切られお富!

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7月大阪松竹座(夜の部)「絵本合法衢」

2015-07-28 21:19:27 | かぶき讃(劇評)
どうしてもこの芝居の再演が観たくて、大阪遠征しました。簡単な感想のみ。

鶴屋南北の作品の中でも、全幕殺人があり、江戸時代までは観客から喝さいを浴びたものの、明治以後、その残虐性ゆえに上演回数が減ってしまったという、いわくつきの演目「絵本合法衢(えほんがっぽうがつじ)」。おまけに、2011年の3月に仁左衛門が国立劇場で上演していたものの、ご存じ3.11で上演が月中で中止になるという、話題に事欠かない演目なんですよね。

で、わたしは2012年4月の上演を二回観に行っていますが、強烈なインパクトが忘れられず、今回の大阪遠征となりました。

台本的には、2012年の公演通りという印象で、配役もおおむね一緒。ただ、左團次の役を歌六、愛之助の役を錦之助というところが、大きな変化といえるでしょう。

さて、芝居ですが、序幕の水門から鷹狩、陣屋といったあたりは、前回もわたしはそんなにインパクトを受けませんでした。ここまでは仁左衛門の左枝大学之介が悪党ぶりを見せつけて、味方を裏切り、子供を殺し、だまし討ちをするわけですが、そもそもの台本がちょっと薄味。なので、仁左衛門以外の役者がもっとハイテンションでもよいのかもしれません。(たとえば、谷崎潤一郎の「恐怖時代」とか。)

で、この芝居のタイトルにもなっている「立場の太平次」が登場する二幕目からがこの芝居の真骨頂。それでも、本格的に盛り上がってくるのは妙覚寺裏手の殺人くらいからですかね。道具屋のくだりはそんなに優れた脚本だとは思えない。

ということで、いよいよ三幕目の倉狩峠。この場面で仁左衛門演じる立場の太平次は屈託のない残虐ぶりを発揮するのですが、あえていうなら、前回の方が陽気さの度合いがカラッとして凄く、今回の方が幾分ニヒルだったかなという印象。

特に、三幕目最後のお米を殺すくだりの「血だらけだ~」が、前回の方があまりの明るさに慄然としたんだけど、今回はどこか楽しんでいるという体。で、殺しているうちに夜が明けて、鶏が鳴き、満足そうに太平次が足を組んで座って決まるところは、今回の方が随分深い満足度に見えた。孝太郎のお亀を売り渡してしまう世話物的な手際、米吉演じるお米を脅す凄み、若くて美しい隼人の孫七をゆっくり殺していく手順。これは、仁左衛門でなければ、随分泥臭い芝居になったんじゃないですか。

また、秀太郎演じる太平次の妻お道を斬る場面。裏切られて悔しくて斬るというより、斬りたくなったから斬るみたいな、心理の読めない人間の怖さが充満していて、花道の引っ込みも含め、素晴らしかったですね。同じ場面を、幸四郎が演じてたら、もうちょっと理屈っぽく殺すんじゃないかと。

で、素晴らしい三幕目に続いて、大詰が今回よかったんですが、その功績はひとえに歌六の弥十郎と、錦之助の与兵衛。歌六のこの役に、前回の左團次にない深刻さと渋さがあったのと、絶望的な死を迎える与兵衛の柔らかい色男ぶりが、やや無骨だった愛之助のこの役とは違う味を出していました。なので、仁左衛門の大学之介の悪が、二人の善人によって、ますます輝いていた印象。

そして、いよいよ、最後の仇討。この巨大な閻魔大王の美術はやっぱり何度見てもよいです。わたしは恐山の駐車場の仏像をいつも思い出してしまうんですが、小塚原刑場跡の仏像もちょっと似てますかね。それに、最後まで、意表を突く展開。大歌舞伎を堪能したと思える幕引きでした。

さて、脇役についていうと、歌六の瀬左衛門・弥十郎の二役はちょっと気の毒。前回の左團次もそうだったんですが、兄弟の役だから一人で二役という理屈は、役者によって考え直されるべきでは。左團次にせよ、歌六にせよ、二役を微妙に演じ分ける芸風ではないように思う。特に歌六の演じ分けは、この人の芸風自体が渋くて地味なだけに、二役の妙味に欠けていたと思う。ただ、前述の通り、大詰めの弥十郎の合法はなかなかの渋みではありましたけど。

時蔵のうんざりお松は前回もよかったけど、今回もよい。この人の本役だと思うけど、あえていうなら、もっと太平次べったりでもよかったですかね。そこは色気がありながら、少し冷静な気がしたもので。

孝太郎のお亀は三幕目の自分が犠牲になると覚悟を決めるくだりが覚悟のほどが伝わってよく、秀太郎のお道は、よいんだけど、前回の上演に比べて、口跡といい、体の動きといい、少し年を取ったかなと。

で、今回は若手コンビ隼人・米吉の孫七・お米カップルが大健闘。隼人くんは、わたしが観た中でも、一番歌舞伎らしい大熱演だったと思えました。だいぶ、仁左衛門に鍛えられたかなと。容姿的には、仁左衛門の後継者くらいのルックスですから、今後も楽しみ。また、米吉は個人的に最近イチオシの若手女形ですが、殺され具合に可愛さと哀れさがある。

というわけで、とても満足したんですが、最後にひとこと。

関西の観客は、伝統芸に冷たいのでは!平日夜の部とはいえ、三階席に結構空席があって、掛け声を掛ける方々の声がよく響くこと。わたしも釣られて、最近やってなかった掛け声を久々に掛けtたほどですが、歌舞伎座だったら平日でも埋まってますよ(実際、今月も歌舞伎座はチケット完売ですし)。

関西の方に「東京では文楽のチケットはすぐに完売」というと、「嘘でしょ」といわれますが、これも本当のことなんで、この違いは何なのか、関係者も含めて、考える必要があるのでは。

というわけで、最後に余計なひと言でした。写真入りの番付&舞台写真が買えて満足しております!
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