『変身』
『変身』 Die Verwandlung
作者 フランツ・カフカ
Die Verwandlung(変革)
1912年11月に執筆
1915年の月刊誌『ディ・ヴァイセン・ブレッター』10月号に掲載
同年12月にクルト・ヴォルフ社(英語版)(ライプツィヒ)より「最後の審判叢書」の一冊として刊行された。
何十年ぶりかで、四度目、『変身』を読む。
初めは中学の頃。
中学生でカフカに出会い、中学終わりから高校初めにかけて、安部公房先生を読み漁った。
二度目は、大学生の私。
ちょうどその頃、心理学にはまっていたので、そちらの興味から、カフカを読み直した。
三度目はいつ頃だろうか?
結婚し、子供ができてから、なぜカフカが好きだったのかを思い起こすために読んだ。
そして今回の四度目。
たまたま子供が文庫本を二冊購入して、お盆に帰ってきた。
彼もまた、『変身』は二度目だという。
その『変身』をチョチョっとお借りして、毒虫が出てこないよう(笑)ほとんど本を開かず、ササッと読んだ。
ところがそのササッは、これまで読んだ『変身』とは、感じ方が変わっていた。
もう、すこぶる可愛らしいお年頃となった私は、抽象的や統合失調症(精神分裂症)や幾何学的数学的やそんな生半可な感想では済まなくなっていた。
今回カフカを読んで、今までの感想とは異なった。
(カフカの方が先であったが)安部公房系小説、心理学、シュルレアリスムなどから満足のいくカフカであったが、抽象的なイメージや分裂症(統合失調症)や無意識の意識をイメージして読んでいたが、今回は、具体的であり、かつ、現実社会を目の当たりにして空恐ろしくなった。
この問題はカフカの奇抜な小説の世界ではなく、現に身近に起こりうる現実なのだ。
この小説の感想を書くのは、あまりにも多くを語らねばならない。
なので、私は今回、印象に残ったイメージや感覚を箇条書きにすることにした。
● 異形に対する周りの人や社会の接し方。
● 異形は毒虫といった異なる形のものに対してだけではなく、人と違うといった場合も含まれる。
この小説では、【役に立たない者】として表現されている。
広義で見るならば、私は『葛の葉』『土蜘蛛』なども思い浮かべた。
● 上を受けて、ここ直近では、メ○タリストのDA○G○の「優生思想」さえ思い浮かべた。
また、安部公房先生が小説の中で好意的な立場から使われている「弱者への愛にはいつも殺意が込められている」といった言葉さえも思い出した。
● 父親の投げつけた林檎の「赤」は、感情の高揚であり恐れであり、怒りであると感じる。
● 3という数字にこだわっているが、これは、日本の古典でも見られる。
3人という数字は、重要である。
● カフカの『変身』の中で最後の妹の表情や態度や言葉は意味深い。
● 起承転結の「起」の部分で、男がある朝突然、なんの理由も問わず毒虫になっていた潔さが、読者の心を小説の中へと導く。
そして、上に書いたように、「結」の部分での妹の家族に対する言葉や表情が鋭い。
と同時に、これが現社会なのだと、切なく、怖く、恐ろしく感じた。
この話は、いつ、自分のみや家族に降りかかっても、不思議ではない。
ただ、毒虫と云う異形の形を借りて描いき表現しただけである。
こういったことが、この小説における【実存主義】と言われる所以ではないかと感じた。
● この小説を読んで、不思議なことに、表現主義であるフランシス・ベーコンの絵画の時の流れをも思い浮かべた。
● そして、昔のような感覚にも広がりを見せ、心理学の本も読みたいと感じた。
● 小説は多くを語り、その時の読み手によって、如何様にも感じ、捉えることができる。
今回、齢を重ねて四度目を読み、昔とは感想が異なる面白さをも感じ取れたことに、喜びを感じる。
長くなりますので、今回はこの辺で終了したいと思います。
以下、ウィキペディア引用▼
フランツ・カフカとは
フランツ・カフカ(Franz Kafka, ときにチェコ語: František Kafka, 1883年7月3日 - 1924年6月3日)
現在のチェコ出身のドイツ語作家。
プラハのユダヤ人の家庭に生まれ、法律を学んだのち保険局に勤めながら作品を執筆した。
どこかユーモラスな孤独感と不安の横溢する、夢の世界を想起させるような独特の小説作品を残した。
その著作は数編の長編小説と多数の短編、日記および恋人などに宛てた膨大な量の手紙から成り、純粋な創作はその少なからぬ点数が未完であることで知られている。
生前は『変身』など数冊の著書がごく限られた範囲で知られるのみだったが、死後中絶された長編『審判』『城』『失踪者』を始めとする遺稿が友人マックス・ブロートによって発表されて再発見・再評価をうけ、特に実存主義的見地から注目されたことによって世界的なブームとなった。
現在ではジェイムズ・ジョイス、マルセル・プルーストと並び20世紀の文学を代表する作家と見なされている。
カフカの解釈
カフカの作品
シュルレアリスムや実存主義のほかにも、宗教学や精神分析学、社会主義やマルキシズム、ポストモダニズムなど様々な立場から極めて多面的な解釈が行われている。
それぞれの立場からの代表的な解釈・作家論を以下に挙げる。
宗教的・神学的解釈:カフカに対して初期に宗教的解釈を行っているのはマックス・ブロート、ヴィリー・ハースらである。
ブロートはカフカの生前に発表したカフカ論「カフカについて」(1921年)ですでに作品のユダヤ的特性を強調しているが、のちにはカフカをユダヤ教と強く結びつけ、『審判』と『城』にはカバラにおける神性の2つの現象形式である審判と恩寵がそれぞれ描かれていると見なした(『城』あとがき)。
ブロートはこのような自身の解釈に従ってカフカの遺稿を整理し編集しており、このことが後の研究で批判・再検討の対象となった。
ブロートとともにカフカ全集の編集にも携わったヴィリー・ハースは『カフカ論』(1930年)において、ブロートの解釈を踏まえつつ、カフカが先史的な世界を現代に見出す能力や、機械のように精密な夢の世界を作り出す能力を持つ点を指摘した。
精神分析的解釈:精神分析的解釈の代表的なものはヘルムート・カイザーの『フランツ・カフカの地獄』(1931年)であり、カイザーはここで『変身』や「流刑地にて」などの作品を、父に対する息子のエディプス・コンプレックスが表れた作品として論じている。新フロイト派のエーリヒ・フロムは『夢の精神分析』(1951年)で『審判』を取り上げ、この作品を心理的事実が表れた一つの夢として読むべきだとした。
また精神分析の発想を応用しているものとしてジョルジュ・バタイユのカフカ論(『文学と悪』所収、1957年)があり、ここではジークムント・フロイトの快感原則の理論などを踏まえつつ、父親の権威が支配する世界に対して小児的な幸福を追求した者としてカフカを論じている。
他、社会的解釈など、、、