Sideway

気のおもむくまま。たこやきの日記的雑記。

ふたりの小僧さん

2005-11-01 | 単発小説
ある高名な和尚様の所に、ふたりの小僧さんがおったそうな。
そのふたりというのが見事に真っ逆さまで、片方はとても勤勉、もう片方はとても怠け者じゃった。
怠け者の小僧さんはいつも、修行を抜け出してどこへともなく雲隠れし、
勤勉な小僧さんはいつも、必死に修行に励みながら、事あるごとに怠け者の小僧さんをがみがみと叱っておった。
しかし怠け者の小僧さんはそんな事どこ吹く風で、一向に相手にせん。
「まあまあ、よしなよ。そんなに怒らなくったって、おいらがお経を読まないせいで、お前さんの徳が減るでなし」
そう宥めては、火に油を注いでおった。



何かにつけてはけんかを始める二人の小僧さんをみかねて、和尚様はふたりを呼び出し、並んで座らせなすった。
「お前達に一つ、説話を聞かせよう」
怠け者の小僧さんはいつもと同じように、ぼんやりのんびり頷いた。
しかし勤勉な小僧さんは納得がいかない。なぜ毎日真面目に修行をして、怠け者の小僧さんの分まで頑張っている自分まで、説教をもらわなければならないのか不満顔じゃ。
しかし徳の高い和尚様の話を聞かないわけにもいかないので、渋々頷いた。



「昔、あるところに二人の百姓がいた。
一人はとても真面目で、毎日田に出ては、日中せっせと米を作り、毎年きっちりお役人に納めていた。
そして更に自分たちの食い扶持を差し引いた余りを売って、少しずつ貯金をしていた。
もう一方の百姓はなぜか毎日、縁側に転がって外を眺めてばかり。
真面目な百姓はあきれ返り、それではお役人に納める米もろくにあるまいと心配した。

そして秋、いつものように収穫が終り、真面目な百姓は寝転がってばかりの百姓にこう切り出した。
『お前さんのところ、あまり米が出来なかったんじゃないかね? なんならウチのを少し、貸してあげるが』
すると寝転がってばかりの百姓はこう答えた。
『いやいや、結構。大丈夫だよ。ちゃあんと年貢の分と、この先一年食べる分はあるからね』
これに真面目な百姓は驚いて、そんなはずはない、証拠を見せろと喚きたてた。
それに頷いて寝転がってばかりの百姓は、自分の米倉を開いて見せた。
なんとそこには、自分の家に劣らない量の米があるではないか。
真面目な百姓は動転し、次の日年貢を取りに来た役人に、
『隣の田はウチとは違う、もっと肥えた土地に違いない!』
と言い張った。それに頷いた役人は、これ幸いと隣の田の年貢の量を増やした。

それ以降、毎年寝てばかりの百姓の家からは、真面目な百姓の家よりも多い年貢が取り立てられ、貧乏になった寝てばかりの百姓は、そのうち飢えて死んでしまった。
しかし、どれだけ飢えてもその百姓は、日中田に出て働く事はなかったという。

さて、この真面目な百姓と寝てばかりの百姓、極楽浄土に行けたのはどちらだとおもうかね?」



これに勤勉な小僧さんはおお張り切り。和尚様が自分も呼びつけたのは、正解を言わせるために違いない、と、得意になってこう答えた。
「真面目な百姓です」
しかし、和尚様は勤勉な小僧さんを褒めるでもなく、怠け者の小僧さんにも答えさせた。
「わかりません。が、両方かもしれません」
この答えに勤勉な小僧さんは馬鹿にしたように鼻を鳴らし、和尚様はにっこり微笑んだ。
「よくできました。正解です」
これに勤勉な小僧さんは納得がいかない。不満もあらわに和尚様に理由を尋ねた。
すると和尚様は勤勉な小僧さんを見つめて口を開いた。
「真面目な百姓は、とても勤勉に毎日米を作っていた。それは分かっておる。しかし、日中寝てばかりの百姓が怠け者であると、誰が知っていたのだね? その百姓は毎朝毎晩、日が高くない時に外に出て、暗いうちにせっせと働いていたかもしれん。そして、昼間は田の様子をよくよく見て、何をどうすればより上手く米が作れるかを考えておったのかもしれん」
「そんなはずはありません!」
「何故、それがお前に分かるのかね?」
「それは……」
勤勉な小僧さんは口ごもった。そうに違いない、そうでなくてたまるか。そんな考えばかり浮んで、ちゃんとした理由が出てこない。
「お前は真面目な百姓と自分を同じものとして、寝てばかりの百姓をこやつと同じものとして考えた。そして、自分が望むように二人の末路を解釈した。わかるかね? お前は、他をお前と同じものと解釈し、お前の望むようにあると決め付けた。そして、それに従わないものは極楽へ行けないと思い込んだ」
怠け者の小僧さんを指して、和尚様は勤勉な小僧さんにそう諭した。
「お前があずかり知らぬ所で、こやつが何を行っておるか知ろうとしたことがあったかね? お前がこやつに腹を立てておったのは、こやつが自分の思い通りにならないからではなかったかね?」



これに勤勉な小僧さんは恥じ入って、それから周りに気を配るようになったそうな。
そして「己を開くことで、相手を救う道もある」と諭された怠け者の小僧さんと一緒に貧しい村々を周り、村の人々を助けて高名な和尚様になったそうな。





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途中から語尾が適当……;
突然ふよっと頭に湧いて、書かずにはいられなかったお話です。
別にモデルの話はないのですが、よくありげなので、似たのがあるかもしれません。
即興で書いたので、色々背景に間違いがあるやも……。


自分は……どっちだろうね?
分野によって、相手によって、どっちかなんて変わりそうだけど、
心の狭さで言ったら勤勉派かと。
別に怠け者の方が正しかった、と言いたいわけではないので、その辺が伝わればよいな~、と思います。

スーア・ファケニ

2005-05-28 | 単発小説
『スーアよ、スーア・ファケニ。辺境の村の娘よ、わが妃となれ』
『いいえ、帝王よ。この大陸の全てを統べる帝国の王よ。
 私はお前のものにはならない』


  スーア・ファケニ


 それは、何の変哲もない村娘だった。
 帝国に逆らった挙句に殺された、
 誇り高い土着民族の首長の娘でもなければ、
 隷属国より差し出された、美しい姫君でもない。
 ただ、広大な帝国の辺境、何もない片田舎の農家の娘だった。

「陛下は、何ゆえ私を選んだのだ」
「お前は、何ゆえ余を拒むのだ」

 遠征の折に見初められ、人攫い同然に後宮に放り込まれた娘は問うた。
 日に焼けた肌は浅黒く、節の高い指の皮は硬い。
 その手に不似合いな薄絹の裾を握りしめ、
 そばかすだらけの顔で帝王を睨む。
 それを不思議そうに覗き込み、王は逆に問い返す。

「お前に何が分かる」

 娘は突っぱねた。その鳶色の目に憎しみを込めて。

「分からぬな。娘よ、何故そのように余を憎む。
 この国は豊かだ。街は栄え、貧しさに喘ぐ者も少ない。
 何よりお前は、この帝国の民族。
 屈服し、虐げられし少数民族ではない。
 土地は戦火と遠く離れ、ただ穏やかな農村が広がるばかりではないか」

 王はその、そばかすだらけの頬に手を添えた。

「私が憎むのはお前ではない。この国と、この都会だ。
 まるで寄生花が宿主の精を啜りてそれを枯らすように、
 この国の街は辺境を喰い物にして華を咲かせる。
 私たちの田舎には何もない。何も残らない。
 子も生まれず、年寄りばかりが残る。
 農地は森へ帰り、集落は荒れ、人々は孤立する。
 あの場所にいては、生きてゆく術もないほどだ!」

「生きる術がないだと? 何故だ」

「人がいない。若者がいない。
 貨幣がない。稼ぐ場所もない。
 人がいなければ畑も耕せぬ。金が無くば種も買えぬ。
 道も荒れ、行商も来ず、
 街に出る術なくば食べることすらままならぬ。
 祖父母は倒れ、それを診る父母を残してきた。
 私は帰らねばならぬ。最後の一人になろうともあの村へ!」

「そして滅ぶか、村と共に」

「黙れ!」

 細い肩が怒り、わななく。

「誇りは血ではない。地にこそある。
 私はあの土地の娘だ。
 お前にとっては取るに足らぬ村一つ、それでも私の還る場所だ。
 ……今年もまた、花が咲く。蛍が飛ぶ。
 錦の葉を舞わせて雪の季節へ廻る。
 それは今年も、祖父母の代も、
 そのずっと昔も変わらぬ我が村の景色だ。
 だが、
 もはや今、それを見るものが幾人いるというのか。
 十年後、幾人いるというのか。
 すべてが森に還る時、残された、
 年老いた父母はいかな思いをすると王は思うのだ」

 王が頬に添えた手を、娘の涙が濡らしてゆく。

「そして私は、人生の最期に還る場所すら失い、
 一体どこの土へ還れというのだ……!」

 絞り出す様な嘆きを、ゆっくりと目を伏せ王は聞いた。

「この国の、土へ還れ。真に国を愛する娘よ。
 この国は熟しすぎたのかもしれぬ。
 爛熟した果実がその端を腐らせるように、
 この国もまた、縁から滅びるのか。
 余にその滅びは止められぬやもしれぬ。
 だが、それでもお前は余の隣にあれ」
 
 娘を打つように見据え、王は命じた。

「なぜ……」

 絶望したように、娘は目を閉じた。

「その村を愛した見事な覚悟そのままに、この国を愛せ。
 お前の家族を王宮に招いても良い」

 王は優しく続ける。
 それでも娘は、弱々しく首を横に振った。

「私が滅びの運命を逃れたとして、家族が王宮に招かれたとして、
 それで『滅び』が止まるわけではない。
 私が逃れ、背を向けるだけだ。
 その業を背負って、幸福を生きるのは恐ろしい」

「余はこの国の王だ。この国の全てを背負わねばならぬ。
 だがお前が、お前自身以外のものを背負う必要が何故ある。
 滅びの運命は変わらぬかも知れぬ。
 だがそれは、お前が共に滅んだとして同じこと。
 己に背負いきれぬものまで背負い、
 共に滅ぶは馬鹿者のすることだ」

「お前に、何がわかる……」

「分かるとも。
 それは我が国の、滅びの兆しでもあるのだからな。
 余は今からそれを、食い止める戦いをせねばならぬ。
 この国の滅びの運命ならば、余が背負わねばならぬのだ」

「ふん、お前にならば背負えると言うのか?」

 娘は哂った。

「施す薬草も、患部を抉り取る刃も持っているからな。
 背を向け、目を閉ざすのが嫌ならばなおのこと、
 余の隣でその力をもつが良い。
 それが賢いというものだ」

 王も笑った。

 娘は負けを認めるように、王にその身を預けた。




 その帝国が最も栄えた黄金期、その政の苛烈さに、「荒王」とすらあだ名された君主がいた。
 傍目には何の翳りも見えぬ華やかな帝国の患部を、容赦情けなく抉り落としたことで後の世まで語り継がれた帝王だった。
 血に塗れ、皇族貴族の恨みを買い、人々に恐れられた荒王は、結局帝国の寿命を二百年延ばしたと後の世の学者は語る。

 その荒王の隣には、常に王妃の姿があったと帝国紀は伝える。
 王妃は何故か頑なに、『スーア・ファケニ』(ファケニ村のスーア)と名乗り、一度も王族の姓を名乗らなかった。
 伝承では、一辺境の村娘でしかなかった王妃は、日に焼けた肌を持ち、冷徹な顔は美しくもなかったそうだ。
 ただその頭脳と鉄の意志、そして誰に誹謗されても揺るがぬ信頼で荒王を支え、偉業を共に成し遂げた、王の最高の同盟者であったという。