「このばかたれがああああ」
周汰の大きな声が聞こえ、草汰が大きく泣き出した。
親を死ぬほど心配させた草汰を見つけると
周汰は怒り付けてしまった。
「かあちゃが・・かあちゃが、ぽんぽが・・」
男が立ち去った傍の手桶には
山の湯がたっぷり入っておった。
「判っておるよ。なあ。なれどな。
とうちゃはおまえがおらんで、心配で心配で」
「うん」
しゃくりあげながら草汰は頷いた。
「かあちゃもむこうの畑のほうをさがしておるに」
「う・・う・・ん」
周汰は手桶を持つと
「かあちゃにはよう、つかわせてやろうな?」
と、草汰を促した。
「さっきの人がはこんでくれたんだの?
ちゃんと、ありがとうはいったかや?」
「うん」
草汰の手を引いて周汰は歩き出していた。
こんなことがあったあと
また、草汰はそのときのおじちゃんを見かけた。
おじちゃんは草汰の傍に誰もいないときに
そっと草汰を見ていたが、草汰が気が付いて
「ああ?おじちゃあん?」
呼ぶとおじちゃんはそっと手をこまねいて見せた。
「おじちゃん?」
草汰は優しく寂しいおじちゃんが気になっていたから、
おじちゃんのそばに駆け寄っていた。
「うん」
「なに?」
「いや。草汰が数を数えてくれたのに
おじちゃんが途中で」
「ん?」
佐奈は、とまどったが続けた。
「おじちゃんが草汰がかわゆくなって
ないてしもうたから・・・」
「ああ。全部ききたい?」
「うん。かぞえてくれるかや?」
「うん」
今度は小さな指を折り曲げながら、草汰は数を数えだした。
「んーと、みっつう。よ?」
自信なさげな瞳が佐奈を捉えた。
佐奈は頷くと声を出した。
「よっつう」
追うように、草汰の声が重なりだすと、
佐奈の声を追い越した。
「いつつう」
「むっつう」
「ななつう」
「やっつ」
「えと・・・」
少し考えて
「とお」
佐奈が小さく笑うと草汰は気が付いた。
「ここのつだ」
「そうだ」
二人の声が再び勢いよく重なった。
「とお!」
草汰の頭をなぜると佐奈は
「ありがとう」
と、言った。
「うん」
上手に数を数えられなかった草汰だったけど、
おじちゃんが少し元気になった気がして、嬉しかった。
人の気配に佐奈はそっと草汰に別れを告げた。
「ありがとう。また。かぞえてくるるか?」
「うん」
草汰を呼ぶ声が朋世だと判ったが
佐奈は背を向け、森に走出していた。
「草汰?だれがおったんね?」
森のほうに小さく手を振っている草汰に気が付くと
朋世は尋ねた。
「おじちゃん」
草汰は素直に答えた。
「おじちゃんって誰ね?」
草汰は首を傾げた。誰か判らないのだ。
「湯を汲んでくれたおじちゃんかや?」
「うん。そう」
「そうね」
朋世は微かな不安を抱いたが、
マタギかもしれないと思い直した。
佐奈ならばきっと周汰の前には姿を現さないだろう。
湯を汲んで里まで降りた男がどんな男であったかを
朋世は詮索することをやめた。
が、聞いておけばよかったのである。
聞いて佐奈だと知り
草汰におじちゃんに近よってはならぬと
言うべきだったのである。
草汰は佐奈を父親だとは知る由がないのであるが、
佐奈のことがなぜか、気になって仕方なかった。
血の呼ぶ声に連れ添われるように
草汰は佐奈に逢いたくなった。
「おじちゃん」
そっと、森の中に入り呼んでみたら
おじちゃんは現れた。
佐奈が森の中を草汰を連れ歩くようになった。
「これが馬酔木じゃ」
佐奈は草汰に薬草のことを教え始めていた。
「おじちゃんはマタギかや?」
とうちゃがいった言葉をそのまま佐奈に尋ねた草汰である。
「そうだ」
らしくない格好であったが、草汰は信じた。
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