昨日はパラリンピックをネタに障害者の能力向上について書いた。今回は、日常的なところでの話。
一定の競技場とかでの能力比較となれば、障害者のほうが健常者よりも高い能力を示すことがあるのは昨日書いたとおり。しかし、これが日常生活となると途端に不便極まりない状況になる。
競技用の義足は街中を歩くようには出来ていないし、車椅子が通れる道は限られている。現実的に車椅子で入ることができる飲食店は限られるし、義手でも持てる食器なんてものもほとんどない。
それは、日常生活が「健常者が使いやすいように」最適化されているから。ユニバーサルデザインと言っても、そもそも体の一部がない人のことまで考えているわけではないだろう。
そんなわけで、今のところ障害者の能力が高まったというのは、限られた環境でのことにすぎない。そういう意味では、AIが人間を超えたというのと同等の話でしかないわけだ。