切られお富!

歌舞伎から時事ネタまで、世知辛い世の中に毒を撒き散らす!

九月歌舞伎座 秀山祭に行ってきた。

2022-09-25 01:36:59 | かぶき讃(劇評)
ご要望を頂いたので、簡単に芝居の感想を書きます。観劇日は、第二部&第三部が9/18(日)、第一部が9/23(金)です。

【第一部】白鷺城異聞(はくろじょうものがたり)、寺子屋

最初の「白鷺城異聞」は、姫路城でやった吉右衛門(松貫四)の新作だそうだけど、初めて観ました。出演者が一周忌追善興行にふさわしいメンバーで、三代目中村歌六の系統を継ぐ面々(歌六、時蔵、勘九郎のファミリーの方々)。先に若手中心だった第二部の「揚羽蝶繍姿」を観ていたせいもあるけど、やはり、又五郎、歌六、時蔵に錦之助と、ベテラン陣が揃うと舞台が締って、追善らしいなとは思いました。また、腰元演じる梅枝&米吉の踊りも個人的にはまずまず。

再婚した千姫の前に、お城のおばけ(?)刑部姫(七之助)と秀頼の亡霊(勘九郎)が現れるという趣向の芝居だけど、吉右衛門の親類では一番勘九郎が吉右衛門の芸風を忍ばせる可能性のある人だなあ~と台詞廻しを聞いて思いました。また、七之助の刑部姫もよくて、この人の「将門」が観たくなった。

演出について注文を出すと、最後の対決の場面で、照明が明るくなってしまうのは、お化けモノとしてはどうなのかと思いました。「天守物語」に似た趣向だし、「将門」にも通じるところがあるので、刑部姫と秀頼は暗闇の人でなくては、芝居としての興趣がないなあ~という感想ですね。ま、全般的に役者は素晴らしい舞台でした。

次の「寺子屋」は、わたしの観た日は松緑初役(?)の松王に、源蔵が幸四郎。松緑は黒い雪持ちの松の松王の衣装がよく似合って、大きな役者になったなあ~と思いましたね。音羽屋型だと、通常は銀鼠の衣装だから、貴重な舞台写真ですかね。松緑の松王は前半怖くて少々動物的ですらある印象だったけど、後半はシャープ。あと細かいところで型が違うんだなということは思いました。衛星劇場で放送するときに見直したいですね。ただ、吉右衛門の松王の台詞の渋い味わいからすると、かなり野性的ではあるかな。(ちなみに、松緑はポリープの手術をしたそうで、そのあたりの身体的なことも芝居に影響があったのかも?ちょっと邪推かな?)

幸四郎の源蔵は色気と憂いがあって良かったです。この人は本来は松王より源蔵の役者なんでしょう。ただ、吉右衛門は源蔵も素晴らしくて、昔ビデオ(!)が出ていた一七世勘三郎の松王に、先代芝翫の戸浪の時の源蔵なんか絶品でした。寺子屋の屋外の気配に怯える夫婦の緊張感とスピード感が、「この芝居はサスペンス」と指摘した木下順二の言葉を思い出させる舞台でしたよね。その点でいうと、幸四郎(源蔵)&児太郎(戸浪)の夫婦は少々ドタバタした若い夫婦という風ではある。

今回感心したのは、虎之介の春藤玄蕃が若いのにしっかりしていたこと、涎くりに又五郎、爺に彌十郎という夢のベテランコンビで、花道で初舞台の紹介があったこと、千代の魁春、園生の前の東蔵が、吉右衛門の松王でも充分の渋さと貫禄だったこと、といったあたり。

全体的には良かったんだけど、吉右衛門の松王や源蔵を観てきた人間からすると、あの味わい深い「寺子屋」とは世代の違う「寺子屋」だとは思いましたね。来年は歌六、又五郎で松王・源蔵が観たい気もします。

【第二部】松浦の太鼓、揚羽蝶繍姿(あげはちょうつづれのおもかげ)

白鷗が八〇歳にして初役の松浦公(!)。良くも悪くも白鷗流の松浦公で、太鼓の音に興奮するくだりの大音声なんか、八〇歳の役者のそれじゃない迫力なんだけど、こそっとしたおかしみと、恍惚とさせる台詞の吉右衛門の松浦公とは別種のモノではありましたね。

劇中の口上では、白鷗、歌六、梅玉の三人がエピソードを語っていたけど、歌六の「兄さんは病気でまだ入院してるんだと思ってしまう。」という話は目頭が熱くなりました。わたしも、じつはそんなイメージで、休んでるだけなんだと思ってしまう自分がいまだにいます。

舞台としては、其角の歌六、大高源吾の梅玉が、余裕の落ち着いた芝居で、「ああ芝居を観た」という充実感あり。でも、やっぱり、吉右衛門のビデオが観たい松浦公なのでした。

次が、吉右衛門の当たり役のアラカルトみたいな舞台、揚羽蝶繍姿(あげはちょうつづれのおもかげ)。籠釣瓶の吉原から始まり、鈴ヶ森、熊谷陣屋、大物浦で、最後は熊谷陣屋の花道で終わるという趣向。しかし、吉右衛門の当たり役を演じるのが、幸四郎を除けば若手ばかりの上に、吉右衛門の台詞廻しを彷彿とさせる若手が一人もいない!「ちょっと物まねでもいいから、吉右衛門風にやってくれ」といいたくなる始末で、わたしは乗れませんでしたね~。少々企画倒れかな。

ただ、福助が籠釣瓶の八ツ橋を演じて、あの有名な笑みを浮かべる場面、これが素晴らしかった!不自由な体の制約がありながら、元気なころ以上の笑みで、正直感動しました。最近の福助の舞台は、病後の古今亭志ん生じゃないけど、独特の境地に達していて、毎回素晴らしいのだけど、特に今回の八ツ橋は圧巻。頭が下がる思いですね。元気なころは随分悪く言っていたこのブログですが、最近の福助の舞台は、病気のことを忘れるような発見があります。

【第三部】忠臣蔵七段目、藤戸(ふじと)

第三部は、最初が仁左衛門、雀右衛門、海老蔵の七段目。

メンバーがよいから当たり前だけど、素晴らしかったですね。仁左衛門が元気なことにホッとしたし、雀右衛門のおかるは、少々顎のラインがやせたせいか、先代に似た色気が出てきました。海老蔵の平右衛門もよいですよ。ベテラン陣と共演して見劣りしないこの世代の一番手はやはり海老蔵だと、再認識しましたね。この人の場合、團十郎亡き後、おそらく興行上の問題で座頭公演が増えて、ベテラン陣と共演することが減ってしまったんだけど、本当は吉右衛門、仁左衛門あたりともっとたくさん共演すべき10年だった気がします。今からでも遅くないから、仁左衛門との共演がもっと観たいですね。

他では、力弥の千之助が品があって筋がよくて、よい力弥でした。このひと、女形もよいけど、将来兼ねる役者になるのかしら?

次が、松羽目物の「藤戸」。

これも吉右衛門(松貫四)の作だけど、ちょっとひねりがないというか、作品としての欠陥はある気もするけど、役者がよかったですね。

最初幕開きで、又五郎と彦三郎が出てくるんだけど、口跡のよい二人だけに気持ちよくて、この二人の松羽目物がもっと観たい気になりました。(といっても、なかなかないでしょうけどね~)

次に、やはり菊之助の藤波は傑作。いわくありげな女性の役で、このひとの「茨木」真柴が観たくなる、大人の静謐な舞台でした。

間狂言は、吉右衛門の孫・丑之助くんが立派に勤め、最後は菊之助の悪龍の少々くどい引っ込みでおしまい。

ファンの勝手な思い込みだけど、個人的には吉右衛門の娘婿が菊之助でよかったなとつくづく思います。たぶん、親戚の若手の中で一番気があったんじゃないのかな。ユーモアがないわけじゃないんだろうけど、変なおちゃらけ方をしない菊之助の生真面目さが、なんとなく実の父の菊五郎以上に、吉右衛門に合っていたんじゃないかと想像してしまうんです。

わたしは以前から播磨屋贔屓かつ、「若手では菊之助が一番」とブログに書き続けていて、まさかこの二人が親戚になるとはブログ開設当時思っていなかったわけだけど、やはり「幸せな縁」だったんじゃないかと改めて思います。

そういう意味では、最後の引っ込みが終わる瞬間を感慨深く観ていました。

以上、ちょっと長いけど、簡単な感想でした。

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4 コメント

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9月の歌舞伎 (長谷川 純)
2022-09-29 11:16:50
お富さんの歌舞伎見聞録読ませていただきました。9月の舞台が思い出されて楽しかったです。海老蔵の事を「本当は吉右衛門、仁左衛門あたりともっとたくさん共演すべき10年だった気がします。」は本当にそうだと思います。ところで「藤戸」の戯作者は本名を岡崎哲也といいます。三歳から60年間、歌舞伎の舞台を見てきました。40年間松竹の裏方として働いています。歌舞伎の事はともかく、音楽にも造詣が深く。毎月「ステレオサウンド」にレコード感想記を書いています。来月はシューベルトの死と乙女を書くそうです。2005年の12夜ではチェンバロ奏者に鈴木優人を抜擢しました。この7月から、東京交響楽団の理事長に就任しました。岡崎哲也の名前をお富さんの記憶の中にとどめておいて下さい。
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コメントありがとうございます。 (切られお富)
2022-10-02 20:41:15
長谷川純さま

コメントありがとうございます。
諸般の事情で、ご返事が遅れました。

海老蔵も新之助時代は当時元気だった人間国宝たちと共演していたのに、この10年くらいは残念でした。将来團十郎になる人ですから、松竹サイドも考えてあげるべきだったのにという気はしてしまいます。

それと、岡崎哲也さんのことを教えていただきありがとうございます。好きなことをずっとお仕事にされているのは羨ましいと思います。

コロナ以降、クラシックのコンサートはご無沙汰していますが、いつか東京交響楽団の公演も行きたいなと思いました。「ステレオサウンド」のレビューも是非読みたいと思います。

今後ともよろしくお願いいたします
返信する
古典芸能鑑賞講座 『花の会』 のお知らせ  (長谷川 純)
2022-10-06 11:20:25
久しぶりにお富様の文章をたっぷりと読ませていただきました。大満足です。
さて、岡崎さんの講演会をお知らせします。国葬と同じで普通の人の平日の午後の参加は難しいと思いますが。日程に都合がつきましたら是非ご参加下さい。お待ちしております。
古典芸能鑑賞講座 『花の会』 のお知らせ 
令和4年(2022)第2期 スケジュール表
『花の会』は古典芸能大好きの主婦たちが
昭和60年9月、狂言師 善竹十郎さんに
世阿弥『花伝書』の講義をお願いして始まりました。
『日本の古典芸術をより身近なものとして理解し、
人生の糧とすべく共に学び共に楽しむ』をモットーに
36年間続いている古典芸能鑑賞講座です。

1、 令和4年10月27日 木曜日 午後2時~4時
演題: 「演題未定」
講師:松竹株式会社常務取締役   岡崎 哲也氏
会場:世田谷文学館 二階講義室
 岡崎さんは9月の歌舞伎公演「藤戸」の戯曲を書きました
 団十郎襲名の裏話でもお話をしてくれると良いのですが
2、 令和4年11月10日 木曜日 午後2時~4時
演題:「演題未定」
講師:明治大学名誉教授  神山 彰氏
会場:世田谷文学館 二階講義室
  国立劇場建て替えのお話を期待しております。
3、令和4年12月8日 木曜日 午後2時~4時
演題:「演題未定」
講師:明治大学名誉教授  神山 彰氏
会場:世田谷文学館 二階講義室
「今年の演劇界を振り返って」はどうでしょうか
神山先生は学校を卒業してから、18年間、国立劇場の制作に携わりました。それから、明大の先生になり今春、退職しました。演劇、音楽、文学の分野に幅広い知識を持つ方です。講義の内容はその知識を生かした幅広い内容で面白いです。
参加費 各回1000円
皆様お誘いあわせご参加下さい。
コロナ状況悪化の場合には会場閉鎖となる恐れもあります。
世田谷文学館案内 世田谷文学館 - 文学を体験する空間 (setabun.or.jp)
所在地 〒157-0062 東京都世田谷区南烏山1-10-10
京王線「芦花公園(ろかこうえん)駅下車 南口を出て徒歩5分

世田谷文学館では2022年10月から
企画展 月に吠えよ 萩原朔太郎展が開かれます。
返信する
コメントありがとうございます。 (切られお富)
2022-10-10 18:19:37
長谷川 純さま

コメントありがとうございます。

いろいろ情報を頂き、ありがとうございます。

ただ、平日は仕事があるので難しいです。世田谷文学館は何度か行ったことがあるんですけどね。

今後ともよろしくお願いします。
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