判例百選・重判ナビ

百選重判掲載判例へのリンク・答案例等

【答案】事業譲渡と労働関係―勝英自動車学校(大船自動車興業)事件

2012年10月17日 | 労働百選答案

勝英自動車学校(大船自動車興業)事件
横浜地裁平成15年12月16日判決

1 Xらとしては、本件解雇は、労基法を潜脱した脱法的な労働条件の切り下げ及び労働条件の切り下げに反発するであろう労働組合を排除することを目的としたものであって、本件A社(大船自動車興業)の解散は偽装解散であり、会社解散を理由とする解雇は無効であると主張し、①Y1社(勝英自動車)との間に労働契約関係が存在することの確認及び②解雇期間中の未払い賃金の支払を請求することが考えられる。
2 本件解雇の適否
(1)ア まず、Xらとしては、本件解雇は就業規則56条1項3号所定の「やむを得ない業務上の都合があるとき」に当たることを理由になされているが、本件解散は一方的かつ脱法的な労働条件の切り下げ及び労働組合の解体、排除を目的とするものであり、悪質な偽装解散であるから、無効である、したがって、本件解散を理由とする本件解雇は上記規則所定の解雇事由に当たらず無効であると主張することが考えられる。そこで、本件解雇が偽装解散か、真実解散かにつき検討する。
イ 大船自動車興業においては、平成8年以降、入校者数の減少傾向が続いたため売り上げが年々減少し、平成12年4月待つ時点での売り上げが年々減少し、平成12年4月末時店での売上高は4年前の約60パーセントにまで落ち込み、平成9年には収支が赤字に転落し、その後赤字幅は年々拡大し、平成12年4月末時点で1年間の赤字額は約1億1000万円、繰越損失は約1億4700万円に上り、剰余金も平成8年4月末時点で約4億円あったものが、平成12年4月末時点では約1億1000万円にまで減少していたこと、大船自動車興業の従業員は定年間近である57歳ないし59歳の者が多いこともあって、賃金額が高くなっていたところ、上記売り上げの減少により、売上高に対する人件費の割合は急激に上昇し、平成8年4月末日時点で約66パーセントであったものが、平成12年4月末時点で約88パーセントに達していた上、続く数年間は多数の定年退職者が出て多額の退職金債務が発生することが見込まれていた。以上のような状況に照らすと、本件解散当時、大船自動車興業の経営状態は全般的に見て悪化傾向にあり、近い将来倒産のおそれもあったものということができる。
 そして、Y1社が三丸興業から大船自動車興業の全株式を譲り受け(本件買収)、Y2がその代表取締役に就任するなどした同年10月31日以降、被告Yがの指示でM及びLが大船自動車興業に常駐して同会社の経営に当たるとともに、その財務内容等を詳しく調査していること、両名のうち、特にLは、長らく経理業務に従事した経歴を有し、経理方面の豊富な知識経験を持っていたこと、本件解散と同時に湘南センチュリーモータースクールの事業に関する事業の全部の被告会社への譲渡(本件事業譲渡)が実施されていること、などの事情を上記の事実と併せ考えると、本件解散は、Y2ら新経営陣が大船自動車興業の経営状態の悪化傾向に見切りをつけ、本件営業譲渡を通じて湘南センチュリーモータースクールの事業をY1社の一事業とすることによって新たな事業展開を図るという、一個の経営判断として実施されたものと位置づけることができるというべきである。
ウ そうすると、これを目して偽装解散ということはできず、本件解散は真実解散として行われた有効なものであることを否定することは困難というべきである。
(2)ア 上記のように、本件解散が真実解散として行われた有効なものであることを前提とすると、Xらに対する本件解雇は、会社解散により就業規則56条1項3号所定の解雇事由である「やむを得ない事業上の都合によるとき」が生じたものとして、原則として有効なものとなると考えられる。
 もっとも、形式的には就業規則所定の解雇事由に該当するとしても、当該解雇が客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして無効となる(労契法16条参照)。そこで、本件解雇が、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合であり、解雇権の濫用に当たるのではないかにつき以下検討する。
イ 大船自動車興業の新経営陣は、一方で、再雇用後の賃金等の労働条件が大船自動車興業を相当程度下回る水準になることを告知しながら、a 平成12年11月12日、同月14日及び同月15日、全従業員に対するヒアリングにおいて、「従業員全員に退職してもらい、再雇用するので、従業員全員に退職届を提出してもらいたい」旨、b 同月16日、就業時間後に全従業員を集めた機会において、退職届の提出を呼びかけると共に、「退職届を提出したものはY社の正社員として雇用するが、退職しないものは同年12月15日付けで解雇する」旨、c 同年11月27日にした事務所内の掲示において、従業員全員に対し、「同年12月15日までの予告期間を設けて従業員全員を解雇する、その後、直ちに大船自動車興業でなはくY社において再雇用する、ただし、退職届を提出したものは希望により正社員及び契約社員として再雇用する」、「同年11月30日までに態度を明らかにしない者は退職届なしの扱いとする。」旨、それぞれ説明したこと、再雇用後の賃金等の労働条件が大船自動車興業を相当程度下回る水準になることに反対であったことから退職届を提出しなかった者は、全員が同年12月15日付けで大船自動車興業から解雇される一方(本件解雇)、新経営陣の求めに従って退職届を大船自動車興業に提出した者は、全員が同年12月16日付けでY社から再雇用する旨の通知を受けたこと、が認められる。そして、以上の事実に、大船自動車興業とY1社は同月15日大船自動車興業がそれまで経営に当たっていたところの湘南センチュリーモータースクールの事業に関する営業の全部をY1社に譲渡すること(本件事業譲渡)を含む契約(本件事業譲渡契約)を締結していること、これら会社のいずれもY2が代表取締役の地位にあって、経営主体を共通にしており、大船自動車興業はY社の100パーセント子会社であったこと、等の事情を併せ考えると、大船自動車興業及びY社は、()大船自動車興業と従業員との労働契約を、本件事業譲渡に伴い当然必要となる湘南センチュリーモータースクールの事業にこれら従業員をそのまま従事させるため、Y1社との関係で移行させることを原則とする、ただし、()賃金等の労働条件が大船自動車興業を相当程度下回る水準に改訂されることに異議のある同会社の従業員については上記移行を個別に排除する、()この目的を達成する手段として大船自動車興業の従業員全員に退職届を提出させ、退職届けを提出したものをY社が再雇用するという形式を採るものとし、退職届を提出しない従業員に対しては、大船自動車興業において会社解散を理由とする解雇に付する、との内容の合意を、遅くとも本件譲渡契約の締結時までに形成したものと認めることができる。そして、本件事業譲渡契約には、4条として、「乙(Y社)は、事業譲渡日移行は、甲(大船自動車興業)の従業員の雇用を引き継がない。ただし、乙は、甲の従業員のうち平成12年11月30日までに乙に対し再就職を希望した者で、かつ同日までに甲が乙に通知したものについては、新たに雇用する。」との条項が付されているところ、この条項は、大船自動車興業の従業員全員に退職届を提出させ、退職届を提出したものをY社が再雇用するという形式を採ることによって、賃金等の労働条件が大船自動車興業を相当程度下回る水準に改訂されることに異議のある同会社の従業員を個別に排除するという、上記の目的に沿うように、これと符節を併せた定めを置いたものにほかならないというべきである。
ウ 以上によれば、Xらに対する本件解雇は、一応、会社解散を理由としているが、実際には、Y社の賃金等の労働条件が大船自動車興業を相当程度下回る水準に改訂されることに異議のある従業員を個別に排除する目的で行われたものということができる。このような目的で行われた解雇は、客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当として是認することができないことが明らかであるから、解雇権の濫用として無効になるというべきである。
3 XらとY1社との間の労働契約関係の存否
(1) 以上のように本件解雇が無効であることを前提として、Xらが、すでに解散された大船自動車興業の親会社であるY1との間に労働契約関係の存在を主張することができるか。
(2)ア まず、Xらとしては、Y1社と大船自動車興業との間に法人格の混同があるため、法人格否認の法理が適用され、Xらと大船自動車興業との間に存在した労働契約関係がY1社に承継される、と主張することが考えられる。
イ 法人格の濫用形態として法人格否認の法理が適用されるためには、①背後の実体である親会社が子会社を現実的統一的に支配することができる地位にあり、子会社と親会社が実質的に同一であること及び②背後の実体である親会社が会社形態を利用することについて違法又は不当な目的を有していることが必要である。
ウ これを本件についてみる。
 大船自動車興業は、本件解散当時、Y社の100パーセント子会社であり、自動車学校経営に必要な施設(本件土地及び本件建物等)をY社から賃借あるいは転借したものでY社に完全に依存していた等の事情があるのであるから、このような諸事情にかんがみると、Y社は大船自動車興業に対してある程度強力な影響力を有していたということができる。
 しかし、大船自動車興業は、本件買収以前の100パーセント親会社であった三丸興業との関係では、代表取締役が両会社ともNであり、三丸興業の代表取締役であるQも大船自動車興業の室長として労務を担当し、大船自動車興業が大船自動車学校を経営するために必要な施設を三丸興業から賃借し、三丸興業に対し約2億円もの貸付をするなどしていたにもかかわらず、三丸興業の一部門ではなく独立の法人格を持つ法人として独自性を保っていたものと認められるところ、Y社は、本件買収により三丸興業の親会社としての地位を引き継いだものである。
 また、Y社と大船自動車興業は、もともと全く無関係に設立した会社であり本件買収後も会計帳簿はそれぞれ別個に作成されるなど会計処理は独立して行われ、両会社の間でそれぞれの財産を使用したり所有権を移転したりするときは、本件土地及び本件建物等の賃貸借・転貸借契約、本件事業譲渡契約及びその後の財産処理等、個別の契約の締結によって対処しているものであって、両会社の財産がなし崩し的に混同あるいは一体化していたと評価することもできない。
 これらの諸事情にかんがみると、Y社と大船自動車興業が100パーセント親子会社という関係にあることから、前者が後者をある程度強力に支配する関係が認められるものの、それを超えて後者が前者の一部門にすぎないとか、両者の間に実質的同一性があるなどと見ることができないことは明らかである。したがって①実質的支配の要件は認められない。
 そうすると、法人格否認の法理の適用があるとするXらの主張はその余の転を検討するまでもなく採用することができないというべきである。
ア 上記のように、本件について法人格否認の法理の適用が否定されるとしても、Xらとしては、本件事業譲渡に伴いXらと大船自動車興業との間の労働契約関係はY1社に引き継がれたと主張し、XらとY1社間の労働契約関係の存在の確認を求めることが考えられる。そこで、事業譲渡に伴い労働契約関係が譲受会社に承継されるか否かについて検討する。
イ 事業譲渡における権利義務の移転は、譲渡人と譲受人の間の債権契約において承継すべき権利義務の範囲を設定し、それに従って権利義務移転の手続を行うことによって生じる承継であって、これは譲渡される事業に属する権利義務の個別的な承継である。したがって、事業譲渡契約に伴い譲渡人と従業員との間の労働契約が当然に譲受人に承継されるものではなく、これが承継されるか否かは、事業譲渡に当たり譲渡人と譲受人との間で承継を認める特別の合意が成立しているか否かにより決されると解するのが相当である。
ウ これを本件についてみる。
 前記2(2)のとおり、大船自動車興業及びY1社は、()大船自動車興業と従業員との労働契約を、本件事業譲渡に伴い当然必要となる湘南センチュリーモータースクールの事業にこれら従業員をそのまま従事させるため、Y1会社との関係で移行させることを原則とする、ただし()賃金等の労働条件が大船自動車興業を相当程度下回る水準に改訂されることに異議のある同会社の従業員については上記移行を個別に排除する、()この目的を達成する手段として大船自動車興業の従業員全員に退職届を提出させ、退職届を提出した者をY1会社が再雇用するという形式を採るものとし、退職届を提出しない従業員に対しては、大船自動車興業において会社解散を理由とする解雇に付する、との内容の合意を遅くとも本件譲渡契約の締結時までに形成したことが認められる。
 しかし、上記合意中、()賃金等の労働条件が大船自動車興業を相当程度下回る水準に改訂されることに異議のある同会社の従業員については上記移行を個別に排除する、()この目的を達成する手段として大船自動車興業の従業員全員に退職届を提出させ、退職届を提出した者をY1会社が再雇用するという形式を採るものとし、退職届を提出しない従業員に対しては、大船自動車興業において会社解散を理由とする解雇に付する、との合意部分は、民法90条に違反するものとして無効になることは前記2(2)のとおりであるから、結局、上記合意は、()大船自動車興業と従業員との労働契約を、本件事業譲渡に伴い当然必要となる湘南センチュリーモータースクールの事業にこれら従業員をそのまま従事させるため、Y1会社との関係で移行させるとの原則部分のみが有効なものとして残存することとなるものである。
 そして、本件事業譲渡契約には、4条として、「乙(Y社)は、事業譲渡日移行は、甲(大船自動車興業)の従業員の雇用を引き継がない。ただし、乙は、甲の従業員のうち平成12年11月30日までに乙に対し再就職を希望した者で、かつ同日までに甲が乙に通知したものについては、新たに雇用する。」との条項が付されているところ、この条項は、大船自動車興業の従業員全員に退職届を提出させ、退職届を提出したものをY社が再雇用するという形式を採ることによって、賃金等の労働条件が大船自動車興業を相当程度下回る水準に改訂されることに異議のある同会社の従業員を個別に排除するという、上記の目的に沿うように、これと符節を併せた定めを置いたものにほかならず、民法90条に違反して無効になる。
 そうすると、本件解雇が無効となることによって本件解散時において大船自動車興業の従業員としての地位を有するXらについては、大船自動車興業とY1会社らとの上記合意の原則部分に従って、Y1社に対する関係で、本件営業譲渡が効力を生じる同年12月16日をもって、本件労働契約の当事者としての地位が承継されることとなるというべきである。
 以上より、Xらは、本件解雇の日の翌日である平成12年12月16日以降も、Y1会社に対して本件労働契約上の権利を有するものであり、①Y1社に対する労働契約上の権利を有する地位にあることの確認及び②解雇期間中の未払い賃金の支払を請求はいずれも認められる。
以上