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件契約の申込みをする時点において本件規程の存在を認識していたのであり,
被控訴人ら会社を退職する前であっても,その後であっても,本件規程の内容を容易に知ることができたところ,控訴人らは,それまでの好景気,不況等という社会経済面での経験を有していたことからすると,既受給者である控訴人らにとって本件給付利率改定の予測可能性がなかったということはできない。③についても,上記のとおり,同文言が一義的に明確であるとまではいえないが,「将来,経済情勢もしくは社会保障制度に大幅な変動があった場合は,」と厳格な要件を規定していること,本件改廃規定による本件給付利率改定の要件を事前に一律に決定することは不可能であり,本件改廃規定による本件給付利率の改定をするにあたっては,本件給付利率の改定をする必要性と改定後の本件給付利率の相当性という要件が要求され,双方の要件が満たされるのであれば,本件利率改定は有効と評価されると解するのが相当であるから,この点をもって,本件改廃規定による本件給付利率の改定が信義則等に反するということはできない。④については,控訴人らとしては,本件契約を締結するに当たり,退職金を自分で運用するか本件制度を利用するかについて,その自由な選択によってこれを決定できたのであるから,その時点において被控訴人が優越的地位を有していたということはできない。また,本件改廃規定が存在するからといって,上記のとおり,被控訴人が何らの制限を受けることもなく自由に本件規程の内容を変更することが許されないことは当然のことであるから,本件改廃規定の存在が被控訴人の優越的地位を根拠づけるものではないというべきである。よって,この点に関する控訴人らの主張には理由がない。7以上のとおりであるから,本件改廃規定によって既受給者との間においても,本件給付利率の改定をすることは許されるというべきである。なお,控訴人らは,本件利率改定に先立ち,被控訴人が既受給者の個別同意を求め,当初の回答期間を延長してまで,既受給者の個別同意を得ようと
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していたことからしても,本件改廃規定による本件利率改定が許されないも
のであることは,被控訴人自身認識していたと主張する。そして,乙38ないし乙41によると,控訴人らの主張する上記事実が認められるのであるが,法律的には既受給者の個別同意なくして契約内容を変更できる場合であっても,紛争となることを回避するために契約相手方の個別同意を求めるということは,何ら不自然なことではないのであるから,被控訴人が上記のとおり既受給者の個別同意を求めたからといって,被控訴人自身,既受給者の個別同意がなければ本件利率改定ができないと認識していたと認めることはできない(甲15によると,被控訴人の労政グループが平成13年8月に作成した「雇用構造改革の推進にあたって」と題する文書には,本件福祉年金が被控訴人と個人との個別契約であり,既受給者の年金額を減額できるかどうかには法的疑義があって慎重な検討が必要である旨の記載があるが,この記載も,既受給者の個別同意がない限り本件利率改定ができないと被控訴人が認識していたことを示すものでないことは,その表現自体から明らかである。)。また,平成8年4月1日の労使合意により,平成9年3月21日以降の退職者につき本件給付利率を低くした際に,既受給者の本件給付利率を低くしなかったことは上記のとおりであるが,これも,上記と同様,既受給者との紛争を回避して,できるだけ穏便に本件制度の維持を図ろうとしたことによるものであると考えられるのであるから,この事実をもってしても,既受給者の個別同意がない限り本件利率改定ができないと被控訴人が認識していたと認めることはできない。Ⅲ本件利率改定が本件改廃規定の定める要件を満たすか否かについて1経済情勢,社会保障制度の大幅な変動について(1)括弧内に記載の書証及び弁論の全趣旨によると以下の事実が認められる。ア本件給付利率本件制度が開始された昭和41年から本件利率改定が行われた平成1
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4年までの約36年間についてみると,本件給付利率は,昭和41年か
ら平成9年3月20日までに本件契約を締結した者については年10%のままであり,平成9年3月21日以降の退職者は年9.5%,平成10年3月21日以降の退職者は年8.5%,平成11年3月21日以降の退職者は年7.5%とされたことは上記のとおりである。イ市場金利(運用利回り)の推移上記の間についてみると,貸付信託(5年)の年率は,昭和41年が7.32%であり,昭和48年までは7%台であったが,昭和49年から昭和51年までは8%台となり,いったん利率が低くなった後,昭和55年に8.4%となり,その後は,ほぼ一貫して利率が低下し続け,平成7年に1%台となり,平成8年には1%を割って,平成14年には0.05%となった。定期預金(1年)の年率は,昭和41年が5.5%であり,昭和49年,昭和50年は7%台となったが,昭和51年には6.75%となり,その後は,ほぼ一貫して利率が低下し続け,平成6年に1%台となり,平成8年に1%を割って,平成14年には0.04%となった。新発10年国債の年率は,昭和47年が6.91%であり,昭和49年から昭和59年まではほぼ7%台又は8%台であったが,昭和60年以降は,ほぼ一貫して利率が低下し続け,平成14年には1.27%となった。(乙31,乙49)ウ貸出金利の推移上記の間についてみると,長期プライムレート(銀行が最優良の企業に貸し付ける長期資金の金利)の利率は,昭和41年が8.4%であり,昭和48年までは概ね8%台であったが,昭和49年から昭和51年までは9%台となり,いったん利率が低くなった後,昭和55年に9.16%となり,その後は,ほぼ一貫して利率が低下し続け,平成13年に1%台となり,平成14年には1.94%となった。公定歩合は,昭和
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41年が5.48%であり,昭和48年までは4%台後半から6%台前
半の間で推移していたが,昭和49年に9%となり,その後は,昭和55年,平成2年ころに一時的に高くなったものの,低下し続け,平成6年に1%台となり,平成8年に1%を割って,平成14年には0.1%となった。(乙31,乙49)エ年金資産の運用利回りの推移上記の間についてみると,被控訴人厚生年金基金の運用利回りは,昭和53年が10.12%であり,昭和62年までは概ね9%から10%の間で推移していたが,昭和63年に8.65%となり,その後は,ほぼ一貫して利率が低下し続け,平成11年に一時的に14.82%まで上昇したが,平成12年にはマイナス10.6%まで低下し,その後はマイナスのまま推移し,平成14年にはマイナス12.3%となった。年金資金運用基金(公的年金)の運用利回りは,昭和61年が17.07%であり,その後は概ね0%から10%の間で推移していたが,平成11年に10.94%となった後,平成12年にはマイナス5.72%まで低下し,その後はマイナスのまま推移し,平成14年にはマイナス8.46%となった。厚生年金基金連合会の運用利回りは,昭和61年が11.11%であり,その後は一時的な上昇はあったものの概ね0%から10%の間で推移していたが,平成11年に11.29%となった後,平成12年にはマイナス9.83%まで低下し,その後はマイナスのまま推移し,平成14年にはマイナス12.5%となった。(乙34)オ利率引下げ,解散をする厚生年金基金の急増平成9年ころから給付利率の引下げや解散をする厚生年金基金が増え始め,平成12年ころからは急増している。解散数についてみると,平成7年ころまでは毎年1件あるかないかくらいであったのが,平成13
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年には59基金,平成14年には73基金,平成15年には92基金が
解散している。(乙36の1ないし4,乙37,乙49,乙50)カ現役従業員と既受給者との間の格差年金原資1330万円(受給者平均額),20年保証,85歳(60歳平均余命男女平均)まで受給するとの前提条件で,キャッシュバランスプランの下での現役従業員について,60歳から80歳(確定年金のため)までの間に受給する年金総額を試算すると1860万円となり,年金原資を超えて受給する金額(すなわち,本件基本年金の利息相当分と本件終身年金の合計額)は530万円にすぎない。これに対し,同一の前提条件で,本件制度下(本件利率改定前)の既受給者について,60歳から85歳までの間に受給する年金総額を試算すると,①本件給付利率が10%の者の場合には3800万円となり,年金原資を超えて2470万円を受給することができることになり,本件利率改定後(8%)でも,年金総額は3325万円となり,年金原資を超えて1995万円を受給することができることになり,②本件給付利率が7.5%の者の場合は3200万円となり,年金原資を超えて1870万円を受給することができることになり,また,本件利率改定後(5.5%)でも,年金総額は2750万円となり,年金原資を超えて1420万円を受給することができることになる。(乙48)キ本件基本年金の利息,本件終身年金にあたるものとして被控訴人が受給者に支給した額本件福祉年金として被控訴人が受給者に支給した年金額のうち,当該受給者の拠出した原資額を超える部分は,昭和55年に6億4000万円を計上し,その後は一貫して増額を続け,平成8年には76億5000万円,平成10年には101億2000万円,平成12年には117億6000万円,平成13年には128億8000万円となった。(乙
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13,乙44)
ク被控訴人の業績の推移(ア) 平成8年当時,我が国は,所謂バブル経済崩壊後の日本経済の長期低迷状態による影響下にあった。そして,被控訴人の属する電器製品業界において,中国を中心としたアジア諸国の台頭が著しく,例えば,ノートPCの世界生産に占める中国の比率は,平成12年は,殆どなかったのが,平成16年は,80%に,DVDのそれは,平成11年が15%であったのが,平成16年に66%に増大している。これら中国を中心としたアジア諸国の台頭の結果,製造原価の安い電器製品が日本市場に流通し,日本国内における主要商品の単価を年ごとに下落させる要因の一つとなっていった。また,このことは,被控訴人を含む国内の電子工業生産額の減少をもたらした。その生産額は,平成8年には約25兆円であり,その後一進一退を繰返し,平成12年には約26兆円であったが,平成13年には19兆円に,平成14年には約18兆円に減少している。(乙70ないし乙72)(イ) 上記の電器製品業界の状況に呼応するように,被控訴人の業績が悪化し,スタンダード&プアーズは,平成14年3月,被控訴人の格付を,前回「A+」であったのを「A」に格下げした。この格下げは,国内の家電製品需要が低迷する中,同社の高コスト構造,成長戦略の不透明さにより,同社が期待する収益力とキャッシュフロー創出力の回復が,同社の予想を上回る時間を要するであろうとの見解や,キャッシュフローで裏付けられる債務返済能力や事業への継続的な投資力が,以前の格付け水準に見合わなくなろうだろうとの見通しも反映された結果であった。(乙79)(ウ) 被控訴人の営業利益等は次のとおり推移していった。a売上高は,平成元年3月期の決算で4兆0746億円と4兆円台を超え,その後,年間4兆円台を上下し,平成13年3月期に4兆
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8318億円であったのが,平成14年3月期には3兆9007億
円と激減し,平成15年3月期には4兆2378億円となった。b営業利益率(売上高に占める営業利益の占める割合)は,昭和41年11月期に10.1%だったのが,平成元年3月期には3.5%,平成13年3月期には1.6%,平成14年3月期にはマイナス2.4%,平成15年3月期には1.2%となり,次第に低下してきている。(乙10の1,2)c平成14年3月期の決算において,約1324億円の赤字を計上した。なお,その前後の被控訴人の純利益は,平成12年3月期が約423億円,平成13年3月期が約637億円,平成15年3月期が約288億円であった。(乙10の1)d株主資本利益率は,昭和41年11月期に10.8%だったのが,平成元年3月期には8.0%,平成13年3月期には2.4%,平成14年3月期にはマイナス5.1%,平成15年3月期には1.1%となり,次第に低下してきている。(乙10の1)ケ括弧内に記載の書証及び弁論の全趣旨によると,上記のような経済状態の中で,被控訴人が,雇用,賃金,退職金,年金等の各種制度について以下のとおりの見直しを行ったことが認められる。(ア) 地域限定社員制度の導入被控訴人は,高コスト体質の改善を掲げ,平成11年,春季労使交渉において,K労組に対し,貸金,賞与,福祉退職金,年金制度などの全面的な見直しを提案し,交渉を重ね,平成12年8月,地域限定社員制度(転居を伴う異動がない代わりに本給水準を1割ないし2割引き下げる制度)が導入され,被控訴人,主要分社,関係会社の従業員約7万8000人を対象に募集が行われ,約2万5000人がこれを選択し,該当者については約3万円から5万円,本給が引き下げられた。
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(イ) 特別ライフプラン等の実施
平成13年度に入って,新商品の開発増販を目指しながら,在庫削減,材料のコストダウン等のコスト削減の取組みを進め,更に,雇用構造改革の一環として早期退職者優遇施策(特別ライフプラン支援)が実施され,被控訴人,主要分社,関係会社の従業員約9万2500人を対象に募集が行われ,最終的に翌年3月末までに約1万1000人が退職した。同施策の実施に際し,被控訴人は退職者に対し,退職金に上乗せして,最大で年収の2.5年分相当(基準内賃金の40か月分)を支給した。また,同年末には,課長職以上の管理職の賞与について,同年の夏季賞与に比して15%の減額支給も行われた。(乙63ないし乙65)(ウ) 全社特別緊急経営施策の実施上記のとおり,平成14年3月期決算において,被控訴人が上場以来初の最終赤字を計上したことを受けて,同年には,全社特別緊急経営施策として,出張手当削減,超過勤務手当の割増率引下げ等が行われた。また,役員賞与ゼロ,役員年俸の30%以上のカット(役員の月次報酬は既に平成13年7月から20%カットされていた。),課長以上の管理職の年俸の10%ないし25%のカット,さらに労働組合員の賃金増額を凍結し半年の延期が実施されるなどした。(エ) 退職金制度,本件制度の抜本的見直し上記のとおり,被控訴人は,平成12年4月,被控訴人厚生年金基金の加算年金の給付利率を年7.5%から年5.5%に引き下げた。また,被控訴人は,平成14年4月,現役従業員に対する関係で本件制度を廃止し,同月1日付の退職者から,被控訴人厚生年金基金の加算年金の代わりに厚生年金基金第一加算年金(給付利率年5.5%,20年保証の終身年金)を,本件制度の代わりに厚生年金基金第二加
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算年金として市場金利連動型のキャッシュバランスプラン(終身年金
制度は採用されておらず,変動利率型で最長20年の確定年金であり,平成14年4月から当面年3.5%の給付利率で支給を開始している。)をそれぞれ導入した。その後,平成15年10月には,老齢厚生年金の代行返上に伴って,被控訴人厚生年金基金はK電器企業年金基金に組織変更され,厚生年金基金第一加算年金は企業年金基金第1年金(国債の利回りに連動する変動利率型の終身年金で,当面年2%の給付利率で支給を開始している。)に,厚生年金基金第二加算年金は企業年金基金第2年金に,それぞれ変更された。(乙68)(2)上記のとおり,被控訴人が,既受給者に対し,本件基本年金の利息相当分及び本件終身年金として支給する金額は年々増加している。そして,市場の貸出金利についてみると,長期プライムレートが,昭和41年に8.4%であったのに対し,昭和56年からほぼ一貫して低下を続けて,平成14年には1.94%となり,公定歩合も,昭和41年に5.48%であったのに対し,同じく昭和61年から低下を続けて,平成14年には0.1%と低下しており,本件基本年金の利息相当分に対する本件給付利率との間に大きい乖離が生じており,本件制度に関する被控訴人の負担は年々増大してきていると認めるのが相当である。また,市場での運用利回りについてみると,上記のとおり,貸付信託(5年)が,昭和41年に7.32%であったのに対し,昭和56年から低下を続けて平成14年には0.05%となり,定期預金(1年)が,昭和41年に5.5%であったのに対し,昭和52年から低下を続けて,平成14年には0.04%となり,新発10年国債についても,昭和47年に6.91%であったのに対し,昭和60年以降はほぼ一貫して低下を続けて,平成14年には1.27%となったというのであるから,控訴人らにとって,本件給付利率は,昭和41年当時であれば,市場での運用利回
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りより2.68%ないし4.5%高い運用利回りであったのが,平成14
年には市場での運用利回りより8.73%ないし9.96%高い利回りで運用していることになり,自分で退職金を運用した場合には到底得ることのできないような高利率での利息を取得しているということになる。他方,被控訴人の営業利益率についてみると,上記のとおり,本件制度の開始時には10.1%であったのに対し,平成13年3月期には1.6%に低下し,平成14年3月期にはマイナスとなったのであり,株主利益率についても,同様に大幅な減少がみられ,このような経済情勢の中で,被控訴人は,現役従業員の労働条件の低下を余儀なくされ,さらには,現役従業員との関係で本件制度を廃止し,本件給付利率よりはるかに低い利率での年金給付制度を導入したのであるから,本件福祉年金の既受給者と被控訴人ら会社の現役従業員との間には,年金の受給額等につき極めて大きな格差が生じていると判断される。従来と比較して市場での運用利回りが大幅に低下しているにもかかわらず,控訴人ら既受給者が何ら変わることなく上記のとおり極めて高利率での利息を取得することができるのは,被控訴人の存続と被控訴人ら会社の現役従業員の労務提供があってのことであり,そうであるとすると,上記のとおり,被控訴人の営業利益率が低下し,被控訴人ら会社の現役従業員の年金受給額との大幅な格差が生じている状況のもとで,控訴人ら既受給者の利益のみを維持し続けるということは,公平の観点からみても妥当な結論であるとはいい難い。また,これらの被控訴人をとりまく経済情勢,社会保障制度は,被控訴人に特有なものではなく,貸付信託等の運用利回りの低下を受けて,上記のとおり,年金資金運用基金や厚生年金基金連合会の運用利回りも大幅に低下しており,給付利率の引下げや解散をする厚生年金基金が急増しているというのである。そして,以上のことに,本件制度は,未だ公的な社会保障制度の整備が
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不十分であった時代に,従業員の退職後の生活の安定を図り,退職金の運
用先を提供する趣旨も含め,市場金利よりも若干有利な給付利率による年金を長期間に渡って継続的に支給し続けるということを目的とするものであり,現に,昭和41年に本件制度が発足した際の給付利率10%は,当時の長期プライムレート年8.4%よりも若干高めの利率であったことを総合すると,被控訴人において,控訴人らを含む既受給者に対し,従来と同率の本件給付利率を維持しながら本件福祉年金の給付を行うことが困難となるような経済情勢の変動があったと認めるのが相当である。また,被控訴人ら会社の現役従業員に対して予定されている年金の受給額は,本件福祉年金の既受給者との間で大きな格差が生じているというのであるから,そのことからすると,社会保障制度についても,被控訴人ら会社の現役従業員との関係で大幅な変動が生じていると認めるのが相当である。なお,平成16年度以降は,受給者の減少により,被控訴人が填補すべき額も年々減少することが予測されるのであるが(乙45),受給者の減少が生じるのは,被控訴人が現役従業員に対する関係で本件制度を廃止したことが原因であり,しかも本件制度を廃止した結果,現役従業員と既受給者との間に,年金原資を超えて受給できる金額について著しい格差が生じることが上記のとおりであるとすると,このことは,経済情勢,社会保障制度に大幅な変動があったという結論に影響を及ぼすものではないというべきである。(3)この点に関する控訴人らの主張について検討する。ア控訴人らは,本件規程が平成8年に改定され,その後に退職する従業員については本件給付利率が変更されたことから,それ以前に退職した従業員については本件給付利率を変更しないという決定がされたとして,そのような退職者については平成8年を比較の基準時とすべきであり,平成8年より後に退職した従業員についてはその退職時である本件契約
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締結時を比較の基準時とすべきであると主張する。
しかし,平成8年にされた本件規程の改定は,その時点における経済情勢の変動に鑑み,その後に退職する従業員については,本件給付利率を引き下げるということを内容とするものであったにとどまると考えられるのであり,それ以前に退職した従業員の本件給付利率が相当であるからこれを変更する必要性はないとの積極的判断がされたことを認めるに足りる証拠はない。また,上記改定により,平成9年3月21日以降の退職者については年9.5%,平成10年3月21日以降の退職者については年8.5%,平成11年3月21日以降の退職者については年7.5%と給付利率が改定されたのも,その当時の客観的情勢から適切と判断される給付利率を決定した訳ではなく,本件制度をできる限り従来と同一内容で維持するという方針,退職時期のわずかな違いで年金額が大幅に変更されるのも相当でないとの判断のもとに,段階的に給付利率を減らしていったににすぎないと認めることができる。したがって,上記控訴人らの主張は採用することができない。さらに,上記(1)(2)認定事実によれば,平成8年以降の出来事だけをとってみても,本件改廃規定が定める経済情勢,社会保障制度に大幅な変動があったということができる。イ控訴人らは,経済情勢,社会保障制度の大幅な変動には,被控訴人に関する経済情勢等の変動は含まれない旨主張するが,上記認定の被控訴人の営業状態の悪化等は,被控訴人固有の原因で発生したわけではなく,国内及び国際情勢の影響もその大きい原因を与えていたのであるから,この点に関する控訴人らの主張は採用できない。また,控訴人らは,被控訴人の平成14年3月期の赤字決算は,事業構造改革費用や保有株式の評価損の計上という特別な要因によるものであり,被控訴人は,その後V次的な大幅回復をし,豊富な余剰金を有し
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ている旨主張する。そして,甲7の1・2,甲22によれば,被控訴人
の平成14年3月期の決算は,売上高の大幅減少や価格低下の影響を受け,営業損失929億円,経常損失424億円を計上し,特別損失として雇傭構造改革や国内事業・流通部門の再編に伴う事業構造改革の費用1305億円,保有株式の評価損815億円を計上し,その結果当期純損失は,税引前2541億円,税引後(法人税調整額の差引)で1324億円であったこと,平成15年3月期の決算では,営業利益528億円,経常利益801億円,税引前当期純利益885億円,税引後当期純利益288億円を計上し,平成16年3月期の決算では,営業利益469億円,経常利益1052億円(受取配当金が増加した。),税引後当期純利益594億円を計上したことが認められる。ところで,平成14年3月期の決算では,事業構造改革の費用1305億円,保有株式の評価損815億円を計上しているが,平成14年3月期の決算では,既に,営業損失929億円が発生しているのであり,このことに上記(1)ク,ケの認定事実を総合すれば,当時の被控訴人は,高コスト等が原因で,慢性的な赤字体質に陥っていたのであり,本件制度の見直しを含め,被控訴人の構造改革は避けて通れない事柄であったこと,そして,それを実行したこともあって,その後の年度で大幅な回復を示したと認めることができる(乙76)。また,乙77によれば,被控訴人の平成14年3月期の決算では,赤字決算ながら,資本金2587億円に対し,資本合計が2兆5533億円あることが認められるが,乙77,乙78の1・2に弁論の全趣旨を総合すれば,被控訴人の純資産あるいは利益剰余金の大半は事業資産や投資資産に姿を変えており,必ずしもキャッシュが存在するわけではないことが認めらる。したがって,控訴人らの上記主張は採用することができない。控訴人らは,その他,本件利率改定後の事情を種々主張するが,本件利率改定後の事情は,上記経済状況の変動
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に関する認定に影響を及ぼさない。
ウ控訴人らは,本件制度のための被控訴人負担額が今後減少していくのであり,また,本件利率改定をした場合としなかった場合との差額は被控訴人の事業規模からみると大きなものではないのだから,本件利率改定を行う必要性はないと主張する。しかし,上記のとおり,被控訴人の負担額が減少していくのは,本件制度を廃止したためであると考えられるのであるから,今後の被控訴人負担額の減少を本件利率改定の必要性を否定する理由にすることは相当でない。また,被控訴人は,経費の節減のためにさまざまの施策を講じているのであり,その一つ一つによる効果は大きなものではないとしても,それを総合することによって経費節減の効果を生じさせようとしていると考えられるのであるから,本件利率改定による経費節減の効果が被控訴人の事業規模と比較して大きなものでないとしても,そのことは本件利率改定の必要性の程度を減少させるものではないというべきである。エ控訴人らは,現役従業員との間に年金受給額の格差が生じるのは,被控訴人の労務政策の変遷がもたらした結果にすぎず,その格差が何らかの法的効果をもたらすわけではないと主張する。しかし,被控訴人の労務政策に変更があったのは,上記認定事実によると,被控訴人の経済状態を含む経済情勢の大幅な変動があり,また,被控訴人をとりまく社会保障制度に大幅な変動があったことによるものであると認められるのであるから,そのような労務政策の変更があったことこそ,それは本件利率改定の必要性を基礎づけるものというべきである。オ控訴人らは,既受給者もかつては老後の生活保障も励みにして労務を提供し,被控訴人ら会社の利潤蓄積に貢献したところ,本件基本年金の
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利息相当分の受給は,その労務の提供の成果に対する還元という側面も
有していること等を理由として,現役従業員との格差を問題とするのは不合理であると主張する。しかし,現役従業員も被控訴人の業績に貢献しているうえ,控訴人らは,本件利率改定により利率が低下してもなお,市中金利,特に,長期プライムレートを大きく上回っており,その分,本件制度による恩恵を受けていると考えられるのであり,控訴人らの上記主張は採用できない。カ控訴人らは,経済情勢の変動を示す指標として,消費者物価指数等も重要な指標となるところ,消費者物価指数は平成8年以降極めて安定していると主張する。しかし,このことを考慮にいれても,上記(1)(2)に認定指摘した諸事情が存するのであり,本件改廃規定が規定する経済情勢,社会保障制度に大幅な変動が存するとの認定判断を覆すことができない。(4)以上のとおり,本件改廃規定が規定する経済情勢,社会保障制度に大幅な変動が存することが認められる。もっとも,上記のとおり,被控訴人は,本件改廃規定が規定する要件が認められれば,自由に本件規程を改定できる訳ではなく,本件利率改定内容の必要性,相当性を必要とすることは,事柄の性質上明らかである。また,本件利率改定に当たり,本件制度は退職労働者の福祉政策の一環として労働組合との協議のうえ発足したものであるから労働組合に対し理解を求めることが必要であるし,また,本件年金受給者は退職して労働組合員ではないから,不利益を受ける本件年金受給者に対しても,本件利率改定に対し理解を求める努力をする等手続の相当性が必要である。以下,この利率改定内容の必要性,相当性,本件利率改定手続の相当性につき順次検討することとする。2本件利率改定の内容の必要性,相当性について
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上記1で認定したところによれば,被控訴人は,業績低迷の対応策として,
被控訴人従業員に「キャッシュバランスプラン」を導入し,当面年3.5%の給付利率での支給が開始されており,本件基本年金の既受給者の受給額と現役従業員が退職後に受給しうる年金額との間に大きい格差が生じていること,従業員や取引先にコストダウン施策の協力を要請し,株主に対する配当減少も余儀なくされている一方,本件制度にかかる負担額が増大し,いわば,これら現在の従業員,被控訴人の取引先や株主の犠牲のもと,本件給付利率が高率を維持しているといっても過言でないこと,また,利率引下げ,解散をする厚生年金基金が急増していること,さらに,金融市場における利率,特に,平成14年当時の長期プライムレートと比較すると本件制度の給付利率と大きくかけ離れていること,そもそも,本件制度は,未だ公的な社会保障制度の整備が不十分であった時代に,従業員の退職後の生活の安定を図り,退職金の運用先を提供する趣旨も含め,市場金利よりも若干有利な給付利率による年金を長期間に渡って継続的に支給し続けるということを目的とするものであり,現に,昭和41年に本件制度が発足した際の給付利率10%は,当時の長期プライムレート年8.4%よりも若干高めの利率であったこと等を総合すれば,本件制度による給付利率を一律2%程度引下げる必要性があったこと,そして,引き下げ後の利率は,本件制度への加入時期に応じて,年5.5%ないし8%であり,一般金融市場における利率に比べ,なお相当程度高い利率であること等も考えれば,控訴人らの利益を著しく損なうものではなく,本件利率改定は相当な範囲のものであったと認めることができる。(したがって,将来,市中金利が本件給付利率と同程度かこれより高くなった場合は,本件給付利率も高く改訂されることが予想される。)。3本件利率改定の手続の相当性について(1)本件利率改定に際して労使協議がされたことは当事者間に争いがなく,乙55及び括弧内に記載の書証によると,本件利率改定に対する同意を得
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るために,被控訴人が既受給者に対して行った説明会等の手続は以下のと
おりであり,これにより,被控訴人は,本件利率改定につき既受給者の94.6%の同意を得たことが認められる。ア書簡の送付被控訴人は,平成14年4月末ころ,既受給者に対し,①被控訴人において本件利率改定をするに至った背景,趣旨を伝えるとともに,既受給者の理解を求める内容の書簡を,被控訴人のL社長(以下「L社長」という。)名で送付した。書簡については,その後も,②本件給付利率を一律2%引き下げることについての既受給者の理解を求める内容の被控訴人のM副社長(以下「M副社長」という。)名の書簡,③本件利率改定後の年金額の試算,及び本件利率改定に対する同意を求める内容が記載され,同意用の葉書が同封された被控訴人の労政グループ名の通知,④本件経過措置についての説明,分社・事業場・地区別説明会(以下「事業場別説明会」という。)の案内等が記載されたM副社長名の書簡,⑤同意した既受給者に対するM副社長名の礼状,⑥不同意者に対して再度同意を求める内容が記載されたM副社長名の書簡が送付された。(乙38ないし乙42,乙55)イN会定期支部総会後の会社説明会被控訴人の人事責任者は,同年5月ころから,全国35地区で行われたN会(被控訴人ら会社の定年退職者(定年扱い退職者を含む。)の親睦団体である。)の定期支部総会後に,本件利率改定について既受給者に対し直接説明し,理解を求めた。(乙8,乙56,乙57)ウフリーダイヤルの設置被控訴人は,同年5月半ばころから,既受給者からの様々な質問や意見に対し個別に直接回答するために,フリーダイヤルを設置した。エ事業場別説明会
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被控訴人は,同年6月末ころから,全国延べ81地区において事業場
別説明会を実施し,本件利率改定について既受給者に対し直接説明し,理解を求めた。(乙58ないし乙62,乙66)(2)括弧内に記載の書証及び弁論の全趣旨によると,本件利率改定に際して,被控訴人が控訴人らに本件規程等を以下のとおり送付したことが認められる。ア本件利率改定に際し,控訴人らをはじめとする本件福祉年金の既受給者から,被控訴人に対し,各人が退職した当時の本件規程を見せて欲しいとの要望が寄せられた。そこで,被控訴人は,原本が現存するものについてはワープロで作成し直し,原本が現存しないものについては現存する本件規程,労使の協定書や答申書,各種の社内通達など現存する他の資料を参考にして原本の内容を再現し,また,復刻版を作成するなどした。この復刻版の作成に際しては,若干の文字や送りがなの変更等を行った。(乙3の1ないし5)イまた,昭和59年10月1日改定の際には,預入限度額が退職金の70%以内から50%以内に変更されたことなどとの関係から,労使協定により経過措置が設けられたところ,本件規程の記載のみからでは経過措置の内容を知ることができないので,経過措置の対象となっていた既受給者に送付されることになる昭和61年10月1日改定及び平成2年4月1日改定に係る本件規程の復刻版には,分かりやすさの観点から第5条に括弧書きで経過措置の内容を付け加えた。同様の取扱いは,平成8年4月1日改定の際の経過措置についても行っている。なお,分かりやすさのため,復刻版の作成に際しては,「昭和65年」などと表記せず,平成の元号を用いた。(乙3の2,4,5,乙19の2,乙20)ウそして,被控訴人は,平成14年9月17日,本件利率改定の対象となった全ての既受給者に対し,前提となる事実3(1)の新年金証書の発送
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の際,各人の退職時に存在していた本件規程の復刻版(本文と別表)と
本件利率改定に伴い改定した新しい本件規程の別表も同封して発送した。(乙3の1ないし5,乙21(枝番も含む。),乙55)(3)上記認定のとおり,被控訴人は,本件利率改定をするにあたり,本件規程の復刻版を作成するなどしてこれを既受給者に送付したうえ,N会定期支部総会後の会社説明会や事業場別説明会で既受給者に対し本件利率改定をするに至った経緯を説明して理解を求め,これにより,被控訴人は,既受給者の94.6%の同意を得たものであり,本件利率改定の手続の相当性も認めることができる。4以上のとおり,本件改廃規定に基づく,本件利率改定は,有効であり,その効力が生じたことが明らかである。第4結論以上の次第で,控訴人らの請求は理由がなく,これを棄却した原判決は相当であるから,本件控訴を棄却し,控訴人らが当審で追加した請求も,理由がないのでこれを棄却し,当審における訴訟費用は,控訴人らの負担とすることとして,主文のとおり判決する。大阪高等裁判所第1民事部裁判長裁判官横田勝年
裁判官東畑良雄
裁判官植屋伸一
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(別紙省略)