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労働34事件 全額払いの原則と賃金請求権の放棄―シンガー・ソーイング・メシーン事件その3

2012年03月11日 | 労働百選

[参考]原審
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=20048&hanreiKbn=06
事件番号 昭和43(ネ)889
事件名 シンガー・ソーイング・メシーン退職金請求
裁判年月日 昭和44年08月21日
裁判所名 東京高等裁判所 
分野 労働
全文  http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/DBBED56FCC6F138B49256A57005AEA2D.pdf

       主   文
原判決を取消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
       事   実
 控訴代理人は主文と同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求め
た。
 当事者双方の事実上の陳述は、被控訴代理人において「仮りに被控訴人が退職金
請求権を放棄したとしても、退職金請求権の放棄は労働基準法第二四条第一項の趣
旨とする相殺禁止を潜脱せんがためなされた脱法行為であるから無効というべきで
ある。」と附加陳述したほかは原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引
用する。
(証拠省略)
       理   由
一 被控訴人の主張するとおり、同人が昭和二六年二月一日から控訴会社に雇傭さ
れ、昭和四一年八月二九日右雇傭契約を合意解約して退職したが、在職中昭和四〇
年四月以降の賃金が月額金二六万二〇〇〇円に達していたこと、したがつて控訴会
社の就業規則にもとづき計算すれば、被控訴人の控訴会社より支払をうくべき退職
金が総額金四〇八万二〇〇〇円となることは当事者間に争がない。
二 しかるに控訴会社は、被控訴人は前同日退職に際して右退職金請求権を放棄し
た旨抗弁する。
 成立に争のない甲第三号証、第四号証の一、二、乙第一号証、当審証人Aの証言
から成立の認められる乙第四号証、当審における被控訴本人の供述から成立の認め
られる甲第五号証の一ないし四、弁論の全趣旨に徴し成立を認め得る乙第二号証の
一、二、原審証人B、当審証人A、同Cの各証言、原審並びに当審における被控訴
本人の各供述(但し一部)および弁論の全趣旨を総合すると、
 被控訴人は前同日退職に際して旅費、電話設置代金等の精算を終えた後控訴会社
の当時の代表者であつたDとの間で「右同日まで控訴会社に勤務したが、これに関
する一切の支払を受領した。なお、被控訴人は控訴会社に対し、いかなる性質の請
求権をも有しないことを確認する。」という趣旨の英文の念書に署名して控訴会社
に差入れており、右念書には特に退職金なる用語は用いられていないが、当時それ
以外に被控訴人の控訴会社に対する請求権なるものは考えられなかつたこと、被控
訴人は早稲田大学英文科、中央大学法科を出て昭和一二年頃から控訴会社へ勤務
し、前記昭和二六年に復職するまでその間一時中断したが、退職当時には控訴会社
の西日本地区の総責任者という地位に在り、上司である外国人との応接もすべて英
語で遂行する語学力を有し、前記Dとの会話もすべて英語でなされたこと、しかも
前記念書はこれをタイプした秘書のBですら一読してこの文書に署名すれば一銭も
貰えないと驚いたほどで、いわゆる難解なものとは云い難いこと、控訴会社におい
て前記念書に署名を求めたのは、当時既に被控訴人が控訴会社の一部門と競争関係
に立つアート編機株式会社(その後倒産)に移ることが判明していたし、第三者に
よる調査の結果、在職中被控訴人並びにその部下の旅費等経費面で書類上つじつま
の合わないことが多く(もつとも実際には一部領収書の誤りなどもあつた)、幾多
の疑惑がもたれ、その損害の一部に充当する趣旨であつたことが認められる。成立
に争のない甲第一一号証の記載並びに被控訴本人の前掲各供述中以上の認定に反す
る部分は前掲各証拠なかんづく乙第二号証と対比して直ちに採用しがたく、他に右
認定を左右する証拠はない。
 以上の事実によれば、被控訴人は前同日退職に際して前記Dとの話し合いの結果
自己の退職金請求権を放棄したものと解するほかはない。
三 そこで被控訴人の右放棄に対する仮定主張につき検討する。
(一) まず、被控訴人は前示念書による退職金請求権放棄の意思表示には法律行
為の要素に錯誤があり無効である旨主張するが、さきに排斥した甲第一一号証の記
載部分並びに被控訴人の供述部分を除いて他にこれを裏付ける資料は全くない。か
えつて前認定の如く、英文で書かれたとはいえ、被控訴人の能力をもつてすれば当
然且つ容易に理解できる前記念書に署名していることその他前記話し合いの結果右
署名がなされている事実からすれば被控訴人において前示放棄の意思表示につき要
素の錯誤があつたとは解し得ず、右主張はこれを採用できない。
(二) 次に、被控訴人は本件退職金請求権の放棄は労働基準法第二四条第一項の
趣旨とする相殺禁止を潜脱せんがためなされた脱法行為であるから無効である旨主
張する。
 本件退職金が同条にいう賃金の中に含まれ、同条が使用者において労働者に対す
る債権をもつて労働者の賃金と相殺することを禁止する趣旨をも包含することは被
控訴人主張のとおりであり、控訴会社が被控訴人に対し退職金請求権の放棄を求め
た趣旨が被控訴人の控訴人に対する損害の賠償に充てるためであることも、右に認
定したとおりである。しかし、労使双方の合意による相殺が右の法条による相殺禁
止の中に包含されると解すべきかは、必ずしも疑がないわけではない。けだし労働
者の完全な自由意思による賃金請求権による相殺は、これを禁止すべき根拠に乏し
いからである。ただ、形式上いかに合意による相殺の形態をとるにせよ、労働者の
在職中の相殺契約は事実上労働者の自由意思が抑圧されて結ばれる可能性が強いか
ら、労働者保護のためその効力を否定しなければならないのであろう。しかし、労
働者が従業員たる地位を失つた後またはその地位を離脱するに際し、使用者との間
に賃金による相殺の合意をする場合には、その合意が労働者の抑圧された意思によ
るということは考えられないから、その効力を是認するになんらの支障もないもの
といわなければならない。賃金は常に現実に労働者の入手するところとならなけれ
ばならないという理想も、労働者がその地位を離れた後または離れる際の自由意思
にはその地位を譲らなければならないと考えるのである。本件における被控訴人の
退職金請求権の放棄は、前示認定のとおり控訴人方より退職するに際しなされたも
のであるから、その放棄が被控訴人の控訴人に対する損害賠償債務と退職金債権と
の合意による相殺の効果をうる趣旨でなされたものとしても、合意による相殺にし
て無効でない以上、その放棄も同様に無効ではなく、労働基準法第二四条第一項違
反の問題を生じない。
四 よつて右と異る原判決は失当であり、本件控訴は理由があるから原判決を取消
し、被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六
条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 長谷部茂吉 石田実 麻上正信)

〔参考資料〕
 退職金請求事件
東京地方昭和四二年(ワ)第八九四四号
昭和四三年四月一九日判決
原告 E
被告 シンガー・ソーイング・メシーン・カンパニー
       主文
(一) 被告は、金四、〇八二、〇〇〇円とこれに対する昭和四二年八月二九から
支払ずみまで年五分の割合による金員を、原告に支払え。
(二) 訴訟費用は、被告の負担とする。
(三) この判決は、原告において金一〇〇万円の担保を供するときは、仮りに執
行することができる。
       申立
原告の求めた裁判
(一) 主文第(一)、(二)項と同じ。
(二) 仮りに執行することができる。
被告の求めた裁判
(一) 原告の請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は、原告の負担とする。
       主張
原告の主張する請求の原因
(一) 原告は、昭和二六年二月一日ミシン販売担当の社員として被告に雇傭さ
れ、昭和四〇年四月以降の賃金は月額金二六二、〇〇〇円であつた。
(二) 原告と被告は、昭和四一年八月二九日、原被告間の雇傭契約を同月末日限
り解約することを合意した。
(三) 被告の就業規則によれば、満一〇年以上の勤続者に対して一ヶ年について
給料一ヶ月分の割合による退職金を支払う旨の規定があり、原告の勤続年数は一五
年七月であるので、次の算式により、262,000円×15,5833=4,0
82,000円(千円未満切捨)
その退職金の総額は金四、〇八二、〇〇〇円となる。
(四) よつて、原告は、右の退職金とこれに対する本訴状送達の翌日である昭和
四二年八月二九日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支
払を求める。
被告の答弁
原告主張の請求原因事実は全部認める。
被告主張の抗弁
原告は、昭和四〇年八月二九日、被告に対し、退職金債権を予め放棄したものであ
る。
原告の答弁並びに仮定再抗弁
被告主張の抗弁事実は否認する。
 仮りに、被告の主張のとおり、原告が退職金債権を放棄したものであるとして
も、その意思表示は、要素の錯誤に基づくものであるから無効である。
被告の抗弁
原告の要素の錯誤の主張事実は否認する。
 証拠(省略)
 判断(省略)
(裁判官 吉永順作)


労働34事件 全額払いの原則と賃金請求権の放棄―シンガー・ソーイング・メシーン事件 その2

2012年03月11日 | 労働百選

         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人荻山虎雄、同浅野義治の上告理由第一点について。
 論旨は、要するに、退職金債権の放棄は、労働基準法二四条一項本文のいわゆる
全額払の原則に反するばかりでなく、本件退職金債権の放棄は、被上告会社からの
強制によるものであるから、上告人のした本件退職金債権を放棄する旨の意思表示
を有効と解した原判決は、違法である、というのである。
 原審の確定するところによれば、被上告会社に勤務していた上告人は、昭和四一
年八月二九日被上告会社との間で雇傭契約を同月末日限り解約する旨約したが、被
上告会社の就業規則の規定により算出すれば、上告人が退職時に受領しうるべき退
職金は、四〇八万二〇〇〇円であつた、ところで、上告人は、右解約に際し、「上
告人は被上告会社に対し、いかなる性質の請求権をも有しないことを確認する。」
旨の記載のある書面に署名して被上告会社に差入れたが、当時上告人の被上告会社
に対する請求権としては、右退職金債権以外には考えられなかつた、というのであ
り、原審は、右事実関係に基づき、上告人が退職に際し本件退職金債権を放棄する
旨の意思表示をしたものであると判断しているのであつて、右認定判断は、原判決
挙示の証拠関係に照らし、正当として首肯することができる。しかして、右事実関
係によれば、本件退職金は、就業規則においてその支給条件が予め明確に規定され、
被上告会社が当然にその支払義務を負うものというべきであるから、労働基準法一
一条の「労働の対償」としての賃金に該当し、したがつて、その支払については、
同法二四条一項本文の定めるいわゆる全額払の原則が適用されるものと解するのが
相当である。しかし、右全額払の原則の趣旨とするところは、使用者が一方的に賃
- 1 -
金を控除することを禁止し、もつて労働者に賃金の全額を確実に受領させ、労働者
の経済生活をおびやかすことのないようにしてその保護をはかろうとするものとい
うべきであるから、本件のように、労働者たる上告人が退職に際しみずから賃金に
該当する本件退職金債権を放棄する旨の意思表示をした場合に、右全額払の原則が
右意思表示の効力を否定する趣旨のものであるとまで解することはできない。もつ
とも、右全額払の原則の趣旨とするところなどに鑑みれば、右意思表示の効力を肯
定するには、それが上告人の自由な意思に基づくものであることが明確でなければ
ならないものと解すべきであるが、原審の確定するところによれば、上告人は、退
職前被上告会社の西日本における総責任者の地位にあつたものであり、しかも、被
上告会社には、上告人が退職後直ちに被上告会社の一部門と競争関係にある他の会
社に就職することが判明しており、さらに、被上告会社は、上告人の在職中におけ
る上告人およびその部下の旅費等経費の使用につき書面上つじつまの合わない点か
ら幾多の疑惑をいだいていたので、右疑惑にかかる損害の一部を填補する趣旨で、
被上告会社が上告人に対し原判示の書面に署名を求めたところ、これに応じて、上
告人が右書面に署名した、というのであり、右認定は、原判決挙示の証拠関係に照
らし首肯しうるところ、右事実関係に表われた諸事情に照らすと、右意思表示が上
告人の自由な意思に基づくものであると認めるに足る合理的な理由が客観的に存在
していたものということができるから、右意思表示の効力は、これを肯定して差支
えないというべきである。

 したがつて、前記各事実関係のもとにおいて、上告人のした本件退職金債権を放
棄する旨の意思表示を有効と解した原審の判断は、正当である。
 論旨は、ひつきよう、独自の見解に立脚し、または原審の適法に認定した事実に
反する事実もしくは原審の認定しない事実を前提にして原判決を非難するものであ
つて、採用することができない。
- 2 -
 同第二点について。
 乙第一号証には、本件退職金債権の放棄の趣旨が記載されているとした原審の認
定判断は、正当としてこれを是認することができる。原判決に所論の違法はなく、
論旨は採用することができない。
 同第三点について。
 所論の点に関する原審の認定判断は、正当としてこれを是認することができる。
原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官色川幸太郎の反対意見
があるほか、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

 裁判官色川幸太郎の反対意見は、次のとおりである。
 一 原判決の論理は、私の理解するところでは、次のような構造をとつている。
 1 請求原因に対する判断
   (1)本件退職金は賃金である。したがつて、労働基準法二四条一項の適用を
受ける。(2)しかし、上告人は、その請求権を放棄した。
 2 仮定抗弁(仮に、放棄したとしても、それは同条項の趣旨とする相殺禁止の
脱法行為だから無効だとする主張)に対する判断
   (1)同条項は、使用者による一方的相殺を禁止するものである。(2)労使双
方の合意による相殺でも、労働者の意思が事実上抑圧された結果であるときは無効
である。在職中の相殺はこれにあたる。(3)労働者が従業員たる地位を失つた後ま
たはその地位を離脱するに際してなされたものであるときは、労働者の抑圧された
意思によるということは考えられないから、有効である。(4)したがつて、上告人
による右放棄が合意による相殺の効果を得るためになされたものであつても無効で
はなく、同条項違反の問題はおきない。
 (以上のごとくであるが、ただ、原判決を検討すると、合意による相殺について
- 3 -
論じている有効無効の限界、すなわち、在職中ならば無効であるが、従業員たる地
位を失つた後、またはその地位を離脱するに際してのそれは有効である、との見解
が、放棄についても、そのままあてはまるものだとしているのかどうかには疑問が
ある。あるいは、放棄である以上、合意による相殺とことかわり、退職の前たると
否とを問わず当然有効であるとしているものであるのかも知れない。)
 これに対し、上告理由第一点は、使用者による一方的相殺はもちろん、相殺契約
も無効であり、相殺の目的を達するための放棄も同様であるとなし、原判決は労働
基準法二四条一項の解釈適用を誤つた違法をおかしていると主張するものであるが、
多数意見は、「本件のように、労働者たる上告人が退職に際しみずから賃金に該当
する本件退職金債権を放棄する旨の意思表示をした場合に、右全額払の原則が右意
思表示の効力を否定する趣旨のものであるとまで解することはできない。」と判示
したうえで、右論旨を独自の見解にすぎないとして斥けた(私も、放棄が同条項に
より常に無効になると考えるのではないから、この点に格別異を唱えるつもりはな
い。)。そして、多数意見が、放棄はすべて有効であるという一般論によつてこと
を処理することなく、事案に即してその判断を示したことは、評価に値するといえ
るであろう。
 二 ところで、原判決は、賃金たる性格を有する退職金請求権と使用者の労働者
に対して有する何らかの請求権との合意による相殺について、労働者が在職中にし
たものならばその効力が否定されるべきであるが、従業員たる地位を失つた後また
はその地位を離脱するに際しなされたものであるならば、その合意が労働者の抑圧
された意思によるとは考えられないから有効である、という。まことに、単純にし
て明快である。しかし、労働者の意思表示が使用者から抑圧された結果であるかど
うかの、認定に甚だ困難を感ずる問題を、かくのごとき機械的標準で割り切ること
ができるものであるかどうか、多く論ずるまでもないところであろう(多数意見も
- 4 -
「退職に際し」ての放棄について説示している。しかし、よもや右と同じく、在職
中と退職時との区別に重きをおき、これを唯一の標準として有効無効を判断しよう
としたわけではあるまい。)。
  もつとも、私は、原判決の説くところがすべて一顧に値せずとするものではな
い。私の理解に誤りがないとすれば、右の説示は、以下の主張を前提としているも
のではないであろうか。すなわち、合意による相殺であつても、労働者の当該意思
表示が使用者によつて抑圧された結果であるかぎり、その効力は、否定されるとい
うことである。もしそうであるならば、これは注目すべき見解たるを失わない。と
ころで、多数意見は、放棄について、その「効力を肯定するには、それが上告人の
自由な意思に基づくことが明確でなければならない」と判示している。自由な意思
によらない、瑕疵のある意思表示でも、民法上は取消し得るにすぎないのであるか
ら、賃金債権の放棄について、特にかくのごとき考え方をとる以上、原判決と、あ
る程度、発想を同じくするものというを妨げず、これならば私も同調をおしむもの
ではない。否むしろ、その点を一層強調したいと考えているのである。
 三 労働基準法二四条一項は、賃金の通貨による直接・全額払の大原則を打ち出
した。その例外は、但書所定の極めて限られた場合にしか認められていない。そし
て、使用者による違反に対しては、刑罰の制裁が定められていること、さらに、賃
金が労働者の唯一の生活源泉であり、したがつてその支払の確保はまさに公の秩序
に関するものであることなどを考えあわせるならば、同条項が強行法規であること
は疑をいれないところであり、これに牴触する法律行為は、もとより無効であると
いわなければならない。同法一七条は、同法二四条一項の特殊な場合として、いわ
ゆる前借金と賃金との相殺を厳しく禁止しており、したがつて、使用者による一方
的相殺はもとより、合意に基づく相殺もその効力を否定されるのであるが、右規定
の根本趣旨は、同法二四条一項の解釈においても、これを反映せしめるのが相当で
- 5 -
ある。もし、労働者の任意な法律行為であるという一事をもつて、同条項の適用が
全く排除されると解するならば、全額払の原則を無視するものというべきであろう。
例えば、労働者が第三者に自己の賃金請求権を譲渡した場合はどうであろうか。譲
渡行為が何ら他人から強制ないし抑圧されたものではなく、労働者の全く自由な意
思によつたものであつても、直接払の建前上、使用者としては、当該労働者以外の
者に賃金を支払うことは許されず、譲受人もこれを請求する権利が認められないわ
けであるから(最高裁昭和四〇年(オ)第五二七号同四三年三月一二日第三小法廷
判決・民集二二巻三号五六二頁)、譲渡は効力を生ずるに由ないことになる。この
ことは、自由な意思に基づく法律行為であつてさえ、直接払の原則によつて否定さ
れうることを示すものであつて、本件のような全額払の原則の射程を考える場合に
も、同じような解釈態度が要請されるというべきである(なお、放棄がなされると、
賃金請求権は消滅するのであるから、全額払の原則を云々する余地がないとする説
もあるようであるが、その意思表示が有効であるかどうかが、何よりもまず問題な
のである。)。
 四 ところで、労働基準法の解釈にあたつては、とくに、以下のことを銘記する
必要がある。すなわち、個々の労働者は到底使用者と対等の立場にはないのである
から、個々の労働者の具体的な場合における権利の放棄ないし不行使に、市民間の
取引におけると同様の法律効果を安易に認めていたのでは、労働者をして「人たる
に値する生活を営」(同法一条)ましめる上で、必然的に欠けるところを生ずる虞
れのあることである。同法二四条一項が刑罰の裏付けをもつて、賃金の支払いに関
し「最低の」基準を法定し、その原則によることができず、もしくはその適用を免
れる必要のある特殊例外の場合には、労働組合もしくはそれに代わる者の同意を得
ることを条件にしたごときも、上述の虞れに対する深い配慮のあらわれというべき
であろう。私的自治の美名の下に、労働者の使用者に対する屈従を拱手傍観してい
- 6 -
ては、労働基準法制定の趣旨は到底達成できるものではないのである。
 五 以上の次第であるから、本件で問題となつたような、相殺の合意または使用
者からの要請ないし働きかけによる放棄については、使用者の勢威によつて抑圧さ
れたものでなく、労働者の真に自由なる意思に出た場合にかぎつて、その効力が認
められるべきであり、したがつて、その点が明らかでない以上、相殺の合意または
放棄の効力は、全額払の原則の本旨に反するものとして否定されなければならない
と考える。とくに、放棄の場合は、相殺と異なり、労働者にとつて消滅させるべき
自己の債務がなく、失うのみで得るところがないのであるから、放棄が、使用者か
ら抑圧を受けたものでなく、真に自由な意思によるものであると認めるにあたつて
は、それによつて、当該労働者がいかなる事実上、法律上の利益を得たものである
かなど、労働者がその権利を放棄するにつき合理的な事情の存在したことが明らか
にせられなければならないであろう。もしかかる事情が立証されないときは、むし
ろ逆に、放棄が自由な意思によつたものでないことが推定されるというを妨げない。
  ところで、労働者が賃金の全額払の原則という強力な保護立法のあることを知
りながら、その庇護下にある自己の有利な立場を敢て自ら一擲し、賃金債権を何ら
の代償も受くることなく放棄するがごときことは、労働基準法の精神に副わない特
殊例外的な法現象である。そうだとすれば、放棄の有効・無効に関しての立証責任
は、使用者に負担せしめるのが相当であり、使用者が当該放棄をもつて有効である
と主張する場合には、放棄を相当とする合理的事情の存在を立証しなければならな
いと解するのである。
 六 右の見地で多数意見の説くところを検討してみよう。自由な意思によらない
放棄の効力を否定しようという態度が窺われることは前述のとおりであるから、立
証責任の点を除けば、一般論としては、私の見解としかく離れてはいないように見
受けられる。しかし、本件については、多数意見は、(イ)上告人が社内で重要な
- 7 -
ポストにあつたこと、(ロ)競争会社に就職するための退職であることが被上告会
社に判明していたこと、(ハ)経費の使用について書類上つじつまが合わず疑惑が
あり、その損害の一部補填の趣旨で英文の念書に署名を求めたところ、これに応じ
たものであること、以上の事実を指摘しただけで、何らの論証をもなすことなく、
ただちに、本件の放棄が自由な意思に基づくものであると「認めるに足る合理的な
理由が客観的に存在」したという結論を引き出しているのである。私は、これが放
棄を有効と認める合理的事情だとは到底考えることができない。上告人が社内で重
要なポストにあつたことや、競争会社に就職するものであることを会社側で知つて
いたということが、どうして自由な意思での抛棄であることを推定せしめる格別の
資料になり得るであろうか。会社の幹部職員が競争会社に移つたり引抜かれたりす
ることは、アメリカならば(被上告会社はアメリカ系であろう。)、日常茶飯事で
はないか。上告人が、被上告会社を後にして競争会社に就職するからといつて、何
らかの心理的な負い目を感じ、進んで退職金の受給を辞退したものと解すべき事情
は、記録上全く見当らないところである。もし、被上告会社の代表者が、それを裏
切りであるとか、不徳義であるとか責めたてたものだとすれば、そして上告人が古
い日本的感覚の持ち主だつたとすれば、多数意見のいうところも一応筋が通らない
わけではないが、しかしその追究叱責が度を過ごした場合には、かえつて逆に自由
意思を抑圧したことになりはしないか。経費使用上の疑惑云々については、原判決
の認定によれば念書に上告人が署名した際、そのことが明示されたものではなく、
また、退職金を右による「損害」の一部補填に役立てるということにしたのかどう
かについても記録上何ら窺われず、たかだか被上告会社代表者の内心の意図以上の
ものではないと考えられるのである。
  以上要するに本件においては、原判決が確定し、かつ、多数意見がよつてもつ
て自由な意思に出たことの根拠とする前示(イ)(ロ)(ハ)の諸事実は、個個と
- 8 -
しては勿論、これを綜合しても、上告人のした権利放棄がその自由なる意思による
ものであることを裏付けるに足る合理的事情というには全く当らないのである。し
かも、他にその種の事情の認むべきものがない以上、さきに説示したところに従い、
本件の放棄は上告人の自由な意思によるものでないことが推定されるというべく、
賃金全額払の原則に照らして、放棄の効力が否定されなければならないと考える。
 七 しかるに、原判決は、抑圧された意思による相殺の合意は無効であるとしな
がら、退職の際におけるそれは、当然に有効だとし、また、放棄するにいたつた経
緯についてはほとんど証拠調べをすることなく、したがつて十分な理由を付せずし
て放棄の効力を認めているのである。それ故、原判決には、労働基準法二四条一項
の解釈適用を誤り、審理不尽ひいては理由不備の違法をおかしているものであつて、
破棄差戻しを免れないものと考える。
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    村   上   朝   一
            裁判官    色   川   幸 太 郎
            裁判官    岡   原   昌   男
            裁判官    小   川   信   雄
- 9


労働34事件 全額払いの原則と賃金請求権の放棄―シンガー・ソーイング・メシーン事件

2012年03月11日 | 労働百選

労働34事件 全額払いの原則と賃金請求権の放棄―シンガー・ソーイング・メシーン事件

http://www.singerco.com/
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%82%AC%E3%83%BC_(%E4%BC%81%E6%A5%AD)
シンガー(英: Singer Corporation)は、ミシン製造会社。1851年、アメリカ合衆国生まれのアイザック・メリット・シンガー(ドイツ系ユダヤ人)がニューヨークの法律家エドワード・C・クラークと共に I.M. Singer & Co. として創業した。1865年に Singer Manufacturing Company に改称、1963年に The Singer Company に改称した。元々は全ての製造をニューヨーク市内の工場で行っていた。現在の本拠地はナッシュビル近郊のラ・バーグにある。

http://www.singerhappy.co.jp/sewing/
会社名 株式会社 シンガーハッピージャパン
本社所在地 〒110-0016 東京都台東区台東2丁目9番5号
電話番号 03-3837-1865(代表)
FAX番号 03-3837-0072
代表取締役会長 原田 孝一
代表取締役社長 羽鳥 新
設立年月日 昭和21年5月13日
資本金 16,000千円
事業内容 ・シンガーブランドの家庭用ミシン、職業用ミシンおよび付属品、
  裁縫小物等の日本国内における販売事業。
・ハッピーブランド製品の国内販売事業。
・業務用食品機器の国内販売事業。
主要取引先 国内特約店、取扱店、量販店

沿革
1946年5月 ハッピー工業株式会社(山形)にて製造のハッピーミシンの国内販売会社としてハッピーミシン販売株式会社設立。
1972年 業務用食品機器の販売を開始。
1983年6月 株式会社トウキョーハッピーに商号変更。
2000年11月 THE SINGER COMPANYとシンガーブランドの家庭用ならびに職業用ミシンの日本国内での販売についてライセンス契約の締結。
2000年11月 THE SINGER COMPANYとシンガーブランドの家庭用ならびに職業用ミシンの日本国内での販売についてライセンス契約の締結。
シンガー日鋼株式会社よりシンガー家庭用、職業用ミシンの日本国内での販売を継承。
2001年1月 株式会社シンガーハッピージャパンに商号変更。

なるほどシンガー
http://www.singerhappy.co.jp/sewing/naruhodo/index.html

http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=51945&hanreiKbn=02
事件番号 昭和44(オ)1073
事件名 退職金請求
裁判年月日 昭和48年01月19日
法廷名 最高裁判所第二小法廷
裁判種別 判決
結果 棄却
判例集等巻・号・頁 民集 第27巻1号27頁
原審裁判所名 東京高等裁判所
原審事件番号 昭和43(ネ)889
原審裁判年月日 昭和44年08月21日
判示事項
一、賃金にあたる退職金債権放棄の効力
二、賃金にあたる退職金債権の放棄が労働者の自由な意思に基づくものとして有効とされた事例
裁判要旨 
一、賃金にあたる退職金債権放棄の意思表示は、それが労働者の自由な意思に基づくものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するときは、有効である。
二、甲会社の被用者で西日本における総責任者の地位にある乙が、退職に際し、賃金にあたる退職金債権を放棄する旨の意思表示をした場合において、乙が退職後ただちに競争会社に就職することが甲に判明しており、また、乙の在職中における経費の使用につき書面上つじつまの合わない点から甲が疑惑をいだいて、その疑惑にかかる損害の一部を填補させる趣旨で退職金債権の放棄を求めた等判示の事情があるときは、右退職金債権放棄の意思表示は、乙の自由な意思に基づくものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在したものとして、有効とすべきである。
参照法条 労働基準法11条,労働基準法24条1項,民法91条,民法519条
全文  http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319120417252816.pdf


労働33事件 全額払いの原則と調整的相殺―福島県教組事件

2012年03月11日 | 労働百選

労働33事件 全額払いの原則と調整的相殺―福島県教組事件

http://www.jtu-net.or.jp/top.html
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%95%99%E8%81%B7%E5%93%A1%E7%B5%84%E5%90%88
日本教職員組合 (日教組)
Japan Teachers' Union(JTU)

日本教職員組合(にほんきょうしょくいんくみあい)は、日本の教員・学校職員による労働組合の連合体。略称は、日教組(にっきょうそ)。教員の労働組合連合体としては日本最大である。連合に加盟している。

 


設立年月日 1947年6月8日
組織形態 教職員組合
組合員数 約29万1000人(2008年現在)[1]
国籍  日本
本部所在地 東京都千代田区一ツ橋2丁目6−2日本教育会館
北緯35度41分39.3秒 東経139度45分22.4秒 / 北緯35.69425度 東経139.756222度 / 35.69425; 139.756222
加盟組織 Education International
支持政党 民主党、社会民主党
公式サイト ホームページ

http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=51878&hanreiKbn=02
事件番号 昭和40(行ツ)92
事件名 給与支払請求
裁判年月日 昭和44年12月18日
法廷名 最高裁判所第一小法廷
裁判種別 判決
結果 棄却
判例集等巻・号・頁 民集 第23巻12号2495頁
原審裁判所名 仙台高等裁判所
原審事件番号 昭和38(ネ)174
原審裁判年月日 昭和40年07月14日
判示事項 
一、賃金過払による不当利得返還請求権を自働債権とし、その後に支払われる賃金の支払請求権を受働債権としてする相殺と労働基準法二四条一項
二、公立中学校の教員につき、給与過払による不当利得返還請求権を自働債権とし、その後に支払われる給与の支払請求権を受働債権としてした相殺が労働基準法二四条一項の規定に違反しないとされた事例
裁判要旨 一、賃金過払による不当利得返還請求権を自働債権とし、その後に支払われる賃金の支払請求権を受働債権としてする相殺は、過払のあつた時期と賃金の清算調整の実を失わない程度に合理的に接着した時期においてされ、かつ、あらかじめ労働者に予告されるとかその額が多額にわたらない等労働者の経済生活の安定をおびやかすおそれのないものであるときは、労働基準法二四条一項の規定に違反しない。
二、公立中学校の教員に対して昭和三三年一二月一五日に支給された勤勉手当中に九四〇円の過払があつた場合において、昭和三四年一月二〇日頃右教員に対し過払金の返納を求め、この求めに応じないときは翌月分の給与から過払額を減額する旨通知したうえ、過払金の返還請求権を自働債権とし、同年三月二一日に支給される同月分の給料および暫定手当合計二万二九六〇円の支払請求権を受働債権としてした原判示の相殺(原判決理由参照)は、労働基準法二四条一項の規定に違反しない。
参照法条 労働基準法24条1項,民法505条1項,地方公務員法25条1項
全文 http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319120345479226.pdf

         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人らの負担とする。
         理    由
 上告代理人片岡政雄、同重松蕃の上告理由について。
 所論は、要するに、原判決が、その別紙一、二の請求金額内訳中、勤勉手当欄記
載の金額につき、これを被上告人が上告人らの昭和三四年二月分または三月分の給
与から減額した措置を是認し、右の減額にかかる金員に関する上告人らの支払請求
を棄却すべきものとした判断は、労働基準法二四条一項および民法五〇五条一項但
書の解釈を誤つたものである、というのである。
 原判決(付加、訂正のうえ引用する一審判決を含む。)の適法に確定したところ
によれば、本件係争給与の支給当時においては、上告人らが被上告人から受くべき
給料および暫定手当は毎月二一日にその月分を、また、勤勉手当は毎年六月一五日
および一二月一五日に所定の額を支給されることとなつていたところ、被上告人が
上告人らに対し昭和三三年一二月一五日に支給した勤勉手当には、上告人らが同年
九月五日から同月一五日までの間全一日または一定時間勤務しなかつたことにより
原判決別紙一、二の請求金額内訳中、勤勉手当欄記載の支給すべからざる金額をも
含んでいたので、被上告人は、その後、昭和三四年一月一五日から同月二〇日まで
の間に上告人らに対しそれぞれ過払金の返納を求め、かつ、この求めに応じないと
きには翌月分の給与から過払額を減額する旨通知したうえ、これを同年二月二一日
または三月二一日に支給さるべき同月分の給与から減額した、というのである。
 おもうに、右事実に徴すれば、被上告人の行つた所論給与減額は、被上告人が上
告人らに対して有する過払勤勉手当の不当利得返還請求権を自働債権とし、上告人
らの被上告人に対して有する昭和三四年二月分または三月分の給与請求権を受働債
- 1 -
権としてその対当額においてされた相殺であると解せられる。しかるところ、本件
につき適用さるべきものであつた労働基準法二四条一項では、賃金は、同項但書の
場合を除き、その全額を直接労働者に支払わなければならない旨定めており、その
法意は、労働者の賃金はその生活を支える重要な財源で日常必要とするものである
から、これを労働者に確実に受領させ、その生活に不安のないようにすることが労
働政策上から極めて必要であるとするにあると認められ、従つて、右規定は、一般
的には、労働者の賃金債権に対しては、使用者は使用者が労働者に対して有する債
権をもつて相殺することは許されないとの趣旨をも包含すると解せられる。
 しかし、賃金支払事務においては、一定期間の賃金がその期間の満了前に支払わ
れることとされている場合には、支払日後、期間満了前に減額事由が生じたときま
たは、減額事由が賃金の支払日に接着して生じたこと等によるやむをえない減額不
能または計算未了となることがあり、あるいは賃金計算における過誤、違算等によ
り、賃金の過払が生ずることのあることは避けがたいところであり、このような場
合、これを精算ないし調整するため、後に支払わるべき賃金から控除できるとする
ことは、右のような賃金支払事務における実情に徴し合理的理由があるといいうる
のみならず、労働者にとつても、このような控除をしても、賃金と関係のない他の
債権を自働債権とする相殺の場合とは趣を異にし、実質的にみれば、本来支払わる
べき賃金は、その全額の支払を受けた結果となるのである。このような事情と前記
二四条一項の法意とを併せ考えれば、適正な賃金の額を支払うための手段たる相殺
は、同項但書によつて除外される場合にあたらなくても、その行使の時期、方法、
金額等からみて労働者の経済生活の安定との関係上不当と認められないものであれ
ば、同項の禁止するところではないと解するのが相当である。この見地からすれば、
許さるべき相殺は、過払のあつた時期と賃金の清算調整の実を失わない程度に合理
的に接着した時期においてされ、また、あらかじめ労働者にそのことが予告される
- 2 -
とか、その額が多額にわたらないとか、要は労働者の経済生活の安定をおびやかす
おそれのない場合でなければならないものと解せられる。そして、所論引用の最高
裁判所判決(昭和三四年(オ)第九五号、同三六年五月三一日大法廷判決、民集一
五巻五号一四八二頁)が判示する前記二四条一項の解釈は、当該事件に即し、労働
者の債務不履行または不法行為によつて生じた使用者の労働者に対する損害賠償債
権と労働者の使用者に対する賃金債権との相殺に関連してされたものであるから、
本件のような賃金過払の場合の相殺についての叙上の解釈は、右最高裁判所判決の
趣旨と牴触するものではない。また、このような相殺は、所論民法五〇五条一項但
書にいう債務の性質が相殺を許さないときにはあたらないと解すべきである。
 そこで、本件についてみるに、原審の適法に確定した事実関係に徴すれば、被上
告人のした所論相殺は、前記説示するところに適い、許さるべきものと認められ、
従つてこれと同旨の原判決の判断は正当として首肯することができる。
 以上の次第で、原判決には所論の違法はすべて認められず、所論は、ひつきよう、
叙上の説示と異る独自の見解を前提とするものであつて、理由がなく、採用するこ
とはできない。
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員の一致で、
主文のとおり判決する。
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    長   部   謹   吾
            裁判官    入   江   俊   郎
            裁判官    松   田   二   郎
            裁判官    岩   田       誠
            裁判官    大   隅   健 一 郎
- 3 -


労働32事件 職務発明―オリンパス光化学工業事件その2

2012年03月11日 | 労働百選

http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=52324&hanreiKbn=02
事件番号 平成13(受)1256
事件名 補償金請求事件
裁判年月日 平成15年04月22日
法廷名 最高裁判所第三小法廷
裁判種別 判決
結果 棄却
判例集等巻・号・頁 民集 第57巻4号477頁
原審裁判所名 東京高等裁判所
原審事件番号 平成11(ネ)3208
原審裁判年月日 平成13年05月22日
判示事項
1 職務発明について特許を受ける権利等を使用者等に承継させた従業者等が勤務規則その他の定めによる対価の額が特許法35条3項及び4項の規定に従って定められる相当の対価の額に満たないときに不足額を請求することの可否
2 勤務規則その他の定めに対価の支払時期に関する条項がある場合における特許法35条3項の規定による相当の対価の支払を受ける権利の消滅時効の起算点
裁判要旨 
1 使用者等があらかじめ定める勤務規則その他の定めにより職務発明について特許を受ける権利又は特許権を使用者等に承継させた従業者等は,当該勤務規則その他の定めに使用者等が従業者等に対して支払うべき対価に関する条項がある場合においても,これによる対価の額が特許法35条3項及び4項の規定に従って定められる相当の対価の額に満たないときは,同条3項の規定に基づき,その不足する額に相当する対価の支払を求めることができる。
2 特許法35条3項の規定による相当の対価の支払を受ける権利の消滅時効は,使用者等があらかじめ定める勤務規則その他の定めに対価の支払時期に関する条項がある場合には,その支払時期から進行する。
参照法条 特許法35条,民法166条1項
全文 http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319120712615686.pdf

         主    文
1 本件上告を棄却する。
2 第1審判決主文第一項を次のとおり更正する。
  「一 被告は,原告に対し,228万9000円及びこれに対する平成7年
     3月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
     原告のその余の請求を棄却する。」
3 上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 第1 事案の概要
 1 本件は,上告人の従業員であった被上告人が,上告人に対し,職務発明につ
いて特許を受ける権利を上告人に承継させたことにつき,特許法35条3項の規定
に基づき,相当の対価の支払を求めた事案である。
 2 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
 (1) 上告人は,光学機械の製造販売等を業とする会社である。被上告人は,昭
和44年5月に上告人に入社し,同48年から同53年ころまでの間,上告人の研
究開発部に在籍して,ビデオディスク装置の研究開発に従事していた。被上告人は
,平成6年11月に上告人を退職した。
 (2) 被上告人は,昭和52年に,発明の名称を「ピックアップ装置」とする第
1審判決別紙特許目録記載3の発明(以下「本件発明」という。)をした。本件発
明は,上告人の業務範囲に属し,かつ,被上告人の職務に属するものであって,特
許法35条1項所定の職務発明に当たる。
 (3) 上告人においては,その従業者がした職務発明に関して,「発明考案取扱
規定」(以下「上告人規定」という。)が定められている。上告人規定には,従業
者の職務発明について特許を受ける権利が上告人に承継されること,上告人は,職
- 1 -
務発明をした従業者に対して工業所有権収入取得時報償等の報償を行うこと,上告
人が従業者の職務発明につき第三者から工業所有権収入を継続的に受領した場合に
は,受領開始日より2年間を対象として,上限額を100万円とする1回限りの工
業所有権収入取得時報償を行うことなどの定めがある。
 (4) 上告人は,上告人規定に基づいて,本件発明について特許を受ける権利を
被上告人から承継し,これにつき特許出願をして,特許権を取得した。上告人は,
この特許権を含めたピックアップ装置に関する多数の特許権及び実用新案権につき
,平成2年10月以降,ピックアップ装置の製造会社数社と実施許諾契約を締結し
て,その後継続的に実施料を受領した。
 (5) 被上告人は,本件発明について特許を受ける権利を上告人に承継させたこ
とに関して,上告人規定に基づき,昭和53年1月5日に出願補償として3000
円,平成元年3月14日に登録補償として8000円,同4年10月1日に工業所
有権収入取得時報償として20万円を上告人から受領した。
 3 原審は,以上の事実関係の下で,次のとおり判断し,本件における相当の対
価の額であると認定した250万円から被上告人が既に受領した工業所有権収入取
得時報償等の金額を差し引いた228万9000円の支払を求める限度で,被上告
人の請求を認容すべきものとした。
 (1) 職務発明について使用者等が定めた勤務規則その他の定めにより算出され
た対価の額が,特許法35条3項,4項所定の相当の対価に満たない場合には,従
業者等は,上記定めに基づき使用者等が算出した額に拘束されることなく,上記各
項による相当の対価を請求することができる。
 (2) 被上告人に対し工業所有権収入取得時報償が支払われた平成4年10月1
日までは,相当の対価の算定の基礎となる工業所有権収入が明らかではなく,被上
告人が受領し得る報償金の額が不確定であったから,被上告人が相当の対価の支払
- 2 -
を受ける権利を行使することを期待し得ない状況にあった。したがって,同日まで
は消滅時効が進行しないから,被上告人が本件訴訟を提起した同7年3月3日の時
点において,被上告人の上記権利の消滅時効は完成していない。
 第2 上告代理人大場正成,同鈴木修,同大平茂の上告受理申立て理由第1につ
いて
 1 特許法35条は,職務発明について特許を受ける権利が当該発明をした従業
者等に原始的に帰属することを前提に(同法29条1項参照),職務発明について
特許を受ける権利及び特許権(以下「特許を受ける権利等」という。)の帰属及び
その利用に関して,使用者等と従業者等のそれぞれの利益を保護するとともに,両
者間の利害を調整することを図った規定である。すなわち,(1) 使用者等が従業
者等の職務発明に関する特許権について通常実施権を有すること(同法35条1項)
,(2) 従業者等がした発明のうち職務発明以外のものについては,あらかじめ使
用者等に特許を受ける権利等を承継させることを定めた条項が無効とされること(
同条2項),その反対解釈として,職務発明については,そのような条項が有効と
されること,(3) 従業者等は,職務発明について使用者等に特許を受ける権利等
を承継させたときは,相当の対価の支払を受ける権利を有すること(同条3項),
(4) その対価の額は,その発明により使用者等が受けるべき利益の額及びその発
明につき使用者等が貢献した程度を考慮して定めなければならないこと(同条4項)
などを規定している。これによれば,使用者等は,職務発明について特許を受ける
権利等を使用者等に承継させる意思を従業者等が有しているか否かにかかわりなく
,使用者等があらかじめ定める勤務規則その他の定め(以下「勤務規則等」という。)
において,特許を受ける権利等が使用者等に承継される旨の条項を設けておくこと
ができるのであり,また,その承継について対価を支払う旨及び対価の額,支払時
期等を定めることも妨げられることがないということができる。しかし,いまだ職
- 3 -
務発明がされておらず,承継されるべき特許を受ける権利等の内容や価値が具体化
する前に,あらかじめ対価の額を確定的に定めることができないことは明らかであ
って,上述した同条の趣旨及び規定内容に照らしても,これが許容されていると解
することはできない。換言すると,勤務規則等に定められた対価は,これが同条3
項,4項所定の相当の対価の一部に当たると解し得ることは格別,それが直ちに相
当の対価の全部に当たるとみることはできないのであり,その対価の額が同条4項
の趣旨・内容に合致して初めて同条3項,4項所定の相当の対価に当たると解する
ことができるのである。したがって,【要旨1】勤務規則等により職務発明につい
て特許を受ける権利等を使用者等に承継させた従業者等は,当該勤務規則等に,使
用者等が従業者等に対して支払うべき対価に関する条項がある場合においても,こ
れによる対価の額が同条4項の規定に従って定められる対価の額に満たないときは
,同条3項の規定に基づき,その不足する額に相当する対価の支払を求めることが
できると解するのが相当である。
 2 本件においては,前記第1の2のとおり,上告人規定に,上告人の従業者が
した職務発明について特許を受ける権利が上告人に承継されること,上告人が工業
所有権収入を受領した場合には工業所有権収入取得時報償を行うものとするが,そ
の上限額は100万円とすることなどが規定されていたのであり,また,被上告人
は,上告人規定に従って,本件発明につき報償金を受領したというのである。そう
すると,特許法35条3項,4項所定の相当の対価の額が上告人規定による報償金
の額を上回るときは,上告人はこの点を主張して,不足額を請求することができる
というべきである。
 3 原審の上記第1の3(1)の判断は,以上の趣旨をいうものとして,是認する
ことができる。論旨は,独自の見解に立って原判決を非難するものにすぎず,採用
することができない。
- 4 -
 第3 同第3について
 1 職務発明について特許を受ける権利等を使用者等に承継させる旨を定めた勤
務規則等がある場合においては,従業者等は,当該勤務規則等により,特許を受け
る権利等を使用者等に承継させたときに,相当の対価の支払を受ける権利を取得す
る(特許法35条3項)。対価の額については,同条4項の規定があるので,勤務
規則等による額が同項により算定される額に満たないときは同項により算定される
額に修正されるのであるが,対価の支払時期についてはそのような規定はない。し
たがって,勤務規則等に対価の支払時期が定められているときは,勤務規則等の定
めによる支払時期が到来するまでの間は,相当の対価の支払を受ける権利の行使に
つき法律上の障害があるものとして,その支払を求めることができないというべき
である。そうすると,【要旨2】勤務規則等に,使用者等が従業者等に対して支払
うべき対価の支払時期に関する条項がある場合には,その支払時期が相当の対価の
支払を受ける権利の消滅時効の起算点となると解するのが相当である。
 2 本件においては,上告人規定に,上告人が工業所有権収入を第三者から継続
的に受領した場合には,受領開始日より2年間を対象として,1回限りの報償を行
う旨が定められていたこと,上告人が,平成2年10月以降,本件発明について実
施料を受領したことは,前記第1の2のとおりである。そうすると,上告人規定に
従って上記報償の行われるべき時が本件における相当の対価の支払を受ける権利の
消滅時効の起算点となるから,被上告人が本件訴訟を提起した同7年3月3日まで
に,被上告人の権利につき消滅時効期間が経過していないことは明らかである。
 3 所論の点に関する原審の上記第1の3(2)の判断は,結論において正当であ
り,原判決に所論の違法はない。論旨は採用することができない。
 第4 なお,第1審判決主文第一項に明白な誤りがあることがその理由に照らし
て明らかであるから,民訴法257条1項により主文のとおり更正する。
- 5 -
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 上田豊三 裁判官 金谷利廣 裁判官 濱田邦夫 裁判官 藤田
宙靖)
- 6


労働32事件 職務発明―オリンパス光化学工業事件

2012年03月11日 | 労働百選

労働32事件 職務発明―オリンパス光化学工業事件

http://www.olympus.co.jp/jp/
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%83%91%E3%82%B9#.E4.B8.BB.E8.A6.81.E5.AD.90.E4.BC.9A.E7.A4.BE
オリンパス株式会社 (Olympus Corporation) は、日本の光学機器・電子機器メーカーである。本社は、東京都新宿区西新宿。

オリンパス株式会社
Olympus Corporation 

種類 株式会社
市場情報 東証1部 7733 1949年上場
大証1部 7733 1954年 - 2009年
 
本社所在地 〒163-0914
東京都新宿区西新宿2-3-1 新宿モノリスビル
本店所在地 東京都渋谷区幡ヶ谷2-43-2
設立 1919年(大正8年)10月12日
業種 精密機器
事業内容 精密機械器具の製造販売
代表者 代表取締役社長執行役員 高山修一
資本金 483億32百万円
2009年(平成21年)3月31日現在
発行済株式総数 2億7128万3千株
売上高 単独 1,051億15百万円
連結 9,808億03百万円
(2009年3月期)
純資産 単独 939億99百万円
連結 1,687億84百万円
(2009年3月31日現在)
総資産 単独 6,276億10百万円
連結 1兆1,063億18百万円
(2009年3月31日現在)
従業員数 単独 3,308人
連結 36,503人
(2009年3月31日現在)
決算期 3月末日
主要株主
2011年3月31日現在。
1.日本生命保険 - 8.26%
2.日本トラスティ・サービス信託銀行(住友信託銀行再信託分・三井住友銀行退職給付信託口) - 7.74%
3.ステート・ストリート・バンク・アンド・トラストカンパニー - 6.03%
4.三菱東京UFJ銀行 - 4.89%
5.日本マスタートラスト信託銀行(信託口) - 4.74%
6.三井住友銀行 - 3.07%
7.テルモ - 2.51%
8.シンガポール政府投資公社 - 2.13%
 
主要子会社
オリンパスメディカルシステムズ株式会社
オリンパスイメージング株式会社
ITX株式会社
オリンパスビジネスクリエイツ株式会社
オリンパスメディカルサイエンス販売株式会社
長野オリンパス株式会社(旧オリンパスオプトテクノロジー株式会社)
会津オリンパス株式会社
青森オリンパス株式会社
白河オリンパス株式会社
ティーメディクス株式会社
株式会社オリンパスエンジニアリング
オリンパスソフトウェアテクノロジー株式会社
オリンパス知的財産サービス株式会社
オリンパスデジタルシステムデザイン株式会社
オリンパステルモバイオマテリアル株式会社
オリンパスメモリーワークス株式会社
オリンパスリース株式会社
オリンパスロジテックス株式会社
オリンパスサポートメイト株式会社
株式会社AVS
オリンパスシステムズ株式会社
オリンパスビジュアルコミュニケーションズ株式会社


労働31事件 労使慣行の効力―商大八戸ノ里ドライビングスクール事件

2012年03月11日 | 労働百選

労働31事件 労使慣行の効力―商大八戸ノ里ドライビングスクール事件

株式会社商大八戸ノ里ドライビングスクール

http://www.yaenosato.com/

見出し 民法92条により法的拘束力のある労使慣行が成立していると認められるためには、同種の行為又は事実が一定の範囲において長期間反復継続して行われていたこと、労使双方が明示的にこれによることを排除・排斥していないこと、当該慣行が労使双方特に使用者側の規範意識によって支えられていることを要する
事件概要

 [事件の概要]
 Y社の経営する自動車教習所には、二つ組合があった。
 Y社は、昭和47年、訴外労働組合と「特定日が祭日と重なった場合には特定休日の振替は行わない」などの47確認書を取り交わした。
 その後、昭和52年に、A労働組合とも、前記趣旨はと同様の52確認書が取り交わされていた。
 ○ しかし、実際の運用は、47確認書、52確認書とも異なる実態が認められた。
 ○ 具体的には、特定日が祭日と重なったとき、翌火曜日に出勤した限りで、特定日に出勤したものとして休出手当が支給されたという取扱慣行があった-<第1類型>、また、就業規則では休憩時間を除く所定内労働時間に対して能率手当が支給されることとなっていたが、運用では、夏期・年末年始の休暇で就労しなかった者に対しても能率手当は支給されていた-<第3類型>

 昭和62年5月、Y社勤労部長が代わった後、従業員の処遇について労働協約や就業規則どおりに行う方針で臨んだことから、Aの労働組合員らが、従来どおりの取扱いを求めて提訴したものである。

[裁判の経過]
 一審は労働者らの請求を認容したが、控訴審は、これを棄却したため、労働者らが上告していた。

 関係法条 民法92条、労働基準法89条
分類項目 28その他の労働契約 (労使慣行、就業規則と慣行)
判決年月日 1995年 03月 09日 
裁判所名 最高裁一小
事件番号 平成5(オ)2031 
出典文献 労働判例/全基連/百選024/判命08-068
審級関係 大阪高裁H5.6.25/大阪地裁H4.6.29
判決理由
 「原審の適法に確定した事実関係の下においては、上告人らの請求をいずれも理由がないとした原審の判断は、結論において正当として是認することができる。論旨は採用することができない。 」


○ 最高裁が、上記判決において「是認することができる」とした原審判断の要旨はつぎのとおり。

[大阪高裁H5.6.25平成4(ネ)1581]

 「民法92条により法的効力のある労使慣行が成立していると認められるためには,同種の行為又は事実が一定の範囲において長期間反復継続して行なわれていたこと,労使双方が明示的にこれによることを排除・排斥していないことのほか,当該慣行が労使双方の規範意識によって支えられていることを要し,使用者側においては,当該労働条件についてその内容を決定しうる権限を有している者か,又はその取扱いについて一定の裁量権を有する者が規範意識を有していたことを要するものと解される。

 そして,その労使慣行が右の要件を充たし 事実たる慣習として法的効力が認められるか否かは,その慣行が形成されてきた経緯と見直しの経緯を踏まえ,当該労使慣行の性質・内容,合理性,労働協約や就業規則等との関係,当該慣行の反復継続性の程度・・,定着の度合い,労使双方の労働協約や就業規則との関係についての意識,その間の対応等諸般の事情を総合的に考慮して決定すべきものであり,この理は,右の慣行が労使のどちらに有利であるか不利であるかを問わないものと解する。

 それゆえ,労働協約,就業規則等に矛盾抵触し,これによって定められた事項を改廃するのと同じ結果をもたらす労使慣行が事実たる慣習として成立するためには,その慣行が相当長期間,相当多数回にわたり広く反復継続し,かつ,右慣行についての使用者の規範意識が明確であることが要求される」。


○具体的判断
 これを第1類型についてみると,「47確認書取り交わしの後にかかる取扱いがなされた端緒やその理由は明らかではないし,控訴人Yにおいて,47確認書の明文に反する取扱いが従業員一般に広く行われていることの明確な意識があったとは認められないのであって,このことは,52確認書・・の規定については労使双方から異論なく承認されており,特に見直しや改廃の申し出がなされたことはなかったことからも明らかである」。
 また,訴外Cが「第1類型の取扱いを知るに及んで直ちにこれを誤りとして前記確認書どおりに戻すことにしたことなどの事情を総合考慮すると,Yにおいて,第1類型の取扱いにつき,これによって労使関係を処理するという明確な規範意識を有していたものとは認め難い」。

 第3類型についても,「賃金体系の基本原則に反する取扱いをした端緒や理由は明らかではなく」,組合との交渉に際してもYが「能率手当が実際に就業した時間に対し支払われるものであるとの原則に従った提案」をしていることなどの事情を総合考慮すると,能率手当について「就業規則,賃金規則の原則規定に反する取扱いをするという明確な規範意識があったものと認めることはできない。