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平成18年度重要判例解説労働法4事件

2012年03月27日 | 労働重判

労働法4事件 時限ストに対するロックアウトの正当性―安威川生コンクリート工業事件

http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=32909&hanreiKbn=02
事件番号 平成15(受)723
事件名 賃金支払請求事件
裁判年月日 平成18年04月18日
法廷名 最高裁判所第三小法廷
裁判種別 判決
結果 破棄自判
判例集等巻・号・頁 民集 第60巻4号1548頁
原審裁判所名 大阪高等裁判所
原審事件番号 平成7(ネ)656
原審裁判年月日 平成14年12月27日
判示事項 時限ストライキ等の争議行為のため受注を返上せざるを得なくなったことなどにより損害を被った生コンクリート製造販売業者のしたロックアウトが使用者の正当な争議行為と認められた事例
裁判要旨 生コンクリート製造販売業者が時限ストライキ等の争議行為に対しロックアウトをした場合において,上記時限ストライキの態様から,上記業者は,取引慣行上,その日の受注の全部を返上するなどして,終日事実上休業の状態にせざるを得ず,時限ストライキが解除された後に従業員が提供した労務は,就労しなかった時間に係る減額がされた後の賃金にも到底見合わないものであったこと,上記業者は,上記争議行為が開始された後,受注が減少して資金繰りが著しく悪化し,納入先の信用も損なわれ,甚大な損害を被ったこと,上記争議行為における従業員らの要求は,同人ら全員が以前所属していた組合と上記業者との間に成立していた合意を,同人らが上記組合を脱退した直後に覆そうとするものであることなど判示の事情の下では,上記ロックアウトは,衡平の見地からみて,上記争議行為に対する対抗防衛手段として相当であり,使用者の正当な争議行為と認められる。
参照法条 労働組合法8条,労働関係調整法7条
全文 http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20061020160220.pdf

主文
原判決のうち上告人の敗訴部分を破棄する。
前項の部分につき被上告人らの控訴をいずれも棄却する。
控訴費用及び上告費用は被上告人らの負担とする。
理由
上告代理人池田俊,同奥村正道の上告受理申立て理由について
1 本件は,生コンクリートの製造等を営む上告人に雇用され,車両の運転等の
業務に従事してきた被上告人らが,上告人の行ったロックアウトにより就労するこ
とができなかった期間に係る賃金の支払等を求めている事案である。
2 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
(1) 上告人は,生コンクリート(以下「生コン」という。)の製造及び販売を
営む資本金1000万円の株式会社であり,A協同組合(以下「協同組合」とい
う。)に加入している。被上告人らは,上告人に雇用され,コンクリートミキサー
車の運転等の業務に従事してきた。上告人の従業員は,管理職を除けば,後記の本
件争議行為当時,被上告人らのほかにはいなかった。
(2) 上告人の従業員が加入していた労働組合(以下「旧組合」という。)は,
昭和58年10月10日,B労組(以下「B労組」という。)とC労組(以下「C
労組」という。)とに分かれた。この際,被上告人らは,いずれもC労組に加入し
た。
(3)ア上告人は,C労組所属の従業員に対する解雇をめぐるC労組との協議に
おいて,この解雇を無効と認めた上で,昭和57年に旧組合がした争議行為の責任
をC労組において追及すべきこと,同争議行為により上告人の被った損害を回復す
- 2 -
るための同62年3月までの賃上げの停止及び一時金の不支給を受け入れるべきこ
となどから成る6項目の要求をした。次いで,上告人は,上記要求に係る措置を実
施するとして,C労組及びB労組に対し,同59年10月29日付けで,労働条件
の切下げ(労働時間の延長,割増賃金の減額等),同62年3月までの賃上げの停
止及び一時金の不支給等を申し入れた。
イこれに対し,C労組は,昭和60年4月11日,上記要求について解決に努
力することなどを上告人との間で合意し,さらに,同年6月25日,上記の争議に
おける旧組合の行為のすべてが正しかったとは考えていない旨を表明した。もっと
も,上記の労働条件の切下げの実施に対しては,C労組所属の従業員(被上告人ら
を含む。)が,それまでの労働条件による割増賃金等の仮払の仮処分を申し立てて
争ったが,結局,上告人とC労組との間で,同61年5月17日,上告人からの金
員の支払と引換えに,C労組が,同62年3月20日まで,上記の労働条件の切下
げを受け入れ,賃上げの停止,一時金の不支給等にも応ずるとの合意が成立し,上
記仮処分申立ては取り下げられた。
ウB労組は,昭和59年12月13日,昭和59年度から同61年度までの3
年間企業再建に協力し,賃上げ及び一時金支給の凍結を受け入れることなどについ
ては上告人と合意したが,前記の労働条件の切下げの実施に対しては抗議した。
その後,上告人の従業員でB労組に所属するものは,全員が退職した。
(4) 上告人の従業員でC労組に所属するもの(被上告人らを含む。)は,昭和
62年9月16日,C労組を脱退し,その当時上告人の従業員で所属するものはい
なくなっていたB労組に加入した。B労組は,同日,上告人に対し,賃上げの凍結
を解除し,さかのぼって賃上げ及び一時金支給をし,かつ,切り下げられた労働条
- 3 -
件をさかのぼって旧に復し,賃金差額の全額及び一時金を支払うよう要求して団体
交渉を申し入れた。
団体交渉において,上告人は,前記の6項目の要求についての解決策を先に協議
すべきであるなどの主張をしたが,B労組及び被上告人らは,C労組が先にした同
61年5月17日付け合意には拘束されないとして交渉を決裂させた。
(5) 被上告人らは,昭和62年11月5日に24時間ストライキを行い,更に
同月13日,26日,同年12月2日,7日,14日,15日にもそれぞれ1時間
ないし8時間の時限ストライキを行ったほか(以下,これらのストライキを併せて
「本件ストライキ」という。),車両の運転速度を殊更に落とす,生コンの車両積
載量を減らす,納入先工事現場への輸送等の途中であるにもかかわらず休憩を取る
ため生コンを上告人の工場に持ち帰るなどの怠業的行為(以下,これらの行為と本
件ストライキとを併せて「本件争議行為」という。)にも及んだ。このため,上告
人は,管理職等を動員して持ち帰られた生コンを納入先に輸送するなどの対応をし
なければならず,納入先では工程に遅れが生じた。
(6)ア協同組合に加入している業者による生コンの製造及び販売に関しては,
需要者からD協同組合へ,更に協同組合へと順次注文がされ,これを受けて,協同
組合が加入業者に対し実績に基づきあらかじめ定めてある配分率に従って決めた量
を日々発注して売買契約を締結し,加入業者が受注した生コンを協同組合の指定し
た納入先に納入するという方式の取引が行われていた。上告人の売上げも,大半は
この方式によるものであった。
協同組合に加入している業者は,ストライキが行われた場合,それにより出荷不
能となった分の受注を協同組合に返上し,協同組合がその分を他の業者に割り替え
- 4 -
て発注し直すこととしていたが,ストライキの解除時期が不明な場合には,出荷不
能となる注文がどれほどであるかが判明しないため,業者は,その日に割り当てら
れた分の受注の全部を返上するほかなかった。
また,業者において争議が発生し,ストライキが予告なく行われることが見込ま
れる場合には,発注先業者を当日急きょ割り替えることにより対処するのが容易で
ないため,協同組合は,当該業者に割り当てる注文をあらかじめ定めてある配分率
による量よりも大幅に減らし,業者もそれを受け入れるのが慣例であった。
イ本件ストライキは,事前には通告しないか,又はせいぜい開始約3分前に通
告して開始し,解除時期の予告はせず,上告人が割り当てられたその日の受注を協
同組合に返上したころ合いを見計らって解除するという態様で繰り返された。その
ため,上告人は,その日の受注の全部を返上して,終日,事実上休業の状態にせざ
るを得ず,また,協同組合からの割当てそのものを大幅に減らされることも受け入
れざるを得なかった。
これにより,上告人は,昭和62年11月にはあらかじめ定められた配分率から
予定されていた量の23%,同年12月(同月1日から19日まで)には同じく1
3%しか受注及び出荷をすることができず,その結果,売上げが1億1000万円
以上減少し,資金繰りが著しく悪化した。
さらに,前記のとおり上告人の生コンの納入の遅れにより納入先の工程の遅延が
生じたため,上告人の取引上の信用は少なからず害された。
(7) そこで,上告人は,昭和62年12月20日,被上告人らに対しロックア
ウトを行う旨を通告してその工場への立入り及び就労を拒否した(以下,これによ
るロックアウトを「本件ロックアウト」という。)。このため,現場作業員として
- 5 -
就労する者が皆無となり,上告人の操業は全面的に停止した。上告人は,被上告人
らに対し,同月21日以降の分の賃金を支払っていない。
B労組及び被上告人らは,それぞれ,上告人に対し,本件ロックアウトは容認す
ることができないから,直ちにこれを解除し,B労組の要求について解決をするこ
とを求める旨の申入れをした。
上告人は,本件ロックアウト開始後も,被上告人らとの間では交渉を続け,同6
3年11月23日には,被上告人らが退職した上,会社を設立し,上告人から生コ
ンの輸送を請け負うこととすることでおおむね交渉がまとまったが,B労組の委員
長の反対により,結局合意の成立には至らなかった。
上告人は,平成元年1月ころ事業の継続を断念した。
3 原審は,上記事実関係の下において次のとおり判断し,本件ロックアウトに
正当性を認めることはできないとして,被上告人らの賃金請求を一部認容すべきも
のとした。
(1) 本件争議行為においては,上告人の被上告人らに対する賃金の負担は,被
上告人らの提供した労務に見合わないものとなっており,被上告人らの就労を受け
入れて賃金の支払を継続するのは,上告人の損害を拡大することになる。しかし,
本件争議行為は,暴力的態様のものではなく,また,上告人は,操業再開の努力を
全くといってよいほどしていない。そうすると,本件争議行為によって上告人が著
しく不利な圧力を受けたとまではいえない。
(2) 上告人とC労組との間に成立していた昭和61年5月17日付けの合意
は,同62年3月20日までの暫定的措置を約したにすぎず,権利放棄を明確に定
めたものではないから,これとの関係からみても,本件争議行為を労使間の信義に
- 6 -
反するものとはいえない。
(3) 上記の各点に加え,上告人が操業再開に向けた真しな努力をしているとは
評価し難いことを考慮すれば,本件ロックアウトは,被上告人らの要求に対して一
切妥協しないために強行されたものであり,防衛手段としての域を超え,攻撃的な
意図をもってされたものというべきであるから,正当性を認めることができない。
4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次
のとおりである。
(1) 個々の具体的な労働争議の場において,労働者の争議行為により使用者側
が著しく不利な圧力を受けることになるような場合には,衡平の原則に照らし,労
使間の勢力の均衡を回復するための対抗防衛手段として相当性を認められる限りに
おいては,使用者の争議行為も正当なものとして是認されると解すべきであり,使
用者のロックアウトが正当な争議行為として是認されるかどうかも,上記に述べた
ところに従い,個々の具体的な労働争議における労使間の交渉態度,経過,組合側
の争議行為の態様,それによって使用者側の受ける打撃の程度等に関する具体的諸
事情に照らし,衡平の見地からみて労働者側の争議行為に対する対抗防衛手段とし
て相当と認められるかどうかによってこれを決すべきである。このような相当性を
認めることができる場合には,使用者は,正当な争議行為をしたものとして,当該
ロックアウトの期間中における対象労働者に対する個別的労働契約上の賃金支払義
務を免れるものというべきである(最高裁昭和44年(オ)第1256号同50年
4月25日第三小法廷判決・民集29巻4号481頁,最高裁昭和51年(オ)第
541号同55年4月11日第二小法廷判決・民集34巻3号330頁,最高裁昭
和53年(行ツ)第29号同58年6月13日第二小法廷判決・民集37巻5号6
- 7 -
36頁参照)。
(2) 本件についてこれをみると,前記事実関係によれば,次のように解するの
が相当である。
ア本件争議行為のうちの時限ストライキは,事前には通告しないか,又は直前
に通告して開始し,上告人が割り当てられたその日の受注を協同組合に返上したこ
ろ合いを見計らって解除するという態様で6回にわたり繰り返された。そのため,
これらがいずれも比較的短時間の時限ストライキであったにもかかわらず,上告人
は,取引慣行上,その日の受注を全部返上するなどして,終日,事実上休業の状態
にせざるを得なかった。このような状況においては,被上告人らの提供した労務
は,ストライキにより就労しなかった時間に係る減額がされた後の賃金にも到底見
合わないものであり,かえって上告人に賃金負担による損害を被らせるだけのもの
であった。そして,上告人は,本件争議行為が開始された後は,受注が減少して資
金繰りが著しく悪化し,納入先の信用も損なわれたというのであるから,本件争議
行為によって上告人が被った損害は,その規模等からみて甚大なものであったとい
うべきである。
このような本件争議行為の態様及びこれによって上告人の被った打撃の程度に照
らすと,上告人が本件争議行為により著しく不利な圧力を受けたことは明らかであ
る。本件争議行為が暴力的態様のものではなかったことなどの原審の指摘する事情
は,上告人が上記のようにして著しく不利な圧力を受けたことを否定する理由にな
るものではない。
イ上告人とC労組との間に成立していた昭和61年5月17日付けの合意は,
確認書の文言やその締結に至る経緯を考慮すれば,① 同59年11月1日から同
- 8 -
62年3月20日までの期間については,上告人による申入れのとおり切り下げら
れた労働条件に従って賃金請求権が発生するものとし,C労組は,その期間の賃金
については引上げの要求をせず,同期間に係る一時金の支払も要求しない,② 同
月21日以降の労働条件は,従来の労働協約を基本として協議し,同日以降の期間
に係る賃金についての引上げ及び一時金の支払についても協議するという趣旨のも
のと解するのが相当である。一方,本件争議行為におけるB労組の要求は,そ及的
な賃上げ並びに一時金及び割増賃金の支払を求めるというものであり,上記合意を
覆すものであることが明らかである。そして,本件争議行為当時B労組に所属して
いた上告人の従業員は,被上告人らを含め,上記合意の当時は皆C労組に属してい
たのであるから,C労組との間に成立していた合意を覆すような要求を,しかも,
C労組を脱退した直後に持ち出すのは,労使間の信義の見地からみて相当な交渉態
度とはいい難い。
労使間のこのような交渉態度,経過からすると,本件争議行為に対し上告人が本
件ロックアウトをもって臨んだことも,やむを得ないところであったということが
できる。
ウ本件争議行為が開始される以前から上告人が事業を放棄する機をうかがって
いたというような事情は見当たらない。また,本件争議行為の態様及びそれによる
打撃の程度等からすると,上告人としては,操業再開を図るより先に,過重な賃金
の負担を免れるためまずはロックアウトによってこれに対抗しようとするのもやむ
を得ないものというべきである。したがって,本件ロックアウトをもって攻撃的な
意図でされたものとみるのは当たらない。
エ上記アないしウに説示したところその他前記事実関係によれば,本件ロック
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アウトは,本件争議行為の態様,それによって上告人の受ける打撃の程度,争議に
おける上告人と被上告人ら及びB労組との交渉態度,経過に関する具体的事情に照
らし,衡平の見地からみて,本件争議行為に対する対抗防衛手段として相当と認め
られるものというべきである。
5 上記のとおり,原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の
違反がある。論旨は理由があり,原判決のうち上告人の敗訴部分は破棄を免れな
い。そして,以上説示したところによれば,被上告人らの賃金請求は全部理由がな
いから,これを棄却した第1審判決は正当であり,被上告人らの控訴をいずれも棄
却すべきである。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官濱田邦夫裁判官上田豊三裁判官藤田宙靖裁判官
堀籠幸男)


事例研究行政法[問題14]

2012年03月27日 | 行政百選

名古屋地方裁判所平成15年05月29日
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=7637&hanreiKbn=04
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/981AF697B91799E349256D6300266B5A.pdf

http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=36793&hanreiKbn=05
事件番号 平成19(行ウ)227
事件名 在留特別許可処分義務付け等請求事件
裁判年月日 平成20年02月29日
裁判所名 東京地方裁判所 
分野 行政
判示事項 
1 在留特別許可の義務付けを求める訴えの性質
2 日本国籍を有する女性と約16年間にわたる共同生活を続けたガーナ共和国国籍を有する男性がした,出入国管理及び難民認定法49条1項に基づく異議の申出に対し,法務大臣から権限の委任を受けた入国管理局長がした同申出には理由がない旨の裁決の取消し及び在留特別許可の義務付けを求めた各請求が,いずれも認容された事例
裁判要旨 
1 出入国管理及び難民認定法50条1項に基づく在留特別許可は,同法49条1項に基づく異議の申出があったときに初めて付与され得るものであるところ,法務大臣が同法50条1項の判断権限を発動し,その結果在留特別許可が付与されるか否かは,異議の申出をした容疑者にとって本邦への在留が認められるか否かの重大な利益にかかわる事柄であり,このような容疑者の重大な利益にかかわる判断権限を法務大臣の裁量で発動しないことが許されているとは到底解し得ないから,法務大臣は,異議の申出を受理し,同申出に理由がないと認める場合には,当該容疑者が同法50条1項各号に該当するか否かを審査する義務があり,その結果,その者に在留特別許可を付与すべきであると判断したときは,その旨の許可処分を,在留特別許可を付与すべきでないと判断したときは,異議の申出が理由がない旨の裁決をそれぞれ行うことによって,在留特別許可の許否についての判断の結果を当該容疑者に示す義務があると解するのが相当であるとした上,このような仕組みによれば,同法は,同法49条1項の異議の申出権を,法50条1項の在留特別許可を求める申請権としての性質を併せ有するものとして規定し,かつ,当該申請に対しては在留特別許可を付与するか否かの応答をすべき義務を法務大臣に課したものと解するのが自然であるから,在留特別許可の義務付けを求める訴えは,行政事件訴訟法3条6項2号に規定するいわゆる申請型義務付けの訴えと解するのが相当である。
2 日本国籍を有する女性と約16年間にわたり共同生活を続けたガーナ共和国国籍を有する男性がした,出入国管理及び難民認定法49条1項に基づく異議の申出に対し,法務大臣から権限の委任を受けた入国管理局長がした同申出には理由がない旨の裁決の取消し及び在留特別許可の義務付けを求めた各請求につき,本邦への在留を希望する外国人が,日本人との間に法律上又は事実上の婚姻関係がある旨を主張し,当該日本人も当該外国人の本邦への在留を希望する場合において,両者の関係が,両性が永続的な精神的及び肉体的結合を目的として真摯な意思をもって共同生活を営むという婚姻の本質に適合する実質を備えていると認められる場合には,当該外国人に在留特別許可を付与するか否かの判断に当たっても,そのような事実は重要な考慮要素としてしん酌されるべきであり,他に在留特別許可を不相当とするような特段の事情がない限り,当該外国人に在留特別許可を付与しないとする判断は,重要な事実に誤認があるために全く事実の基礎を欠く判断,又は事実に対する評価が明白に合理性を欠くために社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことが明らかな判断として,裁量権の逸脱,濫用となるものと解するのが相当であるとした上,前記ガーナ共和国国籍を有する男性は,日本国籍を有する女性と約16年間の長期にわたる共同生活を続けてきたものであり,この間の生活状況は,内縁関係と呼ぶにふさわしい実質を備えたものであったことがうかがわれ,前記裁決の翌日には婚姻の届出がされたことにより法律上の婚姻関係も成立していることなどに照らせば,前記入国管理局長は,前記裁決に当たり,前記男性と女性との関係が婚姻の本質に適合する実質を備えていると認められるにもかかわらず,これを誤認したか,又は,これを過小に評価することによって,前記男性に在留特別許可を付与しないとの判断をしたものということができ,他に在留特別許可を不相当とするような特段の事情が認められない以上,前記判断は裁量権の逸脱,濫用になるというべきであるとして,前記裁決の取消請求を認容し,在留特別許可の義務付けの請求については,在留資格及び在留期間等の条件を指定しないで認容した事例
全文 http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080911094915.pdf


小田急高架本案最判平成18年11月2日

2012年03月27日 | 労働百選

小田急本案
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=33756&hanreiKbn=02
事件番号 平成16(行ヒ)114
事件名 小田急線連続立体交差事業認可処分取消,事業認可処分取消請求事件
裁判年月日 平成18年11月02日
法廷名 最高裁判所第一小法廷
裁判種別 判決
結果 棄却
判例集等巻・号・頁 民集 第60巻9号3249頁
原審裁判所名 東京高等裁判所
原審事件番号 平成13(行コ)234
原審裁判年月日 平成15年12月18日
判示事項 
都知事が行った都市高速鉄道に係る都市計画の変更が鉄道の構造として高架式を採用した点において裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとして違法であるとはいえないとされた事例
裁判要旨 
都知事が都市高速鉄道に係る都市計画の変更を行うに際し鉄道の構造として高架式を採用した場合において,(1)都知事が,建設省の定めた連続立体交差事業調査要綱に基づく調査の結果を踏まえ,上記鉄道の構造について,高架式,高架式と地下式の併用,地下式の三つの方式を想定して事業費等の比較検討をした結果,高架式が優れていると評価し,周辺地域の環境に与える影響の点でも特段問題がないと判断したものであること,(2)上記の判断が,東京都環境影響評価条例(昭和55年東京都条例第96号。平成10年東京都条例第107号による改正前のもの)23条所定の環境影響評価書の内容に十分配慮し,環境の保全について適切な配慮をしたものであり,公害対策基本法19条に基づく公害防止計画にも適合するものであって,鉄道騒音に対して十分な考慮を欠くものであったとはいえないこと,(3)上記の比較検討において,取得済みの用地の取得費等を考慮せずに事業費を算定したことは,今後必要となる支出額を予測するものとして合理性を有するものであることなど判示の事情の下では,上記の都市計画の変更が鉄道の構造として高架式を採用した点において裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとして違法であるということはできない。
参照法条 都市計画法(平成4年法律第82号による改正前のもの)13条1項,都市計画法(平成4年法律第82号による改正前のもの)21条2項,都市計画法(平成11年法律第87号による改正前のもの)18条1項,公害対策基本法19条,東京都環境影響評価条例(昭和55年東京都条例第96号。平成10年東京都条例第107号による改正前のもの)23条
全文 http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20061102165402.pdf

主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
理由
上告代理人斉藤驍ほかの上告受理申立て理由(原告適格に係る所論に関する部分
を除く。)について
第1 事案の概要等
1 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
(1) 建設大臣は,昭和39年12月16日付けで,旧都市計画法(大正8年法
律第36号)3条に基づき,世田谷区喜多見町(喜多見駅付近)を起点とし,葛飾
区上千葉町(綾瀬駅付近)を終点とする東京都市計画高速鉄道第9号線(昭和45
年の都市計画の変更以降の名称は「東京都市計画都市高速鉄道第9号線」であ
る。)に係る都市計画(以下「9号線都市計画」という。)を決定した。
(2) 被上告参加人は,9号線都市計画について,都市計画法(平成4年法律第
82号による改正前のもの)21条2項において準用する同法18条1項に基づく
変更を行い,平成5年2月1日付けで告示した(以下,この都市計画の変更を「平
成5年決定」という。)。平成5年決定は,小田急小田原線(以下「小田急線」と
いう。)の喜多見駅付近から梅ヶ丘駅付近までの区間(以下「本件区間」とい
う。)について,成城学園前駅付近を掘割式とするほかは高架式を採用し,鉄道と
交差する道路とを連続的に立体交差化することを内容とするものであり,小田急線
の複々線化とあいまって,鉄道の利便性の向上及び混雑の緩和,踏切における渋滞
の解消,一体的な街づくりの実現を図ることを目的とするものである。
- 2 -
(3) 平成5年決定がされた経緯等は,次のとおりである。
ア東京都は,9号線都市計画に係る区間の一部である小田急線の喜多見駅から
東北沢駅までの区間において,踏切の遮断による交通渋滞や市街地の分断により日
常生活の快適性や安全性が阻害される一方,鉄道の車内混雑が深刻化しており,鉄
道の輸送力が限界に達しているとして,上記区間の複々線化及び連続立体交差化に
係る事業の必要性及び緊急性について検討するため,昭和62年度及び同63年度
にわたり,建設省の定めた連続立体交差事業調査要綱(以下「本件要綱」とい
う。)に基づく調査(以下「本件調査」という。)を実施した。
本件要綱は,連続立体交差事業調査において,鉄道等の基本設計に当たって数案
を作成して比較評価を行うものとし,その評価に当たっては,経済性,施工の難易
度,関連事業との整合性,事業効果,環境への影響等について比較するものとして
いる。
本件調査の結果,成城学園前駅付近については掘割式とする案が適切であるとさ
れるとともに,環状8号線と環状7号線の間については,高架式とする案が,一部
を地下式とする案に比べて,工期・工費の点で優れており,環境面では劣るもの
の,当該高架橋の高さが一般的なものであり,既存の側道の有効活用などでその影
響を最小限とすることができるので,適切な案であるとされた。
なお,本件調査の結果,本件区間の東側に当たる環状7号線と東北沢駅の間(以
下「下北沢区間」という。)の構造については,地表式,高架式,地下式のいずれ
の案にも問題があり,その決定に当たっては新たに検討する必要があるとされた
が,平成5年決定に係る9号線都市計画においては,従前どおり地表式とされた。
もっとも,その後,東京都の都市計画局長は,平成10年12月,都議会におい
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て,下北沢区間の線路の増加部分を地下式で整備する案を関係者で構成する検討会
に提案して協議を進めている旨答弁し,東京都は,同13年4月,下北沢区間を地
下式とする内容の計画素案を発表した。
イ被上告参加人は,本件調査の結果を踏まえた上で,本件区間の構造につい
て,① 嵩上式(高架式。ただし,成城学園前駅付近を一部掘割式とするもの。以
下「本件高架式」という。),② 嵩上式(一部掘割式)と地下式の併用(成城学
園前駅付近から環状8号線付近までの間を嵩上式(一部掘割式)とし,環状8号線
付近より東側を地下式とするもの),③ 地下式の三つの方式を想定した上で,計
画的条件(踏切の除却の可否,駅の移動の有無等),地形的条件(自然の地形等と
鉄道の線形の関係)及び事業的条件(事業費の額)の三つの条件を設定して比較検
討を行った。その結果,上記③の地下式を採用した場合,当時の都市計画で地表式
とされていた下北沢区間に近接した本件区間の一部で踏切を解消することができな
くなるほか,河川の下部を通るため深度が大きくなること等の問題があり,上記②
の方式にも同様の問題があること,本件高架式の事業費が約1900億円と算定さ
れたのに対し,上記③の地下式の事業費は,地下を2層として各層に2線を設置す
る方式(以下「2線2層方式」という。)の場合に約3000億円,地下を1層と
して4線を並列させる方式の場合に約3600億円と算定されたこと等から,被上
告参加人は,本件高架式が上記の3条件のすべてにおいて他の方式よりも優れてい
ると評価し,環境への影響,鉄道敷地の空間利用等の要素を考慮しても特段問題が
ないと判断して,これを本件区間の構造の案として採用することとした。
なお,上記の事業費の算定に当たっては,昭和63年以前に取得済みの用地に係
る取得費は算入されておらず,高架下の利用等による鉄道事業者の受益分も考慮さ
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れていない。また,2線2層方式による地下式の事業費の算定に当たっては,シー
ルド工法(トンネルの断面よりわずかに大きいシールドという強固な鋼製円筒状の
外殻を推進させ,そのひ護の下で掘削等の作業を行いトンネルを築造する工法)に
よる施工を本件区間全体にわたって行うことは前提とされていないが,被上告参加
人は,途中の経堂駅において準急線と緩行線との乗換えを可能とするために,1層
目にホーム2面及び線路数3線を有する駅部を設置することを想定しており,その
ために必要なトンネルの幅は約30mであったところ,平成5年当時,このような
幅のトンネルをシールド工法により施工することはできなかった。
ウ上記のように本件高架式が案として選定された本件区間の複々線化に係る事
業及び連続立体交差化に係る事業について,それぞれの事業の事業者であるA株式
会社及び東京都は,東京都環境影響評価条例(昭和55年東京都条例第96号。平
成10年東京都条例第107号による改正前のもの。以下「本件条例」という。)
に基づく環境影響評価に関する調査を行い,平成3年11月5日,環境影響評価書
案(以下「本件評価書案」という。)を被上告参加人に提出した。本件評価書案に
よれば,本件高架式を前提として工事完了後の鉄道騒音について予測を行ったとこ
ろ,地上1.2mの高さでの予測値は,高架橋端からの距離により現況値を上回る
箇所も見られるが,高架橋端から6.25mの地点で現況値が82から93ホンの
ところ予測値が75から77ホンとされるなど,おおむね現況とほぼ同程度かこれ
を下回っているとされている。
本件評価書案に対し,被上告参加人は,鉄道騒音の予測位置を騒音に係る問題を
最も生じやすい地点及び高さとすること,騒音防止対策の種類とその効果の程度を
明らかにすること等の意見を述べ,これを受けて,東京都及びA株式会社は,予測
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地点の1箇所につき高架橋端から1.5mの地点における高さ別の鉄道騒音の予測
に関する記載を付加した環境影響評価書(以下「本件評価書」という。)を同4年
12月18日付けで作成し,被上告参加人に提出した。本件評価書によれば,上記
地点における鉄道騒音の予測値は,地上10mから30mの高さで88ホン以上,
地上15mの高さでは93ホンであるが,事業実施段階での騒音防止対策として,
構造物の重量化,バラストマットの敷設,60kg/mレールの使用,吸音効果の
ある防音壁の設置等の対策を講じるとともに,干渉型の防音装置の設置についても
検討し,騒音の低減に努めることとされ,これらによる騒音低減効果は,バラスト
マットの敷設により軌道中心から6.25mの地点で7ホン,60㎏/mレールの
使用により現在の50㎏/mレールと比べて軌道中心から23mの地点で5ホン,
吸音効果のある防音壁により防音壁だけの場合に比べ1ホン程度,防音壁に干渉型
防音装置を設置した場合3ないし4ホンであるとされている。
以上の環境影響評価は,東京都環境影響評価技術指針が定める環境影響評価の手
法を基本とし,一般に確立された科学的な評価方法に基づいて行われた。
なお,高架橋より高い地点での現実の騒音値は,線路部分において生じる騒音が
走行する列車の車体に遮られることから,上記予測値のような実験値よりも低くな
るとされている。また,平成5年決定当時の鉄道騒音に関する唯一の公的基準であ
った「新幹線鉄道騒音に係る環境基準について」(昭和50年環境庁告示第46
号)においては,騒音を測定する高さは地上1.2mとされていた。
一方,小田急線の沿線住民らは,小田急線による鉄道騒音等の被害について,平
成4年5月7日,公害等調整委員会に対し,公害紛争処理法42条の12に基づく
責任裁定を申請し,同委員会は,同10年7月24日,申請人の一部が受けた平成
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5年決定以前の騒音被害が受忍限度を超えることを前提として,A株式会社の損害
賠償責任を認める旨の裁定をした。
エ被上告参加人は,本件調査及び上記の環境影響評価を踏まえ,本件高架式を
採用することが周辺地域の環境に与える影響の点でも特段問題がないと判断して,
本件高架式を内容とする平成5年決定をした。
オ東京都は,公害対策基本法19条に基づき,東京地域公害防止計画を定めて
いたところ,平成5年決定は,その目的,内容において同計画の妨げとなるもので
はなく,同計画に適合している。
(4) 建設大臣は,都市計画法(平成11年法律第160号による改正前のも
の)59条2項に基づき,平成6年5月19日付けで,東京都に対し,平成5年決
定により変更された9号線都市計画を基礎として,本件区間の連続立体交差化を内
容とする別紙事業認可目録1記載の都市計画事業(以下「本件鉄道事業」とい
う。)の認可(以下「本件鉄道事業認可」という。)をし,同6年6月3日付けで
これを告示した。
また,建設大臣は,世田谷区が同5年2月1日付けで告示した東京都市計画道路
・区画街路都市高速鉄道第9号線付属街路第9号線及び第10号線に係る各都市計
画を基礎として,同項に基づき,同6年5月19日付けで,東京都に対し,上記各
付属街路の設置を内容とする別紙事業認可目録2及び3記載の各都市計画事業の認
可(以下「本件各付属街路事業認可」という。)をし,同年6月3日付けでこれを
告示した。上記各付属街路は,本件区間の連続立体交差化に当たり,環境に配慮し
て沿線の日照への影響を軽減すること等を目的として設置することとされたもので
ある。
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2 本件は,本件鉄道事業認可の前提となる都市計画に係る平成5年決定が,周
辺地域の環境に与える影響,事業費の多寡等の面で優れた代替案である地下式を理
由もなく不採用とし,いずれの面でも地下式に劣り,周辺住民に騒音等で多大の被
害を与える本件高架式を採用した点で違法であるなどとして,建設大臣の事務承継
者である被上告人に対し,上告人らが本件鉄道事業認可の,別紙上告人目録2記載
の上告人らが別紙事業認可目録2記載の認可の,別紙上告人目録3記載の上告人ら
が別紙事業認可目録3記載の認可の,各取消しを求めている事案である。
第2 本件鉄道事業認可の取消請求について
1 平成5年決定が本件高架式を採用したことによる本件鉄道事業認可の違法の
有無について
(1) 都市計画法(平成4年法律第82号による改正前のもの。以下同じ。)
は,都市計画事業認可の基準の一つとして,事業の内容が都市計画に適合すること
を掲げているから(61条),都市計画事業認可が適法であるためには,その前提
となる都市計画が適法であることが必要である。
(2) 都市計画法は,都市計画について,健康で文化的な都市生活及び機能的な
都市活動を確保すべきこと等の基本理念の下で(2条),都市施設の整備に関する
事項で当該都市の健全な発展と秩序ある整備を図るため必要なものを一体的かつ総
合的に定めなければならず,当該都市について公害防止計画が定められているとき
は当該公害防止計画に適合したものでなければならないとし(13条1項柱書
き),都市施設について,土地利用,交通等の現状及び将来の見通しを勘案して,
適切な規模で必要な位置に配置することにより,円滑な都市活動を確保し,良好な
都市環境を保持するように定めることとしているところ(同項5号),このような
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基準に従って都市施設の規模,配置等に関する事項を定めるに当たっては,当該都
市施設に関する諸般の事情を総合的に考慮した上で,政策的,技術的な見地から判
断することが不可欠であるといわざるを得ない。そうすると,このような判断は,
これを決定する行政庁の広範な裁量にゆだねられているというべきであって,裁判
所が都市施設に関する都市計画の決定又は変更の内容の適否を審査するに当たって
は,当該決定又は変更が裁量権の行使としてされたことを前提として,その基礎と
された重要な事実に誤認があること等により重要な事実の基礎を欠くこととなる場
合,又は,事実に対する評価が明らかに合理性を欠くこと,判断の過程において考
慮すべき事情を考慮しないこと等によりその内容が社会通念に照らし著しく妥当性
を欠くものと認められる場合に限り,裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したも
のとして違法となるとすべきものと解するのが相当である。
(3) 以上の見地に立って検討するに,前記事実関係の下においては,平成5年
決定が本件高架式を採用した点において裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用した
ものとして違法となるとはいえないと解される。その理由は以下のとおりである。
ア被上告参加人は,本件調査の結果を踏まえ,計画的条件,地形的条件及び事
業的条件を設定し,本件区間の構造について三つの方式を比較検討した結果,本件
高架式がいずれの条件においても優れていると評価し,本件条例に基づく環境影響
評価の結果等を踏まえ,周辺地域の環境に与える影響の点でも特段問題がないとし
て,本件高架式を内容とする平成5年決定をしたものである。
イそこで,上記の判断における環境への影響に対する考慮について検討する。
(ア) 前記のとおり,都市計画法は,都市施設に関する都市計画について,健康
で文化的な都市生活の確保という基本理念の下で,公害防止計画に適合するととも
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に,適切な規模で必要な位置に配置することにより良好な都市環境を保持するよう
に定めることとしている。公害防止計画は,環境基本法により廃止された公害対策
基本法の19条に基づき作成されるものであるが,相当範囲にわたる騒音,振動等
により人の健康又は生活環境に係る著しい被害が発生するおそれのある地域につい
て,その発生を防止するために総合的な施策を講ずることを目的とするものである
ということができる。また,本件条例は,環境に著しい影響を及ぼすおそれのある
一定の事業を実施しようとする事業者が,その実施に際し,公害の防止,自然環境
及び歴史的環境の保全,景観の保持等(以下「環境の保全」という。)について適
正な配慮をするため,当該事業に係る環境影響評価書を作成し,被上告参加人に提
出しなければならないとし(7条,23条),被上告参加人は,都市計画の決定又
は変更の権限を有する者にその写しを送付し(24条2項),当該事業に係る都市
計画の決定又は変更を行うに際してその内容について十分配慮するよう要請しなけ
ればならないとしている(25条)。そうすると,本件鉄道事業認可の前提となる
都市計画に係る平成5年決定を行うに当たっては,本件区間の連続立体交差化事業
に伴う騒音,振動等によって,事業地の周辺地域に居住する住民に健康又は生活環
境に係る著しい被害が発生することのないよう,被害の防止を図り,東京都におい
て定められていた公害防止計画である東京地域公害防止計画に適合させるととも
に,本件評価書の内容について十分配慮し,環境の保全について適正な配慮をする
ことが要請されると解される。本件の具体的な事情としても,公害等調整委員会
が,裁定自体は平成10年であるものの,同4年にされた裁定の申請に対して,小
田急線の沿線住民の一部につき平成5年決定以前の騒音被害が受忍限度を超えるも
のと判定しているのであるから,平成5年決定において本件区間の構造を定めるに
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当たっては,鉄道騒音に対して十分な考慮をすることが要請されていたというべき
である。
(イ) この点に関し,前記事実関係によれば,① 本件区間の複々線化及び連続
立体交差化に係る事業について,本件調査において工期・工費の点とともに環境面
も考慮に入れた上で環状8号線と環状7号線の間を高架式とする案が適切とされた
こと,② 本件高架式を採用することによる環境への影響について,本件条例に基
づく環境影響評価が行われたこと,③ 上記の環境影響評価は,東京都環境影響評
価技術指針が定める環境影響評価の手法を基本とし,一般に確立された科学的な評
価方法に基づき行われたこと,④ 本件評価書においては,工事完了後における地
上1.2mの高さの鉄道騒音の予測値が一部を除いておおむね現況とほぼ同程度か
これを下回り,高架橋端から1.5mの地点における地上10mないし30mの高
さの鉄道騒音の予測値が88ホン以上などとされているものの,鉄道に極めて近接
した地点での値にすぎず,また,上記の高さにおける現実の騒音は,走行する列車
の車体に遮られ,その値は,上記予測値よりも低くなること,⑤ 本件評価書にお
いても,騒音防止対策として,構造物の重量化,バラストマットの敷設,60kg
/mレールの使用,吸音効果のある防音壁の設置等の対策を講じるとともに,干渉
型防音装置の設置も検討することとされ,現実の鉄道騒音の値は,これらの騒音対
策を講じること等により相当程度低減するものと見込まれるとされていること,⑥
平成5年決定当時の鉄道騒音に関する公的基準は地上1.2mの高さで騒音を測
定するものにとどまっていたこと,⑦ 被上告参加人は,本件調査及び上記の環境
影響評価を踏まえ,本件高架式を採用することが周辺地域の環境に与える影響の点
でも特段問題がないと判断して,平成5年決定をしたこと,⑧ 平成5年決定は,
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東京地域公害防止計画に適合していること等の事実が認められる。
そうすると,平成5年決定は,本件区間の連続立体交差化事業に伴う騒音等によ
って事業地の周辺地域に居住する住民に健康又は生活環境に係る著しい被害が発生
することの防止を図るという観点から,本件評価書の内容にも十分配慮し,環境の
保全について適切な配慮をしたものであり,公害防止計画にも適合するものであっ
て,都市計画法等の要請に反するものではなく,鉄道騒音に対して十分な考慮を欠
くものであったということもできない。したがって,この点について,平成5年決
定が考慮すべき事情を考慮せずにされたものということはできず,また,その判断
内容に明らかに合理性を欠く点があるということもできない。
(ウ) なお,被上告参加人は,平成5年決定に至る検討の段階で,本件区間の構
造について三つの方式の比較検討をした際,計画的条件,地形的条件及び事業的条
件の3条件を考慮要素としており,環境への影響を比較しないまま,本件高架式が
優れていると評価している。しかしながら,この検討は,工期・工費,環境面等の
総合的考慮の上に立って高架式を適切とした本件調査の結果を踏まえて行われたも
のである。加えて,その後,本件高架式を採用した場合の環境への影響について,
本件条例に基づく環境影響評価が行われ,被上告参加人は,この環境影響評価の結
果を踏まえた上で,本件高架式を内容とする平成5年決定を行っているから,平成
5年決定が,その判断の過程において考慮すべき事情を考慮しなかったものという
ことはできない。
ウ次に,計画的条件,地形的条件及び事業的条件に係る考慮について検討す
る。
被上告参加人は,本件区間の構造について三つの方式の比較検討をした際,既に
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取得した用地の取得費や鉄道事業者の受益分を考慮せずに事業費を算定していると
ころ,このような算定方法は,当該都市計画の実現のために今後必要となる支出額
を予測するものとして,合理性を有するというべきである。また,平成5年当時,
本件区間の一部で想定される工事をシールド工法により施工することができなかっ
たことに照らせば,被上告参加人が本件区間全体をシールド工法により施工した場
合における2線2層方式の地下式の事業費について検討しなかったことが不相当で
あるとはいえない。
さらに,被上告参加人は,下北沢区間が地表式とされることを前提に,本件区間
の構造につき本件高架式が優れていると判断したものと認められるところ,下北沢
区間の構造については,本件調査の結果,その決定に当たって新たに検討する必要
があるとされ,平成10年以降,東京都から地下式とする方針が表明されたが,一
方において,平成5年決定に係る9号線都市計画においては地表式とされていたこ
とや,本件区間の構造を地下式とした場合に河川の下部を通るため深度が大きくな
るなどの問題があったこと等に照らせば,上記の前提を基に本件区間の構造につき
本件高架式が優れていると判断したことのみをもって,合理性を欠くものであると
いうことはできない。
エ以上のほか,所論にかんがみ検討しても,前記アの判断について,重要な事
実の基礎を欠き又はその内容が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことを認める
に足りる事情は見当たらない。
(4) 以上のとおり,平成5年決定が本件高架式を採用した点において裁量権の
範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとして違法となるということはできないか
ら,これを基礎としてされた本件鉄道事業認可が違法となるということもできな
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い。
2 本件鉄道事業認可に係るその余の違法の有無について
原審の適法に確定した事実関係の下においては,本件鉄道事業認可について,そ
の余の所論に係る違法は認められない。
3 なお,原判決は,本件鉄道事業認可の取消請求に係る訴えを却下すべきもの
としているが,本件各付属街路事業認可の取消請求に関して,前記第1の1の事実
関係に基づき,平成5年決定の適否を判断している。原審の判示には,上記説示と
異なる点もあるが,原審は,被上告参加人が,本件の環境影響評価の結果を踏ま
え,本件高架式の採用が周辺地域の環境に与える影響の点でも特段問題がないと判
断したことに不合理な点は認められず,最終的に本件高架式を内容とする平成5年
決定を行ったことに裁量権の範囲の逸脱又は濫用はなく,平成5年決定を前提とす
る本件鉄道事業認可がその他の上告人ら指摘の点を考慮しても適法であると判断し
ており,この判断は是認することができるものである。
4 以上によれば,上告人らによる本件鉄道事業認可の取消請求は棄却すべきこ
ととなるが,その結論は原判決よりも上告人らに不利益となり,民訴法313条,
304条により,原判決を上告人らに不利益に変更することは許されないので,当
裁判所は原判決の結論を維持して上告を棄却するにとどめるほかはない。
第3 本件各付属街路事業認可の取消請求について
原審の適法に確定した事実関係の下において,本件各付属街路事業認可に違法は
ないとした原審の判断は,是認することができ,原判決に所論の違法はない。
第4 結論
以上によれば,論旨はいずれも採用することができない。
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よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官泉徳治裁判官横尾和子裁判官甲斐中辰夫裁判官
島田仁郎)
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事業認可目録
建設大臣がいずれも平成6年5月19日付けで東京都に対してした次の各事業の
認可
1(1) 施行者の名称
東京都
(2) 都市計画事業の種類及び名称
東京都市計画都市高速鉄道事業第9号線
(3) 事業計画の概要
第1審判決別紙事業目録1の「事業計画の概要」欄記載のとおり
2(1) 施行者の名称
東京都
(2) 都市計画事業の種類及び名称
東京都市計画道路事業都市高速鉄道事業第9号線付属街路第9号線
(3) 事業計画の概要
第1審判決別紙事業目録6の「事業計画の概要」欄記載のとおり
3(1) 施行者の名称
東京都
(2) 都市計画事業の種類及び名称
東京都市計画道路事業都市高速鉄道事業第9号線付属街路第10号線
(3) 事業計画の概要
第1審判決別紙事業目録7の「事業計画の概要」欄記載のとおり