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「女囚52号の告白」

1994 恒友出版社 実録!塀の中の女たち②
著者 崎村ゆき子 STICビルにて

「実録」とつくとおどろおどろしいが、元々映画でも女囚ものに興味がある。もっともこの種の本のご多聞にもれず紋切型で手垢のついた表現が多く、文自体にはさして魅力はないが、私の興味は彼女の出身が山陰であることと、生まれた年が私の兄と同じであることで、箱入り娘が犯罪者になってゆく道筋も知りたかった。ゆき子という名前は、「浮雲」のヒロインと一緒なのは不思議な符号だと思う。

著者は1938年(昭和13年)富裕な大地主の長女として生れたが6歳の時、父は結核のため32歳の若さで他界し、母と4人の子が残された。幸い地代・家賃は入り、実家から米も送ってくるので、生活に不自由はなかった。

中学生の時、広大な住いに住込みの雇人がいなくなり、夜が無用心なので母が次女の小学校の先生Fに部屋を貸したが、ほどなくかれと肉体関係に陥って妊娠し、親族会議の結果別れさせられる。さらに数年後、次女の家庭教師の、妻子ある東大出の公務員Yと不倫関係を持ち、町や学校の噂になる。母は「人に後ろ指を指されぬよう、家名を汚さぬように」と彼女を厳しく育て、父には臨終の時「お母さんを助けてくれ」といわれた著者は、思春期の潔癖さもあって強く反発した。

県立の進学校に合格したが、2年の時、ませた裕福な級友の影響でジャズ喫茶に出入りする(名前はデキシーといった。ほかにもシャンソンやクラシック専門の喫茶店があったとか)そこで理容専門学校の学生Sと出会う。かれは中学をやっと卒業し、字が読めないので理容師の国家試験を何度受けても合格しない、無気力で病身な3歳上の男だが、ただ、だまって話を聞いてくれることと、父と同じ結核患者だということが何より魅力だった。

妊娠を母に発見されて中絶とか、母親の金を盗んで家出、自殺未遂などいろいろあって、2,3回補導されたあと鑑別所へ、そして広島の少年院に送られる。鑑別所のときでも少年院を出た後も、母は引取りを拒否する。広島の病院長のうちに引取られ、みんな温かく居心地は良かったが、他人の優しさに触れると母への恨みはますます募り、安住できず、うちに帰ってみる。母はYの子供を宿しており、結婚することを知って、二人を罵倒して飛出し、大阪の堺に住Sを頼って行き、同棲する。

妊娠中にSが失業、出産費用のために時計と宝石を騙し取り(かごぬけ詐欺)、翌日質屋に持参してすぐつかまる。初犯で妊婦なので、実刑とはならなかった。住まいは川西に移る。娘も生まれるがSに稼ぎが無いのでアルサロに勤めた。やがてSの病気治療のために、犯罪に手を出す。ミナミの盛り場に立ち、言い寄ってくるお金のありそうな男を選び喫茶店に行くのである。売春はしたくないので、眠らせて財布から現金を抜き取る。その手口は、キタのダンスホールでやくざが素人女をだましていたのを見習った。(やくざは彼女に限ってはだまさず、友達扱いしたそうだ)それはタバコ汁を目薬の容器から珈琲カップに注ぎ、気分が悪くなった相手を休もうとホテルに誘い、睡眠薬を飲ませて、眠り込んだすきにお金を奪って逃走する、という「ハイミナール強盗」である。

これが非常にうまく(?)運んで、5年間に200件の犯行を重ねて一度も露見しなかった。多くても2万円くらいの損害なので大半の客は被害届を出さなかったらしい。

しかしあるとき、客の男性が死んだという記事を新聞で読む。(この通り煙草は1本2本でも人を殺すほど強い毒を含有している)
彼女はつかまって和歌山の女子刑務所で10年間(30歳から40歳まで)服役する。売春でなく、強盗だけというので罪が重くなったらしい。同時に売春していればずっと軽くなると弁護士に言われたが、していないものはしていないと言い張った。(このあたり男性の作った法律と、女心の食い違うところだ)
刑務所内の生活も詳述してあり、滋賀銀行事件の奥村彰子との交流もあるが、私の興味はあくまで山陰や大阪という土地と昭和の時代と、お嬢様の転落と犯罪にあったので、それは省く。

著者は他の男に走った母への反発とあてつけがすべての原因だという。母娘の関係は一旦こじれると、娘が自分自身を破壊するまでにいたるのは、たいていの人は理解できない心理だと思うが、私には解らないでもない。

しかし客観的に見ると、30歳そこそこで4人の子供とともに残された母親が、何年か後に、知的な若いFや頼りがいのある中年のYに惹きつけられて、そうなると子供より相手がよくなるのは無理もないと思うし、それでも板ばさみの苦悩はあっただろう。彼女も刑務所でそれに気づく。妹たちは姉のようにはならなかったが、彼女はちょうど難しい年頃だったということと、やはり彼女に犯罪に進む素質と能力があったためだろう。更には、母親があまりにも囲い込んで育て、表面的な礼儀や体面を重んじたしつけをしたこと、娘が親に言われたことを内面化しすぎ、その物差しで母親を裁き、身分の区別を強調し、エリートにすがる母親への反発から下の階層のダメ男に走ったこともあると思う。

私は「山陰の県庁所在地」とあるので、もしかしたら松江かなと思って読み出したが、町の様子も違うし、高校生が気軽に大阪に遊びに行くという描写に、松江じゃないなと思った。後から、鳥取と言う地名が出てきて納得した。鹿児島でも、兄の高校時代、G線(ゲーセン)というクラシックの音楽喫茶があったなあと、あの当時の街の賑わいを思い出した。

この本で一番印象的だったのは、彼女の生家の豪壮さで、白壁の土蔵が5つもあるほか、庭には遊歩道や鯉のいる池がある。ヒロインはここで幼稚園に行くまでほとんど外に出ずに育った。父親は盆と暮れに地代と家賃を受け取るしか仕事がなく、家で絵を描いたり、玉突きをしたり、レコードを聴いたりしていた。子煩悩で、特に長女をかわいがり、いつも土産に講談社の絵本などを買ってきたり、駅前のデパートでお子様ランチを食べさせてくれた。町内の青年を集めてレコード・コンサートや玉突き大会を開き、夫婦でタンゴを踊り青年たちの喝采を浴びるなど、まことに優雅な生活で、土地の豊かさが背景にあるせいだろうか、地主の暮らしも山陰と南九州とでだいぶ違うと思った。

⇒「日本の子供の本の復刻資料展」2011-5-5
⇒映画「捕われた唇」 2009-12-10
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