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司法試験平成24年労働法第2問

2012年09月13日 | 労働百選答案

第1 設問1
1 Y社によるBの降格処分について
(1)行政救済
ア X組合としては、降格処分が不利益取扱いの不法労働行為(労組法7条1号本文前段)に該当するとして、労働委員会に対し上記処分の撤回命令を求めることが考えられる。
イ(ア) まず、Bの本件ビラ配布行為が「労働組合の正当な行為」といえるか。
(イ) 本件ビラ配布は、許可を得ないでY社事務所で行われたものであるから、形式的には就業規則所定の「許可なく…社内で…印刷物等の頒布…をしないこと」との禁止事項に該当する。しかしながら、右規定は企業の施設管理権の適正な行使等の企業秩序の維持を目的としたものと解されるから、ビラの配布が形式的にはこれに違反するようにみえる場合でも、①ビラ配布の目的、②ビラの内容・文言、③ビラ配布の時間、④ビラ配布がなされた場所の性質、⑤ビラ配布行為の態様等に照らして、その配布が管理権の適切な行使等の企業秩序の維持をみだすおそれのない特別の事情が認められるときは、実質的には上記規定の違反になるとはいえず、したがって、これを理由として就業規則所定の懲戒処分をすることは許されないというべきである。
(ウ) これを本件ビラ配布について検討するに、①本件配布行為は、ベースアップ交渉が暗礁に乗り上げたことを打開すべく団体交渉の内容をX組合員に伝達するため行われたものであり、労働条件の交渉という労働組合結成本来の目的を達するための行為といえ(労組法1条1項参照)、目的として正当である。次に、②ビラの内容はベースアップについての団体交渉の日時、出席者及び交渉概要に関する記述であり、上記労働条件の交渉という組合の本来的活動を内容とするものである。使われている文言も会社側の名誉・信用を毀損するようなものではなく、比較的穏当といえる。また、③本件配布は始業時刻前になされたもので、業務に対する直接的侵害はない。さらに、④配布の場所はY社事務所内であり、部外者の立ち入りは通常予定されておらず対外的にY社の信用が害されるといった事情は存在しない。加えて⑤配布の態様につき、本件ビラはA4サイズの紙一枚という比較的小型のもので、また貼り付け行為などはなく机上に置くといった穏当な手法がとられており、これにより社内の美観を特に害するとか、撤去に手間がかかり会社の施設管理権を著しく害するといった事情はない。さらに、片面印刷の印刷面を下にしてX組合員のみを対象に配布されており、組合員以外の者に内容が明らかになることをできる限り防ぐ配慮がなされている。以上の事情を総合的に考慮すると、本件ビラ配布はY社の施設管理権の適切な行使等の企業秩序維持をみだすおそれのない特別の事情が認められるというべきである。したがって、本件ビラ配布行為には上記就業規則の規定は適用されず、本件配布行為は「労働組合の正当な行為」に当たる。
ウ 次に、7条1号は「故をもって」との文言を用いることから、不利益取扱の不当労働行為の成立には不当労働行為の意思が必要となる。ここにいう、不当労働行為の意思とは、反組合的な意図ないし動機をいう。
 本件においてはY社は本件ビラ配布を理由に本件降格処分をしているが、上記のように本件ビラ配布行為は労働組合の正当な行為として適法なものと認められるから、Y社は組合活動のゆえに本件降格処分を行ったものであり、反組合的な意図ないし動機が認められる。したがって、不当労働行為の意思が認められる。
エ そして、本件降格処分によりBは部下を持たない立場になり月額2万円の係長手当の支給が受けられなくなったのであるから、従業員としての職責上の側面及び経済的側面において「不利益な取扱い」がされたといえる。
オ 以上より、本件Y社の降格処分は不利益取扱いの不当労働行為に該当し、X組合の上記請求は認められる。
(2)司法救済
ア X組合としては、本件降格処分が不利益処分の不当労働行為にあたるとして当該処分の無効確認を裁判所に対し求めることも考えられる。
イ 不当労働行為の禁止が憲法28条に由来し労働者の団結権・団体行動権を保障するための規定であることから、これに違反する行為は私法上も無効というべきである。したがって、上記請求は認められる。
2 Y社による団体交渉を拒否する旨の通告について
(1)行政救済
ア X組合としては、Y社の本件団体交渉拒否が労組法7条2号の団交拒否の不当労働行為に当たるとして、労働委員会に対し団体交渉の応諾を求める救済申立てを行うことが考えられる。
イ(ア) X組合はベースアップ要求に対しては財務状況及び業績見通しの分析評価については経営者の判断事項であって団体交渉での議論対象とならないこと、Bの降格については人事権行使であり経営権に関する事項であることを理由に団体交渉を拒んでいる。これが「正当な理由」に基づく団交拒否に当たるか。
(イ) 7条2号の趣旨が使用者の不当な団交拒否を禁止することにより、団体交渉を通じた労使対等を促進し、労働者の地位を向上させることにあることからすると、使用者には誠実に団体交渉に当たる義務があるというべきである。したがって、使用者が労働組合の要求や主張に対する回答や自己の主張の根拠を具体的に説明したり必要な資料を提示する等の誠実な対応を通じて合意達成の可能性を模索することなく団体交渉を拒絶した場合には、上記誠実交渉義務に反したものであり、「正当な理由」なく団体交渉を拒絶したものとして不当労働行為に該当すると解するのが相当である。
(ウ) これを本件について検討する。
 まずベースアップ要求について、確かにY社は既に合計4回の団体交渉に応じ、またX組合の資料要求にも応じている。しかしながら、Y社が提出した財務関係資料は会社の財務状況を客観的数額として示すのみで、ここからベースアップが可能か否かを一義的に判断することは困難であり、Y社がベースアップが困難であると判断したのであれば、労使交渉の場において当該判断に至るまでの過程を経営者的見地から合意が得られるよう具体的に説明する義務をY社は誠実交渉義務の内容として負うというべきである。これにもかかわらずY社はX組合の説明要求に対し、「説明しようにも根拠は資料の通りだ」と述べるのみで、財務関係資料の解釈について具体的根拠を示した上での説明を拒んでいるのであり、このようなY社の対応は誠実交渉義務に反するものといわざるを得ない。したがって、「正当な理由」は認められない。
 次に、Bの降格について、確かに人事権の行使は経営事項に関するものであり会社側の一定の裁量が認められる。しかしながら裁量権の行使も合理性の認められる範囲に限られるところ、本件降格処分は前述のように就業規則所定の事由に基づかず反組合的意図ないし動機により行われたものであり、経営上の観点と無関係になされていることから、合理性が認められず裁量権を逸脱したものというべきである。したがって、「正当な理由」は認められない。
ウ 以上より、本件団交拒否は「正当な理由」に基づかない団交拒否として7条2号の団交拒否に当たる。
(2)司法救済
 上記のようにY社の団交拒否は不当労働行為に当たることから、X組合としては、裁判所に対し団体交渉を求めうる法的地位の確認請求が可能である。
3 CによるX組合組合員の酒食への勧誘及び説得について
(1)行政救済
ア X組合としては、本件Cの酒食への勧誘及び説得行為が7条3号の支配介入の不当労働行為に当たるとして、労働委員会に対しポストノーティス命令を求めることが考えられる。
イ(ア) まず総務部長CはY社役員に諮ることなく独断で本件行為に及んでいる。かかるCの行為を「使用者」の行為としてY社に帰せしめることができるか。
(イ) ①労組法2条1号所定の使用者の利益代表者に近接する職制上の地位にある者が②使用者の意を体して労働組合に対する支配介入を行った場合には、使用者との間で具体的な意思の連絡がなくとも、当該支配介入をもって使用者の不当労働行為と評価することができるというべきである。
(ウ) これを本件についてみるに、①Cは人事管理の責任者であり、「雇入解雇昇進又は移動に関して直接の権限を持つ監督的地位にある労働者」であるため、2条1号所定の使用者の利益を代表者に近接する職制上の地位にある者といえる。また、②Cは団体交渉に毎回出席し、X組合を好ましく思っていなかった上、ビル出入口外の活動をこのまま続けさせてはY社の対外的な信用にも関わることから当該活動を止めさせるべきだと考え、「このままでは会社の業績を悪化させる。」「業績を回復すれば、ベースアップもできる。」「出世にも影響する。」など、専ら会社の立場から発言をしている。これは反組合的意思を有していた会社の意を酌んでなされた行為とみることができ、使用者の意を体した行為というべきである。したがって、Cの行為は「使用者」の行為と評価することができる。
ウ 次に、Cの上記行為は組合活動からの離脱を働きかけるものであり、「労働組合を…運営することを支配し、若しくはこれに介入すること」に当たる。
エ また、支配介入行為の成立範囲を明確にすべく支配介入の不当労働行為の成立には支配介入の意思を要すると解すべきところ、本件行為は組合活動からの離脱を働きかけ組合の弱体化を図る意思からなされたことは明白といえ、Cに支配介入の意思が認められる。
オ 以上より、Cの行為には支配介入の不当労働行為が成立し、X組合の上記請求は認められる。
(2)司法救済
ア X組合としては、上記不当労働行為によって現に5名の脱退者が生じたことから、Y社に対し不法行為(民法709条)に基づく損害賠償請求を行うことが考えられる。
イ 前述のように不当労働行為に該当する行為は私法上も無効であり、Cの上記行為には不法行為成立のための違法性が認められる。したがって上記請求は認められる。
4 Cによるビラ撤去行為について
(1)行政救済
ア X組合としてはCによるビラ撤去行為が7条3号の支配介入の不当労働行為に当たるとして、労働委員会に対しポストノーティス命令を求めることが考えられる。
イ(ア) 本件X組合のビラ配布行為は形式的には就業規則所定の禁止行為に該当するため、本件ビラ撤去行為は就業規則上会社に認められた権限内の行為として支配介入行為に当たらないのではないか。
(イ) 会社には施設管理権の適切な行使等の企業秩序維持の利益が認められるが、この企業秩序の維持の利益には経営者側の名誉の毀損となる労働者の行為を排除し、経営活動に対する風評を防ぐ利益も含まれる。したがって、会社側は上記の意味における企業秩序維持のために許可なく配布されたビラの撤去を適法に行うことができるのであり、ただ上記1(2)と同様の考慮要素に基づき、ビラの配布が企業秩序の維持をみだすおそれのない特別の事情が認められるときに限り当該配布行為は正当な組合活動として就業規則の禁止規定が解除され、会社のビラ撤去行為が支配介入行為になると解するのが相当である。
(ウ) 本件においては、確かに①本件ビラ配布の目的は、ベースアップという労働条件の向上の点にあり、かかる目的は正当といえる。また、③ビラ配布の時間は従業員がいずれも出勤していない早朝であり、④場所はY社事務所であって、企業秩序の混乱をきたす程度は低いとも思われる。しかしながら、②本件文書の内容についてみるに、本件文書には降格人事に対する抗議、ベースアップ要求、Cの支配介入に対する抗議といった正当な組合活動を内容とするものが含まれているが、その他の一部に「違法行為の達人」「私腹を肥やす偽善者」などA個人の名誉を毀損する過激な文言によるものを含んでいる。そして、⑤配布行為の態様につき、本件配布はA組合組合員以外の者も含めた全従業員の机上に、印刷面を上面にして置くという形態でなされている。なるほど、本件ビラには上記のように正当な組合活動を内容とする部分も含まれているものの、これらは上記の名誉毀的損表現を用いた部分と同一面に不可分に印刷されており、事前にビラを撤去しなければ否応なしにX組合員以外の従業員も含む全従業員の目に名誉毀損的表現部分が触れることになり、Aの名誉を守るためには事前撤去の必要性は高いといえる。以上の事情に鑑みると、本件ビラ配布行為がCによる支配介入行為への反感に端を発したという経緯を勘案してもなお、本件ビラ配布行為はAの名誉を害するものというべきであって、企業秩序の維持をみだすおそれのない特別の事情は認められないというのが相当である。したがって、本件ビラ撤去行為は支配介入とは評価できず、不当労働行為は成立しない。
(2)司法救済
 X組合としては支配介入の不当労働行為を理由に、裁判所に対し、不法行為に基づく損害賠償請求を行うことが考えられるが、上記のようにY社のビラ撤去行為に不当労働行為は成立しないのでこの請求は認められない。
第2 設問2
1 Y社としては裁判所に対し、施設管理権ないし企業秩序維持権に基づく妨害排除請求権としてX組合によるビル出入口外でのビラ配布等の活動の差止めを求めることが考えられる。
2(1) まず、本件活動はY社事務所内ではなくY社事務所が所在するビルの敷地の1階出入口で行われており、当該場所についてY社の施設管理権が及んでいるとはいえないため、Y社自身の施設管理権に基づく差止請求を認めることは困難である。しかしながら、当該場所での活動を認めたのでは会社の営業活動に重大な支障をきたし、また他の利用者の利用権や当該場所の管理権者の管理権を侵害するといった事情がある場合には、会社は企業秩序維持権に基づき従業員の組合活動の差止めを求めうる場合もありうる。もっとも、この場合も、組合活動が会社の施設管理権を直接に侵害しない以上、ビラ配布等の組合活動は本来自由になしうるのが原則であり、①当該活動が行われる時間、②場所、③ビラの内容・文言、④活動の態様、⑤これによって損なわれる会社その他第三者の利益等を総合考慮して、企業秩序維持の見地から真にやむを得ないというだけの高度の必要性がある場合に限り、会社側の差止請求が認められるものと解するのが相当である。
(2) これを本件についてみるに、まず①本件活動は休憩時間中の午後零時30分から午後零時50分まで行われており、会社の休憩時間であること、20分間という短時間であることからすると会社の営業に与える影響は大きいとはいえないようにも思われる。しかしながら、当該時間中であっても、テナント他社の関係者の出入は白昼であることからむしろ頻繁に行われるのであり、他社の営業に与える影響は大きいといえる。次に②確かに配布場所はY社事務所内でないが、Y社の入居するビルの1階出入口であり、Y社の施設と全く無関係の場所ではない。また、同ビルには他社がテナントとして入居しており、1階出入口での活動はテナント他社の関係者の利用に多大な影響を与えるものである。また、③確かに、本件ビラの内容は、ベースアップ交渉、降格人事の撤回といった労働組合の正当な活動についてのものであり、使用されている文言も社会的相当性に欠けるものではない。しかしながら、④本件活動の態様は、組合員10名余りが出入口に両列をなして、ビルを出入する不特定多数者に対して無差別にビラを配布し、ビラの文言を声高に連呼するというものである。いかにビラの内容・文言が上記のように社会的相当性に欠けるものではないとしても、Y社と無関係の第三者に対して訴えるに際しこのような強行的手法によるのはX組合の活動として相当な態様といえる範囲を逸脱するものである。そして、⑤上記活動により、テナント他社の関係者の取引先の出入が困難となり、また同社は批判の相手が同社であるとの誤解を招きかねないという損害が生じている。管理会社からY社に強い要請がなされていることも、上記損害の重大性を裏付ける。そして、Y社についても、Y社従業員の活動により他社に上記損害が生じることによりY社の対外的信用が低下し、Y社の営業活動に著しい支障が生じるといえる。以上の事情を総合的に考慮すると、本件は、企業秩序維持の見地から真にやむをえないというだけの高度の必要性がある場合に当たるというべきである。よって、Y社の差止請求は認められる。
以上