長らく絵画の傑作を見極める「拠り所」が私にはなかったが、ようやく一つのキッカケになりそうな出来事があったので書いてみた . . . 本文を読む
私は前から思っていたが、彼のダビデ像は顔が異常にデカイ。この前たまたまテレビで中井貴一が出ているルネッサンス探求番組で、映画テルマエ・ロマエの作者の漫画家ヤマザキ・マリが言うにはあのダビデ像は、途中まで彫られて放置されていた石材を、ミケランジェロが引き継いで彫ったものらしいのだ。私が思うに「だから全体的にバランスがおかしいのだ」と長年の疑問が解けて、ようやく合点がいった。疑問というのは大袈裟だが、 . . . 本文を読む
一番芸術で肝心な事は「張り詰めた緊張感の持続」ではないかと思う。音楽の場合は特にだが、「時間の流れが何かに完全に満たされている」と感じられるものは楽曲の質が高い。絵画が名画や傑作と呼ばれる場合は、「空間そのものが主張を持って見る人間を引き寄せる」ように思える。私はクラシック音楽をよく聞いているのだが、モーツァルトやショパン・バッハの良い曲の場合など特に楽想が次から次へと流れ出て途切れることがなく、 . . . 本文を読む
昨日、未来に残したい日本の名曲100選という番組があった。どうせつまらない番組と思ってちょっと見るつもりが、とうとう最後まで見てしまった。あの大ヒット歌手がステージに出てくるという懐かしさに惹かれたのでは無い。古い当時の映像が出てくるのを見て若かったあの頃の思い出に浸りたかったのである。さすがに昭和40年代は古すぎるが、50年代つまり私の20代になると色々と忘れていた事柄を思い出させてくれる。「歌 . . . 本文を読む
モーツァルトの音楽には言葉が溢れていると言ったのはチェロの名手カザルスである。他の作曲家でも多少はあると思うが、モーツァルトは抜きん出ている。むしろ音楽で会話をしている感じだ。それは幼少の頃より言葉を覚える以上に音楽を覚えたからではないだろうか。普通の人は年を取るごとに言葉を会話の伝達道具として熟練していくと同時に、音楽が何かを伝える道具である事には遠くなって行く。夜に生活するフクロウは、赤外線ビ . . . 本文を読む
彼の音楽はおしゃれで気が利いていて、何よりもセンスが光っている、と私は思っている。近代になって音楽は芸術という新しいジャンルになったが、元々は人々の娯楽の一つである。そこでは趣味こそが全てであった。そういう意味ではモーツァルトは時代の寵児であり、初めて予約コンサートの収入で生計を立てるプロのミュージシャン兼作曲家であった。といっても当時は全員が自作の曲を演奏していたらしいので、「音楽家である」で全 . . . 本文を読む
昼間にやっている再放送は、及川光博が出てる第9シリーズの「罪と罰」であった。長尺の力作である。クローン人間を作った分子生物学者が犯罪に手を染めるという、筋書きとしてはちょっと軽い「どんでん返し」を入れた普通の出来で、これと言うほどの作品ではない。そもそも相棒は、謎解きが魅力ではない。右京のキャラクターも水谷豊の演技も、それほど人を惹きつけるものでもないようである。本当の魅力の第1は、脇役陣の性格付 . . . 本文を読む
ジェイソン・ステイサムのブリッツを見た。数年前トランスポーターで鮮烈なテレビデビュー(映画は色々出ていたようだが僕は知らなかった)を果した俳優であり、いま男を演じさせてナンバー1のカッコイイ俳優である。顔は悪人面で頭は禿げてて、お世辞にも見栄えがいいとは言えないが、アクションには滅法強いし頭も悪くない。身長178cmでやや低めだが、画面ではそれを感じさせない。ネットで調べるとイギリス人だ。そういえ . . . 本文を読む