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【答案】平成21年度重判民法6事件 賃借人が損害回避・減少措置をとらなかった場合の通常損害

2012年05月09日 | 重判民法答案

平成21年度重判民法6事件 店舗賃貸人の修繕義務不履行において賃借人が損害回避・減少措置をとらなかった場合の通常損害

最高裁判所平成21年01月19日第二小法廷判決
(平成19(受)102  損害賠償請求本訴,建物明渡等請求反訴事件)
(民集 第63巻1号97頁)
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=01&hanreiNo=37200&hanreiKbn=01

【問題】
1 XはY所有の駅前ビルの地下1階部分を賃料月額20万円、期間1年の約定で賃借してカラオケ店を営業していた。
2 平成7年3月の期間満了に際して、Yは更新を拒絶し、同年10月にはYはXに500万円の立退き料とともに解除を通告したが、Xは本件店舗部分でのカラオケ店営業を継続した。
3 本件ビルは建築から約30年が経過し、老朽化による大規模な改装とその際の設備の更新が必要とされており、平成4年9月ころからは本件店舗部分に浸水が頻繁に発生し、浸水の原因が判明しない場合も多かった。
4 平成9年2月12日、排水ポンプの故障により床上30~50センチの浸水事故が発生し、Xは休業を余儀なくされた。
5 XはYに対し修理を要請したが、Yは同年2月18日付けで建物の老朽化を理由に再度の契約解除を通告した。
6 Xは、平成9年5月に本件事故によるカラオケセット等の損傷に対し、合計3700万円余りの保険金の支払を受けた。
7 Xは占有を継続し、Xには本件事故から事実審口頭弁論終結時まで月額100万円の営業利益の喪失損害が生じている。
8 Xは、事故から1年7か月後の平成10年9月14日に訴えを提起し、Yの修繕義務の不履行を理由に事故発生から平成13年8月11日までの営業利益の喪失損害5400万円(月額100万円×54か月)の支払を求め、訴えを提起した。
 Xの上記請求に対し裁判所はいかに判断すべきか。なお、上記2・5のYの契約解除は借地借家法28条にいう正当の事由が認められず、効力を生じないものとする。

【答案】

 Xの主張する、Yの債務不履行に基づく損害賠償請求権の成否につき検討する。
 YはXに対し、本件事故後も引き続き賃貸人として本件填補部分を使用収益させるために必要な修繕義務を負担しているにもかかわらず、その義務を尽くさなかったのであり、Yは「債務の本旨に従った履行」をなしていない。そして、そのことにつきYに過失も認められる。

(1) それでは、XにXの主張通りの損害を認めてよいか。本件事故後、Xは早期に損害軽減のための処置を取っておらず、このような場合にも発生した損害の全額について債務者は賠償義務を負うかが問題となる。
(2) 履行障害が生じた後損害が拡大することが高度の蓋然性をもって予測できる場合であって、債権者が損害を回避又は減少させる措置を取ることが困難ではないといった事情がある場合、債権者としては条理上、損害を回避又は減少させる措置を取る義務を負い、かかる義務の履行に向け債権者が何ら方策を講じないまま徒に事態を拱手傍観し、損害を拡大させた場合には、当該拡大損害部分については416条1項にいう「通常生ずべき損害」に含まれないというべきである。
(3)ア これを本件についてみるに、平成4年9月ころから本件店舗部分に浸水が頻繁に発生し、浸水の原因が判明しない場合も多かったこと、本件ビルは本件事故時において建築から約30年が経過しており、本件事故前において老朽化による大規模な改装とその際の設備の更新が必要とされていたこと、Yは、本件事故の直後である平成9年2月18日付け書面により、被上告人に対し、本件ビルの老朽化等を理由に本件賃貸借を解除する旨の意思表示をして本件店舗部分からの血亜巨を要求し、Xは本件店舗部分における営業再開のめどが立たないため、本件事故から1年7か月が経過した平成10年9月14日、営業利益の喪失等について損害の賠償を求める本件訴えを提起したことといった事実がみとめられる。これらの事実によれば、Yが本件修繕義務を履行したとしても、老朽化して大規模な回収を必要としていた本件ビルにおいて、Xが本件賃貸借契約をそのまま長期にわたって継続しえたとは必ずしも考えがたい。
 また、本件事故から1年7か月後を経過して本件訴えが提起された時点では、本件填補部分における営業の再開は、いつ実現できるか分からない実現可能性の乏しいものとなっていたものと解される。
 以上の事実から判断するに、本件事故後Xが速やかに損害回避のための何らかの方策を講じない限り、営業利益の損失の損害が拡大し続けることが高度の蓋然性をもって予測できた場合といえる。
イ 他方、Xが本件店舗で行っていたカラオケ店の営業は、本件店舗部分以外の場所では行うことができないものとは考えられないし、Xは、平成9年5月に本件事故によるカラオケセット等の損傷に対し、合計3700万円余りの保険金の支払を受けているというのであるから、これによって、Xは再びカラオケセット等を整備するのに必要な資金の少なくとも相当部分を取得したものと解される。
 とすると、遅くとも本件訴えが提起されるまでの1年7か月の間にXとしてはカラオケ店の営業を別の場所で再開する等の損害を回避又は減少させる措置を取ることが困難ではなかったといえる。
ウ 以上より、Xとしては、カラオケ店の営業を別の場所で再開する等、営業利益喪失の損害の拡大を回避又は減少させる措置を取る義務を条理上負っていたにもかかわらず、Xはなんらかかる方策を講じず損害が発生するにまかせたということができる。したがって、Xが上記義務を負うことになった以降の拡大損害部分については「通常生ずべき損害」含まれないというべきである。

 よって、Xに生じた損害のうち、Xが損害を回避又は減少させる措置を採ることが可能となった時点以降の拡大損害については、Xの請求は認められないというべきである。