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松下プラズマディスプレイ(パスコ)事件 

2012年04月01日 | 労働百選

最判平成21年12月18日
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=38281&hanreiKbn=02
事件番号 平成20(受)1240
事件名 地位確認等請求事件
裁判年月日 平成21年12月18日
法廷名 最高裁判所第二小法廷
裁判種別 判決
結果 その他
判例集等巻・号・頁 民集 第63巻10号2754頁
原審裁判所名 大阪高等裁判所
原審事件番号 平成19(ネ)1661
原審裁判年月日 平成20年04月25日
判示事項 請負人と雇用契約を締結し注文者の工場に派遣されていた労働者が注文者から直接具体的な指揮命令を受けて作業に従事していたために,請負人と注文者の関係がいわゆる偽装請負に当たり,上記の派遣を違法な労働者派遣と解すべき場合に,注文者と当該労働者との間に雇用契約関係が黙示的に成立していたとはいえないとされた事例
裁判要旨 請負人と雇用契約を締結し注文者の工場に派遣されていた労働者が注文者から直接具体的な指揮命令を受けて作業に従事していたために,請負人と注文者の関係がいわゆる偽装請負に当たり,上記の派遣を「労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律」に違反する労働者派遣と解すべき場合において,(1)上記雇用契約は有効に存在していたこと,(2)注文者が請負人による当該労働者の採用に関与していたとは認められないこと,(3)当該労働者が請負人から支給を受けていた給与等の額を注文者が事実上決定していたといえるような事情はうかがわれないこと,(4)請負人が配置を含む当該労働者の具体的な就業態様を一定の限度で決定し得る地位にあったことなど判示の事情の下では,注文者と当該労働者との間に雇用契約関係が黙示的に成立していたとはいえない。
参照法条 労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律2条1号,職業安定法4条6項,労働契約法6条,民法623条,民法632条
全文 http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20091218155652.pdf

原審 大阪高判平成20年4月25日
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=37805&hanreiKbn=06
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20090707153405.pdf

原原審 大阪地判平成19年4月26日
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=37806&hanreiKbn=06
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20090707154114.pdf


新国立劇場事件 東京地判平成20年7月31日 その2

2012年04月01日 | 労働百選

第3 争点に対する判断
1 争点(1)(aは労組法上の労働者であるか)について
(1) 前提事実に証拠及び弁論の全趣旨を総合すると、財団と契約メンバーと
の契約締結の経緯及び内容、契約メンバーの出演の実態等について、以下
の事実が認められる。(証拠が記載されている事実は、当該証拠により認め
られるものである。記載がない事実は、当事者間に争いがない。)
ア財団は、平成9年2月の新国立劇場建設に伴い、同年4月、1998
/1999シーズンの新国立劇場合唱団のメンバーを募集し、同年7月、
オーディションを実施した。メンバーの応募資格は、平成10年4月か
ら平成11年6月までの間に主催される各オペラ公演及びその稽古に参
加できることであった。オーディションの結果、契約メンバーと登録メ
ンバー(契約メンバーの方が合格水準が高い。)が選抜された。
財団は、契約メンバーと、平成10年3月から平成11年6月までの
期間(1998/1999シーズン)、財団が主催又は共催する公演ごと
に、稽古日程と公演日程が添付された「出演契約書」により、個別の出
- 13 -
演契約を締結した。
この出演契約書においては、①契約者は、新国立劇場合唱団契約メン
バーとして公演に出演し、リハーサル等に参加すること、②報酬は、本
番出演は単価及び回数に基づき、稽古は単価やコマ数等に基づき支払う
こと、3時間を超えて稽古に参加した場合には、超過時間に応じた超過
出演料が加算されること、稽古等に欠席・遅刻・早退した場合には、報
酬が減額されること、③本契約に基づく出演業務の遂行に支障がない限
り、本件公演以外の音楽活動をすることを妨げないことなどが定められ
ていた。(乙61)
イ財団は、平成11年8月以降(1999/2000シーズン以降)は、
毎年、シーズンの開始前に審査会又は試聴会(以下「試聴会」という。)
を実施してメンバーの選抜を行った。試聴会は、次期シーズンの契約を
希望する前シーズンの新国立劇場合唱団員と公募による参加者とを対象
にして、新国立劇場のオペラ芸術監督や合唱指揮者らがオペラ・アリア
等の歌唱技能を審査するものである。財団は、試聴会等の結果により、
契約メンバー合格者及び登録メンバー合格者を選抜した。
契約メンバーは、原則として年間シーズン(8月から翌年7月まで)
のすべての公演(ただし、財団がシーズン開始前に予め出演を指定しな
いものがある。例えば、男声合唱だけの演目には、女性団員は出演しな
いし、他の合唱団が出演する演目もある(甲5ないし8)。)に出演可能
である者である。登録メンバーは、財団がその都度指定する公演に出演
が可能である者であり、契約メンバーだけでは合唱団のメンバーが足り
ない場合等に、合唱団に加わることになる。
財団は、契約メンバー合格者に対して、期間を1年間とする契約メン
バー出演基本契約の締結を申し出て、面談の上、基本契約を締結し、そ
の上で、個別の公演ごとに個別公演出演契約を締結していた。登録メン
バー合格者、あるいは契約メンバー合格者のうち、本人の希望又は面談
- 14 -
の結果登録メンバーとなることになった者は、登録メンバーとして、財
団との間で各公演ごとに個別の出演契約を締結した。(乙38)
契約メンバーは、毎年、40名程度であり、メンバーは毎年入替りが
ある。財団が主催するオペラ公演は、年間10ないし12の演目があり、
1演目について2ないし8回の公演(5、6回が多い。)が行われていた
(甲5ないし8)。
ウ上記のとおり、財団と契約メンバーとの間で、平成11年8月以降、
毎年、期間を1年間(8月から翌年7月まで)とする基本契約が締結さ
れた。その契約条項は、各メンバーにより出演対象となる個別公演が異
なるほかは、すべての契約メンバーに共通である。
初めて締結された1999/2000シーズン(平成11年8月から
平成12年7月まで)の基本契約の主な内容は、次のとおりである。(甲
5、乙63)
(ア) 財団は、契約メンバーに対し、財団が主催するオペラ公演に、19
99/2000シーズンの契約メンバーとして出演することを依頼し、
契約メンバーはこれを承諾する。
(イ) 契約メンバーが出演する公演は、契約書の別紙「出演公演一覧」に
掲げる公演(個別公演)とする。(出演公演一覧には、年間シーズンの
公演名、公演時期、公演回数及び当該メンバーの出演の有無等が記載
されている。この記載は、各契約メンバーごとに異なる。)
(ウ) 契約メンバーは、合唱メンバーとして個別公演に出演し、必要な稽
古等に参加し、その他個別公演に伴う業務で財団と合意する業務を行
う。
(エ) 契約メンバーが個別公演に出演するに当たり、財団と契約メンバー
は、契約メンバーの個別公演への出演を確定し、当該個別公演の出演
業務の内容及び出演条件等を定めるため、原則として当該個別公演の
稽古が開始される月の前々月末日までに、「個別公演出演契約」を締結
- 15 -
する。個別公演出演契約に記載されない事項については、この契約に
従うものとする。
(オ) 財団は、契約メンバーに対し、出演業務の遂行に対する報酬を、個
別公演出演契約締結のうえ、個別公演ごとに支払う。報酬は、報酬等
一覧に掲げる単価等に基づいて算定する。
添付されている報酬等一覧によれば、報酬には、本番出演料(1回
当たりの金額が定められている。)、GPその他各稽古の手当(GPは
1回当たりの金額、その他の稽古は1単位当たりの金額が定められて
いる。)、超過時間により区分された超過稽古手当(時間当たりの金額
が定められている。)があり、稽古に欠席・遅刻・早退した場合の減額
の扱い、財団の一方的な理由により契約メンバーを降り番とする場合
の降り番手当等も定められている。基本契約を締結しただけでは、報
酬は支払われない。
(カ) 個別公演出演契約を締結した後、病気等契約メンバーの事情により
当該個別公演に出演できなくなった場合において、降板にやむを得な
い理由があると財団が判断したときは、財団は、(オ)に従って算定され
た降板時までの履行相当分の報酬を契約メンバーに支払うものとする。
いずれかの当事者が、地震等の法律上の不可抗力又はやむを得ない理
由以外の理由によりこの契約又は個別公演出演契約を履行しなかった
場合には、他方の当事者は、何ら催告を要しないで、直ちに基本契約
又は個別公演出演契約を解除する権利を有する。履行しなかった当事
者は、他方に生じた損害額を賠償する。
(キ) 財団は、次のシーズンにおいても再び契約メンバーと基本契約を再
締結する意思がある場合には、シーズン期間満了日の3か月前までに、
当該契約メンバーにその旨を通知し、その意思を確認する。
基本契約の条項には、財団が契約メンバーに対して個別公演出演契約
の締結を申し出た場合には、その締結を義務づける旨を明示する規定や、
- 16 -
契約メンバーが財団以外が主催する公演に出演したり、個人公演を開い
たり、生徒に個人レッスンしたりすること等の音楽活動を禁止、制限す
る規定はなかった。
上記(エ)に基づき締結される個別公演出演契約には、出演を確定する個
別公演の公演日程、個別公演出演契約書において定める特記事項を除き、
個別公演の出演業務の内容及び出演条件はすべて基本契約書のとおりと
すること等が規定された。
エその後も、毎年、期間を1年とする基本契約が締結された。その内容
は、毎年、若干の変更がある。
(ア) 2000/2001シーズン(平成12年8月から平成13年7月
まで)
1999/2000年の基本契約に、契約メンバーが基本契約若し
くは個別公演出演契約の締結又は履行に関し、財団に対して虚偽の申
告若しくは届出を行った場合又は真実の申告若しくは届出を行わなか
った場合にも、財団は基本契約又は個別公演出演契約を解除すること
ができるという条項が追加された。
他は、1999/2000年の基本契約と同様である。(甲6)
(イ) 2001/2002シーズン(平成13年8月から平成14年7月
まで)
2000/2001の基本契約に、契約メンバーは、財団が再契約
に先立ち、試聴会を行うこと、契約メンバーの技能について審査のう
え契約メンバーに対する再契約の申出をするか否かを決定する手続を
行うことに異議を述べないことを定めた条項が追加された。
また、報酬は、従前、基本報酬として本番出演料と各種稽古手当が
定められていたが、このシーズンから、基本報酬は本番出演料だけと
なり、降り番手当が廃止された。超過稽古手当及び稽古等を欠席・遅
刻・早退した場合の取扱いについては従前のとおりであった。
- 17 -
他は、2000/2001の基本契約と同様である。(甲7)
(ウ) 2002/2003シーズン(平成14年8月から平成15年7月
まで)
2001/2002の基本契約で追加された条項が、財団が、再契
約に先立ち試聴会を行い、契約メンバーの技能について審査のうえ再
契約の申出をするか否かを決定すると改められた。
他は、2001/2002の基本契約と同様である。(甲8)
オ実際の運用では、契約メンバーが、そのシーズンの個別公演のうちい
くつかの出演を辞退し、個別公演出演契約を締結しないことがあった。
1999/2000シーズンから2005/2006シーズンまでの
7シーズンの間では、個別公演出演を辞退した契約メンバーは、のべ2
5名であり、その辞退演目数は39であった。出産育児以外の理由で個
別公演を辞退した人数は、1999/2000シーズンは、5名(うち
2名は他公演出演のため、1名は他団体試験のため、2名は理由不明。
なお、理由不明のうち1名は3演目を辞退した。)、2000/2001
シーズンは4名(うち1名は他公演出演のため、1名(a)は在外研修
のため、1名は短期留学のため、1名は理由不明。)、2001/200
2シーズンは7名(うち3名は他公演出演のため、1名は留学準備のた
め、3名は理由不明。)、2003/2004シーズンは1名(他公演出
演のため)、2004/2005シーズンは2名(いずれも他公演出演の
ため)であった。
契約メンバー本人に特段の希望がある場合や試聴会不合格の場合を除
き、個別公演の出演を辞退した契約メンバーに対しても、翌シーズンも
契約メンバー基本契約の締結の申出はされており、再契約において特に
不利な取扱いがされたことはなかった。財団から、個別公演の出演を辞
退したことを理由として制裁が課されたこともなかった。(契約メンバー
が個別公演を辞退した例、その理由等の詳細は、別紙のとおりである。)
- 18 -
(甲12、16ないし18(いずれも枝番を含む。)、23、24)
カ契約メンバーとして合格した者は、契約締結のための面談をする際、
財団から、全公演出演のために可能な限りの調整をすることを要望され
た。もっとも、契約メンバーとして基本契約を締結するに当たって、出
演公演一覧の全公演に確定的に出演できる旨の申告や届出が要求される
ことはなかった。1、2の演目には出演することができないという者で
も、財団の意向によって契約メンバーとなる者がいた。他方、契約メン
バーに合格しても、本人の希望により登録メンバーになる者や、出演で
きる公演が限られることから財団の申出により登録メンバーとなる者も
いた。
契約メンバーは、他の公演に出演することや、生徒に個人レッスンを
行うことなどを財団に対して報告することは求められていなかった。(乙
107の1、108の1、132の2)
キaは、平成10年3月以降、1998/1999シーズンから200
2/2003シーズンまで、契約メンバーとなり、1999/2000
年シーズン以降は、毎年、基本契約を締結した上、各公演ごとに個別公
演出演契約を締結し、公演に出演していた。公演の本番出演や稽古参加
のため、新国立劇場に行った日は、2002/2003シーズンでは、
約230日であった。もっとも、新国立劇場における拘束時間は、数時
間の日もあった。aは、この間、個人でリサイタルを開いたり、生徒に
個人レッスンをするなどの音楽活動も行っていた。平成13年1月から
同年3月まで文化庁在外派遣研修員としてウィーンに派遣され、その間、
予定されていた公演の出演を辞退したが、翌シーズンも契約メンバーと
して基本契約を締結した。(乙92、104の2)
(2) 以上の事実を前提として、aが財団と契約メンバーの基本契約を締結し
たことによって、aは労組法上の労働者といえるかどうかについて、検討
する。
- 19 -
最初に、基本契約を締結した場合、同契約に基づく労務ないし業務の提
供に関して諾否の自由がないのかどうかを、検討する。
ア前提事実(3)、前記(1)イ、ウのとおり、契約メンバーは、1999/
2000シーズン以後、シーズン毎に出演予定の演目と時期を示した出
演公演一覧が添付された基本契約を締結した上、個別公演出演契約を締
結して、個別の公演に出演しているのであり、契約メンバーの提供する
労務ないし業務は、個別公演への出演及びその稽古参加であることは明
らかである。そこで、諾否の自由があったか否かは、契約メンバーにお
いて個別公演への出演を辞退することができたかどうか、個別公演出演
契約の締結を辞退することができたかどうかによって判断することにな
る。
イ契約メンバーは、原則として年間シーズン(8月から翌年7月まで)
のすべての公演(ただし、財団がシーズン開始前に予め指定するもの)
に出演可能である者である(前提事実(3)、前記(1)イ)。基本契約上も、
財団は契約メンバーに対して主催するオペラ公演に出演することを依頼
し契約メンバーはこれを承諾する旨の規定があり、契約書には出演公演
一覧が添付され、当該契約メンバーの出演予定の演目と時期が示される
(前記(1)ウ(ア)ないし(ウ))など、契約メンバーは、原則として、全公演
に出演することが予定、期待されているのは事実である。
しかしながら、契約メンバーは、公演に出演する場合には、基本契約
だけでなく、必ず個別公演出演契約を締結している。基本契約上、契約
メンバーが個別公演に出演するについては、個別公演の出演を確定し、
その出演業務の内容及び出演条件等を定めるため、個別公演出演契約を
締結するものとされている(前記(1)ウ(イ)、(エ))。基本契約には、契約
メンバーに対して個別公演出演契約の申出があった場合にはこれを承諾
しなければならない旨の規定は存在しない。したがって、契約の形式上
は、基本契約だけでは契約メンバーは個別の公演に出演する義務はなく、
- 20 -
個別公演出演契約を締結することにより個別の公演に出演する義務が生
じる仕組みになっていることは明らかである。
基本契約の実質的な内容や運用をみると、契約メンバーが財団が主催
する以外の公演に出演することなど他の音楽活動を行うことは自由であ
り、現実に契約メンバーは他の公演に出演等をしている(前記(1)ウ、
オ)。基本契約の締結に際しても、出演公演一覧の全公演に確定的に出演
できる旨の申告や届出も要求されていなかった(前記(1)カ)。個別公演
に出演できる回数が少ない場合には、契約メンバーとなるのが困難では
あるが、予め全公演に出演ができないことを明示している者でも、財団
は、その意向によって契約メンバーにすることがあり(前記(1)カ)、契
約メンバーと基本契約を締結することは、一定の水準以上の合唱団員の
確保を目的としたものであることが窺える。基本契約を締結した契約メ
ンバーが個別公演の出演を辞退する例が多いシーズンには7名あったり、
出産育児以外の理由により1シーズンに3演目を辞退した者もあるが、
その際にも、申告や届出は要求されず、個別公演の出演を辞退したこと
を理由に制裁を受けた例はなく、翌シーズンの契約について特に不利な
取扱いをされた者もなかった(前記(1)オ)。なお、契約メンバー及び公
演の回数からみると、契約メンバーが個別公演の出演を辞退する例はか
なり少ないといえるが、財団が主催するような水準のオペラ等の公演が
常時多数行われているとは考えられないから、契約メンバーが財団主催
の個別公演の出演を辞退することは、もとより少ないと推測されるので
あって、個別公演出演の辞退がかなり少ないことをもって、実際上は辞
退ができないに等しいということはできない。
以上のような基本契約と個別公演出演契約の仕組みや、契約メンバー
の個別公演出演等の実態に照らせば、基本契約は、財団が、契約メンバ
ーに対して、そのシーズンの出演公演一覧の公演について、個別公演出
演契約締結の申込みをすることを予告するとともに、個別公演出演契約
- 21 -
に共通する契約内容を予め定め、これを契約メンバーに了解させておく
ことを目的とするものであり、契約メンバーにとっても、個別公演に出
演する機会が保障されるところに基本契約の意義があると認められる。
基本契約の締結によって、契約メンバーは、個別公演出演を予定し、ス
ケジュールを調整することになり、財団は、契約メンバーの出演を確保
することが予定、期待できることになる。しかし、このように契約メン
バーが個別公演に出演することが予定、期待されることは、事実上のも
のというべきであり、契約メンバーにとって、個別公演に出演すること、
すなわち個別公演出演契約を締結することが、法的な義務となっていた
とまでは認められない。
ウ以上に対し、ユニオンは、基本契約の「この契約又は個別公演出演契
約を履行しなかった場合には、他方の当事者は、何ら催告を要しないで、
直ちに基本契約又は個別公演出演契約を解除する権利を有する。履行し
なかった当事者は、他方に生じた損害額を賠償する。」という規定(前記
(1)ウ(カ))の「この契約(基本契約)の履行」の内容として最も重要な
ものが個別公演出演契約の締結であり、基本契約上、個別公演出演契約
の締結が義務となっていると主張する。
しかし、上記の「契約を履行しなった場合」が何を意味するのかは必
ずしも明らかでないし、現に個別公演出演契約の締結をしなかったこと
を理由に、基本契約を解除され、又は損害賠償を求められた者があった
と認めることはできず、ユニオンの主張は採用できない。なお、200
0/2001シーズン以降の基本契約では、契約メンバーが契約締結、
履行に際し虚偽の申告等を行った場合等にも契約の解除ができる旨の条
項が加えられた(前記(1)エ(ア))が、これによって個別公演出演が法的
義務となるといえるものではない。
また、ユニオンは、契約メンバーが公演を辞退する場合に降板願いを
出している事実がある(丙10により認められる。)ことから、基本契約
- 22 -
で指定された個別公演への出演が義務付けられていると主張する。
しかし、基本契約上、稽古等への欠席届と異なり、個別公演を辞退す
る場合についての手続を定めた規定はなく、現に個別公演を辞退しよう
とする契約メンバーが常に降板願い等を提出していた事実や届出を財団
から求められた事実は認められず、ユニオンの主張は採用できない。降
板願いが作成された例については、基本契約により個別公演の出演を期
待されている契約メンバーにおいて出演ができなくなるのであれば、財
団がその代わりの出演者を確保するために、一刻も早く出演不出演を確
定したいという財団の事実上の要求に沿ったものであると認められる
(乙107の1、108の2)が、基本契約の締結と個別公演出演契約
の締結との関係について、前記イの判断を左右するものではない。
さらに、ユニオンは、個別公演出演契約において実質的に定めるべき
ことはなく、実際に、個別公演出演契約の締結が個別公演の稽古が開始
された後になった例や公演の直前に結んだ例があったから、基本契約で
すべて合意されており、個別公演出演契約の締結は、基本契約での合意
を確認する意味しかないと主張する。
しかし、個別公演出演契約の契約書面の作成が、個別公演の稽古が開
始された後になった例があったからといって、基本契約とは別個の個別
公演出演契約という合意がされていないという理由にはならず、ユニオ
ンの主張を採用することはできない。
エ以上のとおり、契約メンバーは財団と基本契約を締結しただけでは、
個別公演に出演する法的な義務はなく、個別公演出演契約を締結する法
的な義務はないというべきであるから、契約メンバーには、基本契約締
結により労務ないし業務を提供することについて諾否の自由がないとは
認められない。
(3) 次に、基本契約を締結することにより、契約メンバーは業務遂行の日時、
場所、方法等の指揮監督を受けることになるのかどうかについて検討する。
- 23 -
前記(1)イ、ウ及び証拠(甲5ないし8、乙51、104の2、108の
1、丙1ないし8)によれば、財団は、シーズン前の9月ないし10月に
新国立劇場における公演日程を決定し、各個別公演の稽古等の確定した日
程については、その稽古の行われる月の前々月の月末までに決定し、提示
していたこと、歌唱技能の提供の方法や提供すべき歌唱の内容について指
揮者、音楽監督の指揮があったこと、基本契約上、稽古に欠席、遅刻等を
すれば報酬が減額されることが規定されており、実際にも、契約メンバー
が遅刻、早退、欠席等の稽古への参加状況について一定の監督を受けてい
たことが認められる。
しかし、契約メンバーは個別公演に出演しない限り、上記のような指揮
監督を現実に受けることはないから、上記指揮監督関係は、個別公演出演
契約を締結して初めて生ずるものである。前記(2)のとおり、個別公演出演
契約の締結は基本契約に基づく義務であるとは認められないから、基本契
約だけでは契約メンバーは上記のような指揮監督を受けることはない。
この点を措くとしても、証拠(甲14、乙108の1)によれば、個別
公演ごとに出演契約を締結する外部芸術家についても、公演及び稽古の時
間的場所的拘束が契約メンバーと同じようにあったことが認められ、外部
芸術家の場合にも、歌唱技能の提供の方法や提供すべき歌唱の内容につい
て指揮者、音楽監督の指揮があったこと、リハーサルへの参加状況に応じ
た契約金の減額あるいは契約の解除が契約上も定められており、不参加に
ついて一定の監督がされていたことは同様と認められる。そうであれば、
契約メンバーが、業務遂行の日時、場所、方法等について指揮監督を受け
ていることは、オペラ公演が多人数の演奏、歌唱及び演舞等により構築さ
れる集団的舞台芸術であることから生じるものと解されるから、契約メン
バーが上記のような指揮監督を受けることが、契約メンバーが労組法上の
労働者であることを肯定する理由とはならないというべきである。
(4) 契約メンバーの報酬についてみると、前記(1)ウ(オ)のとおり、報酬は個
- 24 -
別公演に出演し、稽古に参加した場合に支払われるものである。個別公演
出演契約を締結することが報酬支払の前提となっていて、基本契約を締結
しただけでは、報酬が支払われることはない。
他方、契約メンバーの労務ないし業務である個別公演出演をみると、前
記(1)イ及びウのとおり、シーズンの開始前に翌シーズンの公演日程が決定
され、基本契約締結に当たっては、当該契約メンバーが出演する予定の公
演の時期、回数も決定されている。契約メンバーは、基本契約締結の際に
決定された公演以外の公演に随時出演を求められるようなことはない。
以上のように、契約メンバーは、基本契約を締結しただけでは報酬が支
払われることはなく、他方で、出演することが予定されている公演は予め
決まっていて、予定された公演以外に随時出演を求められることはないの
である。このような契約メンバーの置かれた地位は、例えば、基本契約を
締結した場合には、出演の有無にかかわらず毎月一定の報酬が支払われる
が、他方で、出演の予定が予め決定しておらず、たとえ事実上の義務であ
ったとしても、いつでも出演を求められる可能性が継続しているような場
合と比較すると、指揮命令、支配監督関係は相当に希薄というべきである。
(5) 基本契約の内容については、財団が一方的に決定していた(前記(1)イ、
ウ)。しかし、契約の内容が一方当事者が決定することは、労働契約に特有
のことではなく、これが直ちに法的な指揮命令関係の有無に関係するもの
ではないから、契約メンバーが労働者であることを肯定する理由とはなら
ない。
aは公演と稽古を合わせると年間約230日の時間的拘束を受けていた
(前記(1)キ)が、この点も、法的な指揮命令関係の有無と関係するもので
はないから、拘束日時の多寡や長短は労組法上の労働者性の判断基準とは
ならない。
なお、被告は、契約メンバーは財団の公演に出演することを収入源とし
て生計を維持していたのであるから、契約メンバーが財団との団体交渉す
- 25 -
ら許されないとの結論は余りに不当であると主張するが、労組法上の労働
者であるかどうかは、法的な指揮命令、支配監督関係の有無により判断す
べきものであり、経済的弱者であるか否かによって決まるものではないか
ら、被告の主張は採用できない。
(6) 以上の検討のとおり、契約メンバーは基本契約を締結するだけでは個別
公演出演義務を負っていない上、個別公演出演契約を締結しない限り、個
別公演業務遂行の日時、場所、方法等の指揮監督は及ばず、基本契約を締
結しただけでは報酬の支払はなく、予定された公演以外の出演を事実上で
あっても求められることはないなど指揮命令、支配監督関係は希薄である。
したがって、契約メンバーが財団との間で基本契約を締結したことによっ
て、労務ないし業務の処分について財団から指揮命令、支配監督を受ける
関係になっているとは認めらず、aは労組法上の労働者に当たるというこ
とはできない。
2 争点(2)(本件団交申入れに応じないとした財団の対応は不当労働行為か)
について
上記1のとおり、aは労組法上の労働者と認められないから、ユニオンの
財団に対する本件団交申入れは、その趣旨としてaの将来の処遇等その労働
条件の改善等を含むものであったか否かにかかわらず、義務的団交事項につ
いて団体交渉を求めるものではない。したがって、その余の点について検討
するまでもなく、本件団交申入れに対する財団の対応が不当労働行為に当た
るとして財団に対して団交応諾及び文書交付等を命じた救済命令は、違法で
ある。
3 争点(3)(本件不合格措置は不利益取扱いに該当するか)について
上記1のとおり、aは労組法上の労働者と認められないから、本件不合格
措置について、不当労働行為であると解する余地はない。したがって、本件
不合格措置は不当労働行為に当たらないとして、ユニオンの救済申立てを棄
却した労働委員会の判断は、その結論において正当であるから、その取消し
- 26 -
を求めるユニオンの請求は理由がない。

第4 結論
以上のとおりであるから、中央労働委員会が中労委平成17年(不再)第
41号事件、同第42号事件について平成18年6月7日付けでした再審査
申立棄却命令のうち、財団の再審査申立てを棄却した部分(本件初審命令の
うち財団に対して団交応諾及び文書交付等を命じた部分の取消しと救済申立
ての棄却を求めた再審査申立てを棄却した部分。中労委平成17年(不再)
第42号事件についての命令)を取り消し、ユニオンの再審査申立てを棄却
した部分(本件初審命令のうち救済申立てを棄却した部分の取消しと救済命
令を求めた再審査申立てを棄却した部分。中労委平成17年(不再)第41
号事件についての命令)にかかる請求は棄却することとし、主文のとおり判
決する。
東京地方裁判所民事第19部
裁判長裁判官中西茂
裁判官松本真
裁判官遠藤貴子


新国立劇場事件 東京地判平成20年7月31日 その1

2012年04月01日 | 労働百選

新国立劇場事件 東京地判平成20年7月31日
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=37796&hanreiKbn=06
事件番号 平成18(行ウ)459
事件名 不当労働行為救済命令取消請求事件(通称 財団法人新国立劇場運営財団救済命令取消)
裁判年月日 平成20年07月31日
裁判所名 東京地方裁判所 
分野 労働
全文 http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20090707144152.pdf

主文
1 中央労働委員会が中労委平成17年(不再)第42号事件について平成1
8年6月7日付けでした再審査申立棄却命令を取り消す。
2 第2事件原告・第1事件参加人の請求を棄却する。
3 訴訟費用(参加費用を含む。)は、第1事件・第2事件を通じて、これを2
分し、その1を第1事件被告・第2事件被告の負担とし、その余を第2事件
原告・第1事件参加人の負担とする。

事実及び理由

第1 請求
1 第1事件(財団の請求)
主文第1項同旨
2 第2事件(ユニオンの請求)
中央労働委員会が中労委平成17年(不再)第41号事件について平成1
8年6月7日付けでした再審査申立棄却命令を取り消す。

第2 事案の概要
ユニオンは、財団が、①ユニオンの会員であるaを新国立劇場合唱団の契
約メンバーに合格させなかったこと、②ユニオンからaの次期シーズンの契
約に関する団体交渉を申し入れられたにもかかわらずこれに応じなかったこ
とが、いずれも不当労働行為であるとして、救済申立てをしたところ、東京
都労働委員会は、上記①については、不当労働行為に該当しないとしてその
申立てを棄却し、②については、不当労働行為に該当するとして、団体交渉
に応じるべきこと及びこれに関する文書の交付等を財団に対して命じた。ユ
ニオンは、申立棄却部分につき、財団は、救済を命じた部分につき、それぞ
れ再審査を申し立てたが、中央労働委員会は、双方の再審査申立てを棄却し
た。
本件は、財団(第1事件)とユニオン(第2事件)が、それぞれ中央労働
委員会の再審査申立棄却命令の取消しを求めた事案である。
- 2 -
1 前提事実(争いがない事実又は後掲証拠及び弁論の全趣旨により容易に認
められる事実)
(1) ユニオンは、日本で活動する音楽家と音楽関連業務に携わる労働者の個
人加盟による職能別労働組合である。(乙44)
(2) 財団は、新国立劇場において現代舞台芸術の公演等を行うとともに、同
施設の管理運営を行っている財団法人であり、平成10年4月以降、年間
を通して、複数のオペラ公演を主催している。
(3) 財団は、毎年、主催するオペラに出演する新国立劇場合唱団のメンバー
をオーディションあるいは試聴会を開いて選抜し、合格者との間で、原則
として年間シーズンのすべての公演に出演可能である契約メンバーと、財
団がその都度指定する公演に出演可能である登録メンバーに分けて、出演
契約を締結している。
契約メンバーとの間の契約は、平成10年3月から平成11年6月まで
(1998/1999シーズン)は、各公演ごとの個別契約だけであった
が、平成11年8月以降(1999/2000シーズン以降)は、毎年、
期間を1年とする基本契約が締結された上、各公演ごとに個別公演出演契
約が締結されている。
(4) a(昭和▲年▲月▲日生まれ)は、ユニオンに加入している者であり、
平成10年3月以降、毎年の試聴会等に合格し、新国立劇場合唱団の契約
メンバーとなり(平成13年は当初不合格とされたが、交渉の後、契約メ
ンバーとなった。)、平成11年8月から平成15年7月まで、1年ごとの
各期間(1999/2000シーズンから2002/2003シーズンま
で)、基本契約を毎年締結した上、各公演ごとに個別公演出演契約を締結し、
公演に出演していた。
ところが、aは、財団から、平成15年2月20日、同年8月から始ま
るシーズン(2003/2004シーズン)について、試聴会の結果、契
約メンバーとしては不合格であると告知された(以下、財団がaを不合格
- 3 -
としたことを「本件不合格措置」という。)。
(5) ユニオンは、平成15年3月4日、財団に対し、文書により、「aの次期
シーズンの契約について」を議題とする団体交渉申入れ(以下「本件団交
申入れ」という。)を行った。これに対し、財団は、同月7日、「a氏と当
財団との関係が雇用関係にないので、これを前提とする団体交渉申し入れ
は受諾出来ない」などと文書で回答した。(乙41、42)
(6) ユニオンは、平成15年5月6日、東京都労働委員会に対して、本件不
合格措置及び本件団交申入れに対する財団の対応が不当労働行為に当たる
として、本件不合格措置を撤回し、aを契約メンバーとして就労させるこ
と、本件団交申入れを拒否しないこと等を求めて、救済申立てをした。東
京都労働委員会は、平成17年5月10日付けで、本件団交申入れに対す
る財団の対応は不当労働行為に該当するが、本件不合格措置は不当労働行
為に該当しないとして、以下のとおり、命令を発した(以下「本件初審命
令」という。)。
「1 財団は、ユニオンが平成15年3月4日付けで申し入れた団体交渉を
ユニオン会員aと財団が雇用関係にないとの理由で拒否してはならな
い。
2 財団は、本命令書受領の日から1週間以内に、下記内容の文書をユ
ニオンに交付しなければならない。

年月日
ユニオン
代表運営委員b 殿
財団
理事長c
当財団が、平成15年3月4日付けで貴ユニオンの申し入れた団体
交渉を拒否したことは、不当労働行為であると東京都労働委員会で認
- 4 -
定されました。
今後、このような行為を繰り返さないよう留意します。
(注:年月日は文書を交付した日を記載すること。)
3 財団は、前項を履行したときは、速やかに当委員会に文書で報告し
なければならない。
4 その余の申立てを棄却する。」
(7) ユニオンは、本件初審命令のうち、本件不合格措置を不当労働行為と認
めず救済申立てを棄却した部分(主文4項)を不服として、再審査を申し
立てた(平成17年(不再)第41号不当労働行為再審査申立事件)。
財団は、本件初審命令のうち、本件団交申入れに対する財団の対応を不
当労働行為であると認め救済を命じた部分(主文1ないし3項)を不服と
して、再審査を申し立てた(平成17年(不再)第42号不当労働行為再
審査申立事件)。
中央労働委員会は、上記各再審査申立事件を併合し、平成18年6月7
日付けで、本件初審命令と同様の理由により、財団及びユニオンの各再審
査申立てを棄却する旨の命令を発した。財団は同年8月1日、ユニオンは
同月7日、それぞれこの命令を受領した。
財団及びユニオンは、それぞれ再審査申立てが棄却された部分につき、
命令の取消しを求めて、各訴えを提起した。
2 争点
(1) aは労働組合法(以下「労組法」という。)上の労働者であるか。(第1
事件・第2事件)
(2) 本件団交申入れに応じないとした財団の対応は、労組法7条2号の不当
労働行為に該当するか(本件団交申入れにかかる事項は義務的団交事項か、
財団の対応に正当な理由があるか。)。(第1事件)
(3) 本件不合格措置はaがユニオンの会員であることを理由とする不利益取
扱い(労組法7条1号)に該当するか。(第2事件)
- 5 -
3 争点に対する当事者の主張
(1) aは労組法上の労働者であるか(争点(1))
(財団)
労組法上の労働者、使用者は、それぞれ労働契約関係を元に成立した労
使関係の一方当事者であることを要する。以下の諸要素を総合的に検討す
ると、財団とaとの間にそのような関係は認められないから、aは労組法
上の労働者に当たらない。
ア契約の方式、方法
財団と契約メンバーは、シーズンの開始に当たり、年間スケジュール
を示す出演公演一覧が添付された基本契約を締結しているが、それによ
り出演公演一覧の演目について法的な出演義務が生じるものではなく、
出演義務は個別公演出演契約を締結して初めて生じる。基本契約と個別
公演出演契約という二段階の契約方式の採用は、大部の個別公演出演契
約書を作成する煩雑さを避けて作成事務を合理化したものに過ぎない。
イ契約メンバーの業務内容の決定
歌唱技能を提供する態様、実施方法、年間の個別公演の件数、演目を
財団が一方的に決することは、合唱団員と外部芸術家と異ならないから、
aの労働者性を肯定する要素とはなりえない。
ウ報酬に関する算定基準や方法の決定及び計算
財団によって報酬等が決定されることは、請負や委任といった非労働
契約においても同様であるから、財団の使用者性、aの労働者性を肯定
する要素ではない。
エ出演諾否の自由の有無
基本契約の締結によって個別の公演出演が義務となるものではない。
契約メンバーが、基本契約締結後、出産、育児等の理由以外の理由で
個別公演契約締結を断る事例は毎年5ないし7あるが、これらの個別公
演契約締結を断った者が翌シーズンの契約メンバー選抜において不利益
- 6 -
を被った事実はない。契約メンバーが個別公演に出演するに当たり、両
当事者は、契約メンバーの個別公演への出演を確定し、当該個別公演の
出演業務の内容及び出演条件等を定めるため「個別公演出演契約」を締
結するという基本契約の文言からも、基本契約の締結により個別公演出
演契約の締結が法的義務となるものではないことは明らかである。
オ指揮監督関係の有無、程度
契約メンバーが公演と稽古について時間的場所的に拘束を受けている
ことは、そもそもオペラ公演というものが多人数の演奏・歌唱・演舞等
により構築される集団的舞台芸術であり、オペラ合唱団の一翼を担うと
いう契約メンバーの業務の特性から必然的に生じるものであるから、労
働者性の判断指標とならない。稽古に欠席、遅刻等をすれば報酬を減額
されることは外部芸術家においても変わらない。個々の歌唱について細
かな指示はなく、契約メンバー各人に大きな裁量がある。
カ専属的拘束性
契約メンバーが、財団が主催する公演以外の公演に出演したり、教室
を運営して生徒に教えたりすることは自由であり、音楽家としての活動
は禁止されていない。個別公演出演契約を締結すると、公演や稽古への
参加が義務付けられるが、多くは1日3時間程度の拘束時間に過ぎず、
平成15年2月など月に3日間しか拘束されない月もあった。
キ報酬の労務対価性
契約メンバーの業務の中核は、公演本番に出演して歌唱を行うことで
あり、稽古への参加はその業務遂行のための従たるものに過ぎない。2
000/2001シーズンまで、本番出演料及びGP(本番前の最終リ
ハーサル)稽古手当は拘束時間と無関係に1回当たりの定額、音楽稽古
/立ち稽古の稽古手当は1コマないし10コマが一律5万円と定められ
ており、拘束時間との対応性は強くなかった。2001/2002シー
ズンからは報酬が本番出演料に一本化され、拘束時間との関係性は絶た
- 7 -
れた。報酬全体として労務対価性を肯定することはできない。
(被告)
アaは、契約メンバーであった当時、財団と契約を締結して公演等にお
いて歌唱技能を提供し、財団の決定及び計算による報酬を受けており、
自己の計算において事業を営んでいたとはいえないから、その労組法上
の労働者性は明らかである。
イもっとも、本件は、aが労組法の労働者であることに加え、さらに財
団との関係でも労組法により保護されるべき労働者といえるか、即ち、
aと財団との間に労組法上の保護を及ぼすべき関係があり、財団が労組
法上又は不当労働行為制度上の使用者であるかが検討されなければなら
ない。その判断のためには、契約内容を形式的にみるだけではなく、当
時のaと財団との関係にみられる諸種の事実を多面的に取り上げて総合
的な判断を行う必要がある。
aら契約メンバーは、財団による個別公演出演の発注に対して諾否の
自由が制約されており、特段の事情がない限り当然に応諾するものとみ
なされて、財団による個別公演に不可欠の人員とされ、財団が一方的に
指定した契約内容に基づいて、年間を通じて財団の指揮監督の下、演目
のほか公演や稽古の日時場所等についても財団の指示に従って歌唱技能
を提供し、その役務の対価としての報酬を受けていたものと認められる
から、aと財団との間には労働契約ないしこれに類する関係があり、a
は財団との関係でも団体交渉により保護されるべき労働者である反面、
財団は労組法上の使用者たる地位を有するものと認められる。
ウ契約メンバーは、財団が一方的に指定した契約内容に基づいて、年間
を通じて財団の指揮監督の下、歌唱技能を提供し、その対価として報酬
を受け、これを主な収入源として生計を維持していたのであって、この
ような実態に照らせば、契約メンバーが財団との団体交渉すら許されな
いとの結論は余りに不当である。
- 8 -
(ユニオン)
労組法3条は、労働基準法9条とは異なり、労働者の定義に「使用され
る者」という文言を用いていない。労組法上の労働者についても、講学上
は使用従属関係にある者をいうとされているが、「賃金、給料その他これに
準ずる収入によつて生活する者」である点が重要な指標である。したがっ
て、労組法上の労働者性は、使用従属関係を基本としながらも、団体交渉
の保護を及ぼす必要性と適切性が認められる場合には肯定される。その判
断基準は、①仕事の依頼についての諾否の自由、②業務上の指揮命令関係
及び場所的・時間的拘束性、③報酬の労務対償性の3つである。aと財団
との間には、基本契約の締結により、以下のとおり、労働契約ないしこれ
に類似する関係があるから、aは財団との関係でも団体交渉により保護さ
れるべき労働者である。
ア仕事の依頼についての諾否の自由
契約メンバーは、年間公演スケジュールを示されて、これに出演可能
であることが条件とされて基本契約を締結し、基本契約により、当該シ
ーズンにおいて財団が主催又は共催する公演等において出演業務を遂行
すべき義務を負っていた。契約メンバーは、財団が興行として実施する
個別公演に不可欠の人員とされており、個別公演出演の発注に対して当
然に応諾するものとみなされ、個別公演の出演をしない場合には、基本
契約の再締結がされず、ただ、子育て等やむを得ない事情によるときは
個別公演出演契約を締結しなくても、それだけで契約違反としないとい
う取扱いがされていたに過ぎない。基本契約には、虚偽の事実を告げた
場合の契約解除や損害賠償に関する条項が新設されるなど、個別公演出
演の義務は強化されている。実際にも、契約メンバーが個別公演に出演
しなかった割合は著しく低い。
イ業務上の指揮命令関係及び場所的・時間的拘束性
年間の個別公演の件数、演目、各公演の日程と日数、これに要する稽
- 9 -
古の日数やその時間割、その演目の合唱団の構成、合唱団員がいかなる
態様で歌唱技能を提供するかは、財団がその判断に基づいて一方的に決
定し、契約メンバーは、その決定に従って、公演及び稽古に参加する義
務を負い、指揮者や音楽監督の演出に従って歌唱技能を提供するという
関係にあった。契約メンバーは、公演と稽古を合わせると、年間230
日前後も新国立劇場に出勤していた。このように契約メンバーは財団か
らの指揮命令を受けている以上、公演と稽古以外の時間に、他の公演に
出演したり、個人的に生徒をとって教えたりしていても、その労働者性
が失われるものではない。
ウ報酬の労務対償性
契約メンバーは、出演した公演の時間及び稽古に参加した時間・実績
に応じて報酬が計算され、稽古が超過した場合には超過手当が支払われ
ていたから、労務の提供に対する報酬を受けていたといえる。
( ) 本件団交申入れに応じな2 いとした財団の対応は不当労働行為か(争点
(2))
(財団)
aは労組法上の労働者ではなく、財団も団体交渉応諾義務を負う労組法
上の使用者に当たらないから、本件団交申入れに対する財団の対応は、労
組法7条2号の不当労働行為に当たらない。
仮に、aが労組法上の労働者であり、財団が労組法上の使用者であると
しても、既に試聴会が実施されてaの不合格は決定し、次期シーズンの処
遇は確定しており、財団としては、ユニオンとの交渉により契約の締結や
役務提供の条件等を改めて決定する余地はないから、aの次期シーズンの
契約に関する本件団交申入れに応じる義務はない。
本件の救済命令は、本件団交申入れにかかる事項に、試聴会の在り方、
審査方法や合否判定等の契約締結のための手続事項を含みうるとして、こ
れが義務的団交事項であるとするが、「aの次期シーズンの契約について」
- 10 -
との文言から到底そのような趣旨を読み取ることはできない。
(被告)
財団は、aとの関係で、労組法上の使用者たる地位を有するものと認め
られるから、aが構成員たる労働組合であるユニオンが義務的団交事項を
議題とする団体交渉を申し入れた場合には、合理的な理由がない限りこれ
を拒否することができない。
aとの間で次期シーズン(2003/2004シーズン)の契約が締結
されなかったこと自体は不当労働行為とは認められない本件の具体的事情
及び次期契約締結の当否は試聴会の合否にかかっているという財団独自の
制度の下では、既に実施済みの試聴会の結果を受けたaの次期シーズン契
約の不締結は確定的事項であって団体交渉の結果により変更すべきもので
はないから、当該事項は義務的団交事項ではないが、当時の財団とユニオ
ンの協議状況等を勘案すると、本件団交申入れは、試聴会の実施方法、す
なわち審査方法や合否判定の手法等、労働者たるaの処遇ないし契約条件
に関わる多岐の事項を含むものと解釈できるところ、これらについては財
団が団交応諾義務を負うから、本件団交申入れに対し、aが雇用関係にな
いとの理由で財団が行った団体交渉拒否は、不当労働行為に当たる。
(ユニオン)
aの労組法上の労働者性は明らかであり、これを否定し団体交渉を拒否
することは正当の理由のない団体交渉拒否である。
財団は、ユニオンから本件団交申入れの際に説明を受け、aの今後の処
遇を含めた解決条件が交渉のテーマになること、従前から協議していた試
聴会の在り方や審査方法も交渉の内容になることを認識していたから、本
件団交申入れについて応諾義務を負う。また、aの試聴会不合格は不利益
取扱いであったから、財団は、本件不合格措置の撤回と次期シーズンの契
約自体についても団交応諾義務はあった。
(3) 本件不合格措置は不利益取扱いに該当するか(争点(3))
- 11 -
(ユニオン)
財団は、基本契約について、更新しがたい特別な理由があると認められ
る場合以外は当然に更新する方針を採っている。aについて更新しがたい
特別な理由はなかった。
財団は、試聴会の結果aを不合格としたが、その審査方法は、審査項目
も基準もなく、2人の審査員の感性に任せた著しく不合理なものであった。
aは、ユニオンの会員として積極的に組合活動を行い、オペラ合唱団員の
処遇上の問題点、新国立劇場合唱団への批判、とりわけ試聴会の問題点を
指摘していた。財団の合唱指揮者の発言から、財団がユニオンを嫌悪し、
その会員の排除を意図していたことは明らかである。
aは、二期会時代から約20年間オペラ合唱団員として、50作品以上
のオペラに出演し、新国立劇場合唱団においても3シーズンにわたりパー
トリーダーを務め、推薦を受けてウィーン国立劇場へ留学するなど、オペ
ラ合唱団員としての演奏能力は十分で、試聴会で不合格とされるようなも
のではなかった。aを試聴会で不合格とし、2003/2004シーズン
の基本契約を締結しなかった財団の行為は、恣意的で不当な目的によりa
を排除した結果であり、aがユニオンの会員であることを理由とする不利
益取扱いである。
(被告)
契約書の文言、試聴会の実施状況と契約締結の実態に照らしても、基本
契約は試聴会の審査結果を踏まえてシーズンごとに再締結が繰り返されて
いたものであり、更新が原則であったとの事実は認められない。
試聴会は、審査員の主観による判断を広く認め、審査方法の統一はされ
ていなかったが、審査結果自体に明らかな矛盾はなく、本件不合格措置が
審査員の恣意によりユニオンを排除する目的で行われたとも認められない。
(財団)
仮に、aが労組法上の労働者であるとしても、本件不合格措置は不当労
- 12 -
働行為に当たらない。基本契約は、シーズン毎の試聴会による厳格な技能
審査に合格した場合に締結されるものであって、更新が予定されているも
のではない。財団は契約メンバーとなった者を定期的に総入替えすること
も考えていないが、終身的に固定化することも考えていない。財団が、舞
台芸術の発展・振興に寄与するというその設置理念の実現のため、試聴会
による審査システムを採用したこと、その審査方法及び審査基準について
審査員の芸術家としての感性に任せることにはいずれも合理性がある。2
003/2004シーズンの試聴会における審査員2人のaに対する評価
結果は、いずれも明らかな不合格レベルではないが、相対的な評価の中で
契約メンバーに残るだけのものを備えていないというものであり、齟齬は
なかった。aがユニオンの会員であることを理由とする不合格措置ではな
い。


新国立劇場事件 東京高判平成21年3月25日

2012年04月01日 | 労働百選

新国立劇場事件 東京高判平成21年3月25日
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=80410&hanreiKbn=06
事件番号 平成20(行コ)303
事件名 各不当労働行為救済命令取消請求控訴事件(通称 財団法人新国立劇場運営財団救済命令取消)
裁判年月日 平成21年03月25日
裁判所名 東京高等裁判所 
分野 労働
全文 http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20100705114417.pdf

主文
1 本件各控訴をいずれも棄却する。
2 本件各控訴費用は各控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の申立て
1 控訴の趣旨
(1) 控訴人ユニオン
ア原判決中控訴人ユニオンの請求を棄却した部分(主文2項)を取り消す。
イ中央労働委員会が中労委平成17年(不再)第41号事件について平成1
8年6月7日付けでした再審査申立棄却命令を取り消す。
ウ訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人の負担とする。
(2) 控訴人国
ア原判決中控訴人国敗訴部分(主文1項)を取り消す。
イ被控訴人の請求を棄却する。
ウ訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人の負担とする。
2 控訴の趣旨に対する被控訴人及び控訴人国の各答弁
主文同旨
第2 事案の概要
1 事案の要旨
(1) 本訴提起に至る経緯
Aは,控訴人ユニオンの会員であり,被控訴人との間で平成11年8月から
平成15年7月まで各年ごとに出演契約を締結しながら,新国立劇場合唱団の
メンバーとして同劇場において開催された多数の公演に出演していたが,平成
15年8月から平成16年7月までのシーズンに係る出演契約の締結に先立つ
視聴会(歌唱技能についての審査)により契約メンバーとしては不合格である
旨告知された(以下「本件不合格措置」という。)。そこで,控訴人ユニオン
- 2 -
は,被控訴人に対し,この不合格告知に関する団体交渉の申入れ(以下「本件
団交申入れ」という。)をした。しかし,被控訴人がこれに応じなかったため,
控訴人ユニオンは,東京都労働委員会に対し,被控訴人が本件不合格措置を採
ったこと及び本件団交申入れに応じなかったことがいずれも不当労働行為に当
たるとしてその救済を申し立てたところ,同委員会は,前者の点については不
当労働行為に該当しないとして申立てを棄却し,後者の点については不当労働
行為に該当するとして,被控訴人に対し団体交渉に応じるべきこと及びこれに
関する文書の交付等を命じた(以下「本件初審命令」という。)。そこで,控
訴人ユニオンは本件初審命令のうち上記申立棄却部分について(平成17年
(不再)第41号不当労働行為再審査申立事件),被控訴人は同命令のうち上
記救済を命じた部分について(同年(不再)第42号不当労働行為再審査申立
事件),中央労働委員会に対しそれぞれ再審査を申し立てたものの,同委員会
はこれらの再審査申立てをいずれも棄却した。
(2) 本件事案の概要
第1事案は,被控訴人が,中央労働委員会がした再審査申立棄却命令のうち
被控訴人に控訴人ユニオンとの団体交渉に応じるべきこと及びそれに関する文
書の交付等を命じた部分に対する不服申立てを棄却した部分の取消しを求めた
事案であり,第2事案は,同控訴人が,上記命令のうち本件不合格措置に係る
救済命令申立棄却に対する不服申立てを棄却した部分の取消しを求めた事案で
ある。
(3) 原審の判断
原審は,被控訴人とAとの間で締結された契約の内容及び契約の締結に至る
過程を検討した上,Aが被控訴人との間でシーズンを通した基本的出演契約を
締結したからといって,① Aは公演ごとに個別的な出演契約を締結しなけれ
ばならない法的義務を負わないから,労務の提供につき諾否の自由がないわけ
ではないこと,② Aが被控訴人の指揮監督を受けるものではないこと,③
- 3 -
Aが被控訴人と個別公演出演契約を締結しない以上報酬は支払われないから,
報酬の労務対償性があるとはいえないことなどから,Aの労働者性を否定し,
その余の争点については判断するまでもないとして,被控訴人の第1事件に係
る請求を認容するとともに,控訴人ユニオンの第2事件に係る請求を棄却した。
そこで,これを不服とする原審第1事件における被告である控訴人国及び原
審第2事件の原告である同ユニオンが,それぞれ本件控訴を提起するに至った。
2 前提事実
おおむね原判決「事実及び理由」の「第2 事案の概要」の「1 前提事実」
(原判決3ページ14行目から6ページ6行目まで)に記載のとおりであるから,
これを引用する。ただし,原判決4ページ9行目の「まで,」の次に「被控訴
人との間で,」を,同19行目の「受諾出来ない」の次に「,(中略)不合格とな
った特定人物を合格扱いにせよとの交渉に応ずることは出来ません。」をそれぞ
れ加える。
3 本件の争点及び当事者の主張
(1) 次に付け加えるほかは,おおむね原判決「事実及び理由」の「第2 事案の
概要」の「2 争点」及び「3 争点に対する当事者の主張」(原判決6ペー
ジ7行目から14ページ1行目まで)及びに記載のとおりであるから,これを
引用する。
(2) 控訴人ユニオンの補充的主張
ア契約メンバーの労働者性に関する判断基準について
労働組合法上の労働者に該当するかどうかの判断基準の要素として考慮さ
れるべき指揮監督関係の有無は,労働の内容を指揮命令する権能の有無では
なく,労働力を事業目的に役立つように配置し利用するという意味での指揮
命令の権能(労働力処分権)の有無をいうのであって,そのような考え方は
判例(最高裁判所第一小法廷昭和51年5月6日判決・民集30巻4号43
7ページ)においても示されているところ,契約メンバーと被控訴人との契
- 4 -
約関係をみれば被控訴人は契約メンバーに対して労働力処分権を有している
というべきである。そして,そのほか労働者性判断に当たっては報酬の労務
対価性を考慮すればよく,労務提供の諾否の自由の有無等その余の事情は補
充的に考慮すれば足りるのであって,以上の判断基準に照らせばAは労働者
というべきである。
イ基本契約の法的性質・効果について
被控訴人と契約メンバーとの間で基本契約が締結される際,被控訴人の内
部文書である稟議書には,契約メンバー予定者の氏名一覧及び各報酬が記載
されているほか,シーズンを通じて各メンバーが新国立劇場に通うことを前
提とした交通費の支払方法について記載されているのであり,このことから
も契約メンバーについてはシーズンを通じた稼動が予定されていることが見
て取れるのであって,かかる事情は基本契約の締結が実質的にみればシーズ
ンを通じた雇用契約と等しい性質を有するものであることを示すもので,A
の労働者性を強く裏付けるというべきである。
(3) 控訴人国の補充的主張
ア契約メンバーの労働者性に関する判断基準について
被控訴人における契約メンバーの労働者性については,基本契約の内容及
びこれにより導かれる法的効果という限定された事情のみによって判断され
るべきではなく,契約メンバーに個別公演出演契約につき諾否の自由がない
場合はもとより,そうでない場合についても,基本契約を踏まえて締結され
る個別公演出演契約をもこれと一体の契約規範として把握した上,労働組合
法が制定された趣旨・目的を十分に斟酌しつつ,契約内容の一方的決定の有
無,報酬の額・計算方法,拘束時間の多寡・長短及び歌唱技能の提供の対償
として得られる収入への依存の程度など諸々の要素を総合的に考慮して,契
約メンバーが被控訴人による労働条件の一方的決定を甘受せざるを得ない立
場にあるかどうかという観点で判断されるべきである。
- 5 -
イ個別公演についての出演義務について
被控訴人と契約メンバーとの合意内容が基本契約により包括的に定められ
ていること,債務不履行があった場合の解除及び損害賠償に関する規定,後
に追加された虚偽申告等の場合の解除条項等から,基本契約を合理的に解釈
すると,契約メンバーに契約上のペナルティが課されるのは個別公演への出
演をしなかったとき(この点に関する虚偽申告等をしたときも含まれる。)
に限られるというべきであり,これらの契約に関する関係者の認識及び運用
ないし実態(取り分け歌唱技能を換価し得る市場の乏しいという状況からし
ても,契約メンバーは自由に個別公演への出演を辞退することは困難であっ
た。)をも併せ考えると,契約メンバーが個別公演に出演することを自由に
辞退し得るということはできないから,基本契約により個別公演への出演が
法的義務とされていたものというべきである。
(4) 被控訴人の反論
ア控訴人ユニオンの主張について
(ア) 控訴人ユニオンは労務提供の諾否の自由の有無が労働者性を判断する基
準の要素ではない旨主張するが,労務の提供につき諾否の自由を有しなが
ら労務提供の指示に応じる義務を負わないという場合はおよそあり得ず,
それ自体矛盾した主張であるし,同控訴人指摘の最高裁判例においても,
労務提供の諾否の自由に関する議論は当該使用者の指揮命令の権能ないし
当該労働者の従属性の有無の問題として論じられているのであって,上記
の点は判示の趣旨を誤解した主張である。
(イ) 控訴人ユニオンは被控訴人の稟議書を根拠に基本契約の法的性質ないし
被控訴人の基本契約締結に対する意図ないし目的の存在を基礎づけようと
するが,そもそも稟議書は契約メンバーとなる予定者及び一公演当たりの
出演報酬額等に関する内部決済の文書にすぎず,同控訴人の上記主張は単
なる憶測にすぎない。
- 6 -
イ控訴人国の主張について
(ア) 個別公演出演契約について併せて検討しても,個別公演ごとに出演契約
を締結する外部芸術家の場合との比較等から,契約メンバーにつきその労
働者性は認められないというべきである。
(イ) 基本契約に規定された義務は,個別公演出演契約を締結することにより
当該契約の内容を構成して初めて意味を持つものであって,個別公演出演
契約が締結されない段階においては,基本契約そのものから生じる義務を
論じること自体が無意味である。また,控訴人国は,基本契約の契約書に
おける一部の条項を取り上げて法的な個別公演への出演義務を根拠づけよ
うとするが,契約メンバーの「個別公演への出演を確定し,当該個別公演
の出演業務の内容及び出演条件等を定めるため,個別公演出演契約を締結
する」という契約書上の基本的な条項に反する表層的解釈であって,失当
というべきである。

第3 当裁判所の判断
1 当裁判所も,控訴人らの当審における主張を改めて検討してみても,Aの労働
者性はこれを否定するのが相当であって,第1事件における被控訴人の請求は理
由があり,第2事件における控訴人ユニオンの請求は失当であると判断する。そ
の理由は,次に付け加えるほかは,おおむね原判決「第3 争点に対する判断」
(原判決14ページ2行目から17行目まで)に記載のとおりであるから,これ
を引用する。
(1) 原判決14ページ18行目の「この出演契約書」の次に「のうちオペラ公演
「蝶々婦人」に係る契約書」を加え,同24行目の「本件公演」を「本公演」
に改める。
(2) 同23ページ8行目の「明らかでないし,」の次に「前記ア,イで検討した
とおり,少なくとも基本契約についての当事者間の合理的意思解釈としては個
別公演出演契約の締結が法的な義務として合意されたものとみることはできな
- 7 -
い上,」を加える。
(3) 同24ページ8行目の「理由にはならず,」の次に「また,契約メンバーと
被控訴人との法律関係は,後に個別公演出演契約が締結される場合を念頭に,
基本契約において個々の個別公演出演契約に共通する合意の基本的部分がほぼ
網羅的に定められており,個別公演出演契約を締結する際には当該公演に係る
日程その他の付加的事項が確認的に合意される程度であるから,むしろ当面は
契約メンバーとしては被控訴人に対し当該公演に参加するかどうかの意思を表
示しておけばよく,早急に個別公演出演契約に係る契約書面を作成しておかな
ければならない必要性は決して大きくないのであって,追って正式な個別公演
出演契約に関する書面を取り交わすことを予定しつつ,練習参加等の事実行為
が先行することは何ら不自然なことでないと考えられることをも併せれば」を
加える。
(4) 同25ページ13行目の「集団的舞台芸術であることから生じるもの」を
「集団的舞台芸術であるということによって各契約メンバーの債務の本旨及び
その履行も自ずと規定されることに起因する不可避の事柄である」に改め,同
ページ15行目の末尾の次に行を改め「このように,契約メンバーは,業務の
遂行ないし債務の履行に際し,集団的舞台芸術に参加することに由来する制約
以外の指揮監督を受けること以外に,場面を問わず被控訴人の指揮監督を受け
るということはできない。」を加える。
(5) 同26ページ7行目の「契約の内容が」を「契約の内容を」に改め,同12
行目の「(前記(1)キ)が,」の次に「これはAが個別の公演への参加を自ら
選択した結果,前述したオペラ公演としての芸術性に由来する制約を受けるこ
とになったものであって,」を加える。
2 控訴人らの補充的主張に対する判断
(1) 契約メンバーの労働者性に関する判断基準について
アまず,控訴人ユニオンは,労働者性を判断するに当たり考慮すべき要素と
- 8 -
しての指揮監督関係というのは,労働力処分権すなわち労働力の配置・利用
という意味での指揮命令権能であり,労務提供の諾否の自由等は判断要素と
して重視されるべきではない旨主張する。使用者と労働者との間の指揮監督
関係は,同控訴人の主張するような意味においてもさることながら,労働力
の配置がされている状態を前提とした業務遂行上の指揮命令ないし支配監督
関係という意味においても用いられるほか,業務従事ないし労務提供の指示
等に対する諾否の自由という趣旨をも包含する多義的な概念であり,労働組
合法上の労働者に該当するかどうかの判断に当たり,これらの多義的な要素
の一部分だけを取り出して論ずることは相当ではないというべきである。と
ころで,同控訴人の主張する意味において検討してみても,契約メンバーの
歌唱技能という債務の提供はオペラ公演における各メンバーの持ち場(合唱
団におけるパート等)が自ずと決まっており,被控訴人が契約メンバーの労
働力を事業目的の下に配置利用する裁量の余地があるとは考えられないとこ
ろである。そして,既に説示のとおり,契約メンバーが個別公演出演契約を
締結してひとたび当該オペラ公演に参加することとした場合においては,オ
ペラ公演のもつ集団的舞台芸術性に由来する諸制約が課せられるということ
以外には,法的な指揮命令ないし支配監督関係の成立を差し挟む余地はない
上,契約メンバーには個別公演出演契約を締結するかどうかの自由すなわち
公演ごとの労務提供の諾否の自由があること(後記(2)参照)をも併せ考え
れば,契約メンバーが労働組合法上の労働者であるとはいい難いというべき
である。
イ次に,控訴人国は,基本契約の内容及び効果のみならず個別公演出演契約
を締結した場合の被控訴人と契約メンバーとの間の契約関係を基にして,契
約内容の一方的決定の有無,報酬の額・計算方法,拘束時間の多寡・長短及
び歌唱技能の提供の対償として得られる収入への依存の程度といった諸要素
を総合的に考慮して労働者性の有無を判断すべきものと主張する。しかしな
- 9 -
がら,既に述べたとおり,契約メンバーが個別公演出演契約を締結するかど
うかの自由を有している本件においては,個別公演出演契約を締結した後に
初めて受けることとなる契約上の制約ないし拘束に比して,そのような一つ
の公演を区切りとした具体的契約関係に入るか否かの判断を契約メンバーが
留保していることは格段に大きい要素というべきである(確かに個別の公演
における報酬等の条件については被控訴人が一方的に決定しているところで
はあるが,契約メンバーには被控訴人によって提示されたそのような一義的
な条件と被控訴人以外の者が提示する別の条件又は自らソリストとしての音
楽活動をすること若しくは教師等としてオペラ公演とは趣の全く異なる職業
活動をすることとのいずれを選択するかを判断し得る自由の大きさに比べた
とき,いわば契約メンバーに選択肢の一つとして提示するメニューの内容を
決定することは相対的に小さな要素であるといわざるを得ない。)上,個別
公演出演契約を締結した結果契約メンバーが受けることとなる種々の拘束は
いずれも先述したオペラ公演の本質に由来する性質のものであること,契約
メンバーの被控訴人からの報酬等に対する収入の依存度といった経済的な側
面についてみても,上述のとおり各契約メンバーがその自由な意思で個別公
演出演契約の締結を判断する過程で考慮される一要素にすぎないということ
ができることなどを総体的に考慮すれば,基本契約のみならずこれを踏まえ
て締結される個別公演出演契約によって規律される法律関係を前提とし,労
働組合法の制定目的等に照らして被控訴人と契約メンバーとの間の諸々の関
係を広く考察してみても,控訴人国が主張するような結論に至るものではな
い。
(2) 労務提供の諾否の自由について
ア既に説示したとおり,契約メンバーが被控訴人との間で基本契約を締結し
たからといって個々の公演について出演を法的に義務付けられるわけではな
いのであるが,控訴人国は,基本契約に係る契約書の規定の仕方と関係者の
- 10 -
認識及び運用等から個別公演への出演義務が導かれる旨主張するので,改め
てこの点につき検討を加える。
控訴人国は,契約メンバーが基本契約を履行しなかった場合(虚偽の申告
等を行った場合を含む。)がいかなるケースを想定しているかについて,他
の規定及び個別公演出演契約に係る契約書との整合性を図りつつ合理的に解
釈すると,契約メンバーが個別公演に出演しなかった場合(個別公演への出
演に関する虚偽の申告等を行った場合を含む。)以外には想定できないとす
ることから,基本契約の締結は個別公演への法的出演義務を包含するという
のである。しかしながら,上記の債務不履行に関する条項をみると,いずれ
のシーズンの契約書においても「法律上の不可抗力によりこの契約又は個別
公演出演契約の履行が不可能となった場合には,両当事者は,この契約又は
個別公演出演契約上の義務を負わない。」と共通して規定されているところ,
まず,このような規定の体裁からは,これがそもそも基本契約の不履行とい
うことに力点を置いて設けられた条項であるかについて疑念が残る(むしろ
同規定の力点は個別公演出演契約の不履行の場合に関する規律にあったとみ
るのが自然ということもできる。)上,個別公演への出演以外に係る事項に
ついて,被控訴人においてはスケジュール提示義務・傷害保険契約締結義務
等の付随的義務を負担しており,他方,契約メンバーにおいては資料提供義
務・稽古欠席等に関する連絡義務等の付随的義務をそれぞれ負担しているた
め,これらの付随的義務違反も一応債務不履行として問題となり得ることを
念頭に置きつつ,個別公演出演契約における固有の不履行のほかに基本契約
自体につい不履行についても念のため言及したものと解することも十分可能
である。さらに,基本契約によって個別公演への出演義務を謳い込む必要が
あるのであれば,端的にそのための明示的な義務付条項を設ければ足りるの
であるから,控訴人国の上記解釈は,その余の事項に周到な規定を設けてい
る上記契約書全体の構成に照らしても不合理なものといわざるを得ない。し
- 11 -
かも,控訴人国のような解釈を採ったときには,これらの契約書には共通し
て「乙(契約メンバー)が「個別公演に出演するに当たり,両当事者は,乙
の個別公演への出演を確定し,当該個別公演の出演業務の内容及び出演条件
等を定めるために,「個別公演出演契約」を締結する。」と規定されている
こと,しかも契約書の体裁からして同規定が基本契約全体において枢要な地
位を占めている基本的な事項であることと明らかに矛盾することとなってし
まう。
以上に加えて,前記認定のとおり,基本契約を締結した契約メンバーが自
己都合により個別公演に出演しなかったからといってこれまで法的責任の追
及を受けたことはないし,また事実上の不利益を被ったこともない(もっと
も,契約メンバーであることは原則としてシーズンを通じて被控訴人の公演
に参加することが期待される地位にあるから,次年度以降における基本契約
の締結において当該シーズンで個別公演に参加しなかったことが考慮される
事情となり得ることはこれを否定することはできないが,それはシーズンを
通じて一定水準以上の合唱団員を安定的に確保したい被控訴人が新たなシー
ズンにおける契約に臨む際に判断要素とするかどうかの問題であって,基本
契約から個別公演への出演が法的に義務付けられるかどうかとは別次元の問
題というべきである。)という契約関係の運用ないし実態に照らしても,控
訴人国の解釈は失当といわざるを得ない。
イなお,控訴人ユニオンは,基本契約締結に当たり被控訴人が作成する稟議
書の記載内容から,被控訴人は基本契約の締結により既に契約メンバーがシ
ーズンを通じて稼動することを予定しているのであって,そのことは個別公
演への出演義務を基礎づけるゆえんでもある旨主張するが,同文書は,その
記載内容及び存在意義からして,これだけの契約メンバーと基本契約を締結
することとなれば当該シーズン全体でどれだけの予算が必要かといった観点
から作成された文書にすぎないものとみるのが相当であって,上記文書の記
- 12 -
載から基本契約の法的性質を直ちにうかがい知ることができるものではない。
同控訴人の上記主張は失当である。
3 以上によれば,Aは労働組合法上の労働者に該当するものとは認められないと
いうべきであるから,その余の点について判断するまでもなく控訴人ユニオン及
び同国の各主張は失当であって,本件各控訴はいずれも理由がないからこれらを
棄却することとし,主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第15民事部
裁判長裁判官藤村啓
裁判官岸日出夫
裁判官大濱寿美


日本アイ・ビー・エム(組合員資格)事件 東京高判平成17年2月24日 全文2/2

2012年03月31日 | 労働百選

第3 当裁判所の判断
1 X1ら3 名の利益代表者性について
X1 ら3 名はいずれも労働組合法2 条ただし書1 号の利益代表者に該当しないというべ
きである。その理由は,原判決事実及び理由の「第3 争点に対する判断」の1 項に記載の
とおりであるから,これを引用する(ただし,原判決25 頁2 行目の「X1 は,」を「X2 は,」
に改める。)。
参加人は,仮にX1 ら3 名がこれまでかかる地位に基づいて,現実にライン専門職の人
事権行使を助言等したり,人事上の機密事項に接したことがなかったとしても,それはX1
ら3 名が置かれている地位を否定するものではない旨主張する。しかし,X1 ら3 名が現
実にライン専門職の人事権行使を助言等したり,人事上の機密事項に接したことがなかっ
たというだけでなく,参加人においては,X1 ら3 名が置かれているスタッフ専門職とし
ての地位そのものが,直接には人事評価を行ったり,人事情報等に接することができない
ものであり,X1 ら3 名が使用者の利益を代表する者に該当するということはできない。
- 9 -
2 本件条項の効力について
(1)当裁判所が認定した事実は,次のとおり付加訂正するほか,原判決事実及び理由の「第3
争点に対する判断」の2 項(1)に記載のとおりであるから,これを引用する。
ア原判決29 頁10 行目の末尾に「当時被控訴人支部の中央執行委員は全員一般職であっ
た。」を加え,同頁11 行目の「(乙1 の1 ないし3)」を「(乙1 の1 ないし3,乙227)」
に改める。
イ同30 頁17 行目及び18 行目を「参加人が明らかにした参加人の社員についてのデー
タによって,昭和57 年12 月当時と平成4 年12 月当時を比較すると,全社員数は1 万3327
人から2 万5032 人へ約1.8 倍に,一般職・主任の数は1 万0497 人から1 万8479 人へ約
1.7 倍に,ライン専門職の数は1481 人から3001 人へ約2.0 倍に,全社員数に占めるライ
ン専門職の割合は11.1%から12.0%へ0.9%増に,専任以上のスタッフ専門職の数は1349
人から3552 人へ約2.6 倍に,全社員数に占める専任以上のスタッフ専門職の割合は10.1%
から14.2%へ4.1%増になっている(丙4)。(ライン専門職やスタッフ専門職の各階層毎の
内訳を明らかにする証拠は提出されていない。)」に改める。
ウ同36 頁21 行目の末尾に「そして,X3 が,ストライキに招集されておらず通常勤務
の予定である旨答えたところ,Y3 はそれ以上の言動をしなかった。」を加える。
(2)本件条項の法的性質について
ア本件確認書(原判決別紙5)(省略)は,使用者である参加人と労働組合である被控訴
人支部が労働条件その他に関して合意し,書面を作成して署名押印したものであるから,
労組法14 条の労働協約に該当する。また,その有効期間についての定めはされていない。
そして,前記認定の事実(原判決引用)によれば,本件確認書は,参加人が導入した新人事
制度の下で,中労委和解成立以降の労使関係の安定化を図るために,協議の結果合意に至
った事項を確認したものということができる。
イ本件条項は,「ライン専門職および専任×××部員以上のスタッフ専門職は非組合員
とする。」と定め,1 項全体からみてもその適用範囲について特別の限定はされておらず,
また,前記認定(原判決引用)の本件条項が設けられた経緯からみても,単に労働協約の適
用を受けるべき人的範囲を画したものと解することはできず,非組合員の範囲そのものに
ついて労使が合意したものというべきである。
ウところで,使用者の利益代表者の範囲は,企業の規模や組織,その中の特定の地位に
ある者の職務権限等によって千差万別であるから,各企業の実態を離れて一律,一義的に
これを定めることは困難である。したがって,各企業において,各企業の実態に即して労
使が労働協約をもって組合員となる資格を有しない使用者の利益代表者の範囲を具体的に
合意することは,組合員となる資格を有しない者の範囲をめぐる労使間の紛争を防止する
ものであり,意味のあることといえる。労働組合はその自主的判断に基づき組合員の範囲
を決定することができるのであるから,その判断に基づいで使用者との間で労働協約をも
って非組合員の範囲を定めることは,何ら妨げられるものではない。また,使用者にとっ
ても,非組合員の範囲は人事制度や労務管理にかかわることであり,これを定めるについ
て一定の利益を有していることは否定できない。
したがって,非組合員の範囲について労働協約が結結された以上,労使の合意として効
力を有するものである。
- 10 -
しかし,使用者の利益代表者の範囲は,現実にはその判別が困難を伴うとしても,各企
業の実態に即して客観的に定まるものであって,労使の合意によって左右されるものでは
ない。しかも,組合員となる資格を有しない者の範囲の裏返しである組合員となる資格を
有する者の範囲は,本来,組合の自主的判断に委ねられるべきものであり,しかも,非組
合員の範囲を広いものとするか狭いものとするかは,組合員となり得る者の多少,組合員
のままで昇進したり就くことのできる職種の範囲に直接関係し,組合活動に及ぼす影響は
大きいものである。労働協約中の非組合員の範囲を定める条項の効力を考えるに当たって
は,このような事情は充分考慮すべきである。
(3)本件一部解約の効力
ア使用者と組合との間で,いったん労働協約が締結された場合であっても,労働協約の
解約の要件(労組法15 条3 項前段,4 項)を満たす場合には,一方当事者において,これ
を有効に解約をすることができる。
ところで,本件確認書の1 項は組合員の範囲に関するもの,2 項,及び3 項は組合員の
就業時間中の組合活動に関するもの,4 項は組合員の昇進問題の解決方法に関するもので
あり,一つの労働協約において複数の事項が協定されている。このような場合,各合意事
項は相互に関連を有し,又はある事項についての一方の譲歩と他の事項についての他方の
譲歩により全体の合意が成立するなど,労働協約全体が一体をなすものとして成立するの
が通例であるから,一方当事者が自己に不利な一部の条項のみを取り出して解約すること
は原則として許されないと解すべきである。ただ,その条項の労働協約の中での独立性の
程度,その条項が定める事項の性質をも考慮したとき,契約締結後の予期せぬ事情変更に
よりその条項を維持することができなくなり,又はこれを維持させることが客観的に著し
く妥当性を欠くに至っているか否か,その合意解約のための十分な交渉を経たが相手方の
同意が得られず,しかも協約全体の解約よりも労使関係上穏当な手段であるか否かを総合
的に考え合わせて,例外的に協約の一部の解約が許される場合があるとするのが相当であ
る。
イこれを本件について見ると,次のとおりである。
本件確認書は,全体としては,新人事制度下において中労委和解成立以降の労使関係の
安定化を図るために,協議の結果合意に至った事項を確認するものであるところ,1 項イ
と2 項は,スタッフ専門職である主任に組合員資格があることを確認した上で,その就業
時間内組合活動について一定の枠組みを定めるものであるから,相互に関連性を有するも
のである。
そして,ライン専門職および専任以上のスタッフ専門職を非組合員とする1 項ロの条項
(本件条項)は,組合員となり得る者の範囲を画するという点では同項イと関連性を有する
ものの,その部分のみの効力が失われ,協定が存在しない状態となっても,1 項イ及び2
項の効力に直接影響を及ぼすものではないから,独立性を有する条項と認めることができ
る。また,3 項及び4 項は,本件条項と直接関連するものではない。
もっとも,本件条項を含む本件確認書は,昭和57 年12 月に,それまで被控訴人支部等
と参加人との間で争われてきた複数の不当労働行為救済命令申立事件を全面的に解決する
ものとして成立した中労委和解,この和解成立と同日に被控訴人支部等と参加人との間で
作成された覚書と同日付けで作成されたものであり,覚書の3 項で「組合員の範囲および
- 11 -
中央執行委員の就業時間中の組合活動に関する取扱い等については,会社,組合で別途協
議するものとする。」と定めたのを受けたものである。そして,覚書は,中労委和解で,
参加人は組合員38 名の内一定の人員を一定期間内に専門職への昇進の措置をとるものと
するとされたのを受けて,その職位を主任×××部員とすることなどの具体的措置や実施
の時期を具体的に定めた1 項,専門職に昇進した者の職務に臨む態度について定めた2 項,
前記3 項,中労委和解で参加人が被控訴人支部に支払うものとされた解決金金一封の金額
を具体的に定めると共に,関係者はその金額を公表しないことを定めた4 項からなってい
る。これらの事実によれば,本件確認書は,中労委和解及び覚書の内容と実質的に関連し
ていることは明らかであり,本件条項を含む本件確認書が合意に至ることを前提として,
参加人が一定数の組合員の専門職への昇進や解決金支払の合意に応ずる関係にあったもの
と推認される。
他方,本件確認書が締結された後約10 年を経る間,参加人が導入した組織機構再編成
によりライン専門職のポストが減少し,その反面として,必ずしもそのすべてが労組法2
条ただし書1 号の利益代表者に該当するとは認められない専任以上のスタッフ専門職はそ
の実数でも全社員に対する比率でも大きく増加しており,これは同時に,ファーストライ
ンに所属する専任の増加,ひいてはその現実の職責において主任と大差のない専任の増加
を容易に推認させるものである。そのような状況下においては,組合員資格を一般職及び
スタッフ専門職のうちの主任のみにとどめることの妥当性,合理性は一層低下している。
また,被控訴人支部においては,この間,組合員の半数近くが主任に昇進しており,本件
条項を前提とすると,これらの者が専任に昇進すると組合員資格を失うこととなる。これ
を被控訴人支部の側から見れば,組合員が被控訴人支部にとどまる限り,専任及びこれと
対応関係にある職群III への昇進ないし昇格は断念せざるを得ず,当然これに伴う労働条
件の向上も果たせないこととなって,労働組合としての組織維持に影響を及ぼしかねない
事態といえる。このような事態は,本件確認書締結の時点で,被控訴人支部としてもある
程度は予測可能であり,組織維持は一般職からの加入により果たすべきものともいえ,い
わゆる事情変更とは異なる側面を有する。しかし,先に述べたとおり,組合員の範囲をど
のように定めるかという問題について使用者側にも一定の利益はあるとはいえ,本来労働
組合が自主的に定めるべきものであること,加えて,本件条項を含む本件確認書の協定に
より,労使関係の安定という労使双方の意図は約10 年にわたって一応実現されたと考え
られること,以上を勘案すれば,本件確認書締結後,約10 年を経過してもなお,被控訴
人支部が本件条項を解約することを認めないとするのは,著しく妥当性を欠くといわなけ
ればならない。
さらに,本件一部解約に至る経緯をみると,前記引用の原判決事実及び理由の「第3 争
点に対する判断」の2 項(1)エに認定したとおり,被控訴人が平成3 年7 月以降本件条項
の見直しを求めて参加人に協議を申し入れたのに対し,参加人は,表現に多少の違いはあ
るにせよ,一貫して見直しはあり得ないとの態度を取っており,本件一部解約の前後を通
じて,実質的な協議に応じていないこと,被控訴人支部は,そのような状況下のままいた
ずらに時間が経過するという事態を打開するため,やむなく本件一部解約の予告に至った
ことが認められる。なるほど,本件確認書3 項の一般職組合員の時間内組合活動の正常化
問題に対する被控訴人支部の対応は,必ずしも誠実であったとはいえないが,前記認定の
- 12 -
経過をみると,被控訴人支部が年間300 時間という対案を提案したこともあり,参加人の
提案する年間200 時間との間に隔たりがあったとはいえ,被控訴人支部としても並行して
この問題を協議することを拒否していたわけではなく,本件条項に関する協議が進まなか
った理由は,主として参加人側の強硬な態度にあったことは否めない。
また,労使関係に与える影響を考えれば,本件条項のみを白紙に戻す一部解約が協約全
体の解約より穏当な手段といえる。
ウ以上,イで摘記した事実関係に基づいて総合的に勘案すれば,本件確認書がその成立
の経緯からすると中労委和解や覚書と密接に関連するものであり,参加入が中労委和解及
び覚書で自らが行うべきものとされた事項を全て履行したことを考慮しても,なお,本件
一部解約が信義に反し,あるいは権利の濫用にあたるということはできず,本件条項は,
本件一部解約予告から90 日を経過した平成4 年8 月25 日に有効に解約されたというべき
である。
3 参加人の不当労働行為について
(1)労組法7 条3 号にいう支配介入の不当労働行為が成立するためには,使用者側に主観
的要件すなわち不当労働行為意思が存することを要するというべきであるが,この不当労
働行為意思とは,直接に組合弱体化ないし具体的反組合的行為に向けられた積極的意図で
あることを要せず,その行為が客観的に組合弱体化ないし反組合的な結果を生じ,又は生
じるおそれがあることの認識,認容があれば足りると解すべきである。そして,不当労働
行為に該当するか否かは,その行為自体の内容,程度,時期のみではなく,問題となる行
為が発生する前後の労使関係の実情,使用者,行為者,組合,労働者の認識等を総合して
判断すべきものである。
(2)本件行為②は,被控訴人支部の藤沢分会が,平成8 年7 月18 日付け書面でX1 を含む12
名の同分会役員就任を通知したところ,同日,参加人が藤沢分会に対し,藤沢事業所のY1
所長名で,X1 は専任部員であるため本件条項に基づき組合員資格がなく,分会執行委員
就任はあり得ないため「同氏の執行委員就任を直ちに撤回し,名簿を訂正することを求め
ます。」と記載した文書を発したものであり,前年7 月にも藤沢分会と参加人との間で同
様のやりとりがされたほか,X1 が組合役員として記載されている役員名簿の受領を拒否
し,X1 の上司が藤沢分会とX1 に対し,今後組合活動を行った場合は私的な職務外行為
とみなす旨強く注意するというような経緯の中で行われたものである。Y1 所長が本件行
為②の行為を行ったのは参加人の,本件確認書が締結された経緯に照らし本件条項のみの
一部解約は許されないとの従来からの見解に基づくものであることは藤沢分会やX1 にと
っても明らかであったものであり,本件条項の一部解約を主張する被控訴人支部とこれを
否定する参加人の意見が鋭く対立していた状況の中では,本件行為②は,本件条項の一部
解約を否定する参加人の意見を敷衍したにすぎないものと見ることができる。
また,本件行為③は,X2 の上司であったY2 が,X2 が関連会社であるGBS の非常勤
監査役の辞任を申し出ると共に被控訴人支部に加入したことを伝える書簡を同社の社長に
出したので,平成8 年1 月30 日付けの文書でX2 に対し辞任届の撤回を求めたが,この
文書には,非常勤監査役の職務をY2 に事前の相談なく独断で退任する手続を行うことは
重大な業務命令違反に該当するので,事の重大性を十分認識して対処すべきであるとした
上,職群Ⅱの上級管理者であるX2 は組合員にはなリ得ず,X2 が「使用者の利益を代表
- 13 -
する上級管理者としての職務と責任に反するような活動を行った場合は,相応の処分を行
わざるを得ない。」旨の記載があったことと,X3 の被控訴人支部加入を知ったX3 の上司
であるY3 が,平成8 年2 月16 日,X3 に対し当日午後予定されていた被控訴人支部によ
るストライキへの参加の有無を尋ねた上,「管理職であるあなたには組合員の資格がな
い。」,「ストライキに参加すれば処分の対象になり得る。」などと口頭で通告したことで
ある。このうち,Y2 のX2 宛の文書は,GBS の非常勤監査役の辞任届の撤回を求めると
共に,上司に相談なく関連会社の非常勤監査役を退任する手続をしたことは重大な業務命
令違反であると警告することに重点があり,X2 には組合員資格がない旨や組合活動を指
すと解される「使用者の利益を代表する上級管理者としての職務と責任に反するような活
動」を行つた場合は,相応の処分を行わざるを得ない旨記載したのは,非常勤監査役の辞
任を申し出たX2 の書簡に被控訴人支部に加入した旨の記載があったことから,本件条項
に基づく組合員資格についての参加人の認識を表明したものと解され,Y3 のX3 に対す
る口頭の通告も,X3 がストライキに招集されていないことを答えるとY3 はそれ以上の
言動をしていないことからすれば,本件条項に基づく組合員資格についての参加人の認識
を表明したものと解され,本件行為③はいずれも,本件条項の一部解約を主張する被控訴
人支部とこれを否定する参加人の意見が鋭く対立していた状況の中で,本件条項の一部解
約を否定する参加人の意見を敷衍したにすぎないものと見るのが相当である。
そして,前記のとおり,当裁判所は本件一部解約は有効であると判断するもので,客観
的には本件条項は,本件一部解約から90 日を経過した平成4 年8 月25 日には効力を失っ
たのであるが,中労委和解に基づき覚書と本件条項を含む本件確認書が締結されるに至っ
た経緯,中労委和解及び覚書の内容と本件確認書は実質的に関連しており,本件条項を含
む本件確認書が合意に至ることを前提として,参加人が一定数の組合員の専門職への昇進
や解決金支払いの合意に応ずる関係にあったこと,参加人は,中労委和解や覚書で自らが
行うべきものとされた事項は全て履行しているのに,被控訴人支部は本件確認書3 項に定
められた一般職の組合員が中央執行委員として就業時間中組合活動する場合の取り扱いに
ついての協議に誠実に応じていないと感じている上に,被控訴人支部が本件条項のみの一
部解約を主張するのは不公正であると考えていたこと,労働協約の一部である組合員の範
囲を限定する条項のみの解約が認められるか否か,認められるとするとその要件は何かに
ついては最高裁判所の判例もなく,通説というまでの地位を占める学説もなかった状況の
下では,法律専門家にとっても,本件条項のみの一部解約が有効とされるかどうかの判断
は微妙であることを考えると,本件行為②,③の当時,参加人が本件条項の一部解約は認
められないと考えるのも無理からぬ事情があったというべきであるから,本件行為②,③
の当時,参加人が本件条項が有効で,専任以上のスタッフ専門職には組合員資格がないと
考えその自己の考えを意見を表明したり敷衍して説明したりすることを支配介入による不
当労働行為意思の表れと見るのは相当でない。
以上を総合すれば,本件行為②,③を支配介入による不当労働行為と認めるのは相当で
ない。
(3)次に本件行為①について検討する。
チェックオフは参加人による被控訴人支部に対する便宜供与であるところ,参加人と被
控訴人支部との間にチェックオフ協定が存していることが窺われものの,その内容,効力
- 14 -
を明らかにする証拠はなく,被控訴人支部の組合員についてチェックオフが参加人におい
てどのような取扱いがされていたかはこれを認定するに足りる十分な証拠がない。本件行
為①は,X1 ら3 名についてこれまで実施していたチェックオフを中止したものではなく,
X1 ら3 名についてそれぞれ新たにチェックオフを開始することを求める申請を,X1 ら3
名はいずれも組合員ではないとして,拒否したものである。ところで,当時の被控訴人支
部の組合員約150 名中約20 名についてはチェックオフが実施されずに被控訴人支部が直
接組合費を徴収していたことが認められ,組合員であることとチェックオフ実施の関係は
明確でないのみか,X1 ら3 名について新たにチェックオフを開始することを拒否するこ
とが,被控訴人支部の活動に及ぼす悪影響はほとんどないものと推認される。このような,
被控訴人支部と参加人との間のチェックオフの実情に,前記のとおり本件条項のみの解約
は許されないと参加人が考えるのも無理からぬ事情があり,参加人がX1 ら3 名が組合員
であることに疑義を抱いていたことにはそれなりの理由があることをあわせ考えると,参
加人がX1 ら3 名にチェックオフという便宜供与を拒んだからといって,これが支配介入
による不当労働行為に該当するということはできないというべきである。
4 結論
以上のとおり本件各行為はいずれも不当労働行為である支配介入に当たらないから,本
件各行為について不当労働行為の救済を求める請求を棄却した控訴人の本件命令は正当で
あり,本件命令を取り消した原判決は誤りであるので,原判決を取り消し,本件請求をい
ずれも棄却することととして,主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第14 民事部


日本アイ・ビー・エム(組合員資格)事件 東京高判平成17年2月24日 全文1/2

2012年03月31日 | 労働百選

平成17 年2 月24 日判決言渡同日原本交付裁判所書記官
平成15 年(行コ)第275 号不当労働行為救済命令取消請求控訴事件(原審・東京地方裁判
所平成13 年(行ウ)第229 号)
平成16 年7 月8 日口頭弁論終結
判決
控訴人東京都労働委員会
披控訴人全日本金属情報機器労働組合
披控訴人全日本金属情報機器労働組合東京地方本部
披控訴人全日本金属情報機器労働組合日本アイビーエム支部
控訴人参加人日本アイ・ビー・エム株式会社
主文
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人らの請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は, 第1, 2 審とも被控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 控訴人
主文と同じ。
2 被控訴人ら
本件控訴を棄却する。
第2 事案の概要等
1 事案の概要
控訴人参加人日本アイ・ビー・エム株式会社(以下「参加人」という。)は,従業員であ
るX1,X2 及びX3 の3 名(以下「X1 ら3 名」といい,各人については姓のみで表示する。)
が被控訴人全日本金属情報機器労働組合日本アイビーエム支部(以下「被控訴人支部」と
いう。)に加入したのに対し,同人らの組合員資格を認めず,①同支部が申請したX1 ら3
名の組合費のチェックオフを拒否し,② X1 の分会執行委員就任の撤回と役員名簿の訂正
を求め,③ X2 に対し「上級管理職としての職務と責任に反するような活動を行った場合
は相応の処分を行う。」と通告し,X3 に対し,「ストライキに参加すると処分の対象とな
りうる。」と口頭で通告した。被控訴人らは,参加人のこれらの行為が不当労働行為に当
たるとして,X1 ら3 名とともに控訴人に救済を申し立てた(以下「本件救済申立て」とい
う。)ところ,控訴人は,上記各行為はいずれも不当労働行為には当たらないとして申立
てを棄却する命令(以下「本件命令」という。)を発した。本件は,被控訴人らが本件命令
の取消しを求めた事案である。
原審は,参加人の上記各行為が不当労働行為にあたると判断して本件命令を取り消し,
請求を認容した。
- 2 -
このため控訴人が控訴をした。
2 本件における前提となる事実,争点及び争点に関する当事者の主張の骨子は,原判決
事実及び理由の「第2 事案の概要」の1 ないし3 項に記載のとおりであるから,これを引
用する。
3 当審における当事者の主張
(控訴人)
(1)本件条項の解約の効力について
ア期間の定めのない労働協約は,労働組合法15 条所定の手続を経ることによって解約
することができるが,労働協約は集団的及び継続的労使関係を規律する特性を有する約定
であるから,恣意的で労使関係を損なう解約には,権利濫用の問題が生じ得る。また,労
働協約は通常は一体的な契約であるから,当事者は自己に不利な部分のみを解約すること
は許されず,学説上一部解約は特別の事情がない限り否定的に考えられている。
イ本件では一部解約のための前提条件を満たしていないと思われる。
(ア)スタッフ専門職の増加というような事態は,本件確認書締結の時点で,被控訴人支部
としてもある程度予測可能であり,組織維持は一般職からの加入により果たすべきものと
もいえ,いわゆる事情変更とは異なる側面を有しており,特別の事情としての事情変更は
認められない。
また,一般職の組合員の組合活動(本件確認書3 項)については未解決のままであるから,
労使関係の安定という意図が実現されたとは考えられない。
このような状況下においては,被控訴人支部の受ける不利益のみを過大に考慮すべきで
はなく,被控訴人支部が本件条項に拘束されることが労組法の趣旨に反し,著しく妥当性
を欠くということにはならない。
(イ)合意解約のための十分な交渉を行ったかについては,被控訴人らと参加人は相互に利
害が相反する問題を抱えている状況下で,相互に自己に不利な事項について消極的に対応
していたのであって,本件条項に関する協議が進まなかった理由は主として参加人の強硬
な態度にあったと断じるのは一方的に過ぎ,合理性を欠いている。
(ウ)本件条項の独立性についても,そもそも本件確認書は,組合員の職位と就業時間内組
合活動時間とが連動する構成を採っており,スタッフ専門職である主任と一般職の就業時
間内組合活動時間が異なり,専任以上であれば,更に異なる就業時間内組合活動が合意さ
れることも考えられる。本件条項の一部解約を認めると,本件確認書は全体として当初の
確認書の意義が消減してしまうことになりかねない。本件確認書における組合員資格と就
業時間内組合活動時間との関係は,密接に関連している。
(エ)以上のとおり,期間の定めのない労働協約の一部解約は原則的に許されず,事情変更
等の特別の事情の存する場合に限って許されることに鑑みれば,本件確認書の本件条項の
解約には,事情変更その他特別の事情が存在するとはいえず,有効に解約されたとはいえ
ない。
(2)本件不当労働行為の成否について
ア不当労働行為制度上,不当労働行為意思の存否は,不当労働行為と目される当該行為
が発生する前後の事情を勘案して推認されるべきである。参加人が参加人の見解を主張す
ることが許されないわけではなく,不当労働行為意思を推認する事実にあたるか否かは,
- 3 -
その行為の内容,程度,時期などを考慮して総合的に判断する必要がある。不当労働行為
意思を基礎づける事実を吟味せず,本件各行為それ自体の存在が客観的に反組合的な行為
であると断定し,かつ,それのみで不当労働行為意思を認定するのは,誤っている。
イ控訴人は,本件命令において,本件各行為が発生した前後の労使関係の実情に即した
判断を行った。
すなわち,本件命令において,チェックオフ問題については,参加人が本件確認書につ
いて被控訴人支部の組織範囲ないし組合加入資格を定めたものと解して,チェックオフと
いう労使の合意に基づく便宜許与を拒んだとしても,本件労使関係上,公正さを欠いてい
るとまではいえない。また,参加人は,「部分解約」通告の効力を疑問視して,本件確認
書は1 項ロを含めて存続しており,X1 ら3 名のチェックオフ申請は,本件確認書に基づ
いてその取扱いを定めるべきであると主張しているのであるから,参加人がチェックオフ
申請に応じなかったとしても無理からぬものがある。また,他の本件各行為については,
参加人には不適切な対応も認められるが,チェックオフの判断と同様,本件確認書の一部
解約については双方の解釈に争いがあり,互いに自己の主張を維持し,正当であると主張
して,相手方を非難する態度を繰り返していた状況,及び上司の言動,文書の内容・程度
等を考察の上,参加人がX1 や同人の所属する分会に対し自己の見解を表明したことをも
って,直ちに被控訴人支部に対する支配介入にあたるとまではいえないと判断した。この
控訴人の判断に誤りはない。
前記のとおり,本件条項の解約は有効に成立したとはいえず,かつ,本件確認書の成立
は,中労委において労使の交渉や相互の譲歩の結果の和解と密接に関連するものであった。
また,本件条項の解約の前後,本件確認書に関して被控訴人支部と参加人との間では,本
件条項と一般職の就業時間内組合活動の問題で,相互に自己に不利となり得る懸案を抱え,
自己の主張を維持するため相手方を非難し合う状況にあった。上述の労使関係事情を考慮
すれば,不当労働行為が成立するとはいえない。
ウ仮に,本件条項の解約が有効と認められ得るとしても,本件確認書をめぐる被控訴人
らと参加人との労使関係の実情について,本件各行為が発生した前後においても,現実に
は被控訴人支部の一部解約の効力について,労使の見解が鋭く対立していた状況にあった。
したがって,本件支配介入の成否の判断は,支配介入の該当性を考慮するにあたって,本
件各行為の内容や程度,その時期などに加えて,本件条項の解約の法的な解釈の帰結は斟
酌されるとしても,上記の見解が鋭く対立していた状況を考慮して判断するのは当然であ
る。
本件条項の解約が私法上適法になされたか否か,また,その結果いかなる法的効果が生
ずるのかの問題にこだわり,当該労使関係の公正な形成維持を図るべく設けられた不当労
働行為制度の趣旨に反して,当該行為の外形や表面的,抽象的に観察するに止まり,本件
条項の解約が労使関係上不公正な形でなされたことを見落とし,その結果,不当労働行為
が成立すると判断するのは,当該労使関係の実情に配慮を欠くものである。
(参加人)
(1)本件条項の効力について
ア独立性の有無
(ア)専門職(主任×××部員以上)の組合員資格については,労使で見解を異にしているな
- 4 -
かにあって,被控訴人支部は,主任×××部員への昇進と解決金の獲得を最大の眼目とし
て,ライン専門職及び専任以上のスタッフ専門職は非組合員とすることに合意し,他方,
参加人は,組合員と非組合員の線引きについて労使合意することやそれまでの無秩序な中
央執行委員の時間内労働組合活動を一定程度是正(主任×××部員の中央執行委員の時間
内労働組合活動については本件中労委和解で合意)して労使関係秩序の確立を図ることの
見返りとして,真の業績評価等には目をつぶって主任×××部員への昇進(その表裏とし
て,組合員の主任×××部員へ昇進した場合の組合員資格)と解決金の支払について合意
したのである。このように,被控訴人支部は,主任×××部員への昇進と解決金とのギブ
アンドテイクで,組合員の範囲について参加人と合意し,かかる合意を含む本件中労委和
解を成立させたのである。
本件中労委和解における勧告,覚書及び確認書は不可分一体のものとして成立しており,
本件条項を規定した上記経緯からすれば,本件条項が本件中労委和解における他の条項と
の関係で,いわゆるギブアンドテイクの関係にあることは明白であって,他の条項から独
立しているとはいえない。
(イ)組合員の範囲の問題が組合自治の問題であるとすれば,一且労使で合意した以上は,
組合が自ら決めた組合員の範囲を遵守すべきことは当然であって,そのことと組合自治と
は何ら矛盾するものではない。また,労働協約中,組合員の範囲を定める条項は,労働組
合と使用者との間の団体的労使関係に関する基本的ルールを定めるものとして債務的効力
を有し,労使双方が協約当事者として,互いにかかる条項を遵守する義務を負うことは当
然であるから,この意味で使用者に固有の利益があることは明らかである。また,労使は
労働協約に組合員の範囲を定めることによって組合員の範囲に関する無用の争いを防止し
て労使関係の安定・確保を図り,かかる条項を労使関係の礎ないし前提として,組合員の
労働条件について団体交渉等を行うほか,使用者はかかる条項を基礎として人事上の諸制
度の制定・変更及び具体的な人員配置等の労務管理を行うといった点をみても,使用者に
も労働組合がその構成員である組合員の範囲を明確にすることについての法律上及び実際
上の利益があるというべきである。
本件条項はそもそも組合員の範囲を定める条項であって,原則として本件中労委和解を
含むすべての労働協約の人的適用範囲を定めるものでもあるから,客観的にも他の条項と
の関係で独立性を有するものでないことは明らかである。
(ウ)本件条項の存在を論理的前提にして,本件条項によって非組合員とした「専任××
×部員以上のスタッフ専門職」が中央執行委員となった場合の取扱いについては定めてい
ないのであるから,本件確認書が全体として一体をなすものとして成立していることは客
観的に明らかであり,本件条項が本件確認書において独立性を有していないことは明白で
ある。
イ事情変更の存否について
(ア)事情変更による労働協約の全部又は一部の解約は,当事者が協約締結時に全く予見し
得なかった異常な事態が発生し,当該協約(その規定)を維持するのが社会通念上著しく不
相当な場合にのみ例外的に認められるべきであるが,本件はそのような場合に当たらない。
(イ)スタッフ専門職の専任の数及び比率が本件中労委和解当時に比較して大きく増加した
事実はない。また,参加人においては,現行の専門職制度を導入した昭和56 年1 月の時
- 5 -
点から今日に至るまで,スタッフ専門職の専任以上の位置付けも職責も本件中労委和解当
時と何ら変更されていない。そもそも,職位に対応して権限と職責を付与することは参加
人の専権であるが,参加人は本件中労委和解によって定めた組合員の範囲を尊重して,職
位に対応した人事に関する権限と職責を明確に定め,これを変更していないのであるから,
組合員の範囲を変更すべき理由は全くない。
因みに,専任以上のスタッフ専門職の全社員に古める比率は,昭和57 年当時が約10.1%,
平成4 年当時は約14.2%であるが,他方で,その間,組合員の範囲に属する社員の人数は
約8000 名も増加(総数約1 万8000 名)していることを踏まえれば,専任以上のスタッフ専
門職の全社員に占める比率の上記程度の変化にことさら意味を持たせて,「これを維持さ
せることが客観的に著しく妥当性を欠く場合」に該当する事実であるなどということはで
きない。また,昭和57 年の本件中労委和解当時と本件一部解約予告当時を比較して,ラ
イン専門職のポストが減少したので,専任以上のスタッフ専門職の人数が増加したという
状況は全くない。
したがって,専任以上のスタッフ専門職の人数・比率を取り沙汰してみても,本件中労
委和解当時と本件一部解約予告当時を比較して大きな変化はなく,もとより専任以上のス
タッフ専門職の権限・職責に関して何らの意味も有しない。
(ウ)ファースト・ラインであるかセカンド・ラインであるかは,数え方の問題であって,
専門職の位置付け・権限・職責とは全く関係がない。
ウ労働協約を維持させることが客観的に著しく妥当性を欠くか
(ア)労働組合は,自ら定めた組合員の範囲において組合員を獲得すべきものであり,本件
においても,被控訴人支部は本件条項によって自ら定めた組合員の範囲において組合員を
獲得すべきである。被控訴人支部にとって本件条項に定める組合員の範囲を遵守したので
は被控訴人支部の組織維持に影響を及ぼしかねないなどという状況は存在しない。
(イ)中労委和解は,労使双方に条項の履行を求めるものであるにもかかわらず,被控訴人
支部のみがその履行に不誠実であるという状況において,事情変更と評価しうる事実がな
くとも一部解約が可能とする根拠は,論理的にも実質的にもない。
(ウ)労使双方とも,組合員の範囲に関して上記の合意をするについては,当時,専任以上
のスタッフ専門職の数・比率がどうであるかとか,主任や専任の職責がどうであるかとい
ったことについて議論したことはなく,もとより,本件中労委和解の締結後,比率が何%
になったら組合員の範囲を見直すといった話も一切していない。したがって,本件中労委
和解成立後,仮に専任以上のスタッフ専門職の数及び比率が増加していたとしても,その
ようなことがらは,本件中労委和解の成立過程及び成立時に何ら問題とされていない事項
であり,そのような事項が事情変更又は「これを維持させることが客観的に著しく妥当性
を欠く場合」に該当する事実とされる道理もなく,専任以上のスタッフ専門職の数及び比
率を取り沙汰すること自体,失当である。
エ一部解約に至るまでの交渉について
(ア)参加人は,本件中労委和解をすべて誠実に履行したが,これに反して,被控訴人支部
は本件中労委和解のうち被控訴人支部にとって利益なことのみを享受する一方で,被控訴
人支部にとって不利益な「一般職の中央執行委員の時間内組合活動の正常化」については,
参加人が再三にわたって申入れを行ったにもかかわらず,真面目に協議をしようとしなか
- 6 -
った。
(イ)本件中労委和解の当時,労使双方とも将来その一部解約など全く予期しておらず,そ
の後もおよそ事情変更に当たる事実など全く存しない上,被控訴人支部は本件確認書3 項
を未解決のままにしているのであるから,参加人が本件条項についてのみの一部解約に応
じなければならない理由はない。
(ウ)参加人は,平成5 年1 月30 日の時点で,被控訴人支部に対し,解約予告を撤回しな
い限り,組合員の範囲の線引きの話にはならないことを示しているのであって,組合員の
範囲の問題についての話合いがされなかったのは,被控訴人支部が解約予告を頑なに撤回
せず,話合いの機会を持とうとしなかったためである。
(エ)本件条項は,組合員の範囲を定めた労使合意として有効なものであるから,被控訴人
支部が本件条項を含む中労委和解をないがしろにするような主張を貫いたことのみに問題
があった。参加人の対応を強硬な態度などと断じるのは,論理性に欠け,著しく偏頗であ
る。
オ全部解約との比較について
(ア)本件中労委和解に至る前記経緯からすれば,被控訴人支部が本件中労委和解のうち,
自分たちが目的としていた主任×××部員への昇進(その表裏として,組合員の主任××
×部員へ昇進した場合の組合員資格)と多額の解決金を得ておきながら,一般職の中央執
行委員の時間内組合活動の取扱いを未解決のままとし,その上さらに本件条項のみを解約
することなど,まさしく「つまみ食い」であり,かつ,得るものだけ得たあとに合意を反
故にするという信義にもとる行為にほかならないのであって,到底許されるはずがない。
(イ)本件について,本件中労委和解の一部解約が許されるのであれば,労使が労働委員会
において和解をする意味など全くないといっても過言ではない。労使関係の安定を考えれ
ば,この点でも本件一部解約予告について穏当な手段という余地はない。
(2)参加人の不当労働行為意思について
本件各行為が客観的に不当労働行為に当たらない以上,参加人に不当労働行為意思がな
いことは明らかである。仮に本件一部解約予告が有効としても,不当労働行為意思の有無
は,当該行為が行われた時点に立って,その状況の下で判断されるべきものであって,事
後的に顧みて判断するものではない。本件各行為は,参加人が本件中労委和解を尊重・遵
守し,X1 ら3 名が組合員資格を有しないという認識に基づき,被控訴人支部らに対し,
本件中労委和解の誠実履行を求めた結果にほかならず,しかも,被控訴人支部の理不尽な
行為に対して筋を通した当たり前の対応をしたまでであって,参加人には,被控訴人支部
を弱体化させる意図はもとより,反組合的な結果を生じ,または生じさせるおそれがある
ことの認識・認容も全くなかった。
(3)X1 ら3 名の利益代表者性について
X1 ら3 名等専任以上のスタッフ専門職が「ライン専門職の人事権行使を助言等する立
場にあり,人事上の計画と方針に関する機密の事項に接する機会を有する」という地位に
あることは明白である。仮にX1 ら3 名がこれまでかかる地位に基づいて,現実にライン
専門職の人事権行使を助言等したり,人事上の機密事項に接したことがなかったとしても,
それはX1 ら3 名が置かれている地位を否定するものではない。
(被控訴人ら)
- 7 -
(1)組合員範囲条項の効力について
ア組合員の範囲について使用者に国有の利益が存在しないにもかかわらず,組合員の範
囲条項だけの一部解約は原則として認められないとすれば,使用者に固有の利益を認める
結果になる。組合員の範囲について使用者の固有の利益が認められないのであれば,当該
部分についての労働協約の一部解約に関して,一般の労働協約の一部解約と同様の厳格な
要件を課すことは不当である。組合員の範囲条項について,使用者の固有の利益がなく,
労働組合が自主的に決定できる以上,本件条項を解約しても,使用者の利益を侵害するこ
とはなく,許されると解すべきである。
イ組合員の範囲の問題は組合自治の問題であって,使用者の固有の利益が存在しないの
であるから,そのことを組合が使用者に対して約束して相互に拘束するという関係自体が
そもそも成り立ち得ない。また,憲法28 条,労働組合法2 条,7 条などの諸規定に鑑み
て,使用者がこの問題に容喙することは許されない。したがって,組合員の範囲を画した
文言の労働協約の解釈としては,その文面どおりの法的効力を認めることは妥当ではなく,
当該労働協約の適用を受けるべき組合員の範囲を画したものと解すべきである。したがっ
て,労働協約があっても,組合員の範囲について使用者が不当に介入することは,一部解
約を論じるまでもなく,不当労働行為にほかならない。
(2)一部解約の有効性について
ア組合員の範囲をどうするかということと,中央執行委員の就業時間内組合活動時間と
は実際には関連を有していないし,参加人も都労委や原審の審理の中でそのような主張は
してこなかった。また,組合員の範囲が専任以上か,主任までかによって,主任組合員の
就業時間内組合活動時間や別途協議することとした一般職の条項について取扱いが変わる
という関係ではなかった。したがって,本件条項は本件確認書において独立性を有してい
る。
イ10 年前においては予想できなかったが,今日では専任以上のスタッフ専門職に対し
て退職勧奨,退職強要が行われている。この専任以上のスタッフ専門職が労働組合に団結
することを阻止することは,労組法の趣旨に反して著しく妥当性を欠いている。
ウ被控訴人支部は,平成3 年12 月以降,参加人に対し,ねばり強く本件条項の見直しに
ついて交渉を申し入れ,協議をしてきた。また,一般職の組合活動時間についても協議を
拒否したことはない。これに対し,参加人は一貫して見直しはあり得ないとの態度をとっ
ており,本件一部解約の前後を通じて,実質的な協議に応じていない。
エそもそも組合員は一般職に限るとされていた参加人の取扱いを本件確認書で変更した
のであるから,将来,また変更される可能性があることは誰もが予測できる。また,主任
や専任などの会社の人事組織制度を前提として合意したものであるが,その前提となる人
事制度自体が5 年,10 年で変更される可能性は十分にある。したがって,本件条項が分
別して扱われることがあり得ることは当事者双方は十分に予想できたし,予想するのが合
理的である。
オ以上のとおり,本件の場合には一部解約を例外的に認める事情が備わっている。本件
条項については,確認書を定めて,組合が見直しを提案するまで約9 年が経過している。
この間は確認書どおり,主任までを組合員として組織してきた。しかし,この10 年間に
組織変更が行われて,専任以上のスタッフ専門職も増加し,また,役割も変わり,主任と
- 8 -
大差のない専任も増加している。10 年近く経過した場合には,本件条項の見直、しをす
るのは極めて当然である。それにもかかわらず,参加入は,確認書を締結したという一点
で頑なに見直しについての実質的協議を拒み,あくまで見直しを拒否している。このよう
な状態は労組法の趣旨に反したものにほかならず,一部解約は有効と認められるべきであ
る。
(3)不当労働行為意思に関する控訴人・参加人の主張に対する反論
ア支配介入が不当労働行為として成立するために要求される不当労働行為意思とは,直
接に組合弱体化ないし反組合的行為に向けられた積極的意図であることを要せず,その行
為が客観的に組合弱体化ないし反組合的な結果を生じ,または生じるおそれがあることの
認識,認容があれば足りると解すべきである。
イ本件各不当労働行為は,「行為の内容,程度,時期,場所,機会,動機,組合員に対
する影響力など,当該行為の前後の情況を総合して判断」したとしても,不当労働行為意
思に基づくものであることは明白である。参加人や管理職らのX1 ら3 名に対する本件各
言動等は,処分の威嚇や恫喝など組合員として行動した場合に加えられる不利益処分,制
裁を含むものであって,そうした内容からして単なる「見解」の表明などではあり得ない。
ウ組合員の範囲をどのようにするかという労働組合が自主的に決定すべき事柄に介入す
ること自体不当労働行為(支配介入)に他ならないのであって,参加人はそのような意思を
もって前記各行為に及んでいるのである。
被控訴人支部は,本件一部解約を通告する文書の中でも,本件条項は単に労働協約の適
用を受けるべき人的範囲についての合意にすぎない旨を明確に指摘し,その後都労委への
不当労働行為救済申立以前の労使交渉の中でも,このことを再三にわたって参加人に指摘
していた。したがって,この点につき参加入は法的解釈を十分認識していたのであり,本
件命令が擁護するような参加人が解釈した無理からぬ事情は,何ら存在しなかった。
さらに,本件命令の論理に従えば,使用者が何らかの「根拠」を持ってそれが不当労働
行為に該当しないと信じ込んでいる「振り」をすれば,如何に露骨な支配介入であっても,
「当時会社に不当労働行為の認識はなかった」として免責されることになるが,これが不
当な結果であることは論を待たない。


日本アイ・ビー・エム(組合員資格)事件 東京高判平成17年2月24日

2012年03月31日 | 労働百選

日本アイ・ビー・エム
http://www.ibm.com/jp/ja/
http://www-06.ibm.com/ibm/jp/about/index_g.html
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%83%BB%E3%83%93%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%A8%E3%83%A0
日本アイ・ビー・エム株式会社(にほんアイ・ビー・エム、日本IBM、英文表記:IBM Japan, Ltd.)は、米IBM(IBM Corporation)の日本法人。米IBMの100%子会社である有限会社アイ・ビー・エム・エーピー・ホールディングス(APH)の100%子会社であり、米IBMの孫会社にあたる。

日本アイ・ビー・エム株式会社
IBM Japan, Ltd.  
 IBM-Japan-Hakozaki-Facility.jpg
日本IBM本社(旧箱崎事業所)
種類 株式会社
略称 日本IBM
本社所在地  日本
〒103-8510
東京都中央区日本橋箱崎町十九番二十一号
北緯35度40分43.2秒 東経139度47分13.1秒 / 北緯35.678667度 東経139.786972度 / 35.678667; 139.786972
設立 1937年6月17日
業種 電気機器
事業内容 情報システムに関わるサービス、ソフトウェア、ハードウェア、ファイナンシングの提供
代表者 代表取締役 社長執行役員 橋本孝之
資本金 1,353億円
売上高 9,377億円(2010年)[1]
従業員数 2009年以降非公開 (2008年12月31日時点で16,111人)
主要株主 有限会社アイ・ビー・エム・エイ・ピー・ホルディングス(100%)


http://web.churoi.go.jp/han/h10004.html
全文:http://web.churoi.go.jp/han/pdf/h10004.pdf
事件名  日本アイビーエム 
事件番号  東京高裁平成15年(行コ)第275号
 控訴人  東京都労働委員会 
控訴人参加人  日本アイ・ビー・エム株式会社 
被控訴人  全日本金属情報機器労働組合日本アイビーエム支部 
被控訴人  全日本金属情報機器労働組合東京地方本部 
被控訴人  全日本金属情報機器労働組合 
判決年月日  平成17年 2月24日 
判決区分  一審判決の全部取消し 
  
事件概要  本件は、会社が、①支部のスタッフ専門職である組合員三名のチェックオフ申請を拒否したこと、②分会の執行員に就任した組合員X1の就任撤回と役員名簿の修正を要求したこと、③組合員X2、X3に対し、上級管理職の職務等に反する活動を行った場合の懲戒処分を示唆したことが不当労働行為であるとして争われた事件である。
 東京都労委は、いずれも不当労働行為に当たらないとして、申立てを棄却したが、これを不服として、組合が行政訴訟を提起した。
 東京地裁は、東京都労委の棄却命令を取り消し、組合の請求を認容した。
 本件は、東京都労委がこれを不服として、東京高裁に控訴したものであるが、同高裁は、会社の請求を認容し、原判決を取り消した。 
判決主文  1 原判決を取り消す。
2 被控訴人らの請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人らの負担とする。 
判決の要旨  5130 法2条但書との関係
X1ら3名が現実にライン専門職の人事権行使を助言したり、人事上の機密事項に接したことがなかったというだけでなく、参加人においては、X1ら3名が置かれているスタッフ専門職としての地位そのものが、直接には人事評価を行ったり、人事情報に接することができないものであり、X1ら3名が使用者の利益を代表する者に該当するということはできないとされた例。

5130 法2条但書との関係
労働組合は、その自主的判断に基づき組合員の範囲を決定することができるのであるから、その判断に基づいて使用者との間で、労働協約をもって非組合員の範囲を定めることを妨げられるものでなく、また、使用者にとっても、非組合員の範囲は人事制度や労務管理にかかわることであり、これを定めることについて一定の利益を有していることは否定できないから、非組合員の範囲について労働協約が締結された以上、労使の合意として効力を有するものであるが、使用者の利益代表者の範囲は、現実にはその判別が困難を伴うとしても、各企業の実態に即して客観的に定まるものであって、労使の合意によって左右されるものではなく、しかも、組合員となる資格を有しない者の範囲の裏返しである組合員となる資格を有する者の範囲は、本来組合の自主的判断に委ねられるべきものであり、非組合員の範囲を広いものとするか狭いものとするかは、組合員となり得る者の多少、組合員のままで昇進したり就くことのできる職種の範囲に直接関係し、組合活動に及ぼす影響は大きいものであるから、労働協約中の非組合員の範囲を定める条項の効力を考えるに当たっては、このような事情を十分考慮すべきであるとされた例。

2305 労働協約との関係
2249 その他使用者の態度
本件確認書の1項は組合員の範囲に関するもの、2項及び3項は組合員の就業時間中の組合活動に関するもの、4項は組合員の昇進問題の解決に関するものであり、このように一つの労働協約において複数の事項が協定されている場合、各合意事項は相互に関連を有し、又はある事項についての一方の譲歩と他の事項の他方の譲歩により全体の合意が成立するなど、労働協約全体が一体をなすものとして成立するのが通例であるから、一方当事者が自己に不利な条項のみを取り出して解約することは原則として許されないと解すべきであるが、その条項の労働協約の中での独立性の程度、その条項が定める事項の性質をも考慮したとき、契約締結後の予期せぬ事情変更によりその条項を維持することができなくなり、又はこれを維持させることが客観的に著しく妥当性を欠くに至っているか否か、その合意解約のための十分な交渉を経たが相手方の同意が得られず、しかも協約全体の解約よりも労使関係上穏当な手段であるか否かを総合的に考え合わせて、例外的に協約の一部解約が許される場合があるとするのが相当であり、本件の組合員の範囲に関する条項の解約が、信義に反し、あるいは権利の濫用に当たるということはできず、有効に解約されたというべきであるとされた例。

2610 職制上の地位にある者の言動
労働協約の条項の一部解約が認められるか否かの判断は微妙なものがあり、事業所の所長らによる組合員に対する本件言動の当時、参加人会社が本件条項の一部解約は認められないと考えるのも無理からぬ事情があったというべきであるから、参加人が本件条項が有効で、専任以上のスタッフ専門職には組合員資格がないと考えて、その自己の考えを意見として表明したり、敷衍して説明したりすることを支配介入の不当労働行為意思の表れとみるのは相当でなく、これら言動を不当労働行為と認めるのは相当でないとされた例。

2800 各種便宜供与の廃止・拒否
参加人会社はX1ら3名についてチェックオフを開始することを求める申請を、X1ら3名が組合員でないとして実施しなかったものであるところ、組合支部の組合員150名中20名についてはチェックオフが実施されずに組合支部が直接組合費を徴収していたことが認められ、組合員であることとチェックオフ実施の関係は明確でないのみか、X1ら3名について新たにチェックオフを開始することを拒否することが、組合支部の活動に及ぼす悪影響はほとんどないものと推認され、このような、組合支部と会社との間のチェックオフの実情に、本件条項のみの解約は許されないと会社が考えるのも無理からぬ事情があり、会社がX1ら3名が組合員であることに疑義を抱いていたことにはそれなりの理由があることを併せ考えると、会社がX1ら3名にチェックオフという便宜供与を拒んだからといって、これが支配介入による不当労働行為に該当するということはできないとされた例。

 
業種・規模  電気機械器具製造業 


小田急高架本案最判平成18年11月2日

2012年03月27日 | 労働百選

小田急本案
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=33756&hanreiKbn=02
事件番号 平成16(行ヒ)114
事件名 小田急線連続立体交差事業認可処分取消,事業認可処分取消請求事件
裁判年月日 平成18年11月02日
法廷名 最高裁判所第一小法廷
裁判種別 判決
結果 棄却
判例集等巻・号・頁 民集 第60巻9号3249頁
原審裁判所名 東京高等裁判所
原審事件番号 平成13(行コ)234
原審裁判年月日 平成15年12月18日
判示事項 
都知事が行った都市高速鉄道に係る都市計画の変更が鉄道の構造として高架式を採用した点において裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとして違法であるとはいえないとされた事例
裁判要旨 
都知事が都市高速鉄道に係る都市計画の変更を行うに際し鉄道の構造として高架式を採用した場合において,(1)都知事が,建設省の定めた連続立体交差事業調査要綱に基づく調査の結果を踏まえ,上記鉄道の構造について,高架式,高架式と地下式の併用,地下式の三つの方式を想定して事業費等の比較検討をした結果,高架式が優れていると評価し,周辺地域の環境に与える影響の点でも特段問題がないと判断したものであること,(2)上記の判断が,東京都環境影響評価条例(昭和55年東京都条例第96号。平成10年東京都条例第107号による改正前のもの)23条所定の環境影響評価書の内容に十分配慮し,環境の保全について適切な配慮をしたものであり,公害対策基本法19条に基づく公害防止計画にも適合するものであって,鉄道騒音に対して十分な考慮を欠くものであったとはいえないこと,(3)上記の比較検討において,取得済みの用地の取得費等を考慮せずに事業費を算定したことは,今後必要となる支出額を予測するものとして合理性を有するものであることなど判示の事情の下では,上記の都市計画の変更が鉄道の構造として高架式を採用した点において裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとして違法であるということはできない。
参照法条 都市計画法(平成4年法律第82号による改正前のもの)13条1項,都市計画法(平成4年法律第82号による改正前のもの)21条2項,都市計画法(平成11年法律第87号による改正前のもの)18条1項,公害対策基本法19条,東京都環境影響評価条例(昭和55年東京都条例第96号。平成10年東京都条例第107号による改正前のもの)23条
全文 http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20061102165402.pdf

主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
理由
上告代理人斉藤驍ほかの上告受理申立て理由(原告適格に係る所論に関する部分
を除く。)について
第1 事案の概要等
1 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
(1) 建設大臣は,昭和39年12月16日付けで,旧都市計画法(大正8年法
律第36号)3条に基づき,世田谷区喜多見町(喜多見駅付近)を起点とし,葛飾
区上千葉町(綾瀬駅付近)を終点とする東京都市計画高速鉄道第9号線(昭和45
年の都市計画の変更以降の名称は「東京都市計画都市高速鉄道第9号線」であ
る。)に係る都市計画(以下「9号線都市計画」という。)を決定した。
(2) 被上告参加人は,9号線都市計画について,都市計画法(平成4年法律第
82号による改正前のもの)21条2項において準用する同法18条1項に基づく
変更を行い,平成5年2月1日付けで告示した(以下,この都市計画の変更を「平
成5年決定」という。)。平成5年決定は,小田急小田原線(以下「小田急線」と
いう。)の喜多見駅付近から梅ヶ丘駅付近までの区間(以下「本件区間」とい
う。)について,成城学園前駅付近を掘割式とするほかは高架式を採用し,鉄道と
交差する道路とを連続的に立体交差化することを内容とするものであり,小田急線
の複々線化とあいまって,鉄道の利便性の向上及び混雑の緩和,踏切における渋滞
の解消,一体的な街づくりの実現を図ることを目的とするものである。
- 2 -
(3) 平成5年決定がされた経緯等は,次のとおりである。
ア東京都は,9号線都市計画に係る区間の一部である小田急線の喜多見駅から
東北沢駅までの区間において,踏切の遮断による交通渋滞や市街地の分断により日
常生活の快適性や安全性が阻害される一方,鉄道の車内混雑が深刻化しており,鉄
道の輸送力が限界に達しているとして,上記区間の複々線化及び連続立体交差化に
係る事業の必要性及び緊急性について検討するため,昭和62年度及び同63年度
にわたり,建設省の定めた連続立体交差事業調査要綱(以下「本件要綱」とい
う。)に基づく調査(以下「本件調査」という。)を実施した。
本件要綱は,連続立体交差事業調査において,鉄道等の基本設計に当たって数案
を作成して比較評価を行うものとし,その評価に当たっては,経済性,施工の難易
度,関連事業との整合性,事業効果,環境への影響等について比較するものとして
いる。
本件調査の結果,成城学園前駅付近については掘割式とする案が適切であるとさ
れるとともに,環状8号線と環状7号線の間については,高架式とする案が,一部
を地下式とする案に比べて,工期・工費の点で優れており,環境面では劣るもの
の,当該高架橋の高さが一般的なものであり,既存の側道の有効活用などでその影
響を最小限とすることができるので,適切な案であるとされた。
なお,本件調査の結果,本件区間の東側に当たる環状7号線と東北沢駅の間(以
下「下北沢区間」という。)の構造については,地表式,高架式,地下式のいずれ
の案にも問題があり,その決定に当たっては新たに検討する必要があるとされた
が,平成5年決定に係る9号線都市計画においては,従前どおり地表式とされた。
もっとも,その後,東京都の都市計画局長は,平成10年12月,都議会におい
- 3 -
て,下北沢区間の線路の増加部分を地下式で整備する案を関係者で構成する検討会
に提案して協議を進めている旨答弁し,東京都は,同13年4月,下北沢区間を地
下式とする内容の計画素案を発表した。
イ被上告参加人は,本件調査の結果を踏まえた上で,本件区間の構造につい
て,① 嵩上式(高架式。ただし,成城学園前駅付近を一部掘割式とするもの。以
下「本件高架式」という。),② 嵩上式(一部掘割式)と地下式の併用(成城学
園前駅付近から環状8号線付近までの間を嵩上式(一部掘割式)とし,環状8号線
付近より東側を地下式とするもの),③ 地下式の三つの方式を想定した上で,計
画的条件(踏切の除却の可否,駅の移動の有無等),地形的条件(自然の地形等と
鉄道の線形の関係)及び事業的条件(事業費の額)の三つの条件を設定して比較検
討を行った。その結果,上記③の地下式を採用した場合,当時の都市計画で地表式
とされていた下北沢区間に近接した本件区間の一部で踏切を解消することができな
くなるほか,河川の下部を通るため深度が大きくなること等の問題があり,上記②
の方式にも同様の問題があること,本件高架式の事業費が約1900億円と算定さ
れたのに対し,上記③の地下式の事業費は,地下を2層として各層に2線を設置す
る方式(以下「2線2層方式」という。)の場合に約3000億円,地下を1層と
して4線を並列させる方式の場合に約3600億円と算定されたこと等から,被上
告参加人は,本件高架式が上記の3条件のすべてにおいて他の方式よりも優れてい
ると評価し,環境への影響,鉄道敷地の空間利用等の要素を考慮しても特段問題が
ないと判断して,これを本件区間の構造の案として採用することとした。
なお,上記の事業費の算定に当たっては,昭和63年以前に取得済みの用地に係
る取得費は算入されておらず,高架下の利用等による鉄道事業者の受益分も考慮さ
- 4 -
れていない。また,2線2層方式による地下式の事業費の算定に当たっては,シー
ルド工法(トンネルの断面よりわずかに大きいシールドという強固な鋼製円筒状の
外殻を推進させ,そのひ護の下で掘削等の作業を行いトンネルを築造する工法)に
よる施工を本件区間全体にわたって行うことは前提とされていないが,被上告参加
人は,途中の経堂駅において準急線と緩行線との乗換えを可能とするために,1層
目にホーム2面及び線路数3線を有する駅部を設置することを想定しており,その
ために必要なトンネルの幅は約30mであったところ,平成5年当時,このような
幅のトンネルをシールド工法により施工することはできなかった。
ウ上記のように本件高架式が案として選定された本件区間の複々線化に係る事
業及び連続立体交差化に係る事業について,それぞれの事業の事業者であるA株式
会社及び東京都は,東京都環境影響評価条例(昭和55年東京都条例第96号。平
成10年東京都条例第107号による改正前のもの。以下「本件条例」という。)
に基づく環境影響評価に関する調査を行い,平成3年11月5日,環境影響評価書
案(以下「本件評価書案」という。)を被上告参加人に提出した。本件評価書案に
よれば,本件高架式を前提として工事完了後の鉄道騒音について予測を行ったとこ
ろ,地上1.2mの高さでの予測値は,高架橋端からの距離により現況値を上回る
箇所も見られるが,高架橋端から6.25mの地点で現況値が82から93ホンの
ところ予測値が75から77ホンとされるなど,おおむね現況とほぼ同程度かこれ
を下回っているとされている。
本件評価書案に対し,被上告参加人は,鉄道騒音の予測位置を騒音に係る問題を
最も生じやすい地点及び高さとすること,騒音防止対策の種類とその効果の程度を
明らかにすること等の意見を述べ,これを受けて,東京都及びA株式会社は,予測
- 5 -
地点の1箇所につき高架橋端から1.5mの地点における高さ別の鉄道騒音の予測
に関する記載を付加した環境影響評価書(以下「本件評価書」という。)を同4年
12月18日付けで作成し,被上告参加人に提出した。本件評価書によれば,上記
地点における鉄道騒音の予測値は,地上10mから30mの高さで88ホン以上,
地上15mの高さでは93ホンであるが,事業実施段階での騒音防止対策として,
構造物の重量化,バラストマットの敷設,60kg/mレールの使用,吸音効果の
ある防音壁の設置等の対策を講じるとともに,干渉型の防音装置の設置についても
検討し,騒音の低減に努めることとされ,これらによる騒音低減効果は,バラスト
マットの敷設により軌道中心から6.25mの地点で7ホン,60㎏/mレールの
使用により現在の50㎏/mレールと比べて軌道中心から23mの地点で5ホン,
吸音効果のある防音壁により防音壁だけの場合に比べ1ホン程度,防音壁に干渉型
防音装置を設置した場合3ないし4ホンであるとされている。
以上の環境影響評価は,東京都環境影響評価技術指針が定める環境影響評価の手
法を基本とし,一般に確立された科学的な評価方法に基づいて行われた。
なお,高架橋より高い地点での現実の騒音値は,線路部分において生じる騒音が
走行する列車の車体に遮られることから,上記予測値のような実験値よりも低くな
るとされている。また,平成5年決定当時の鉄道騒音に関する唯一の公的基準であ
った「新幹線鉄道騒音に係る環境基準について」(昭和50年環境庁告示第46
号)においては,騒音を測定する高さは地上1.2mとされていた。
一方,小田急線の沿線住民らは,小田急線による鉄道騒音等の被害について,平
成4年5月7日,公害等調整委員会に対し,公害紛争処理法42条の12に基づく
責任裁定を申請し,同委員会は,同10年7月24日,申請人の一部が受けた平成
- 6 -
5年決定以前の騒音被害が受忍限度を超えることを前提として,A株式会社の損害
賠償責任を認める旨の裁定をした。
エ被上告参加人は,本件調査及び上記の環境影響評価を踏まえ,本件高架式を
採用することが周辺地域の環境に与える影響の点でも特段問題がないと判断して,
本件高架式を内容とする平成5年決定をした。
オ東京都は,公害対策基本法19条に基づき,東京地域公害防止計画を定めて
いたところ,平成5年決定は,その目的,内容において同計画の妨げとなるもので
はなく,同計画に適合している。
(4) 建設大臣は,都市計画法(平成11年法律第160号による改正前のも
の)59条2項に基づき,平成6年5月19日付けで,東京都に対し,平成5年決
定により変更された9号線都市計画を基礎として,本件区間の連続立体交差化を内
容とする別紙事業認可目録1記載の都市計画事業(以下「本件鉄道事業」とい
う。)の認可(以下「本件鉄道事業認可」という。)をし,同6年6月3日付けで
これを告示した。
また,建設大臣は,世田谷区が同5年2月1日付けで告示した東京都市計画道路
・区画街路都市高速鉄道第9号線付属街路第9号線及び第10号線に係る各都市計
画を基礎として,同項に基づき,同6年5月19日付けで,東京都に対し,上記各
付属街路の設置を内容とする別紙事業認可目録2及び3記載の各都市計画事業の認
可(以下「本件各付属街路事業認可」という。)をし,同年6月3日付けでこれを
告示した。上記各付属街路は,本件区間の連続立体交差化に当たり,環境に配慮し
て沿線の日照への影響を軽減すること等を目的として設置することとされたもので
ある。
- 7 -
2 本件は,本件鉄道事業認可の前提となる都市計画に係る平成5年決定が,周
辺地域の環境に与える影響,事業費の多寡等の面で優れた代替案である地下式を理
由もなく不採用とし,いずれの面でも地下式に劣り,周辺住民に騒音等で多大の被
害を与える本件高架式を採用した点で違法であるなどとして,建設大臣の事務承継
者である被上告人に対し,上告人らが本件鉄道事業認可の,別紙上告人目録2記載
の上告人らが別紙事業認可目録2記載の認可の,別紙上告人目録3記載の上告人ら
が別紙事業認可目録3記載の認可の,各取消しを求めている事案である。
第2 本件鉄道事業認可の取消請求について
1 平成5年決定が本件高架式を採用したことによる本件鉄道事業認可の違法の
有無について
(1) 都市計画法(平成4年法律第82号による改正前のもの。以下同じ。)
は,都市計画事業認可の基準の一つとして,事業の内容が都市計画に適合すること
を掲げているから(61条),都市計画事業認可が適法であるためには,その前提
となる都市計画が適法であることが必要である。
(2) 都市計画法は,都市計画について,健康で文化的な都市生活及び機能的な
都市活動を確保すべきこと等の基本理念の下で(2条),都市施設の整備に関する
事項で当該都市の健全な発展と秩序ある整備を図るため必要なものを一体的かつ総
合的に定めなければならず,当該都市について公害防止計画が定められているとき
は当該公害防止計画に適合したものでなければならないとし(13条1項柱書
き),都市施設について,土地利用,交通等の現状及び将来の見通しを勘案して,
適切な規模で必要な位置に配置することにより,円滑な都市活動を確保し,良好な
都市環境を保持するように定めることとしているところ(同項5号),このような
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基準に従って都市施設の規模,配置等に関する事項を定めるに当たっては,当該都
市施設に関する諸般の事情を総合的に考慮した上で,政策的,技術的な見地から判
断することが不可欠であるといわざるを得ない。そうすると,このような判断は,
これを決定する行政庁の広範な裁量にゆだねられているというべきであって,裁判
所が都市施設に関する都市計画の決定又は変更の内容の適否を審査するに当たって
は,当該決定又は変更が裁量権の行使としてされたことを前提として,その基礎と
された重要な事実に誤認があること等により重要な事実の基礎を欠くこととなる場
合,又は,事実に対する評価が明らかに合理性を欠くこと,判断の過程において考
慮すべき事情を考慮しないこと等によりその内容が社会通念に照らし著しく妥当性
を欠くものと認められる場合に限り,裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したも
のとして違法となるとすべきものと解するのが相当である。
(3) 以上の見地に立って検討するに,前記事実関係の下においては,平成5年
決定が本件高架式を採用した点において裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用した
ものとして違法となるとはいえないと解される。その理由は以下のとおりである。
ア被上告参加人は,本件調査の結果を踏まえ,計画的条件,地形的条件及び事
業的条件を設定し,本件区間の構造について三つの方式を比較検討した結果,本件
高架式がいずれの条件においても優れていると評価し,本件条例に基づく環境影響
評価の結果等を踏まえ,周辺地域の環境に与える影響の点でも特段問題がないとし
て,本件高架式を内容とする平成5年決定をしたものである。
イそこで,上記の判断における環境への影響に対する考慮について検討する。
(ア) 前記のとおり,都市計画法は,都市施設に関する都市計画について,健康
で文化的な都市生活の確保という基本理念の下で,公害防止計画に適合するととも
- 9 -
に,適切な規模で必要な位置に配置することにより良好な都市環境を保持するよう
に定めることとしている。公害防止計画は,環境基本法により廃止された公害対策
基本法の19条に基づき作成されるものであるが,相当範囲にわたる騒音,振動等
により人の健康又は生活環境に係る著しい被害が発生するおそれのある地域につい
て,その発生を防止するために総合的な施策を講ずることを目的とするものである
ということができる。また,本件条例は,環境に著しい影響を及ぼすおそれのある
一定の事業を実施しようとする事業者が,その実施に際し,公害の防止,自然環境
及び歴史的環境の保全,景観の保持等(以下「環境の保全」という。)について適
正な配慮をするため,当該事業に係る環境影響評価書を作成し,被上告参加人に提
出しなければならないとし(7条,23条),被上告参加人は,都市計画の決定又
は変更の権限を有する者にその写しを送付し(24条2項),当該事業に係る都市
計画の決定又は変更を行うに際してその内容について十分配慮するよう要請しなけ
ればならないとしている(25条)。そうすると,本件鉄道事業認可の前提となる
都市計画に係る平成5年決定を行うに当たっては,本件区間の連続立体交差化事業
に伴う騒音,振動等によって,事業地の周辺地域に居住する住民に健康又は生活環
境に係る著しい被害が発生することのないよう,被害の防止を図り,東京都におい
て定められていた公害防止計画である東京地域公害防止計画に適合させるととも
に,本件評価書の内容について十分配慮し,環境の保全について適正な配慮をする
ことが要請されると解される。本件の具体的な事情としても,公害等調整委員会
が,裁定自体は平成10年であるものの,同4年にされた裁定の申請に対して,小
田急線の沿線住民の一部につき平成5年決定以前の騒音被害が受忍限度を超えるも
のと判定しているのであるから,平成5年決定において本件区間の構造を定めるに
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当たっては,鉄道騒音に対して十分な考慮をすることが要請されていたというべき
である。
(イ) この点に関し,前記事実関係によれば,① 本件区間の複々線化及び連続
立体交差化に係る事業について,本件調査において工期・工費の点とともに環境面
も考慮に入れた上で環状8号線と環状7号線の間を高架式とする案が適切とされた
こと,② 本件高架式を採用することによる環境への影響について,本件条例に基
づく環境影響評価が行われたこと,③ 上記の環境影響評価は,東京都環境影響評
価技術指針が定める環境影響評価の手法を基本とし,一般に確立された科学的な評
価方法に基づき行われたこと,④ 本件評価書においては,工事完了後における地
上1.2mの高さの鉄道騒音の予測値が一部を除いておおむね現況とほぼ同程度か
これを下回り,高架橋端から1.5mの地点における地上10mないし30mの高
さの鉄道騒音の予測値が88ホン以上などとされているものの,鉄道に極めて近接
した地点での値にすぎず,また,上記の高さにおける現実の騒音は,走行する列車
の車体に遮られ,その値は,上記予測値よりも低くなること,⑤ 本件評価書にお
いても,騒音防止対策として,構造物の重量化,バラストマットの敷設,60kg
/mレールの使用,吸音効果のある防音壁の設置等の対策を講じるとともに,干渉
型防音装置の設置も検討することとされ,現実の鉄道騒音の値は,これらの騒音対
策を講じること等により相当程度低減するものと見込まれるとされていること,⑥
平成5年決定当時の鉄道騒音に関する公的基準は地上1.2mの高さで騒音を測
定するものにとどまっていたこと,⑦ 被上告参加人は,本件調査及び上記の環境
影響評価を踏まえ,本件高架式を採用することが周辺地域の環境に与える影響の点
でも特段問題がないと判断して,平成5年決定をしたこと,⑧ 平成5年決定は,
- 11 -

東京地域公害防止計画に適合していること等の事実が認められる。
そうすると,平成5年決定は,本件区間の連続立体交差化事業に伴う騒音等によ
って事業地の周辺地域に居住する住民に健康又は生活環境に係る著しい被害が発生
することの防止を図るという観点から,本件評価書の内容にも十分配慮し,環境の
保全について適切な配慮をしたものであり,公害防止計画にも適合するものであっ
て,都市計画法等の要請に反するものではなく,鉄道騒音に対して十分な考慮を欠
くものであったということもできない。したがって,この点について,平成5年決
定が考慮すべき事情を考慮せずにされたものということはできず,また,その判断
内容に明らかに合理性を欠く点があるということもできない。
(ウ) なお,被上告参加人は,平成5年決定に至る検討の段階で,本件区間の構
造について三つの方式の比較検討をした際,計画的条件,地形的条件及び事業的条
件の3条件を考慮要素としており,環境への影響を比較しないまま,本件高架式が
優れていると評価している。しかしながら,この検討は,工期・工費,環境面等の
総合的考慮の上に立って高架式を適切とした本件調査の結果を踏まえて行われたも
のである。加えて,その後,本件高架式を採用した場合の環境への影響について,
本件条例に基づく環境影響評価が行われ,被上告参加人は,この環境影響評価の結
果を踏まえた上で,本件高架式を内容とする平成5年決定を行っているから,平成
5年決定が,その判断の過程において考慮すべき事情を考慮しなかったものという
ことはできない。
ウ次に,計画的条件,地形的条件及び事業的条件に係る考慮について検討す
る。
被上告参加人は,本件区間の構造について三つの方式の比較検討をした際,既に
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取得した用地の取得費や鉄道事業者の受益分を考慮せずに事業費を算定していると
ころ,このような算定方法は,当該都市計画の実現のために今後必要となる支出額
を予測するものとして,合理性を有するというべきである。また,平成5年当時,
本件区間の一部で想定される工事をシールド工法により施工することができなかっ
たことに照らせば,被上告参加人が本件区間全体をシールド工法により施工した場
合における2線2層方式の地下式の事業費について検討しなかったことが不相当で
あるとはいえない。
さらに,被上告参加人は,下北沢区間が地表式とされることを前提に,本件区間
の構造につき本件高架式が優れていると判断したものと認められるところ,下北沢
区間の構造については,本件調査の結果,その決定に当たって新たに検討する必要
があるとされ,平成10年以降,東京都から地下式とする方針が表明されたが,一
方において,平成5年決定に係る9号線都市計画においては地表式とされていたこ
とや,本件区間の構造を地下式とした場合に河川の下部を通るため深度が大きくな
るなどの問題があったこと等に照らせば,上記の前提を基に本件区間の構造につき
本件高架式が優れていると判断したことのみをもって,合理性を欠くものであると
いうことはできない。
エ以上のほか,所論にかんがみ検討しても,前記アの判断について,重要な事
実の基礎を欠き又はその内容が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことを認める
に足りる事情は見当たらない。
(4) 以上のとおり,平成5年決定が本件高架式を採用した点において裁量権の
範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとして違法となるということはできないか
ら,これを基礎としてされた本件鉄道事業認可が違法となるということもできな
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い。
2 本件鉄道事業認可に係るその余の違法の有無について
原審の適法に確定した事実関係の下においては,本件鉄道事業認可について,そ
の余の所論に係る違法は認められない。
3 なお,原判決は,本件鉄道事業認可の取消請求に係る訴えを却下すべきもの
としているが,本件各付属街路事業認可の取消請求に関して,前記第1の1の事実
関係に基づき,平成5年決定の適否を判断している。原審の判示には,上記説示と
異なる点もあるが,原審は,被上告参加人が,本件の環境影響評価の結果を踏ま
え,本件高架式の採用が周辺地域の環境に与える影響の点でも特段問題がないと判
断したことに不合理な点は認められず,最終的に本件高架式を内容とする平成5年
決定を行ったことに裁量権の範囲の逸脱又は濫用はなく,平成5年決定を前提とす
る本件鉄道事業認可がその他の上告人ら指摘の点を考慮しても適法であると判断し
ており,この判断は是認することができるものである。
4 以上によれば,上告人らによる本件鉄道事業認可の取消請求は棄却すべきこ
ととなるが,その結論は原判決よりも上告人らに不利益となり,民訴法313条,
304条により,原判決を上告人らに不利益に変更することは許されないので,当
裁判所は原判決の結論を維持して上告を棄却するにとどめるほかはない。
第3 本件各付属街路事業認可の取消請求について
原審の適法に確定した事実関係の下において,本件各付属街路事業認可に違法は
ないとした原審の判断は,是認することができ,原判決に所論の違法はない。
第4 結論
以上によれば,論旨はいずれも採用することができない。
- 14 -
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官泉徳治裁判官横尾和子裁判官甲斐中辰夫裁判官
島田仁郎)
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事業認可目録
建設大臣がいずれも平成6年5月19日付けで東京都に対してした次の各事業の
認可
1(1) 施行者の名称
東京都
(2) 都市計画事業の種類及び名称
東京都市計画都市高速鉄道事業第9号線
(3) 事業計画の概要
第1審判決別紙事業目録1の「事業計画の概要」欄記載のとおり
2(1) 施行者の名称
東京都
(2) 都市計画事業の種類及び名称
東京都市計画道路事業都市高速鉄道事業第9号線付属街路第9号線
(3) 事業計画の概要
第1審判決別紙事業目録6の「事業計画の概要」欄記載のとおり
3(1) 施行者の名称
東京都
(2) 都市計画事業の種類及び名称
東京都市計画道路事業都市高速鉄道事業第9号線付属街路第10号線
(3) 事業計画の概要
第1審判決別紙事業目録7の「事業計画の概要」欄記載のとおり


【労働】医療法人財団青山会事件 東京高判平成14年2月27日

2012年03月25日 | 労働百選

事例演習労働法Unit21参照判例
医療法人財団青山会事件 東京高判平成14年2月27日

医療法人財団青山会 http://www.bmk.or.jp/
みくるべ病院 〒259‐1335 神奈川県秦野市三廻部948

http://www.bmk.or.jp/mikurube/index.html

http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=18703&hanreiKbn=06
事件番号 平成13(行コ)137
事件名 医療法人青山会救済命令取消
裁判年月日 平成14年02月27日
裁判所名 東京高等裁判所 
分野 労働
全文 http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/195666C5A86C38BF49256F390018DBF7.pdf
     主        文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は,控訴人の負担とする。
     事        実
第1 当事者が求めた裁判
1 控訴の趣旨
 (1) 原判決を取り消す。
 (2) 被控訴人が中労委平成8年(不再)第28号事件(初審・神奈川地方労働委
員会平成7年(不)第3号事件)について平成11年2月17日付けで発した命令
を取り消す。
 (3) 訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人の負担とする。
第2 事案の概要
1 本件は,医療法人社団仁和会(以下「仁和会」という。)が経営していた越川
記念病院が平成6年12月31日限りで閉鎖され,控訴人が平成7年1月1日から
同病院の施設,業務等を引き継いで青山会みくるべ病院(以下「みくるべ病院」と
いう。)を開設した際,越川記念病院に看護助手又は准看護婦として勤務していた
AとBの両名がみくるべ病院の職員として採用されなかったことから,越川記念病
院の唯一の労働組合であり,A及びBが組合員として所属していた被控訴人補助参
加人が上記両名の不採用は不当労働行為に当たるとして神奈川県地方労働委員会に
救済の申立てをし,これについて同労働委員会が両名の採用等を命ずる救済命令を
発したところ,これに対して控訴人が被控訴人に再審査を申し立てたが,被控訴人
が控訴人の再審査申立てを棄却する旨の命令(以下「本件命令」という。)を発し
たため,控訴人が本件命令の取消しを求めている事件であり,控訴人がA及びBの
両名をみくるべ病院の職員として採用しなかったこと(以下「本件不採用」とい
う。)が労働組合法7条1号,3号の不当労働行為に当たるか否かが争点となって
いる。
2 争いのない事実等(証拠によって容易に認定し得る事実を含む。),争点及び
争点に関する当事者の主張は,原判決の「第2 事案の概要」1ないし3に記載の
とおりであるから,これをここに引用する。
第3 証拠
 証拠関係は,本件記録中の書証目録に記載のとおりであるから,これをここに引
用する。
     理        由
1 事実関係
 本件の事実関係については,原判決12頁26行目の「平成2年3月」から同1
3頁1行目末尾までを「平成2年6月に上秦野病院が越川記念病院と名称を変更し
た後も同病院における唯一の労働組合であった。」と改め,同3行目の「その後」
の次に「組合員数が」を,同9行目の「同労働組合は,」の次に「後記(3)アの」を
それぞれ加え,同14頁25行目の各「参加人」及び同16頁3行目の「組合」を
いずれも「被控訴人補助参加人」と,同17頁4行目の「保険請求」を「保険診療
報酬等の」と,同6行目の「同年」を「平成6年」と,同19頁9行目の「係属」
を「継続」とそれぞれ改めるほかは,原判決12頁12行目から同25頁14行目
までに記載のとおりであるから,これをここに引用する。
2 本件不採用について
 (1) 上記1で認定したところによると,仁和会の経営していた越川記念病院は,
平成6年10月19日に健康保険法による保険医療機関の指定取消し及び生活保護
法による指定医療機関の取消しの各行政処分を受けたことから,保険診療報酬等の
収入が見込めなくなって,経営を続けることが不可能になり,同年11月末ころ,
仁和会と控訴人との間で,平成7年1月1日以降控訴人が越川記念病院の施設等を
使用して同病院に入院中の患者の治療を継続して行うことを含めて病院の経営を引
き継ぐことが合意され,平成6年12月13日付け覚書と同月16日付けの売買契
約書によってされた本件契約に基づき,控訴人は,仁和会から越川記念病院の施設
等の一切を譲り受け,平成7年1月1日,越川記念病院の施設等を使用してみくる
べ病院を開設し,以後これを経営するに至ったこと,本件契約においては,越川記
念病院の職員は全員解雇するものとし,控訴人が同病院の職員をみくるべ病院の職
員として採用するかどうかは控訴人の専権事項とされたが,控訴人は,同日付け
で,越川記念病院の全職員55名のうち32名をみくるべ病院の職員として採用し
ていること,このうち,医師の所属する医局科11名については,C理事長と関係
の深い医師5名について採用面接を行わず,採用面接をした残り6名については全
員を採用したこと,管理課その他の職員11名については,C理事長との関係など
を理由に4名について採用面接を行わず,採用面接をした残り7名のうち採用を希
望しなかった者など2名を除き5名を採用したこと,A及びBが属していた看護科
の職員33名については,A及びBのほか採用を希望していなかった3名の合計5
名(Dを加えれば6名)について採用面接を行わず,採用面接をした28名(Dを
除けば27名)のうち採用を希望しなかった者及び賃金等の条件面が折り合わなか
った者を除く21名を採用したこと,控訴人は,採用面接の際に採用を希望しなか
った看護科の職員の一部の者に対し,その後みくるべ病院開設までの間に,控訴人
に就職するよう改めて説得している反面,看護科に属していたA及びBの両名につ
いては,両名が採用を希望していたにもかかわらず,採用面接もせず,採用しなか
ったことが認められる。
 (2) 上記のとおり,控訴人は,みくるべ病院の開設に当たり,越川記念病院の職
員のうち半数以上の職員をみくるべ病院の職員として採用しているのであるが,採
用を希望していたA及びBを含む越川記念病院の職員の一部については採用面接も
せず,みくるべ病院の職員として採用しなかった。そこで,以下において,控訴人
がA及びBをみくるべ病院の職員として採用しなかったことについて,前記の本件
契約における越川記念病院の職員をみくるべ病院の職員として採用するかどうかは
控訴人の専権事項であるとの条項のほかに,その合理性を肯認するに足りる事由が
存するか否かについて検討する(なお,医局科及び管理課その他の職員の一部につ
いては,控訴人が採用面接を実施せず,採用しなかったことについて,その理由に
照らし,一応の合理性があるものといえる。)。
 (3) まず,上記1で認定したように,みくるべ病院は,越川記念病院の入院患者
を一部の退院者を除いてそのまま引き継ぎ,患者に対する治療を中断することなく
行うことになったのであるから,直接患者の世話に当たる看護科の職員について
は,患者の状況を知悉し,理解していた越川記念病院の職員が引き続きその業務に
当たることが望ましいことはいうまでもない。そして,控訴人は,現に,採用を希
望した越川記念病院の看護科の職員(なお,前記Dが控訴人への採用を希望してい
たことを認めるに足りる証拠はない。)については,A及びBの両名を除いて採用
面接をし,賃金等の条件が折り合う限り原則としてこれを採用したほか,採用を希
望しなかった看護科の職員の一部の者についても,改めて就職するよう説得してい
るのである。これらのことを合わせ考えると,控訴人は,みくるべ病院の看護科の
職員については,原則として,勤務条件が折り合う限りは越川記念病院の看護科の
職員をもって引き続き患者の看護業務に当たらせる方針でいたことは,明らかとい
える。
 そして,上記1で認定したところによれば,控訴人は,平成6年12月中旬ころ
と平成7年1月に,さらには,その後も看護職員等の公募を行っている上,みくる
べ病院開設当初は福井記念病院の看護職員を非常勤職員としてみくるべ病院の看護
業務に従事させているのであって,これらのことからすると,控訴人が採用した越
川記念病院の看護科の職員のみではみくるべ病院において必要とする看護科の職員
の人数に不足していたものと考えざるを得ない。
それにもかかわらず,越川記念病院の看護科に属していたA及びBの両名は,控訴
人への採用を希望しながら,採用面接も受けられず,採用されなかったのであるか
ら,控訴人は,A及びBの両名に対しては,看護科の職員については勤務条件が折
り合う限りは越川記念病院の看護科の職員をもって引き続き患者の看護業務に当た
らせるという前記方針とは異なる対応をしたものということができる。
 (4) 控訴人は,A及びBの両名を採用しなかったことについて,控訴人が越川記
念病院の職員をみくるべ病院の職員として採用するに当たっては,越川記念病院に
まつわるダーティーなイメージを払拭するため,当初から採用する意思のない者と
は面接せず,そうでない者とは面接の上,控訴人の提示した勤務条件を受け入れた
者を採用したのであり,主体的にその採否を決定したものであって,A及びBにつ
いては,その勤務態度,行状からして採用面接の対象としなかった旨主張する。そ
して,乙116ないし119によれば,控訴人のE常務は,被控訴人の再審査手続
における審問期日において,Aを採用しないことにしたのは,①精神衛生実態調査
の際に,患者を県庁に座り込みさせたり,政治的な集会に参加させたりしているこ
とが控訴人の方針と合わないこと,②夜勤当直の際,越川記念病院の不祥事につい
てカルテを写真で撮ったり,看護記録をコピーしてマスコミに流したり,政治活動
に熱心であること,③学生時代成田空港反対闘争に参加して逮捕され有罪判決を受
けたこと,④京浜学園に合格した越川記念病院の職員に関して,同職員を問題視す
る文書を同学園に提出したことなどを総合的に考慮した,Bを採用しないことにし
たのは,⑤医師の指示なく患者に薬を投与し,解雇されたこと,⑥患者に対して隔
離室で暴力を振るったこと,⑦初声荘病院時代の勤務状況が不良であったこと,⑧
プライベート面で問題があることなどを考慮したと供述している。
 (5) そこで,E常務の供述する上記①ないし⑧の事柄がA及びBの両名を不採用
としたことの合理的理由といえるか否かについて,検討することとする。
  ア Aについて
   (ア) E常務が供述する上記①についてみると,上記1で認定したように,
上秦野病院時代の昭和58年,県が厚生省の委託を受けて精神衛生実態調査をしよ
うとした際,被控訴人補助参加人が人権侵害であるとしてこれに反対し,Aも,患
者らと共に県庁前で集会を開催したり,座り込みをするなどの運動に参加したので
あるが,同調査の実施には上秦野病院自体も反対の態度をとっており,反対集会等
に参加する患者のために看護に当たる職員を配置するなどの協力をしていたという
のであるから,Aのとった上記行動は,同病院も容認し,支持していたものといえ
る。そうすると,上秦野病院も容認し支持していた10年以上も前の何ら問題視す
るに足りないことをあえて取り上げて不採用の理由とすることは,合理的とはいえ
ないし,このことを不採用の理由として挙げること自体が異常といえる。
   (イ) 次に,E常務が供述する②については,その裏付けとなる証拠はな
く,これを否定する乙120(被控訴人の審問期日におけるAの審問調書)に照ら
し,その事実があったことを認めることはできず,本件不採用の理由となし得ない
ものである。
   (ウ) また,E常務が供述する③については,その事実があったことは上記
1で認定したとおりであるが,この事実は,Aが上秦野病院に採用される5年ほど
前のことであり,本件不採用からすれば実に17年ほども前の事実であるし,その
後のAの行動に特に問題視すべきものがあったことはうかがえないから,Aを不採
用とした理由としては,薄弱にすぎるというべきである。
   (エ) E常務が供述する④についてみると,京浜学園に合格した越川記念病
院の職員に関して被控訴人補助参加人名で素行,履歴等の再調査を求める旨の要望
書が送付されたことは前記1(9)ア(ウ)で認定したとおりであるが,この文書をA又
は被控訴人補助参加人が送付したものと認めるに足りる証拠はない(上記1で認定
したところによれば,被控訴人補助参加人は,身に覚えがないとしてこれに抗議す
る内容の組合ニュースを発行し,東京労組及び被控訴人補助参加人は,京浜学園に
対して事実経過の確認を求める申入書を提出しているのである。)。
  イ Bについて
   (ア) E常務が供述する⑤についてみると,Bが仁和会をいったん解雇され
たことは上記1(9)イ(イ)で認定したとおりである。しかしながら,同人の解雇に関
する仮処分事件においては当該解雇が無効とされているのであり,その後仁和会と
被控訴人補助参加人との間で,Bの解雇撤回,同人の原職復帰等を内容とする和解
が成立しているのであって,これによれば,Bにつき解雇事由があったとはいえな
いから,上記解雇をもって同人の不採用の理由とすることは,合理的ではない。
   (イ) E常務が供述する⑥ないし⑧については,これを裏付けるに足りる具
体的な証拠はなく,昭和59年に上秦野病院に採用されて以来Bの勤務状況が特に
問題視された形跡はうかがえない。
  ウ 他方,上記1(7)ウで認定したところによると,控訴人は,越川記念病院当
時看護記録の書き直しを指示した看護主任や医療法違反の嫌疑で書類送検された事
務長については,その不祥事を承知しながらみくるべ病院の職員として採用してい
るのであり,これらの者が当該不祥事に主体的に関与したものでないとしても,控
訴人がこれらの者を採用しながらA及びBを不採用としたことについては,両措置
の間に均衡がとれているとは到底いえないし,越川記念病院にまつわるダーティー
なイメージを払拭するために採用面接対象者を振り分けたとする控訴人の主張とも
矛盾するものである。
そもそも,越川記念病院にダーティーなイメージがあったとすると,それは,上記
1(4)で認定したように,県による医療監視や立入調査などの結果明らかになった,
越川記念病院の医療従事者数についての虚偽の報告,精神保健指定医の診察によら
ない違法な患者の隔離及び身体的拘束,病院内における看護助手のピストル型エア
ガンの発射とこれに関する看護記録の書き直し,5700万余円に及ぶ診療報酬の
不正請求などの不祥事に起因するものというべきであるが,これらの不祥事は,被
控訴人補助参加人やA及びBの両名にかかわりのないことである。強いてかかわり
があるとすれば,被控訴人補助参加人が県に対して改善のために越川記念病院を指
導することを要請するなどし,このことが県による越川記念病院に対する医療監視
や立入調査などの一因となり,上記不祥事が発覚したと考えられることであるが,
それをもって被控訴人補助参加人やAらを非難するとしたら,それは「逆恨み」と
いうべきものである。
  エ 以上によれば,控訴人がA及びBについて採用面接もしないまま同人らを
不採用としたことには,合理的な理由があったとは到底いい難いものというほかな
い。
 (6) そして,以上のように控訴人がA及びBの両名について採用面接すらしない
で不採用としたことに合理的な理由があったといい難いことに加え,上記1で認定
した諸事実,とりわけ,控訴人は,初労とは対立状態にあったところ,仁和会から
越川記念病院の経営を引き継ぐことにした時点で,初労と被控訴人補助参加人とが
同一の上部団体である東京労組及び全労に属することやA及びBが被控訴人補助参
加人の組合員であることを知っていたこと,控訴人は,被控訴人補助参加人がA及
びBに就労の意思のあることを伝えるため控訴人に送付した文書の受領を一切拒否
し,A及びBの面会申入れにも応じていないこと,控訴人がみくるべ病院の開設に
際して関係者に送付したあいさつ状には,「告発のみに終始し,何ら生産的運動を
なしえなかった東京労働組合もその余韻すら残せず消え去りました。」との記載が
あること,越川記念病院が閉鎖のやむなきに至った行政処分に至る経緯には被控訴
人補助参加人の県に対する指導要請等が一因となったと考えられることなどを合わ
せ考えると,控訴人は,A及びBの両名が控訴人への採用を希望していることを知
りながら,この両名が被控訴人補助参加人に所属し,組合活動を行っていたことを
嫌悪し,そのため,当初から意図的に両名を採用しないこととし,採用面接を行わ
ず,不採用としたものと認めるのが相当である。
3 本件不採用の不当労働行為性について
そこで,控訴人が,上記のように,A及びBの両名が被控訴人補助参加人に所属
し,組合活動を行っていたことを嫌悪し,そのために当初から意図的に両名を採用
しないこととし,採用面接を行わず,不採用としたことが労働組合法7条1号,3
号に該当するか否かについて判断する。
 (1) まず,上記1(5)の認定事実によれば,控訴人は,仁和会から越川記念病院
の事業を引き継いでこれを運営していくため,本件契約によって,越川記念病院の
土地建物に関する権利及び病院運営に必要な一切の什器・備品を譲り受けていると
ころ,この行為(以下「本件譲渡」という。)は,病院経営という事業目的のため
組織化され,有機的一体として機能する仁和会の財産の譲渡を受け,これによって
仁和会が営んでいた事業を受け継いだものということができるから,商法上の営業
譲渡に類似するものということができる。そして,このように仁和会が越川記念病
院の経営を控訴人に引き継がせることになったのは,上記1で認定したところによ
ると,越川記念病院が健康保険法による保険医療機関の指定の取消し及び生活保護
法による指定医療機関の取消しを受けたため,保険診療報酬等の収入が見込めなく
なって病院経営を続けていけなくなったことによるものであるから,本件譲渡自体
が不当労働行為を目的としてされたものということはできない。
 (2) ところで,仁和会と控訴人との間で締結された本件契約では,仁和会はその
職員に対して解雇予告を行うとともに,その職員を控訴人が雇用するか否かは控訴
人の専権事項であるとされ,また,仁和会は平成6年12月31日までに生じた組
合員についての仁和会の債務を自己の責任で清算するとされていたのであるから,
本件契約においては,控訴人は仁和会の職員の雇用契約上の地位を承継しないとの
合意があったものというべきである。そして,営業譲渡の場合,譲渡人と被用者と
の間の雇用関係を譲受人が承継するかどうかは,原則として,当事者の合意により
自由に定め得るものと解される。
 (3) しかしながら,契約自由の原則とはいえ,当該契約の内容が我が国の法秩序
に照らして許容されないことがあり得るのは当然である。そこで,控訴人によるみ
くるべ病院の職員の採用の実態をみると,本件譲渡では,前記のように,越川記念
病院に入院中の患者については従前受けていたのと同一の治療行為を引き続きみく
るべ病院において行うこととしていたことから,本件契約においては,前記のとお
り,控訴人は越川記念病院における職員の雇用契約上の地位を承継しないとしてい
たにもかかわらず,控訴人は,同病院の職員,特に数も多数を占め,実際に患者の
看護に当たっていた看護科の職員については,A及びBの両名を除いて,採用を希
望する者全員について採用面接をし,採用を希望し,賃金等の条件面の折り合いが
付いた者全員を採用しているのであって,実質的には雇用者と被用者との雇用関係
も承継したに等しいものとなっている。そして,控訴人がA及びBの両名を殊更に
採用の対象から除外したのは,この両名が被控訴人補助参加人に所属し,組合活動
を行っていたことを控訴人が嫌悪したことによるものであることは,前記2で認定
判断したとおりである。また,本件譲渡の譲渡人である仁和会においても,本件譲
渡前,被控訴人補助参加人と激しく対立しており,かつ,越川記念病院が本件譲渡
を余儀なくされたのは,前記のように健康保険法による保険医療機関の指定の取消
し及び生活保護法による指定医療機関の取消しを受けたことにあるところ,それに
至った経緯として被控訴人補助参加人が県に対して越川記念病院の運営改善につき
指導要請をしたこと等も一因となったとみられることからすれば,仁和会が被控訴
人補助参加人並びにその構成員であるA及びBに対して強い悪感情を持っていたで
あろうことは,容易に推認できるところである。控訴人がみくるべ病院の開設に当
たって関係者に送付した前記あいさつ状には,「告発のみに終始し,何ら生産的運
動をなしえなかった東京労働組合もその余韻すら残せず消え去りました。」との記
載があるが,このことからも,控訴人と仁和会が被控訴人補助参加人の県に対する
要請行動と越川記念病院が保険医療機関の指定取消しなどの行政処分を受けたこと
とが関係あると認識し,このような要請行動を行った被控訴人補助参加人とその構
成員を嫌悪して,これを排除しようとしていたことをうかがうことができるのであ
る。
 このようにみてくると,控訴人による越川記念病院の職員のみくるべ病院の職員
への採用の実態は,新規採用というよりも,雇用関係の承継に等しいものであり,
労働組合法7条1号本文前段が雇入れについて適用があるか否かについて論ずるま
でもなく,本件不採用については同規定の適用があるものと解すべきである。本件
契約においては,控訴人は越川記念病院の職員の雇用契約上の地位を承継せず,同
病院の職員を控訴人が雇用するか否かは控訴人の専権事項とする旨が合意されてい
るが,上記採用の実態にかんがみれば,この合意は,仁和会と控訴人とが被控訴人
補助参加人並びにこれに属するA及びBを嫌悪した結果これを排除することを主た
る目的としていたものと推認されるのであり,かかる目的をもってされた合意は,
上記労働組合法の規定の適用を免れるための脱法の手段としてされたものとみるの
が相当である。したがって,控訴人は,上記のような合意があることをもって同法
7条1号本文前段の適用を免れることはできず,A及びBに対して本件不採用に及
んだのは,前記認定のようなみくるべ病院の職員の採用の実態に照らすと,同人ら
をその従来からの組合活動を嫌悪して解雇したに等しいものというべきであり,本
件不採用は,労働組合法7条1号本文前段の不利益取扱いに該当するものといわざ
るを得ない。
 また,本件不採用当時被控訴人補助参加人の組合員はA及びBの2名のみであっ
たことからすれば,本件不採用により,同時に被控訴人補助参加人が壊滅的打撃を
受けたことは明らかであるから,控訴人は,本件不採用により被控訴人補助参加人
へ壊滅的打撃を与えることを意図し,A及びBが被控訴人補助参加人を運営するこ
とを支配し,これに介入したものということができる。
したがって,控訴人がしたA及びBに対する本件不採用は,労働組合法7条1号本
文前段及び同条3号本文前段に該当し,不当労働行為に当たるというべきである。
4 結論
 以上によれば,当裁判所の上記判断と同旨の判断に基づいてA及びBの採用等を
命じた初審命令は相当であり,これを維持し,控訴人の再審査申立てを棄却した本
件命令も相当である。
 したがって,本件命令の取消しを求める控訴人の本件請求は理由がないものとし
た原判決は結論において正当であり,本件控訴は理由がないから,これを棄却する
こととして,主文のとおり判決する。
     東京高等裁判所第20民事部
        裁 判 長 裁 判 官   石   井   健   吾
  
               裁 判 官   大   橋       弘
               裁 判 官   植   垣   勝   


【労働】池上通信機事件 最三小判昭和63年7月19日

2012年03月25日 | 労働百選

事例演習労働法Unit21関連判例
池上通信機事件 最三小判昭和63年7月19日

http://www.ikegami.co.jp/
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B1%A0%E4%B8%8A%E9%80%9A%E4%BF%A1%E6%A9%9F
池上通信機(いけがみつうしんき、Ikegami Tsushinki Co., Ltd. )は、日本の業務用放送機器・通信機器メーカー。東証1部上場。本社は東京都大田区で、1946年(昭和21年)に斎藤公正が創立。

池上通信機株式会社
Ikegami Tsushinki Co., Ltd. 種類 株式会社

 

市場情報 東証1部 6771
 略称 池上、Ikegami
本社所在地 東京都大田区池上五丁目6番16号
創立 昭和23年2月21日個人創業:昭和21年9月10日
業種 電気機器
事業内容 通信機器事
代表者 松原正樹
従業員数 888名(連結957名)*平成23年3月末
資本金 10,022百万円*平成22年3月末
売上高 23,318百万円(連結 24,380百万円)*平成23年3月期
決算期 毎年3月末
主要製品 放送用カメラシステム、放送用モニタ、映像制作・送出システム、映像伝送システム、中継車システム、セキュリティカメラシステム、医用カメラシステム、各種外観検査装置等
取引銀行 三菱東京UFJ銀行・三井住友銀行・みずほ銀行・横浜銀行
主要株主 東芝 20.0%

http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=62348&hanreiKbn=02
事件番号 昭和60(行ツ)1
事件名 不当労働行為救済命令取消請求事件
裁判年月日 昭和63年07月19日
法廷名 最高裁判所第三小法廷
裁判種別 判決
結果 棄却
判例集等巻・号・頁 集民 第154号373頁
原審裁判所名 東京高等裁判所
原審事件番号 昭和58(行コ)86
原審裁判年月日 昭和59年08月30日
判示事項 
使用者が労働組合からの従業員食堂の使用申入れを許諾しなかつたこと等が不当労働行為に該当しないとされた事例
裁判要旨 
労働組合が、組合活動のため使用者の施設を自由に使用することができるとの見解のもとに、従業員食堂の使用につき使用者と真摯な協議を尽くさず、使用者の許諾を得ないまま実力を行使してこれを使用し続けてきた場合において、使用者が、労働組合からの従業員食堂の使用申入れを許諾しなかつたこと、また、許諾のないまま従業員食堂において開かれた組合員集会等の中止を命令し、組合幹部に対し警告書を交付したことは不当労働行為に該当しない。

(補足意見がある。)
参照法条 労働組合法7条1号,労働組合法7条3号
全文 http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319130525782392.pdf

         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人榎本勝則及び上告補助参加人代理人小池貞夫、同安養寺龍彦の各上告
理由について
 所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係及びその説示に照ら
し、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はなく、また、所論引用
の判例は、事案を異にし、本件に適切でない。右違法があることを前提とする所論
違憲の主張は、失当である。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の
認定を非難するか、又は独自の見解に基づき若しくは原審の認定にそわない事実を
前提として原判決を論難するものであつて、採用することができない。
 よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官
伊藤正己の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

 裁判官伊藤正己の補足意見は、次のとおりである。
 私は、法廷意見と本件の結論を同じくするものであるが、被上告人のした本件食
堂の利用の拒否、警告書の交付等が不当労働行為に該当するかどうかに関しては、
労働組合又はその組合員が使用者の所有し管理する物的施設を利用して行う組合活
動の正当性の有無が問題となるので、この点についての私の見解を明らかにしたう
え、本件について検討を加えることとしたい。
 さきに、最高裁昭和四九年(オ)第一一八八号同五四年一〇月三〇日第三小法廷
判決・民集三三巻六号六四七頁は、労働組合又はその組合員が使用者の所有し管理
する物的施設を利用して行う組合活動が正当なものとされるためには、使用者の許
諾を得ること、又は使用者がこれらの者に対し当該施設の利用を許さないことが権
- 1 -
利の濫用と認められるような特段の事情があることが必要である旨を明らかにした
が、法廷意見も右の説示を正当としているものと思われる。
 私も右の判例が一般論として説示するところは賛同できないものではない。けだ
し、使用者が当該施設の利用を許諾するのは、通常、労働組合が使用者と団体交渉
等なんらかの交渉をした結果であろうし、これによつて労働組合又はその組合員が
使用者の所有し管理する物的施設を利用するのが本来の姿といわなければならない
からである。それゆえ、右の物的施設の利用について労使間の合意を形成するため
に、労使双方の誠実な努力が求められることはいうまでもない。しかしながら、労
使間に実際に紛争が生じるのは、右のような使用者の許諾ないし労使間の合意が存
在しない場合であろうし、現に本件においても、被上告人(使用者)が本件食堂の
利用を許諾しなかつたため、労使間に紛争が発生しているのである。このような場
合においても、労働組合又はその組合員が当該施設を利用して行う組合活動が常に
正当性がないということはできず、使用者がこれらの者に対し当該施設の利用を許
諾しないことが権利の濫用と認められるような特段の事情があるときはこれを正当
なものというべきである。そして、右の特段の事情があるかどうかについては、硬
直した態度で判断するのではなく、当該施設の利用に関する合意を形成するための
労使の努力の有無、程度が勘案されなければならないことはもちろんであるが、さ
らに、いわゆる企業内組合にあつては当該企業の物的施設を利用する必要性が大き
い実情を加味し、労働組合側の当該施設を利用する目的(とくにその必要性、代替
性、緊急性)、利用の時間、方法、利用者の範囲、労働組合によつて当該施設が利
用された場合における使用者側の業務上の支障の有無、程度等諸般の事情を総合考
慮して判断されるべきものであると考える。
 本件の場合、被上告人は本件食堂の利用を許諾しなかつたのであるが、そのこと
をもつて直ちに本件組合活動が正当性を欠くと即断することなく、さらに右の特段
- 2 -
の事情の有無を検討する必要があるところ、原審の適法に確定した事実及びこれか
ら推認しうるところによれば、(ア) 本件食堂の利用をめぐる紛争が発生した当
時、上告補助参加人組合は結成されて間もない時期であり、しかもその組合員がD
工場とE工場とに分れていたため、上告補助参加人組合が本件食堂(D工場食堂・
E工場食堂)において集会をもつ必要性は相当高かつたうえ、その使用方法も不当
な態様にならないように配慮されていたばかりでなく、(イ) 上告補助参加人組
合が本件食堂を利用しても、被上告人の業務ないし他の従業員のレクリエーシヨン
活動に格別の支障が生じたことは窺われないにもかかわらず、(ウ) 被上告人は、
上告補助参加人組合の強引な態度に触発された面があることは否定できないものの、
本件食堂の利用に相当強硬な姿勢を示したこともあるというのであるが、その反面、
(エ) 被上告人は、年約四回の定期大会、臨時大会については本件食堂を利用す
ることを許諾し、暫定的に使用料を負担して外部の会場を借り受けるなど一定の譲
歩をし、(オ) 上告補助参加人組合は、昭和四九年三月被上告人の提供した右会
場で臨時大会を開催したのちは、多数回にわたつて無許可で本件食堂を利用し、本
件食堂の利用に関する合意を形成する努力を全くしないうえ、ときには暴力行為に
及ぶなど行き過ぎた行為をした、というのである。
 以上を総合すると、被上告人が上告補助参加人組合ないしその組合員に対し本件
食堂の利用を許諾しないことが権利の濫用であると認められるような特段の事情が
あるとまではいえないのであつて、結局、本件の場合、被上告人のした本件食堂の
利用の拒否、警告書の交付等が不当労働行為に該当するということはできない。原
判決は、その借辞からみて、労働組合又はその組合員が使用者の所有し管理する物
的施設を利用して行う組合活動の正当性の判断について厳格にすぎる感を免れない
けれども、その結論は正当であるから、本件上告はこれを棄却すべきである。
     最高裁判所第三小法廷
- 3 -
         裁判長裁判官    伊   藤   正   己
            裁判官    安   岡   滿   彦
            裁判官    坂   上   義   夫
            裁判官    貞   家   克   己
- 4