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一畑百貨店よ、さようなら

島根で唯一のデパート一畑百貨店がさる1月14日、65年の歴史の幕を下ろしたと全国ニュースで見た。営業を終えた直後の店頭に挨拶の半ばで涙にくれる専務の姿があった。

65年前と言えばKが10歳の時だ。松江市初の百貨店に、町っ子のKは興味津々だったという。売場面積制限のためか、映画館を併設していた。このデパートはなぜか何度も引越している。最初の立地はお城や県庁が近い、県民会館の前で、2度目は同じ町内の、いま新聞社のある場所だった。そこへ行った記憶がある。義母とKが各方面への手土産を物色する間、買物や人混みの苦手な私と義父とは入口で休憩していた。そして、3度目が、今の松江駅前。目の前の大橋川は狸が出る、都会か田舎かわからないようなところである。

2007年から2019年まで義母の介護のために松江に住んだ私とKだが、介護はもっぱらKがやり、私はその間、松江を大いに堪能した。「1か月でうんざりしますよ」という地元出身者の発言には惑わされず……。

介護が十年以上にも長引いて、私は毎日、行くところがなくなった。本来、デパートには用のない私も、たびたび訪ねている。特に6階は、食堂で誕生祝にちらし寿司を食べたこと、そばやで義母と3人でお昼を食べたこと、催事場で毎年同じ時期に産地直送のうまいもの展をやっていたりで、懐かしい階だ。一基だけのエレベーターの、透きとおった壁からは夕映えの空や街並が見えたこと、エレベーターの前、榧(カヤ)の木製のベンチの手触りがよかったこと、一階である日、見るからに素敵な帽子を買ってしまったこと、私はいつもすぐ無くすのでせいぜい2千円前後のしか買わないのに、その10倍も出してしまったのは、その日昂奮していたのだろう。結局その帽子も、失くしてしまったが…。あとはハンカチ売場で手頃の小さいサイズを探したり、4階の画廊とか5階の展示会場とかもよく行った。ブログの「サービス」で問題にしたのは一階の喫茶店だった。4階の喫茶店は結構高いので、カステラ一切れに飲み物というメニューを専ら頼んでいた。着物リフォームした店の前をよく通った。義母はおしゃれでここの常連で、今私の持っている一番上等のセーターは彼女の形見の品だ。2015年中学の同窓会のために、ここで上衣とパンツとブラウスを買っている。

山陰特有の雨や風、雪から逃れるため、斜めに通り抜けさせてもらったのも、懐かしい。

県民人口が70万を切っては、デパートの経営は難しくなったのだろう。横浜市の人口(370余万)を上回る道府県が十指に満たないような首都圏一極集中を見ると、今後も同じ運命をたどる地方デパートは跡を絶たないのではなかろうか?

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