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感想:イニシエーション・ラブ

2015-10-23 23:16:11 | ミステリ


イニシエーション・ラブ 乾くるみ
2007年作品


自分でミステリのカテゴリを作ったことを
すっかり忘れていた。

なので何を読もうか決めあぐねて
適当に検索をかけたところ…。

【絶対に読みたい】おすすめ面白ミステリー小説 20選【日本・最高傑作ランキング(自薦)】

こんなサイトを発見。
この中で自分が読んだことのないものを
どんどん読んでいけばいいわけだな。



というわけで最初は『イニシエーション・ラブ』。
割と最近になって映画化されたらしくて
感想を書くタイミングとしては非常に最悪だけどw

夏に大宮の本屋へ立ち寄ったとき
「当店だけで売上3000冊突破!」というPOPが置いてあった。
自分が住むド田舎とは立地の規模が違うとはいえ、
純粋にすげえと思った。


以下あらすじ。


時代はバブル。
みんなが自由に遊び回れる豊かさのあった時代。
消費税もなく自販機のジュースは100円。
DeNAベイスターズではなく大洋ホエールズ。

当然ながら一般人はケータイすら持たず、
そんななかでの男女の恋愛における
コミュニケーションの手段は電話のみ。

作品は前半の「Side-A」と後半の「Side-B」に分かれ
「Side-A」ではたっくんとマユの出会いから結ばれるまで、
「Side-B」では社会人となったたっくんとマユが別れるまでが
それぞれ描写されている。


映画の「あなたは必ず二回観る」のキャッチコピーを見て
あー、きっとまたああいう話なんだろうなー
と思ったので、色々と注意しながら読み終えた結果。

「やっぱり思った通りだったぜHAHAHAHA!!」
と大きく伸びをした瞬間に
背筋に氷を入れられたような気分になった。

自分が見抜いていたのは半分だけで、
もう半分こそがストーリーの核だったわけで
そうするとアレがアレでアレになるから…。

うわっ!! 怖っ!!

まんまとそのまま二回目を読む羽目になってしまった。

作品自体の手頃な長さと非常に読みやすい文体、
かつ誰もが経験する恋愛の過程という
共感の得られやすいテーマのおかげで
老若男女が誰でも手にとることができ、
かつ二回読むことを前提として作られている。

作中のトリックそのものが作品自体のテーマになっていて
さすがベテランミステリ作家の構成力には舌を巻く。


で、トリックこそ使われているものの
内容は完全に恋愛小説で、
なぜそれでもこの作品がミステリたりえるのか。

それは登場人物の相関関係や時系列、
作中の情報やアイテムの洗い出しや裏取りといった作業が
ミステリを読むときのそれと一致しているから。

特にバブルを経験していない世代は
当時の流行に興味を持って自分で色々調べるのが
さぞ楽しかろうと思う。

ちなみにこの文庫のあとがきが非常に秀逸で
作中の情報やアイテムを当時の時代背景を元に
ひとつひとつ説明してくれている。

ミステリでは進歩した現代の科学捜査から隔離する意味で
舞台をあえて古くすることが多いけれど
この作品の場合は固定電話というアイテムの重要性に限らず
バブルを知っている世代には懐かしく、知らない世代には新鮮に、
という感情を以てトリックから煙に巻く効果を狙ってるのかな。


映画を観れば原作を読む必要はないと思うけれど
この完成度の高さは非常に満足だったので
これから周囲で未読の人に薦めていきたいと思います。
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感想:満願 その2

2015-05-02 11:14:03 | ミステリ
昨日の続き。
後半3篇の感想。


『万灯』

世界を股にかける有能ビジネスマン。
バングラデシュのガス田開発を命じられるが
障害になるのが村の開拓を頑なに拒む権威者の存在。
彼を疎む他の権威者たちから殺害をそそのかされ、
自分の信念と日本の国益のために倫理を超えた決断をする。

同様に事件に巻き込まれるライバル会社の森下がいいキャラ。
主人公以上に有能にもかかわらずヘタレなので
冷酷に事を進める主人公よりも人間的に感情移入できる。

完全犯罪に見えたが実は小さな綻びから…という
倒叙型社会派ミステリのお約束な展開ではあるものの
積み上げられた伏線からの大どんでん返しが最高。
これは是非2時間ドラマで観たい。


『関守』

その日を食いつなぐために都市伝説を追うライター。
「四年続けて死亡事故が起きたカーブ」の取材のため
山奥の鄙びたドライブインを訪れる。

ドライブインを経営する老婆への聞き込みで展開していき
なかばボケているようでいて物腰やわらかな老婆の昔話に
読み進めるほど引き込まれてしまう。

都市伝説として記事を書くためにはただの事故ではなく
「幽霊のしわざ」等の超自然的なものにあやかる共通点が必要。
意外な形で明かされる「超自然」の正体を知ると
作者のアイデア力の鋭さに感嘆させられる。

夏の暑い時期、人通りすら少ない山奥という舞台設定は
さながら夢でも見ているような空虚さ。
一貫した気怠い文体のおかげで最後まで気怠い気分のまま読み終われる。
寝る前にさくっと読むのがおすすめの一篇。


『満願』

自分の事務所を構えるベテラン弁護士。
学生時代に世話になった下宿の女将が
殺人による懲役8年という刑期を終えて出所してくる。

物語は主人公の学生時代の回想と
事件当時の状況説明が交互に描写され、
駄目亭主を支えるたおやかながら芯の強い女性と
殺人という犯罪のミスマッチに意識を釘付けにされる。

事件は主人公の預かり知らないところで発生しており
裁判の経過や証拠品から真相を推理していく。
何故殺人を犯さなければならなかったのか、
何故あえて控訴せず、静かに刑を受け入れたのか。

すべてが理外に見える事件の真相を知ると
ぞっとさせる人間の闇を感じることができる。




6篇の共通点として、どれも退廃に向かう人々を描写していて
世間の理不尽さを見事に抽出している。

カチッとパズルのピースがはまる本格推理とは違って
コーヒーに入れたミルクが自然に溶け合っていくような
ファジーな伏線が大量に盛り込まれているのが楽しすぎて
同じ短編を続けて何度も読み返したくなる。

文章も非常に手馴れたレベルで読みやすかった。
『氷菓』のアニメとしての出来の良さもあって
作家としての印象がすこぶる良かったのだけれど
この一冊でさらに好きになった。

今後も継続して追いかける予定。
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感想:満願 その1

2015-05-01 08:36:37 | ミステリ


『満願』米澤穂信 2014年出版



ブログの更新頻度を上げるため
ミステリ小説のカテゴリを追加します。
興味がある人もない人もよろしく。



アニメ『氷菓』を観ているあいだずっと
原作者である米澤穂信の名前を気に留めなかったのだけれど
それより前に読んだ『インシテミル』の作者だったんだな…。
たしかにヒロインの聖女っぷりや
古典ミステリを下敷きにしたストーリー展開が共通してた。


その米澤が一気に世間の評価を獲得した短編集がこれ。

第27回山本周五郎賞受賞
2015年版「このミステリーがすごい! 」第1位
2014「週刊文春ミステリーベスト10」 第1位
2015年版「ミステリーが読みたい! 」 第1位


すごいな!!
『インシテミル』も『古典部シリーズ』も
古典ミステリにかぶれたフレッシュな若者が書いた印象があったのだけれど
この一連の短編はいずれも社会派ミステリとして秀逸。


とりあえず六篇の作品をひとつずつ
あらすじと読んだ感想を。




『夜警』

交番に左遷された警部補が主人公。
物語は殉職した部下・川藤の葬儀の場面から始まる。
なぜ彼は死ななければならなかったのか。

取材にもとづいた交番勤務における業務の描写が興味深い。
コミュ障で小心者、自分のミスを隠したがる川藤のリアルさ。
「警官に向いていない」という言葉で一貫しているけれど
どこの職場にもいるダメ社員の姿と重なり、身につまされる。

後半は川藤の兄との対話で進み、謎の解明へ向かっていく。
お堅い警察業務、言うならば底辺にいる人々も含めて
リアルな人間観察によって成立しているお話。


『死人宿』

近くに自然発生するガス溜まりのせいで
自殺を願う客が最期に泊まる温泉宿。
その露天風呂の脱衣場で自殺をほのめかす遺書が見つかった。
当日の客は3人。果たして誰が書いたものか。
そしてその命を留めることができるのか。

探偵役は以前恋愛関係にあった証券マンと宿屋の仲居。
都会の日常に追われ、彼女のSOSに気付けなかった男と
過去に自分を助けなかった男への冷徹を残す女との
枯れたロマンス風味が温泉宿の舞台にマッチしていて面白い。

ミステリとしては
遺書の文脈から意図を推察していく国語のお勉強。
推理としての大きなスキームはないけれど
ちょっとパンチの効いた展開で胸に余韻を残す。


『柘榴』

類稀な美貌を持つさおりと、その夫で魔性の魅力を持つ成海、
二人の娘である夕子と月子。
4人をめぐる離婚と親権のお話。

物語はさおりと夕子の視点が交互に描かれる。
超美人母娘の愛憎劇かと思いきや
思考回路の違いから徐々に思惑が乖離していく過程を
シャープに抉っていく。

女性の心理の揺れ動くさまと
日常と非日常の境界にある情景描写の美しさが
谷崎潤一郎の筆致を思い起こさせる。

この短編はミステリではないけれど
登場人物ひとりひとりの心情を考えると
それぞれにたまらなくグッとくる妙作。文章力の勝利。



続きは明日!!
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