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【答案】重判平成21年度民法13事件 遺留分侵害額算定における相続債務額の加算

2012年05月09日 | 重判民法答案

 

最高裁判所平成21年03月24日 第三小法廷 判決
(平成19(受)1548 持分権移転登記手続請求事件)
(民集 第63巻3号427頁)
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=01&hanreiNo=37455&hanreiKbn=01


【問題】
 被相続人Aの法定相続人は子X・Yである。Aは、財産全部をYに相続させる旨の公正証書遺言を残して死亡した。Aの財産は甲不動産を含む5億円の積極財産と、4億円の消極財産である。Aが死亡した後、Yがすべてを承継して甲不動産の登記も自己に移転した。Xが遺留分減殺請求権を行使する場合、考えうるXの主張、Yの反論を論じた上で、裁判所はいかに判断すべきか論じよ。

【答案】
第1 Xの主張
 Xとしては、①Xの純取り分につき、可分債務は法定相続分に応じて当然に分割され、その2分の1をXが負担することになるから、Xの純取り分は消極財産2億円である、②遺留分侵害額につき、遺留分額の算定の基礎となる遺産額は積極財産5億円から消極財産4億円を引いた1億円であり、X遺留分額はこれに4分の1をかけた2500万円である、そこで遺留分侵害額は慰留分額2500万円から純取り分マイナス2億円を引いた2億2500万円である、として、Yに2億2500万円の支払を求めることが考えられる。

第2 Yの反論
 これに対しYとしては、①Xの純取り分につき、相続分本件遺言により相続債務もYがすべて承継することになるとして、Xの純取り分は積極財産0円消極財産0円の0円である、②遺留分侵害額は、Aの積極財産から消極財産を差し引いた1億円の4分の1である遺留分額2500万円から純取り分0円を引いた2500万円になると反論することが考えられる。

第3 裁判所の判断

 Xの主張とYの主張の実質的相違点は、消極財産については、相続開始時点において可分債務は相続分に応じて当然に分割されるという確定した判例理論の適用により、本件遺言の効力は消極財産には及ばず、Xは消極財産を相続するのか、それとも、本件遺言により、積極財産のみならず消極財産もYに帰属することになるのか、という点にある。そこで、本件遺言の効力をいかに解するかの検討が必要となる。


(1) この点については、遺言書において表明されている遺言者の意思を尊重して合理的にその趣旨を解釈することによって決すべきである。そこで、相続人のうちの1人に対して財産全部を相続させる旨の遺言により相続分の全部が当該相続人に指定された場合、遺言者の通常の意思を合理的に解釈すると、遺言の趣旨等から相続債務については当該相続人にすべてを相続させる意思のないことが明らかであるなどの特段の事情のない限り、当該相続人に相続債務もすべて相続させる旨の意思が表示されたものと解すべきであり、これにより、相続人間においては、当該相続人が指定相続分の割合に応じて相続債務をすべて承継することになると解するのが相当である。Xの主張する、可分債務は相続分に応じて当然に分割されるという判例理論は、被相続人の意思が不明の場合に可分債務の性質により相続分に応じた当然の分割を認めるものであり、相続債務について遺言者の意思が合理的に推認される場合にまで遺言者の意思に反して適用されるものではないというべきである。

(2) なお、以上のように解すると、上記遺言による相続債務についての相続分の指定は、相続債務の債権者の関与なくされたものであり、各相続人の資力を見込んでいた相続人の期待を一方的に害するおそれがある。そこで、相続債権者に対してはその効力が及ばないものと解するのが相当であり、各相続人は、相続債権者から法定相続分に従った相続債務の履行を求められたときには、これに応じなけばならず、指定相続分に応じて相続債務を承継したことを主張することはできない。しかし、相続債権者のほうから相続債務についての相続分の指定の効力を承認し、各相続人に対し、指定相続分に応じた相続債務の履行を請求することは、免責的債務引受の同意と同視でき、妨げられないというべきである。

(3) もっとも、こののことは相続人と相続債権者の間においてのみ妥当することであり、各相続人間の法律関係においては、前記のように被相続人の意思に従い相続債務はすべて指定相続人に帰属するとして問題はない。


 これを本件につきみるに、本件遺言の趣旨からAの負っていた相続債務については、Yにすべてを相続させる意思のないことが明らかであるなどの特段の事情はうかがわれないから、本件遺言によりXとYの間では、上記相続債務は指定相続分に応じてすべてYに承継され、Xはこれを承継していないというべきである。そうすると、結局Xは積極財産も消極財産も相続しない以上、Xの純取り分額は0円となる。したがって、Xの遺留分侵害額は、積極財産5億円から消極財産4億円を差し引いた遺産総額1億円の4分の1である2500万円から純取り分額0円を引いた2500万円となる。よって、裁判所は2500万円の限度で、Xの遺留分減殺請求を認めるべきである。

 


【答案】平成21年度重判民法6事件 賃借人が損害回避・減少措置をとらなかった場合の通常損害

2012年05月09日 | 重判民法答案

平成21年度重判民法6事件 店舗賃貸人の修繕義務不履行において賃借人が損害回避・減少措置をとらなかった場合の通常損害

最高裁判所平成21年01月19日第二小法廷判決
(平成19(受)102  損害賠償請求本訴,建物明渡等請求反訴事件)
(民集 第63巻1号97頁)
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=01&hanreiNo=37200&hanreiKbn=01

【問題】
1 XはY所有の駅前ビルの地下1階部分を賃料月額20万円、期間1年の約定で賃借してカラオケ店を営業していた。
2 平成7年3月の期間満了に際して、Yは更新を拒絶し、同年10月にはYはXに500万円の立退き料とともに解除を通告したが、Xは本件店舗部分でのカラオケ店営業を継続した。
3 本件ビルは建築から約30年が経過し、老朽化による大規模な改装とその際の設備の更新が必要とされており、平成4年9月ころからは本件店舗部分に浸水が頻繁に発生し、浸水の原因が判明しない場合も多かった。
4 平成9年2月12日、排水ポンプの故障により床上30~50センチの浸水事故が発生し、Xは休業を余儀なくされた。
5 XはYに対し修理を要請したが、Yは同年2月18日付けで建物の老朽化を理由に再度の契約解除を通告した。
6 Xは、平成9年5月に本件事故によるカラオケセット等の損傷に対し、合計3700万円余りの保険金の支払を受けた。
7 Xは占有を継続し、Xには本件事故から事実審口頭弁論終結時まで月額100万円の営業利益の喪失損害が生じている。
8 Xは、事故から1年7か月後の平成10年9月14日に訴えを提起し、Yの修繕義務の不履行を理由に事故発生から平成13年8月11日までの営業利益の喪失損害5400万円(月額100万円×54か月)の支払を求め、訴えを提起した。
 Xの上記請求に対し裁判所はいかに判断すべきか。なお、上記2・5のYの契約解除は借地借家法28条にいう正当の事由が認められず、効力を生じないものとする。

【答案】

 Xの主張する、Yの債務不履行に基づく損害賠償請求権の成否につき検討する。
 YはXに対し、本件事故後も引き続き賃貸人として本件填補部分を使用収益させるために必要な修繕義務を負担しているにもかかわらず、その義務を尽くさなかったのであり、Yは「債務の本旨に従った履行」をなしていない。そして、そのことにつきYに過失も認められる。

(1) それでは、XにXの主張通りの損害を認めてよいか。本件事故後、Xは早期に損害軽減のための処置を取っておらず、このような場合にも発生した損害の全額について債務者は賠償義務を負うかが問題となる。
(2) 履行障害が生じた後損害が拡大することが高度の蓋然性をもって予測できる場合であって、債権者が損害を回避又は減少させる措置を取ることが困難ではないといった事情がある場合、債権者としては条理上、損害を回避又は減少させる措置を取る義務を負い、かかる義務の履行に向け債権者が何ら方策を講じないまま徒に事態を拱手傍観し、損害を拡大させた場合には、当該拡大損害部分については416条1項にいう「通常生ずべき損害」に含まれないというべきである。
(3)ア これを本件についてみるに、平成4年9月ころから本件店舗部分に浸水が頻繁に発生し、浸水の原因が判明しない場合も多かったこと、本件ビルは本件事故時において建築から約30年が経過しており、本件事故前において老朽化による大規模な改装とその際の設備の更新が必要とされていたこと、Yは、本件事故の直後である平成9年2月18日付け書面により、被上告人に対し、本件ビルの老朽化等を理由に本件賃貸借を解除する旨の意思表示をして本件店舗部分からの血亜巨を要求し、Xは本件店舗部分における営業再開のめどが立たないため、本件事故から1年7か月が経過した平成10年9月14日、営業利益の喪失等について損害の賠償を求める本件訴えを提起したことといった事実がみとめられる。これらの事実によれば、Yが本件修繕義務を履行したとしても、老朽化して大規模な回収を必要としていた本件ビルにおいて、Xが本件賃貸借契約をそのまま長期にわたって継続しえたとは必ずしも考えがたい。
 また、本件事故から1年7か月後を経過して本件訴えが提起された時点では、本件填補部分における営業の再開は、いつ実現できるか分からない実現可能性の乏しいものとなっていたものと解される。
 以上の事実から判断するに、本件事故後Xが速やかに損害回避のための何らかの方策を講じない限り、営業利益の損失の損害が拡大し続けることが高度の蓋然性をもって予測できた場合といえる。
イ 他方、Xが本件店舗で行っていたカラオケ店の営業は、本件店舗部分以外の場所では行うことができないものとは考えられないし、Xは、平成9年5月に本件事故によるカラオケセット等の損傷に対し、合計3700万円余りの保険金の支払を受けているというのであるから、これによって、Xは再びカラオケセット等を整備するのに必要な資金の少なくとも相当部分を取得したものと解される。
 とすると、遅くとも本件訴えが提起されるまでの1年7か月の間にXとしてはカラオケ店の営業を別の場所で再開する等の損害を回避又は減少させる措置を取ることが困難ではなかったといえる。
ウ 以上より、Xとしては、カラオケ店の営業を別の場所で再開する等、営業利益喪失の損害の拡大を回避又は減少させる措置を取る義務を条理上負っていたにもかかわらず、Xはなんらかかる方策を講じず損害が発生するにまかせたということができる。したがって、Xが上記義務を負うことになった以降の拡大損害部分については「通常生ずべき損害」含まれないというべきである。

 よって、Xに生じた損害のうち、Xが損害を回避又は減少させる措置を採ることが可能となった時点以降の拡大損害については、Xの請求は認められないというべきである。


【答案】平成21年度重判民法5事件 動産留保所有権者に対する土地所有者の明渡し等の請求 

2012年05月09日 | 重判民法答案

 最高裁判所平成21年03月10日第三小法廷 判決
(平成20(受)422 車両撤去土地明渡等請求事件)
(民集 第63巻3号385頁)
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=01&hanreiNo=37405&hanreiKbn=01

【問題】
1 Aは、Xと駐車場の賃貸借契約を締結し、信販会社Yと結んだ車両購入に関する立替払い契約に基づき購入した甲自動車を駐車していた。
2 AY間の契約は以下のようなものであった。
①60回分割返済、
②本件車両の所有権は、Aが本件立替金債務を完済するまで同債務の担保としてYに留保される
③Aは、本件車両の引渡を受け、善管注意をもって管理する
④Aが分割金の支払を怠って、Yから催告を受けたにもかかわらずこれを支払わなかったときは、当然に期限の利益を喪失し、残債務全額を直ちに支払う
⑤この場合、AはYからの本件車両の引渡請求に異議なく応じ
⑥Yは、公正な売却額で立替金債務の弁済に充当する
3 Aは、本件立替払契約上の分割金の不払により期限の利益を喪失し、残債務額全額の弁済期が経過した。
4 Yは訴え提起の時点まで、本件車両が本件土地上に存在していることを知らなかった。

Xは、Yに対して、本件車両の撤去及び駐車場の明渡し並びに駐車場使用料相当損害金の支払いを求めて訴えを提起した。Xの請求は認められるか。

【答案】
第1 本件車両の撤去及び本件土地の明渡し請求について
1 XのYに対する、本件土地所有権に基づく妨害排除権としての本件車両の撤去及び同所有権に基づく返還請求権としての本件土地の明渡請求が認められるためには、Yが甲の所有権者として本件土地を占有していることが必要であるところ、留保所有権を有するに過ぎないYが本件土地を占有しているといえるか。本件所有権留保権に基づきYが本件車両について有する権利の性質が問題となる。
2 留保所有権者が有する留保所有権は、原則として、残債務弁済期が到来するまでは、当該動産の交換価値を把握するにとどまるが、残債務弁済期の経過後は、当該動産を占有し、処分することができる権能を有するものというべきである。そうだとすると、留保所有権者は、残債務弁済期が到来するまでは、当該動産が第三者の土地上に存在して第三者の土地所有権の行使を妨害しているとしても、特段の事情がない限り、当該動産の撤去義務を負うことはないが、残債務弁済期が経過した後は、留保所有権が担保権の性質を有するからといって上記撤去義務を免れないと解するのが相当である。
3 これを本件についてみるに、本件口頭弁論終結時において残債務弁済期は経過しており、Yは本件車両
を占有し処分することができる権能を有している。したがって、YはXの所有する土地を権限なく占有しており、XのYに対する本件車両の撤去及び本件土地の明渡し請求は認められる。
第2 駐車場使用料相当損害金の支払い請求について
1 XのYに対する、不法行為に基づく駐車場使用料相当損害金の支払請求が認められるためには、Yによる侵害に違法性が認められる必要があるが、Yに違法性が認められるためにはYが土地を権限なく占有していることが必要である。そして、不法行為の成立に関しても、Yの占有権原につき上に述べたことは妥当し、残債務弁済期が経過した後はYは本件車両を占有し、処分することができる権原を有するため、Yの侵害は違法となる。
2 もっとも、不法行為の成立には行為者に故意又は過失があることが必要であるところ、残債務弁済期の経過後であっても、留保所有権者は、原則として、当該動産が第三者の土地所有権の行使を妨害している事実を知らなければ過失がなく、上記妨害の事実を告げられるなどしてこれを知ったときに初めて過失が認められると解するのが相当である。
 YはXによる訴え提起により初めて本件車両が本件土地上にあり、Xの本件土地所有権を妨害している事実を知ったのであるから、本件訴状送達時以降過失が認められることになる。
3 よって、XのYに対する不法行為に基づく駐車場使用料相当損害金の支払請求は、Yへの訴状送達時以降の限度で認められる。


【答案】平成21年度重判民法4事件 担保不動産収益執行における収益に係る給付を求める権利の帰属等

2012年05月09日 | 重判民法答案

 平成21年度重判民法4事件 担保不動産収益執行における収益に係る給付を求める権利の帰属および担保不動産の賃借人からの相殺

 最高裁判所平成21年07月03日第二小法廷判決
(平成19(受)1538 賃料等請求事件)
(民集 第63巻6号1047頁)
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=01&hanreiNo=37773&hanreiKbn=01

【問題】
1 本件建物所有者Aは、平成9年、Yとの間で本件建物につき賃貸借契約を締結し(賃料月額700万円)、これをYに引渡し、AはYから保証金3億1500万円、敷金1億3500万円を受領した。
2 Aは、平成10年、Bのために本件建物に本件抵当権を設定し登記を経由した。
3 Aは、平成11年、Yとの間で、Aが他の債権者から強制執行や滞納処分による差押えなどを受けたときは、本件建物につき滞納処分による差押えを受けたため、本件保証金返還債務につき期限の利益を喪失した。
4 本件建物につき、同年5月、Bの申立てに係る本件抵当権に基づく担保不動産収益執行開始決定がなされ、Xがその管理人に選任された。
5 Yは、同年7月から9か月分の賃料の支払いを怠った。
6 管理人Xは、賃借人Yに対して同年7月分から9か月分の賃料6300万円などの支払いを求めて、本件訴訟を提起した。
7 これに対し、賃借人Yは、保証金返還残債権を自働債権とし、賃料残債権を受動債権とする相殺の抗弁を主張した。
Yの主張は認められるか。

【答案】

(1) Yの相殺の主張が認められるためには、本件自働債権たる保証金返還債権と受動債権たる賃料債権に相殺適状が生じていることが必要であるが、もし平成11年5月の担保不動産収益執行開始決定以降に発生した賃料債権が管理人Xに帰属するものであれば、相殺適状が生じず、Yの主張は認められなくなる。そこで、担保不動産収益執行開始決定以降の債権が債権者と管理者のいずれに帰属するかが問題となる。
(2) 担保不動産収益執行は、担保不動産から生ずる賃料等の収益を被担保債権の優先弁済に充てることを目的として設けられた不動産担保権の実行手続の一つであり、執行裁判所が、担保不動産収益執行の開始決定により担保不動産を差し押さえて所有者から管理収益権を奪い、これを執行裁判所の選任した管理人に委ねることをその内容としている(民事執行法188条、93条1項、95条1項)。管理人が担保不動産の管理収益権を取得するため、担保不動産の収益に係る給付の目的物は、所有者ではなく管理人が受領権限を有することになり、本件のように担保不動産の所有者が賃貸借契約を締結していた場合は、賃借人は、所有者ではなく管理人に対して賃料を支払う義務を負うことになるが(同法188条、93条1項)、このような規律がされたのは、担保不動産から生ずる収益を確実に被担保債権の優先弁済に充てるためであり、管理人に担保不動産の処分権限まで与えるものではない(同法188条、95条2項)。
 このような担保不動産収益執行の趣旨及び管理人の権限にかんがみると、管理人が取得するのは賃料債権等の担保不動産の収益に係る給付を求める権利自体ではなく、その権利を行使する権限にとどまり、賃料債権等は、担保不動産収益執行の開始決定が効力を生じた後も所有者に帰属しているものと解するのが相当である。そして、このことは、担保不動産収益執行の開始決定が効力を生じた後に弁済期の到来する賃料債権等についても変わるところはない。
(3) したがって、本件においては、Bの抵当権に基づく担保不動産収益執行の開始決定が効力を生じた後も、本件建物の賃料債権はAに帰属しているから、Yの相殺の意思表示時には相殺適状にあったことになる。

(1) 以上のように解したとしても、本件相殺の意思表示はXではなくAに対してなされており、開始決定の効力発生後、相殺の意思表示を受領する資格を抵当不動産所有者Aがなお有するか、506条1項の「相手方」の意義が問題となる。
(2) 506条1項の「相手方」とは、相殺によって消滅すべき債権関係の帰属者を指称するのであり、受働債権について管理収益権者が取立権を有する場合でも、債権そのものの帰属者は同条1項にいう「相手方」に含まれるというべきである。そして、上記のように、担保不動産収益執行の開始決定が効力を生じた後も、賃料債権等は、不動産所有者に属している。したがって、担保不動産収益執行の開始決定の効力が生じた後も、担保不動産の所有者は「相手方」に当たり、賃料債権等を受働債権とする相殺の意思表示を受領する資格を失うものではないと解するのが相当である。
(3) 本件では、賃貸人Aは、本件開始決定の効力が生じた後も、本件賃料債権の債権者として「相手方」に当たり、Bの相殺の意思表示を受領する資格を有していたことになる。

(1) では、賃借人Yによる本件相殺をもって、管理人Xに対抗することができるか。担保不動産収益執行開始決定以前に取得した担保不動産の所有者に対する債権と、同所有者に対して負う債務との相殺の効力が問題となる。
(2) 被担保債権について不履行があったときは抵当権の効力は担保不動産の収益に及ぶ(370条、民事執行法188条、93条1項)が、そのことは抵当権設定登記によって公示されているということができる。そうすると、賃借人が抵当権設定登記の後に取得した賃貸人に対する債権については、抵当権が担保不動産の収益に及びうることが公示されている以上、賃借人は賃料債権を受働債権とする相殺を抵当権者に対抗できないが、その反面、賃借人が抵当権設定登記の前に取得した賃貸人に対する債権については、上記公示がない以上、賃料債権と相殺することに対する賃借人の期待が抵当権の効力に優先して保護されるべきであるから、担保不動産の賃借人は、抵当権に基づく担保不動産収益執行の開始決定の効力が生じた後においても、抵当権設定登記の前に取得咲いた賃貸人に対する債権を自働債権とし、賃料債権を受動債権とする相殺をもって管理人に対抗することができると解する。
(3) これを本件につきみるに、YのAに対する保証金債権は、Bの抵当権設定登記前に取得したものであるから、Yは当該保証金債権を自働債権とし、賃料債権を受働債権とする相殺の意思表示をもって、管理人Xに対抗することができる。

 よって、本件Yの主張は認められる。

 


【答案】平成21年度重判民法3事件 利息制限法制限超過利息過払金の返還請求権の消滅時効の起算点

2012年05月09日 | 重判民法答案

最高裁判所平成21年01月22日第一小法廷判決
(平成20(受)468 不当利得返還等請求事件)
(民集第63巻1号247頁)
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=01&hanreiNo=37212&hanreiKbn=01

【問題】
 Xは、貸金業者であるYとの間で、一つの基本契約に基づいて昭和57年(1982年)8月10日から平成17年(2005年)3月2日にかけて、継続的に借入れと返済を繰り返す金銭消費貸借取引を行った。借入れは、借入金の残元金が一定額となる限度で繰り返し行い、また、返済借入金債務の残額の合計を基準として各回の最低返済額を設定して、毎月行われていた。
 Xは、その結果、利息制限法を超える利息を支払い、よって過払金が発生したと主張して、平成19年(2007年)になって、不当利得の返還を求めてYを訴えた。これに対して、Yは、過払金発生時から10年を経過した部分については消滅時効が完成しているとして、時効を援用した。
 Yの主張は認められるか。

【答案】

 消滅時効の起算時は「権利を主張することができる時」から進行するところ(166条1項)、本件においてYは本件不当利得返還請求権については、過払金発生時が「権利を主張することができる時」であり、同時点から10年を経過した部分は消滅時効が完成している旨主張している。そこで、本件のような過払金充当合意を含む基本契約に基づく継続的な金銭消費貸借において、消滅時効の起算時、すなわち「権利を主張することができる時」はいつかが問題となる。


 過払金充当合意においては、新たな借入金債務の発生が見込まれる限り、過払金を同債務に充当することとし、借主が過払金に係る不当利得返還請求権を行使することは通常想定されていない。
 そこで、一般に、過払金充当合意には、借主は基本契約に基づく新たな借入金債務の発生が見込まれなくなった時点、すなわち、基本契約に基づく継続的な金銭消費貸借取引が終了した時点で過払金が存在していればその返還請求権を行使することとし、それまでは過払金が発生してもその都度その返還を請求することはせず、これをそのままその後に発生する新たな借入金債務への充当の用に供するという趣旨が含まれているものと解すべきである。
 そうすると、過払金充当合意を含む基本契約に基づく継続的な金銭消費貸借取引においては、同取引継続中は過払金充当合意が法律上の障害となるというべきであり、過払金返還請求権の行使を妨げるものと解する。
 したがって、過払金充当合意を含む基本契約に基づく継続的な金銭消費貸借取引においては、過払金返還請求権の行使について、上記内容と異なる合意が存在するなど特段の事情がない限り、同取引が終了した時点をもって「権利を主張することができる時」というべきであり、消滅時効は同時点から進行すると解するのが相当である。

 本件では上記と異なる合意が存在するなど特段の事情は存在しない。したがって、XY間における基本契約に基づく継続的な金銭消費貸借取引が終了した時点から過払金請求権の消滅時効は進行するのであるから、Yの主張は認められない。


【答案】百選69事件 新日本製鐵(日鐵運輸)新日本製鐵第二事件 最判平成15年4月18日

2012年05月04日 | 労働百選答案

百選69事件新日本製鐵(日鐵運輸)
新日本製鐵第二事件 最判平成15年4月18日
1 Xは本件出向命令の無効確認を求めているため、Y社がXに対して出向命令権を有するかにつき検討する。
2(1) Y社がXに対して出向命令権を有するかについては、「使用者が労働者に出向を命ずることができる場合」に当たるかがまず問題となる。
(2) 雇用契約は、通常特定の指揮監督権者の下での労働力の提供が予定されているものと解するのが相当であるから、使用者は、当然には、労働者を他の指揮監督権者の下で労働に従事させることはできないというべきである。そして、民法625条1項は、使用者の権利を第三者に譲渡する場合には、労働者の承諾を要するものとし、債権譲渡の一般規定と異なる制限をしている。これは、雇用契約の場合、使用者の権利の譲渡が、労働者からみて、単に義務の履行先の変更にとどまるものではなく、指揮監督権、人事権、労働条件決定権等の主体の変更によって、給付すべき義務の内容が変化し、労働条件等で不利益を受けるおそれがあることから、労働者を保護する趣旨に出たものと考えられる。そして、在籍出向は、労務提供の相手方の変更、すなわち、使用者の権利の全部ないし一部の出向先への譲渡を意味するから、使用者がこれを命じるためには、原則として、労働者の承諾を要するものというべきである。
 もっとも、在籍出向に労働者の承諾を要する趣旨が上記のように労働者を保護する点にあることからすると、個別の承諾がない場合であっても、当該出向が労働者の給付義務を大きく変更せず、就業規則や労働協約等、承諾と同視しうる程度の実質を有する特段の根拠がある場合には、使用者は労働者に出向を命ずることができると解するのが相当である。そして、上記労働者保護の趣旨に抵触せず、承諾と同視しうる程度の実質を有する特段の根拠がある場合に当たるかは、①就業規則等に業務上の必要によって出向させることができる旨の規定があるか、②出向の定義、出向期間、出向中の社員の地位、賃金その他の処遇等に関して出向労働者の利益に配慮した規定があるか、等を総合的に考慮した上で判断すべきである。
(3) これを本件につきみるに、①Y社就業規則中に出向を命じることができる旨の定めがあり、②出向規定中に出向の定義、出向中の社員の地位、賃金についての待遇の規定、出向期間についての規定があり、出向労働者の利益に配慮した詳細な規定が存在する。これらの点にかんがみるに、本件は、労働者保護の趣旨に反せず承諾と同視しうる程度の実質を有する特段の根拠がある場合に当たるというべきである。したがって、本件Y社はXに対して個別的同意を得ることなく出向を命ずることができる。
(4) なお、本件各出向命令は、業務委託に伴う要員措置として行われ、当初から出向期間の長期化が予想されたものであることから、転籍と同視でき、個別の同意がない限り効力が認められないとの批判も考えうるところである。しかしながら、本件社外勤務協定は、業務委託に伴う長期化が予想される在籍出向があり得ることを前提として締結されているものであるし、在籍出向と転籍との本質的な相違は、出向元との労働契約関係が存続しているか否かという点にあるのであるから、出向元との労働契約関係の存続自体が形骸化しているとはいえない本件の場合には、出向期間の長期化をもって直ちに転籍と同視することはできないため、これを前提として個別的同意を要するとの上記批判はあたらない。
3(1) 以上のように解したとしても、出向は出向先での勤務内容、勤務場所、労働条件等により、労働者の生活に影響を及ぼすのが通常であって、使用者が出向を命じる権限も無制約ではなく、当該出向の命令が①その必要性、②対象労働者の選定に係る事情③労働者が被る不利益の程度、④出向命令の発令にいたる手続の相当性その他の事情に照らして、その権利を濫用したものと認められる場合には、当該出向命令は無効となる(労契法14条参照)。
(2) これを本件につき検討する。
ア まず①の点につき、本件出向命令発令当時、昭和60年初頭に生じた円高不況の下Y会社は競争力維持のため要員削減を中心とする合理化の推進が喫緊の課題であり、Y社の業務のうち特に運輸部門の労働生産性が低かったことから、構内輸送全体の効率化を図る高度の必要性があり、本件N運輸への業務委託は上記効率化の一貫として決定されたものであることが認められる。このような事情に鑑みると、Y社が構内輸送業務のうち鉄道輸送部門の一定の業務をN運輸に委託することとした経営判断が合理性を欠くものとはいえず、これに伴い、委託される業務に従事していたY会社の従業員につき出向措置を講ずる必要があったということができる
イ 次に②の点につき、本件業務委託先である鉄道輸送部門を担当するN運輸への本件出向に伴い、Y社製鐵所の鉄道運輸部門のうち一部の者を除き大部分である141名がN運輸への出向の対象者となり、Xはそのうちの一人であったというのである。そうすると、出向措置の対象となる者の人選基準には合理性があり、具体的な人選についてもその不当性を窺わせるような事情はない。
ウ さらに、③の点につき、本件各出向命令によってXらの労務提供先は変わるものの、その従事する業務内容や勤務場所には何らの変更はなく、上記社外勤務協定による出向中の社員の地位、賃金、退職金各種の出向手当、昇格・昇給等の査定その他処遇等に関する規定等を勘案すれば、Xらがその生活関係、労働条件等において著しい不利益を受けるものとはいえない。
エ そして、④の点につき、本件合理化計画はS連合会との労使交渉を経て策定され、構内輸送の再構築計画がA組合との了承を得た上策定され、これに基づき本件出向命令が発令されたというのであるから、本件各出向命令の発令にいたる手続に不相当な点があるともいえない。
オ これらの事情にかんがみれば、本件各出向命令が権利の濫用に当たるということはできない。
4 さらに、本件では3回に渡る出向期間延長がなされており、この点が出向命令権の濫用に当たらないかも問題となるが、本件各出向延長措置がされた時点においても、鉄道輸送部門における業務委託を継続したY会社の経営判断は合理性を欠くものではなく必要性が認められ(①)、既に委託された業務に従事しているXらを対象として本件各出向延長措置を講ずることにも合理性があり(②)、これによりXらが著しい不利益を受けるものとはいえない(③)ことなどからすれば、本件各出向延長措置も権利の濫用に当たるとはいえない。
5 以上より、本件出向命令及び出向延長措置は適法であり、Xの無効確認請求は認められない。


【答案】重判平成22年1事件 パナソニックプラズマディスプレイ事件 最判平成21年12月18日

2012年05月02日 | 労働百選答案

 

重判平成22年1事件 パナソニックプラズマディスプレイ事件 最判平成21年12月18日

1 本件において、Xは、XY間に雇用契約関係が成立しており、Yによる就業拒否は解雇権の濫用であって無効であって、XY間の雇用契約関係はいまだ存続していることを主張し、雇用契約上の地位確認及び未払い賃金の支払を求めている。この請求の可否を検討する。
2(1) まず、XP間の雇用契約及びYP間の業務委託契約が無効であるとすれば、XY間の勤務の実体を基礎付ける法律関係は黙示の雇用契約の存在によるほかないことになるため、上記各契約の有効性につき検討する。
ア 請負契約においては,請負人は注文者に対して仕事完成義務を負うが,請負人に雇用されている労働者に対する具体的な作業の指揮命令は専ら請負人にゆだねられている。よって、請負人による労働者に対する指揮命令がなく、注文者がその場屋内において労働者に直接具体的な指揮命令をして作業を行わせているような場合には、たとえ請負人と注文者との間において請負契約という法形式が採られていたとしても、これを請負契約と評価することはできない。そして、上記の場合において、注文者と労働者との間に雇用契約が締結されていないのであれば、上記3者間の関係は、労働者派遣法2条1号にいう労働者派遣に該当すると解すべきである。
イ 本件においてXは、平成16年1月20日から同17年7月20日までの間、Pと雇用契約を締結し、これを前提としてPから本件工場に派遣され、Yの従業員から具体的な指揮命令を受けて封着工程における作業に従事していたというのであるから、PによってXに派遣されていた派遣労働者の地位にあったということができ、これは労働者派遣法の規定に違反していたといわざるを得ない。
 しかしながら、労働者派遣法の趣旨及びその取締法規としての性質、さらには派遣労働者を保護する必要性等にかんがみれば、仮に労働者派遣法に違反する労働者派遣が行われた場合においても、特段の事情のない限り、そのことだけによっては派遣労働者と派遣元との間の雇用契約が無効になることはないと解すべきである。そして、XとPとの間の雇用契約を無効と解すべき特段の事情はうかがわれないから、上記の間、両者間の雇用契約は有効に存在していたものと解すべきである。
3(1)ア もっとも、XP間・YP間の各契約が有効であったとしても、勤務の実際の状況に鑑み、XY間に黙示の雇用契約が締結されていたと評価することができればXはYに対し直接の雇用関係に基づく主張が可能となる。そこで、XY間に黙示の雇用契約が成立していたといえるか、検討する。
イ 派遣労働者と派遣先企業との黙示の労働契約の成否に関しては、①外形上派遣先企業の正規の従業員とほとんど差異のない形で労務を提供することにより、派遣先企業との間に事実上の使用従属関係が存在し②受け入れ企業が労働者の採用を実質的に決定しており、③派遣元企業がそもそも企業として独自性を有しないとか、企業としての独立性を欠いていて派遣先企業の労務担当の代行機関と同一視しうるものである等、その存在が形式的名目的なものに過ぎず、かつ、④派遣先企業が派遣労働者の賃金額その他の労働条件を決定していると認めるべき事情のあるときには、派遣労働者と派遣先企業との間に黙示の労働契約が締結されたものと認められると解するのが相当である。
ウ これを本件についてみるに、まず①につき、本件工程はY社の正社員である班長と現場リーダーの指示の下行われ、Xは上記社員の直接の指示の下に作業を行い、P社の正社員は指示を行っていなかった。また、休日出勤はY社正社員の指示を受け、休憩時間についてもY社正社員の指示を受けていた。このことからすると、XY社間に事実上の使用従属関係が一定程度存在していたことは認められる。しかしながら、他方でPはXに本件工場のデバイス部門から他の部門に移るよう打診するなど、配置を含むXの具体的な就業態様を一定の限度で決定しうる地位にあったものと認められるのであって、使用従属関係が専らXY間にのみ存在しXP間にはなんらの使用従属関係も存在しなかったとまでいうことはできない。
 また②につき、Y社はPによるXの採用に関与していたという事情は存在しない。次に③につき、PはY社と資本関係のない独立した企業であり、その存在が名目的なものとはいえない。さらに④につき、Xが受ける給与の額はPが決定し、Y社がこれを事実上決定していたといえるような事情もうかがわれない。
 以上の事情を総合すると、平成17年7月20日までの間にYとXとの間において雇用契約関係が黙示的に成立していたものと評価することはできない。
3(1) 以上のように、XP間の雇用契約が終了した平成17年7月20日までの間にYX間には直接の雇用契約はなく、YX間の雇用契約は、本件契約書が取り交わされた同年8月19日以降に成立したものと認めるほかはない。そして、上記雇用契約の契約期間は原則として平成18年1月31日をもって満了するとの合意が成立していたものと認められる。このことを前提としても、期間の定めのある雇用契約の雇い止めが権利の濫用として無効とならないか。
(2) 期間の定めのある雇用契約があたかも期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態で存在している場合、又は、労働者においてその期間満了後も雇用関係が継続されるものと期待することに合理性が認められる場合には、雇用契約の雇止めにも解雇権濫用の法理(労契法16条)が類推され、雇い止めが客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当であると認められないときには権利の濫用として許されないと解するのが相当である。
(3) 本件においてはY社とXとの間の雇用契約は一度も更新されていない上、上記契約の更新を拒絶する旨のY社の意図はその締結前からX及び本件組合に対しても客観的に明らかにされていたということができる。そうすると,上記契約はあたかも期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態で存在していたとはいえないことはもとより、Xにおいてその期間満了後も雇用関係が継続されるものと期待することに合理性が認められる場合にも当たらないものというべきである。
 したがって、Y社による雇止めが許されないと解することはできず,Y社とXとの間の雇用契約は,平成18年1月31日をもって終了したものといわざるを得ない。
4 以上により、XとY社間には雇用関係は存在せず、Xの本件各請求は認められない。


平成23年度重要判例解説 労働法 目次・リンク

2012年05月02日 | 労働重判目次・リンク

1事件 労働組合法上の労働者―①新国立劇場事件/②INAXメンテナンス事件
①最判平成23年4月12日
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=81241&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20110412150301.pdf
②最判平成23年4月12日
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=81243&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20110419094943.pdf

2事件 採用内々定の取消―コーセーアールイー事件
福岡高判平成23年3月10日

3事件 就業規則の不利益変更と労働者の同意―協愛事件
大阪高判平成22年3月18日

4事件 産休及び育給からの復職と不利益取扱い―コナミデジタルエンタテインメント事件
東京高判平成23年12月27日

5事件 待機派遣労働者の整理解雇―テクノプロ・エンジニアリング事件
横浜地判平成23年1月25日

6事件 会社執行役員と労災保険法上の労働者―国・船橋労基署長(マルカキカイ)事件
東京地判平成23年5月19日

7事件 定年後の継続雇用契約の成否と対象者の選定基準―津田電気計器事件
大阪高判平成23年3月25日

8事件 組合併存下における使用者の誠実交渉義務―NTT西日本事件
東京高判平成22年9月28日


平成22年度重要判例解説 労働法 目次・リンク

2012年05月01日 | 労働重判目次・リンク

1事件 いわゆる偽装請負と黙示的労働契約の成否―パナソニックプラズマディスプレイ(パスコ)事件
(最判平成21年12月18日)
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=38281&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20091218155652.pdf

2事件 会社分割にともなう労働契約承継と協議・措置義務―日本アイ・ビー・エム事件(最判平成22年7月12日)
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=80428&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20100712111131.pdf

3事件 勤務態度不良による解雇と不法行為―小野リース事件(最判平成22年5月25日)
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=80211&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20100525141345.pdf

4事件 退職者が長期間経過後に加入した組合との団体交渉義務―住友ゴム工業(大阪高判平成21年12月22日)
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=80248&hanreiKbn=03
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20100602081712.pdf

5事件 海外ツアー添乗員とみなし労働時間制―阪急トラベルサポート事件(東京地判平成22年7月2日)

6事件 メッセンジャーの労働者性と契約解除の適否―ソクハイ事件(東京地判平成22年4月28日)


【答案】百選113事件 使用者の言論―プリマハム事件

2012年05月01日 | 労働百選答案

使用者の言論と支配介入 最判昭和57年9月10日 第一審東京地判昭和51年5月21日

1 X社は本件声明文表示を支配介入にあたると判断した救済命令の取消を求めている。これが認められるかは本件声明文表示が労組法7条3号の支配介入にあたるかにより決されるため、この点について検討する。
2(1) まず、本件社長の声明文の掲示が同法7条3号にいう「労働者が労働組合を運営することを支配し、若しくはこれに介入すること」に当たるか。
(2) 使用者の発言行為は憲法21条に掲げる言論の自由の保障の下にあり、およそ使用者であるからといって言論の自由が否定されることはない。しかしながら使用者の言論の自由も、憲法28条の団結権を侵害してはならないという制約を受けることを免れず、使用者の言論が組合の結成、運営に対する支配介入にわたる場合は不当労働行為として禁止の対象となると解すべきである。そして、上記支配介入にわたる場合にあたるか否かは、①言論の内容、②発表の手段・方法、③発表の時期、④発表者の地位・身分、⑤言論発表の与える影響等を総合的に判断し、当該言論が組合員に対し威嚇的効果を与え、組合の組織、運営に影響を及ぼす場合といえるかによって決すべきである。
(3) これを本件について検討する。
ア まず①言論の内容の点につき、本件社長声明文は、その対象者を「従業員の皆さん」としているが、会社は当時組合といわゆるユニオン・ショップ制を協定していたことが認められるから、「従業員の皆さん」はとりもなおさず組合員全員を対象にしている。
 そして、声明文の内容によれば、(1)「組合幹部の皆さんは」という文言については、組合執行部の態度を批判することにより、執行部と一般組合員との間の離反を図るおそれがあるとみられなくはない。(2)「ストのためのスト」という文言については、組合の団交決裂宣言は争議開始の要件として労働協約上定められており、また、昭和45年度は団交決裂宣言後ストライキ突入までに9日間あり、その間に2回団体交渉が行われ、昭和46年度も団交決裂宣言後ストライキ突入までに5日間あり、その間に1回団体交渉が行われており、昭和46年における団交の際、組合がストライキ開始の要件として決裂宣言をしたことをめぐって労使間で議論が交わされたことが認められ、以上のような経緯からすれば、組合の団交決裂宣言が直ちにストライキを決行するという趣旨でないことは、会社において十分に、認識していたものと思われる。(3)「重大な決意」との文言は、ストライキへの参加により処分がありうることを示唆するものであり、一般的に言って組合員に対する威嚇的な効果をもつことは否定できない。(4)「節度ある行動をとるように」との文言は、会社は、従来組合の争議方法について問題にしたことはなかったことが認められるから、これは組合員に対するストライキ不参加の呼びかけというほかはない。
 以上から判断すると、本件声明文は、組合員全員に対し、組合執行部と一般組合員との離反を図ることを目的として、近い時期にストライキが行われることを認識しつつ、威嚇的効果を狙い、ストライキ不参加を呼びかけることを内容とするものということができる。
イ 次に②発表の手段・方法の点につき、本件声明文は、全事業所に一斉に掲示して発表された。これは使用者としての強い意思を示す強硬な手段・方法であって、威嚇的効果は大きいといえる。
ウ また③発表の時期についてみるに、4月15日の団交決裂宣言が直ちにストライキに突入することを意味しておらず、なお団体交渉によって話し合いを継続する余地のある段階であったにもかかわらず、上記宣言からわずか2日後にX社は本件声明文を掲示したのである。したがって、X社は組合と誠実に交渉を継続する努力を放棄して、拙速に本件掲示行為に出たものといわざるをえない。
エ さらに④発表者の地位・身分につき、本件声明文は、会社の最高責任者としての社長名義で発表されており、その強大な権限を考慮すると、組合員に対する威嚇的効果は大きい。
オ そして⑤言論発表の与える影響につき、この発表後、ストライキに反対する組合内部での動きが各支部において急に現れてきたところからみると、本件声明文掲示が組合内部における執行部の方針に批判的な勢力に力を与えて勇気付けて、初めて193名に及ぶ脱落者が出たというべきで、本件声明文掲示行為は組合員に対し大きな影響を与えうる行為であったということができる。
カ 以上を総合して考えると、本件社長声明文の掲示は、組合員に対し威嚇的効果を与え、ストライキをいつどのような方法で行うか等という、組合が自主的に判断して行動すべき組合の内部運営に影響を及ぼすものというべきであり、「労働者が労働組合を運営することを支配し、若しくはこれに介入すること」に当たると解するのが相当である。
3(1) 次に、支配介入(労基法7条3号)については、不利益取扱い(同法同条1号)とは異なり、条文上不当労働行為意思を成立要件とする文言(「故をもって」)は用いられていない。そこで、支配介入の成立にはその意思(使用者の主観的認識)は必要とされないのかが問題となる。
(2) 条文の文言からすると、使用者の具体的な組合弱体化の意思(支配介入を使用とする意欲・認識)までは要件とされないが、使用者の認識とは全く無関係に行為の結果のみから不当労働行為製を肯定すると使用者の行為を過剰に制限することになるため、広い意味で反組合的意思をもって行為がなされたことは必要であると解するのが相当である。
(3) これを本件についてみるに、上記のように本件声明文は、組合員全員に対し、組合執行部と一般組合員との離反を図ることを目的として、近い時期にストライキが行われることを認識しつつ、威嚇的効果を狙い、ストライキ不参加を呼びかけることを内容とするものであり、これを全事業所に一斉に掲示するという強硬な手法をとったこと、団交交渉がなお要求される時期において本件掲示に踏み切ったこと、社長名義という権勢を背景になされたこと、組合員に対し多大な影響を与えうる行為であったこと、等の事情を考慮すると、X社が少なくとも反組合的意思をもって本件掲示を行ったことが優に推認できる。したがってX社には7条3号に該当するため要求される支配介入意思が認められる。
4 以上より、本件声明文掲示行為は労組法7条1項3号の支配介入の不当労働行為に該当し、Xの請求は認められない。