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ショパンコンクール 4割強、アジア勢挑む

2010-09-27 19:23:07 | 日記

◆日本から17人 国別最多に
 クラシック音楽コンクールの最高峰の一つ、「フレデリック・ショパン国際ピアノコンクール」が、10月2日から23日までワルシャワで開かれる。ショパン生誕200年の記念の年に、どんなスターが誕生するのか。日本からも17人の若手が参加する同コンクールの魅力を紹介する。(松本良一)
 見劣りない技巧
 5年ごとに開かれるショパンコンクールは、作曲家の生まれ故郷でショパンの曲のみを弾いて、その音楽性を競う。ピアニストのレパートリーに欠かせないショパンの人気に加え、戦後はマルタ・アルゲリッチ(アルゼンチン)やマウリツィオ・ポリーニ(イタリア)ら、多くの世界的ピアニストを世に送り、その地位を不動のものにした。
 第16回となる今回は、世界各国から17歳から30歳までの355人が応募。4月にワルシャワで行われた予備審査を通過した81人が、10月のコンクールで腕を競う。日本人出場者は17人(アメリカとの二重国籍者1人を含む)で、地元のポーランド(7人)やアメリカ(5人)、フランス(4人)などを大きくしのぎ、国別でもロシア(12人)を上回る「最大勢力」になった。
 国・地域別に見ても、日本のほか中国(8人)、台湾(5人)、韓国(4人)など、アジア出身者が全体の4割強を占める。1985年に4位に入賞し、今回、審査員を務めるピアニストの小山実稚恵さんは、「アジア各国で本格的な英才教育が定着し、若手が実力をつけてきている。テクニック面では欧米勢に見劣りしない」と話す。
 もちろん、出場者の数だけで、その国の水準が測れるわけではないし、演奏の真価やプロとしての将来性は、正確に弾く技術だけでは測りきれない。
 変わる採点方法
 伝統と権威を誇るショパンコンクールだが、運営や採点方法が大きく変わった点も注目だ。今回から審査員の顔ぶれを一新し、12人の審査員の過半数を占め、自国に甘いとの批判もあったポーランド出身者を半数以下に減らし、現役で活躍する有名ピアニストを海外から多く招いた。
 さらに審査の透明性を確保するため、従来秘密のベールに包まれていた各審査員の採点表を、審査員の同意があれば終了後に公開できるようにした。そうなれば審査員のアルゲリッチやウラジーミル・アシュケナージら一流ピアニストの採点も「審査」されることになる。コンクールの新たな見どころになりそうだ。
フレデリック・ショパン国際ピアノコンクール 1927年に第1回が開かれた。今回は3次の予選を経て10人に絞り込まれた出場者が、本選でオーケストラと協奏曲を共演し、最終順位が決まる。日本では65年、当時21歳だった中村紘子の4位入賞をきっかけにその名が知られた。最近では一色まことのコミック「ピアノの森」などで取り上げられ、話題となっている。 日本人の主な上位入賞者は、中村のほかに内田光子(70年、2位)、海老彰子(80年、4位なしの5位)、小山実稚恵(85年、4位)、横山幸雄(90年、3位)、関本昌平と山本貴志(2005年、共に4位)らがいる。
過去のショパンコンクール1位入賞者1927年 L・オボーリン(ソ連)1932年 A・ウニンスキー(無国籍、ウクライナ出身)1937年 Y・ザーク(ソ連)1949年 H・C・ステファンスカ(ポーランド) B・ダビドビッチ(ソ連)1955年 A・ハラシェビッチ(ポーランド)1960年 M・ポリーニ(イタリア)1965年 M・アルゲリッチ(アルゼンチン)1970年 G・オールソン(アメリカ)1975年 K・ツィメルマン(ポーランド)1980年 ダン・タイ・ソン(ベトナム)1985年 S・ブーニン(ソ連)1990年 1位なし1995年 1位なし2000年 ユンディ・リ(中国)2005年 R・ブレハッチ(ポーランド)※国籍は当時
◆文化のルーツ 異なる強み
 アジア初の1位ダン・タイ・ソンさん
 今回、審査員を務めるベトナム出身のピアニスト、ダン・タイ・ソンさん(52)は、1980年にアジア人初の1位に輝いた。

 アジアの人間が、ヨーロッパ文化に根ざしたクラシック音楽の神髄を習得するのは、本質的に難しいことです。私自身は本能的な感情ではなく、理知的なアプローチによって、音楽理解を深めました。
 これには良いこともあります。例えば、ドイツ人がロシア音楽のエッセンスを理解するのは、意外と骨が折れる。しかし、文化的ルーツが異なる私たちは、自由に国境を超えて、様々な音楽に等しく接することができます。これは強みです。
 30年前には非ヨーロッパ人のコンクール参加者はごく一部でした。もの珍しさもあったのでしょう、聴衆は私に好意的でした。今や状況は変わりました。アジア勢の躍進は逆に、「またアジア人か」とうんざりされる危険がある。技術的な完全さを目指すだけでなく、積極的に自己主張しなければいけません。その点、日本の若い人は、ややおとなしすぎる気がします。
 私の採点基準は簡単です。もう一度聴きたいかどうか。先生を喜ばせるような正確無比な演奏は、概して面白くない。技術に多少難があっても、自分自身で音楽を掘り下げ、曲が持つメッセージを聴き手に伝えようとするピアニストが好きです。
(2010年9月17日
読売新聞)


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「和平か入植継続か」アッバス議長、国連総会で演説

2010-09-27 06:23:09 | 日記

 【キリアット・ネタフィム(ヨルダン川西岸)=井上道夫】イスラエルによるヨルダン川西岸での入植凍結期間が26日で終わるのを前に、パレスチナ自治政府のアッバス議長は25日、国連総会での演説で「イスラエルは和平か入植継続かを選択しなければならない」と述べた。入植が続く限り、和平は実現しないとの見解を示したものだ。
 イスラエルのネタニヤフ政権が昨年11月から続ける入植の一部凍結をめぐっては、パレスチナ和平交渉を仲介するオバマ米政権が凍結延長を求めるのと同時に、双方に歩み寄りを促している。
 アッバス氏は演説で、イスラエルが1967年の第3次中東戦争で占領した西岸と東エルサレムで続けている入植を非難、入植停止はイスラエルの「義務」だと訴えた。
 パレスチナ側は、イスラエルが入植凍結を延長しなければ、交渉を打ち切る方針だが、ネタニヤフ首相は入植者を主な支持母体とする政権内右派の意向を無視できず、入植凍結延長には難色を示しているとされる。
 ネタニヤフ氏は26日、入植者らに「凍結期間と同様の自制」を促す声明を発表したが、入植推進派は26日午後(日本時間同日深夜)、西岸の入植地キリアット・ネタフィムなどで、凍結期間終了を「記念」する式典を催し、ネタニヤフ氏への圧力を強めた。
 米国のミッチェル中東和平担当特使は25日、ニューヨークでアッバス議長と会談。具体的な内容は明らかにされなかったが、クローリー米国務次官補は「直接交渉を継続できるよう、我々ができることをすべてやっている」と説明。イスラエルの交渉団とも接触し、仲介努力を続けていることを明らかにした。
 パレスチナとイスラエルの直接和平交渉は、2008年末のイスラエル軍によるガザ大規模攻撃で中断。中東和平を外交の重要課題に掲げる米国の仲介で今月2日に再開したものの、入植問題をめぐり早くも紛糾している。


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