佐吉を囲む人の群れが
定次郎をみつけると、
佐吉の前までの通り道を
あけてゆく。
『佐吉の親父だ』
『お千香さんの親父だ』
通してやれ、
場所をあけてやれと、
言葉が飛び交い
定次郎の目の前に
憐れな佐吉がうかびあがってきた。
娘を殺された男と
女房を殺した男が向かい合う。
しんと静まり返った
その場所は
定次郎の舞台を
演じるのを待つかのように
人の群れが2歩3歩と
定次郎から退き
丸く定次郎と弥彦を
囲んでいた。
目を瞑ったまま、
張付けられている佐吉ににじりよるにも、
竹縄が邪魔をしている。
佐吉は最後の時をまつのか、
苦しみもないのか?
身じろぎ一つみせずにいる。
竹縄に手をかけ
佐吉を呼ぼうとした
定次郎の声がかすれた。
そのときだった。
「とっつあん。よく、きてくれなすった」
ひときわ、大きな声が群れの中からひびいた。
定次郎がきたくもないのは、
誰だってわかる。
それでも、
やってきた定次郎であれば、
佐吉に石つぶてのひとつでも、
なげにきたのだと考えるかもしれない。
だが、その声の主は
定次郎の性分をよくしっていたといっていい。
定次郎が佐吉のいまわの際にも
現れない。
と、なると、
佐吉にとって自業自得ではあるが、
定次郎が佐吉の死をもってしても、
佐吉をゆるせないという
呵責を抱きながら
裁きを受けなければならない。
佐吉は地獄におちるにしろ、
せめて、
現世で親子になったふたりである。
最後くらい、せめて、ひとつくらい、
佐吉の呵責をかるくしてやってほしい。
刑場に現れようとしない定次郎の
憎しみがいかに深いかと
胸をふさがれ佐吉を見つめ続けていた
男は
定次郎がここにきたことを
たとえ、
佐吉にいしつぶてをなげるとしても、
声高くほめてやれずにおけなかった。
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