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【答案】平成21年度重判民法4事件 担保不動産収益執行における収益に係る給付を求める権利の帰属等

2012年05月09日 | 重判民法答案

 平成21年度重判民法4事件 担保不動産収益執行における収益に係る給付を求める権利の帰属および担保不動産の賃借人からの相殺

 最高裁判所平成21年07月03日第二小法廷判決
(平成19(受)1538 賃料等請求事件)
(民集 第63巻6号1047頁)
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=01&hanreiNo=37773&hanreiKbn=01

【問題】
1 本件建物所有者Aは、平成9年、Yとの間で本件建物につき賃貸借契約を締結し(賃料月額700万円)、これをYに引渡し、AはYから保証金3億1500万円、敷金1億3500万円を受領した。
2 Aは、平成10年、Bのために本件建物に本件抵当権を設定し登記を経由した。
3 Aは、平成11年、Yとの間で、Aが他の債権者から強制執行や滞納処分による差押えなどを受けたときは、本件建物につき滞納処分による差押えを受けたため、本件保証金返還債務につき期限の利益を喪失した。
4 本件建物につき、同年5月、Bの申立てに係る本件抵当権に基づく担保不動産収益執行開始決定がなされ、Xがその管理人に選任された。
5 Yは、同年7月から9か月分の賃料の支払いを怠った。
6 管理人Xは、賃借人Yに対して同年7月分から9か月分の賃料6300万円などの支払いを求めて、本件訴訟を提起した。
7 これに対し、賃借人Yは、保証金返還残債権を自働債権とし、賃料残債権を受動債権とする相殺の抗弁を主張した。
Yの主張は認められるか。

【答案】

(1) Yの相殺の主張が認められるためには、本件自働債権たる保証金返還債権と受動債権たる賃料債権に相殺適状が生じていることが必要であるが、もし平成11年5月の担保不動産収益執行開始決定以降に発生した賃料債権が管理人Xに帰属するものであれば、相殺適状が生じず、Yの主張は認められなくなる。そこで、担保不動産収益執行開始決定以降の債権が債権者と管理者のいずれに帰属するかが問題となる。
(2) 担保不動産収益執行は、担保不動産から生ずる賃料等の収益を被担保債権の優先弁済に充てることを目的として設けられた不動産担保権の実行手続の一つであり、執行裁判所が、担保不動産収益執行の開始決定により担保不動産を差し押さえて所有者から管理収益権を奪い、これを執行裁判所の選任した管理人に委ねることをその内容としている(民事執行法188条、93条1項、95条1項)。管理人が担保不動産の管理収益権を取得するため、担保不動産の収益に係る給付の目的物は、所有者ではなく管理人が受領権限を有することになり、本件のように担保不動産の所有者が賃貸借契約を締結していた場合は、賃借人は、所有者ではなく管理人に対して賃料を支払う義務を負うことになるが(同法188条、93条1項)、このような規律がされたのは、担保不動産から生ずる収益を確実に被担保債権の優先弁済に充てるためであり、管理人に担保不動産の処分権限まで与えるものではない(同法188条、95条2項)。
 このような担保不動産収益執行の趣旨及び管理人の権限にかんがみると、管理人が取得するのは賃料債権等の担保不動産の収益に係る給付を求める権利自体ではなく、その権利を行使する権限にとどまり、賃料債権等は、担保不動産収益執行の開始決定が効力を生じた後も所有者に帰属しているものと解するのが相当である。そして、このことは、担保不動産収益執行の開始決定が効力を生じた後に弁済期の到来する賃料債権等についても変わるところはない。
(3) したがって、本件においては、Bの抵当権に基づく担保不動産収益執行の開始決定が効力を生じた後も、本件建物の賃料債権はAに帰属しているから、Yの相殺の意思表示時には相殺適状にあったことになる。

(1) 以上のように解したとしても、本件相殺の意思表示はXではなくAに対してなされており、開始決定の効力発生後、相殺の意思表示を受領する資格を抵当不動産所有者Aがなお有するか、506条1項の「相手方」の意義が問題となる。
(2) 506条1項の「相手方」とは、相殺によって消滅すべき債権関係の帰属者を指称するのであり、受働債権について管理収益権者が取立権を有する場合でも、債権そのものの帰属者は同条1項にいう「相手方」に含まれるというべきである。そして、上記のように、担保不動産収益執行の開始決定が効力を生じた後も、賃料債権等は、不動産所有者に属している。したがって、担保不動産収益執行の開始決定の効力が生じた後も、担保不動産の所有者は「相手方」に当たり、賃料債権等を受働債権とする相殺の意思表示を受領する資格を失うものではないと解するのが相当である。
(3) 本件では、賃貸人Aは、本件開始決定の効力が生じた後も、本件賃料債権の債権者として「相手方」に当たり、Bの相殺の意思表示を受領する資格を有していたことになる。

(1) では、賃借人Yによる本件相殺をもって、管理人Xに対抗することができるか。担保不動産収益執行開始決定以前に取得した担保不動産の所有者に対する債権と、同所有者に対して負う債務との相殺の効力が問題となる。
(2) 被担保債権について不履行があったときは抵当権の効力は担保不動産の収益に及ぶ(370条、民事執行法188条、93条1項)が、そのことは抵当権設定登記によって公示されているということができる。そうすると、賃借人が抵当権設定登記の後に取得した賃貸人に対する債権については、抵当権が担保不動産の収益に及びうることが公示されている以上、賃借人は賃料債権を受働債権とする相殺を抵当権者に対抗できないが、その反面、賃借人が抵当権設定登記の前に取得した賃貸人に対する債権については、上記公示がない以上、賃料債権と相殺することに対する賃借人の期待が抵当権の効力に優先して保護されるべきであるから、担保不動産の賃借人は、抵当権に基づく担保不動産収益執行の開始決定の効力が生じた後においても、抵当権設定登記の前に取得咲いた賃貸人に対する債権を自働債権とし、賃料債権を受動債権とする相殺をもって管理人に対抗することができると解する。
(3) これを本件につきみるに、YのAに対する保証金債権は、Bの抵当権設定登記前に取得したものであるから、Yは当該保証金債権を自働債権とし、賃料債権を受働債権とする相殺の意思表示をもって、管理人Xに対抗することができる。

 よって、本件Yの主張は認められる。

 


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