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【答案】重判平成21年度民法13事件 遺留分侵害額算定における相続債務額の加算

2012年05月09日 | 重判民法答案

 

最高裁判所平成21年03月24日 第三小法廷 判決
(平成19(受)1548 持分権移転登記手続請求事件)
(民集 第63巻3号427頁)
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=01&hanreiNo=37455&hanreiKbn=01


【問題】
 被相続人Aの法定相続人は子X・Yである。Aは、財産全部をYに相続させる旨の公正証書遺言を残して死亡した。Aの財産は甲不動産を含む5億円の積極財産と、4億円の消極財産である。Aが死亡した後、Yがすべてを承継して甲不動産の登記も自己に移転した。Xが遺留分減殺請求権を行使する場合、考えうるXの主張、Yの反論を論じた上で、裁判所はいかに判断すべきか論じよ。

【答案】
第1 Xの主張
 Xとしては、①Xの純取り分につき、可分債務は法定相続分に応じて当然に分割され、その2分の1をXが負担することになるから、Xの純取り分は消極財産2億円である、②遺留分侵害額につき、遺留分額の算定の基礎となる遺産額は積極財産5億円から消極財産4億円を引いた1億円であり、X遺留分額はこれに4分の1をかけた2500万円である、そこで遺留分侵害額は慰留分額2500万円から純取り分マイナス2億円を引いた2億2500万円である、として、Yに2億2500万円の支払を求めることが考えられる。

第2 Yの反論
 これに対しYとしては、①Xの純取り分につき、相続分本件遺言により相続債務もYがすべて承継することになるとして、Xの純取り分は積極財産0円消極財産0円の0円である、②遺留分侵害額は、Aの積極財産から消極財産を差し引いた1億円の4分の1である遺留分額2500万円から純取り分0円を引いた2500万円になると反論することが考えられる。

第3 裁判所の判断

 Xの主張とYの主張の実質的相違点は、消極財産については、相続開始時点において可分債務は相続分に応じて当然に分割されるという確定した判例理論の適用により、本件遺言の効力は消極財産には及ばず、Xは消極財産を相続するのか、それとも、本件遺言により、積極財産のみならず消極財産もYに帰属することになるのか、という点にある。そこで、本件遺言の効力をいかに解するかの検討が必要となる。


(1) この点については、遺言書において表明されている遺言者の意思を尊重して合理的にその趣旨を解釈することによって決すべきである。そこで、相続人のうちの1人に対して財産全部を相続させる旨の遺言により相続分の全部が当該相続人に指定された場合、遺言者の通常の意思を合理的に解釈すると、遺言の趣旨等から相続債務については当該相続人にすべてを相続させる意思のないことが明らかであるなどの特段の事情のない限り、当該相続人に相続債務もすべて相続させる旨の意思が表示されたものと解すべきであり、これにより、相続人間においては、当該相続人が指定相続分の割合に応じて相続債務をすべて承継することになると解するのが相当である。Xの主張する、可分債務は相続分に応じて当然に分割されるという判例理論は、被相続人の意思が不明の場合に可分債務の性質により相続分に応じた当然の分割を認めるものであり、相続債務について遺言者の意思が合理的に推認される場合にまで遺言者の意思に反して適用されるものではないというべきである。

(2) なお、以上のように解すると、上記遺言による相続債務についての相続分の指定は、相続債務の債権者の関与なくされたものであり、各相続人の資力を見込んでいた相続人の期待を一方的に害するおそれがある。そこで、相続債権者に対してはその効力が及ばないものと解するのが相当であり、各相続人は、相続債権者から法定相続分に従った相続債務の履行を求められたときには、これに応じなけばならず、指定相続分に応じて相続債務を承継したことを主張することはできない。しかし、相続債権者のほうから相続債務についての相続分の指定の効力を承認し、各相続人に対し、指定相続分に応じた相続債務の履行を請求することは、免責的債務引受の同意と同視でき、妨げられないというべきである。

(3) もっとも、こののことは相続人と相続債権者の間においてのみ妥当することであり、各相続人間の法律関係においては、前記のように被相続人の意思に従い相続債務はすべて指定相続人に帰属するとして問題はない。


 これを本件につきみるに、本件遺言の趣旨からAの負っていた相続債務については、Yにすべてを相続させる意思のないことが明らかであるなどの特段の事情はうかがわれないから、本件遺言によりXとYの間では、上記相続債務は指定相続分に応じてすべてYに承継され、Xはこれを承継していないというべきである。そうすると、結局Xは積極財産も消極財産も相続しない以上、Xの純取り分額は0円となる。したがって、Xの遺留分侵害額は、積極財産5億円から消極財産4億円を差し引いた遺産総額1億円の4分の1である2500万円から純取り分額0円を引いた2500万円となる。よって、裁判所は2500万円の限度で、Xの遺留分減殺請求を認めるべきである。

 


【答案】平成21年度重判民法6事件 賃借人が損害回避・減少措置をとらなかった場合の通常損害

2012年05月09日 | 重判民法答案

平成21年度重判民法6事件 店舗賃貸人の修繕義務不履行において賃借人が損害回避・減少措置をとらなかった場合の通常損害

最高裁判所平成21年01月19日第二小法廷判決
(平成19(受)102  損害賠償請求本訴,建物明渡等請求反訴事件)
(民集 第63巻1号97頁)
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=01&hanreiNo=37200&hanreiKbn=01

【問題】
1 XはY所有の駅前ビルの地下1階部分を賃料月額20万円、期間1年の約定で賃借してカラオケ店を営業していた。
2 平成7年3月の期間満了に際して、Yは更新を拒絶し、同年10月にはYはXに500万円の立退き料とともに解除を通告したが、Xは本件店舗部分でのカラオケ店営業を継続した。
3 本件ビルは建築から約30年が経過し、老朽化による大規模な改装とその際の設備の更新が必要とされており、平成4年9月ころからは本件店舗部分に浸水が頻繁に発生し、浸水の原因が判明しない場合も多かった。
4 平成9年2月12日、排水ポンプの故障により床上30~50センチの浸水事故が発生し、Xは休業を余儀なくされた。
5 XはYに対し修理を要請したが、Yは同年2月18日付けで建物の老朽化を理由に再度の契約解除を通告した。
6 Xは、平成9年5月に本件事故によるカラオケセット等の損傷に対し、合計3700万円余りの保険金の支払を受けた。
7 Xは占有を継続し、Xには本件事故から事実審口頭弁論終結時まで月額100万円の営業利益の喪失損害が生じている。
8 Xは、事故から1年7か月後の平成10年9月14日に訴えを提起し、Yの修繕義務の不履行を理由に事故発生から平成13年8月11日までの営業利益の喪失損害5400万円(月額100万円×54か月)の支払を求め、訴えを提起した。
 Xの上記請求に対し裁判所はいかに判断すべきか。なお、上記2・5のYの契約解除は借地借家法28条にいう正当の事由が認められず、効力を生じないものとする。

【答案】

 Xの主張する、Yの債務不履行に基づく損害賠償請求権の成否につき検討する。
 YはXに対し、本件事故後も引き続き賃貸人として本件填補部分を使用収益させるために必要な修繕義務を負担しているにもかかわらず、その義務を尽くさなかったのであり、Yは「債務の本旨に従った履行」をなしていない。そして、そのことにつきYに過失も認められる。

(1) それでは、XにXの主張通りの損害を認めてよいか。本件事故後、Xは早期に損害軽減のための処置を取っておらず、このような場合にも発生した損害の全額について債務者は賠償義務を負うかが問題となる。
(2) 履行障害が生じた後損害が拡大することが高度の蓋然性をもって予測できる場合であって、債権者が損害を回避又は減少させる措置を取ることが困難ではないといった事情がある場合、債権者としては条理上、損害を回避又は減少させる措置を取る義務を負い、かかる義務の履行に向け債権者が何ら方策を講じないまま徒に事態を拱手傍観し、損害を拡大させた場合には、当該拡大損害部分については416条1項にいう「通常生ずべき損害」に含まれないというべきである。
(3)ア これを本件についてみるに、平成4年9月ころから本件店舗部分に浸水が頻繁に発生し、浸水の原因が判明しない場合も多かったこと、本件ビルは本件事故時において建築から約30年が経過しており、本件事故前において老朽化による大規模な改装とその際の設備の更新が必要とされていたこと、Yは、本件事故の直後である平成9年2月18日付け書面により、被上告人に対し、本件ビルの老朽化等を理由に本件賃貸借を解除する旨の意思表示をして本件店舗部分からの血亜巨を要求し、Xは本件店舗部分における営業再開のめどが立たないため、本件事故から1年7か月が経過した平成10年9月14日、営業利益の喪失等について損害の賠償を求める本件訴えを提起したことといった事実がみとめられる。これらの事実によれば、Yが本件修繕義務を履行したとしても、老朽化して大規模な回収を必要としていた本件ビルにおいて、Xが本件賃貸借契約をそのまま長期にわたって継続しえたとは必ずしも考えがたい。
 また、本件事故から1年7か月後を経過して本件訴えが提起された時点では、本件填補部分における営業の再開は、いつ実現できるか分からない実現可能性の乏しいものとなっていたものと解される。
 以上の事実から判断するに、本件事故後Xが速やかに損害回避のための何らかの方策を講じない限り、営業利益の損失の損害が拡大し続けることが高度の蓋然性をもって予測できた場合といえる。
イ 他方、Xが本件店舗で行っていたカラオケ店の営業は、本件店舗部分以外の場所では行うことができないものとは考えられないし、Xは、平成9年5月に本件事故によるカラオケセット等の損傷に対し、合計3700万円余りの保険金の支払を受けているというのであるから、これによって、Xは再びカラオケセット等を整備するのに必要な資金の少なくとも相当部分を取得したものと解される。
 とすると、遅くとも本件訴えが提起されるまでの1年7か月の間にXとしてはカラオケ店の営業を別の場所で再開する等の損害を回避又は減少させる措置を取ることが困難ではなかったといえる。
ウ 以上より、Xとしては、カラオケ店の営業を別の場所で再開する等、営業利益喪失の損害の拡大を回避又は減少させる措置を取る義務を条理上負っていたにもかかわらず、Xはなんらかかる方策を講じず損害が発生するにまかせたということができる。したがって、Xが上記義務を負うことになった以降の拡大損害部分については「通常生ずべき損害」含まれないというべきである。

 よって、Xに生じた損害のうち、Xが損害を回避又は減少させる措置を採ることが可能となった時点以降の拡大損害については、Xの請求は認められないというべきである。


【答案】平成21年度重判民法5事件 動産留保所有権者に対する土地所有者の明渡し等の請求 

2012年05月09日 | 重判民法答案

 最高裁判所平成21年03月10日第三小法廷 判決
(平成20(受)422 車両撤去土地明渡等請求事件)
(民集 第63巻3号385頁)
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=01&hanreiNo=37405&hanreiKbn=01

【問題】
1 Aは、Xと駐車場の賃貸借契約を締結し、信販会社Yと結んだ車両購入に関する立替払い契約に基づき購入した甲自動車を駐車していた。
2 AY間の契約は以下のようなものであった。
①60回分割返済、
②本件車両の所有権は、Aが本件立替金債務を完済するまで同債務の担保としてYに留保される
③Aは、本件車両の引渡を受け、善管注意をもって管理する
④Aが分割金の支払を怠って、Yから催告を受けたにもかかわらずこれを支払わなかったときは、当然に期限の利益を喪失し、残債務全額を直ちに支払う
⑤この場合、AはYからの本件車両の引渡請求に異議なく応じ
⑥Yは、公正な売却額で立替金債務の弁済に充当する
3 Aは、本件立替払契約上の分割金の不払により期限の利益を喪失し、残債務額全額の弁済期が経過した。
4 Yは訴え提起の時点まで、本件車両が本件土地上に存在していることを知らなかった。

Xは、Yに対して、本件車両の撤去及び駐車場の明渡し並びに駐車場使用料相当損害金の支払いを求めて訴えを提起した。Xの請求は認められるか。

【答案】
第1 本件車両の撤去及び本件土地の明渡し請求について
1 XのYに対する、本件土地所有権に基づく妨害排除権としての本件車両の撤去及び同所有権に基づく返還請求権としての本件土地の明渡請求が認められるためには、Yが甲の所有権者として本件土地を占有していることが必要であるところ、留保所有権を有するに過ぎないYが本件土地を占有しているといえるか。本件所有権留保権に基づきYが本件車両について有する権利の性質が問題となる。
2 留保所有権者が有する留保所有権は、原則として、残債務弁済期が到来するまでは、当該動産の交換価値を把握するにとどまるが、残債務弁済期の経過後は、当該動産を占有し、処分することができる権能を有するものというべきである。そうだとすると、留保所有権者は、残債務弁済期が到来するまでは、当該動産が第三者の土地上に存在して第三者の土地所有権の行使を妨害しているとしても、特段の事情がない限り、当該動産の撤去義務を負うことはないが、残債務弁済期が経過した後は、留保所有権が担保権の性質を有するからといって上記撤去義務を免れないと解するのが相当である。
3 これを本件についてみるに、本件口頭弁論終結時において残債務弁済期は経過しており、Yは本件車両
を占有し処分することができる権能を有している。したがって、YはXの所有する土地を権限なく占有しており、XのYに対する本件車両の撤去及び本件土地の明渡し請求は認められる。
第2 駐車場使用料相当損害金の支払い請求について
1 XのYに対する、不法行為に基づく駐車場使用料相当損害金の支払請求が認められるためには、Yによる侵害に違法性が認められる必要があるが、Yに違法性が認められるためにはYが土地を権限なく占有していることが必要である。そして、不法行為の成立に関しても、Yの占有権原につき上に述べたことは妥当し、残債務弁済期が経過した後はYは本件車両を占有し、処分することができる権原を有するため、Yの侵害は違法となる。
2 もっとも、不法行為の成立には行為者に故意又は過失があることが必要であるところ、残債務弁済期の経過後であっても、留保所有権者は、原則として、当該動産が第三者の土地所有権の行使を妨害している事実を知らなければ過失がなく、上記妨害の事実を告げられるなどしてこれを知ったときに初めて過失が認められると解するのが相当である。
 YはXによる訴え提起により初めて本件車両が本件土地上にあり、Xの本件土地所有権を妨害している事実を知ったのであるから、本件訴状送達時以降過失が認められることになる。
3 よって、XのYに対する不法行為に基づく駐車場使用料相当損害金の支払請求は、Yへの訴状送達時以降の限度で認められる。


【答案】平成21年度重判民法4事件 担保不動産収益執行における収益に係る給付を求める権利の帰属等

2012年05月09日 | 重判民法答案

 平成21年度重判民法4事件 担保不動産収益執行における収益に係る給付を求める権利の帰属および担保不動産の賃借人からの相殺

 最高裁判所平成21年07月03日第二小法廷判決
(平成19(受)1538 賃料等請求事件)
(民集 第63巻6号1047頁)
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=01&hanreiNo=37773&hanreiKbn=01

【問題】
1 本件建物所有者Aは、平成9年、Yとの間で本件建物につき賃貸借契約を締結し(賃料月額700万円)、これをYに引渡し、AはYから保証金3億1500万円、敷金1億3500万円を受領した。
2 Aは、平成10年、Bのために本件建物に本件抵当権を設定し登記を経由した。
3 Aは、平成11年、Yとの間で、Aが他の債権者から強制執行や滞納処分による差押えなどを受けたときは、本件建物につき滞納処分による差押えを受けたため、本件保証金返還債務につき期限の利益を喪失した。
4 本件建物につき、同年5月、Bの申立てに係る本件抵当権に基づく担保不動産収益執行開始決定がなされ、Xがその管理人に選任された。
5 Yは、同年7月から9か月分の賃料の支払いを怠った。
6 管理人Xは、賃借人Yに対して同年7月分から9か月分の賃料6300万円などの支払いを求めて、本件訴訟を提起した。
7 これに対し、賃借人Yは、保証金返還残債権を自働債権とし、賃料残債権を受動債権とする相殺の抗弁を主張した。
Yの主張は認められるか。

【答案】

(1) Yの相殺の主張が認められるためには、本件自働債権たる保証金返還債権と受動債権たる賃料債権に相殺適状が生じていることが必要であるが、もし平成11年5月の担保不動産収益執行開始決定以降に発生した賃料債権が管理人Xに帰属するものであれば、相殺適状が生じず、Yの主張は認められなくなる。そこで、担保不動産収益執行開始決定以降の債権が債権者と管理者のいずれに帰属するかが問題となる。
(2) 担保不動産収益執行は、担保不動産から生ずる賃料等の収益を被担保債権の優先弁済に充てることを目的として設けられた不動産担保権の実行手続の一つであり、執行裁判所が、担保不動産収益執行の開始決定により担保不動産を差し押さえて所有者から管理収益権を奪い、これを執行裁判所の選任した管理人に委ねることをその内容としている(民事執行法188条、93条1項、95条1項)。管理人が担保不動産の管理収益権を取得するため、担保不動産の収益に係る給付の目的物は、所有者ではなく管理人が受領権限を有することになり、本件のように担保不動産の所有者が賃貸借契約を締結していた場合は、賃借人は、所有者ではなく管理人に対して賃料を支払う義務を負うことになるが(同法188条、93条1項)、このような規律がされたのは、担保不動産から生ずる収益を確実に被担保債権の優先弁済に充てるためであり、管理人に担保不動産の処分権限まで与えるものではない(同法188条、95条2項)。
 このような担保不動産収益執行の趣旨及び管理人の権限にかんがみると、管理人が取得するのは賃料債権等の担保不動産の収益に係る給付を求める権利自体ではなく、その権利を行使する権限にとどまり、賃料債権等は、担保不動産収益執行の開始決定が効力を生じた後も所有者に帰属しているものと解するのが相当である。そして、このことは、担保不動産収益執行の開始決定が効力を生じた後に弁済期の到来する賃料債権等についても変わるところはない。
(3) したがって、本件においては、Bの抵当権に基づく担保不動産収益執行の開始決定が効力を生じた後も、本件建物の賃料債権はAに帰属しているから、Yの相殺の意思表示時には相殺適状にあったことになる。

(1) 以上のように解したとしても、本件相殺の意思表示はXではなくAに対してなされており、開始決定の効力発生後、相殺の意思表示を受領する資格を抵当不動産所有者Aがなお有するか、506条1項の「相手方」の意義が問題となる。
(2) 506条1項の「相手方」とは、相殺によって消滅すべき債権関係の帰属者を指称するのであり、受働債権について管理収益権者が取立権を有する場合でも、債権そのものの帰属者は同条1項にいう「相手方」に含まれるというべきである。そして、上記のように、担保不動産収益執行の開始決定が効力を生じた後も、賃料債権等は、不動産所有者に属している。したがって、担保不動産収益執行の開始決定の効力が生じた後も、担保不動産の所有者は「相手方」に当たり、賃料債権等を受働債権とする相殺の意思表示を受領する資格を失うものではないと解するのが相当である。
(3) 本件では、賃貸人Aは、本件開始決定の効力が生じた後も、本件賃料債権の債権者として「相手方」に当たり、Bの相殺の意思表示を受領する資格を有していたことになる。

(1) では、賃借人Yによる本件相殺をもって、管理人Xに対抗することができるか。担保不動産収益執行開始決定以前に取得した担保不動産の所有者に対する債権と、同所有者に対して負う債務との相殺の効力が問題となる。
(2) 被担保債権について不履行があったときは抵当権の効力は担保不動産の収益に及ぶ(370条、民事執行法188条、93条1項)が、そのことは抵当権設定登記によって公示されているということができる。そうすると、賃借人が抵当権設定登記の後に取得した賃貸人に対する債権については、抵当権が担保不動産の収益に及びうることが公示されている以上、賃借人は賃料債権を受働債権とする相殺を抵当権者に対抗できないが、その反面、賃借人が抵当権設定登記の前に取得した賃貸人に対する債権については、上記公示がない以上、賃料債権と相殺することに対する賃借人の期待が抵当権の効力に優先して保護されるべきであるから、担保不動産の賃借人は、抵当権に基づく担保不動産収益執行の開始決定の効力が生じた後においても、抵当権設定登記の前に取得咲いた賃貸人に対する債権を自働債権とし、賃料債権を受動債権とする相殺をもって管理人に対抗することができると解する。
(3) これを本件につきみるに、YのAに対する保証金債権は、Bの抵当権設定登記前に取得したものであるから、Yは当該保証金債権を自働債権とし、賃料債権を受働債権とする相殺の意思表示をもって、管理人Xに対抗することができる。

 よって、本件Yの主張は認められる。

 


【答案】平成21年度重判民法3事件 利息制限法制限超過利息過払金の返還請求権の消滅時効の起算点

2012年05月09日 | 重判民法答案

最高裁判所平成21年01月22日第一小法廷判決
(平成20(受)468 不当利得返還等請求事件)
(民集第63巻1号247頁)
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=01&hanreiNo=37212&hanreiKbn=01

【問題】
 Xは、貸金業者であるYとの間で、一つの基本契約に基づいて昭和57年(1982年)8月10日から平成17年(2005年)3月2日にかけて、継続的に借入れと返済を繰り返す金銭消費貸借取引を行った。借入れは、借入金の残元金が一定額となる限度で繰り返し行い、また、返済借入金債務の残額の合計を基準として各回の最低返済額を設定して、毎月行われていた。
 Xは、その結果、利息制限法を超える利息を支払い、よって過払金が発生したと主張して、平成19年(2007年)になって、不当利得の返還を求めてYを訴えた。これに対して、Yは、過払金発生時から10年を経過した部分については消滅時効が完成しているとして、時効を援用した。
 Yの主張は認められるか。

【答案】

 消滅時効の起算時は「権利を主張することができる時」から進行するところ(166条1項)、本件においてYは本件不当利得返還請求権については、過払金発生時が「権利を主張することができる時」であり、同時点から10年を経過した部分は消滅時効が完成している旨主張している。そこで、本件のような過払金充当合意を含む基本契約に基づく継続的な金銭消費貸借において、消滅時効の起算時、すなわち「権利を主張することができる時」はいつかが問題となる。


 過払金充当合意においては、新たな借入金債務の発生が見込まれる限り、過払金を同債務に充当することとし、借主が過払金に係る不当利得返還請求権を行使することは通常想定されていない。
 そこで、一般に、過払金充当合意には、借主は基本契約に基づく新たな借入金債務の発生が見込まれなくなった時点、すなわち、基本契約に基づく継続的な金銭消費貸借取引が終了した時点で過払金が存在していればその返還請求権を行使することとし、それまでは過払金が発生してもその都度その返還を請求することはせず、これをそのままその後に発生する新たな借入金債務への充当の用に供するという趣旨が含まれているものと解すべきである。
 そうすると、過払金充当合意を含む基本契約に基づく継続的な金銭消費貸借取引においては、同取引継続中は過払金充当合意が法律上の障害となるというべきであり、過払金返還請求権の行使を妨げるものと解する。
 したがって、過払金充当合意を含む基本契約に基づく継続的な金銭消費貸借取引においては、過払金返還請求権の行使について、上記内容と異なる合意が存在するなど特段の事情がない限り、同取引が終了した時点をもって「権利を主張することができる時」というべきであり、消滅時効は同時点から進行すると解するのが相当である。

 本件では上記と異なる合意が存在するなど特段の事情は存在しない。したがって、XY間における基本契約に基づく継続的な金銭消費貸借取引が終了した時点から過払金請求権の消滅時効は進行するのであるから、Yの主張は認められない。