Sideway

気のおもむくまま。たこやきの日記的雑記。

スーア・ファケニ

2005-05-28 | 単発小説
『スーアよ、スーア・ファケニ。辺境の村の娘よ、わが妃となれ』
『いいえ、帝王よ。この大陸の全てを統べる帝国の王よ。
 私はお前のものにはならない』


  スーア・ファケニ


 それは、何の変哲もない村娘だった。
 帝国に逆らった挙句に殺された、
 誇り高い土着民族の首長の娘でもなければ、
 隷属国より差し出された、美しい姫君でもない。
 ただ、広大な帝国の辺境、何もない片田舎の農家の娘だった。

「陛下は、何ゆえ私を選んだのだ」
「お前は、何ゆえ余を拒むのだ」

 遠征の折に見初められ、人攫い同然に後宮に放り込まれた娘は問うた。
 日に焼けた肌は浅黒く、節の高い指の皮は硬い。
 その手に不似合いな薄絹の裾を握りしめ、
 そばかすだらけの顔で帝王を睨む。
 それを不思議そうに覗き込み、王は逆に問い返す。

「お前に何が分かる」

 娘は突っぱねた。その鳶色の目に憎しみを込めて。

「分からぬな。娘よ、何故そのように余を憎む。
 この国は豊かだ。街は栄え、貧しさに喘ぐ者も少ない。
 何よりお前は、この帝国の民族。
 屈服し、虐げられし少数民族ではない。
 土地は戦火と遠く離れ、ただ穏やかな農村が広がるばかりではないか」

 王はその、そばかすだらけの頬に手を添えた。

「私が憎むのはお前ではない。この国と、この都会だ。
 まるで寄生花が宿主の精を啜りてそれを枯らすように、
 この国の街は辺境を喰い物にして華を咲かせる。
 私たちの田舎には何もない。何も残らない。
 子も生まれず、年寄りばかりが残る。
 農地は森へ帰り、集落は荒れ、人々は孤立する。
 あの場所にいては、生きてゆく術もないほどだ!」

「生きる術がないだと? 何故だ」

「人がいない。若者がいない。
 貨幣がない。稼ぐ場所もない。
 人がいなければ畑も耕せぬ。金が無くば種も買えぬ。
 道も荒れ、行商も来ず、
 街に出る術なくば食べることすらままならぬ。
 祖父母は倒れ、それを診る父母を残してきた。
 私は帰らねばならぬ。最後の一人になろうともあの村へ!」

「そして滅ぶか、村と共に」

「黙れ!」

 細い肩が怒り、わななく。

「誇りは血ではない。地にこそある。
 私はあの土地の娘だ。
 お前にとっては取るに足らぬ村一つ、それでも私の還る場所だ。
 ……今年もまた、花が咲く。蛍が飛ぶ。
 錦の葉を舞わせて雪の季節へ廻る。
 それは今年も、祖父母の代も、
 そのずっと昔も変わらぬ我が村の景色だ。
 だが、
 もはや今、それを見るものが幾人いるというのか。
 十年後、幾人いるというのか。
 すべてが森に還る時、残された、
 年老いた父母はいかな思いをすると王は思うのだ」

 王が頬に添えた手を、娘の涙が濡らしてゆく。

「そして私は、人生の最期に還る場所すら失い、
 一体どこの土へ還れというのだ……!」

 絞り出す様な嘆きを、ゆっくりと目を伏せ王は聞いた。

「この国の、土へ還れ。真に国を愛する娘よ。
 この国は熟しすぎたのかもしれぬ。
 爛熟した果実がその端を腐らせるように、
 この国もまた、縁から滅びるのか。
 余にその滅びは止められぬやもしれぬ。
 だが、それでもお前は余の隣にあれ」
 
 娘を打つように見据え、王は命じた。

「なぜ……」

 絶望したように、娘は目を閉じた。

「その村を愛した見事な覚悟そのままに、この国を愛せ。
 お前の家族を王宮に招いても良い」

 王は優しく続ける。
 それでも娘は、弱々しく首を横に振った。

「私が滅びの運命を逃れたとして、家族が王宮に招かれたとして、
 それで『滅び』が止まるわけではない。
 私が逃れ、背を向けるだけだ。
 その業を背負って、幸福を生きるのは恐ろしい」

「余はこの国の王だ。この国の全てを背負わねばならぬ。
 だがお前が、お前自身以外のものを背負う必要が何故ある。
 滅びの運命は変わらぬかも知れぬ。
 だがそれは、お前が共に滅んだとして同じこと。
 己に背負いきれぬものまで背負い、
 共に滅ぶは馬鹿者のすることだ」

「お前に、何がわかる……」

「分かるとも。
 それは我が国の、滅びの兆しでもあるのだからな。
 余は今からそれを、食い止める戦いをせねばならぬ。
 この国の滅びの運命ならば、余が背負わねばならぬのだ」

「ふん、お前にならば背負えると言うのか?」

 娘は哂った。

「施す薬草も、患部を抉り取る刃も持っているからな。
 背を向け、目を閉ざすのが嫌ならばなおのこと、
 余の隣でその力をもつが良い。
 それが賢いというものだ」

 王も笑った。

 娘は負けを認めるように、王にその身を預けた。




 その帝国が最も栄えた黄金期、その政の苛烈さに、「荒王」とすらあだ名された君主がいた。
 傍目には何の翳りも見えぬ華やかな帝国の患部を、容赦情けなく抉り落としたことで後の世まで語り継がれた帝王だった。
 血に塗れ、皇族貴族の恨みを買い、人々に恐れられた荒王は、結局帝国の寿命を二百年延ばしたと後の世の学者は語る。

 その荒王の隣には、常に王妃の姿があったと帝国紀は伝える。
 王妃は何故か頑なに、『スーア・ファケニ』(ファケニ村のスーア)と名乗り、一度も王族の姓を名乗らなかった。
 伝承では、一辺境の村娘でしかなかった王妃は、日に焼けた肌を持ち、冷徹な顔は美しくもなかったそうだ。
 ただその頭脳と鉄の意志、そして誰に誹謗されても揺るがぬ信頼で荒王を支え、偉業を共に成し遂げた、王の最高の同盟者であったという。
 

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5 コメント

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あとがきもどき (たこやき)
2005-05-28 20:58:48
思いついた時どおりの結末になったのか不安;

チャリをこいで弁当買いに行ってる間に思いついたからなあ;

脳内にメモ帳があればいいなあ、とか思うたこやきです。

なんか、こんな前向きエンドにするつもりはなかった気がしますが、こんな結末もありでしょう。
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即席か; (紅坂)
2005-05-28 23:16:26
何だかデカイ話にならなくもない、という感じの話しだ……。かなり重くなりそうな気もするけど;

当初はどんな結末になるはずだったんだ?

スーア反抗しまくりとか、村に帰るか? ……なんて思ったり。

月の杖の舞台の国でこういう国があっても…とか(^^
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どうだったかなあ……。 (たこやき)
2005-05-28 23:30:49
ほか弁を大学で、猫と一緒に食べながら結末まで辿り着いたので、キャベツとソースのからまったご飯しか思い出せない……(チキンカツ弁当だった)

このワンシーンだけで頭の中の話が終ったので、その後が重くなるかは考えてませんでした。

いいですね、ばっさばっさ帝国の膿を斬っていく荒王とお妃を書くのも……すっっごい大変そうですが(笑)

当初の結末……スーアがお妃になって、前向きに活躍するとは思ってませんでした。(笑

どっちかっていうと、荒王に「背負ってもらって」生きる……恋愛要素の高いエンドだった気が……。

もうちょっと、故郷を失う者の寂寥感を書けたらよかったな、と思います。(しかも、恨む相手が漠然としすぎてるタイプのね。復讐に燃えるのとは違う虚しさを書きたかったのだが……力量不足です;)



月の杖の舞台……は、時代的にあんなに豊かな国はないだろうから、七つの聖石時代でいけるかもしれません(^^)

その隙間くらいで(笑)

どこかの国名を割り当てて、話に組み込んでもよいかな……v
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拝見いたしましたv (片山)
2005-05-30 11:12:56
コマがあいたのではやめに感想をvv



スーアがかっこいいですー!!

そしてスーアの故郷の描写に実家を連想してしまいました(汗)

でも実際こういうことって現代でも起こっているわけだし、それを「荒王」と共にばっさり切り落としていくくだりは大変爽快でした!

こうやって短く伝承物語のように切り取られるととても印象的で、「スーア・ファケニ」という女性がどこかに実在したかのように感じました。

個人的に、名前の響きからアフリカとかイスラム圏のイメージを最初抱いてしまったのですが(笑)



7つの聖石に組み込まれるかも、なのですか!?

それもとても楽しみです~v
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ふふふふふ…………。 (たこやき)
2005-05-30 16:25:52
せ・い・こ・うvv

何がかといいますと、元ネタは地元だから。

(たこやきとほしは地元が同じ)

元はその、どうしようもない虚しさみたいなのを「ファンタジー」に置き換えたら、

「小論文」じゃなくて「小説」になんねーかな、と思ったのがきっかけです。



スーアの名前は、西洋的でない名前がいいな~、というのでつけました。

個人的イメージは中央アジアだったので、こちらも当たり、ですねv



現代は田舎では、正直食っていくことができませんよね。

それこそ、

「人がいない。若者がいない。貨幣がない。稼ぐ場所もない」状態(^^;

しかしファンタジーにしてまうと、「自給自足」が当たり前の社会なのが痛かったです……(汗



スーアちゃん、気に入っていただけたらよかったですv

「何がなくとも覚悟だけは見事な女」

というのを目指して(?)書いたので、かっこいいと言っていただけて本望でございますv

多分それなりにラブラブ(笑)の夫婦になるんじゃないかと個人予想。とてもじゃないが書けるような話じゃない(おつむがついていかない)のですが(^^;



他の話に、出せればいいですねえ……。伝承だけになるかもしれませんが。

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