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百選73事件 日本アイ・ビー・エム事件

2012年10月19日 | 労働百選答案

百選73事件 日本アイ・ビー・エム事件

平成20(受)1704 地位確認請求事件
最判平成22年7月12日
民集 第64巻5号1333頁
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=80428&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20100712111131.pdf

1 Xらとしては、本件会社分割に際しては商法等改正附則5条に定める5条協議及び労働契約承継法7条に定める7条措置が採られていないという手続上の瑕疵があるため、労働契約が設立会社に承継されるとの部分は無効である、Xらは会社分割による労働契約の承継を拒否する権利を有しており、これを行使したなどと主張して、Y会社に対して労働契約上の地位にあることの確認、及び上記違法な分割による不法行為に基づく損害賠償を求めることが考えられる。そこで、5条協議又は7条措置違反がある場合の新設分割に基づく承継の効力如何、及び、本件手続において5条協議又は7条措置違反があるかについて検討する。
2(1) 新設分割の方法による会社の分割は、会社がその営業の全部又は一部を設立する会社に承継させるものである(商法373条)。これは、営業を単位として行われる設立会社への権利義務の包括承継であるが、個々の労働者の労働契約の承継については、分割会社が作成する分割計画書への記載の有無によって基本的に定められる(商法374条)。そして、承継対象となる営業に主として従事する労働者が上記記載をされたときには当然に労働契約承継の効力が生じ(承継法3条)、当該労働者が上記記載をされないときには異議を申し出ることによって労働契約承継の効力が生じる(承継法4条)。また、上記営業に主として従事する労働者以外の労働者が上記記載をされたときには、異議を申し出ることによって労働契約の承継から免れるものとされている(承継法5条)。
(2) 法は、労働契約の承継につき以上のように定める一方で、5条協議として、会社の分割に伴う労働契約の承継に関し,分割計画書等を本店に備え置くべき日までに労働者と協議をすることを分割会社に求めている(商法等改正法附則5条1項)。これは、上記労働契約の承継のいかんが労働者の地位に重大な変更をもたらし得るものであることから、分割会社が分割計画書を作成して個々の労働者の労働契約の承継について決定するに先立ち、承継される営業に従事する個々の労働者との間で協議を行わせ、当該労働者の希望等をも踏まえつつ分割会社に承継の判断をさせることによって、労働者の保護を図ろうとする趣旨に出たものと解される。ところで、承継法3条所定の場合には労働者はその労働契約の承継に係る分割会社の決定に対して異議を申し出ることができない立場にあるが、上記のような5条協議の趣旨からすると、承継法3条は適正に5条協議が行われ当該労働者の保護が図られていることを当然の前提としているものと解される。この点に照らすと、上記立場にある特定の労働者との関係において5条協議が全く行われなかったときには、当該労働者は承継法3条の定める労働契約承継の効力を争うことができるものと解するのが相当である。また、5条協議が行われた場合であっても、その際の分割会社からの説明や協議の内容が著しく不十分であるため、法が5条協議を求めた趣旨に反することが明らかな場合には、分割会社に5条協議義務の違反があったと評価してよく、当該労働者は承継法3条の定める労働契約承継の効力を争うことができるというべきである。
(3) 他方、分割会社は、7条措置として、会社の分割に当たり、その雇用する労働者の理解と協力を得るよう努めるものとされているが(承継法7条)、これは分割会社に対して努力義務を課したものと解され、これに違反したこと自体は労働契約承継の効力を左右する事由になるものではない。7条措置において十分な情報提供等がされなかったがために5条協議がその実質を欠くことになったといった特段の事情がある場合に、5条協議義務違反の有無を判断する一事情として7条措置のいかんが問題になるにとどまるものというべきである。
(4) なお、7条措置や5条協議において分割会社が説明等をすべき内容等については、「分割会社及び承継会社等が講ずべき当該分割会社が締結している労働契約及び労働協約の承継に関する措置の適切な実施を図るための指針」が定めている。指針は、7条措置において労働者の理解と協力を得るべき事項として、会社の分割の背景及び理由並びに労働者が承継される営業に主として従事するか否かの判断基準等を挙げている。また5条協議においては、承継される営業に従事する労働者に対して、当該分割後に当該労働者が勤務する会社の概要や当該労働者が上記営業に主として従事する労働者に該当するか否かを説明し、その希望を聴取した上で、当該労働者に係る労働契約の承継の有無や就業形態等につき協議をすべきものと定めている。個別の事案において行われた7条措置や5条協議が法の求める趣旨を満たすか否かを判断するに当たっては、それが指針に沿って行われたものであるか否かも十分に考慮されるべきである。
3 これを本件について検討する。
(1) まず、7措置についてみると、Y社は、本件会社分割の目的と背景及び承継される労働契約の判断基準等について従業員代表者に説明等を行い、情報共有のためのデータベース等をイントラネット上に設置したほか、C社の中核となることが予定されるD事業所の従業員代表者と別途協議を行い、その要望書に対して書面での回答もしたというのである。これは、7条措置の対象事項を前記のとおり会社の分割の背景及び理由並びに労働者が承継される営業に主として従事するか否かの判断基準等と挙げた指針の趣旨にもかなうものというべきであり、Y社が行った7条措置が不十分であったとはいえない。
(2) 次に5条協議についてみると、Y社は、従業員代表者への上記説明に用いた資料等を使って、ライン専門職に各ライン従業員への説明や承継に納得しない従業員に対しての最低3回の協議を行わせ、多くの従業員が承継に同意する意向を示したのであり、また、Y社は、Xらに対する関係では、これを代理する支部との間で7回にわたり協議を持つとともに書面のやり取りも行うなどし、C社の概要やXらの労働契約が承継されるとの判別結果を伝え、在籍出向等の要求には応じられないと回答したというのである。そこでは、分割後に勤務するC社の概要やXらが承継対象営業に主として従事する者に該当することが説明されているが、これは5条協議における説明事項を前記のとおり、当該分割後に当該労働者が勤務する会社の概要や当該労働者が上記営業に主として従事する労働者に該当するか否かについてであると定めた指針の趣旨にかなうものというべきであり、他にY社の説明が不十分であったがためにXらが適切に意向等を述べることができなかったような事情もうかがわれない。なお、Y社は、C社の経営見通しなどにつきXらが求めた形での回答には応じず、Xらを在籍出向等にしてほしいという要求にも応じていないが、Y社が上記回答に応じなかったのはC社の将来の経営判断に係る事情等であるからであり、また、在籍出向等の要求に応じなかったことについては、本件会社分割の目的が合弁事業実施の一環として新設分割を行うことにあり、分割計画がこれを前提に従業員の労働契約をC社に承継させるというものであったことにかんがみると、相応の理由があったというべきである。そうすると、本件における5条協議に際してのY社からの説明や協議の内容が著しく不十分であるため、法が5条協議を求めた趣旨に反することが明らかであるとはいえない。以上によれば、Y社の5条協議が不十分であるとはいえず、XらのC社への労働契約承継の効力が生じないということはできない。また、5条協議等の不十分を理由とする不法行為が成立するともいえない。
4 よって、Xの上記各請求は認められない。


【答案】百選72事件 第一交通産業(佐野第一交通)事件

2012年10月17日 | 労働百選答案

百選72事件 第一交通産業(佐野第一交通)事件
大阪高裁平成19年10月26日判決

第1 Xらとしては、①会社の解散とそれを理由とするXらの解雇は、同社の親会社であるY1社が、Xら加入の組合を壊滅させる目的で行った不当労働行為であると主張して、Y1社に対し、労働契約上の地位確認及び未払い賃金の支払を求めること、及び②Y2社に対し、労働契約上の地位確認及び未払い賃金の支払を求めることが考えられる。
第2 Y1社に対する請求について
1 Xらとしては、A社の親会社であるY1社は、A社の従業員であるXらに対し、法人格否認の法理に基づき、雇用契約上の責任を負うと主張することが考えられる。
2 子会社とその親会社は、それぞれ別個の法人格を有する法人であるから、子会社が解散したとしても、親会社が、解散した子会社の従業員に対して雇用契約上の責任を負うことはないのが原則である。
 しかしながら、法形式上は別個の法人格を有する場合であっても、①法人格が全くの形骸に過ぎない場合(形骸事例)又は②それが法律の適用を回避するために濫用される場合(濫用事例)には、特定の法律関係につき、その法人格を否認して衡平な解決を図るべきであり、この法理は、本件のように親子会社における雇用契約の関係についても適用しうるものと解すべきである。
3 ①形骸化の主張について
(1) 法人とは名ばかりであって子会社が親会社の営業の一部門に過ぎないような場合、すなわち、株式の所有関係、役員派遣、営業財産の所有関係、専属的取引関係などを通じて親会社が子会社を支配し、両社間で業務や財産が継続的に混同され、その事業が実質上同一であると評価できる場合には、子会社の法人格は完全に形骸化しているということができ、この場合における子会社の解散は、親会社の一業部門の閉鎖にすぎないと評価することができる。したがって、子会社の法人格が完全に形骸化している場合、子会社の従業員は、解散を理由として解雇の意思表示を受けたとしても、これによって労働者としての地位を失うことはなく、直接親会社に対して、継続的、包括的な雇用契約上の権利を主張することができると解すべきである。
(2) これを本件についてみるに、①Y1社は、A社の全株式を保有しており、A社の業務全般を一般的に支配しうる立場にあったこと、②A社のタクシー従業員の賃金外形や福利制度等の労働条件について、Y1社において決定し、これをY1社が派遣した役員や管理職によって実現してきたこと、③日々の売り上げは、Y1社が保管する佐野第一名義の預金通帳によって管理し、給与の支払や公共料金等の日常経理業務、税務関係書類や計算書類の作成等の決算業務も、Y1社において行われていたため、A社の役員は、A社の財務状況を具体的に把握していなかったこと、④重要な試算に関する事項もY1社において行われていたことなどの事情に照らせば、Y1社は、A社を実質的・現実的に支配していたと認めることができる。
 しかし、A社は、もともとは南海電鉄グループの会社であり、Y1社とは全く別個独立の法人であったこと、買収後もA社の財産と収支は、Y1社のそれとは区別して管理され、混同されることはなかったことなどの事実に照らすと、A社に対する支配の程度は実質的・現実的なものであったとはいえるものの、未だA社がY1社の一営業部門とみられるような状態に至っていたとまでは認められず、A社の法人格は完全には形骸化していないというべきである。
 したがって、A社の形骸化を理由に法人格否認の法理を適用することはできず、これに基づくXらの請求は認められない。
4 ②法人格濫用の主張について
(1)ア 子会社の法人格が完全に形骸化しているとまではいえない場合であっても、親会社が、子会社の法人格を意のままに道具として実質的・現実的に支配し(支配の要件)、その支配力を利用することによって、子会社に対する労働組合を壊滅させる等の違法、不当な目的を達するため(目的の要件)、その手段として子会社を解散したなど、法人格が違法に濫用されその濫用の程度が顕著かつ明白であると認められる場合には、子会社の従業員は、直接親会社に対して、雇用契約上の権利を主張することができるというべきである。
イ もっとも、資本主義経済の下で、憲法22条1項は、職業選択の自由の一環として企業廃止の自由を保障しており、企業の存続を強制することはできない。したがって、たとえ労働組合を壊滅させる等の違法、不当な目的で子会社の解散決議がされたとしても、その決議が会社事業の存続を真に断念した結果なされ、従前行われてきた子会社の事業が真に廃止されてしまう場合(真実解散)には、その解散決議は有効であるといわざるをえず、当該子会社はもはや清算目的でしか存在しないこととなり、子会社の従業員は、親会社に対し、子会社解散後の継続的、包括的な雇用契約上の責任を追及することはできないというべきである。
 これに対し、親会社による子会社の実質的・現実的支配がなされている状況の下において、労働組合を壊滅させる等の違法・不当な目的で子会社の解散決議がなされ、かつ、子会社が真実解散されたのもではなく偽装解散であると認められる場合、すなわち、子会社の解散決議後、親会社が自ら同一の事業を再開継続したり、親会社の支配する別の子会社によって同一の事業が継続されているような場合には、子会社の従業員は、親会社による法人格の濫用の程度が顕著かつ明白であるとして、親会社に対して、子会社解散後も継続的、包括的な雇用契約上の責任を追及することができるというべきである。
(2) これを本件について検討する。
ア(ア) 支配の要件について
 前記のとおり、A社の法人格は形骸化しているとまではいえないものの、Y1社は、A社を実質的・現実的に支配していたものと認められる。
(イ) 目的の要件について
 Y1社は、平成14年5月ころX2組合が存在するA社で新賃金体系を導入することは困難であると判断し、X2組合の反対を受けずに新賃金体系を導入して泉州交通圏におけるタクシー事業を継続していくことを主たる目的として、また同時に、従前から構想していたY1グループの泉州交通圏におけるタクシー事業での増車を実現することも視野に入れながらこれをも一つの目的として、Y2社を泉州交通圏に進出させて、A社のタクシー事業を引き継がせることとしたものであるが、平成15年3月ころになると、A社に早急に新賃金体系を導入することがほとんど不可能な情勢となったことから、これを確定的に断念するに至ったもので、この段階においてなされたA社の解散は、新賃金体系の導入に反対していたXらを排斥するという不当な目的を決定的な動機として行われたものであるというべきである。
(ウ) 以上のとおり、Y1社は、泉州交通圏におけるタクシー事業を新賃金体系の下で早急に行っていくために、新賃金体系の導入に反対していたXらを排斥するという不当な目的を実現することを決定的な動機として、実質的・現実的に支配しているA社に対する影響力を利用してA社を解散したものであると認められるから、A社の解散は、Y1社がA社の法人格を違法に濫用して行ったものであるというのが相当である。
イ(ア) もっとも、本件解散がA社の法人格を違法に濫用してなされたものであるとしても、前述のように本件解散が真実解散であるとすればXらはY1社に対し、A社解散後の継続的、包括的な雇用契約上の責任を追及することはできないのに対し、偽装解散であるとすれば法人格の濫用の程度が顕著かつ明白であるとして、親会社に対して子会社解散後も継続的、包括的な雇用契約上の責任を追及することができることから、本件解散が真実解散か偽装解散かにつき検討する。
(イ) ①A社は泉州交通圏を事業区域としタクシー事業を行ってきたがY2社も同じ泉州交通圏を事業区域としタクシー事業を行っていること、②Y2社の開業当初のタクシー乗務員69名中、五十数名がA社からの移籍者であり、無線室の従業員も全員A社からの移籍者であること、③Y2社はA社が十全から使用していた無線タクシー呼出し番号を引き継いで使用していること、④A社はY2社が開業して程なく、営業車両の減車を始めただけでなく、Y2社の従業員募集のチラシを掲示するなどして積極的にこれに協力したこと、等の事情にかんがみれば、Y2社とA社とは、実質的におおむね同一の事業を営んでいると認めるのが相当である。
 そして、結果的に、A社とおおむね同一の事業を、親会社であるY1社が支配する子会社であるY2社が継続していることに加え、Y1社は、A社からX3らだけを排斥するという目的をもってA社を解散し、その事業をY2社に承継させたこともあわせ考えると、A社の解散は偽装解散であるといわざるをえない。
ウ そうすると、本件においては、A社の法人格が完全に形骸化しているとまではいえないけれども、親会社であるY1社による子会社であるA社の実質的・現実的支配がなされている状況の下において、X2組合を壊滅させる違法・不当な目的で子会社であるA社の解散決議がなされ、かつ、A社が真実解散されたものではなく偽装解散であると認められる場合に該当するので、X2組合の組合員であるX3らは、親会社であるY1社による法人格の濫用の程度が顕著かつ明白であるとして、Y1社に対して、A社解散後も継続的、包括的な雇用契約上の責任を追及することができるといわなければならない。
第3 Y2に対する請求
1 Xらとしては、本件のような偽装解散の事例においては、親会社であるY1社との関係とは別途に、事業を継続する別の子会社であるY2社との関係でも法人格濫用の法理の適用があると主張して、Y2社に対し継続的、包括的な雇用契約上の責任を追及することが考えられる。
2(1)確かに、一般的には、偽装解散した子会社とおおむね同一の事業を継続する別の子会社との間に高度の実質的同一性が認められるなど、別の子会社との関係でも支配と目的の要件を充足して法人格濫用の法理の適用が認められる等の場合には、子会社の従業員は、事業を継続する別の子会社に対しても、子会社解散後も継続的、包括的な雇用契約上の責任を追及することができる場合がありえないわけではない。
(2) しかしながら、本件においては、以下の理由から、Y2との関係で法人格濫用の法理は適用されないと解することが相当である。
 まず、①全株式を有する子会社であるA社に対して、実質的・現実的支配を及ぼしていたのはY2社ではなく親会社であるY1社であって、Y2社がA社に対して実質的・現実的支配を及ぼしていたとは認められず、また、A社への支配力を利用することによってA社に存する労働組合を壊滅させる等の違法、不当な目的を有していたのも、Y2社ではなくY1社である。
 次に、②法人格否認の法理が法人の背後にある実体を捉えて、正義・衡平の観念から、背後者に対する法的責任の追及を可能にする側面を有することは否定できないところ、法人格を濫用しそれによる利益を図ろうとした直接の当事者であるY1社が、まず第一にその責任を負担すべきであると考えるのが自然である。
 また、③両者の法人格の異別性を否認し得るかという側面から、A社とY2社の間に高度の実質的同一性が認められるか否かを検討すると、なるほど、A社とY2社との間にはおおむね同一の事業が引き継がれたとの評価は可能であるといえるが、A社とY2社との間においては、本社所在地、設立時期、設立経緯、営業内容、財産関係などは大きく異なっており、いずれもY1社の完全子会社という面があることを加味しても、両者の間に高度の実質的同一性があるとは言い難い。
 さらに、④親会社であるY1社に法人格否認の法理が適用される本件において、A社との関係がより希薄なY2社にまで法人格濫用の法理を適用する必要性はないし、Y2との関係でも法人格を否認しなければ正義・衡平の理念にもとることになるとは考えがたい。
3 したがって、Y2社に対して、法人格の濫用を理由としては、Xらは、A社解散後の継続的、包括的な雇用契約上の責任を追及することはできないというべきである。


【答案】事業譲渡と労働関係―勝英自動車学校(大船自動車興業)事件

2012年10月17日 | 労働百選答案

勝英自動車学校(大船自動車興業)事件
横浜地裁平成15年12月16日判決

1 Xらとしては、本件解雇は、労基法を潜脱した脱法的な労働条件の切り下げ及び労働条件の切り下げに反発するであろう労働組合を排除することを目的としたものであって、本件A社(大船自動車興業)の解散は偽装解散であり、会社解散を理由とする解雇は無効であると主張し、①Y1社(勝英自動車)との間に労働契約関係が存在することの確認及び②解雇期間中の未払い賃金の支払を請求することが考えられる。
2 本件解雇の適否
(1)ア まず、Xらとしては、本件解雇は就業規則56条1項3号所定の「やむを得ない業務上の都合があるとき」に当たることを理由になされているが、本件解散は一方的かつ脱法的な労働条件の切り下げ及び労働組合の解体、排除を目的とするものであり、悪質な偽装解散であるから、無効である、したがって、本件解散を理由とする本件解雇は上記規則所定の解雇事由に当たらず無効であると主張することが考えられる。そこで、本件解雇が偽装解散か、真実解散かにつき検討する。
イ 大船自動車興業においては、平成8年以降、入校者数の減少傾向が続いたため売り上げが年々減少し、平成12年4月待つ時点での売り上げが年々減少し、平成12年4月末時店での売上高は4年前の約60パーセントにまで落ち込み、平成9年には収支が赤字に転落し、その後赤字幅は年々拡大し、平成12年4月末時点で1年間の赤字額は約1億1000万円、繰越損失は約1億4700万円に上り、剰余金も平成8年4月末時点で約4億円あったものが、平成12年4月末時点では約1億1000万円にまで減少していたこと、大船自動車興業の従業員は定年間近である57歳ないし59歳の者が多いこともあって、賃金額が高くなっていたところ、上記売り上げの減少により、売上高に対する人件費の割合は急激に上昇し、平成8年4月末日時点で約66パーセントであったものが、平成12年4月末時点で約88パーセントに達していた上、続く数年間は多数の定年退職者が出て多額の退職金債務が発生することが見込まれていた。以上のような状況に照らすと、本件解散当時、大船自動車興業の経営状態は全般的に見て悪化傾向にあり、近い将来倒産のおそれもあったものということができる。
 そして、Y1社が三丸興業から大船自動車興業の全株式を譲り受け(本件買収)、Y2がその代表取締役に就任するなどした同年10月31日以降、被告Yがの指示でM及びLが大船自動車興業に常駐して同会社の経営に当たるとともに、その財務内容等を詳しく調査していること、両名のうち、特にLは、長らく経理業務に従事した経歴を有し、経理方面の豊富な知識経験を持っていたこと、本件解散と同時に湘南センチュリーモータースクールの事業に関する事業の全部の被告会社への譲渡(本件事業譲渡)が実施されていること、などの事情を上記の事実と併せ考えると、本件解散は、Y2ら新経営陣が大船自動車興業の経営状態の悪化傾向に見切りをつけ、本件営業譲渡を通じて湘南センチュリーモータースクールの事業をY1社の一事業とすることによって新たな事業展開を図るという、一個の経営判断として実施されたものと位置づけることができるというべきである。
ウ そうすると、これを目して偽装解散ということはできず、本件解散は真実解散として行われた有効なものであることを否定することは困難というべきである。
(2)ア 上記のように、本件解散が真実解散として行われた有効なものであることを前提とすると、Xらに対する本件解雇は、会社解散により就業規則56条1項3号所定の解雇事由である「やむを得ない事業上の都合によるとき」が生じたものとして、原則として有効なものとなると考えられる。
 もっとも、形式的には就業規則所定の解雇事由に該当するとしても、当該解雇が客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして無効となる(労契法16条参照)。そこで、本件解雇が、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合であり、解雇権の濫用に当たるのではないかにつき以下検討する。
イ 大船自動車興業の新経営陣は、一方で、再雇用後の賃金等の労働条件が大船自動車興業を相当程度下回る水準になることを告知しながら、a 平成12年11月12日、同月14日及び同月15日、全従業員に対するヒアリングにおいて、「従業員全員に退職してもらい、再雇用するので、従業員全員に退職届を提出してもらいたい」旨、b 同月16日、就業時間後に全従業員を集めた機会において、退職届の提出を呼びかけると共に、「退職届を提出したものはY社の正社員として雇用するが、退職しないものは同年12月15日付けで解雇する」旨、c 同年11月27日にした事務所内の掲示において、従業員全員に対し、「同年12月15日までの予告期間を設けて従業員全員を解雇する、その後、直ちに大船自動車興業でなはくY社において再雇用する、ただし、退職届を提出したものは希望により正社員及び契約社員として再雇用する」、「同年11月30日までに態度を明らかにしない者は退職届なしの扱いとする。」旨、それぞれ説明したこと、再雇用後の賃金等の労働条件が大船自動車興業を相当程度下回る水準になることに反対であったことから退職届を提出しなかった者は、全員が同年12月15日付けで大船自動車興業から解雇される一方(本件解雇)、新経営陣の求めに従って退職届を大船自動車興業に提出した者は、全員が同年12月16日付けでY社から再雇用する旨の通知を受けたこと、が認められる。そして、以上の事実に、大船自動車興業とY1社は同月15日大船自動車興業がそれまで経営に当たっていたところの湘南センチュリーモータースクールの事業に関する営業の全部をY1社に譲渡すること(本件事業譲渡)を含む契約(本件事業譲渡契約)を締結していること、これら会社のいずれもY2が代表取締役の地位にあって、経営主体を共通にしており、大船自動車興業はY社の100パーセント子会社であったこと、等の事情を併せ考えると、大船自動車興業及びY社は、()大船自動車興業と従業員との労働契約を、本件事業譲渡に伴い当然必要となる湘南センチュリーモータースクールの事業にこれら従業員をそのまま従事させるため、Y1社との関係で移行させることを原則とする、ただし、()賃金等の労働条件が大船自動車興業を相当程度下回る水準に改訂されることに異議のある同会社の従業員については上記移行を個別に排除する、()この目的を達成する手段として大船自動車興業の従業員全員に退職届を提出させ、退職届けを提出したものをY社が再雇用するという形式を採るものとし、退職届を提出しない従業員に対しては、大船自動車興業において会社解散を理由とする解雇に付する、との内容の合意を、遅くとも本件譲渡契約の締結時までに形成したものと認めることができる。そして、本件事業譲渡契約には、4条として、「乙(Y社)は、事業譲渡日移行は、甲(大船自動車興業)の従業員の雇用を引き継がない。ただし、乙は、甲の従業員のうち平成12年11月30日までに乙に対し再就職を希望した者で、かつ同日までに甲が乙に通知したものについては、新たに雇用する。」との条項が付されているところ、この条項は、大船自動車興業の従業員全員に退職届を提出させ、退職届を提出したものをY社が再雇用するという形式を採ることによって、賃金等の労働条件が大船自動車興業を相当程度下回る水準に改訂されることに異議のある同会社の従業員を個別に排除するという、上記の目的に沿うように、これと符節を併せた定めを置いたものにほかならないというべきである。
ウ 以上によれば、Xらに対する本件解雇は、一応、会社解散を理由としているが、実際には、Y社の賃金等の労働条件が大船自動車興業を相当程度下回る水準に改訂されることに異議のある従業員を個別に排除する目的で行われたものということができる。このような目的で行われた解雇は、客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当として是認することができないことが明らかであるから、解雇権の濫用として無効になるというべきである。
3 XらとY1社との間の労働契約関係の存否
(1) 以上のように本件解雇が無効であることを前提として、Xらが、すでに解散された大船自動車興業の親会社であるY1との間に労働契約関係の存在を主張することができるか。
(2)ア まず、Xらとしては、Y1社と大船自動車興業との間に法人格の混同があるため、法人格否認の法理が適用され、Xらと大船自動車興業との間に存在した労働契約関係がY1社に承継される、と主張することが考えられる。
イ 法人格の濫用形態として法人格否認の法理が適用されるためには、①背後の実体である親会社が子会社を現実的統一的に支配することができる地位にあり、子会社と親会社が実質的に同一であること及び②背後の実体である親会社が会社形態を利用することについて違法又は不当な目的を有していることが必要である。
ウ これを本件についてみる。
 大船自動車興業は、本件解散当時、Y社の100パーセント子会社であり、自動車学校経営に必要な施設(本件土地及び本件建物等)をY社から賃借あるいは転借したものでY社に完全に依存していた等の事情があるのであるから、このような諸事情にかんがみると、Y社は大船自動車興業に対してある程度強力な影響力を有していたということができる。
 しかし、大船自動車興業は、本件買収以前の100パーセント親会社であった三丸興業との関係では、代表取締役が両会社ともNであり、三丸興業の代表取締役であるQも大船自動車興業の室長として労務を担当し、大船自動車興業が大船自動車学校を経営するために必要な施設を三丸興業から賃借し、三丸興業に対し約2億円もの貸付をするなどしていたにもかかわらず、三丸興業の一部門ではなく独立の法人格を持つ法人として独自性を保っていたものと認められるところ、Y社は、本件買収により三丸興業の親会社としての地位を引き継いだものである。
 また、Y社と大船自動車興業は、もともと全く無関係に設立した会社であり本件買収後も会計帳簿はそれぞれ別個に作成されるなど会計処理は独立して行われ、両会社の間でそれぞれの財産を使用したり所有権を移転したりするときは、本件土地及び本件建物等の賃貸借・転貸借契約、本件事業譲渡契約及びその後の財産処理等、個別の契約の締結によって対処しているものであって、両会社の財産がなし崩し的に混同あるいは一体化していたと評価することもできない。
 これらの諸事情にかんがみると、Y社と大船自動車興業が100パーセント親子会社という関係にあることから、前者が後者をある程度強力に支配する関係が認められるものの、それを超えて後者が前者の一部門にすぎないとか、両者の間に実質的同一性があるなどと見ることができないことは明らかである。したがって①実質的支配の要件は認められない。
 そうすると、法人格否認の法理の適用があるとするXらの主張はその余の転を検討するまでもなく採用することができないというべきである。
ア 上記のように、本件について法人格否認の法理の適用が否定されるとしても、Xらとしては、本件事業譲渡に伴いXらと大船自動車興業との間の労働契約関係はY1社に引き継がれたと主張し、XらとY1社間の労働契約関係の存在の確認を求めることが考えられる。そこで、事業譲渡に伴い労働契約関係が譲受会社に承継されるか否かについて検討する。
イ 事業譲渡における権利義務の移転は、譲渡人と譲受人の間の債権契約において承継すべき権利義務の範囲を設定し、それに従って権利義務移転の手続を行うことによって生じる承継であって、これは譲渡される事業に属する権利義務の個別的な承継である。したがって、事業譲渡契約に伴い譲渡人と従業員との間の労働契約が当然に譲受人に承継されるものではなく、これが承継されるか否かは、事業譲渡に当たり譲渡人と譲受人との間で承継を認める特別の合意が成立しているか否かにより決されると解するのが相当である。
ウ これを本件についてみる。
 前記2(2)のとおり、大船自動車興業及びY1社は、()大船自動車興業と従業員との労働契約を、本件事業譲渡に伴い当然必要となる湘南センチュリーモータースクールの事業にこれら従業員をそのまま従事させるため、Y1会社との関係で移行させることを原則とする、ただし()賃金等の労働条件が大船自動車興業を相当程度下回る水準に改訂されることに異議のある同会社の従業員については上記移行を個別に排除する、()この目的を達成する手段として大船自動車興業の従業員全員に退職届を提出させ、退職届を提出した者をY1会社が再雇用するという形式を採るものとし、退職届を提出しない従業員に対しては、大船自動車興業において会社解散を理由とする解雇に付する、との内容の合意を遅くとも本件譲渡契約の締結時までに形成したことが認められる。
 しかし、上記合意中、()賃金等の労働条件が大船自動車興業を相当程度下回る水準に改訂されることに異議のある同会社の従業員については上記移行を個別に排除する、()この目的を達成する手段として大船自動車興業の従業員全員に退職届を提出させ、退職届を提出した者をY1会社が再雇用するという形式を採るものとし、退職届を提出しない従業員に対しては、大船自動車興業において会社解散を理由とする解雇に付する、との合意部分は、民法90条に違反するものとして無効になることは前記2(2)のとおりであるから、結局、上記合意は、()大船自動車興業と従業員との労働契約を、本件事業譲渡に伴い当然必要となる湘南センチュリーモータースクールの事業にこれら従業員をそのまま従事させるため、Y1会社との関係で移行させるとの原則部分のみが有効なものとして残存することとなるものである。
 そして、本件事業譲渡契約には、4条として、「乙(Y社)は、事業譲渡日移行は、甲(大船自動車興業)の従業員の雇用を引き継がない。ただし、乙は、甲の従業員のうち平成12年11月30日までに乙に対し再就職を希望した者で、かつ同日までに甲が乙に通知したものについては、新たに雇用する。」との条項が付されているところ、この条項は、大船自動車興業の従業員全員に退職届を提出させ、退職届を提出したものをY社が再雇用するという形式を採ることによって、賃金等の労働条件が大船自動車興業を相当程度下回る水準に改訂されることに異議のある同会社の従業員を個別に排除するという、上記の目的に沿うように、これと符節を併せた定めを置いたものにほかならず、民法90条に違反して無効になる。
 そうすると、本件解雇が無効となることによって本件解散時において大船自動車興業の従業員としての地位を有するXらについては、大船自動車興業とY1会社らとの上記合意の原則部分に従って、Y1社に対する関係で、本件営業譲渡が効力を生じる同年12月16日をもって、本件労働契約の当事者としての地位が承継されることとなるというべきである。
 以上より、Xらは、本件解雇の日の翌日である平成12年12月16日以降も、Y1会社に対して本件労働契約上の権利を有するものであり、①Y1社に対する労働契約上の権利を有する地位にあることの確認及び②解雇期間中の未払い賃金の支払を請求はいずれも認められる。
以上


【答案】労働百選70事件 休職―全日本空輸事件

2012年10月17日 | 労働百選答案

百選70事件 全日本空輸事件
東京地裁平成11年2月15日

1 Xとしては①本件休職処分の無効確認及び②民法536条2項に基づく休職期間中の賃金の支払を求めることが考えられる。これらの請求が認められるかは、Y社のした本件休職処分が適法かにより決せられるため、この点につき検討する。
2 起訴休職制度の趣旨は、刑事事件で起訴された従業員をそのまま就業させると、職務内容又は公訴事実の内容によっては、職場秩序が乱されたり、企業の社会的信用が害され、また、当該従業員の労務の継続的な給付や企業活動の円滑な遂行に障害が生ずることを避けることにある。したがって、従業員が起訴された事実のみで形式的に起訴休職の規定の適用が認められるものではなく、①職務の性質、公訴事実の内容、身柄拘束の有無など諸般の事情に照らし、起訴された従業員が引き続き就業することにより、Y会社の対外的信用が失墜し、または職場秩序の維持に障害が生ずるおそれがあるか、あるいは②当該従業員の労務の継続的な給付や企業活動の円滑な遂行に障害が生ずるおそれがある場合でなければならず、また、③休職によって被る従業員の不利益の程度が、起訴の対象となった事実が確定的に認められ場場合に行われる可能性のある懲戒処分の内容と比較して明らかに均衡を欠く場合ではないことを要するというべきである。
3 これを本件につき検討する。
(1) まず①の点につきみるに、確かにY会社は公共性を有する業を営んでおり、また、傷害罪で逮捕されたパイロットを予定どおり乗務させるとすれば会社の常識を問わざるを得ないと述べた記者がいたことからすると、Xの就業継続によりY社の社会的信用が低下するかにも思われる。しかしながら、本件公訴事実は罰金10万円程度の略式命令にとどまり、業務とは関係のない男女関係のもつれが原因の事件であり、マスコミ報道もさほどされていなかったことからするとXを就業させてもY社の社会的信用を失墜させるおそれはないと認められる。また、事件とXの従事する業務とは無関係であること、男女関係のもつれから生じた偶発的なトラブルに関する刑事事件であり、これが機長と客室乗務員との信頼関係の維持を不可能にさせることはないことを考慮すると、Xの就業継続を認めることにより職場秩序の維持に障害が生ずるおそれもないというべきである。
(2) 次に②の点につきみるに、Xは身柄の拘束を受けておらず、出頭は有給休暇の取得でカバーすることができることから、Xの労務の継続的な給付に障害が生ずるおそれがあるとはいえない。また、高度の精神的安定性及び責任感を要求される機長の職務にとって、私生活上の問題が無関係とは言い切れないが、本件休職処分の時点では逮捕され略式命令を受けた日から約1ヶ月経過しており安全運行に影響を与える可能性は認められず、企業活動の円滑な遂行に障害が生ずるおそれがあるとはいえない。
(3) さらに③の点につきみるに、仮に有罪となった場合でも解雇処分は濫用とされる可能性が高く、また、降転職は賃金が支給され、出勤停止も1週間を限度としており、言及も賃金締め切り期間分の10分の1を超えないとされていることと比較して、無給の本件休職処分は著しく均衡を欠く。
(4) したがって本件休職処分は、上記①②③のいずれも満たさない場合であるにもかかわらずされたものであり、無効なものであり、Xの無効確認請求が認められる。また、Xは労務を提供していたのに、Y会社がその受領を拒否したため就労不能となったもので、民法536条2項によりXの本件賃金支払請求も認められる。


司法試験平成24年労働法第2問

2012年09月13日 | 労働百選答案

第1 設問1
1 Y社によるBの降格処分について
(1)行政救済
ア X組合としては、降格処分が不利益取扱いの不法労働行為(労組法7条1号本文前段)に該当するとして、労働委員会に対し上記処分の撤回命令を求めることが考えられる。
イ(ア) まず、Bの本件ビラ配布行為が「労働組合の正当な行為」といえるか。
(イ) 本件ビラ配布は、許可を得ないでY社事務所で行われたものであるから、形式的には就業規則所定の「許可なく…社内で…印刷物等の頒布…をしないこと」との禁止事項に該当する。しかしながら、右規定は企業の施設管理権の適正な行使等の企業秩序の維持を目的としたものと解されるから、ビラの配布が形式的にはこれに違反するようにみえる場合でも、①ビラ配布の目的、②ビラの内容・文言、③ビラ配布の時間、④ビラ配布がなされた場所の性質、⑤ビラ配布行為の態様等に照らして、その配布が管理権の適切な行使等の企業秩序の維持をみだすおそれのない特別の事情が認められるときは、実質的には上記規定の違反になるとはいえず、したがって、これを理由として就業規則所定の懲戒処分をすることは許されないというべきである。
(ウ) これを本件ビラ配布について検討するに、①本件配布行為は、ベースアップ交渉が暗礁に乗り上げたことを打開すべく団体交渉の内容をX組合員に伝達するため行われたものであり、労働条件の交渉という労働組合結成本来の目的を達するための行為といえ(労組法1条1項参照)、目的として正当である。次に、②ビラの内容はベースアップについての団体交渉の日時、出席者及び交渉概要に関する記述であり、上記労働条件の交渉という組合の本来的活動を内容とするものである。使われている文言も会社側の名誉・信用を毀損するようなものではなく、比較的穏当といえる。また、③本件配布は始業時刻前になされたもので、業務に対する直接的侵害はない。さらに、④配布の場所はY社事務所内であり、部外者の立ち入りは通常予定されておらず対外的にY社の信用が害されるといった事情は存在しない。加えて⑤配布の態様につき、本件ビラはA4サイズの紙一枚という比較的小型のもので、また貼り付け行為などはなく机上に置くといった穏当な手法がとられており、これにより社内の美観を特に害するとか、撤去に手間がかかり会社の施設管理権を著しく害するといった事情はない。さらに、片面印刷の印刷面を下にしてX組合員のみを対象に配布されており、組合員以外の者に内容が明らかになることをできる限り防ぐ配慮がなされている。以上の事情を総合的に考慮すると、本件ビラ配布はY社の施設管理権の適切な行使等の企業秩序維持をみだすおそれのない特別の事情が認められるというべきである。したがって、本件ビラ配布行為には上記就業規則の規定は適用されず、本件配布行為は「労働組合の正当な行為」に当たる。
ウ 次に、7条1号は「故をもって」との文言を用いることから、不利益取扱の不当労働行為の成立には不当労働行為の意思が必要となる。ここにいう、不当労働行為の意思とは、反組合的な意図ないし動機をいう。
 本件においてはY社は本件ビラ配布を理由に本件降格処分をしているが、上記のように本件ビラ配布行為は労働組合の正当な行為として適法なものと認められるから、Y社は組合活動のゆえに本件降格処分を行ったものであり、反組合的な意図ないし動機が認められる。したがって、不当労働行為の意思が認められる。
エ そして、本件降格処分によりBは部下を持たない立場になり月額2万円の係長手当の支給が受けられなくなったのであるから、従業員としての職責上の側面及び経済的側面において「不利益な取扱い」がされたといえる。
オ 以上より、本件Y社の降格処分は不利益取扱いの不当労働行為に該当し、X組合の上記請求は認められる。
(2)司法救済
ア X組合としては、本件降格処分が不利益処分の不当労働行為にあたるとして当該処分の無効確認を裁判所に対し求めることも考えられる。
イ 不当労働行為の禁止が憲法28条に由来し労働者の団結権・団体行動権を保障するための規定であることから、これに違反する行為は私法上も無効というべきである。したがって、上記請求は認められる。
2 Y社による団体交渉を拒否する旨の通告について
(1)行政救済
ア X組合としては、Y社の本件団体交渉拒否が労組法7条2号の団交拒否の不当労働行為に当たるとして、労働委員会に対し団体交渉の応諾を求める救済申立てを行うことが考えられる。
イ(ア) X組合はベースアップ要求に対しては財務状況及び業績見通しの分析評価については経営者の判断事項であって団体交渉での議論対象とならないこと、Bの降格については人事権行使であり経営権に関する事項であることを理由に団体交渉を拒んでいる。これが「正当な理由」に基づく団交拒否に当たるか。
(イ) 7条2号の趣旨が使用者の不当な団交拒否を禁止することにより、団体交渉を通じた労使対等を促進し、労働者の地位を向上させることにあることからすると、使用者には誠実に団体交渉に当たる義務があるというべきである。したがって、使用者が労働組合の要求や主張に対する回答や自己の主張の根拠を具体的に説明したり必要な資料を提示する等の誠実な対応を通じて合意達成の可能性を模索することなく団体交渉を拒絶した場合には、上記誠実交渉義務に反したものであり、「正当な理由」なく団体交渉を拒絶したものとして不当労働行為に該当すると解するのが相当である。
(ウ) これを本件について検討する。
 まずベースアップ要求について、確かにY社は既に合計4回の団体交渉に応じ、またX組合の資料要求にも応じている。しかしながら、Y社が提出した財務関係資料は会社の財務状況を客観的数額として示すのみで、ここからベースアップが可能か否かを一義的に判断することは困難であり、Y社がベースアップが困難であると判断したのであれば、労使交渉の場において当該判断に至るまでの過程を経営者的見地から合意が得られるよう具体的に説明する義務をY社は誠実交渉義務の内容として負うというべきである。これにもかかわらずY社はX組合の説明要求に対し、「説明しようにも根拠は資料の通りだ」と述べるのみで、財務関係資料の解釈について具体的根拠を示した上での説明を拒んでいるのであり、このようなY社の対応は誠実交渉義務に反するものといわざるを得ない。したがって、「正当な理由」は認められない。
 次に、Bの降格について、確かに人事権の行使は経営事項に関するものであり会社側の一定の裁量が認められる。しかしながら裁量権の行使も合理性の認められる範囲に限られるところ、本件降格処分は前述のように就業規則所定の事由に基づかず反組合的意図ないし動機により行われたものであり、経営上の観点と無関係になされていることから、合理性が認められず裁量権を逸脱したものというべきである。したがって、「正当な理由」は認められない。
ウ 以上より、本件団交拒否は「正当な理由」に基づかない団交拒否として7条2号の団交拒否に当たる。
(2)司法救済
 上記のようにY社の団交拒否は不当労働行為に当たることから、X組合としては、裁判所に対し団体交渉を求めうる法的地位の確認請求が可能である。
3 CによるX組合組合員の酒食への勧誘及び説得について
(1)行政救済
ア X組合としては、本件Cの酒食への勧誘及び説得行為が7条3号の支配介入の不当労働行為に当たるとして、労働委員会に対しポストノーティス命令を求めることが考えられる。
イ(ア) まず総務部長CはY社役員に諮ることなく独断で本件行為に及んでいる。かかるCの行為を「使用者」の行為としてY社に帰せしめることができるか。
(イ) ①労組法2条1号所定の使用者の利益代表者に近接する職制上の地位にある者が②使用者の意を体して労働組合に対する支配介入を行った場合には、使用者との間で具体的な意思の連絡がなくとも、当該支配介入をもって使用者の不当労働行為と評価することができるというべきである。
(ウ) これを本件についてみるに、①Cは人事管理の責任者であり、「雇入解雇昇進又は移動に関して直接の権限を持つ監督的地位にある労働者」であるため、2条1号所定の使用者の利益を代表者に近接する職制上の地位にある者といえる。また、②Cは団体交渉に毎回出席し、X組合を好ましく思っていなかった上、ビル出入口外の活動をこのまま続けさせてはY社の対外的な信用にも関わることから当該活動を止めさせるべきだと考え、「このままでは会社の業績を悪化させる。」「業績を回復すれば、ベースアップもできる。」「出世にも影響する。」など、専ら会社の立場から発言をしている。これは反組合的意思を有していた会社の意を酌んでなされた行為とみることができ、使用者の意を体した行為というべきである。したがって、Cの行為は「使用者」の行為と評価することができる。
ウ 次に、Cの上記行為は組合活動からの離脱を働きかけるものであり、「労働組合を…運営することを支配し、若しくはこれに介入すること」に当たる。
エ また、支配介入行為の成立範囲を明確にすべく支配介入の不当労働行為の成立には支配介入の意思を要すると解すべきところ、本件行為は組合活動からの離脱を働きかけ組合の弱体化を図る意思からなされたことは明白といえ、Cに支配介入の意思が認められる。
オ 以上より、Cの行為には支配介入の不当労働行為が成立し、X組合の上記請求は認められる。
(2)司法救済
ア X組合としては、上記不当労働行為によって現に5名の脱退者が生じたことから、Y社に対し不法行為(民法709条)に基づく損害賠償請求を行うことが考えられる。
イ 前述のように不当労働行為に該当する行為は私法上も無効であり、Cの上記行為には不法行為成立のための違法性が認められる。したがって上記請求は認められる。
4 Cによるビラ撤去行為について
(1)行政救済
ア X組合としてはCによるビラ撤去行為が7条3号の支配介入の不当労働行為に当たるとして、労働委員会に対しポストノーティス命令を求めることが考えられる。
イ(ア) 本件X組合のビラ配布行為は形式的には就業規則所定の禁止行為に該当するため、本件ビラ撤去行為は就業規則上会社に認められた権限内の行為として支配介入行為に当たらないのではないか。
(イ) 会社には施設管理権の適切な行使等の企業秩序維持の利益が認められるが、この企業秩序の維持の利益には経営者側の名誉の毀損となる労働者の行為を排除し、経営活動に対する風評を防ぐ利益も含まれる。したがって、会社側は上記の意味における企業秩序維持のために許可なく配布されたビラの撤去を適法に行うことができるのであり、ただ上記1(2)と同様の考慮要素に基づき、ビラの配布が企業秩序の維持をみだすおそれのない特別の事情が認められるときに限り当該配布行為は正当な組合活動として就業規則の禁止規定が解除され、会社のビラ撤去行為が支配介入行為になると解するのが相当である。
(ウ) 本件においては、確かに①本件ビラ配布の目的は、ベースアップという労働条件の向上の点にあり、かかる目的は正当といえる。また、③ビラ配布の時間は従業員がいずれも出勤していない早朝であり、④場所はY社事務所であって、企業秩序の混乱をきたす程度は低いとも思われる。しかしながら、②本件文書の内容についてみるに、本件文書には降格人事に対する抗議、ベースアップ要求、Cの支配介入に対する抗議といった正当な組合活動を内容とするものが含まれているが、その他の一部に「違法行為の達人」「私腹を肥やす偽善者」などA個人の名誉を毀損する過激な文言によるものを含んでいる。そして、⑤配布行為の態様につき、本件配布はA組合組合員以外の者も含めた全従業員の机上に、印刷面を上面にして置くという形態でなされている。なるほど、本件ビラには上記のように正当な組合活動を内容とする部分も含まれているものの、これらは上記の名誉毀的損表現を用いた部分と同一面に不可分に印刷されており、事前にビラを撤去しなければ否応なしにX組合員以外の従業員も含む全従業員の目に名誉毀損的表現部分が触れることになり、Aの名誉を守るためには事前撤去の必要性は高いといえる。以上の事情に鑑みると、本件ビラ配布行為がCによる支配介入行為への反感に端を発したという経緯を勘案してもなお、本件ビラ配布行為はAの名誉を害するものというべきであって、企業秩序の維持をみだすおそれのない特別の事情は認められないというのが相当である。したがって、本件ビラ撤去行為は支配介入とは評価できず、不当労働行為は成立しない。
(2)司法救済
 X組合としては支配介入の不当労働行為を理由に、裁判所に対し、不法行為に基づく損害賠償請求を行うことが考えられるが、上記のようにY社のビラ撤去行為に不当労働行為は成立しないのでこの請求は認められない。
第2 設問2
1 Y社としては裁判所に対し、施設管理権ないし企業秩序維持権に基づく妨害排除請求権としてX組合によるビル出入口外でのビラ配布等の活動の差止めを求めることが考えられる。
2(1) まず、本件活動はY社事務所内ではなくY社事務所が所在するビルの敷地の1階出入口で行われており、当該場所についてY社の施設管理権が及んでいるとはいえないため、Y社自身の施設管理権に基づく差止請求を認めることは困難である。しかしながら、当該場所での活動を認めたのでは会社の営業活動に重大な支障をきたし、また他の利用者の利用権や当該場所の管理権者の管理権を侵害するといった事情がある場合には、会社は企業秩序維持権に基づき従業員の組合活動の差止めを求めうる場合もありうる。もっとも、この場合も、組合活動が会社の施設管理権を直接に侵害しない以上、ビラ配布等の組合活動は本来自由になしうるのが原則であり、①当該活動が行われる時間、②場所、③ビラの内容・文言、④活動の態様、⑤これによって損なわれる会社その他第三者の利益等を総合考慮して、企業秩序維持の見地から真にやむを得ないというだけの高度の必要性がある場合に限り、会社側の差止請求が認められるものと解するのが相当である。
(2) これを本件についてみるに、まず①本件活動は休憩時間中の午後零時30分から午後零時50分まで行われており、会社の休憩時間であること、20分間という短時間であることからすると会社の営業に与える影響は大きいとはいえないようにも思われる。しかしながら、当該時間中であっても、テナント他社の関係者の出入は白昼であることからむしろ頻繁に行われるのであり、他社の営業に与える影響は大きいといえる。次に②確かに配布場所はY社事務所内でないが、Y社の入居するビルの1階出入口であり、Y社の施設と全く無関係の場所ではない。また、同ビルには他社がテナントとして入居しており、1階出入口での活動はテナント他社の関係者の利用に多大な影響を与えるものである。また、③確かに、本件ビラの内容は、ベースアップ交渉、降格人事の撤回といった労働組合の正当な活動についてのものであり、使用されている文言も社会的相当性に欠けるものではない。しかしながら、④本件活動の態様は、組合員10名余りが出入口に両列をなして、ビルを出入する不特定多数者に対して無差別にビラを配布し、ビラの文言を声高に連呼するというものである。いかにビラの内容・文言が上記のように社会的相当性に欠けるものではないとしても、Y社と無関係の第三者に対して訴えるに際しこのような強行的手法によるのはX組合の活動として相当な態様といえる範囲を逸脱するものである。そして、⑤上記活動により、テナント他社の関係者の取引先の出入が困難となり、また同社は批判の相手が同社であるとの誤解を招きかねないという損害が生じている。管理会社からY社に強い要請がなされていることも、上記損害の重大性を裏付ける。そして、Y社についても、Y社従業員の活動により他社に上記損害が生じることによりY社の対外的信用が低下し、Y社の営業活動に著しい支障が生じるといえる。以上の事情を総合的に考慮すると、本件は、企業秩序維持の見地から真にやむをえないというだけの高度の必要性がある場合に当たるというべきである。よって、Y社の差止請求は認められる。
以上


【答案】百選69事件 新日本製鐵(日鐵運輸)新日本製鐵第二事件 最判平成15年4月18日

2012年05月04日 | 労働百選答案

百選69事件新日本製鐵(日鐵運輸)
新日本製鐵第二事件 最判平成15年4月18日
1 Xは本件出向命令の無効確認を求めているため、Y社がXに対して出向命令権を有するかにつき検討する。
2(1) Y社がXに対して出向命令権を有するかについては、「使用者が労働者に出向を命ずることができる場合」に当たるかがまず問題となる。
(2) 雇用契約は、通常特定の指揮監督権者の下での労働力の提供が予定されているものと解するのが相当であるから、使用者は、当然には、労働者を他の指揮監督権者の下で労働に従事させることはできないというべきである。そして、民法625条1項は、使用者の権利を第三者に譲渡する場合には、労働者の承諾を要するものとし、債権譲渡の一般規定と異なる制限をしている。これは、雇用契約の場合、使用者の権利の譲渡が、労働者からみて、単に義務の履行先の変更にとどまるものではなく、指揮監督権、人事権、労働条件決定権等の主体の変更によって、給付すべき義務の内容が変化し、労働条件等で不利益を受けるおそれがあることから、労働者を保護する趣旨に出たものと考えられる。そして、在籍出向は、労務提供の相手方の変更、すなわち、使用者の権利の全部ないし一部の出向先への譲渡を意味するから、使用者がこれを命じるためには、原則として、労働者の承諾を要するものというべきである。
 もっとも、在籍出向に労働者の承諾を要する趣旨が上記のように労働者を保護する点にあることからすると、個別の承諾がない場合であっても、当該出向が労働者の給付義務を大きく変更せず、就業規則や労働協約等、承諾と同視しうる程度の実質を有する特段の根拠がある場合には、使用者は労働者に出向を命ずることができると解するのが相当である。そして、上記労働者保護の趣旨に抵触せず、承諾と同視しうる程度の実質を有する特段の根拠がある場合に当たるかは、①就業規則等に業務上の必要によって出向させることができる旨の規定があるか、②出向の定義、出向期間、出向中の社員の地位、賃金その他の処遇等に関して出向労働者の利益に配慮した規定があるか、等を総合的に考慮した上で判断すべきである。
(3) これを本件につきみるに、①Y社就業規則中に出向を命じることができる旨の定めがあり、②出向規定中に出向の定義、出向中の社員の地位、賃金についての待遇の規定、出向期間についての規定があり、出向労働者の利益に配慮した詳細な規定が存在する。これらの点にかんがみるに、本件は、労働者保護の趣旨に反せず承諾と同視しうる程度の実質を有する特段の根拠がある場合に当たるというべきである。したがって、本件Y社はXに対して個別的同意を得ることなく出向を命ずることができる。
(4) なお、本件各出向命令は、業務委託に伴う要員措置として行われ、当初から出向期間の長期化が予想されたものであることから、転籍と同視でき、個別の同意がない限り効力が認められないとの批判も考えうるところである。しかしながら、本件社外勤務協定は、業務委託に伴う長期化が予想される在籍出向があり得ることを前提として締結されているものであるし、在籍出向と転籍との本質的な相違は、出向元との労働契約関係が存続しているか否かという点にあるのであるから、出向元との労働契約関係の存続自体が形骸化しているとはいえない本件の場合には、出向期間の長期化をもって直ちに転籍と同視することはできないため、これを前提として個別的同意を要するとの上記批判はあたらない。
3(1) 以上のように解したとしても、出向は出向先での勤務内容、勤務場所、労働条件等により、労働者の生活に影響を及ぼすのが通常であって、使用者が出向を命じる権限も無制約ではなく、当該出向の命令が①その必要性、②対象労働者の選定に係る事情③労働者が被る不利益の程度、④出向命令の発令にいたる手続の相当性その他の事情に照らして、その権利を濫用したものと認められる場合には、当該出向命令は無効となる(労契法14条参照)。
(2) これを本件につき検討する。
ア まず①の点につき、本件出向命令発令当時、昭和60年初頭に生じた円高不況の下Y会社は競争力維持のため要員削減を中心とする合理化の推進が喫緊の課題であり、Y社の業務のうち特に運輸部門の労働生産性が低かったことから、構内輸送全体の効率化を図る高度の必要性があり、本件N運輸への業務委託は上記効率化の一貫として決定されたものであることが認められる。このような事情に鑑みると、Y社が構内輸送業務のうち鉄道輸送部門の一定の業務をN運輸に委託することとした経営判断が合理性を欠くものとはいえず、これに伴い、委託される業務に従事していたY会社の従業員につき出向措置を講ずる必要があったということができる
イ 次に②の点につき、本件業務委託先である鉄道輸送部門を担当するN運輸への本件出向に伴い、Y社製鐵所の鉄道運輸部門のうち一部の者を除き大部分である141名がN運輸への出向の対象者となり、Xはそのうちの一人であったというのである。そうすると、出向措置の対象となる者の人選基準には合理性があり、具体的な人選についてもその不当性を窺わせるような事情はない。
ウ さらに、③の点につき、本件各出向命令によってXらの労務提供先は変わるものの、その従事する業務内容や勤務場所には何らの変更はなく、上記社外勤務協定による出向中の社員の地位、賃金、退職金各種の出向手当、昇格・昇給等の査定その他処遇等に関する規定等を勘案すれば、Xらがその生活関係、労働条件等において著しい不利益を受けるものとはいえない。
エ そして、④の点につき、本件合理化計画はS連合会との労使交渉を経て策定され、構内輸送の再構築計画がA組合との了承を得た上策定され、これに基づき本件出向命令が発令されたというのであるから、本件各出向命令の発令にいたる手続に不相当な点があるともいえない。
オ これらの事情にかんがみれば、本件各出向命令が権利の濫用に当たるということはできない。
4 さらに、本件では3回に渡る出向期間延長がなされており、この点が出向命令権の濫用に当たらないかも問題となるが、本件各出向延長措置がされた時点においても、鉄道輸送部門における業務委託を継続したY会社の経営判断は合理性を欠くものではなく必要性が認められ(①)、既に委託された業務に従事しているXらを対象として本件各出向延長措置を講ずることにも合理性があり(②)、これによりXらが著しい不利益を受けるものとはいえない(③)ことなどからすれば、本件各出向延長措置も権利の濫用に当たるとはいえない。
5 以上より、本件出向命令及び出向延長措置は適法であり、Xの無効確認請求は認められない。


【答案】重判平成22年1事件 パナソニックプラズマディスプレイ事件 最判平成21年12月18日

2012年05月02日 | 労働百選答案

 

重判平成22年1事件 パナソニックプラズマディスプレイ事件 最判平成21年12月18日

1 本件において、Xは、XY間に雇用契約関係が成立しており、Yによる就業拒否は解雇権の濫用であって無効であって、XY間の雇用契約関係はいまだ存続していることを主張し、雇用契約上の地位確認及び未払い賃金の支払を求めている。この請求の可否を検討する。
2(1) まず、XP間の雇用契約及びYP間の業務委託契約が無効であるとすれば、XY間の勤務の実体を基礎付ける法律関係は黙示の雇用契約の存在によるほかないことになるため、上記各契約の有効性につき検討する。
ア 請負契約においては,請負人は注文者に対して仕事完成義務を負うが,請負人に雇用されている労働者に対する具体的な作業の指揮命令は専ら請負人にゆだねられている。よって、請負人による労働者に対する指揮命令がなく、注文者がその場屋内において労働者に直接具体的な指揮命令をして作業を行わせているような場合には、たとえ請負人と注文者との間において請負契約という法形式が採られていたとしても、これを請負契約と評価することはできない。そして、上記の場合において、注文者と労働者との間に雇用契約が締結されていないのであれば、上記3者間の関係は、労働者派遣法2条1号にいう労働者派遣に該当すると解すべきである。
イ 本件においてXは、平成16年1月20日から同17年7月20日までの間、Pと雇用契約を締結し、これを前提としてPから本件工場に派遣され、Yの従業員から具体的な指揮命令を受けて封着工程における作業に従事していたというのであるから、PによってXに派遣されていた派遣労働者の地位にあったということができ、これは労働者派遣法の規定に違反していたといわざるを得ない。
 しかしながら、労働者派遣法の趣旨及びその取締法規としての性質、さらには派遣労働者を保護する必要性等にかんがみれば、仮に労働者派遣法に違反する労働者派遣が行われた場合においても、特段の事情のない限り、そのことだけによっては派遣労働者と派遣元との間の雇用契約が無効になることはないと解すべきである。そして、XとPとの間の雇用契約を無効と解すべき特段の事情はうかがわれないから、上記の間、両者間の雇用契約は有効に存在していたものと解すべきである。
3(1)ア もっとも、XP間・YP間の各契約が有効であったとしても、勤務の実際の状況に鑑み、XY間に黙示の雇用契約が締結されていたと評価することができればXはYに対し直接の雇用関係に基づく主張が可能となる。そこで、XY間に黙示の雇用契約が成立していたといえるか、検討する。
イ 派遣労働者と派遣先企業との黙示の労働契約の成否に関しては、①外形上派遣先企業の正規の従業員とほとんど差異のない形で労務を提供することにより、派遣先企業との間に事実上の使用従属関係が存在し②受け入れ企業が労働者の採用を実質的に決定しており、③派遣元企業がそもそも企業として独自性を有しないとか、企業としての独立性を欠いていて派遣先企業の労務担当の代行機関と同一視しうるものである等、その存在が形式的名目的なものに過ぎず、かつ、④派遣先企業が派遣労働者の賃金額その他の労働条件を決定していると認めるべき事情のあるときには、派遣労働者と派遣先企業との間に黙示の労働契約が締結されたものと認められると解するのが相当である。
ウ これを本件についてみるに、まず①につき、本件工程はY社の正社員である班長と現場リーダーの指示の下行われ、Xは上記社員の直接の指示の下に作業を行い、P社の正社員は指示を行っていなかった。また、休日出勤はY社正社員の指示を受け、休憩時間についてもY社正社員の指示を受けていた。このことからすると、XY社間に事実上の使用従属関係が一定程度存在していたことは認められる。しかしながら、他方でPはXに本件工場のデバイス部門から他の部門に移るよう打診するなど、配置を含むXの具体的な就業態様を一定の限度で決定しうる地位にあったものと認められるのであって、使用従属関係が専らXY間にのみ存在しXP間にはなんらの使用従属関係も存在しなかったとまでいうことはできない。
 また②につき、Y社はPによるXの採用に関与していたという事情は存在しない。次に③につき、PはY社と資本関係のない独立した企業であり、その存在が名目的なものとはいえない。さらに④につき、Xが受ける給与の額はPが決定し、Y社がこれを事実上決定していたといえるような事情もうかがわれない。
 以上の事情を総合すると、平成17年7月20日までの間にYとXとの間において雇用契約関係が黙示的に成立していたものと評価することはできない。
3(1) 以上のように、XP間の雇用契約が終了した平成17年7月20日までの間にYX間には直接の雇用契約はなく、YX間の雇用契約は、本件契約書が取り交わされた同年8月19日以降に成立したものと認めるほかはない。そして、上記雇用契約の契約期間は原則として平成18年1月31日をもって満了するとの合意が成立していたものと認められる。このことを前提としても、期間の定めのある雇用契約の雇い止めが権利の濫用として無効とならないか。
(2) 期間の定めのある雇用契約があたかも期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態で存在している場合、又は、労働者においてその期間満了後も雇用関係が継続されるものと期待することに合理性が認められる場合には、雇用契約の雇止めにも解雇権濫用の法理(労契法16条)が類推され、雇い止めが客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当であると認められないときには権利の濫用として許されないと解するのが相当である。
(3) 本件においてはY社とXとの間の雇用契約は一度も更新されていない上、上記契約の更新を拒絶する旨のY社の意図はその締結前からX及び本件組合に対しても客観的に明らかにされていたということができる。そうすると,上記契約はあたかも期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態で存在していたとはいえないことはもとより、Xにおいてその期間満了後も雇用関係が継続されるものと期待することに合理性が認められる場合にも当たらないものというべきである。
 したがって、Y社による雇止めが許されないと解することはできず,Y社とXとの間の雇用契約は,平成18年1月31日をもって終了したものといわざるを得ない。
4 以上により、XとY社間には雇用関係は存在せず、Xの本件各請求は認められない。


【答案】百選113事件 使用者の言論―プリマハム事件

2012年05月01日 | 労働百選答案

使用者の言論と支配介入 最判昭和57年9月10日 第一審東京地判昭和51年5月21日

1 X社は本件声明文表示を支配介入にあたると判断した救済命令の取消を求めている。これが認められるかは本件声明文表示が労組法7条3号の支配介入にあたるかにより決されるため、この点について検討する。
2(1) まず、本件社長の声明文の掲示が同法7条3号にいう「労働者が労働組合を運営することを支配し、若しくはこれに介入すること」に当たるか。
(2) 使用者の発言行為は憲法21条に掲げる言論の自由の保障の下にあり、およそ使用者であるからといって言論の自由が否定されることはない。しかしながら使用者の言論の自由も、憲法28条の団結権を侵害してはならないという制約を受けることを免れず、使用者の言論が組合の結成、運営に対する支配介入にわたる場合は不当労働行為として禁止の対象となると解すべきである。そして、上記支配介入にわたる場合にあたるか否かは、①言論の内容、②発表の手段・方法、③発表の時期、④発表者の地位・身分、⑤言論発表の与える影響等を総合的に判断し、当該言論が組合員に対し威嚇的効果を与え、組合の組織、運営に影響を及ぼす場合といえるかによって決すべきである。
(3) これを本件について検討する。
ア まず①言論の内容の点につき、本件社長声明文は、その対象者を「従業員の皆さん」としているが、会社は当時組合といわゆるユニオン・ショップ制を協定していたことが認められるから、「従業員の皆さん」はとりもなおさず組合員全員を対象にしている。
 そして、声明文の内容によれば、(1)「組合幹部の皆さんは」という文言については、組合執行部の態度を批判することにより、執行部と一般組合員との間の離反を図るおそれがあるとみられなくはない。(2)「ストのためのスト」という文言については、組合の団交決裂宣言は争議開始の要件として労働協約上定められており、また、昭和45年度は団交決裂宣言後ストライキ突入までに9日間あり、その間に2回団体交渉が行われ、昭和46年度も団交決裂宣言後ストライキ突入までに5日間あり、その間に1回団体交渉が行われており、昭和46年における団交の際、組合がストライキ開始の要件として決裂宣言をしたことをめぐって労使間で議論が交わされたことが認められ、以上のような経緯からすれば、組合の団交決裂宣言が直ちにストライキを決行するという趣旨でないことは、会社において十分に、認識していたものと思われる。(3)「重大な決意」との文言は、ストライキへの参加により処分がありうることを示唆するものであり、一般的に言って組合員に対する威嚇的な効果をもつことは否定できない。(4)「節度ある行動をとるように」との文言は、会社は、従来組合の争議方法について問題にしたことはなかったことが認められるから、これは組合員に対するストライキ不参加の呼びかけというほかはない。
 以上から判断すると、本件声明文は、組合員全員に対し、組合執行部と一般組合員との離反を図ることを目的として、近い時期にストライキが行われることを認識しつつ、威嚇的効果を狙い、ストライキ不参加を呼びかけることを内容とするものということができる。
イ 次に②発表の手段・方法の点につき、本件声明文は、全事業所に一斉に掲示して発表された。これは使用者としての強い意思を示す強硬な手段・方法であって、威嚇的効果は大きいといえる。
ウ また③発表の時期についてみるに、4月15日の団交決裂宣言が直ちにストライキに突入することを意味しておらず、なお団体交渉によって話し合いを継続する余地のある段階であったにもかかわらず、上記宣言からわずか2日後にX社は本件声明文を掲示したのである。したがって、X社は組合と誠実に交渉を継続する努力を放棄して、拙速に本件掲示行為に出たものといわざるをえない。
エ さらに④発表者の地位・身分につき、本件声明文は、会社の最高責任者としての社長名義で発表されており、その強大な権限を考慮すると、組合員に対する威嚇的効果は大きい。
オ そして⑤言論発表の与える影響につき、この発表後、ストライキに反対する組合内部での動きが各支部において急に現れてきたところからみると、本件声明文掲示が組合内部における執行部の方針に批判的な勢力に力を与えて勇気付けて、初めて193名に及ぶ脱落者が出たというべきで、本件声明文掲示行為は組合員に対し大きな影響を与えうる行為であったということができる。
カ 以上を総合して考えると、本件社長声明文の掲示は、組合員に対し威嚇的効果を与え、ストライキをいつどのような方法で行うか等という、組合が自主的に判断して行動すべき組合の内部運営に影響を及ぼすものというべきであり、「労働者が労働組合を運営することを支配し、若しくはこれに介入すること」に当たると解するのが相当である。
3(1) 次に、支配介入(労基法7条3号)については、不利益取扱い(同法同条1号)とは異なり、条文上不当労働行為意思を成立要件とする文言(「故をもって」)は用いられていない。そこで、支配介入の成立にはその意思(使用者の主観的認識)は必要とされないのかが問題となる。
(2) 条文の文言からすると、使用者の具体的な組合弱体化の意思(支配介入を使用とする意欲・認識)までは要件とされないが、使用者の認識とは全く無関係に行為の結果のみから不当労働行為製を肯定すると使用者の行為を過剰に制限することになるため、広い意味で反組合的意思をもって行為がなされたことは必要であると解するのが相当である。
(3) これを本件についてみるに、上記のように本件声明文は、組合員全員に対し、組合執行部と一般組合員との離反を図ることを目的として、近い時期にストライキが行われることを認識しつつ、威嚇的効果を狙い、ストライキ不参加を呼びかけることを内容とするものであり、これを全事業所に一斉に掲示するという強硬な手法をとったこと、団交交渉がなお要求される時期において本件掲示に踏み切ったこと、社長名義という権勢を背景になされたこと、組合員に対し多大な影響を与えうる行為であったこと、等の事情を考慮すると、X社が少なくとも反組合的意思をもって本件掲示を行ったことが優に推認できる。したがってX社には7条3号に該当するため要求される支配介入意思が認められる。
4 以上より、本件声明文掲示行為は労組法7条1項3号の支配介入の不当労働行為に該当し、Xの請求は認められない。


【答案】百選68事件 東亜ペイント事件

2012年04月29日 | 労働百選答案

1 Xは本件転勤命令は無効であり、したがって無効な転勤命令に従わなかったことを理由になされた本件解雇も無効である旨主張して、従業員としての地位確認及び未払賃金の支払を請求している。そこで、本件解雇が無効か否かにつき以下検討する。
2(1)  まず、Y社の本件転勤命令が適法といえるためには、前提としてY社の配転命令権が労働契約上根拠付けられることが必要である。
 本件においては、Y社就業規則13条は「業務上の都合により社員に異動を命ずることがある。」と規定し、配転命令権を根拠付ける一般条項を定めている。このような条項は、一般に幅広い能力開発の必要性や雇用の柔軟性の確保の要請から「合理的」なものと解することができる。また、本件就業規則は労働者に「周知」されているものと思われる。したがって、労契法7条本文により本件就業規則は労働契約の内容となっているということができる。
(2) もっとも、労働者と使用者の間に、就業規則規定より有利な合意がある場合には、有利な合意が優先する(同条ただし書)。本件では、XとY社の間に勤務地を大阪ないしその近郊に限定する旨の合意が個別にあったかが一応問題となるが、Y社では全国に十数か所の営業所等を置き、その間において従業員、特に営業担当者の転勤を頻繁に行っており、Xは大学卒業資格の営業担当者としてY社に入社したもので、両者の間で労働契約が成立した際にも勤務地を大阪に限定する旨の明示的合意もなされなかったというのであるから、上記のような合意は認められない。
(3) したがって、Y社の配転命令権は労働契約上根拠付けられており、Y社はXの個別的同意なくとも本件転勤命令を適法に発しうるのが原則である。
3(1) もっとも、使用者がその裁量により配転命令を適法に発しうる場合であっても、転勤、特に転居を伴う転勤が、一般に労働者の生活関係に少なからぬ影響を与えることを考えると、使用者の転勤命令権は無制約に行使することができるものではなく、これを濫用することは許されない(労契法5条参照)。そこでいかなる場合が権利の濫用に当たるかについて考えるに、使用者の勤務地決定についての裁量権と転勤が労働者の生活関係に与える影響の調和の観点からは、転勤命令が権利の濫用に当たる場合とは、()当該転勤命令につき業務上の必要性が存しない場合、または()業務上の必要性が存する場合であっても①当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき、若しくは②労働者に対し通常甘受すべき限度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合に限られると解するのが相当である。そして、上記業務上の必要性については、当該転勤先への異動が、余人をもっては容易に変えがたいといった高度の必要性に限定することは相当でなく、労働力の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤務意欲の高揚、業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは、業務上の必要性の存在を肯定すべきである。
(2)ア 本件についてこれをみるに、()業務上の必要性につき、名古屋営業所に転勤させる者は是非ともXでなければならないというような高度の必要性まではなかったものの、名古屋営業所のG主任の後任者として適当な者を名古屋営業所へ転勤させる必要性があったのであるから、主任待遇で営業に従事していたXを選び名古屋営業所勤務を命じた本件転勤命令は労働力の適正配置の観点からは企業の合理的運営に寄与する点が認められ、業務上の必要性が優に存したものということができる。したがって、本件は()転勤命令につき業務上の必要性がない場合には当たらない。
イ 次に()①動機・目的の点につき、本件転勤命令は、元々広島営業所の主任が配置転換され、後任にはXが適任であるとしてXに広島営業所への転勤が打診されたところ、Xがこれを拒否したため、次善の作として名古屋営業所主任を広島営業所主任に当て、Xには名古屋営業所主任への転勤を内示したという経緯で下されたものであり、かかる経緯に鑑みると本年転勤命令が不当な動機・目的をもってなされたものであるとはいうことができない。
ウ さらに、()②Xの被る不利益の点につき、Xには同居の母親がいるが、同人は71歳とXの介護がなければ日常用を足すことが困難な高齢ではなく、実際病気もなく健康で食事の用意や買い物もできたというのである。同人は生まれてから大阪以外に住んだことはなく、老人仲間で月2、3回句会を開いており、Xの転勤に伴い母親も転居するとなれば、なれない地での生活に不安を感じ、また仲間との上記活動ができなくなるという一定の不利益は認められるものの、かかる不利益が業務上の必要性を害してまでXの転勤拒否を正当化するほどの重大な不利益とまではいえない。また、Xの妻は保育所で保母として勤務しており、同保育所が発足直後で同人が運営委員の役職に会ったことを考えると、同人がXの転勤に伴い転居し保育所を退職することは同人にとって大きな決断を迫る事情であるということは認められる。しかし、同人が従前の仕事を継続することをどうしても望むなら、Xの単身赴任ということも考えられないではなく、Xの母親が健康で介護が不要であること、Xの転勤先は名古屋であり大阪まで定期的に帰宅するにさほど遠くないこと、等を考えると、最悪単身赴任という選択肢を余儀なくされたとしても、Xの転勤拒否を正当化しうる程に重大な不利益とまでいえるかは疑問である。さらに、Xの長女は2歳と幼少で周囲との社会的関係を築くに至っておらず、転勤に伴う不利益としてはさほど大きくない。以上のことを総合的に考慮すると、本件転勤命令が、Xに対し、通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとまではいうことはできない。
エ 以上より、本件転勤命令は権利の濫用に当たらないと解するのが相当である。
4 よって、本件転勤命令は適法であり、Xの転勤拒否は就業規則68条6項の懲戒解雇事由に該当するため、本件解雇は適法である。本件解雇の無効を前提とするXの上記各請求は認められない。


【答案】百選96事件 朝日火災海上保険(高田)事件

2012年04月22日 | 労働百選答案

1 Xの地位確認請求及び給与等の支払請求が認められるかは、本件労働協約及び就業規則変更の拘束力がXに対して及ぶかによって決されるため、以下この点につき検討する。
2 労働協約の変更がXを拘束するかについて
(1) 労働組合法17条は、一の工場事業の四分の三以上の数の労働者が一の労働協約の適用を受けるにいたったときは、当該工場事業場に使用されている他の同種の労働者に関しても、当該労働協約が適用されるとし、いわゆる労働協約の一般的拘束力を認めている。ところで本件労動協約は、Y社の従業員の定年を一律に満57歳とし、退職金の支給基準率を引き下げることを主たる内容とするものであり、この規定が適用されるとするならば従来定年が満63歳とされているXにとって不利益となる。そこで、このような不利益な労働協約の変更に、他の未組織同種労働者が労組法17条により拘束されるかが問題となる。
(2)ア 同条の趣旨は、主として一の事業者の四分の三以上の同種労働者に適用される労働協約上の労働条件によって当該事業場の労働条件を統一し、労働組合の団結権の維持強化と当該事業場における公正妥当な労働条件の実現を図ることにある。かかる趣旨からすると、未組織の同種労働者についても労働組合団結権の維持強化と当該事業場における公正妥当な労働条件の実現のためには、一の事業場においては同種労働者につきできる限り同一の労働条件が適用されることが好ましく、未組織の同種労働者の労働条件が一部有利なものであることのゆえに、労働協約の規範的効力がこれに及ばないとするのは相当でない。そして、同条が、その文言上、同条に基づき労働協約の規範的効力が同種労働者に及ぶ範囲について何らの限定もしていないことも、上記のように労働条件の有利不利を問わず未組織労働者に対しても労働協約の規範的効力が及ぶことを認める趣旨に出たものと解される。さらに、労働協約の締結に当たっては、そのときどきの社会的経済的条件を考慮して、総合的に労働条件を定めていくのが通常であるから、その一部をとらえて有利不利をいうことは適当ではない。したがって、同条の適用に当たっては、労働協約上の基準が一部の点において未組織の同種労働者の労働条件よりも不利益とみられる場合であっても、そのことだけで上記不利益部分についてはその効力を未組織の同種労働者に対して及ぼしえないものと解するのは相当ではないというべきである。
イ しかしながら他面、未組織労働者は、労働組合の意思決定に関与する立場になく、また逆に、労働組合は、未組織労働者の労働条件を改善し、その他の利益を擁護するために活動する立場にないことからすると、①労働協約によって特定の未組織労働者にもたらされる不利益の程度・内容、②労働協約が締結されるに至った経緯、③当該労働者が労働組合の組合員資格を認められているかどうか等に照らし、当該労働協約を特定の未組織労働者に適用することが著しく不合理であると認められる特段の事情があるときは、労働協約の規範的効力を当該労働者に及ぼすことはできないと解するのが相当である。
(3)ア これを本件についてみると、まず、本件労働協約は、Xが勤務していたY社において、労働組合法17条の要件を満たすものとして、その基準は、一部Xにとって不利益な内容を含むとしても、原則としては、Xに適用されてしかるべきものと解される。
イ そこでさらに進んで上記特段の事情の有無について検討するに、②本件労働協約が締結されるに至った経緯をみると、Y社においては、かねてから、鉄道部出身の労働者の労働条件とそれ以外の労働者の労働条件の統一を図ることが労使間の長年の懸案事項であって、また、退職金制度については、変更前の退職手当規程に従った退職金の支払を続けていくことは、Y社の経営を著しく悪化させることになり、これを回避するためには、退職金支給率が変更されるまでは退職金算出の基準額を昭和53年度の本俸額に据え置くという変則的な措置を執らざるを得なかったなどの事情があったというのであるから、組合が、組合員全員の雇用の安定を図り、全体として均衡のとれた労働条件を獲得するために、一部の労働者にとっては不利益な部分がある労働条件を受け入れる結果となる本件労働協約を終結したことにはそれなりの合理的な理由があったものということができる。そうであれば、本件労働協約上の基準の一部の有利、不利をとらえて、Xへの不利益部分の適用を全面的に否定することは相当でない。
 しかしながら他面、①本件労働協約の内容に照らすと、その効力が生じた昭和58年7月11日に既に満57歳に達していたXのような労働者にその効力を及ぼしたならば、Xは、本件労働協約が効力を生じたその日に、既に定年に達していたものとして上告人を退職したことになるだけでなく、それと同時に、その退職により取得した退職金請求権の額までもが変更前の退職手当規程によって算出される金額よりも減額される結果になるというのであって、本件労働協約によって専ら大きな不利益だけを受ける立場にあることがうかがわれるのである。また、退職手当規程等によってあらかじめ退職金の支給条件が明確に定められている場合には、労働者は、その退職によってあらかじめ定められた支給条件に従って算出される金額の退職金請求権を取得することになること、退職金がそれまでの労働の対償である賃金の後払的な性格をも有することを考慮すると、少なくとも、本件労働協約をXに適用してその退職金の額を昭和53年度の本俸額に変更前の退職手当規程に定められた退職金支給率を案じた金額である2007万8800円を下回る額にまで減額することは、Xが具体的に取得した退職金請求権を、その意思に反して、組合が処分ないし変更するのとほとんど等しい結果になるといわざるを得ない。加えて、③Xは、Y社と組合との間で締結された労働協約によって非組合員とするものとされていて、組合員の範囲から除外されていたというのである。以上のことからすると、本件労働協約が締結されるに至った前記の経緯を考慮しても、右のような立場にある被上告人の退職金の額を前記金額を下回る額にまで減額するという不利益をXに甘受させることは、著しく不合理であって、その限りにおいて、本件労働協約の効力はXに及ぶものではないと解するのが相当である。
3 就業規則の変更がXを拘束するかの点について
(1) 次に、本件就業規則は本件労働協約と同内容を定めており、これが適用されるとすれば前述のようにXにとって不利益となる。そこで本件就業規則の変更がXとの関係で効力を有するか。
(2) 労契法9条本文によれば、使用者は労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することができないのが原則である。しかしながら、()変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ()就業規則の変更が、①労働者の受ける不利益の程度、②労働条件の変更の必要性、③変更後の就業規則の内容の相当性、④労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、同法10条により例外的に変更後の就業規則が労働者に適用されることになる。
(3) 本件では()「周知」の要件は満たすと思われ、()「合理」性の点について検討する。
 まず、変更前の退職手当規程に定められた退職金を支払い続けることによる経営の悪化を回避し、退職金の支払に関する前記のような変則的な措置を解消するために、Y社が変更前の退職手当規程に定められた退職金支給率を引き下げたこと自体には高度の必要性(②)を肯定することができる。
 しかしながら、退職手当規程の変更と同時にされた就業規則の変更による定年年齢の引下げの結果、その効力が生じた昭和58年7月11日に、既に定年に達していたものとしてY社を退職することになるXの退職金の額を前記の2007万8800円を下回る額にまで減額する措置は、Xにとって過大な不利益であり(①)、法的規範性を是認することができるだけの内容の相当性(③)は認められない。以上の事情を総合的に判断すると、本件変更後の就業規則は「合理的」なものであるということはできず、本件就業規則の変更はXとの関係において効力を有しないというべきである。
4 以上より、本件労働協約の変更及び就業規則の変更はいずれもXに対して効力を及ぼさないものであり、Xの各請求は認められる。