行きかふ年もまた旅人なり

日本の歴史や文学(主に近代)について、感想等を紹介しますが、毎日はできません。
ふぅ、徒然なるままに日暮したい・・・。

読書記36 『夜叉ヶ池』

2008-06-01 14:59:32 | Weblog
   『夜叉ヶ池』(泉鏡花 著)
 この作品は、岐阜県揖斐郡に伝わる夜叉ヶ池伝説が素材で、美濃国の長者が雨乞いのため、娘の夜叉姫を蛇の嫁にしたという伝承が伝えられている。日照りが続くと、村人達は、紅、おしろいを土産に夜叉ヶ池に捧げる慣わしになったという。小説とは異なり、戯曲として物語が展開し、台詞の一つひとつが現実的な響きとなっている。幽玄美麗な雰囲気を持つ作品である。

 昔、水と人間が争い、竜神を池に封じ込んだが、その時、竜神と人間が約束をした。それは、自由を欲する竜神にとって、人々が水難に苦しむ事は何とも思わないが、人間のために自分の自由を奪われる代わりに、昼夜に三度ずつ鐘を撞き、自分を戒めて欲しいとの約束だった。その約束が続く限り、竜神は村を水難から護ろう、ただし、忘れた場合は竜神は自由になって、北陸地方一体は水難に遭うだろう、と。その為に造られた鐘を、萩原晃は忘れずに撞いている。この萩原は一昨年の夏、東京から旅行に出たまま行方不明となっていた。その地を偶然訪れた山沢学円という旧友と偶然にも出会ってしまった。萩原はこの土地に住む百合と言う女性と暮らしていた。百合は父親と二人で暮らしていたが、父親は竜神の鐘を撞いていた人物であった。夜叉ヶ池の伝説を聞いた萩原は、百合の父親の迫力に打たれ、この地で鐘楼守となって暮らそうと決意したのだった。
 萩原から今までの経緯を聞いた山沢は、萩原と二人で伝説の夜叉ヶ池の見学に出かける。百合は、家で人形を抱きながら子守唄を歌い、独りで家に残った。

 夜陰にまぎれ数多の化け物が跋扈する夜叉ヶ池。その主である白雪姫は、剣ヶ峰の千蛇ヶ池の若旦那に想いを寄せていたが、先祖以来の人間との約束のため池を出る事ができずにいた。一方、人間世界では日照りが続き、雨乞いのため池に生贄を捧げてようと、百合の叔父である神官が、村一番の美女である百合を生贄にするべく村人を扇動していた。独り家に残る百合を牛の背に縛り付けて池に連れて行こうとした時、萩原と山沢は帰ってきて村人達と乱闘になる。

 この乱闘の中で百合は胸を鎌で突き、自害した。それを見た萩原は「一人では遣らん!冥土でまてよ」と叫ぶ。鐘を撞く丑満どきだったが、萩原はもう鐘を撞かない。人間が竜神との約束を破った瞬間、雷鳴が轟き、黒雲が夜叉ヶ池を覆い、大津波が押し寄せて村は一瞬のうちに全滅した。萩原は自ら咽喉をかき切って百合の跡を追った。

 自由になれて剣ヶ峰に行ける事を喜ぶ白雪姫。月光が射す水底には、にっこりと微笑み合う萩原と百合の姿があった。
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