ぬながわひめの続きをかこうと
トップにあげなおしてみたものの
やはり、書く気がわいてこない。
もともと、スランプ打破のためにかきはじめたもので、
チサトの恋とともに
知人からは
「なんじゃ、その文章」と轟々はおおげさだが
ちくちく、痛い非難?批判?をあびたwww
先日もその知人と談義していたが
「読める文章は本人の情熱がすごい」
と、いう周五郎の言葉がでてきていた。
いまさら・・・と思いながらきいていたが・・。
この何年間、書いていた中でも
「熱のこもった文章は読ませる力がある」という
MAHIRURURU・・との談義があるが
問題は技術でもなく、読解力でもない。
熱のこもったものは本自体が唸る
と、までいったこともある。
その憂生が「熱のこもらない状態」にもがくようになって
自分でいっちゃあおこがましいが
天性の文章力で(爆笑)
なんとか、作品をしあげていた。
たとえば、
壬生浪ふたり・・もはっきりいって、熱はこもっていない。
このようにかけばよいだろうという
いわば、技術力でかきおえているから
なにか、いまひとつ、自分でも真摯なものがみえてこず
テーマも非常に弱いとおもっている。
これが、出版しましょうといわれるとなると
はっきり、言って、
こっちをかもねぎにしているとしかおもえない。
問題は
「熱をこめられるかどうか」
いや、こもってしまうものであるべきだろう。
いかに文章に真摯・誠実であるかは
ここにあるとおもっている。
だのに・・・。
なにかしら、かけない。
かけないのに、かこうとしていた。
かけないなら書かない。
これも誠意であるかもしれない。
で、あるのに、
とりとめなく、
文字をかきつらねてみたいという病からは
復帰できていないようである。
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