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【答案】労働百選70事件 休職―全日本空輸事件

2012年10月17日 | 労働百選答案

百選70事件 全日本空輸事件
東京地裁平成11年2月15日

1 Xとしては①本件休職処分の無効確認及び②民法536条2項に基づく休職期間中の賃金の支払を求めることが考えられる。これらの請求が認められるかは、Y社のした本件休職処分が適法かにより決せられるため、この点につき検討する。
2 起訴休職制度の趣旨は、刑事事件で起訴された従業員をそのまま就業させると、職務内容又は公訴事実の内容によっては、職場秩序が乱されたり、企業の社会的信用が害され、また、当該従業員の労務の継続的な給付や企業活動の円滑な遂行に障害が生ずることを避けることにある。したがって、従業員が起訴された事実のみで形式的に起訴休職の規定の適用が認められるものではなく、①職務の性質、公訴事実の内容、身柄拘束の有無など諸般の事情に照らし、起訴された従業員が引き続き就業することにより、Y会社の対外的信用が失墜し、または職場秩序の維持に障害が生ずるおそれがあるか、あるいは②当該従業員の労務の継続的な給付や企業活動の円滑な遂行に障害が生ずるおそれがある場合でなければならず、また、③休職によって被る従業員の不利益の程度が、起訴の対象となった事実が確定的に認められ場場合に行われる可能性のある懲戒処分の内容と比較して明らかに均衡を欠く場合ではないことを要するというべきである。
3 これを本件につき検討する。
(1) まず①の点につきみるに、確かにY会社は公共性を有する業を営んでおり、また、傷害罪で逮捕されたパイロットを予定どおり乗務させるとすれば会社の常識を問わざるを得ないと述べた記者がいたことからすると、Xの就業継続によりY社の社会的信用が低下するかにも思われる。しかしながら、本件公訴事実は罰金10万円程度の略式命令にとどまり、業務とは関係のない男女関係のもつれが原因の事件であり、マスコミ報道もさほどされていなかったことからするとXを就業させてもY社の社会的信用を失墜させるおそれはないと認められる。また、事件とXの従事する業務とは無関係であること、男女関係のもつれから生じた偶発的なトラブルに関する刑事事件であり、これが機長と客室乗務員との信頼関係の維持を不可能にさせることはないことを考慮すると、Xの就業継続を認めることにより職場秩序の維持に障害が生ずるおそれもないというべきである。
(2) 次に②の点につきみるに、Xは身柄の拘束を受けておらず、出頭は有給休暇の取得でカバーすることができることから、Xの労務の継続的な給付に障害が生ずるおそれがあるとはいえない。また、高度の精神的安定性及び責任感を要求される機長の職務にとって、私生活上の問題が無関係とは言い切れないが、本件休職処分の時点では逮捕され略式命令を受けた日から約1ヶ月経過しており安全運行に影響を与える可能性は認められず、企業活動の円滑な遂行に障害が生ずるおそれがあるとはいえない。
(3) さらに③の点につきみるに、仮に有罪となった場合でも解雇処分は濫用とされる可能性が高く、また、降転職は賃金が支給され、出勤停止も1週間を限度としており、言及も賃金締め切り期間分の10分の1を超えないとされていることと比較して、無給の本件休職処分は著しく均衡を欠く。
(4) したがって本件休職処分は、上記①②③のいずれも満たさない場合であるにもかかわらずされたものであり、無効なものであり、Xの無効確認請求が認められる。また、Xは労務を提供していたのに、Y会社がその受領を拒否したため就労不能となったもので、民法536条2項によりXの本件賃金支払請求も認められる。