天空界では黒龍の憤怒が納まらないままであったが。
「な、なん・・じやあ?」
うとうと、黒龍の傍らで遅寝を決めこんでいた八代神は、
またもやの黒龍の叫び声に目を覚まさせられていた。
「あの、女鬼。あろう事か、かのとに化身しおった」
忌々しそうに黒龍が言う。
「か、かのとに・・・なんでまた?」
「政勝を牛耳る気じゃったのじゃろう」
「はあーーーん」
「八代。もう、みぬ振りをするな。もう、許せんわ。あの女鬼が魂を握り潰してしまえ」
「ほ?ほおお?」
魂を差配する神であれば、出来ぬ事でない事を黒龍は怒りの余りに口に出していた。
「人を呪わば穴一つと言うぞ。短慮はいかん」
「かのとが殺されてもか?」
「そこまで女鬼が切羽詰まったは、御前が二人を守護するからじゃろうが?」
八代神の言い分に黒龍が
「黙って、二人を双神の贄に渡せば良かったと言うのか?」
黒龍はいきり立ち八代神を睨み付けた。
「人の世の事に我等が手を下すは、本来は間違いじゃ」
「な、ならば。きのえの魂を何故に二つに分けた」
「笑止な。御前等の争いが常軌を逸し
罪なき物達まで巻き込んだのを、
きのえの父が泣く泣く、娘を分たせたのだろうが?
御前が諦めれば良かった事じゃろう?」
「わしが?」
「千年の願をかけてもきのえの分ち身を欲した白峰になら譲れたであろう?」
「そ、それを言いとうて、御前、白峰の願を受けてみせたのか?」
「罪なき者を巻き込んだ白峰の思い。
千年も持たぬほどの思いできのえが魂を分かたてさせておったなら、
わしが、白峰を握り潰してやろうとおもっておった」
「・・・・・」
「わしはお前の言う通り魂を差配する神じゃ。
この世に人が生まるる時にもわしが魂を入れてやる。
が、の、どの魂をいれるかは、わしが決めるんじゃない。
そのものの思い。親の思い。
その血に溶け込んだ親、先祖伝来から沸かされてきた思いの質が
その入れ物にあう魂を求めてくるのを見定めて魂を選び取って容れてゆくんじゃ」
「血に流れ込む思い?」
「きのえの父の我が身の無念を抑え、人の為に
可愛い娘の魂を分かたてさせたあの思いが、
正眼に転生し、かのと、ひのえを生まさしめた。
その親の血が、思いがひのえを突き動かすのであろう?
その思いが慈母観音をも動かしたのであろう?」
「・・・・・・」
「我助かれば良い。
かのとさえ助かれば良いと言う御前の思いは
あの女鬼となーんもかわらぬものでないか?
その、女鬼をたてという御前は自分が中の鬼はどうする?
白峰があれほどにひのえを恋いうるのはよう判る。
ひのえは、あの女鬼が事にさえ我が命投げ出しかけておった。
白峰の誠があらばこそじゃ。
白銅という男の誠がなかったらひのえもとうにおらなんだじゃろう」
「・・・・すまなんだ・・・」
「なに。わしは、只、御前に良き思いをもって欲しいだけじゃ。
わしにもいくらでも手立てはある。
が、誠の思いがなければわしは動けぬ。
魂を扱う者が情に流されて天の筋目を狂わせたら人の世は地獄になる」
「お・・・ぬしも・・・つらい?」
「当り前じゃろう?余程一思いに双神を握り潰してやりたいと思う事とてわしにもあるわ」
八代神が言う事をきいていた黒龍は
八代神が一体何をめどうにして、
こうも手を携えておれるのか不思議な心持がしてきていた。
「なんで・・・・双神を?」
尋ねかけた黒龍の顔付きが俄かに一変して凄まじい形相になったかと思うと
「いかぬ」
制止の大声を残すと八代神の前から姿が消え去った。
「なんじゃあ?忙しい男じゃのう」
話の途中に頓挫した黒龍の姿を追い求めて
地上を覗き込んだ八代神もあっと声を上げた。
「いかぬ」
黒龍と同じ事を言うと八代神も黒龍の辿りついた火中に身を投じる事になるのである。
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