社)は、事業譲渡日移行は、甲(大船自動車興業)の従業員の雇用を引き継がない。ただし、乙は、甲の従業員のうち平成12年11月30日までに乙に対し再就職を希望した者で、かつ同日までに甲が乙に通知したものについては、新たに雇用する。」との条項が付されているところ、この条項は、大船自動車興業の従業員全員に退職届を提出させ、退職届を提出したものをY社が再雇用するという形式を採ることによって、賃金等の労働条件が大船自動車興業を相当程度下回る水準に改訂されることに異議のある同会社の従業員を個別に排除するという、上記の目的に沿うように、これと符節を併せた定めを置いたものにほかならず、民法90条に違反して無効になる。
 そうすると、本件解雇が無効となることによって本件解散時において大船自動車興業の従業員としての地位を有するXらについては、大船自動車興業とY1会社らとの上記合意の原則部分に従って、Y1社に対する関係で、本件営業譲渡が効力を生じる同年12月16日をもって、本件労働契約の当事者としての地位が承継されることとなるというべきである。
 以上より、Xらは、本件解雇の日の翌日である平成12年12月16日以降も、Y1会社に対して本件労働契約上の権利を有するものであり、①Y1社に対する労働契約上の権利を有する地位にあることの確認及び②解雇期間中の未払い賃金の支払を請求はいずれも認められる。
以上


【答案】労働百選70事件 休職―全日本空輸事件

2012年10月17日 | 労働百選答案

百選70事件 全日本空輸事件
東京地裁平成11年2月15日

1 Xとしては①本件休職処分の無効確認及び②民法536条2項に基づく休職期間中の賃金の支払を求めることが考えられる。これらの請求が認められるかは、Y社のした本件休職処分が適法かにより決せられるため、この点につき検討する。
2 起訴休職制度の趣旨は、刑事事件で起訴された従業員をそのまま就業させると、職務内容又は公訴事実の内容によっては、職場秩序が乱されたり、企業の社会的信用が害され、また、当該従業員の労務の継続的な給付や企業活動の円滑な遂行に障害が生ずることを避けることにある。したがって、従業員が起訴された事実のみで形式的に起訴休職の規定の適用が認められるものではなく、①職務の性質、公訴事実の内容、身柄拘束の有無など諸般の事情に照らし、起訴された従業員が引き続き就業することにより、Y会社の対外的信用が失墜し、または職場秩序の維持に障害が生ずるおそれがあるか、あるいは②当該従業員の労務の継続的な給付や企業活動の円滑な遂行に障害が生ずるおそれがある場合でなければならず、また、③休職によって被る従業員の不利益の程度が、起訴の対象となった事実が確定的に認められ場場合に行われる可能性のある懲戒処分の内容と比較して明らかに均衡を欠く場合ではないことを要するというべきである。
3 これを本件につき検討する。
(1) まず①の点につきみるに、確かにY会社は公共性を有する業を営んでおり、また、傷害罪で逮捕されたパイロットを予定どおり乗務させるとすれば会社の常識を問わざるを得ないと述べた記者がいたことからすると、Xの就業継続によりY社の社会的信用が低下するかにも思われる。しかしながら、本件公訴事実は罰金10万円程度の略式命令にとどまり、業務とは関係のない男女関係のもつれが原因の事件であり、マスコミ報道もさほどされていなかったことからするとXを就業させてもY社の社会的信用を失墜させるおそれはないと認められる。また、事件とXの従事する業務とは無関係であること、男女関係のもつれから生じた偶発的なトラブルに関する刑事事件であり、これが機長と客室乗務員との信頼関係の維持を不可能にさせることはないことを考慮すると、Xの就業継続を認めることにより職場秩序の維持に障害が生ずるおそれもないというべきである。
(2) 次に②の点につきみるに、Xは身柄の拘束を受けておらず、出頭は有給休暇の取得でカバーすることができることから、Xの労務の継続的な給付に障害が生ずるおそれがあるとはいえない。また、高度の精神的安定性及び責任感を要求される機長の職務にとって、私生活上の問題が無関係とは言い切れないが、本件休職処分の時点では逮捕され略式命令を受けた日から約1ヶ月経過しており安全運行に影響を与える可能性は認められず、企業活動の円滑な遂行に障害が生ずるおそれがあるとはいえない。
(3) さらに③の点につきみるに、仮に有罪となった場合でも解雇処分は濫用とされる可能性が高く、また、降転職は賃金が支給され、出勤停止も1週間を限度としており、言及も賃金締め切り期間分の10分の1を超えないとされていることと比較して、無給の本件休職処分は著しく均衡を欠く。
(4) したがって本件休職処分は、上記①②③のいずれも満たさない場合であるにもかかわらずされたものであり、無効なものであり、Xの無効確認請求が認められる。また、Xは労務を提供していたのに、Y会社がその受領を拒否したため就労不能となったもので、民法536条2項によりXの本件賃金支払請求も認められる。


司法試験平成24年労働法第2問

2012年09月13日 | 労働百選答案

第1 設問1
1 Y社によるBの降格処分について
(1)行政救済
ア X組合としては、降格処分が不利益取扱いの不法労働行為(労組法7条1号本文前段)に該当するとして、労働委員会に対し上記処分の撤回命令を求めることが考えられる。
イ(ア) まず、Bの本件ビラ配布行為が「労働組合の正当な行為」といえるか。
(イ) 本件ビラ配布は、許可を得ないでY社事務所で行われたものであるから、形式的には就業規則所定の「許可なく…社内で…印刷物等の頒布…をしないこと」との禁止事項に該当する。しかしながら、右規定は企業の施設管理権の適正な行使等の企業秩序の維持を目的としたものと解されるから、ビラの配布が形式的にはこれに違反するようにみえる場合でも、①ビラ配布の目的、②ビラの内容・文言、③ビラ配布の時間、④ビラ配布がなされた場所の性質、⑤ビラ配布行為の態様等に照らして、その配布が管理権の適切な行使等の企業秩序の維持をみだすおそれのない特別の事情が認められるときは、実質的には上記規定の違反になるとはいえず、したがって、これを理由として就業規則所定の懲戒処分をすることは許されないというべきである。
(ウ) これを本件ビラ配布について検討するに、①本件配布行為は、ベースアップ交渉が暗礁に乗り上げたことを打開すべく団体交渉の内容をX組合員に伝達するため行われたものであり、労働条件の交渉という労働組合結成本来の目的を達するための行為といえ(労組法1条1項参照)、目的として正当である。次に、②ビラの内容はベースアップについての団体交渉の日時、出席者及び交渉概要に関する記述であり、上記労働条件の交渉という組合の本来的活動を内容とするものである。使われている文言も会社側の名誉・信用を毀損するようなものではなく、比較的穏当といえる。また、③本件配布は始業時刻前になされたもので、業務に対する直接的侵害はない。さらに、④配布の場所はY社事務所内であり、部外者の立ち入りは通常予定されておらず対外的にY社の信用が害されるといった事情は存在しない。加えて⑤配布の態様につき、本件ビラはA4サイズの紙一枚という比較的小型のもので、また貼り付け行為などはなく机上に置くといった穏当な手法がとられており、これにより社内の美観を特に害するとか、撤去に手間がかかり会社の施設管理権を著しく害するといった事情はない。さらに、片面印刷の印刷面を下にしてX組合員のみを対象に配布されており、組合員以外の者に内容が明らかになることをできる限り防ぐ配慮がなされている。以上の事情を総合的に考慮すると、本件ビラ配布はY社の施設管理権の適切な行使等の企業秩序維持をみだすおそれのない特別の事情が認められるというべきである。したがって、本件ビラ配布行為には上記就業規則の規定は適用されず、本件配布行為は「労働組合の正当な行為」に当たる。
ウ 次に、7条1号は「故をもって」との文言を用いることから、不利益取扱の不当労働行為の成立には不当労働行為の意思が必要となる。ここにいう、不当労働行為の意思とは、反組合的な意図ないし動機をいう。
 本件においてはY社は本件ビラ配布を理由に本件降格処分をしているが、上記のように本件ビラ配布行為は労働組合の正当な行為として適法なものと認められるから、Y社は組合活動のゆえに本件降格処分を行ったものであり、反組合的な意図ないし動機が認められる。したがって、不当労働行為の意思が認められる。
エ そして、本件降格処分によりBは部下を持たない立場になり月額2万円の係長手当の支給が受けられなくなったのであるから、従業員としての職責上の側面及び経済的側面において「不利益な取扱い」がされたといえる。
オ 以上より、本件Y社の降格処分は不利益取扱いの不当労働行為に該当し、X組合の上記請求は認められる。
(2)司法救済
ア X組合としては、本件降格処分が不利益処分の不当労働行為にあたるとして当該処分の無効確認を裁判所に対し求めることも考えられる。
イ 不当労働行為の禁止が憲法28条に由来し労働者の団結権・団体行動権を保障するための規定であることから、これに違反する行為は私法上も無効というべきである。したがって、上記請求は認められる。
2 Y社による団体交渉を拒否する旨の通告について
(1)行政救済
ア X組合としては、Y社の本件団体交渉拒否が労組法7条2号の団交拒否の不当労働行為に当たるとして、労働委員会に対し団体交渉の応諾を求める救済申立てを行うことが考えられる。
イ(ア) X組合はベースアップ要求に対しては財務状況及び業績見通しの分析評価については経営者の判断事項であって団体交渉での議論対象とならないこと、Bの降格については人事権行使であり経営権に関する事項であることを理由に団体交渉を拒んでいる。これが「正当な理由」に基づく団交拒否に当たるか。
(イ) 7条2号の趣旨が使用者の不当な団交拒否を禁止することにより、団体交渉を通じた労使対等を促進し、労働者の地位を向上させることにあることからすると、使用者には誠実に団体交渉に当たる義務があるというべきである。したがって、使用者が労働組合の要求や主張に対する回答や自己の主張の根拠を具体的に説明したり必要な資料を提示する等の誠実な対応を通じて合意達成の可能性を模索することなく団体交渉を拒絶した場合には、上記誠実交渉義務に反したものであり、「正当な理由」なく団体交渉を拒絶したものとして不当労働行為に該当すると解するのが相当である。
(ウ) これを本件について検討する。
 まずベースアップ要求について、確かにY社は既に合計4回の団体交渉に応じ、またX組合の資料要求にも応じている。しかしながら、Y社が提出した財務関係資料は会社の財務状況を客観的数額として示すのみで、ここからベースアップが可能か否かを一義的に判断することは困難であり、Y社がベースアップが困難であると判断したのであれば、労使交渉の場において当該判断に至るまでの過程を経営者的見地から合意が得られるよう具体的に説明する義務をY社は誠実交渉義務の内容として負うというべきである。これにもかかわらずY社はX組合の説明要求に対し、「説明しようにも根拠は資料の通りだ」と述べるのみで、財務関係資料の解釈について具体的根拠を示した上での説明を拒んでいるのであり、このようなY社の対応は誠実交渉義務に反するものといわざるを得ない。したがって、「正当な理由」は認められない。
 次に、Bの降格について、確かに人事権の行使は経営事項に関するものであり会社側の一定の裁量が認められる。しかしながら裁量権の行使も合理性の認められる範囲に限られるところ、本件降格処分は前述のように就業規則所定の事由に基づかず反組合的意図ないし動機により行われたものであり、経営上の観点と無関係になされていることから、合理性が認められず裁量権を逸脱したものというべきである。したがって、「正当な理由」は認められない。
ウ 以上より、本件団交拒否は「正当な理由」に基づかない団交拒否として7条2号の団交拒否に当たる。
(2)司法救済
 上記のようにY社の団交拒否は不当労働行為に当たることから、X組合としては、裁判所に対し団体交渉を求めうる法的地位の確認請求が可能である。
3 CによるX組合組合員の酒食への勧誘及び説得について
(1)行政救済
ア X組合としては、本件Cの酒食への勧誘及び説得行為が7条3号の支配介入の不当労働行為に当たるとして、労働委員会に対しポストノーティス命令を求めることが考えられる。
イ(ア) まず総務部長CはY社役員に諮ることなく独断で本件行為に及んでいる。かかるCの行為を「使用者」の行為としてY社に帰せしめることができるか。
(イ) ①労組法2条1号所定の使用者の利益代表者に近接する職制上の地位にある者が②使用者の意を体して労働組合に対する支配介入を行った場合には、使用者との間で具体的な意思の連絡がなくとも、当該支配介入をもって使用者の不当労働行為と評価することができるというべきである。
(ウ) これを本件についてみるに、①Cは人事管理の責任者であり、「雇入解雇昇進又は移動に関して直接の権限を持つ監督的地位にある労働者」であるため、2条1号所定の使用者の利益を代表者に近接する職制上の地位にある者といえる。また、②Cは団体交渉に毎回出席し、X組合を好ましく思っていなかった上、ビル出入口外の活動をこのまま続けさせてはY社の対外的な信用にも関わることから当該活動を止めさせるべきだと考え、「このままでは会社の業績を悪化させる。」「業績を回復すれば、ベースアップもできる。」「出世にも影響する。」など、専ら会社の立場から発言をしている。これは反組合的意思を有していた会社の意を酌んでなされた行為とみることができ、使用者の意を体した行為というべきである。したがって、Cの行為は「使用者」の行為と評価することができる。
ウ 次に、Cの上記行為は組合活動からの離脱を働きかけるものであり、「労働組合を…運営することを支配し、若しくはこれに介入すること」に当たる。
エ また、支配介入行為の成立範囲を明確にすべく支配介入の不当労働行為の成立には支配介入の意思を要すると解すべきところ、本件行為は組合活動からの離脱を働きかけ組合の弱体化を図る意思からなされたことは明白といえ、Cに支配介入の意思が認められる。
オ 以上より、Cの行為には支配介入の不当労働行為が成立し、X組合の上記請求は認められる。
(2)司法救済
ア X組合としては、上記不当労働行為によって現に5名の脱退者が生じたことから、Y社に対し不法行為(民法709条)に基づく損害賠償請求を行うことが考えられる。
イ 前述のように不当労働行為に該当する行為は私法上も無効であり、Cの上記行為には不法行為成立のための違法性が認められる。したがって上記請求は認められる。
4 Cによるビラ撤去行為について
(1)行政救済
ア X組合としてはCによるビラ撤去行為が7条3号の支配介入の不当労働行為に当たるとして、労働委員会に対しポストノーティス命令を求めることが考えられる。
イ(ア) 本件X組合のビラ配布行為は形式的には就業規則所定の禁止行為に該当するため、本件ビラ撤去行為は就業規則上会社に認められた権限内の行為として支配介入行為に当たらないのではないか。
(イ) 会社には施設管理権の適切な行使等の企業秩序維持の利益が認められるが、この企業秩序の維持の利益には経営者側の名誉の毀損となる労働者の行為を排除し、経営活動に対する風評を防ぐ利益も含まれる。したがって、会社側は上記の意味における企業秩序維持のために許可なく配布されたビラの撤去を適法に行うことができるのであり、ただ上記1(2)と同様の考慮要素に基づき、ビラの配布が企業秩序の維持をみだすおそれのない特別の事情が認められるときに限り当該配布行為は正当な組合活動として就業規則の禁止規定が解除され、会社のビラ撤去行為が支配介入行為になると解するのが相当である。
(ウ) 本件においては、確かに①本件ビラ配布の目的は、ベースアップという労働条件の向上の点にあり、かかる目的は正当といえる。また、③ビラ配布の時間は従業員がいずれも出勤していない早朝であり、④場所はY社事務所であって、企業秩序の混乱をきたす程度は低いとも思われる。しかしながら、②本件文書の内容についてみるに、本件文書には降格人事に対する抗議、ベースアップ要求、Cの支配介入に対する抗議といった正当な組合活動を内容とするものが含まれているが、その他の一部に「違法行為の達人」「私腹を肥やす偽善者」などA個人の名誉を毀損する過激な文言によるものを含んでいる。そして、⑤配布行為の態様につき、本件配布はA組合組合員以外の者も含めた全従業員の机上に、印刷面を上面にして置くという形態でなされている。なるほど、本件ビラには上記のように正当な組合活動を内容とする部分も含まれているものの、これらは上記の名誉毀的損表現を用いた部分と同一面に不可分に印刷されており、事前にビラを撤去しなければ否応なしにX組合員以外の従業員も含む全従業員の目に名誉毀損的表現部分が触れることになり、Aの名誉を守るためには事前撤去の必要性は高いといえる。以上の事情に鑑みると、本件ビラ配布行為がCによる支配介入行為への反感に端を発したという経緯を勘案してもなお、本件ビラ配布行為はAの名誉を害するものというべきであって、企業秩序の維持をみだすおそれのない特別の事情は認められないというのが相当である。したがって、本件ビラ撤去行為は支配介入とは評価できず、不当労働行為は成立しない。
(2)司法救済
 X組合としては支配介入の不当労働行為を理由に、裁判所に対し、不法行為に基づく損害賠償請求を行うことが考えられるが、上記のようにY社のビラ撤去行為に不当労働行為は成立しないのでこの請求は認められない。
第2 設問2
1 Y社としては裁判所に対し、施設管理権ないし企業秩序維持権に基づく妨害排除請求権としてX組合によるビル出入口外でのビラ配布等の活動の差止めを求めることが考えられる。
2(1) まず、本件活動はY社事務所内ではなくY社事務所が所在するビルの敷地の1階出入口で行われており、当該場所についてY社の施設管理権が及んでいるとはいえないため、Y社自身の施設管理権に基づく差止請求を認めることは困難である。しかしながら、当該場所での活動を認めたのでは会社の営業活動に重大な支障をきたし、また他の利用者の利用権や当該場所の管理権者の管理権を侵害するといった事情がある場合には、会社は企業秩序維持権に基づき従業員の組合活動の差止めを求めうる場合もありうる。もっとも、この場合も、組合活動が会社の施設管理権を直接に侵害しない以上、ビラ配布等の組合活動は本来自由になしうるのが原則であり、①当該活動が行われる時間、②場所、③ビラの内容・文言、④活動の態様、⑤これによって損なわれる会社その他第三者の利益等を総合考慮して、企業秩序維持の見地から真にやむを得ないというだけの高度の必要性がある場合に限り、会社側の差止請求が認められるものと解するのが相当である。
(2) これを本件についてみるに、まず①本件活動は休憩時間中の午後零時30分から午後零時50分まで行われており、会社の休憩時間であること、20分間という短時間であることからすると会社の営業に与える影響は大きいとはいえないようにも思われる。しかしながら、当該時間中であっても、テナント他社の関係者の出入は白昼であることからむしろ頻繁に行われるのであり、他社の営業に与える影響は大きいといえる。次に②確かに配布場所はY社事務所内でないが、Y社の入居するビルの1階出入口であり、Y社の施設と全く無関係の場所ではない。また、同ビルには他社がテナントとして入居しており、1階出入口での活動はテナント他社の関係者の利用に多大な影響を与えるものである。また、③確かに、本件ビラの内容は、ベースアップ交渉、降格人事の撤回といった労働組合の正当な活動についてのものであり、使用されている文言も社会的相当性に欠けるものではない。しかしながら、④本件活動の態様は、組合員10名余りが出入口に両列をなして、ビルを出入する不特定多数者に対して無差別にビラを配布し、ビラの文言を声高に連呼するというものである。いかにビラの内容・文言が上記のように社会的相当性に欠けるものではないとしても、Y社と無関係の第三者に対して訴えるに際しこのような強行的手法によるのはX組合の活動として相当な態様といえる範囲を逸脱するものである。そして、⑤上記活動により、テナント他社の関係者の取引先の出入が困難となり、また同社は批判の相手が同社であるとの誤解を招きかねないという損害が生じている。管理会社からY社に強い要請がなされていることも、上記損害の重大性を裏付ける。そして、Y社についても、Y社従業員の活動により他社に上記損害が生じることによりY社の対外的信用が低下し、Y社の営業活動に著しい支障が生じるといえる。以上の事情を総合的に考慮すると、本件は、企業秩序維持の見地から真にやむをえないというだけの高度の必要性がある場合に当たるというべきである。よって、Y社の差止請求は認められる。
以上


【答案】重判平成21年度民法13事件 遺留分侵害額算定における相続債務額の加算

2012年05月09日 | 重判民法答案

 

最高裁判所平成21年03月24日 第三小法廷 判決
(平成19(受)1548 持分権移転登記手続請求事件)
(民集 第63巻3号427頁)
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=01&hanreiNo=37455&hanreiKbn=01


【問題】
 被相続人Aの法定相続人は子X・Yである。Aは、財産全部をYに相続させる旨の公正証書遺言を残して死亡した。Aの財産は甲不動産を含む5億円の積極財産と、4億円の消極財産である。Aが死亡した後、Yがすべてを承継して甲不動産の登記も自己に移転した。Xが遺留分減殺請求権を行使する場合、考えうるXの主張、Yの反論を論じた上で、裁判所はいかに判断すべきか論じよ。

【答案】
第1 Xの主張
 Xとしては、①Xの純取り分につき、可分債務は法定相続分に応じて当然に分割され、その2分の1をXが負担することになるから、Xの純取り分は消極財産2億円である、②遺留分侵害額につき、遺留分額の算定の基礎となる遺産額は積極財産5億円から消極財産4億円を引いた1億円であり、X遺留分額はこれに4分の1をかけた2500万円である、そこで遺留分侵害額は慰留分額2500万円から純取り分マイナス2億円を引いた2億2500万円である、として、Yに2億2500万円の支払を求めることが考えられる。

第2 Yの反論
 これに対しYとしては、①Xの純取り分につき、相続分本件遺言により相続債務もYがすべて承継することになるとして、Xの純取り分は積極財産0円消極財産0円の0円である、②遺留分侵害額は、Aの積極財産から消極財産を差し引いた1億円の4分の1である遺留分額2500万円から純取り分0円を引いた2500万円になると反論することが考えられる。

第3 裁判所の判断

 Xの主張とYの主張の実質的相違点は、消極財産については、相続開始時点において可分債務は相続分に応じて当然に分割されるという確定した判例理論の適用により、本件遺言の効力は消極財産には及ばず、Xは消極財産を相続するのか、それとも、本件遺言により、積極財産のみならず消極財産もYに帰属することになるのか、という点にある。そこで、本件遺言の効力をいかに解するかの検討が必要となる。


(1) この点については、遺言書において表明されている遺言者の意思を尊重して合理的にその趣旨を解釈することによって決すべきである。そこで、相続人のうちの1人に対して財産全部を相続させる旨の遺言により相続分の全部が当該相続人に指定された場合、遺言者の通常の意思を合理的に解釈すると、遺言の趣旨等から相続債務については当該相続人にすべてを相続させる意思のないことが明らかであるなどの特段の事情のない限り、当該相続人に相続債務もすべて相続させる旨の意思が表示されたものと解すべきであり、これにより、相続人間においては、当該相続人が指定相続分の割合に応じて相続債務をすべて承継することになると解するのが相当である。Xの主張する、可分債務は相続分に応じて当然に分割されるという判例理論は、被相続人の意思が不明の場合に可分債務の性質により相続分に応じた当然の分割を認めるものであり、相続債務について遺言者の意思が合理的に推認される場合にまで遺言者の意思に反して適用されるものではないというべきである。

(2) なお、以上のように解すると、上記遺言による相続債務についての相続分の指定は、相続債務の債権者の関与なくされたものであり、各相続人の資力を見込んでいた相続人の期待を一方的に害するおそれがある。そこで、相続債権者に対してはその効力が及ばないものと解するのが相当であり、各相続人は、相続債権者から法定相続分に従った相続債務の履行を求められたときには、これに応じなけばならず、指定相続分に応じて相続債務を承継したことを主張することはできない。しかし、相続債権者のほうから相続債務についての相続分の指定の効力を承認し、各相続人に対し、指定相続分に応じた相続債務の履行を請求することは、免責的債務引受の同意と同視でき、妨げられないというべきである。

(3) もっとも、こののことは相続人と相続債権者の間においてのみ妥当することであり、各相続人間の法律関係においては、前記のように被相続人の意思に従い相続債務はすべて指定相続人に帰属するとして問題はない。


 これを本件につきみるに、本件遺言の趣旨からAの負っていた相続債務については、Yにすべてを相続させる意思のないことが明らかであるなどの特段の事情はうかがわれないから、本件遺言によりXとYの間では、上記相続債務は指定相続分に応じてすべてYに承継され、Xはこれを承継していないというべきである。そうすると、結局Xは積極財産も消極財産も相続しない以上、Xの純取り分額は0円となる。したがって、Xの遺留分侵害額は、積極財産5億円から消極財産4億円を差し引いた遺産総額1億円の4分の1である2500万円から純取り分額0円を引いた2500万円となる。よって、裁判所は2500万円の限度で、Xの遺留分減殺請求を認めるべきである。

 


【答案】平成21年度重判民法6事件 賃借人が損害回避・減少措置をとらなかった場合の通常損害

2012年05月09日 | 重判民法答案

平成21年度重判民法6事件 店舗賃貸人の修繕義務不履行において賃借人が損害回避・減少措置をとらなかった場合の通常損害

最高裁判所平成21年01月19日第二小法廷判決
(平成19(受)102  損害賠償請求本訴,建物明渡等請求反訴事件)
(民集 第63巻1号97頁)
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=01&hanreiNo=37200&hanreiKbn=01

【問題】
1 XはY所有の駅前ビルの地下1階部分を賃料月額20万円、期間1年の約定で賃借してカラオケ店を営業していた。
2 平成7年3月の期間満了に際して、Yは更新を拒絶し、同年10月にはYはXに500万円の立退き料とともに解除を通告したが、Xは本件店舗部分でのカラオケ店営業を継続した。
3 本件ビルは建築から約30年が経過し、老朽化による大規模な改装とその際の設備の更新が必要とされており、平成4年9月ころからは本件店舗部分に浸水が頻繁に発生し、浸水の原因が判明しない場合も多かった。
4 平成9年2月12日、排水ポンプの故障により床上30~50センチの浸水事故が発生し、Xは休業を余儀なくされた。
5 XはYに対し修理を要請したが、Yは同年2月18日付けで建物の老朽化を理由に再度の契約解除を通告した。
6 Xは、平成9年5月に本件事故によるカラオケセット等の損傷に対し、合計3700万円余りの保険金の支払を受けた。
7 Xは占有を継続し、Xには本件事故から事実審口頭弁論終結時まで月額100万円の営業利益の喪失損害が生じている。
8 Xは、事故から1年7か月後の平成10年9月14日に訴えを提起し、Yの修繕義務の不履行を理由に事故発生から平成13年8月11日までの営業利益の喪失損害5400万円(月額100万円×54か月)の支払を求め、訴えを提起した。
 Xの上記請求に対し裁判所はいかに判断すべきか。なお、上記2・5のYの契約解除は借地借家法28条にいう正当の事由が認められず、効力を生じないものとする。

【答案】

 Xの主張する、Yの債務不履行に基づく損害賠償請求権の成否につき検討する。
 YはXに対し、本件事故後も引き続き賃貸人として本件填補部分を使用収益させるために必要な修繕義務を負担しているにもかかわらず、その義務を尽くさなかったのであり、Yは「債務の本旨に従った履行」をなしていない。そして、そのことにつきYに過失も認められる。

(1) それでは、XにXの主張通りの損害を認めてよいか。本件事故後、Xは早期に損害軽減のための処置を取っておらず、このような場合にも発生した損害の全額について債務者は賠償義務を負うかが問題となる。
(2) 履行障害が生じた後損害が拡大することが高度の蓋然性をもって予測できる場合であって、債権者が損害を回避又は減少させる措置を取ることが困難ではないといった事情がある場合、債権者としては条理上、損害を回避又は減少させる措置を取る義務を負い、かかる義務の履行に向け債権者が何ら方策を講じないまま徒に事態を拱手傍観し、損害を拡大させた場合には、当該拡大損害部分については416条1項にいう「通常生ずべき損害」に含まれないというべきである。
(3)ア これを本件についてみるに、平成4年9月ころから本件店舗部分に浸水が頻繁に発生し、浸水の原因が判明しない場合も多かったこと、本件ビルは本件事故時において建築から約30年が経過しており、本件事故前において老朽化による大規模な改装とその際の設備の更新が必要とされていたこと、Yは、本件事故の直後である平成9年2月18日付け書面により、被上告人に対し、本件ビルの老朽化等を理由に本件賃貸借を解除する旨の意思表示をして本件店舗部分からの血亜巨を要求し、Xは本件店舗部分における営業再開のめどが立たないため、本件事故から1年7か月が経過した平成10年9月14日、営業利益の喪失等について損害の賠償を求める本件訴えを提起したことといった事実がみとめられる。これらの事実によれば、Yが本件修繕義務を履行したとしても、老朽化して大規模な回収を必要としていた本件ビルにおいて、Xが本件賃貸借契約をそのまま長期にわたって継続しえたとは必ずしも考えがたい。
 また、本件事故から1年7か月後を経過して本件訴えが提起された時点では、本件填補部分における営業の再開は、いつ実現できるか分からない実現可能性の乏しいものとなっていたものと解される。
 以上の事実から判断するに、本件事故後Xが速やかに損害回避のための何らかの方策を講じない限り、営業利益の損失の損害が拡大し続けることが高度の蓋然性をもって予測できた場合といえる。
イ 他方、Xが本件店舗で行っていたカラオケ店の営業は、本件店舗部分以外の場所では行うことができないものとは考えられないし、Xは、平成9年5月に本件事故によるカラオケセット等の損傷に対し、合計3700万円余りの保険金の支払を受けているというのであるから、これによって、Xは再びカラオケセット等を整備するのに必要な資金の少なくとも相当部分を取得したものと解される。
 とすると、遅くとも本件訴えが提起されるまでの1年7か月の間にXとしてはカラオケ店の営業を別の場所で再開する等の損害を回避又は減少させる措置を取ることが困難ではなかったといえる。
ウ 以上より、Xとしては、カラオケ店の営業を別の場所で再開する等、営業利益喪失の損害の拡大を回避又は減少させる措置を取る義務を条理上負っていたにもかかわらず、Xはなんらかかる方策を講じず損害が発生するにまかせたということができる。したがって、Xが上記義務を負うことになった以降の拡大損害部分については「通常生ずべき損害」含まれないというべきである。

 よって、Xに生じた損害のうち、Xが損害を回避又は減少させる措置を採ることが可能となった時点以降の拡大損害については、Xの請求は認められないというべきである。


【答案】平成21年度重判民法5事件 動産留保所有権者に対する土地所有者の明渡し等の請求 

2012年05月09日 | 重判民法答案

 最高裁判所平成21年03月10日第三小法廷 判決
(平成20(受)422 車両撤去土地明渡等請求事件)
(民集 第63巻3号385頁)
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=01&hanreiNo=37405&hanreiKbn=01

【問題】
1 Aは、Xと駐車場の賃貸借契約を締結し、信販会社Yと結んだ車両購入に関する立替払い契約に基づき購入した甲自動車を駐車していた。
2 AY間の契約は以下のようなものであった。
①60回分割返済、
②本件車両の所有権は、Aが本件立替金債務を完済するまで同債務の担保としてYに留保される
③Aは、本件車両の引渡を受け、善管注意をもって管理する
④Aが分割金の支払を怠って、Yから催告を受けたにもかかわらずこれを支払わなかったときは、当然に期限の利益を喪失し、残債務全額を直ちに支払う
⑤この場合、AはYからの本件車両の引渡請求に異議なく応じ
⑥Yは、公正な売却額で立替金債務の弁済に充当する
3 Aは、本件立替払契約上の分割金の不払により期限の利益を喪失し、残債務額全額の弁済期が経過した。
4 Yは訴え提起の時点まで、本件車両が本件土地上に存在していることを知らなかった。

Xは、Yに対して、本件車両の撤去及び駐車場の明渡し並びに駐車場使用料相当損害金の支払いを求めて訴えを提起した。Xの請求は認められるか。

【答案】
第1 本件車両の撤去及び本件土地の明渡し請求について
1 XのYに対する、本件土地所有権に基づく妨害排除権としての本件車両の撤去及び同所有権に基づく返還請求権としての本件土地の明渡請求が認められるためには、Yが甲の所有権者として本件土地を占有していることが必要であるところ、留保所有権を有するに過ぎないYが本件土地を占有しているといえるか。本件所有権留保権に基づきYが本件車両について有する権利の性質が問題となる。
2 留保所有権者が有する留保所有権は、原則として、残債務弁済期が到来するまでは、当該動産の交換価値を把握するにとどまるが、残債務弁済期の経過後は、当該動産を占有し、処分することができる権能を有するものというべきである。そうだとすると、留保所有権者は、残債務弁済期が到来するまでは、当該動産が第三者の土地上に存在して第三者の土地所有権の行使を妨害しているとしても、特段の事情がない限り、当該動産の撤去義務を負うことはないが、残債務弁済期が経過した後は、留保所有権が担保権の性質を有するからといって上記撤去義務を免れないと解するのが相当である。
3 これを本件についてみるに、本件口頭弁論終結時において残債務弁済期は経過しており、Yは本件車両
を占有し処分することができる権能を有している。したがって、YはXの所有する土地を権限なく占有しており、XのYに対する本件車両の撤去及び本件土地の明渡し請求は認められる。
第2 駐車場使用料相当損害金の支払い請求について
1 XのYに対する、不法行為に基づく駐車場使用料相当損害金の支払請求が認められるためには、Yによる侵害に違法性が認められる必要があるが、Yに違法性が認められるためにはYが土地を権限なく占有していることが必要である。そして、不法行為の成立に関しても、Yの占有権原につき上に述べたことは妥当し、残債務弁済期が経過した後はYは本件車両を占有し、処分することができる権原を有するため、Yの侵害は違法となる。
2 もっとも、不法行為の成立には行為者に故意又は過失があることが必要であるところ、残債務弁済期の経過後であっても、留保所有権者は、原則として、当該動産が第三者の土地所有権の行使を妨害している事実を知らなければ過失がなく、上記妨害の事実を告げられるなどしてこれを知ったときに初めて過失が認められると解するのが相当である。
 YはXによる訴え提起により初めて本件車両が本件土地上にあり、Xの本件土地所有権を妨害している事実を知ったのであるから、本件訴状送達時以降過失が認められることになる。
3 よって、XのYに対する不法行為に基づく駐車場使用料相当損害金の支払請求は、Yへの訴状送達時以降の限度で認められる。


【答案】平成21年度重判民法4事件 担保不動産収益執行における収益に係る給付を求める権利の帰属等

2012年05月09日 | 重判民法答案

 平成21年度重判民法4事件 担保不動産収益執行における収益に係る給付を求める権利の帰属および担保不動産の賃借人からの相殺

 最高裁判所平成21年07月03日第二小法廷判決
(平成19(受)1538 賃料等請求事件)
(民集 第63巻6号1047頁)
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=01&hanreiNo=37773&hanreiKbn=01

【問題】
1 本件建物所有者Aは、平成9年、Yとの間で本件建物につき賃貸借契約を締結し(賃料月額700万円)、これをYに引渡し、AはYから保証金3億1500万円、敷金1億3500万円を受領した。
2 Aは、平成10年、Bのために本件建物に本件抵当権を設定し登記を経由した。
3 Aは、平成11年、Yとの間で、Aが他の債権者から強制執行や滞納処分による差押えなどを受けたときは、本件建物につき滞納処分による差押えを受けたため、本件保証金返還債務につき期限の利益を喪失した。
4 本件建物につき、同年5月、Bの申立てに係る本件抵当権に基づく担保不動産収益執行開始決定がなされ、Xがその管理人に選任された。
5 Yは、同年7月から9か月分の賃料の支払いを怠った。
6 管理人Xは、賃借人Yに対して同年7月分から9か月分の賃料6300万円などの支払いを求めて、本件訴訟を提起した。
7 これに対し、賃借人Yは、保証金返還残債権を自働債権とし、賃料残債権を受動債権とする相殺の抗弁を主張した。
Yの主張は認められるか。

【答案】

(1) Yの相殺の主張が認められるためには、本件自働債権たる保証金返還債権と受動債権たる賃料債権に相殺適状が生じていることが必要であるが、もし平成11年5月の担保不動産収益執行開始決定以降に発生した賃料債権が管理人Xに帰属するものであれば、相殺適状が生じず、Yの主張は認められなくなる。そこで、担保不動産収益執行開始決定以降の債権が債権者と管理者のいずれに帰属するかが問題となる。
(2) 担保不動産収益執行は、担保不動産から生ずる賃料等の収益を被担保債権の優先弁済に充てることを目的として設けられた不動産担保権の実行手続の一つであり、執行裁判所が、担保不動産収益執行の開始決定により担保不動産を差し押さえて所有者から管理収益権を奪い、これを執行裁判所の選任した管理人に委ねることをその内容としている(民事執行法188条、93条1項、95条1項)。管理人が担保不動産の管理収益権を取得するため、担保不動産の収益に係る給付の目的物は、所有者ではなく管理人が受領権限を有することになり、本件のように担保不動産の所有者が賃貸借契約を締結していた場合は、賃借人は、所有者ではなく管理人に対して賃料を支払う義務を負うことになるが(同法188条、93条1項)、このような規律がされたのは、担保不動産から生ずる収益を確実に被担保債権の優先弁済に充てるためであり、管理人に担保不動産の処分権限まで与えるものではない(同法188条、95条2項)。
 このような担保不動産収益執行の趣旨及び管理人の権限にかんがみると、管理人が取得するのは賃料債権等の担保不動産の収益に係る給付を求める権利自体ではなく、その権利を行使する権限にとどまり、賃料債権等は、担保不動産収益執行の開始決定が効力を生じた後も所有者に帰属しているものと解するのが相当である。そして、このことは、担保不動産収益執行の開始決定が効力を生じた後に弁済期の到来する賃料債権等についても変わるところはない。
(3) したがって、本件においては、Bの抵当権に基づく担保不動産収益執行の開始決定が効力を生じた後も、本件建物の賃料債権はAに帰属しているから、Yの相殺の意思表示時には相殺適状にあったことになる。

(1) 以上のように解したとしても、本件相殺の意思表示はXではなくAに対してなされており、開始決定の効力発生後、相殺の意思表示を受領する資格を抵当不動産所有者Aがなお有するか、506条1項の「相手方」の意義が問題となる。
(2) 506条1項の「相手方」とは、相殺によって消滅すべき債権関係の帰属者を指称するのであり、受働債権について管理収益権者が取立権を有する場合でも、債権そのものの帰属者は同条1項にいう「相手方」に含まれるというべきである。そして、上記のように、担保不動産収益執行の開始決定が効力を生じた後も、賃料債権等は、不動産所有者に属している。したがって、担保不動産収益執行の開始決定の効力が生じた後も、担保不動産の所有者は「相手方」に当たり、賃料債権等を受働債権とする相殺の意思表示を受領する資格を失うものではないと解するのが相当である。
(3) 本件では、賃貸人Aは、本件開始決定の効力が生じた後も、本件賃料債権の債権者として「相手方」に当たり、Bの相殺の意思表示を受領する資格を有していたことになる。

(1) では、賃借人Yによる本件相殺をもって、管理人Xに対抗することができるか。担保不動産収益執行開始決定以前に取得した担保不動産の所有者に対する債権と、同所有者に対して負う債務との相殺の効力が問題となる。
(2) 被担保債権について不履行があったときは抵当権の効力は担保不動産の収益に及ぶ(370条、民事執行法188条、93条1項)が、そのことは抵当権設定登記によって公示されているということができる。そうすると、賃借人が抵当権設定登記の後に取得した賃貸人に対する債権については、抵当権が担保不動産の収益に及びうることが公示されている以上、賃借人は賃料債権を受働債権とする相殺を抵当権者に対抗できないが、その反面、賃借人が抵当権設定登記の前に取得した賃貸人に対する債権については、上記公示がない以上、賃料債権と相殺することに対する賃借人の期待が抵当権の効力に優先して保護されるべきであるから、担保不動産の賃借人は、抵当権に基づく担保不動産収益執行の開始決定の効力が生じた後においても、抵当権設定登記の前に取得咲いた賃貸人に対する債権を自働債権とし、賃料債権を受動債権とする相殺をもって管理人に対抗することができると解する。
(3) これを本件につきみるに、YのAに対する保証金債権は、Bの抵当権設定登記前に取得したものであるから、Yは当該保証金債権を自働債権とし、賃料債権を受働債権とする相殺の意思表示をもって、管理人Xに対抗することができる。

 よって、本件Yの主張は認められる。

 


【答案】平成21年度重判民法3事件 利息制限法制限超過利息過払金の返還請求権の消滅時効の起算点

2012年05月09日 | 重判民法答案

最高裁判所平成21年01月22日第一小法廷判決
(平成20(受)468 不当利得返還等請求事件)
(民集第63巻1号247頁)
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=01&hanreiNo=37212&hanreiKbn=01

【問題】
 Xは、貸金業者であるYとの間で、一つの基本契約に基づいて昭和57年(1982年)8月10日から平成17年(2005年)3月2日にかけて、継続的に借入れと返済を繰り返す金銭消費貸借取引を行った。借入れは、借入金の残元金が一定額となる限度で繰り返し行い、また、返済借入金債務の残額の合計を基準として各回の最低返済額を設定して、毎月行われていた。
 Xは、その結果、利息制限法を超える利息を支払い、よって過払金が発生したと主張して、平成19年(2007年)になって、不当利得の返還を求めてYを訴えた。これに対して、Yは、過払金発生時から10年を経過した部分については消滅時効が完成しているとして、時効を援用した。
 Yの主張は認められるか。

【答案】

 消滅時効の起算時は「権利を主張することができる時」から進行するところ(166条1項)、本件においてYは本件不当利得返還請求権については、過払金発生時が「権利を主張することができる時」であり、同時点から10年を経過した部分は消滅時効が完成している旨主張している。そこで、本件のような過払金充当合意を含む基本契約に基づく継続的な金銭消費貸借において、消滅時効の起算時、すなわち「権利を主張することができる時」はいつかが問題となる。


 過払金充当合意においては、新たな借入金債務の発生が見込まれる限り、過払金を同債務に充当することとし、借主が過払金に係る不当利得返還請求権を行使することは通常想定されていない。
 そこで、一般に、過払金充当合意には、借主は基本契約に基づく新たな借入金債務の発生が見込まれなくなった時点、すなわち、基本契約に基づく継続的な金銭消費貸借取引が終了した時点で過払金が存在していればその返還請求権を行使することとし、それまでは過払金が発生してもその都度その返還を請求することはせず、これをそのままその後に発生する新たな借入金債務への充当の用に供するという趣旨が含まれているものと解すべきである。
 そうすると、過払金充当合意を含む基本契約に基づく継続的な金銭消費貸借取引においては、同取引継続中は過払金充当合意が法律上の障害となるというべきであり、過払金返還請求権の行使を妨げるものと解する。
 したがって、過払金充当合意を含む基本契約に基づく継続的な金銭消費貸借取引においては、過払金返還請求権の行使について、上記内容と異なる合意が存在するなど特段の事情がない限り、同取引が終了した時点をもって「権利を主張することができる時」というべきであり、消滅時効は同時点から進行すると解するのが相当である。

 本件では上記と異なる合意が存在するなど特段の事情は存在しない。したがって、XY間における基本契約に基づく継続的な金銭消費貸借取引が終了した時点から過払金請求権の消滅時効は進行するのであるから、Yの主張は認められない。