乱鳥の書きなぐり

遅寝短眠、起床遊喰、趣味没頭、興味津々、一進二退、千鳥前進、見聞散歩、読書妄想、美術芝居、満員御礼、感謝合掌、誤字御免、

島崎藤村 「落梅集」より   胸より胸に

2010-10-31 | 民俗考・伝承・講演



    
島崎藤村

「落梅集」より   胸より胸に





 
     其一
     めぐり逢ふ
     君やいくたび

      
めぐり逢ふ君やいくたび         
あぢきなき夜を日にかへす
わがいのちやみ  たにま
吾 命 暗の谷間も
君あれば恋のあけぼの
 

樹の枝に琴は懸けねど
朝風の来て弾くごとく
面影に君はうつりて
吾胸を静かに渡る
 

雲迷ふ身のわづらひも
紅 の色に微笑み
流れつゝ冷ゆる涙も
いと熱き思を宿す
 

知らざりし道の開けて 
大空は今光なり 
もろともにしばしたゝずみ
新しき眺めに入らん
   



      其二
     あゝさなり
     君のごとくに

 
あゝさなり君のごとくに
何かまた優しかるべき
帰り来てこがれ侘ぶなり
ねがはくは開けこの戸を
 

ひとたびは君を見棄てゝ
世に迷ふ羊なりきよ
あぢきなき石を枕に
思ひ知る君が牧場を
 

楽しきはうらぶれ暮し
泉なき砂に伏す時
青草の追憶ばかり
悲しき日楽しきはなし
 

悲しきはふたゝび帰り
緑なす野辺を見る時
飄泊の追憶ばかり
楽しき日悲しきはなし
 

その笛を今は頼まむ
その胸にわれは息はむ
君ならで誰か飼ふべき
天地に迷ふ羊を
   



      其三
     思より
     思をたどり


思より思をたどり
樹下より樹下をつたひ
独りして遅く歩めば
月今夜幽かに照らす
 

 
おぼつかな春のかすみに
うち煙る夜の静けさ
仄白き空の鏡は
俤(おもかげ) の心地こそすれ
 


物皆はさやかならねど
鬼の住む暗にもあらず
おのづから光は落ちて
吾顔に触るぞうれしき
 


其光こゝに映りて
日は見えず八重の雲路に
其影はこゝに宿りて
君見えず遠の山川
 

 
思ひやるおぼろ/\の
天の戸は雲かあらぬか
草も木も眠れるなかに
仰ぎ視て涕を流す
   



      其四
     吾恋は
     河辺に生ひて



吾恋は河辺に生ひて
根を浸す柳の樹なり
枝 延て緑なすまで
生命をぞ君に吸ふなる
 


北のかた水去り帰り
昼も夜も南を知らず
あゝわれも君にむかひて
草を藉き思を送る
    



      其五
     吾胸の
     底のこゝろには



吾胸の底のこゝには
言ひがたき秘密(ひめごと)住めり
身をあげて活ける牲(にへ)とは
君ならで誰かしらまし
 

 
もしやわれ鳥にありせは
君の住む窓に飛びかひ
羽を振りて昼は終日
深き音に鳴かましものを
 


もしやわれ梭にありせば
君が手の白きにひかれ
春の日の長き思を
その糸に織らましものを
 

 
もしやわれ草にありせば
野辺に萌え君に踏まれて
かつ靡き(なびき)かつは微笑み
その足に触れましものを
 


わがなげき衾(しとね)に溢れ
わがうれひ枕を浸す
朝鳥に目さめぬるより
はや床は濡れてたゞよふ
 


口唇に言葉ありとも
このこゝろ何か写さん
たゞ熱き胸より胸の
琴にこそ伝ふべきなれ
   




      其六
     君こそは
     遠音に響く



君きそは遠音に響く
入相の鐘にありけれ
幽(かす)かなる声を辿りて
われは行く盲目(めしひ)のごとし
 


君ゆゑにわれは休まず    
君ゆゑにわれは仆( たふ)れず
嗚呼われは君に引かれて
暗き世をはずかに捜る
 


たゞ知るは沈む春日の
目にうつる天(そら)のひらめき
なつかしき声するかたに
花 深き夕を思ふ
 


吾足は傷つき痛み
吾胸は溢れ乱れぬ
君なくば人の命に
われのみや独ならまし
 


あな哀し恋の暗には
君もまた同じ盲目か
手引せよ盲目(めしひ)の身には
盲目こそうれしかりけれ





         2010年10月30日夜  映画『胸より胸に』を見て








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2 コメント

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藤村先生 (pinky)
2010-11-02 00:48:43
我が市出身の有名人といえば 真っ先に浮かぶのが 籐村先生です。

面識のあった夫の祖母からは 何度も籐村先生の話を聞いています。

美しい恋の詩を書いておられる大作家の裏話は
それは興味深いものでした。

もしまだ存命らば乱鳥さんのような方にこそ聞いて頂きたい話でした。
返信する
藤村先生… (pinkyさんへ)
2010-11-02 09:15:44
 pinkyさん いつもコメントをありがとうございます☆
 とてもうれしい~☆

 藤村先生はそちらのご出身だったのですか?
 小学校教員もされていたんでしょう?
 どのような方だったのでしょうね^^
 ご主人様のおばあさまはお親しかったのですか@_@Vビックリ!だって、日本の島崎藤村(敬称省略失礼します)でしょう。
 
 ふふふ 恋の詩 裏話 藤村先生の経歴
 色々ありそうで、乱鳥、朝から想像をたくましく阿呆になり、楽しんでおります^^
 pinkyさん
 いつも楽しい時間を過ごさせて頂き、ありがとうございます。
 
 ところで、pinkyさんの撮られる名古屋城って本当に美しいですね。わたしなんて石垣に目がくらみ><;;今になって反省。pinkyさんみたいにおしゃれで意味深い見方ができるといいな! 

 pinkyさん
 今日も楽しくって素敵な一日をお過ごし下さいね☆
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